進化経済学会第 20 回全国大会(東京大学:2015 年 3 月 26・27 日) 大会のテーマ「社会・経済システムにおけるICTとネットワーク」 ・セッション名「プラグマティズム・制度経済学・ネットワーク」 「ネットワーク組織の組み換え―金融制度の進化をめぐって―」(報告概要) 柴田德太郎(東京大学大学院経済学研究科) はじめに ICT の発達は金融革新の原動力となり、金融革新はネットワーク組織の組み替えを生み 出す。「制度」は集合的な慣行であり、取引の繰り返しを意味する。そこには自ずとネット ワークが形成される。ネットワークには FHC(金融持株会社)のように資本関係のある組 織同士の関係のこともあれば、そうでない場合もある。中央銀行との取引関係もネットワ ークの一部を成す。 現代の金融慣行は OTH 型から OTD 型へ、リレーションシップ(RS)型からアームズレ ングス(AL)型へと進化を遂げたと言われる。この制度進化を、アメリカの住宅金融を例 にとり、ネットワーク組織の組み替えという観点から検討するのが、本報告の課題である。 1.OTH(originate to hold)型金融慣行 (1)OTH 型金融慣行の特徴 銀行はバランスシート(BS)の資産側に借手(家計)に対する貸付債権(住宅抵当債権) を創出(originate)し、負債側の借手口座に預金設定を行う。銀行は貸付債権を保有し続 け(hold)借手は銀行に元利返済を続けるので、両者の関係は長期継続的となる。OTH 型 が RS 型と言われる所以である。借手は受け取った預金を住宅の売手に支払う。売手は受け 取った預金を他者(企業や家計)に支払う。預金通貨が銀行制度内に留まる限り、銀行制 度から準備金は流出しない。貸出を行った個々の銀行が他行への支払と受取の結果、準備 金不足になった場合には、金融卸売市場でフェデラル・ファンドの借入、NCD(譲渡性預 金)の発行、買戻し条件付き債券売却(レポ借入)などによって資金調達を行い準備金を 補充する。銀行制度全体が準備金不足になった場合は、中央銀行から(主にレポ債務を通 じて)資金調達する。ここでは、中央銀行-市中銀行-借手-借手の取引相手(預金者) -市中銀行、という取引関係(ネットワーク)の円環構造が形成されている。 銀行の貸出(信用創造)にとって制約は次の 2 つである。①自己資本比率規制により貸 出債権の拡大に制約がかかる。貸出債権が増加すれば自己資本を積み増す必要が生じる。 もしも不良債権が増加すれば自己資本が毀損する恐れが生じる。②預金債務の流出(他行 への支払い超過)に備えて支払準備率を維持する必要があるが、中央銀行の金融引締めに よって準備金調達コストが上昇する可能性がある。そのため貸し出しによる預金の創出に は制約がかかる可能性がある。 1 (2)OTH 型金融慣行の利点 OTH 型(RS 型)金融慣行は次のような長所を持っている。①貸手は債権保有者でもある ので、債権が債務不履行にならないように慎重な貸付を行う誘因を持つ。②貸手は借手と密接な 関係を結び soft information を獲得する(IMF(2012): Ch.3)。長期的な関係は,時として株式 や債券の保有によって強化されるが、銀行に顧客に関する深い知識を生み出す機会と誘因 を提供する。そして、情報の非対称性とモニタリングに関する諸困難を減らすことができ る。③長期的な関係維持の価値は、借手に資金調達を継続し、長期計画を立てる誘因を与 え、自己保険の必要性を低下させる。④金融機関と顧客の長期的関係維持は、契約に関す る抗争を内的に解決する強い誘因を提供する(Wolfe(2011))。貸手は借手の返済が順調であ るかどうかを監視する誘因を持ち、借手の返済遅延が生じた場合には、借換えに応じたりローン 条件の修正に応じたりというような柔軟な対応が可能である。このことにより、借り手の一時的 な危機を救い、長期的な成長を支えることができる。⑤預金者は預金保険で守られているので、 不安に駆られた預金引き出しを行わない。このことが、銀行の柔軟な対応を可能にしている。 (3)OTH 型(RS 型)金融慣行の弱点 だが、RS 型には次のような欠点がある。①債務不履行による損失リスクが貸手である銀行 に集中し、預金通貨システムが危機に陥る可能性がある。②現状維持バイアス。貸手と借手の 密接な関係は弱点にもなりうる。既存の関係における投資価値維持の要望は、既存企業への 資金提供を増加させる傾向を生み出す。1990 年代の日本のように、追貸しの長期化によって 不良債権を隠蔽するといった弊害も起こりうる。その結果,主に無形財産を持つ借手、革新的 技術や戦略によって起業しようとする借手は資金調達に苦労することになる(Rajan & Zingales (2003))。 既存の貸手の情報の優位と、借手の長期的関係を維持したいという誘因 が結びついて、他の金融機関が顧客と関係を確立する能力を引き下げる。 (4)OTH 型金融慣行の補完機構 銀行は貸出(信用創造)によって3つの変換を行う。①信用変換、②満期変換、③流動 性変換である。①銀行は貸付債権と預金債務を両建てで創出し、低い信用力の借り手債務 を自行の高い信用力の債務へ変換する。②銀行は長期債権と短期債務を両建てで創出し、 借り手の長期債務を銀行の短期債務に変換する。③銀行は流動性の低い債権と流動性の高 い債務を両建てで創出し、流動性の低い借り手の債務を流動性の高い銀行の債務に変換す る。以上の変換を実現するためにいくつかの補完機構が生み出されてきた。 まず①信用変換については預金保険機構の預金保険が信用保証の安全装置(backstop) の役割を果たし、銀行の債務の信用力を補完している。また③流動性変換については中央 銀行の最後の貸し手機能が流動性保証の安全装置となり、銀行の保有する債権の低い流動 性を補完している。最後に②満期変換については債権の証券化業務がある。銀行は ALM(債 権債務管理)リスク、とりわけ満期変換リスク、つまり具体的には、短期金利が急騰する 時期には逆鞘が発生するリスクを負っている。このリスクを軽減するために創設されたの が、FNMA(ファニーメイ)のモーゲージを買い取る債権流動化業務であり、その発展形 2 が Agency(政府機関、GNMA:ジニーメイ)と GSEs(政府支援機関、FNMA と FHLMC: フレディマック)によるモーゲージ債権の証券化業務であった。つまり、OTH 型金融の ALM リスクを軽減するために考案されたのが OTD 型金融であった。 そこで、次に、債権の証券化と OTD(AL)型金融慣行について考察してみよう。 2.OTD(originate to distribute)型金融慣行 (1)OTD 型金融慣行の登場 現代の金融市場では 従来の OTH 型金融と比べて 2 つの変化がみられる。①貸出債権の 証券化と、②預金通貨の預金類似金融資産-MMMF(Money Market Mutual Fund:短期 金融資産投資信託)やレポ債権(売戻し条件付き証券購入)など-への転換である。①そ の原動力の1つは、ALM リスクの回避である。貸出債権の証券化によって金利急騰による 逆鞘の発生を防ぐことができる。もう 1 つの要因は、1991 年早期是正措置によって導入さ れた自己資本比率規制である。銀行はこの規制に対応するため、バランスシートの縮小に 努めたのである。その結果、銀行の簿外取引が拡大することになった。②については、よ り安全で利回りの高い資金運用を求める預金者側の意向も働いていると考えられる。機関 投資家の預金額は預金保険の保護対象額を遥かに超えているからである。 (2)OTD 型金融慣行の特徴 OTD 型金融慣行とは次のようなものを指す.貸手は貸出債権を証券化商品組成者に売却 し,組成業者は債権をプールして多様な格付けの証券化商品を組成する.この金融商品を 多様な機関投資家(ヘッジファンド,年金基金,MMMF,保険会社,SIV,ABCP 導管体 など)が購入する.機関投資家は投資家から資金を預託されるとともに,卸売市場で短期 資金を(ABCP,レポ取引などによって)調達する.貸手は創出した債権を保有し続けずに 売却するので,OTH 型ではなく OTD(originate to distribute)型と呼ばれる. 