野兎病_ 【clinical problem solving】 2016.05.26 NEJM

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2016.05.26 NEJM
【症例】
28歳男性
【主訴】
2日前からの両側前頭部痛、食欲不振、
嘔気、大量発汗、40.3℃の発熱
【既往歴】
潰瘍性大腸炎(6年前から)
体部疥癬
【内服薬・薬剤歴】
インフリキシマブ
テルビナフィン(抗真菌薬)
アザチオプリン(2週間前まで)
【社会歴・職業歴】
既婚、消防士・救急救命士
アメリカのPacific Northwestの田舎に在住
ペットなし
【生活歴】
喫煙なし、違法薬物なし、大量飲酒なし
【渡航歴】
1年前にフィリピンへの渡航歴あり
【陰性症状】
錯乱、羞明、視覚異常、頸部硬直、感覚消失、
咽頭痛、鼻汁、咳嗽、呼吸困難、下痢、腹痛
【現症】
<バイタル>
BT 39.6℃, BP 151/83mmHg, HR 98bpm, RR 16/min,
SpO2 95%(room air)
<身体所見>
眼球結膜黄染なし、扁桃浸出液あり、リンパ節腫脹なし、
頸部硬直なし
胸部・腹部診察異常なし
左前腕に紅斑・斑点状発疹あり
右足Babinski(±)
栄養状態良好、眠そうだが覚醒、人・場所・時間の
見当識正常
会話も問題なし
<血液>
WBC 5900 /µl(Neu 83 %, Lym 11 %, Mono 6 %), Hb 13 g/dl,
Plt 16万 /µl, BUN 12 mg/dl, Cr 1.2, Na 132, CRP 143mg/l
他の電解質や肝酵素はnormal
<尿>
蛋白(1+), ケトン(1+), 白血球(-), 潜血(-)
<胸部XP>
異常なし
鑑別診断
・細菌性敗血症
・髄膜炎
・結核
・ヒストプラズマ
・ダニ媒介症(ボレリア、野兎病など)
・スピロヘータ
・ウエストナイル熱
輸液
オピオイド
抗菌薬(VCM, CFPM, ABPC)
アシクロビル
で治療開始
<頭部CT>
単純・造影ともに異常所見なし
<腰椎穿刺>
無色, WBC 1 /µl, RBC 1 /µl, 蛋白27 mg/dl,
glucose 83 mg/dl(血清中は130mg/dl)
グラム染色で微生物なし
頭部CT、腰椎穿刺の所見より細菌性髄膜炎はrule out
→ 発熱性疾患を考える(免疫抑制状態)
<追加所見>
入院24h以内に酸素不飽和化がたびたび検出され、
一時73%まで低下。
呼吸困難、咳、胸痛なし
<胸部CT>【画像供覧】
GGO、隔壁肥厚(両肺底部、左肺上葉)
肺門部に1.6×2.9×2.9の病変
胸水少量、縦隔LN腫脹あり
【肺炎で考えられるもの】
・A群溶血性レンサ球菌
・類鼻疽
・レジオネラ
・Rhodococcus equi
・Cryptococcus gattii
・ヒストプラズマ症
・コクシジオイド症
考えにくい
(流行地域に行っていない)
<鑑別のために…>
・クリプトコッカス抗原
・ガラクトマンナン
・レジオネラ抗原
・気管支鏡検査
AZM追加、ABPCは中止
頭痛は減るも発熱、寒気、食欲不振は継続
入院4日目
乾性咳嗽、呼吸困難、努力呼吸出現
【喀痰検査】
抗酸菌(-)
グラム染色:WBC(2+), 上皮細胞(2+), 常在菌
【気管支鏡検査】
紅斑、浮腫、左上葉気管支に中等量の黄色分泌物
【左上葉気管支肺胞洗浄液(BALF)】
有核細胞10万/ml Neu 20%, Lym 2%, MΦ 77%
グラム染色(-), 抗酸菌染色(-), 真菌(-)
入院4日目
<治療方針>
BALFの染色は陰性だが、感度の低い検査である
→培養・非侵襲的検査が終わるまでは
empirical therapyの方針
<抗菌薬>
CPFXを追加
入院5日目
【血液】
HIV抗原(-), HIV抗体(-), HIV-RNA(-)
【血清】
クリプトコッカス抗原(-), ガラクトマンナン(-)
Chlamydai psittaci(-), C. pneumoniae(-)
【尿】
レジオネラ抗原(-)
【髄液(培養)】
細菌(-), 真菌(-)、HSVのPCR(-)
入院5日目
【鼻洗浄試料】
