の構造と組織観察 TEM

TEM の構造と組織観察
機械システム工学科
佐竹忠昭
1 . TEM の構造
TEM の鏡体は Fig.1 のように大きく分けて照射系 , 試
料室 , 結像系 , 観察記録系からなる.
( a )照射系
試料に電子線束を入射させるための部分で ,構成は ,
電子銃,陽極,第一集東レンズ,第二集東レンズから
なる .電子銃を Fig.2 に模式的に示す .フィラメント ,
ウェーネルト(グリッド) ,陽極からなる電界レンズで ,
ビ ー ム が 最 も 絞 り 込 ま れ る 有 効 電 子 源 (ク ロ ス オ ー バ
ー )を 作 る . 陽 極 に よ り 加 速 さ れ た ビ ー ム は 第 一 集 束
レンズで第二のクロスオーバーが作られ,第二集束レ
ンズで平行性の良いビームとなって試料に入射する.
Fig.1 TEM の鏡体
( b )試料室
試料室には,試料支持台並びにその微動装置が付いて
∼
いる.一般には試料傾斜装置が付属しており 0
∼
10-60 °
バイアス抵抗
フィラメント
の範囲で方位を変化させることができる.このほか,加
熱装置 , 引張り装置などもアクセサリーとしてあり ,加熱 ,
ウェ−ネルト円筒
−
加速電圧
引張り変形時の現象変化を連続的に観察できる.
クロシオ−バ−
( c )結像系
+
陽極
透過した電子線を拡大して像を結ばせる部分で ,対物 ,
中間,投影レンズの三つのレンズ系からなる.
①対物レンズ
Fig.2 電子銃
電子顕微鏡のレンズのうちで最も重要で性能に直
接影饗を及ぼすレンズで最初の拡大像を形成する
Fig.3 ( a )参照.対物レンズの非点収差,球面収差,色
収差はできるだけ小さくなけれぱならない.このう
ち非点収差については,スティグマトールという非
点補正装置が付いており補正可能だが,他の二つは
補正できない .実際には ,焦点合わせに用いられる .
②中間レンズ
対物レンズの像を拡大するレンズであり,一般像
観察においては倍率変更に用いられる.もう一つの
重要な役割は,対物レンズの後焦点面にできる回折
パ タ ー ン を 投 影 レ ン ズ の 物 面 に ほ ほ 1:1 の 割 合 で 結
像 さ せ る こ と で あ る Fig.3 ( b )参 照 . こ の 場 合 , 中 間
-1-
Fig.3 電子顕微鏡像と回折像
レンズの物面に視野制限絞りをいれることによって希望
する領域からの回折パターンが得られる.これを制限視
野回折法と呼び,原理を Fig.4 に示す.対物レンズの像面
B1
に径
A’ B’ の 制 限 視 野 絞 り を 入 れ る こ と に よ り 試 料
上の AB 以外からの回折線は D2
の 回折パターンに寄与し
なくなる .この場合 ,対物レンズの倍率を m とすれば ,1/m
の絞りを試料に置いたのと同等となる.さらに微小領域
からの回折像を得る方法としてナノビ−ム回折法がある .
③投影レンズ
物面の像を蛍光板に拡大投影するレンズであり,一般
的には固定倍率である.
④観察記録室
Fig.4
蛍光板に投影された試料の拡大像を観察し,写真に記
制 限視 野 電子 回折法
録する部分である.
2 . TEM 像のコントラスト
TEM 像には独特のコントラストがあり, TEM 像を正
確に解釈するにはその結像原理を知ることが必要であ
る.コントラストは大別して①散乱コントラスト,②
回折コントラスト③位相コントラストに分けられる,
①②は比較的低倍で観察した場合に現れる主要なコン
トラストであり,③は原子や分子のレベルで微視的に
観察した場合重要となる.
( a )散乱コントラスト
電子線が物質に衝突すると散乱を受ける.この散乱
電子が対物レンズの後焦点面にある対物絞りでカット
Fig.5
きれるために生ずるコントラストである.この散乱の
程度は重量厚さ( mass
ア モ ル ファ ス の 散 乱コ
ントラスト
thickness = 質量×厚さ)に比例す
る.例として,アモルファス試料の散乱コントラスト
入 射電 子線
を考える. Fig.5 に示すような表面形態と密度の分布を
試料
持つものと仮定する. Fig.5 ( a )は均質な材料で厚さの異
対 物レ ンズ
なる場合で, t1 < t2 のため t2 の領域で mass
thickness が
対物 絞り
大きくなり散乱強度が増すため電子線の強度は I1 > I2 と
なる. Fig.5 ( b )は部分的に密度の異なる場合であり,密
部の電子線強度は I2> I1 となる.電子線経路と絞りとの
関係で表すと Fig.6 のようになる.このコントラストの
強度
度 d1 > d2 のため d2 部分の散乱強度が低なる .このため d2
場合,像を比較的単純に解釈可能である.レプリカ法
によるパ−ライト組織観察例を Photo1 に示す .