機関投資家と投資家の関係は長期継続的なものとは限らない.機関投資家の卸売市場で の資金調達は流動的な性格を持つ.機関投資家の金融商品購入と保有も流動的性格を持つ. 組成業者の債権購入も長期継続的とは限らない.貸手と借手の関係の親密性も薄れるであ ろう.こうした性格ゆえ,このシステムは RS 型ではなく AL 型と呼ばれる. (3)OTD 型金融慣行の期待された利点 OTD 型(AL 型)の利点としては次のようなことが期待された.①債務不履行による損 失リスクは多くの投資家・債権者に広く薄く分散されるので,預金通貨システムが危機に 陥る可能性は低い.②参加が自由で市場を基盤とし取引関係と無縁なシステムであるので, 効率的な資源配分を実現できる(Rajan & Zingales (2003)).金融機関と顧客にとってのロッ クイン効果の低下は,競争圧力を生み出し,金融システムの革新と効率性に貢献する.③ 厳格な情報開示の要件は流動的な資本市場を支える高品質な情報を広く利用可能にする. ④資本市場は誘因をそろえる効果的な道を提供し、直接のモニタリングの必要性とコスト を低減させることを可能にする(Wolfe(2011)). 3 3.OTD 型金融慣行の諸形態 では、OTD 型の実態はどうであったか。アメリカの住宅金融の証券化を例にとって検討 してみよう。住宅モーゲージ債権の証券化には 2 つの形態がある。①Agency と GSEs によ る証券化と、②民間金融業者による証券化である。後者は 2 つの形態に分かれる。②-A. FHC(金融持株会社)による証券化(銀行内部シャドーバンキングシステム)と、②-B. 銀 行外部シャドーバンキングシステムである。後者はさらに 3 つの形態に分かれる。②-B(1). 多角的ビジネスを行う独立系投資銀行による証券化、②-B(2). 独立系専門会社による証券 化、②-B(3). 信用リスクを引き受ける民間機関による証券化、以上の3つである。すべて 合わせて 5 つの形態があることになる(Pozsar et al.(2012))。以下その仕組みを検討する。 (1)Agency OTD 型金融 Agency と GSEs による証券化は 70 年代に始まり、80 年代以降本格的に成長した。その 仕組みを考察してみよう。 ①商業銀行は住宅コンフォーミングローン(CL)をオリジネートし、帳簿上にモーゲー ジ債権と預金債務を創造する。銀行は信用変換、満期変換、流動性変換を行っている。借 手(住宅の買手)は売手に代金を支払い、売手は受け取った預金を他者(企業や家計)に 支払う。銀行制度の中で預金債権の所有者が借手から売手の取引相手に変わる。取引相手 は預金債権を MMMF への出資金などに変換する。 ②FHLBs(連邦住宅貸付銀行)は銀行から CL 債権を購入し、FHLBs の帳簿上には CL 債権と Agency 債・割引手形が計上される(FHLBs は債券・割引手形を発行して CL 債権 の在庫を保有する)。FHLBs は信用変換、満期変換、流動性変換を行っている。③GSEs (FNMA と FHLMC)は購入した CL 債権に基づいて Agency MBS (パススルー債務証書) を発行する。GSEs はこれらの MBS(不動産担保証券)に信用保証を付与する。GSEs は blending により信用変換を行う。そして、GSEs は CL 債権と MBS の在庫を保有し(資産 側)、Agency 債・割引手形を発行する(債務側)ことによって、信用変換、満期変換、流 動性変換を行う。④投資銀行は ABCP(資産担保 CP)やレポで資金調達し、MBS を在庫 保有する。投資銀行は信用変換、満期変換、流動性変換を行っている。MMMF などの機関 投資家は Agency 債・割引手形、Agency MBS、 ABCP に投資し、レポ融資を行う。MMMF は満期変換と流動性変換を行っている。 以上の取引を信用創造の観点から整理すると次のようになる。①銀行の住宅抵当貸付の 結果産み出された預金通貨は持ち手を変えてやがて機関投資家の下で預金類似金融資産 (MMMF やレポ債権)に転換される。そして、預金通貨の持ち手は MMMF に変わる。取 引のネットワークは、銀行-借手-借手の取引相手-MMMF となる。②FHLBs が CL 債 権を銀行から購入し、Agency 債・割引手形を MMMF が購入したとすると、銀行制度全体 の債権側は CL 債権が FHLBs への債権に変わり、 債務側は MMMF への預金債務が Agency への預金債務に変わる。この債権・債務が相殺され、CL 債権売却分だけ銀行制度のバラン スシート(BS)が両建てで縮小する。③GSEs が MBS を発行し、MMMF が MBS を購入 4 した場合、銀行制度の債権側は GSEs への債権に変わり、債務側は GSEs への預金債務に 変わる。両者が相殺され、銀行制度の BS は両建てで縮小する。GSEs が CL 債権と MBS を在庫保有するために Agency 債・割引手形で資金調達し、MMMF が Agency 債・割引手 形を購入した場合も、銀行制度の BS は縮小する。④投資銀行が MBS を在庫保有するため に ABCP とレポで資金調達し、MMMF が ABCP を購入し、レポで融資をした場合も、銀 行制度の BS は縮小する。 結局、Agency と GSEs による証券化は、準備金と自己資本を積む必要のない銀行の信用 創造を可能にし、信用創造の結果産み出される預金通貨は MMMF 出資金やレポ債権のよ うな預金類似金融資産に変換される。 ②-④の取引を整理すると次のようになる。銀行の BS 上にオリジネートされた CL 債権 を Agency(GSEs を含む)が購入し、信用保証を付与して証券化する。投資銀行は ABCP やレポで資金調達して Agency MBS を保有する。MMMF などの機関投資家は Agency MBS、 ABCP に投資し、レポ融資を行う。②-④の取引ネットワークは、銀行-Agency(GSEs) -投資銀行-MMMF となる。①-④の取引ネットワークをまとめると、借手の取引相手 (MMMF 出資者)-借手―銀行-Agency(GSEs)-投資銀行-MMMF-MMMF 出資者、 という円環構造になる。そして、この取引ネットワークの中で、CL 債権⇒Agency MBS⇒ ABCP、レポ⇒MMMF 出資金、というように「債権の流動化」(負債の譲渡性拡大)が実 現されている。 この取引ネットワークにおいて、Agency(GSEs)は中心的な役割を果たしている。 (1)FHLBs は CL 債権の在庫保有を行うことによって銀行の信用創造を支えている。(2) Agency と GSEs が提供する信用保証によって信用リスクの移転と変換が容易になっている。 (3) GSEs は CL 債権の証券化機能を提供し銀行の信用創造を支えている。(4) GSEs は CL 債権や MBS の在庫を保有することを通じて満期変換を行っている。 OTH 型金融では銀行が、①信用変換、②満期変換、③流動性変換を行い、①信用リスク、 ②ALM リスク、③流動性リスクを負担している。このリスク負担を補完するのが、①預金 保険機構と、③最後の貸し手であった。これに対して、Agency OTD 型金融では Agency (GSEs)が、①信用リスクと、②ALM リスクを負担している。この Agency(GSEs)に よる CL 債権の証券化によって、銀行は準備金と自己資本を積むことなく CL 債権のオリジ ネーション(信用創造)が可能となった。銀行の信用創造によって生み出された預金通貨 が MMMF 等の預金類似金融資産に転換され、その MMMF などの機関投資家が Agency (GSEs)によって証券化された Agency MBS に投資するという円環構造が成立している。 連邦支援制度に支えられて、銀行は準備金と自己資本を積み増すことなく信用創造が可能 となった。①信用リスクと、②ALM リスクを Agency(GSEs)が負担していたからである。 そして、銀行による信用創造の歯止めは、厳しい貸付基準にあった。 