第 1 章 企業情報ポータル(EIP)とは何か? 1.1 企業情報ポータルとは何か 1.1.1 企業情報ポータルの背景 今私たちが生活している現代は,情報革命の時代と言われます。コンピュータやインター ネットに代表される IT(情報技術)の発展により,私たちが手にする情報の量は過去とは比べ ものにならないほど膨大になっています。米カリフォルニア大学バークレー校の調査報告 (2000 年 10 月 19 日)によれば,人類が 30 万年かけて蓄積した情報量が,今やたった 2, 3 年 で生み出されるとされています。そして,その生み出される情報量は年々倍増していくと予 測されています。 かつて企業内の情報はメインフレームによって一元管理されていたため,情報量やアクセ ス手段が限られていました。しかし,ダウンサイジングの流れによるクライアント/サー バー・コンピューティングの浸透,そしてインターネット・コンピューティングにより,情 報の電子化,システム化にかかるコストが低下し,情報システムの扱う情報量は飛躍的に増 大しています。そして,これが最も大きな問題といえますが,こうしたシステムが各部門や グループごとに個別に構築され,様々なハードウェア,ソフトウェアが混在し,情報の蓄積 形態や所在がバラバラになってしまっています。このため,システム間の連携や全社規模で の情報の活用を行うのが困難になり,必要な情報は企業内のどこかにあるはずなのに,探す ことができない,または探すのに大変時間がかかるという状況が発生しています。 社員の側にも変化が起こっています。インターネット,イントラネットの発展により,社 員が必要とする情報は企業内からだけではなく,インターネットサイトからも取得できるよ うになりました。こうして情報の入手経路が増え,社員 1 人 1 人が必要とする情報も多様化 してきています。しかし先に述べたように,アクセス可能な情報量は年々増大しており,自 13 1. 企業情報ポータル(EIP)とは何か? 分が本当に必要な情報を手に入れるには大変な手間と労力が必要になってきています。ホワ イトカラーの労働時間の 70%は情報を探し出すために費やされているというリポートもあ るほど,必要な情報をいかに素早く有効に利用できるかが企業の競争力を維持する上でも重 要になってきています。 こうした中,注目を集めているのが Enterprise Information Portal(EIP),日本語で企業 情報ポータルと呼ばれるシステムです。これは,個人個人が本当に必要な情報を迅速に手に 入れるための仕組みです。 企業情報ポータルが実現する主な機能には,次のようなものがあります。キーワードは情 報へのアクセスです(図 1.1)。 • ビジネス情報や知識ソース,社内アプリケーションへの一元的なアクセス • パーソナライズされたページ・アクセス • 個々人の力量にかかわらず可能な,情報や知識ソースへのリアルタイム・アクセス 図 1.1 企業情報ポータルのイメージ 14 1.1 企業情報ポータルとは何か 1.1.2 真の企業内ポータルサイトとして 企業情報ポータルのポータルとは「玄関」「入口」という意味で,もともとは「Yahoo!」 など,インターネット上でディレクトリを検索する Web サイトのことを指していました。 インターネットにアクセスする際,まず始めに立ち寄ってそこから様々なサイトへのアクセ スを始めるという意味で,いわば,「インターネットの玄関」ということもできます。 その後,インターネットのテクノロジを企業内システムにも活用する「イントラネット」 がブームになり,いわゆるインターネット・コンピューティングが企業内システムの主流に なります。これまでのメインフレームやクライアント/サーバーに比べ導入の敷居が下がった ことから幅広く利用され,部門やグループ単位でも様々な Web システムが導入されました。 こうして,インターネットの爆発的な広まりと時を同じくして,企業内にもたくさんの Web システムが立ち上がることになります。こうなると,インターネットに「Yahoo!」があるよ うに,企業内にも各システムへのインデックスページが欲しいということになり, Yellowpage のようなリンク集サイトが企業内に構築されるようになります。これを,初期 型の企業情報ポータルと言い換えることができます。 しかし,このようなリンク集サイトは,社員が必要とするサイトの最大公約数でしかなく, 結局各個人はブラウザのブックマークや個人インデックスページなどを併用して,自分が必 要な情報へのアクセスを得ることになります。こうした状況から,企業情報ポータルによっ てパーソナライズされたポータルを構築するという動きが出てきました。