教育と出産行動 -晩産化と賃金ペナルティ- Education and fertility

教育と出産行動 -晩産化と賃金ペナルティ-
Education and fertility Behavior - Wage penalty associated to late motherhood(Preliminary 1)
広島大学大学院社会科学研究科
青山学院大学社会情報学部
野崎祐子
福田亘孝
概要
本稿の目的は、教育の効果が及ぼす出産行動への影響、ならびに賃金水準の変化について、
人的資本投資の多寡が出産行動を規定するとしたキャリア・プランニング仮説をもとに検
証する。まず、教育の効果と出産行動の変化については、学歴による子ども数、出産タイ
ミングの違いを、それぞれ Generalized Poisson Regression Model、Split Population Duration
Model により分析する。そのうえで、出産タイミングの遅れが賃金水準に及ぼす影響につい
て OLS により推計する。本稿の結果からは、女性の教育の高さは出産タイミングに有意に
負の効果を持つが、子ども数に関しては観察されないこと、出産や出産タイミングの遅れ
は、高学歴者には影響を及ぼさないが、低学歴者、非専門職の賃金水準を低下させ、出産
ぺナルティ、晩産ペナルティが存在することが示された。
1.はじめに
女性の高学歴化は出生行動に大きな変化をもたらす。過去 30 年間、4 年制大学卒業者
の間で進展した出産タイミングの遅れは、先進諸国に共通してみられる現象である 2。図 1
は女性の大学進学率と合計特殊出生率の推移を示したグラフである。女性の大学進学行動
は、1997 年に 4 年制大学が短大を上回って以降、急激な進展を見せている。一方で合計特
殊出生率は 1980 年代後半から減少速度を加速させ、2005 年に 1.26 と底を打った。数値の
上では、わずかに回復したものの、少子化のトレンドは大きな変化を見せそうにもない。
女性の高学歴化は、少子化とどのような関係があるのか。最初に、分析に用いたデー
タから、出産と学歴の関連を概観しておこう。出産行動の変化は、ひとりの女性が産む子
ども数が減少する少産化と、出産タイミングの遅れによる晩産化の 2 つの現象に区分され
る。表 1-1 は、結婚継続年 5 年以上のサンプルを対象に、学歴と無子割合について、カイ
1
2
引用・参照される場合にはご連絡ください。[email protected]
Martin(2000)。
二乗検定したものである。結果からは、子どもの有無に学歴差があるという帰無仮説は棄
却されたものになっている。表 1-2 は、出産タイミングをみたもので、ログ・ランク検定
により第一子出産イベントがハザードした場合の生存関数を群間比較したものである。カ
イ二乗検定の結果は、出産リスクが群間で同じという帰無仮説を棄却しており、学歴間に
有意差があることを示している。これから推察されることは、教育の出産行動に対する影
響は、子ども数と出産タイミングでは異なっているという可能性である。これまでのとこ
ろ、教育と出産行動の直接的な関係を検証した日本での研究は多いとはいえない。福田
(2005)は、「結婚と家族に関する国際比較調査」のマイクロ・データを用いて、女性の教
育水準が、第一子、第二子それぞれの出産確率と出産タイミングについて分析し、教育は
出産確率に対しては、第一子、第二子共に影響を与えていないが、第一子の出産タイミン
グには効果を持つことを明らかにした。また、婚姻年齢の上昇は、特に良質な就業機会が
開放された 1980 年代結婚コーホートで出産確率を有意に低下させており、出産行動を分析
するにおいては、既婚女性の就業パターンやキャリア志向を吟味する必要性が高いことを
指摘している。
1980 年代後半以降、EU 諸国では、イタリア、ギリシャでは低出生・低労働力率、フラ
ンス・デンマークでは高出産率・高労働力率といったように、女性就業率と出生率との相
関に一貫性がみられなくなっているが、
このような事象に対する関心は高く、
EU を中心に、
Ahn and Mira(2002)、Del Boca and Pasque(2005)らによって実証研究の蓄積が進んでいる。こ
れらの研究に共通しているのは、特に女性の人的資本と、その多寡によって異なる就業・
出産行動とが、
「何によって規定されているか」に着目していることである。つまり、賃金
水準の上昇がもたらす「機会費用数」という「量的なインパクト:quantitative impact」に留
まらず、向上就業意欲の上昇、換言すれば「キャリア動機の向上」という「質的なインパ
クト:quality impact」をも考慮しようというものである。
このような出産行動に関する経済理論を総括したものにHotz and el(1997)がある。そこ
では、出産行動を変化させる動機仮説として、Happel et al(1984)の「消費平準化動機
、ならびに「キャリア・プ
(consumption smoothing motive) 3」仮説(以下消費平準化仮説)
ランニング動機(career planning motive)
」仮説 4を挙げ、その違いを女性の社会進レベルに
求めている。
「消費平準化仮説」では、世帯所得(夫の所得)が子どもを扶養するに十分な
水準であるかどうかによって出産行動は規定される。当然ながらそこに女性の機会費用は
