18歳未満の大うつ病性障害患者に対する抗うつ薬

18 歳未満の大うつ病性障害患者に対する抗うつ薬
傳田健三
北海道大学大学院保健科学研究院生活機能学分野
[〒060-0812 札幌市北区北 12 条西 5 丁目]
The Safety of Antidepressant Use
in Children and Adolescents with Major Depressive Disorder
Kenzo DENDA
Department of Functioning and Disability,
Faculty of Health Science, Hokkaido University
North 12, West 5, Sapporo 060-0812, JAPAN
Key Words: child, adolescent, depression, SSRIs, activation syndrome
抄録
18 歳未満の大うつ病性障害患者に対する抗うつ薬の使用について、主にこれまでの自殺
関連事象に関する論議、いわゆる activation syndrome の病態についての解説、児童・青
年期患者への新規抗うつ薬(SSRI・SNRI)の使用上の注意点について述べた。24 歳以下の
大うつ病性障害患者に対して SSRI および SNRI の使用は自殺念慮や自殺行動の発現のリス
クが有意に上昇するので注意が必要である。いわゆる activation syndrome の病態は、主
に、①アカシジア症状、②急激な躁状態あるいは混合状態、③併存障害(行為障害や AD/HD
など)の顕在化にまとめることができる。症状出現時には、迅速にその病態を把握し、薬
剤の減量・中止、抗不安薬の併用、気分安定薬への変更、他の抗うつ薬への変更、抗うつ
薬使用の再検討など、その病態に応じた対応が必要である。
0
はじめに
2003 年6月、英国医薬品庁(MHRA)は、18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine
の投与を禁忌とする勧告を発表した 2)。それ以来、児童・青年期のうつ病患者に対して SSRI
を含む抗うつ薬が自殺行動を増やす可能性があること(いわゆる activation syndrome7))
が話題となっている。本稿では、これまでの SSRI を含む抗うつ薬と子どもの自殺行動に関
する論議をまとめながら、activation syndrome の病態について解説し、児童・青年期患
者への SSRI 使用の注意点に関して述べてみたい。
1.SSRI と自殺行動について
1)Paroxetine の禁忌措置をめぐって
2003 年6月、英国医薬品庁(MHRA)は paroxetine に関する児童・青年期の臨床試験か
ら得られた新しいデータを入手し再検討した。その結果、児童・青年期を対象とした二重
盲検プラセボ比較臨床試験において、大うつ病性障害患者に対しては paroxetine の有効性
を証明する結果が得られなかった。また短期二重盲検プラセボ比較臨床試験において、
paroxetine 投与中の有害事象として、食欲減退、振戦、発汗、運動過多、敵意、激越、情
動不安定(泣き、気分変動、自傷、自殺念慮、自殺企図など)が、発現頻度2%以上かつ
プラセボの頻度の2倍以上で報告された。有害事象のうち、自殺念慮、自殺企図に関連す
る事象が 12~18 歳の大うつ病性障害患者で多くみられた。以上の結果に基づいてリスクと
ベネフィットを考慮し、18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与を禁忌と
する勧告を発表したのである 2,3,4,5)。
2)米国食品医薬品局(FDA)の見解
一方、米国食品医薬品局(FDA)は、まず 2003 年6月に英国の措置を受けて、児童・青
年期の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与を推奨しない旨の勧告を発表したが、
禁
忌という措置はとらなかった。
さらに FDA は 2004 年9月、児童・青年期のうつ病患者の抗うつ薬に関連した自殺関連事
象のリスク増加に関して、すべての抗うつ薬が当てはまると結論づけた。そして、すべて
の抗うつ薬について、児童・青年期患者において、自殺関連事象のリスクが高まるという
内容の強い警告(Black Box Warning)を記載し、注意喚起を促した。しかし、ある特定の
抗うつ薬のみ禁忌にするという措置はとらなかった 3,4,5)。
また、2006 年5月、FDA は 29 歳以下の若年成人の大うつ病性障害患者において、
