「人事労務のホームドクター」による 今月の年金情報! 弊社パートナーの 社会保険労務士 野村安弘先生 夫は遺族年金を受け取れるか A夫さんは大学を卒業後、大手の貿易会社に就職し輸出部門の仕事をしていました。海外を相手にす る仕事ですから興味も尽きず、充実した毎日を過ごしていました。ところが、リーマンショックをき っかけに会社の経営状態が悪くなり、多くの社員が整理解雇されることになりました。 A夫さんが49歳のときのことです。一人息子は15歳で、まだまだこれからという時期です。A夫さん は人事課が紹介する会社へ転職することにしました。しかし、これまでの会社とは条件も仕事も異な り、間もなくストレスから体調を崩してしまい、結局再就職先の会社も辞めざるを得ませんでした。 A夫さんは51歳になってようやく体力も回復し、新たに就職先を見つけました。昔と同じように元気 で働けることを喜んでいた矢先のことです。妻が持病の心臓病で急死してしまいました。 この2年間、収入のなかったA夫さんと息子が生計を立てて来れたのも、妻の存在があったからこその ことです。長い闘病生活も子供の教育費も、妻の収入がなければとても無理なことでした。 A夫さんは悲しみのうちに様々な手続きをし、遺族年金について年金事務所に相談に行きました。 年金事務所の窓口では、A夫さんには遺族年金を受け取る資格がないといわれました。 17歳になる息子には、遺族年金を受け取る資格はあるけれどそれも高校を卒業するまでの間、との説 明です。あと1年数ヵ月しかありません。 所得によって支給を制限される人が出て来るのは理解できるけれど、妻の年金を、夫である自分がも らえないことにはどうしても納得が行きません。 ●在職中の死亡の場合 遺族厚生年金を受け取るにはいくつか条件がありますが、厚生年金加入中の人が死亡したときに は、対象となる遺族に遺族厚生年金が支給されます。 ●保険料納付要件と年収制限 国民年金の保険料に未納期間があると、場合によっては受給できないこともあります。 保険料の納付要件とは、死亡日前の「保険料を納付した期間と免除された期間との合算期間が、 全加入期間の3分の2以上必要」というものです。 また年収制限とは、 「死亡した前年の収入が850万円未満であること」です。 ●A夫さん夫婦は? 妻は厚生年金に加入中の死亡ですから、保険料納付要件に問題はありません。厚生年金加入中に 「未納」は発生しません。 年収の850万円はA夫さんの収入を見ます。A夫さんの闘病生活中の期間ですから、年収制限も クリアしています。 ●対象となる遺族とは? 配偶者は、遺族厚生年金を受け取ることのできる第一順位の遺族です。 夫が死亡して妻が遺族厚生年金を受け取るとき、妻に年齢制限はありませんが、A夫さんのよう に妻が死亡して夫が受け取るときには、夫に年齢制限があります。 ●夫の年齢要件 妻が死亡したとき、夫は55歳以上でないと遺族厚生年金はもらえません。 55歳未満の夫は、どんなに生活に困っていても対象外です。 ●遺族基礎年金はどう? 遺族基礎年金をもらえるのは「子のある妻」となっていますので、「子のある夫」としてのA夫 さんは、やはりここでも対象外です。 ●年金は誰に? A夫さん夫婦の一人息子です。 18歳年度末(18歳に達する日以降の最初の3月31日)までの子が対象となりますので、現在、高 校生の一人息子が、遺族厚生年金と遺族基礎年金の両方の受給権者となります。 ●息子がもらえるのなら、それでよいのでは? 子供の場合、受け取れるのは18歳の年度末までです。すでに息子は高校2年生。あと1年数ヵ月し かもらえません。大学進学を考えているのであれば、お金がかかる肝心なときに遺族厚生年金は ありません。 ●遺族基礎年金は支給停止 高校生の息子は、母親が亡くなったあと父親と一緒に生活していくので、遺族基礎年金は支給停 止となります。親に養われていれば、権利は発生するけれども支給はされないということです。 .. ●ほとんどアテにならないということ? そうです。1年数ヵ月の間、遺族厚生年金を受け取るだけです。 [平成26年4月からの法改正] 一昔前とは違って、今は共働きでないと暮らしていけない世帯がほとんどです。夫婦どちらかが死 亡しても、残された家族は本当に困るという時代です。 そうした社会の実情、生活感情等を考慮して、法改正がなされました。 遺族基礎年金の対象者が、従来の「子のある妻」から「子のある配偶者」に変わりました。 ただし、この改正は平成26年4月以降に受給権の発生する遺族基礎年金に関しての適用です。 遡及しての適用はありませんから、いくら困窮していても、A夫さんの親子が救われることはあり ません。なお、遺族厚生年金の夫の年齢についての改正はありませんでした。55歳以上の夫に権利 が発生し、60歳までは支給停止という従前規定のままです。 [支給開始年齢引上げと遺族厚生年金] 仮に妻が亡くなったとき夫の年齢が58歳だと、権利は発生しますが、何があっても60歳になるまで は遺族厚生年金はもらえません。そして60歳になったときに遺族年金と老齢年金を比べてみます。 同時に2つの年金はもらえませんから、いずれか多い方を選択することになります。 ほとんどの場合、夫の老齢年金の方が妻の遺族年金より多いですから、結果として「やっぱり遺族 厚生年金はもらえない」ということになるわけです。 ところが、昨今、少し事情が変わってきました。 平成12年の年金制度改正で、昭和28年4月2日以降生まれの男性から、年金の支給開始年齢が段階的 に65歳へ引き上げられていきます。今がそのまっただ中です。 60歳から自分の老齢厚生年金の支給開始年齢までの間、短期間ですが、遺族厚生年金を選択なしに 受給できる機会が生まれます。この人たちは「どうせもらえないから」との思い込みと誤解で、請 求せずにおくと明らかに損をする世代です。制度改正が生んだ思わぬ落とし穴です。 お問い合わせ先 野村社会保険労務士事務所 TEL 0856-22-1184
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