80年代後半以降、民間金融業者は Agency(GSEs)が担っていた証券化業務に進出し ていくことになる。民間金融業者による証券化の爆発的拡大が起こったのである。 5 (2)FHC OTD 型金融 民間業者による証券化の第 1 形態は、FHC による証券化(銀行内部のシャドーバンキン グシステム)であった。その仕組みを考察してみよう。 ①FHC 傘下の銀行子会社が住宅ローンをオリジネートする。資産側に住宅ローン債権、 債務側に預金通貨が創出される。借手が売手に代金を支払い、売手は受け取った預金を他 者(企業や家計)に支払う。銀行制度の中で預金債権の所有者が借手から売手の取引相手 に変わる。取引相手は預金債権を MMMF への出資金などに変換する。ここまでは Agency OTD 型金融と同じである。 ②FHC 傘下の証券子会社が管理する導管体が ABCP を発行し、住宅ローン債権の購入と 在庫保有を行う。証券子会社は住宅ローン債権を SPV(特別目的事業体)勘定に移転し、 資金調達はレポ債務などで行う。証券子会社は SPV 勘定において、住宅ローン債権を裏付 けにして MBS を組成し発行する。③FHC 傘下の SIV(Structured Investment Vehicle) やヘッジファンドは ABCP 発行、レポ債務などで資金調達を行い、MBS を保有する。④ MMMF などの機関投資家は ABCP、レポ等の債権を保有する。⑤発行された ABCP には、 銀行子会社による明示的あるいは暗黙の流動性補完が付与されている。 以上の仕組みを信用創造の観点から整理すると次のようになる。①貸出により預金通貨 が創造される。代金支払いにより預金通貨の持ち手が変わる。売り手が預金通貨を MMMF 出資金に替えると、預金通貨の持ち手は MMMF に変わる。ここまでは、Agency と GSEs による証券化と同じである。②MMMF が導管体発行の ABCP を購入すれば、銀行子会社 の BS は、導管体への債権と債務が相殺され縮小する。証券子会社が住宅ローン債権を SPV 勘定へ移し、SPV 勘定の上で住宅ローン債権を裏付けにして MBS を発行し、③SIV が ABCP を発行して MBS を保有し、④MMMF が ABCP 債権を保有するなら、銀行子会社の BS 上には SPV への債権と SPV に対する預金債務が形成される。銀行子会社の帳簿上に存 在する同額の債権債務は相殺され、帳簿上から消滅する。⑤SIV が発行する ABCP の借換 えが困難に直面した場合には、銀行子会社のクレジットライン(信用枠)が発動され、SIV の BS が消滅し、銀行子会社の BS が復活する。資産側に MBS が、債務側に MMMF 預金 が計上される。 ①-④の取引ネットワークを整理すると次のようになる。借手の取引相手(MMMF 出資 者)-借手―銀行子会社-証券子会社-SIV-MMMF-MMMF 出資者、という円環構造 が描ける。 結局、FHC による証券化は、①銀行子会社の信用創造により、MMMF 出資金(あるい はレポ債権)という預金類似金融資産を生み出した。②-④の段階で債権の証券化により 銀行子会社の BS が消滅しているので、信用創造の制約である自己資本比率規制や準備率規 制はなくなっている。ここまでは、Agency と BSEs による証券化と同じである。異なる点 は⑤の段階に現れる。すなわち、ABCP の借換え発行が困難に直面し、銀行子会社の信用 枠が発動された場合には、銀行の BS が拡大して、隠れていた自己資本比率規制と準備率規 6 制の制約が顕在化する。資本や準備の補充が市場を通じてできないほど金融市場が逼迫し ていれば、中央銀行の最後の貸し手機能に依存するようになり、不良債権が増加すれば公 的資金の投入に依存することになる。 FHC による証券化を伝統的な OTH 型金融と対比して特徴づけると次のようになる。 (1) 実体経済への信用供与と信用の流れは銀行のみに依存するのではなく、銀行子会社、証券 子会社、資産管理者とシャドーバンク(すべては FHC の傘下)のネットワーク、グローバ ルな金融卸売市場と資本市場に依存している。(2)銀行子会社の直接の関与は①のロー ンのオリジネートのみである。しかし、FHC が全体として行う関与はより広範である。在 庫保管、ローンの加工処理、分配、証券化商品の funding を行う証券子会社、簿外シャーバ ンクへの貸し手としての役割を果たす。FHCの与信活動は銀行以外の主体(証券子会社、 SIV のような簿外シャドーバンク、ヘッジファンドや MMMF のような機関投資家のファン ドマネージャーなど)に依存しているが、銀行子会社のみが連邦準備の割引窓口にアクセ スでき、預金保険からの救済の便宜を受けられる。(3)FHC による証券化は、信用創造 を行う銀行子会社、証券化商品を組成する証券子会社、ABS 投資家などに、資本効率性、 豊かな手数料収入、高い ROE(Return on Equity:自己資本利益率)の達成をもたらした。 しかし、FHC による証券化には不安定性が内包されていた。 (1)規制緩和によって貸付 基準が緩和され、信用力の低い借り手に対する貸し付けが許容されるようになっていた。 (2)信用リスクの移転と変換を容易にする信用保証は Agency と GSEs によっては提供さ れず、民間の信用補完の仕組みが考案された。この仕組みが過信されると、信用リスクの 精査が甘くなる可能性がある。 (3)債権の証券化を支える資金調達は、Agency と GSEs によってではなく、民間のシャドーバンクによって担われ、金融卸売市場での流動債務に 依存するようになった。 (4)FHC による証券化の仕組みは、リスクの分散を通じて金融シ ステムを安定化させる役割を果たせなかった。「FHC は業務の多様化により銀行業務で損 失が出ても他の業務の収益で補うことができるので、FHC 全体の収益は安定化する」とい うような FHC スーパーマーケット説 は現実とは異なるものであった(Pozsar et al.(2012) p.17)。実際には、証券子会社、資産管理者の活動は銀行業務とは分散して並立する業務で はなく、銀行業務に連なり、補完する業務であった。そのため現実には、証券子会社など の在庫保管業務に損失が出て、その損失が銀行業務に波及するという事態が起こったので ある。こうした潜在的な不安定性は、2007-08 年の金融危機によって顕在化した。 (3)投資銀行 OTD 型金融 民間業者による証券化の第 2 形態は、 銀行外部のシャドーバンキングシステムであった。 これには 3 つの形態が存在するが、ここでは第 1 形態である「多角的ビジネスを行う独立 系投資銀行による証券化」について考察してみよう。その仕組みは以下の通りである。 ①投資銀行の金融子会社が住宅ローンをオリジネートする。その際に必要となる資金は CP、MTNs(ミッドタームノート)の発行、銀行借り入れなどによって適宜、調達される 。 ②FHC 傘下のマルチセラー導管体が ABCP を発行して住宅ローン債権の在庫保有を行う。 7 ABCP には FHC 傘下の銀行子会社による流動性補完が付与されている。 (あるいは、投資 銀行傘下の ILCs(Industrial Loan Companies)が Brokered Deposit を調達して住宅ロー ン債権の在庫保有を行うこともある)。③証券子会社が購入したローン債権を SPV 勘定で 保有し、この債権を基に MBS を組成し発行する。MBS を含む ABS(資産担保証券)や CDS(Credit Default Swap)に基づく CDO(債務担保証券)の発行も行う。④導管体、 証券子会社取引勘定などが ABCP 発行とレポ債務によって ABS の在庫保有を行う。ABCP には FHC 傘下の銀行子会社による流動性補完が付く。MMMF が ABCP やレポ債権を保有 する。⑤内部信用ヘッジファンド、自己勘定取引デスクが、レポで資金を調達し ABS、 CDO を保有する。⑥ABCP 市場に流動性危機が発生し、銀行の信用枠が発動される事態が起こ ると、銀行子会社の信用創造が行なわれ銀行子会社の BS が拡大する。 