1
paroxetine は自殺関連事象の危険性が増大する可能性があるとして注意深く観察するよ
うに警告を出した 4)。
3)欧州医薬品審査庁(EMEA)の見解
2004 年4月、欧州医薬品審査庁(EMEA)は、paroxetine の安全性について、児童・青年
期の患者には投与すべきではないと勧告した。さらに、29 歳以下の若年成人においても自
殺関連事象の危険性が増大する可能性があることを指摘し、注意深く観察すべきであるこ
とを併せて勧告した。
その後、2005 年4月、EMEA は 18 歳未満の患者に対する paroxetine の投与は禁忌ではな
く警告として注意喚起を行うとし、それが EU の統一見解として発表された。それを受けて
MHRA は、英国においても 18 歳未満の患者に対する paroxetine の使用を禁忌から警告へ変
更するとした。これによって、英国においても、すべての新規抗うつ薬の 18 歳未満の患者
への使用は禁忌ではなくなったのである 4)。
4)日本における動向
わが国では、2003 年 8 月 25 日、厚生労働省は英国での paroxetine 禁忌措置を受けて、
18 歳未満の大うつ病性障害患者に対する paroxetine の使用禁忌の勧告を出した。また、
2004 年5月には、fluvoxamine および milnacipran に対して、
「18 歳未満の患者に投与す
る際は、リスクとベネフィットを考慮すること」という旨の添付文書の改訂を行った。
その後、上記のような欧米における措置を受けて、厚生労働省は 2006 年1月、18 歳未
満の患者に対する paroxetine の使用を禁忌から警告へ変更したのである 4)。
2.抗うつ薬の添付文書について
1)すべての抗うつ薬に共通する使用上の注意
2007 年 10 月に、添付文書の「使用上の注意」において以下の改訂が行われた。
(1)効能または効果に関連する使用上の注意として、抗うつ剤の投与により、24 歳以下
の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告があるため、本剤の投与にあ
たっては、リスクとベネフィットを考慮すること。
(2)うつ症状を呈する患者は希死念慮があり、自殺企図のおそれがあるので、このような
患者は投与開始早期ならびに投与量を変更する際には患者の状態および病態の変化を注意
深く観察すること。また、新たな自傷、気分変動、アカシジア/精神運動不穏等の情動不
安定の発現、もしくはこれらの症状の増悪が観察された場合には、服薬量を増量せず、徐々
2
に減量し、中止するなど適切な処置を行うこと。
(3)その他の注意として、以下が記載されている。海外で実施された大うつ病性障害等の
精神疾患を有する患者を対象とした、本剤を含む複数の抗うつ薬の短期プラセボ対照臨床
試験の検討結果において、24 歳以下の患者では自殺念慮や自殺企図の発現のリスクが抗う
つ剤投与群でプラセボ群と比較して高かった。なお、25 歳以上の患者における自殺念慮や
自殺企図の発現のリスクの上昇は認められず、65 歳以上においてはそのリスクが減少した。
2)SSRI および SNRI の使用上の注意
2009 年 5 月に、SSRI および SNRI の「使用上の注意」が新たに次のように改訂された。
(1)慎重投与として、
「衝動性が高い併存障害を有する患者(精神症状を増悪させること
がある)
」が追加された。
(2)重要な基本的注意として、
「不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵
意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等があらわれることが報告
されている。また、因果関係は明らかではないが、これらの症状・行動を来した症例にお
いて、基礎疾患の悪化または自殺念慮、自殺企図、他害行為が報告されている。患者の状
態および病態の変化を注意深く観察するとともに、これらの症状の増悪が観察された場合
には、服薬量を増量せず、徐々に減量し、中止するなどの適切な処置を行うこと」が新た
に追加された。
3)Paroxetine における「警告」
Paroxetine のみに以下の警告が記載されている。
「海外で実施した 7~18 歳の大うつ病
性障害患者を対象としたプラセボ対照試験において有効性が確認できなかったとの報告、
また、自殺に関するリスクが増加するとの報告もあるので、本剤を 18 歳未満の大うつ病性
障害患者に投与する際には適応を慎重に検討すること」
3.