カウントされていない。一方、
「キャリア・プランニング動機」仮説は女性が男性と同等な
立場で働く社会の出産行動を説明する。学歴が高くなればなるほど、機会費用は高まるこ
とから、高学歴女性は、キャリアに関する動機も強いと考えられる。つまり、女性の高学
歴化が進展する今日では、出産の意思決定が世帯の所得水準に依存する割合よりも、女性
3
4
権丈(2003)を参照。仮説の訳は権丈に従った。
consumption smoothing motive は Hotz and el(1997),career planning motive Gustafsson(2001)を
参照。
の機会費用の大きさからより多くの影響を受けるというものである。
権丈(2003)は、このキャリア・プランニング動機の学歴差に着目し、イギリス、オ
ランダ、旧西ドイツ、スウェーデンにおける 1955~69 年生まれコーホート女性を学歴別に
サバイバル分析している。そこで得た結論は、イギリス、オランダなどでは、高学歴女性
の出産タイミングの遅れや、子ども数の少なさが観察されているのに対し、市場と家庭に
おける役割分担の男女平等が浸透したスウェーデンにおいては、そのような学歴差がない
というものである。政策的な観点からこの結果を検証すると、出生率向上には、育児にか
かる経済的な負担を軽減するよりも、就業と出産育児の両立支援政策のほうが、労働力に
占める高学歴女性の割合が増加する今日、より効果があるといえる。
本稿では、キャリア・プランニング動機の多寡が教育水準に依存するという仮説に着
目し、以下の 2 つの点について検証を試みる。まず、出産行動におけるキャリア動機の違
いが、子どもを減らすという選択をするか、それとも出産タイミングを遅らせるという選
択をしているのかを検証する。女性の高学歴化が、子どもを産まないという行動ではなく、
タイミングを遅らせるという行動に結びついているのであれば、少子化問題において、晩
婚化・晩産化よりも未婚化のほうが政策的課題として重要になってくる。しかし、前述の
ように、教育と出産行動に関する定量分析は蓄積が少なく、本稿が貢献する余地はあると
思われる。
もう 1 つの論点は、出産行動の学歴差が、賃金水準にどのような影響をあたえている
のかを推計することである。海外の先行研究では、出産による賃金水準の低下、つまり出
、武内・大谷
産ペナルティの存在を確認したものが多い 5。日本では、川口(2001、2005)
(2008)らによって出産ペナルティの検証が行われているが、出産タイミングには言及さ
れていない。また、日本における出産行動分析に関する経済学からのアプローチは、育児
休業制度の有意性や、出産が就業継続に与える影響を検証したものに集中している 6ため、
賃金水準まで射程に入れた出産行動の学歴差を検証する試みは意義あるものと思われる。
本稿の構成は以下のとおりである。次節では、キャリア・プランニング動機仮説に基
づき、教育が及ぼす出産行動への影響が、子ども数にあるのか、あるいは出産タイミング
にあるのかを定量的に分析する。続いて出産行動の学歴差が賃金水準へどのように影響し
ているのか、検証する。最後に結論を述べ、本稿で得た結果をもとに政策的インプリケー
ションを述べる。
5
6
川口(2005)を参照。
樋口・阿倍・Woldfogel(1997)、駿河・張(2003)、滋野・松浦(2003)、馬(2005)など
を参照。
2.教育と子ども数・出産タイミング
2.1 一般化ポワソン回帰モデルによる教育と子ども数の推計
推計に用いたデータは日本版総合社会調査(JGSS 7)より、JGSS-2000、2001、2002、
2005、2006 をプールしたものである。サンプルは調査時点で 25 歳から 49 歳の既婚女性、
サンプル・セレクション・バイアス回避のため、離婚・死別は除外し、現在配偶者がある
場合に限定した。
ここでは、教育が及ぼす子ども数への影響を一般化ポワソン回帰モデル(Generalized
Poisson Regression Models) 8により推計する。このモデルを本稿で採用するメリットは 2 つ
ある。ひとつは無子のケースである 0 を含むこと、もう 1 つは、被説明変数が子ども数 9で
あることから、その値が意味を持つ序数((ordinal)ではなく、その量を表す基数(cardinal)
である 10ことである。前者についてはOLS、後者についてはOrderd Logit /Probitによる推計
は適切とはいえない。0 を含む基数から成るデータは計数データ(count data)と呼ばれ、分
析方法としてはポアソン回帰モデル(Poisson Regression Model)が代表的である。ところが、
通常のポアソン回帰モデルでは、分散と期待値が等しいという強い仮定が置かれているた
め、子ども数を扱う本稿の場合、注意が必要となる。そこで、ここではその強い制約を緩
和した以下の一般化ポワソン回帰モデル(Generalized Count Data Model)を採用する。
f ( y i ;θ i , xi ) =
θ iy e −θ
i
yi !
i
, y i = 0,1,2,  , θ i > 0
θ i = exp( xi , β )
f ( yi ; θ i , δ ) =
θ i (θ i + δyi ) y
−1 − θi −δyi
i e
yi !