-2-
Fig.6 散乱によるコントラスト
b )回折コントラスト
結晶性試料に電子線が入射すると回折( 2dsin θ =
n λの条件でのブラッグ反射)が生ずる.対物レンズ
の後焦点面上には対物絞りがあり,それによって回折
した散乱線がカットきれる.その緒果,見かけ上吸収
を受けたことになり黒いコントラストが生ずる,回折
も散乱の一種であるから回折コントラストを散乱コン
トラストに含める場合もある.回折コントラストの形
成 図を Fig.7 に示す.また,代表的回折コントラスト
像 で あ る 転 位 線 (格 子 欠 陥 の 一 種 )の 例 を Photo2 に ,
結 像原理を Fig.8 に示す.回折コントラストによる結
Photo1 レプリカによるパ−ライト
像形式に明視野法と暗視野法がある Fig.9 .明視野法
入射電 子線
は対物紋りの中に透過電子を通過させて結像する方
試料
式であり( a ),回折電子の一部を用いて結像する方式
対物レン ズ
を暗視野法という( b ).
対物絞り
( c )位相コントラスト
透過波と散乱波もしくは回折波のうち絞りにカッ
トきれずに対物レンズを通っだものが干渉し合う結
強度
果生ずるコントラストである.一般に,いくつかの
波が重なった場合,それらの間に干渉性があれば,
観察きれる強度はそれぞれの波の単なる和にならず ,
位相の効果に応じて強度が現れる. TEM の照射ビー
ムは ,波長がよく揃った ,光で言えば単色光に近い .
Fig.7
回 折による コント ラスト
また,その開き角が 10-3 rad 程度と小さいので,かなり干渉性を持っており,干渉の効果
は無視できない.いま,透過波と散乱波の二つの波が干渉するという簡単な場合を考え,
その強度を I1 , I2 とすると,観察される波の強度は次式のように表される.
Photo2 ステンレス鋼内のの転位
Fig.8 転位のコントラ スト
-3-
Fig.9
TEM の 結 像 方 式
I = I1 + I2 +2 √ I1I2 cos (δ 1- δ 2)
ここで(δ 1- δ 2)は二つの波の間の位相差を表し,試
料厚さ,内部電位,対物レンズの焦点合わせ,球面
収差などによってその値が変化し,それに応じて cos
(δ 1- δ 2 )は十 1 と一 1 の間で変わりうるから,試料
の場所によって厚さ,密度が異なる場合には明暗が
できる.また焦点合わせを変えると見え方が変わっ
て来る.このコントラストを位相コントラストとい
う.ここで重要なことは,試料が厚いうちは,散乱
コントラストもしくは回折コントラストの割合が位
相コントラストより大きいことであり,ある程度薄
くなるとほぼ同程度となり,きらに数十Å程度以下
になると位相コントラストが大きな割合を示すよう
Fig.10 フレネル縞の形成原理
になることである.以下に位相コントラストによる像の例を示す .
①フレネルじま
Fig.10 に示すように電子線で照射されている
試 料 を 距 離 l だ け 離 れ て 観 察 (1 だ け 焦 点 を ず
ら し た )す る 場 合 , 試 料 の は し の 各 点 か ら 散 乱
される球面波(回折波)と照射ビームが干渉し合
う結果,試料の端から遠くなるにしたがって狭
くなるような縞模様が観察きれる.これをフレ
Photo3 フレネル縞
ネルじまという.写真例を Photo3 に示す.
Under Focus ( a )
Over Focus ( b )
②粒子像
散乱コントラスト・回折コントラストの付き
にくい軽元素の非晶質粒子を位相コントラスト
に よ り 観 察 で き る . 写 真 例 を Photo4 に 示 す .
③格子像
結晶性試料について,透過波と回折波を共に
対物絞りを透過させる.この場合,透過波と回
折波が相互干渉し,回折を起こしている結晶面
Photo4 タバコモザイクウィルス
の 面 間 隔 に 対 応 す る (拡 大 し た )縞 模 様 を 生 ず
る.これを格子像という.格子像の縞の間隔は
結晶学的に確立した間隔を持っているので,倍
率校正・分解能の判定に使用きれている.原理
を Fig.11 に示し,写真例を Photo5 に示す.