以上の仕組みを信用創造の観点から整理すると次のようになる。①独立系投資銀行は商 業銀行子会社を保有していないので、住宅ローンのオリジネートの際に預金通貨の創造は 行われない。②住宅ローン債権の在庫保有において FHC 傘下の導管体が発行する ABCP には FHC 傘下の銀行子会社の信用枠が付いているので、銀行の偶発債務は拡大する。③投 資銀行の証券化業務を支えるのは FHC 傘下の銀行子会社である。銀行子会社は ABCP に 流動性補完を付与し、投資銀行のレポ借入を信用創造で支えていた。④投資銀行は、一方 で、傘下のヘッジファンド、傘下ではないヘッジファンドに ABS、 CDO を担保にレポ貸 付を行っていた。他方で、MMMF や FHC 傘下の銀行子会社からレポ借入を行っていた。 ヘッジファンドへの貸し手、MMMF、商業銀行からの借り手だったのである。後者が前者 を上回っていたので、投資銀行はネットでレポ債務を負っていた。レポ市場で流動性危機 が発生すると、グループ内の銀行子会社の信用創造に依存できないこと、連邦準備からの 借入の経路がないことにより、独立系投資銀行は資金調達困難に直面することになる。 取引のネットワークは次のようになる。第 1 の流れは、 (FHC 傘下の銀行子会社―)投 資銀行傘下の金融子会社―借手―借手の取引相手(MMMF 出資者) 、第 2 の流れは、投資 銀行―導管体―MMMF、ということになる。両者の流れが結合すると円環構造となる。 4.証券化と信用創造 住宅ローン債権の証券化は、ローンをオリジネートした銀行の BS を消滅させ、銀行の信 用創造ではなく、金融仲介の重層化が起こっているような外観を呈する。MMMF の ABCP、 レポ債権への投資⇒ABCP、レポ債務に依存する SIV の ABS への投資⇒投資銀行の SPV 勘定での ABS 発行とローン債権保有、という重層的な金融仲介の流れである。だが、銀行 のローン債権オリジネートの際に創造された預金通貨は銀行制度の BS 上から消えたとし ても、消滅したわけではない。預金通貨は、借り手から売り手へ持ち手を変えた後、機関 投資家に集積され、MMMF 出資金やレポ債権など預金類似金融資産に変換される。つまり、 銀行の信用創造の結果、預金類似金融資産が生み出され、ローン債権の証券化を間接的に 支えるという構造になっているのである。 8 OTH 型と同様に OTD 型においても銀行の信用創造が起点となっている点が重要である。 両者の違いは、次の点にある。OTH 型の場合、銀行の BS が拡大するので準備金と自己資 本の積み増しが必要となる。これが信用創造の制約となる。ローンをオリジネートした銀 行はローン債権を保有し続けるので、信用リスクの評価は自ずと慎重にならざるを得ない。 これに対して、OTD 型の場合、銀行の信用創造によって拡大した BS は債権売却によって 縮小するので法制度や規制の面からは準備金や自己資本を積み増す必要がない。債権の売 却が順調であれば、準備金や自己資本を積み増さずに信用創造が可能なのである。ただし、 実際には、銀行は ABCP に流動性補完を付与しており、その場合には銀行は偶発債務とい う形で債務を負い続けていることになる。ABCP の借り換えが困難になれば、銀行の信用 枠が発動され、銀行の信用創造が実施され BS は拡大する。この潜在的なリスクに対する自 己資本積み増しの備えは、2004 年の法令による規制緩和で不十分なものになっていた。銀 行はローン債権を売却するので、信用リスクの評価は慎重でなくなる可能性がある。 最後に、証券化の 3 形態を比較しておこう。(1)①Agency と GSEs による証券化は、 準備金と自己資本を積む必要のない銀行の信用創造を可能にしたが、厳しい貸付基準が信 用創造拡大の歯止めとなっていた。②Agency と GSEs が提供する信用保証が、信用リスク の移転と変換を可能にしていた。③証券化を支えていたのは、Agency と GSEs による債務 証券の発行であった。④取引ネットワークの中では、連邦支援機関である Agency(GSEs) が要の役割を果たしている。 (2)①FHC による証券化(銀行内部のシャドーバンキングシステム)は、規制緩和に より貸付基準が緩和されていたので信用創造の歯止めは緩く、信用リスク拡大の恐れがあ った。②信用リスクの移転と変換を容易にする信用保証は、民間の信用補完システムが提 供していた。③債権の証券化を支える資金調達は、民間のシャドーバンクによって担われ、 その資金調達を支えたのは銀行による信用枠の提供であった。シャドーバンクにとって銀 行が最後の貸し手であり、銀行にとって連邦準備が最後の貸し手であった。④取引ネット ワークの中では FHC 傘下の銀行子会社が要の役割を果たしており、銀行を通じて最後の貸 し手と預金保険機構と繋がっていた。 (3)①独立系投資銀行による証券化は、グループ外の FHC 傘下商業銀行の信用創造に 依存していた。②住宅ローンのオリジネートの際に信用創造は行われなかったが、住宅ロ ーン債権の在庫保有において発行される ABCP は商業銀行の賦与する信用枠に依存してい た。③商業銀行は ABCP に流動性補完を付与し、投資銀行のレポ借入を信用創造で支えて いた。④グループ内の商業銀行信用に依存していた FHC による証券化に比べて、独立系投 資銀行による証券化は脆弱な構造を有していた。グループ内に信用創造を行う銀行子会社 が存在せず、中央銀行の信用創造に依存する経路もなかったからである。その脆弱性は 2007 年以降の金融危機で顕在化し、独立系投資銀行 5 社は全て FHC 傘下に入ることになる。 9 5.シャドーバンキングシステムと金融危機 (1) OTD 型金融と信用創造の拡大 以上のように、①債権の証券化、②預金類似金融資産(レポ債権、MMMF)の拡大によ り、銀行の BS が拡大せずに住宅抵当金融が拡大する事態が発生した。このことは、一見す ると、銀行の信用創造機能が低下し、金融システム全体の金融仲介機能が拡大したように 見える。しかし実態は異なる。レポは超短期取引で、契約終結時には銀行の BS 上に MBS 債権(あるいは国債)と預金債務が復活する。レポは広義の預金通貨と考えてよい。MMMF も同様である。FRB も 2006 年 2 月までは預金金融機関のレポ債務を(MMMF と共に) M3 に含め、その M3 のデータを公表していた。それ以降については、民間機関が推計結果 を公表している。その推計値によると M3 の増加率は 2005 年から 2007 年に急上昇してい る。つまり、銀行の信用創造が広義の預金通貨である M3 の急増をもたらしたと推測でき る。こうして、銀行は BS を膨らませる(自己資本を積み増す)ことなく、信用創造を行う ことができた。モーゲージ債権の増加(信用創造の増加)が M3 の増加をもたらしたので あって、逆ではない。 銀行の信用創造が(MMMF 出資金、レポ債権を含む)預金類似金融資産の拡大を生み出 し、その預金類似金融資産がモーゲージ債権証券化商品保有のための資金調達に活用され るという循環が形成されていたと考えられる。第 1 の流れは、預金類似金融資産の創出で ある。(α)銀行の信用創造⇒預金通貨の拡大⇒預金通貨の預金類似金融資産への転換⇒預 金類似金融資産の拡大、という流れである。第 2 の流れは、創出された債権の証券化であ る。 (β)銀行の信用創造⇒銀行のモーゲージ債権保有拡大⇒証券会社への債権売却⇒SPV 勘定で債権に基づいて ABS 発行⇒ABS を保有する SIV や導管体の ABCP 発行、レポ債務 創出による資金調達、という流れである。前者の流れで創出された預金類似金融資産が、 後者の流れで生まれる SIV や導管体の資金調達を支えるという循環が存在していたのであ る。この循環に支えられて住宅モーゲージ貸付の拡大、とりわけ信用度の低い借り手に対 する貸付の拡大が実現し、預金類似金融資産(M3)の拡大が生み出されたのである。 (2)ABCP 流動性危機 この循環は、2007 年頃にほころびが見え始める。