被説明変数は子ども数である。説明変数は、40-44 歳をレファレンス・カテゴリーと
した 5 歳刻みの年齢ダミー 11、学歴については、大卒以上をレファレンス・カテゴリーとし
た中卒を含む高卒以下ダミー、短大・高専卒ダミーである。家庭の影響をみる変数として、
配偶者が大卒者である場合のダミー、兄弟姉妹数を用いた。また、出産により離職・転職
した確率も高いと想定されることから、ここでは初期キャリアの影響を考察するものとし
て、初職が正規雇用であった場合のダミー、学卒後全く就労経験が無かった場合のダミー、
レファレンス・カテゴリーを事務職とした初職職種ダミーを加えた。表 2 のモデル 1-1 か
7
大阪商業大学 JGSS 研究センターを拠点とする『日本版総合社会調査(Japanese General
Social Survey:JGSS)
』
8
Poirier(1989)参照。
9
図 2 で推計に用いたデータの子ども数の分布を示した。
10
松浦・マッケンジー(2009)を参照。
11
調査年当時の年齢である。
ら 1~5 は、年齢、家庭環境、学歴、初期キャリアの項目を順次追加して推計したものであ
る。
2.2 教育と子ども数:推計結果
表 3 は推計結果である。まず、夫が大学・大学院卒の場合は、7.1%~9.5%ポイント有
意に負となっている。これは他の条件を一定として、夫が高学歴であれば、そうでない場
合に比べて子ども数が少ないということを示すものである。兄弟数は有意に正の結果とな
った。兄弟姉妹数の多い家庭で育った場合、子ども数も多くなっており、先行研究の結果
と整合的である。ただし、その効果は、2.5%ポイント程度に留まっている。レファレンス・
カテゴリーを 40~44 歳とした年齢層については、全て有意にマイナスである。係数値をみ
ると、調査時点で 20 代は 40 代と比較して 45%ポイント程度の子ども数、30~34 歳で 26%
程度の出生力である。このことは、女性は 30 代前半で、生涯持つ子ども数のうちおよそ 4
分の 3 程度は産み終えているということを表すものである。35~39 歳では、6%程度に落ち
こんでいることも、
一般的に 35 歳以上の出産を晩産と定義されていることと整合的である。
教育の効果については、大学・大学院卒をレファレンス・カテゴリーとして推計して
いる。中卒を含む高卒以下ダミー、短大ダミーに係る係数は統計的には共に有意ではない。
この結果から、高卒以下、短大卒は、大卒に比べて子ども数に差がないことがわかる。ま
た、初職がパート、あるいは事務職であった場合をレファレンス・カテゴリーとした初職
歴ダミーのいずれも同様な結果となっている。これらのことから、子ども数に影響してい
るのは、年齢、兄弟数、配偶者の学歴であり、教育、初職歴といった社会経済的属性とは
相関のないことが示された。女性ひとりあたりの子ども数の減少は、年齢によってほとん
どが説明され、高学歴、専門職といったキャリア動機の強いグループで、子ども数を減ら
すという選択をしているわけではないということが明らかになった。
2-3
Split Population Duration Model による教育と出産タイミングの推計
続いて教育と出産タイミングとの関係を、Split Population Duration Model 12(以下SPDモ
デル)により検証する。データは婚姻年齢の情報が可能なJGSS-2006 をもちいた。
結婚や出産に関するサバイバル分析では、先行研究の多くが Cox ハザードモデルを採用
しているが、SPD モデルは以下の点で、Cox ハザードモデルの持つ欠点を改良するもので
ある。まず、Cox ハザードモデルでは、出産確率と出産タイミングが混在し、区分されてい
ない。また、全てのサンプルがハザードするという強い仮定を置いている。SPD モデルで
は、ハザードタイミングとハザード確率を区別可能であることに加えて、Cox ハザードモデ
ルでの強い仮定は緩和され、ハザードしないサンプルについても推計可能である。このよ
うなパラメトリックなサバイバルモデルにはいくつかのバリエーションがあるが、このモ
12