このパーソナライ ズ機能により,個人ごとに必要な情報だけにアクセスできるようにポータルを構築すること ができ,「必要な情報の玄関」の役割としてのポータルを実現することができます。 1.1.3 業務システムへの入り口として 先にも書いた通り,クライアント/サーバーからインターネット・コンピューティングへ進 む中,企業の情報システムは部門ごとに様々なシステムが導入されてきています。ほとんど の場合,これらのシステムは部門内の業務の効率化などのために最適化されているため,他 のシステムとの連携などはできないに等しい状況にありました。やがて一部,会計,生産管 理,人事などの領域で,ERP(Enterprise Resource Planning)が導入されるようになると, 特定領域においてはシステムが連携されビジネスプロセスがモニタリングできるようにな ります。この状況になって,ようやく一部の領域においてビジネスプロセスのシステム化が 行われるようになりましたが,ERP とレガシーシステムとカスタムアプリケーションが混在 する状況を招くことになりました。多くの企業は現在,この段階にあると言われています。 15 第 1 章 1. 企業情報ポータル(EIP)とは何か? このような状況のもと,システム間連携をするためのメッセージ・キューイングなど様々 なソリューションが提案されてはいますが,いずれにせよ,非常に多くのコストと時間がか かります。大手金融機関のトラブルなどを見ても分かる通り,企業のシステム導入や IT 投 資は,全社規模になればなるほど,企業規模が大きくなればなるほどコストと時間は増大し, システムをすべて切り替えるというのは不可能に近くなります。また,統一的なアーキテク チャで全社システムを設計し直し,数年がかりでシステム更新をした結果,完成した時点で は既にビジネス環境に適合しなくなってしまうことも起こり得ます。 こうした問題を解決できるのが企業情報ポータルです。企業情報ポータルによってインタ フェースを統合し,企業内外のシステムを疎結合させるためのゲートウェイとして機能させ ることで,ビジネスプロセスを統合した形で操作させることが可能になります。これにより, 画面上に業務サービスを統合してアクセスする,いわば「業務サービスの玄関」を作成する ことになります。 1.1.4 ナレッジマネジメントの推進 企業情報ポータルが注目されるもう 1 つの背景としては,市場の成熟化があります。従来 のように,他社と同じことをしていても会社が成長できていた時代と異なり,多くの分野で 低成長の時代となっています。こうした厳しい時代にあっては,新しいアイデアの商品を開 発したり,他社とは違ったサービスを提供するなど,企業として新しい価値を顧客に提供し なければ競争力を保って生き残っていくことはできません。このために多くの企業が取り組 み始めているのが,ナレッジマネジメントという手法です。これは,これまで社員 1 人 1 人 が仕事の中の経験として蓄えてきた知識(=ナレッジ)を,組織的に生かしていこうとする取 り組みです。こうしたナレッジを個人として保つだけではなく他人と共有することで,互い の知識を深め,より高いレベルの業務を行うことができるようにするというのがナレッジマ ネジメントの目的です。 特に営業や開発などビジネスの現場で,こうしたナレッジマネジメントをより効率的に推 進するためのツールとして企業情報ポータルを活用するケースが非常に増えています。企業 情報ポータルは情報をパーソナライズして見せるための仕組みですが,情報を収集,蓄積す るためのメカニズムを組み込むことができれば,その価値はますます高まるでしょう。 16 1.2 企業情報ポータルの例 1.2 企業情報ポータルの例 企業情報ポータルは情報への容易なアクセスを可能にするための仕組みですが,企業内に は様々な職種があり,それぞれの役割に応じて求められるポータルの形態も様々です。ここ では,より具体的な例として,いくつかのポータルサイトを紹介します。例えば,次のよう な例が考えられます。 ① 経営分析ポータル 経営層には,売上高,生産高,在庫量など企業の状況を把握するための情報が必要で す。また,会社内部のデータだけではなく,顧客データ,顧客の要望,市場動向など, あらゆる情報を入手して分析,把握する能力が必要になります。企業情報ポータルによ り,これまで企業内に分散していた情報やビジネスプロセスに統合的にアクセスしたり, 社内外のあらゆる情報の中から必要なものを抽出することが可能になります。 ② 営業支援ポータル 市場の変化に伴い,企業の営業には単なるモノ売りとしてだけでなく,顧客の抱えて いる問題を解決し,満足度を高めるための提案能力が求められるようになってきていま す。