その発端は、2005 年後半にピークを迎 えた新築 1 戸建て住宅販売の減退であり、06 年 4 月にピークを迎えた住宅価格の下落であ った。住宅価格が下落し始めると担保価値が下落するので、住宅ローンの借り換えが困難 となり、延滞・抵当流れが増加するようになる。その結果、住宅ローンを裏付けに発行さ れている MBS や CDO、とりわけ信用度の低い借り手に貸し付けられたサブプライムロー ンを裏付けに発行された MBS や CDO に評価損の恐れが生じる。評価損の恐れは、このよ うな証券化商品を大量に保有する金融機関に多額の損失が発生する可能性につながる。 問題の顕在化は 2006 年 12 月に始まる。金融機関の不良債権増加の公表による株価の下 落が始まり、住宅ローン専門業者の経営破綻も発生した。そして、金融恐慌の発生は 07 年 6 月に始まった。6 月 12 日に投資銀行ベアー・スターンズ(BSC)傘下の 2 つのヘッジフ 10 ァンドの損失が報じられたのである。危機はヨーロッパに波及する。7 月末にドイツの政策 金融機関 IKB(ドイツ工業銀行)がサブプライム関連証券化商品への投資で多額の損失を 出したと報じられた。IKB は SIV を通じて CDO 等の証券化商品に投資を行っていたので ある。8 月 9 日には、フランス最大手銀行 BNP パリバが 3 つのファンドの凍結を発表した。 投資していたサブプライム証券化商品の時価評価が困難になったことが原因であった。こ うした事態を受けて国際流動性危機が発生する。ABS 投資のための主要な資金調達手段で ある ABCP の借換え発行が困難に直面したのである。ABCP の担保である ABS の価値下落 がその原因であった。 ABCP の発行残高は 2002-04 年には緩やかな減少を記録し、2004 年 9 月末の残高は 6500 億ドル程度であった。その後急成長し、2007 年 8 月初頭には 1.2 兆ドルに達した。この住 宅抵当債権を裏付けとする証券化商品への信頼低下により、突然 ABCP の借換え発行が困 難になったのである。残高は 9 月初頭には 9880 億ドルにまで縮小し、発行利回りも急騰し た。この ABCP 発行困難に伴い銀行の信用枠が発動されることになった。 ABCP 借換え発行の困難に直面し、銀行が明示的にあるいは暗黙に付与していた信用枠 が発動された。銀行の簿外勘定である SIV の BS が銀行内 BS に統合され、銀行の ABS 保 有が増加し、預金債務が増加する。銀行の偶発債務が顕在化し、事後的な信用創造が行な われたのである。この事後的信用創造のために必要な準備金は、次の 2 つの方法で調達さ れた。Agency と GSEs による証券化商品の売却と連邦準備の信用供与である。 銀行の事後的信用創造は ABCP 流動性危機が発生した 07 年 Q3 以降、とりわけ Q3 に集 中したと考えられる。この事後的信用創造は連邦準備による信用創造に支えられていた。 連邦準備信用は 6 月 27 日~9 月 27 日に 250 億ドル増加した。その主要形態レポ債権の増 加(360 億ドル)であった。ABCP 流動性危機発生により銀行の事後的信用創造が行なわ れ、この信用創造による BS 拡大を中央銀行の信用創造が支えたと理解することができる。 以上の議論を整理すると次のようになる。07 年 8 月に発生した ABCP 流動性危機に際し て銀行の信用枠の発動が起こり、銀行の事後的な信用創造が行なわれた。この信用創造を 支えるために連邦準備による信用創造が行なわれた。この銀行の信用創造により生み出さ れた預金通貨は、機関投資家によって MMMF やレポ債権に転換された。その結果、M3 の 伸び率の上昇が起こったのである。 (3)ベアー・スターンズ(BSC)の経営危機 金融危機前期において、在米金融機関は次の 4 つに分類できるであろう。 ①不良債権の累積が軽微で、信用創造によって投資銀行や欧系銀行へ流動資金を提供する 余裕のある FHC グループの銀行。②不良債権の累積により金融卸売市場で信頼が低下し、 資金調達の困難に直面する FHC グループの銀行と独立系投資銀行。③在外店からドル流動 資金を調達する独立系投資銀行。④欧系銀行在米支店と在米 US 系銀行からドル資金調達を 行っていた欧系銀行。 そこで、②のグループに属すると思われる金融機関の動向について簡単に見ておこう。 11 ABCP 流動性危機に直面して信用枠を発動した銀行は、信用リスクを抱え込むことになっ た。シティグループは SIV の資産を自社の BS に移したため、不良債権の増加、巨額の損 失に直面することになった。この巨額損失を処理するため、シティは自己資本増強に乗り 出す。これは、イスラム系を中心とする外国政府系ファンドからの出資に依存した資本増 強であった。 メリルリンチはヘッジファンドに多額のレポ融資を行っていたため、ヘッジファンドの 閉鎖に伴い担保として受け取っていた ABS CDO の売却を余儀なくされ、ABS CDO に関 わる 2007 年の損失処理額は 232 億ドルに達した。このため、メリルリンチも 07 年 Q4 と 08 年 Q1 の半年で 128 億ドルの資本増強を実施し、クウェート投資庁、韓国投資公社、シ ンガポール政府投資公社、みずほ銀行などから出資を受け入れることになった。 ベアー・スターンズ(BSC)は傘下のヘッジファンドへのレポ融資の回収困難、担保あ るいは在庫保有する ABS CDO の価値下落、経営破綻への懸念から、08 年 3 月にレポ融資 の引き揚げに直面した。独立系投資銀行による証券化の脆弱性が露呈したのである。ヨー ロッパの銀行は融資の継続を取りやめ、MMMF はオーバーナイトレポ融資の更新をやめた。 BSC の破綻は BSC に対して債権を持つ金融機関に波及して金融システム全体が崩壊する 危険があるため、連邦準備が救済融資に乗り出すことになった。3 月 14 日にニューヨーク 連銀が J.P.モルガン・チェースを経由して BSC に 129 億ドルのつなぎ融資を実施したので ある。しかし、このつなぎ融資だけでは BSC の破綻危機を食い止めることはできなかった。 そこで、連邦準備は同日、より踏み込んだ救済支援策を実施する。J.P.モルガン・チェー スによる買収を斡旋し、BSC の不良債権を分離する受け皿会社を設立し、ニューヨーク連 銀がノンリコースローンの枠を 290 億ドル設定した。J.P.モルガン・チェースは連銀融資に 劣後する 10 億ドルの中期債券を購入して資金を提供したので、受け皿会社は合計 300 億ド ルの資金で BSC の資産を買い取ることになった。このニューヨーク連銀による融資枠の期 間は 10 年で更新可能であった。この連銀による受け皿会社への金融救済融資は、従来の「最 後の貸し手機能」の慣行から一歩踏み出すものであった。 この緊急救済措置と同時に、連邦準備は同日、プライマリー・ディーラーを対象に財務 省証券、Agency 債権、Agency MBS を担保にオーバーナイトで資金を貸し出す PDCF の 導入を公表した。このファシリティの導入により、プライマリー・ディーラーとその他の 投資銀行、証券会社に対する連邦準備の貸し出しは 4 月初頭に 380 億ドルに達し、秋の危 機時に急増する。 この緊急救済措置の直前の 3 月 11 日に、連邦準備はプライマリー・ディーラーを対象に ターム物証券貸出ファシリティ(TSLF)の導入を発表した。これは、従来の証券貸出制度 を拡充するものであった。従来の制度は、プライマリー・ディーラーが財務省証券を担保 に特定の財務省証券をオーバーナイトで借り入れるというものであった。これに対して TSLF は、競争入札によって、Agency RMBS と AAA/Aaa 格の non-agency(民間)RMBS を担保に、2000 億ドルを上限として財務省証券を 28 日間借り入れるという制度である。 12 この制度創設と拡充により、独立系投資銀行の証券化(外部シャドーバンキングシステ ム)の脆弱性は緩和されたといえる。当時、投資銀行はレポ借入の担保として差し入れて いた RMBS の価値下落により追加担保に差し入れ請求を受けており、その請求に応じられ なければレポ借入の更新は困難であった。