「SSRI による自殺関連事象」の本態は何か?
今回の「SSRI による自殺関連事象(自殺行動/念慮)の発現」(いわゆる activation
syndrome7))の本態は何なのだろうか。その原因を解明し、対応策を考えることが本来求
められるべきである。SSRI によって実際に出現する病態を列挙してみたい。
1)Activation syndrome
FDA は 2004 年 3 月 22 日の Talk Paper で、抗うつ薬による中枢刺激様症状を activation
syndrome として、不安、焦燥、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、衝動性、アカシジ
3
ア、軽躁状態、躁状態の 10 症状をあげている。
ただし、これは自殺関連事象(自殺行動/念慮)の危険性を高める症状を列挙したにす
ぎないと考えることもでき、
抗うつ薬の副作用なのか、原疾患であるうつ病の悪化なのか、
躁状態あるいは混合状態への発展なのかについての異同や鑑別については明確にされてい
ない。その点を明確にしないと、症状出現時の対応にも大きな違いが生じてくると思われ
る。今後、この activation syndrome という概念が一つの症候群として確立していくため
には、更なるデータの蓄積と病態の解明が必要である。
以上のことから、本稿では、従来から用いられている用語を使用しながら、「SSRI によ
る自殺関連事象(自殺行動/念慮)の発現」の病態について考えていきたいと思う 6)。
2)アカシジア症状
「SSRI による自殺関連事象(自殺行動/念慮)の発現」の具体的な症状のうち、不安、
焦燥、不眠、易刺激性、アカシジアなどは、SSRI によって生じる錐体外路症状と考えられ
る。すなわち、アカシジアだけでなく、錐体外路症状全般が出現する可能性がある。
「SSRI による自殺関連事象(自殺行動/念慮)の発現」がアカシジアであるとすると、
それは SSRI に特有の症状というわけではなく、
他の抗うつ薬においても生じうるものであ
る。また、児童・青年期患者に特有の症状というわけでもなく、成人症例にも出現しうる
症状と考えることが可能である 4,6)。
3)躁状態あるいは混合状態
「SSRI による自殺関連事象(自殺行動/念慮)の発現」の症状のうち、易刺激性、敵意、
衝動性、軽躁状態、躁状態などは、SSRI によって躁状態あるいは混合状態が引き起こされ
たと考えることができる。児童・青年期の躁状態あるいは混合状態は自殺行動や自殺念慮
につながる可能性がある。とくに双極Ⅱ型障害の場合は、パーソナリティの問題と誤診さ
れることが少なくないので注意が必要である 4,6)。
4)うつ病の悪化
SSRI を投与してもまったく無効で、うつ病自体が悪化し、自殺念慮が出現し、自殺行動
へ発展するという場合も考えられる。この場合は、ある程度増量した時点でなるべく速や
かに無効と判断して、
当該抗うつ薬を中止し、他の抗うつ薬への変更を考慮すべきである。
5)子どものうつ病特有の症状あるいは併存障害の顕在化
子どものうつ病では大人と比較するとイライラ感、易怒性、焦燥感が出現しやすいこと
が特徴である。DSM-IV1)でも「児童・青年期の大うつ病性障害の診断において、抑うつ気
4
分の代わりにイライラ感であってもよい」という注釈がついている。したがって、「SSRI
による自殺関連事象の発現」が、子どものうつ病本来の症状であるイライラ感や焦燥感が
何らかのきっかけによって悪化あるいは顕在化した可能性が考えられる。
また、欧米の子どものうつ病の臨床試験には 10~30%の割合で行為障害あるいは注意欠
陥/多動性障害(AD/HD)の症例が含まれている。その場合は、イライラ感や易怒性が行為
障害や AD/HD の症状と考えることも可能である。この場合は、生育歴の再聴取を行って、
十分な鑑別診断あるいは comorbidity の確認を行う必要があると考えられる 4,6)。
