訳者まえがき

訳者まえがき
1994年に“Analysis for Financial Management”第3版の訳書を上梓して
から8年が過ぎた。当時は、ファイナンスの教科書といえば金融機関や大学教
授の視点から書かれた書籍がほとんどで、難解な数式や理論が多く一般の読者
には理解が難しいものであった。本書のような、財務の専門家ではない人や財
務諸表について体系的に学んだことがない人でも理解できるよう解説している
教科書が少なかったこともあって、上梓後、多くの方から「わかりやすい本で
すね」との声をいただいた。
今回、改めて第6版の翻訳を行なった背景として、わが国でもファイナンス
が一般のビジネスパーソンにとって身近になったこと、その一方で日々進化す
るファイナンスの理論に照らすと、第3版がやや古めかしくなったという事情
がある。
第3版の翻訳をした1994年ごろはまだ、わが国では、ファイナンスは一部の
専門家の世界であって、一般のビジネスパーソンには関係のないことであると
いう考え方が強かった。しかし近年では、「キャッシュフロー経営」「企業価値
の向上」「資本コスト」といった言葉や、本書でも紹介している経営指標が、
日本のビジネス社会においてもかなり浸透している。財務の専門家ではないビ
ジネスパーソンでも、企業価値を向上させるために自分の部門ではどのような
施策で貢献できるか、その施策の効果はどのくらいかを考えるうえで、ファイ
ナンスの知識は不可欠である。グロービスのスクール部門・法人向け研修部門
でも、ファイナンスに関するニーズは確実に高まっている。
本書の魅力は、一貫して、初心者向けでありながら、単にやさしくしている
のではなく、常にビジネスにおける意味合いを意識していること、先端の動き
をもカバーしていることにある。こうした本書の魅力と、日本のビジネス社会
における変化とを考慮して、今回は、原書の改編箇所のほか、第3版では割愛
した各章の要約と問題・解答、同じく第3版では割愛した原書の第4章(成長
の管理)と第5章(金融商品と金融市場)も訳出した。
第4章のキーワードである「持続可能な成長」は、示唆に富む概念ではある
ものの、「成長するのが当たり前」というメンタリティの強いかつての日本で
は、その意味合いが実感しにくいものであったと思われる。しかし、現在では、
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不況と言われるなかでも成長する企業もあれば、投資すべき成長機会について
投資家に疑問を持たれるような企業もあるという状況にある。こうした状況に
おいては、成長に関して何が問題になるのか、どのような打ち手があるのかを
考察している第4章の意義は大きい。
第5章は、社債・株式といった基本的な金融商品のほか、金融市場の仕組み
や主要なプレーヤーの実態、さらには効率的市場仮説という理論と実証の紹介、
デリバティブの説明にまで及ぶ内容を扱っている。日本とアメリカとの事情の
違いは多少あるものの、初心者向けで、かつビジネスにおける意味合いが理解
できるように工夫されている。
なお、本書は実際のビジネスの事例を豊富に盛り込んでいるために、引用さ
れている事例のなかには、現在では古く感じられるようなものもある。たとえ
ば、第1章で言及しているインターネット関連株の過熱現象がそうだ。しかし、
これはここ1∼2年の急激な変化によるものであることを強調しておきたい。
むしろ、変化の激しい状況で、旬(しゅん)の題材を取り上げるリスクをあえ
てとってでも、ビジネスの先端の動きを取り入れようと挑戦している証である
と理解してほしい。また、こうした事例で語られているメッセージは決して古
臭いものではなく、現在も意味のあるものである。
参考文献では、書籍や論文のほか、ウェブサイトやソフトウェアも掲載して
いる。なかには、日本では市販されていないものや、そのまま活用できないも
のもあるが、原書のよさを伝えるために、原文のまま掲載している。
改訳は、第一線で活躍しているビジネス・リーダーの方々にお願いした。訳
語や表現については、現場感覚・プロフェッショナルらしさを重視し、極力ビ
ジネスの現場での用例を重視した。とはいえ、現場で用いている言い回しが一
般の読者にはわかりづらいと判断される場合には、わかりやすさを重視して平
易な表現に改めたものもある。また、定訳の趨勢が定まっていないものについ
ては、グロービスの判断で訳語や表現を決定した。
本書は、優れた理論書であるとともに、実践の書である。企業経営に興味と
意欲のある多くのビジネスパーソンに本書を楽しみながら読んでいただければ
幸甚である。
2002年8月
グロービス・マネジメント・インスティテュート
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著者まえがき
『ファイナンシャル・マネジメント』(Analysis for Financial Management)
第6版は、旧版と同様に、財務管理の実務に関心のある、財務経験のない経営
幹部と経営を学ぶ学生とを対象としている。本書では、標準的な手法と最近の
発展を実務的かつ直観的に紹介する。本書を読むにあたっては、財務諸表に関
する知識は、初歩的で、おそらくはうろ覚えのものがあればよく、それ以上の
知識は必要ないが、ビジネスを動かすものに関する健全な好奇心を持っている
ことは有益である。本書全体にわたって強調されるのは、財務分析が経営管理
においてどのような意味合いを持っているか、である。
『ファイナンシャル・マネジメント』は、経営のスキルを磨こうとしている人
たちやエグゼクティブ・プログラムの参加者にとって役立つに違いない。また
本書は、大学の授業でもよく使われている。ファイナンスの応用コースにおけ
る教科書として、ケーススタディを中心とするコースにおける副読本として、
そしてより理論的なファイナンスのコースにおける参考文献として、利用され
ている。
『ファイナンシャル・マネジメント』は、私にとって、ここ30年間にわたる経
営幹部や学生たちとの取り組みから得た、さまざまな楽しみや刺激をお伝えし