Split Population Duration Model については Schmidt et al(1989)を参照。
デルでは、ガンマ分布を仮定している。個人 i が時点 t における生存確率を S a ,i (t ) とし、
観察期間中にハザードしない確率を Pi 、説明変数のベクトルを X とする。出産タイミング
については以下のように定式化される。
S a ,i (t ) = (1 − pi ) S m ,i (t ; X ) + pi
被説明変数は、第一子出産年齢(初産年齢)
、説明変数は、生年コーホートダミー、高
卒以下をレファレンス・カテゴリーとした学歴ダミー、出産時の家庭環境の指標として夫
大卒ダミー、現居住地が 13 大都市であった場合のダミー、初職に関するダミーはマニュア
ル職をレファレンス・カテゴリーとして用いた。先行研究に従い、出産タイミングに強く
影響する初婚年齢も付加している。
2.4 教育と出産タイミング:推計結果
表 3 は推計結果である。モデル 2-1 は学歴の影響を、2-2 は初職の影響を観察してい
る。モデルの定式化からわかるように、ここでは、出産していない期間を推計しているた
め、計数値が負の場合は、タイミングの早さを表していることに留意する。モデル 2-1 から
学歴の影響をみると、第一節でサバイバル分析した結果と整合的な結果となっている。短
大卒と高卒以下では、出産タイミングに有意差はみられないが、大卒以上であれば、3.5%
ポイント(年)第一子を出産するタイミングが遅くなる。これは初婚年齢が 1 年上昇する
ごとに 3.2%ポイントしているのと同程度の効果を持っていることになる。モデル 2-2 から
初職の影響をみると、事務・サービス職がマニュアル職と有意差が認められないが、専門
職であれば、1.7%ポイント初産年齢が遅くなっている。大卒ダミーと比較するとおよそ 5
割の影響力にとどまっているのは、本稿でのデータが、サンプルサイズの制約のため、専
門職の定義が広義であり、医師や教員などの professional と介護士、歯科衛生士などの
crarical professional が混在していることにあると思われる。夫が大卒であれば、1.7%ポイン
ト初産タイミングが遅れるが、この解釈には注意を要する。子ども数の推計でも同様の結
果を得ているが、先行研究では、出産行動における夫の所得と夫の学歴の効果は、必ずし
も同じ方向に作用していないことに留意したい。一方、1940~49 年生まれコーホートをレ
ファレンスとした生年コーホートダミーは、両モデルとも 1939 年生まれコーホートのみで
初産年齢が若くなっているもの、1950 年生まれコーホートでは有意差は観察できない。第
一子出産タイミングの経年的な遅れは、生年コーホートではなく、女性の高学歴化や専門
職への進出で説明可能だといえる。
一般化ポワソン回帰モデルによる子ども数の推計、SPD モデルによる出産タイミング
の推計結果をキャリア・プランニング動機仮説に照らしあわせて検証すると、得られた知
見は以下のとおりである。まず、キャリア動機の強さ、人的資本蓄積の多さは、子どもを
産まない、あるいは減らすという選択をしていない。しかし初産タイミングは、学歴の高
さや職歴の専門性で有意に遅れており、日本での高学歴化は晩産化に強い影響を持つと考
えられる。次節では、こうした出産タイミングの学歴差が賃金水準にどのような影響をど
の程度持っているのか、晩産ペナルティを推計する。
3.晩産ペナルティの学歴差
前節では、キャリア・プランニング動機が、子ども数ではなく、出産タイミングに影
響を及ぼしていることが示された。この節では、出産タイミングの遅れが、どのように賃
金水準に影響しているのか、学歴や職歴に着目し、晩産ペナルティの推計を行う。
3.1 OLS による晩産ペナルティの推計
データは前節の一般化ポワソン回帰モデルで用いた JGSS のプールド・データだが、こ
こでの推計は非就業を除き、25 歳から 49 歳までの既婚の就業者を観察対象とした。被説明
変数は調査年前年の年収である。税引き前の主な仕事から得た年間総収入額である。2000