4.自殺関連事象出現時の対応
1)実地臨床における一般的な注意点
実地臨床においては、投与量をなるべく少量から始め、投与初期に診察間隔を短くして
慎重に観察する必要がある。
そうすることによって、自殺関連事象の出現に早めに気づき、
深刻な事態に至る前に未然に防ぐことが可能である。また、症状の出現は、投与初期ある
いは増量・減量時が多いので、その際にはとくに細心の注意が必要である。
症状出現時には、迅速にその病態を把握し、薬剤の減量・中止、抗不安薬の併用、気分
安定薬への変更、非定型抗精神病薬の投与、他の抗うつ薬への変更など、その病態に応じ
た対応が必要である。
SSRI を減量・中止する際には、withdrawal syndrome に注意する必要がある。また、自
殺関連事象の危険性が高い場合や深刻な場合は、入院治療あるいは十分に注意の行き届く
環境下での治療を考慮すべきである 4)。
2)アカシジア症状
アカシジア症状が出現した場合は、抗うつ薬の副作用と考えることができるため、軽度
の場合は抗不安薬の併用で対応し、中等度あるいは重度の場合は当該抗うつ薬を中止し、
他の抗うつ薬への変更を考えるべきである 4,6)。
3)躁状態あるいは混合状態
躁状態あるいは混合状態に移行したと判断される場合は、抗うつ薬を減量・中止し、必
要十分量の気分安定薬を投与することになる。気分安定薬のみではコントロールが不十分
な場合は、非定型抗精神病薬の併用も考慮されるべきである 4,6)。
4)子どものうつ病特有の症状あるいは併存障害の顕在化
子どものうつ病特有の症状(イライラ感、焦燥感)の顕在化の場合は、うつ病の悪化と
5
らえて、
当該抗うつ薬を中止し、
他の抗うつ薬への変更を考慮すべきであると考えられる。
行為障害や AD/HD などの併存障害の顕在化の場合は、全体の状態へのうつ病の関与を十分
に検討したうえで、抗うつ薬の使用の可否を再吟味すべきであると考えられる 4,6)。
おわりに
2003 年に英国において 18 歳未満の大うつ病性障害患者への paroxetine の投与が禁忌と
なって以来6年が経過した。わが国でもようやくその禁忌が解除され警告へ変更となり、
全世界で概ね共通のコンセンサスが得られつつあるという印象がある。しかしながら、最
近、SSRI および SNRI による衝動性の亢進についても注意が促されている。今後は更なる
データの蓄積、病態の解明、対処法の確立が望まれるところである。
文献
1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental
Disorders, 4th edition (DSM-IV). Washington, DC, APA, 1994
2) 傳田健三:児童・青年期の気分障害に対する薬物療法.児童青年精神医学とその近接
領域 44: 371-380, 2003
3) 傳田健三:わが国における子どものうつ病の現状.臨床精神薬理 7: 1567-1577, 2004
4) 傳田健三:SSRI の児童・青年期患者への投与と安全性.SSRI のすべて(小山 司編
),
東京,先端医学社, 2007
5) 岡田
俊:児童青年期の大うつ病性障害における抗うつ薬の適応-国内外の抗うつ薬
使用の規制に関する問題-.児童青年精神医学とその近接領域 46: 166-178, 2005
6) 清水祐輔,賀古勇輝,北川信樹他:児童・青年期の大うつ病性障害における抗うつ薬
(主に SSRI, SNRI)による情動変化および自殺関連事象の臨床的研究.児童青年精神
医学とその近接領域,48: 503-519, 2007
7) 辻
敬一郎,田島
治:抗うつ薬による activation syndrome.臨床精神薬理 8:
1697-1704, 2005
※ FDA, MHRA, EMEA などの行政機関の発表内容は、それぞれのホームページを参照した。
6