ようと試みたものである。この経験から私が確信したのは、ファイナンスの技
法や概念が抽象的でわかりにくいものである必要はないこと、マーケット・シ
グナル、市場の効率性、CAPMなど、この分野の最近の発展が実務家にとっ
て重要であること、そしてファイナンスを通じて企業経営の広範な面について
知ることができることである。また、これほどの大金が即座に取引されるよう
な活動が面白くないはずはないと信じている。
第1部では、既存の資源の管理を扱う。ここでは、財務諸表や比率分析を活
用して、企業の財務的な健全性、強み、弱み、最近の業績、将来の見通しを評
価していく。第1部で強調しているのは、企業の事業活動と財務業績とを結び
つけることである。ここで繰り返し登場するテーマは、ビジネスは統合的・全
体的に見なければならないということと、効果的な財務管理ができるためには
広く企業の特性や戦略との関係を考慮しなくてはならないということである。
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本書の残りの部分では、新たな資源の獲得と管理について扱う。第2部では
特に成長と衰退の管理に重点を置いて、財務予測と財務計画について検討する。
第3部では、主要な証券のタイプ、証券を取引する市場、発行企業に適した証
券タイプの選択など、企業を経営していくための資金調達について考察する。
その考察を行なう際には、財務レバレッジと、その企業と株主に与える影響を
詳細に検討しなければならない。
第4部では、投資機会を評価するための技法を扱う。ここではDCF(ディ
スカウンテッド・キャッシュフロー)法、たとえばNPV(正味現在価値)や
IRR(内部収益率)などを活用する方法について述べる。また、投資評価に
おいてリスクを考慮するという困難な作業についても取り扱う。本書の締め括
りでは、事業価値評価と企業のリストラクチャリングを検討する。アメリカの
公開企業のガバナンスにおける株主、取締役会、経営者の適切な役割について
は、現在も議論が続いている。こうした議論と関連付けながら述べていく。
旧版と同様に、巻末には幅広く財務用語を集めた用語集(訳注:日本語版では用語集
を省略した)と章末問題の解答例をつけている。
第6版における変更点
『ファイナンシャル・マネジメント』の旧版を熟知している読者は、以下に挙
げるようないくつかの点がこの版で変更され、改善されていることに気づくだ
ろう。
¡各章末に、参考になるウェブサイトを抜粋して掲載した。
¡『ファイナンシャル・マネジメント』のウェブサイトに、無料のソフトウ
ェア、抜粋した図表のパワーポイントのバージョン、補足の章末問題と解
答例、書評、本書のオンライン購入の手引き、正誤表を掲載した。無料ソ
フトウェアに含めた3つの簡便なエクセル・プログラムは、財務諸表を分
析し、資金調達ニーズを予測し、投資機会を評価するのに著者もしばしば
利用している。このサイトのURLは、us.badm.washington.edu/higgins/
book/book.htmである。また、エクセルのプログラムは、本書のページに
あるリンクを通じてwww.mhhe.com/higgins6eから入手できる。
¡第3章で、資金調達ニーズを予測する際にコンピューターでシミュレーシ
ョンすることの長所を解説した。
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¡第5章の補遺を拡張し、2つのウェブサイトからの情報を利用したストッ
ク・オプションの評価を含めた。
¡第6章の資金調達方法の決定については、解説をより明確にし、このトピ
ックにおける現在の考え方に合わせて大きく改訂した。
¡第7章では、投資評価に関連する費用と便益についての検討を増やした。
¡企業の事例のデータをすべて新しいものにした。
[留意点]
『ファイナンシャル・マネジメント』は、意思決定における分析技法の応用と
解釈に重点を置いている。こうした技法は、財務的な問題が起こった際に見通
しを立てたり、マネジャーが自分の行動の結果を予見するために役に立つこと
がわかっている。しかし、技法は思考の代わりにはなりえない。最良の技法を
知っているとしても、それ以上に、問題を明確にして優先順位を決めること、
特定の環境に合うように分析を修正すること、定量的な分析と定性的な考察と
の適切なバランスをとること、洞察力と創造性を持って代替案を評価すること
が必要である。技法に精通していることは、効果的なマネジメントへの道に必
須ではあるが、その第一歩にすぎないのである。
ネイル・コーエン、ヒュー・ハンター、チャンドラ・ミシュラ、クリス・マ
スカレラからは、第5版について、価値ある批評と改善のための建設的なアド
バイスをいただいた。また、ビル・アルバート、デビッド・ベイム、デイブ・
デュボフスキー、ボブ・キーリー、ジャック・マクドナルド、ジョージ・パー
カー、ミーガン・パーチ、アラン・シャピロ、ニク・バライヤにも、この版と
旧版に対する洞察にあふれた手助けをしてもらい、コメントもいただいた。
この第6版は家族の助力も大きかった。娘のサラ・ヒギンズは本書に記載し
たソフトウェアにかかわる多くの仕事を行ない、息子のスティーブは推奨する
ウェブサイトを探し出し、検証する作業の大半を行なってくれた。妻は日頃か
らの支援と熱意だけでなく、いつにない辛抱強さをもって貢献してくれた。
最後になったが、特に財務管理の実務と教育への私の関心を刺激し続けてく
れたことに対して、ワシントン大学、スタンフォード大学、コブレンツ経営大
学院の学生と同僚たち、そしてボーイング社、マイクロソフト社の方々に感謝
の意を述べたい。
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初めて財務管理を学ぶ読者が羨ましい。それは知的な興奮を伴う冒険だから
である。
ロバート・C・ヒギンズ
ワシントン大学
[email protected]
us.badm.washington.edu/higgins/
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