年から 2006 年までのプールド・データであるため、2000 年基準の消費者物価指数でデフレ
ートしたものの対数値をとった。回答は実数値ではなく、カテゴリカル・データであるた
め、階級の中央値をとり、説明変数に残業時間を含む週あたり総労働時間を採用すること
で調整した。ここでは、学歴と初職の効果に着目して分析を行う。
説明変数は、年齢の実数値、短大卒以下をレファレンス・カテゴリーとした大卒ダミ
ー、初産年齢に関する変数は、無子をレファレンス・カテゴリーとした初産年齢 34 歳以下
と 35 歳以上のダミーとした。居住地は、13 大都市以外に在住であった場合をレファレンス・
カテゴリーとした大都市ダミー、勤務年数は、現在働いている企業での実数値である。実
数値と二乗項を用いている。週総労働時間は、35 時間未満をレファレンス・カテゴリーと
した 25~48 時間未満ダミーと 48 時間以上ダミーである。現在勤務する企業が従業員規模で
300 人以上の場合を大企業ダミーとした。初職に関しては、非専門職をレファレンス・カテ
ゴリーとしている。
年齢、初産年齢、居住地、勤務年数、週労働時間、企業規模の基本的な属性に、モデ
ル 4-1では、大卒ダミーを加え、モデル 4-3 では初職・専門職ダミーを加えた。モデル
4-2 では居住地、勤務年数、週労働時間、企業規模に、初産年齢と学歴の交差項を付加し
たものである。交差項のレファレンス・カテゴリーは大卒かつ無子である。モデル 4-4 は、
初産年齢と初職の交差項であり、レファレンス・カテゴリーは無子かつ専門職である。
3.2 晩産ペナルティの推計結果
推計結果は表 5 に示した。まずモデル 4-1、4-3 から初産年齢の係数をみると、両モデ
ルとも、初産年齢 34 歳以下で 17.9%~20.7%ポイント、35 歳以上で 30.7%ポイント、29.9%
ポイント有意にマイナスとなっており、出産による賃金低下、すなわち出産ペナルティが
観測される。年齢間の比較をすると、34 歳以下で第一子を出産した人に比べ、35 歳以上で
は、9.2%~12.8%ポイントもの減少となっており、出産タイミングの遅れ、つまり晩産ペナ
ルティが認められる。ところがモデル 4-2 より、学歴と初産年齢の交差項をみると、高卒以
下の全てで有意に負の結果となっている。またその係数値は、無子よりも出産した場合は
17.8%ポイント、さらに 35 歳以上で出産した場合は 34 歳以下初産よりも 17.3%ポイントの
賃金水準低下がみられる。一方で大卒は、出産、晩産ともに有意な結果は得られておらず、
出産、晩産ペナルティはないといえる。初職と初産年齢の交差項の効果をモデル 4-4 からみ
ると、無子・専門職と比較して、同じ無子であっても、非専門職であれば、28.7%ポイント、
出産していれば 50.6%ポイント、さらに 35 歳以上での初産であれば 59.3%ものぺナルティ
を負っている。対称的に、専門職であれば、出産、晩産の両方で有意ではなく、賃金水準
の低下はないことがわかる。
全ての変数を検証すると、やはり週総労働時間の説明力が圧倒的に高い。35 時間未満
がレファレンス・グループであることから、パート勤務との相対的な差をみることになる。
残業時間を入れて 48 時間以内であっても、正規雇用であれば、73.1%~74・6%ポイントも
高い賃金を得ている。48 時間以上となれば、さらに 8.4%~9.9%程度賃金水準が上昇してい
る。それに対して、勤務年数の効果が 6%ポイント程度に留まっているのは、それが現在の
勤務先企業での勤務年数であることに起因していると思われる。出産を機に離職、再就職
し、結果として平均的な勤務年数が短くなるといった女性の就業パターンがこうした結果
に結びついているといえよう。
以上の結果をまとめると、女性全体では、出産ペナルティ、晩産ペナルティは、それ
ぞれ 2 割、3 割程度存在する。しかし、学歴別、初職の職種別にみると、高学歴、専門職で
はそのような賃金水準低下は認められず、低学歴、非専門職で、子どもを持つこと、また
そのタイミングが遅れることによって賃金が下がっている。しかもその値はおよそ 3~6 割
とかなり大きいものである。
4.