透過波と多くの回折波を干渉させることによ
って単位胞・原子に対応した像を得ることがで
き る . こ れ を 構 造 像と い う . Photo6 にβ Si3N4
の高分解能構造像を示す.近年,格子像,構造
像(高分解能像)による構造解析が盛んに行われている.
-4-
Photo5 金の格子像
Photo6 窒化珪素の構造像
Fig.11 格子像の結像原理
3 .試料作製法
TEM 観察のキーポイントは試料の調整にあり,よい試料ができれば TEM 観察の 8 割は
終ったと言っても過言ではない. TEM の透過能は 1000kV の加速電圧でも 10 μ m 以下で
あり,観察用として非常に薄い試料を作製しなければならない.
以 下 に 一 般 的 試 料 作 製 法 を 示 す . 他 に 多 く の 方法が知られているが, TEM 用試料作製技
術は特殊技術であり観察者が各自工夫する必要がある.
a )イオンミリング法
真空中でアルゴンなどの不活性ガスを放
電させ,このときに生ずるイオンを試料に
照射し,表面を削り取りながら薄片化する
方法である.欠点としてイオンビーム照射
による損傷,例えば非晶質化や転位などの
格子欠陥が導入されることがある.装置の
概要を Fig.12 に示す.
( b )化学研磨
薄片を種々の酸やアルカリなどの溶液で
Fig.12 イオンミリング装置の構成図
溶解し,研磨する方法である.操作が簡単で研
磨速度が大きいなどの利点を持つが,選択的エッチングが起こりやすく多相成分試料を均
一の厚さにするのが困難である. SiC など化学的に安定な物には適用できない.
( c )電解研磨法
金属や合金試料に適用される方法で,試料を電解溶液中に陽極として保持し,他の陰極
に直流を流しながら電解液中に金属を溶解させ試料を薄くする.試料製作中に歪の導入は
ないが,セラミツクスなどの絶縁体には適用できない.
( d )粉砕法
薄板をメノウ乳ばちの中で数μ m から数十μ m の大きさに粉砕し,試料片の薄い領域
-5-
を観察する方法である.セラミックスなどの脆性材料に限られる.
( e )真空蒸着
真空中で金属やその他の酸化物を蒸着し,薄片を作製する方法である.蒸着法には,①
W バス ケ ッ トの 中 で 試料 を 直 接加 熱 す る, ② 電 子線 ビ ー ム を試 料 に 照射 し 蒸 発き せ る .
前者は低融点物質,後者は高融点物質の蒸着に適している.この方法の欠点は複雑な組成
を持つ試料に応用できないことである.
( f )ウルトラミクロトーム
試料を工ポキシ等で包埋後 ,ダイヤモンドナイフで数百Åの厚さに切断する方法である .
生物試料や金属の薄片作製にはよく用いられるが.脆いものには適用がむずかしい.
( g )レプリカ法
電子線が透過不可能な厚い試料の表面や破断面の形態を観察するのにレプリカ法が用い
られている.この方法は試料の表面の凹凸構造をプラスチック物質で転写し,シャドーイ
ング蒸着してコントラストを増大して観察する.一段と二段レプリカ法がある.
参考書
1 ) P.B.Hirsh, "Eledctron Microscopy of Thin Crystals", Butterworths ( 1965 ).
2 ) 田辺良美他共著「電子顕微鏡利用の基礎」共立出版( 1975 ).
3 ) 上田良二編「電子顕微鏡」共立出版( 1982 ).
4 ) 幸田成康 , 西山善次編「金属の電子顕微鏡写真と解説」丸善( 1975 ).
5 ) 坂田茂雄著「電子顕微鏡の技術」朝倉蕎店( 1982 ).
6 ) 窯業協会編「セラミックスのキャラクタリゼーション技術」窯業協会( 1987 ).
7 ) 金属学会編「金属学会セミナー・最近の電子顕微鏡技術と材料開発」( 1988 ).
8 ) 堀内繁雄
他 ,「電子顕微鏡 Q & A 」アグネ承風社( 1996 ).
9 ) 進藤大輔,平賀贒二 ,「材料評価のための高分解能電子顕微鏡法」共立出版社( 1996 ).
10 )坂
公恭 ,「結晶電子顕微鏡学」内田老鶴圃( 1998 ).
11 )日本鉄鋼協会,日本金属学会編 ,「電子顕微鏡法の実践と応用写真集」日本金属学会
( 2002 ).
-6-