担保価値が下がりつつある MBS を担保に財務省 証券を 28 日間借り入れることが出来れば、 投資銀行は流動性危機を回避することができる。 つまり、この制度拡張は連邦準備が投資銀行に対して最後の貸し手としての役割を果たす ことに一歩踏み出したことを意味する。 以上のように、BSC の救済を契機にして、投資銀行に対する連邦準備の最後の貸し手機 能が創設・拡充されていった。とりわけ注目すべきは、BSC の不良債権を分離する受け皿 会社への中期融資である。これは、流動性危機に対応する「最後の貸し手」機能を超えて、 流動性危機の原因である投資銀行の不良債権の処理に連邦準備が乗り出すということを意 味した。 (4)リーマン・ブラザーズの経営破綻 アメリカの金融危機は 08 年 3 月の連邦準備によるベアー・スターンズの救済措置、商業 銀行への最後の貸し手機能の拡充、投資銀行への最後の貸し手機能の拡張、スワップ協定 締結を通じた最後の貸し手機能のグローバル化などによって、いったんは収束に向かうよ うに見えた。しかし、中央銀行の最後の貸し手機能の拡充は流動性危機への対応としては 効果があるが、流動性危機の根底にある原因としての不良債権増大による信用危機に対し ては効果が期待できない。住宅価格が下落し続け、住宅モーゲージ債権の債務不履行が増 加し、銀行や投資銀行が保有する不良債権が増加し続ける限り、信用不安は拡大する。そ して、金融危機の最終段階は 08 年 9 月に到来した。投資銀行リーマン・ブラザーズ(LBH) と保険会社 AIG が経営危機に直面したのである。 リーマン・ブラザーズが抱えていた問題は次のようなものであった。①保有する不動産 抵当債権に基づく証券化商品の価値が下落し不良債権化していた。不良債権の処理は損失 の発生、自己資本の毀損を意味する。②無数の取引相手と 90 万を超えるデリバティブ契約 を結んでいた。高格付け債を保証する CDS の買いと中低格付け債を保証する CDS の売り の組み合わせでリスクヘッジしていたが、前者の契約相手が支払い困難に陥れば後者の契 約の支払いが困難に陥る危険が存在した。③資金調達は金融卸売市場における短期債務に よって実施していた。 9 月に損失の発生による自己資本の毀損が表面化し、リーマン・ブラザーズの信用力は著 しく低下した。韓国開発銀行などの金融機関との出資交渉も不調に終わり、株価は急落し、 レポ債務の借り換えは困難に直面した。 リーマンの決済銀行である JP モルガン・チェース、 シティグループ、そしてバンク・オブ・アメリカはレポ債権の追加担保を要求し、受け入 れられなければ貸付の継続を打ち切ると圧力をかけた。9 月 10 日にリーマンは 406 億ドル の流動性プールを保有していると公表していたが、12 日にはすぐに現金化できる資産が 20 億ドルに満たないことから業務の継続が困難となり、15 日に倒産に追い込まれた。 13 AIG が抱えていた問題は以下の通りであった。AIG の金融商品を扱う部門(AIGFP:在 ロンドン)は、高格付け証券の債務不履行リスクをヘッジする契約(CDS)のネットの売 り手となっていた。その保証金額は 4、410 億ドルに達していた。そのうち、578 億ドルが サブプライムローンを裏付けとする高格付け CDO であった。そのうち 64%はすでに格付 けが引き下げられ、6%は債務不履行となっていた。AIGFP は高格付け証券の債務不履行 リスクを非常に低く見積もっていたため、CDS のネットでの売りポジションをヘッジして いなかった。そのため、契約履行時に支払いが困難となっていたのである。 もしも、AIG が倒産すれば、高格付け債を保証する CDS の買いと中低格付け債を保証す る CDS の売りの組み合わせでリスクヘッジしていた投資銀行が支払い不能に陥り、金融シ ステム全体が機能不全に陥る危険性があった。そこで、9 月 16 日にニューヨーク連銀が同 社資産を担保に最大 850 億ドルの融資枠を設定し、見返りにアメリカ連邦政府が同社株式 の 79.9%を獲得することを発表した。AIG は事実上、政府の管理下で再建を図ることにな った。アメリカ政府、金融当局は AIG を公的資金で救済し、リーマン・ブラザーズを救済 しなかったのである。 リーマン破綻の影響は大きく、リーマン発行債券を保有していた老舗の MMMF に元本 割れが発生した。MMMF の元本を保証するための保険制度創設のため連邦政府が為替安定 基金から最大で 500 億ドルを取り崩す方針が 9 月 19 日に公表された。さらにリーマンの破 綻は、リーマンが発行していた 3650 億ドルの債券を CDS の売りによって債務保証してい た欧米の金融機関に多額の支払い義務が生じる恐れが生み出した。リーマンの清算価格が 元本の 8.625%に決まったので、CDS の売り手は元本の 91.375%を保証しなければならな くなったのである。それに加えて、経営破綻による公的管理下に入った GSE、AIG、経営 破綻して JP モルガン・チェースに買収された最大手 S&L ワシントン・ミューチュアルな どが発行する債券の CDS 売りの清算の必要も生じていた。このため、CDS の売り手とな っていた FHC、投資銀行、保険会社、ヘッジファンドなどの金融機関は短期金融卸売市場 での流動資金調達の困難に直面した。カウンターパーティリスクが拡大していたのである。 このため、金融卸売市場で短期金利が急騰した。 (5)流動性危機(第 2 段階)の発生 住宅ローンの債務不履行拡大により ABS の資産価値は下落し、ABS を担保とするレポ取 引が 08 年 Q2 以降に収縮した。投資銀行・証券会社は、ヘッジファンドなどへのレポ債権 削減とそれに伴う不良債権の増加そして MMMF などからのレポ借入縮小により、流動性 危機に直面した。これに対して、商業銀行は BS の拡大により最後の貸し手としての役割を 果たしていた。その背後には、連邦準備の最後の貸し手機能拡充がある。銀行の BS 拡大と 預金者とりわけ機関投資家の安全資産への逃避により、M1 の伸び率が急上昇し、逆に M3 の伸び率は急速に減少し、大幅なマイナスにまでなった。07 年 8 月に発生した流動性危機 第 1 段階(ABCP 流動性危機)の際には M3 の伸び率が上昇したが、08 年 3 月以降に発生 した流動性危機第 2 段階では M3 の伸び率が急低下し、M1 の伸び率が急上昇したのである。 14 6.セーフティネットの拡充 (1)最後の貸し手機能の拡充 この時期の流動性危機、その背後にある不良債権の累積問題に対処するため、連邦準備 の最後の貸し手機能は拡充されていく。順次見ていこう。 ①連邦準備は 9 月 19 日に ABCP・MMMF 流動性ファシリティ(AMLF)の導入を公表 し、22 日より取引を開始した。AMLF は預金金融機関や銀行持ち株会社が MMMF から ABCP を購入する際に、ボストン連銀が ABCP を担保にノンリコースでローンを提供する 制度である。このプログラムは、投資家からの投資資金償還請求に直面する ABCP を保有 する MMMF を助け、ABCP やその他の短期金融市場の流動性を育むことを意図したもの であった。これは、取り付けに直面する MMMF を銀行が支え、その銀行を中央銀行が支 えるという仕組みであった。 ②流動性危機が ABCP 市場に留まらず、CP 市場にも拡大しつつあったので、10 月 7 日 に連邦準備は CP ファンディング・ファシリティ(CPFF)の導入を公表し、27 日に取引を 開始した。CPFF は、連邦準備が設立した CPFF LLC にニューヨーク連銀が 3 か月の貸し 付けを行い、高格付けで 3 か月満期の無担保 CP、あるいは ABCP を適格発行者から直接 購入することを支えるプログラムであった。 ③他にも、MMMF 等のファンドから残存 7~90 日の CD や CP を購入するファシリティ (MMIFF)が 10 月 21 日に導入が公表され、11 月 24 日から取引が可能となったが、この ファシリティは利用されなかった。 以上のように、リーマン破綻以降の流動性危機に対して連邦準備は最後の貸し手機能の 拡充を行った。