終わりに
本稿では、キャリア・プランニング動機仮説に基づき、学歴を軸に出産行動、出産に
よる賃金水準の変化を検証した。本稿では、1990 年代後半以降、女性の進学行動が 4 年制
大学へとシフトしたことを考慮し、短大卒との区分を明示して推計を行った。ここでは深
く立ち入らないが、社会学を中心に、4 年制大学以上と短大卒とでは、進学動機に決定的な
違いがあると指摘されている。学歴による出産行動の違いは、経済学の立場からは、就業
行動を通し、人的資本蓄積の大きさと機会費用で説明されてきた。しかし、それだけでは、
出産行動の変化を追認することはできても、適切なインプリケーションを得ることができ
ない。本稿では、まず、女性が高い学歴を得ても、子どもを産まないという選択ではなく、
産むタイミングを遅らせるという選択をしていることを明らかにした。そして、出産を遅
らせることによって、どのようなデメリット、あるいはメリットを得ているのかについて
も検証した。その結果、高学歴者では出産ペナルティ、晩産ペナルティともに認められず、
キャリア・プランニング動機による出産タイミングの先送りは経済的に合理性のあるもの
であることも示された。しかし本稿での検証は既婚者で現在配偶者のある女性を対象とし
ている。阿倍(2005)が指摘するように、本稿の分析で、出産、晩産ぺナルティが観察さ
れなかったのは、出産後も継続就業が可能な「幸運な女性」、あえて言うならば結婚市場、
労働市場で生き残った強者であるともいえる。大卒では、出産後復職しない、いわゆるキ
リン型と呼ばれる年齢階級別労働力率が固定的である。キャリア・プランニング動機仮説
に照らし考察すると、家庭と仕事の両立が可能な働き方と同時に、能力が活かせる優良な
雇用機会の開放も重要となってくるであろう。
一方、厳しい出産、晩産ペナルティの認められた低学歴、非専門職では、それらペナ
ルティが復職後のパート賃金を反映したものと考えられることから、出産による就業中断
を減らし、継続就業への支援が重要となってくるものと思われる。強者のための育児休業
ではなく、広く一般にこうした制度が活用されるには、どのような政策が望ましいか。も
う一度原点に帰って検討する必要があるのではないだろうか。
最後に、本稿での分析は、クロス・セクション・データであり、その制約から出産行
動と賃金水準との関連を概観したに留まった。パネル・データによる推計を今後の課題と
する。また出産と出産タイミングに関する内生性、統計モデルの選択、転職経験を反映さ
せるなど、理論、テクニカルな部分を併せて今後の課題としたい。
図 1 女性の大学・短大進学率と合計特殊出生率の推移
45
2.5
40
2
35
30
進学率
(%)
1.5
25
出生率
(%)
20
1
15
10
0.5
5
0
0
1960 1964 1968 1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004 2008
大学進学率
短大進学率
合計特殊出生率
資料出所)文部科学省『学校基本調査年次統計』大学学部・短期大学本科入学者数(過年度高卒者等を含
む。
)を3年前の中学校卒業者及び中等教育学校前期課程修了者数で除した比率。
厚生労働省『平成 20 年人口動態統計』http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suikei08/index.html
表
1-1 学歴と無子割合
子どもなし あり
1.41
98.59
2.22
97.78
3.99
96.01
6.93
93.07
8.23
91.77
18.2
81.8
23.68
76.32
1920-29
1930-39
1940-49
1950-59
1960-69
1970-79
1980-
Pearson chi2(6)=126.1887
Cramer's V=0.2033
中卒
高卒
短大・高専卒
大卒・大学院卒
pr=0.0000
5.18
5.36
2.92
8.47
Pearson chi2(3)=5.1712
Cramer's V=0.0609
94.82
94.64
97.08
91.53
pr=0.160
表 1-2 初産年齢のサバイバル分析とログ・ランク検定
survival time
time at risk
中卒
高卒
短大・高専卒
大卒・大学院卒
chi2(3)=61.68
pr>chi2=0.00000
14638
49422
15275
9173
incidence rate no. of subjects
0.308785
0.321517
0.0303764
0.265998
494
1716
520
295
0.25
24
25
26
27
0.5
27
27
28
30
図 2 学歴別子ども数の分布
60
50
40
(%)
30
20
10
0
0
1
高卒以下
2
短大卒
3
大卒以上
4
5 (人)
0.75
30
30
32
34
表 2 教育と子ども数
Model 1-1
係数値
z値
年齢
25-29歳
-0.448
30-34歳
-0.264
35-39歳
-0.067
(40-44歳)
---- 45-49歳
-0.047
-0.095
夫大卒ダミー
0.029
兄弟姉妹数
妻学歴
高卒以下
短大・専門卒
(大学・大学院)
妻の就業歴(最終学校卒業後)
(非正規雇用)
正規雇用
就労経験なし
妻の初職
専門・管理
(事務)
サービス
マニュアル
その他
0.688
定数項
-0.534
δ
obs
1951
LR chi2(6)
193.05
LR chi2(8)
LR chi2(10)
LR chi2(12)
Pseudo R2
0.0365
Log Likelihood
-2549.63
-11.99
-7.62
-2.18
-1.55
-4.38
3.53
Model 1-2
係数値
z値
***
***
**
*
***
***
-0.450
-0.263
-0.066
-----0.047
-0.072
0.026
-11.93
-7.58
-2.13
0.040
-0.028
-----
1.14