このため,顧客データベースや分析ツールへ簡単にアクセスすることができ,企業 内にあるあらゆる知識やノウハウを入手することのできる企業情報ポータルを構築す ることは,営業の提案能力を高める上で大きな武器になります。これらを上手に生かし, 技術部門を含め企業内に営業を支援するための体制を作ることが企業の競争力につな がります。 ③ 研究開発用ポータル 情報を必要としているのは経営者や営業だけに限りません。むしろ,その企業を支え る商品を生み出している研究開発部門にこそ情報は必要です。過去の研究データベース や最新の研究状況へアクセスできることはもちろん,顧客が何を必要としているのか, 営業するために何が必要かという情報を得て,研究者自らが商品について考えなければ, 競争力のある商品を生み出すことは難しくなります。過去の成果を参照し,進行中のプ ロジェクトに関して技術者同士が意見を戦わせながら切磋琢磨し,さらに部品データ ベースなど開発に必要な情報を素早く入手できる企業情報ポータルの構築は,研究開発 分野においても重要です。 17 第 1 章 1. 企業情報ポータル(EIP)とは何か? ここでは代表的なものとして 3 種類のポータルを取り上げましたが,企業情報ポータルは 第一線でビジネスを推進するビジネスパーソンに,情報のアクセスや流通という観点からの 支援を行うためのツールであり,すべての職種において有効です。それぞれの職種において 本当に必要な情報は何か,それを入手するために必要なソリューションは何か,ということ を意識して最適なポータルを作成することが,企業で働く個人が発揮できる能力を高め,ひ いては企業競争力の強化につながっていくのです。 1.3 企業情報ポータルがもたらすもの 企業情報ポータルを導入することによってもたらされる効果をまとめると,次の 3 点にな ります。 (1) 適切な情報アクセス 流通する情報量の増加とともにビジネスパーソンがアクセスできる情報量が増え,適切な 情報をいかに素早く入手し,的確に処理できるかどうかがビジネス成功のためのカギとなり ます。ビジネスを現場で支える個人が,本当に必要としている情報に素早くアクセスできる ことによって情報の質や量が向上すれば,従来よりも広範囲な情報や知識に基づいて判断が できるようになります。広範囲な情報を得ることは,部分的な情報しか得られない場合と比 べてより的確な判断を下すことにつながり,ビジネスの質は間違いなく向上するでしょう。 企業情報ポータルは,個人が本当に必要な情報にアクセスするのを容易にするためのプ ラットフォームであり,これを適切に活用することでビジネスを行う個人,ひいては組織全 体の競争力を高めることになります。 (2) 操作体系の統一 業務の効率化のための企業内情報システムが有効に活用できていれば,企業の競争力は高 くなるでしょう。しかし,社員のコンピュータの習熟度の差や,構築した業務システムのイ ンタフェースの違いなどにより,逆に現場の負担を上げてしまっている場合が少なくありま せん。例えば,社員が各システムごとに異なる操作体系を覚えなければならないなど,シス テムが導入されるたびに現場のコスト負担が増大します。 企業情報ポータルには,業務システムのインタフェースを統一するための仕組みがありま す。これを活用することで,システムごとのインタフェースの違いを吸収し,すべての社員 18 1.3 企業情報ポータルがもたらすもの が直感的に使用可能な情報システムを構築することが可能になります。これは,システム導 入時の教育コストを抑えることにもつながります。 (3) 第 1 章 知的労働へのシフト 市場の変化によってビジネスの要求も高度になり,単一の商品やサービスの提供だけでは 他社との差別化も難しく,生き残っていくのが困難な状況にあります。そこでは,より高い 付加価値や他の商品,サービスも含んだトータルでの提案など,もう一段レベルの高い提案 が必要になります。これまでのように知的労働の大半を情報の検索に費やすのではなく,最 終的な顧客満足や継続的なビジネス展開などビジネスの目的のために,より多くの時間を割 くことが求められます。 企業情報ポータルによる情報アクセスの最適化やナレッジマネジメントなどにより,こう した環境を作り出すことができます。これにより,企業にとっては競争力の向上につながり, 顧客にとってはより良いサービスを受けることができるようになるなど,すべての人にメ リットが生み出されます。 19
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