その結果、連邦準備信用は 08 年 8 月 27 日の 8920 億ドルから 12 月 24 日 の 2 兆 2400 億ドルに急増した。増加に大きく貢献した項目は、TAF による預金金融機関 への融資(3000 億ドル増)と CPFF による発行者からの CP 購入(3320 億ドル増)であ った。その他の項目では、プライマリー・ディーラーとその他の投資銀行、証券会社に対 する連邦準備による融資のピークは前述したように 1480 億ドル(9 月末)であった。TSLF を含むプライマリー・ディーラーへの証券貸出もピーク時(10 月 1 日)には 2600 億ドル に達していた。 (2)公的資本投入と連邦準備の中期つなぎ融資への進出 以上のように、08 年秋の流動性危機は連邦準備の最後の貸し手機能拡充によって一時的 に緩和されることになったが、その原因の除去にはつながらなかった。その原因とは不良 債権の累積である。銀行は偶発債務が顕在化し、不良債権の増加による自己資本毀損の問 題を抱えていた。投資銀行も自己勘定や傘下のヘッジファンドなどの不良債権を抱え込ん でいた。この問題に対処するためには公的資本の注入により毀損した自己資本を増強する 必要がある。このため、08 年 10 月に公的資本購入プログラム(CPP:Capital Purchase Program)が公表され、09 年 6 月までに投資銀行を含む 647 行の銀行に総額 2180 億ドル の公的資金が投入された。 15 この連邦政府による公的資金投入に関連して、連邦準備も流動性供給に加えて、不良債 権処理のための中期つなぎローンにも乗り出していくことになった。すでに 08 年 7 月初め には、BSC の不良債権受け皿会社(Maiden Lane LLC)への中期(10 年)ローン融資枠 (290 億ドル)の全額使用が始まっていた。10 月に実施された AIG への融資 850 億ドル(期 間 2 年)は、11 月に AIG への 400 億ドルの公的資金投入を受けて、融資額は 600 億ドル、 期間が 5 年に変更された。それに加えて、AIG から RMBS を買い取るために設立された受 け皿会社(Maiden Lane Ⅱ LCC)にニューヨーク連銀が期間 6 年 225 億ドルの融資枠を 設定した。さらに、AIG から CDS のプロテクションを購入していた相手から CDO を買い 取るために設立された受け皿会社(Maiden Lane Ⅲ)にニューヨーク連銀が期間 6 年 300 億ドルの融資枠を設定した。以上の不良債権処理のための中期つなぎ融資の使用状況は、 08 年 12 月 24 日の時点で、AIG への融資 395 億ドル、Maiden Lane 270 億ドル、Maiden LaneⅡ200 億ドル、Maiden LaneⅢ282 億ドルで、総額 1150 億ドル、AIG 関連では 880 億ドルに達していた。 以上のように、連邦準備は「最後の貸し手」としての古典的な役割である流動性供給に とどまらず、不良債権処理のための中期救済融資へと役割の拡大を行ったのである。 7.むすび (1)OTH 型金融の限界 OTH 型金融の取引ネットワークは、銀行-借手-借手の取引相手(預金者)-銀行、とい う円環構造を形成し、その発展形は、銀行-借手-借手の取引相手(MMMF 出資者)- MMMF-銀行、であった。銀行は貸出(信用創造)によって3つの変換を行う。①信用変 換、②満期変換、③流動性変換である。この 3 つの変換により、銀行は 3 つのリスクを負 う。①信用リスク、②満期変換リスク、③流動性リスクである。このリスク負担の補完機 構が、①預金保険機構、③最後の貸し手、②債権の証券化(OTD 型金融)である。したが って、OTH 型金融における銀行の負担する満期変換リスクを緩和する仕組みとして生み出 されたのが OTD 型金融であった。 (2)Agency OTD 金融の意義 Agency と GSEs による証券化は 70 年代に始まり、80 年代以降本格的に成長した。その 取引ネットワークは次のような円環構造となる。借手の取引相手(MMMF 出資者)-借手 ―銀行-Agency(GSEs)-投資銀行-MMMF-MMMF 出資者。この取引ネットワーク の中で、CL 債権⇒Agency MBS⇒ABCP、レポ⇒MMMF 出資金、というように「債権の 流動化」 (負債の譲渡性拡大)が実現されている。 Agency OTD 型金融では Agency(GSEs)が、①信用リスクと、②ALM リスクを負担し ている。この Agency(GSEs)による CL 債権の証券化によって、銀行は準備金と自己資 本を積むことなく CL 債権のオリジネーション(信用創造)が可能となった。そして、銀行 による信用創造の歯止めは、厳しい貸付基準にあった。 16 (3)FHC OTD 型金融の強みと弱み 80年代後半以降、民間金融業者は Agency(GSEs)が担っていた証券化業務に進出し ていくことになる。民間金融業者による証券化の爆発的拡大が起こったのである。民間業 者による証券化の第 1 形態は、FHC による証券化であった。その取引ネットワークは、次 のような円環構造となる。借手の取引相手(MMMF 出資者)-借手―銀行子会社-証券子 会社-SIV-MMMF-MMMF 出資者。この取引ネットワークの中で、住宅抵当債権⇒nonAgency MBS⇒ABCP、レポ⇒MMMF 出資金、というように「債権の流動化」 (負債の譲 渡性拡大)が実現されている。 FHC OTD 型金融は、債権の証券化により銀行子会社の BS が消滅するので、自己資本比 率規制や準備率規制の制約を受けずに銀行の信用創造が可能である。この点は、Agency OTD 金融と同じである。しかし、①信用リスク、②ALM リスク、③流動性リスク、を負 担するのは Agency(BSEs)ではなく銀行である。ABCP の借換え発行が困難に直面し、銀行 子会社の信用枠が発動された場合には、銀行の BS が拡大して、隠れていた自己資本比率規 制と準備率規制の制約が顕在化する。資本や準備の補充が市場を通じてできないほど金融 市場が逼迫していれば、中央銀行の最後の貸し手機能に依存するようになり、不良債権が 増加すれば公的資金の投入に依存することになる。 FHC OTD 型金融の取引ネットワークは強みと弱みを持っていた。強みは独立系投資銀行 OTD 型金融との比較で明確になる。FHC 組織内の銀行子会社が取引ネットワークの中核に 存在するため、事後的に発生する流動性危機に対しては連邦準備の最後の貸し手機能に依 存することが可能となる。この強みは、連邦準備の最後の貸し手機能に依存できない独立 系投資銀行 OTD 型金融や欧系銀行 OTD 型金融に対する相対的優位性となる。 しかし、この強みは逆に弱みにもなりうる。流動性危機の発生には最後の貸し手への依 存で対応可能であるが、不良債権の増加には預金保険機構への依存で対応することは不可 能だからである。結局、公的資金投入の拡大に依存することになるが、この依存拡大は次 なるバブルの拡大という副作用を生む。公的資金への依存拡大⇒バブル拡大⇒公的資金へ の依存拡大、という悪循環が生み出されることになる。 (4)独立系投資銀行 OTD 型金融の脆弱性 この取引ネットワークは、次のような円環構造である。 (FHC 傘下の銀行子会社―)投資 銀行傘下の金融子会社―借手―借手の取引相手(MMMF 出資者)―MMMF(ヘッジファ ンド)-導管体-投資銀行。この投資銀行 OTD 型金融を支えていたのは、FHC 傘下の銀 行子会社の信用創造であった。FHC 傘下の銀行子会社のレポ貸付が、独立系投資銀行のヘ ッジファンドなどへのレポ貸付を支えていた。そして、ヘッジファンドはその貸付に依存 して投資銀行が証券化した証券化商品を保有していたのである。この銀行と投資銀行の取 引関係が同一持株会社内の取引ではなかったため、投資銀行 OTD 型金融は最後の貸し手や 預金保険機構に依存する太いパイプがなかった。このため、ベアー・スターンズやリーマ ン・ブラザーズはレポ債権の引き揚げによる流動性危機に対応できず、経営破綻に追い込 17 まれた。