-0.81
-1.57
-2.86
3.09
Model 1-4
係数値
z値
Model 1-3
係数値
z値
***
***
**
*
***
***
-0.460
-0.266
-0.066
-----0.046
-0.094
0.030
-11.78
-7.70
-2.14
-1.55
-4.15
3.61
***
***
**
*
***
***
-0.459
-0.264
-0.063
-----0.048
-0.072
0.027
-11.71
-7.62
-2.03
0.050
-0.030
-----
1.40
-0.86
-1.60
-2.85
3.22
Model 1-5
係数値
z値
***
***
**
*
**
***
-0.450
-0.263
-0.066
-----0.047
-0.071
0.026
-11.92
-7.58
-2.14
0.039
-0.029
-----
1.12
-0.82
----0.015
0.022
22.08
***
0.672
-0.540
1951
14.88
***
0.029
----0.037
-0.009
0.020
0.674
-0.539
1951
1.04
1.37
20.37
0.43
20.37
***
0.050
----0.026
-0.025
0.020
0.652
-0.544
1951
0.93
-0.67
0.44
13.92
***
0.658
-0.540
1951
0.0378
-2546.07
注1)*,**,***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す。
注2)( )はレファレンス・カテゴリー。
0.037
-2548.18
200.32
204.69
0.0387
-2543.81
***
**
*
**
***
0.37
0.37
1.71
200.16
195.94
-1.58
-2.83
3.11
***
0.0379
-2545.99
11.16
***
表 3 教育と出産タイミング
Model 2 - 1
Model 2 - 2
説明変数
係数値
標準誤差
係数値
標準誤差
生年コーホート
-0.027 ***
0.010
-0.025 **
0.011
--1939年
------ (1940-49年)
-0.001
0.009
-0.004
0.009
1950-59年
0.011
0.010
0.006
0.009
1960-69年
0.004
0.012
0.003
0.012
1970年-0.032 ***
0.001
0.033 *
0.001
初婚年齢
-0.001 ***
0.000
-0.001 *
0.000
初婚年齢×初婚年齢
妻学歴
--- (大学・大学院)
-0.019
0.014
短大・専門
-0.035 **
0.014
高校以下
妻の初職
0.017 ***
0.009
専門・管理
0.008
0.010
事務・サービス
--- (マニュアル)
0.019 **
0.008
0.019 ***
0.008
夫大学卒ダミー
出身地
------ (大都市以外)
0.012 *
0.006
0.008
0.007
大都市
2.562 ***
0.034
2.517 *
0.032
定数項
Log_Sigma
0.081 ***
0.002
0.079 *
0.002
Kappa
-0.198 ***
0.050
-0.139 ***
0.051
-2.749 ***
0.160
-2.857 ***
0.174
定数項
Log likelihood
-1611.506
-1485.305
N
718
668
注1)*,**,*** はそれぞれ有意水準1%、5%、10%を示す。
注2) ( )はレファレンス・カテゴリー。
注3)結婚継続期間5年以上の初婚の夫婦のみを分析対象。
表 4 晩産ペナルティ
Model 4-2
Model 4-4
Model 4-1
Model 4-3
説明変数
係数値
標準誤差*
係数値
標準誤差*
係数値
標準誤差*
係数値
標準誤差*
0.003
-0.005
0.003
-0.005
0.003
-0.006 *
0.003
-0.006 *
年齢
学歴
----- (短大卒以下)
0.319 ***
0.058
大卒・大学院卒
初産年齢
---------- (無子)
34歳以下
-0.179 ***
0.063
-0.207 ***
0.062
35歳以上
-0.307 **
0.149
-0.299 ***
0.139
居住地
(大都市以外)
--------------------大都市
0.014
0.047
0.014
0.050
0.030
0.052
0.030
0.050
0.009
0.009
0.061 ***
0.009
0.061 ***
0.060 ***
0.009
0.060 ***
勤務年数
0.000
0.000
-0.001 **
0.000
-0.001 **
0.000
-0.001 **
勤務年数×勤務年数
-0.001 **
労働時間
(35時間未満)
--------------------0.048
0.731 ***
0.044
35-48未満
0.746 ***
0.045
0.746 ***
0.045
0.731 ***
0.061
0.830 ***
0.065
0.828 ***
0.060
48時間以上
0.831 ***
0.061
0.830 ***
0.047
0.197 ***
0.195 ***
0.047
0.215 ***
0.044
0.214 ***
大企業ダミー
初職
0.322 ***
0.048
専門職
----- (非専門職)
初産年齢×学歴
無子×短大卒以下
-0.322 **
0.123
0.111
34歳以下×短大卒以下
-0.500 ***
0.189
35歳以上×短大卒以下
-0.673 **
(無子×大卒/)
----- 34歳以下×大卒
-0.189
0.125
35歳以上×大卒
-0.151
0.311
初産年齢×初職
0.120
無子×非専門職
