報告(PDF形式)

サイエンスカフェ~みらい倶楽部通信~
Vol.1
Vol.10 「サバから
サバからマグロ
からマグロは
マグロは生まれるか?
まれるか?」
日時
2011 年 6 月 26 日(日) 15:00~16:30
場所
日本科学未来館 7 階 第 3 会議室
対象
中学生以上
マグロはお寿司や刺身のネタとして不動の人気を誇りますが、実は絶滅の危機に瀕しています。
今回のゲストは魚類の発生を研究している東京海洋大学の吉崎悟朗さん。国際的な問題にも発展
しているマグロ資源減少に一筋の光を与える技術を開発しました。
話はまずマグロ資源の現状を紹介するところから始まりました。2011 年に国際機関がまとめた絶
滅の恐れがある野生動物のリストには、マグロ類 8 種のうち 3 種(大西洋クロマグロ、ミナミマグロ、メバ
チ)が挙げられています※。野生のマグロ資源減少をくい止めるため、サケのように親魚から卵を採り、
稚魚まで育てて海に放流する栽培漁業プロジェクトも進行し
ていますが、マグロのような大型魚で実現させるにはいくつ
ものハードルがあり、現実的ではないそうです。「例えば、成
熟した魚の体重はクロマグロでは 100kg。広い飼育場や膨
大な量のえさが必要となります。もし小型魚の腹を借りてマ
グロの卵や精子を産み出せれば場所の確保や管理、えさ
代、人件費……様々なコストを大幅に減らすことができます。
では、小型魚のサバにマグロを生んでもらえないだろうか」と
吉崎さんは考えたそうです。
続いて、アイデアを実現するための計画を語ります。「卵子や精子を作り出す“種”になる細胞を始
原生殖細胞と言います。この細胞をマグロから取り出して、サバに移植して、マグロを生むサバを作ろ
うと、最初はモデルとしてヤマメにニジマスの精子を作らせるところからスタートしました」。しかしこの
“種”細胞は体長 1.5cmほどの稚魚にしか存在せず、探し
出すだけでもひと苦労。目印を見つけ、生きたまま取り出
す方法を確立し、ようやく目的の細胞が手に入ったとのこと。
次にニジマスの“種”細胞をヤマメに移植するのですが、た
だ移植したのでは免疫的に排除されてしまいます。参加者
からも「拒絶反応はおきないのですか?」という質問が挙が
りましたが、そこは免疫系が確立されていない赤ちゃんの
魚を用いることでクリア。さらに正常な卵や精子が作られる
ことを確かめ、ようやくヤマメのお腹を借りてニジマスを生産
することに成功しました。
ヤマメにニジマスを生ませるまで、10 年余りの試行錯誤を繰り返し、現在はサバとマグロの組み合
わせに取り組んでいます。魚が違えば条件も異なり、新たな課題と格闘している真っ最中。最新デー
タはマグロの「種」が無事にサバ科のハガツオへの移植されたことを示す顕微鏡写真です。わずかに
赤く光る点がその証拠とのことで、小さな光を見つめる吉崎さんのまなざしは輝いていました。「研究
の醍醐味は失敗の原因を突き止めて解決する謎解きにあります。私たちが味わってきた興奮や失
望を疑似体験してもらえれば」という言葉通り、ひとつひとつのデータに込められたエピソードをエネル
ギッシュに語る姿に参加者は魅せられていきます。
「マグロに限らず、絶滅が心配されている魚類の保護に
この技術を応用したい」と吉崎さんは食料としての水産資
源を増やすだけでなく、海や川の生態系を本来の状態に
戻すことを大きな目標に掲げ、研究を進めています。保護
したい魚の始原生殖細胞を凍結保存しておき、近縁種を
代理親魚に用いれば、絶滅を避けることができるかもしれ
ません。実際に米国アイダホ大学と協力して、地域固有の
ベニザケの保護に取り組むプロジェクトも進めているそうで
す。生物は単独では存在できず、生息環境の維持も重要
な課題ですが、その解決には時間がかかるかもしれず、今回紹介された技術はタイムカプセルの役
割を担うと言えるかもしれません。水産業という枠におさまらず、地球規模で魚の未来を真摯に考え
る吉崎さんの姿勢は、参加者にも新たな気付きを与えたようです。イベント後のアンケートには「『魚』
=『食材』と思っていたのですが、あらためて魚は生き物なんだな、という当たり前のことを思いだし
た」というコメントも届きました。
サバからマグロは生まれるその日はきっとそう遠くないは
ず。会場に大きな期待を抱かせてイベントは終了しました。
最後に情熱の源を尋ねられ、吉崎さんは野生のマグロが
海の中を泳ぐ様子を映しました。「まるで艶やかな青い弾
丸が広大な海洋を駆け巡っているようで、その迫力に衝
撃を覚えました。と同時にこの魚を必ず守り、次の世代へ
受け継がなければという使命感も感じたのです」。今でも
休みの日には釣りに行くそう吉崎さん。魚への愛情を子ど
もの頃から持ち続け、文字通り魚とともに生きているようで
す。参加した中学生や高校生からは「熱い気持ちに感動」「好きなことをとことんつきつめる人生を送
りたい」「一つのことに夢中になれるように頑張りたい」という感想が届き、吉崎さんの生き方はひとつ
の憧れにも映ったようでした。最先端の研究だけでなく、研究者の生き方からも刺激をもらえるサイエ
ンスカフェ。次回はどんな出会いがあるでしょうか。
※ IUCN(国際自然保護連合)が 2011 年 7 月 8 日に発表した「レッドリスト」より
企画・報告:細川聡子(日本科学未来館 科学コミュニケーター)