その結果、独立系投資銀行 5 社は全て FHC 傘下に入ることになったのである。 (5)最後の貸し手機能の拡充 07-08 年金融危機は、OTD 型金融、言い換えれば信用創造と金融仲介のハイブリット型 金融システムの破綻から起こった。2 つの流れをつなぐ要の喪失がその原因であった。ABS の資産価値が下落したため、第1の流れで創出された預金類似金融資産が、第 2 の流れで 生まれる SIV や導管体の資金調達を支えることが出来なくなったのである。その結果が、 金融卸売市場での流動性危機、独立系投資銀行の資金調達困難と経営破綻の危機、FHC の 不良債権累積であった。こうした事態を受けて連邦準備の BS は大幅に拡大されることにな った。そこには 2 つの側面があった。第 1 に、古典的な「最後の貸し手」機能が大幅に拡 充された。第 2 に、連邦準備は従来の「最後の貸し手」機能の範囲を越えて、不良債権処 理のための中期救済融資に乗り出していった。ここではまず第1の側面について整理する。 (1)金融卸売市場への流動性供給。①AMLF(08 年 9 月導入)。これは、ABCP の流動性 を維持し、取り付けに直面する MMMF を銀行が支え、その銀行を連邦準備が支えるとい う仕組みである。②CPFF(08 年 10 月導入) 。これは CP の流動性を支える仕組みである。 (2)預金金融機関への流動性供給。TAF(07 年 12 月導入)。この制度は、連邦準備が競争 入札を通じて預金金融機関に融資を提供するターム物入札ファシリティである。 (3)プライマリー・ディーラーへの流動性供給。①PDCF(08 年 3 月導入) 。これは、証券 担保オーバーナイト融資ファシリティである。②TSLF(08 年 3 月導入)。これは、競争入 札によって Agency RMBS と non-agency RMBS を担保に財務省証券を 28 日間貸し付ける という制度である (4)他国中央銀行を通じたドル流動性供給(07 年 12 月導入)。これは、スワップ協定によ る「最後の貸し手」機能のグローバルな組織化であった。 以上、4 つの新しいファシリティの生成は、連邦準備の「最後の貸し手」機能を拡充する ものであったが、一次的な流動資金の供給という意味では、古典的な「最後の貸し手」機 能の延長線上にあるものであると言ってよい (6)連邦準備の最後の貸し手機能からの逸脱 しかし、連邦準備の中央銀行としての役割は流動性供給にはとどまらなかった。その主 要な項目を列記しておこう。 (1)BSC の不良債権を分離する受け皿会社(Maiden Lane LCC)への 290 億ドルの期間 10 年の融資(08 年 3 月公表、7 月実施)。 (2)AIG への期間 2 年の 850 億ドルの融資(08 年 10 月実施、11 月に期間 5 年 600 億ド ルに変更。 (3)AIG から証券化商品を買い取る受け皿会社への期間 6 年 225 億ドルの融資(08 年 11 月実施) 。 (4)AIG の取引相手から CDO を買い取る受け皿会社への期間 6 年 300 億ドルの融資(08 年 11 月実施) 。 18 以上のニューヨーク連銀による融資は、①融資対象が預金金融機関ではなく、投資銀行 と保険会社であったこと、②融資期間が 5 年から 10 年であったこと、この 2 点で、古典的 な「最後の貸し手」機能すなわち流動性の供給の枠から踏み出し、公的資金投入と協力し て、不良債権処理のための中期救済融資へと役割の拡大を行ったと言えよう。 (7)結語 OTH 型金融の ALM リスクを緩和する仕組みとして OTD 型金融が生まれた。公的支援 制度に支えられた Agency OTD 型金融は一定の成功をおさめたが、non-Agency OTD 型金 融の成功は長くは続かなかった。とりわけ、投資銀行 OTD 型金融は組織内部に信用創造を 行う銀行を持たず、最後の貸し手とのパイプがなかったため、流動性危機の激化と共に破 綻した。連邦準備窓口の利用が困難であった欧系銀行 OTD 型金融も同様の脆弱性を持って いたため、ドル流動性の激化の中で破綻することになった。 投資銀行型に比べると、FHC OTD 型金融は組織内部に信用創造を行う銀行子会社を持ち、 最後の貸し手と預金保険機構とのパイプを持っている点で、強みを持っていたと言える。 流動性危機の中で経営破綻に追い込まれることはなかった。銀行子会社の事後的信用創造 は最後の貸し手の信用創造拡大によって支えられたのである。しかし、事後的な BS 拡大に 伴う不良債権の累積問題は最後の貸し手と預金保険機構では解決不能であった。結局、公 的資金の投入に依存することになったのである。このため、この FHC OTD 型金融も衰退 に向かったのである。 OTD 型金融は AL 型金融であり、リスクの分散により預金通貨システムが危機に陥る可 能性は低いという期待は見事に裏切られた。FHC スーパーマーケット説の期待も実現しな かった。証券子会社、資産管理者の活動は銀行業務とは分散して並立する業務ではなく、 銀行業務に連なり、補完する業務であった。このため現実には、証券子会社などの在庫保 管業務に損失が出て、その損失が銀行業務に波及するという事態が起こったのである。OTD 型も RS 型の側面を持っているということ(FHC OTD 型)、そして、AL 型であったとして も取引ネットワークの存在により、リスクの分散は容易ではない(投資銀行 OTD 型)とい うことが明確になったのである。 Non-Agency OTD 型金融の成長に伴い、銀行、投資銀行の事後的 BS が拡大し、不良債権 が累積したため、連邦準備の最後の貸し手機能も拡張を余儀なくされ、最後の貸し手機能 からの逸脱も見られるようになった。最後の貸し手機能の対象が、投資銀行、金融卸売市 場、グローバルな金融市場へと拡張されていった。と同時に、中期救済融資への進出とい う伝統的最後の貸し手機能からの逸脱も見られた。 最後に、今回の危機は救済機構の膨張をもたらしたため、bail out ではなく、bail in を組 み込んだ制度の構築が模索されるようになったと言える。 金融危機の発生による金融慣行の組み替えは、独立系投資銀行 OTD 金融の消失、FHC OTD 型金融の衰退、最後の貸し手機能の拡充、bail in を組み込んだセーフティネットの再 構築の模索、を生み出したのである。 19 (full paper は、学会発表当日に配布する予定です) 参考文献 IMF (2012), Global Financial Stability Report, October 2012. Pozsar, Z, T. Adrin, A. Ashcraft, H. Boesky (2012), “Shadow Banking” FRBNY Staff Report No.458, Revised. Rajan, R.G. and L. Zingales(2003),”Banks and Markets: The Changing Character of European Finance”, Second ECB Central Banking Conference, ECB Wolfe, Holger (2011), “Relation-based and Arms-Length Financial Systems, European Perspective”, Research Working Paper 5833, The World Bank, Europe and Central Asia Region, Office of the Chief Economist, October 柴田德太郎・岩田佳久(2016)「住宅金融の証券化と信用創造」 (柴田德太郎編著『世界経済 危機とその後の世界』第 1 章、日本経済評論社) 寺川隆一郎・柴田德太郎(2013) 「住宅抵当債権の証券化と法の不確実性の問題」東京大学 『経済学論集』第 79 巻第 3 号 20
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