PCRにて呼吸器感染症に関するウイルス確認できず
<経過と治療方針>
解熱が認められた
抗菌薬は経口のLVFXのみとした
症状が改善したことから、抗菌薬のいずれが感受性
のあるものであったと考えられる
入院5日目
<CPFXに感受性がある病原体>
ロドコッカス、類鼻疽金、ノカルジアなど
<CPFX, AZMに感受性がある病原体>
抗酸菌
抗真菌薬を飲んでいないことから、真菌は考えにくい
症状が改善傾向
→侵襲的検査(biopsyなど)はせず
入院6日目
<血液培養>
グラム陰性球杆菌が検出された
<鑑別と治療方針>
【肺に感染するグラム陰性球杆菌】
ヘモフィルス、パスツレラ、モラクセラ・カタラーリス
ペスト菌も肺炎の形を取り得る
→しかし、これらの病原体が原因ならより早く
培養結果が出るはずである
入院6日目
<鑑別診断の続き>
【野兎病の代表的な症状】
局所の潰瘍、肺炎、縦隔リンパ節腫脹、胸水
CPFXで改善したこともあり、野兎病が考えられる
ダニに噛まれた
動物への曝露
動物のフンなどの吸入
病原菌曝露の
確認が重要
入院7日目
症状改善により退院
<その後の経過>
次の日に野兎病菌が血液培養、BALFより検出
21日間の経口CPFXを投与し、1ヶ月後まで寛解確認
【追加情報】
多数の兎と野鼠がいる場所の草刈りを半年に一回
しており、発症の直前にもしていた
野兎病
人獣共通感染症で、Francisella tularensisが原因菌
1911年にカリフォルニアで発見
→動物と接触、虫に噛まれることに関連する病気の
原因として知られるようになった
【感染源】
虫に噛まれることやウサギ、げっ歯類、猫などの動
物との直接接触が原因となることが殆ど
他に汚染された水や、エアロゾル化したバクテリア
の吸入も原因となる
【感染経路】
①農業で発生した塵、埃
②動物の組織、排泄物がエアロゾル化したものが
機械を用いた草刈りなどにより浮遊
上記①、②の吸入によるものが多い
【感染の特徴】
Francisella tularensisは感染力が強く、経皮・経気管
で10個程度の細菌でも発症することがある
高い感染力と空気感染を起こすことから、生物兵器
として使用されることも考えられる
野兎病
【症状】
2~6日の潜伏期
急な発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛で発症
比較的徐脈を呈する
他の症状は侵入経路によることが多い
<経皮>
皮膚潰瘍、リンパ節腫脹、結膜炎など
<経気道>
咽頭炎、肺炎
【検査】
CT:多発陰影、胸水、縦隔リンパ節腫脹
ポイント
最初に急な発熱、全身症状、次いで乾性咳嗽
最も多い症状は頭痛
最初は呼吸器症状、画像上の所見が見られないことも
【鑑別診断】
非定型肺炎、他の人獣共通感染症
【診断】
血清学的に確定診断を行う
特異度は90%以上
〔注意点〕
・抗体は感染後2週間は出現しないので注意
・90%の患者で第10病日には検出可能
今回の症例では7日目の検査で検出されず、
回復期には測定されなかった
【診断②】
血液、BALF、髄液の培養などでも検出できるが、
通常の培地では発育に時間がかかる
→システインを含む培地を用いる
早く診断がしたい場合は核酸増幅法も考慮するが、
できる施設が限られる
ラボデータで野兎病と疑ったときに、適切な検査を
考えていくことが重要
【治療】
歴史的にストレプトマイシンが使われており、FDAは
今も第一選択薬としている
代替薬としてはテトラサイクリンがある
(ただし再発率が高い)
近年はフルオロキノロンも効果があるという報告あり
<治療期間>
フルオノキノロンは10日間
テトラサイクリンは14日間
【その他】
ヒト – ヒト感染は報告なし→隔離は不要
抗菌薬開発前は40~60%の死亡率だった
現在では死亡することは殆どない
TNF inhibitorは日和見感染のリスクを上げるが、
野兎病でリスク上昇があるかどうかは明らかではない
曝露歴を確認し、直ぐにempirical therapyを開始する
ことが診断・治療に重要である
Going “Back to Nature”
生活環境に関連した潜在的な感染源を考える
具体的な診断や抗菌薬の選択
御清聴ありがとうございました