-0.287 **
34歳以下×非専門職
-0.506 ***
0.106
35歳以上×非専門職
-0.593 ***
0.185
(無子×専門職)
----- 34歳以下×専門職
-0.178
0.112
35歳以上×専門職
-0.287
0.308
0.153
13.477
0.133
13.477 ***
0.137
13.438 ***
0.125
13.737 ***
定数項
R2
0.468
0.469
0.477
0.477
obs
1175
1175
1175
1175
Brewusch-Pegan**
chi2(1) =1.41
chi2(1) =1.41
chi2(1) =0.80
chi2(1)= 0.79
Prob >chi2 =0.235
Prob >chi2 =0.235
Prob >chi2 =0.371
Prob > chi2 =0.373
Ramsey RESET test (3, 1159) =1.89
F(3, 1159) =1.89
F(3, 1161)=1.65
F(3, 1159) =1.79
Prob >F =0.1298
Prob >F =0.1298
Prob >F =0.1753
Prob >F =0.1470
注1)* Brewusch-Pegan/cook-Weisberg test for heteroskedasticity
注2)*頑強標準誤差
注3)*,**,***はそれぞれ有意水準1%、5%、10%を示す。
注4) ( )はレファレンス・カテゴリー。
【acknowledgements】
日本版 General Social Surveys(JGSS)は、大阪商業大学 JGSS 研究センター(文部科学大臣
認定日本版総合的社会調査共同研究拠点)が、東京大学社会科学研究所の協力を受けて実
施している研究プロジェクトである。
参考文献
[英文]
・Gustafsson, S.(2001)”Optimal age at motherhood. Theoretical and empirical considerations on
postponement of maternity in Europe,” Journal of Population Studies, vol.14, pp225-247.
・Happel ,S.K,J.K.Hill, and S.A.Low(1984)”An Economic Analysis of the Timimg of
Childbirth,”Population Studies, vol.38, pp299-311
・Hotz,, V. J., J..A. Klerman and R.J. Willis(1997), “The Econommics of Fetility in Developed
Countries, “ in Handbook of Population and FamilyEconomics. Volume 1A, M.R.Rpzenzweig and
O.Stark eds., Amsterdam : Elsevier, pp275-347.
・Martin, S.P.(2000)”Diverging Fertility Among U.S. Women Who Delay Childbearing Past Age 30.”
Demography 37(4), pp523-533.
・Poirier, D. J.(1980)”Partial Observability in Bivariate Probit Models." Journal of Econometrics
vol.12, pp. 209-17.
・Schmidt, P, and A,D, Witte(1989)”Predicting Recidivism Using ‘Split Population Survival Time
Models', Journal of Econometrics, vol.40-1, pp141-159.
[和文]
・阿倍正浩(2005)
「誰が育児休業を取得するのか-育児休業制度普及の問題点」国立社会
保障・人口問題研究所『子育て世帯の社会保障』東京大学出版会
・川口章(2001)「女性のマリッジ・プレミアム-結婚・出産が就業・賃金に与える影響」
『季
刊家計経済研究』No.51. pp63-71.
-(2005)
「結婚と出産は男女の賃金にどのような影響を及ぼしているのか」労働政策
研究・研修機構・
『日本労働研究雑誌』No.535 pp42-55
・権丈英子(2003)
「少子化現象と家族の有効性-家計パネルデータによるイギリス、オラ
ンダ、ドイツ、スウェーデンの学歴別出産タイミングの分析-」三田商学研究第 46 巻第
3 号 pp。127-147
・滋野由起子・松浦克己(2003)
「出産・育児と就業の両立を目指して-結婚・就業選択と
既婚・就業女性に対する育児休業制度の効果を中心に」
『季刊社会保障研究』Vol.39,No.1.
pp43-54 .
・駿河 輝和・張健華(2003)
「育児休業制度が女性の出産と継続就業に与える影響について」
家計経済研究所『季刊家計経済研究』第 59 巻、pp56-63.
・武内真美子・大谷純子(2008)
「両立支援制度と女性の就業二極化傾向」」労働政策研究・
研修機構・
『日本労働研究雑誌』No.578 ,pp67-87
・樋口美雄・阿倍正浩・Woldfogel.J(1997)「日米英における育児休業・出産休業制度と女性
就業」国立社会保障・人口問題研究所『人口問題研究』vol.53-4(12), p49-66 .
・福田亘孝(2005)
「女性学歴と出産戦略:Mover-Stayer Mixture Model による分析」国立社
会保障・人口問題研究所『人口問題研究』61-4、pp3~21.
・馬欣欣(2005)「出産・育児と日本女性の就業行動の分析」KUMQRP DISCUSSION PAPER
SERIES DP2005-024
・松浦克己・コリン・マッケンジー(2009)
『ミクロ計量経済学』東洋経済新報社 pp337-366.