地方公共団体が行う 契約とその成立要件

公務員にも
ゼッタイ必要 !
契 約 法 の基礎知識
Vol.
1
2010.5.17
今 月 の テ ー マ
地方公共団体が行う
契約とその成立要件
松村 享 四日市市総務部政策推進監
今回から始まる契約法の基礎知識。第1回目は、地方
すが、ここでは次の5つに分類して説明します。
①行政活動執行のための契約:地方公共団体が行政活動
公共団体が行う様々な契約の概要とその契約の成立要件
について取り上げます。
を執行するために必要な物品等を取得したり、公共工事
を実施するために締結する契約です。物品の購入や公共
用地の取得のための売買契約、公共工事の請負契約など
今 回 の ポ イ ン ト
様々なものがあります。
②行政サービスにおける契約:地方公共団体が行政サー
⑴行政契約の分類
ビスの提供に関して住民と締結する契約です。公営住宅
地方公共団体が締結する契約には、次のものがある。
や上下水道・市バス等の公共企業の提供するサービスの
①行政活動執行のための契約:物品等を取得する売買
利用に関する契約等があります。
契約や公共工事を実施する工事請負契約等
③規制行政における契約:規制行政は行政処分によって
②行政サービスにおける契約:公営住宅、上下水道・
行うのが一般的ですが、法の不備を補い規制の充実を図
市バス等の公共企業の利用等、住民に行政サービス
るために契約の手法を活用することがあります。
を提供する際に締結する契約
例えば、公害防止協定は環境保護関係法令を補完し大
③規制行政における契約:公害防止協定のように、法
気汚染等を防止するため、関係企業と締結するものです。
の不備を補い規制の充実を図るために締結する契約
この協定には法的拘束力があると考えられていますが、
④地方公共団体間の契約:地方公共団体間における事
あくまでも契約なので刑罰を科すことはできません。ま
務の委託契約、道路等の経費負担割合の協議等
た、建築基準法に基づく建築協定のように強い効力を持
⑤行政事務の民間委託契約:地方公共団体が行うべき
つものもあります。区域内の建築物の用途、形態等につ
業務を民間事業者等に委託する際に締結する契約
いて土地所有者が締結した協定を特定行政庁が認可する
⑵契約成立の要件
と、後に土地の所有権を得た者もこれに拘束されます。
「申込」の意思表示と「承諾」の意思表示が合致する
④地方公共団体間の契約:地方公共団体等の行政主体間
ことによって契約は成立する。
で締結する契約です。この例としては、事務の委託(地
方自治法252条の14)や地方公共団体の境界にある道路
や河川の経費負担割合の協議(道路法54条、河川法65
地方公務員にとっての契約
条)等があります。
⑤行政事務の民間委託契約:地方公共団体の業務を民間
国や地方公共団体等の行政主体が締結する契約を行政
契約といいます。地方公共団体の行政活動の中心は許認
事業者に委託する場合に締結する契約です。近年では、
可等の行政処分ですが、行政契約も重要な役割を果たし
行財政改革や民営化の進展に伴って様々な分野で民間委
ています。行政契約については様々な分類がされていま
託が増加し、契約の重要性が増しています。
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「公務員にもゼッタイ必要!契約法の基礎知識 Vol.1」
2010.5.17
公務員にも
ゼッタイ必要 !
契 約 法 の基礎知識
とっても身近な自治体法務シリーズ
います。例えば、売買契約は「パソコンを20万円で買い
行政処分と契約との違い
ませんか?」との申込に対して、
「その値段で買います」
「行政処分」は、行政庁の一方的な判断で権利、義務を
との承諾があれば、それだけで契約は成立します。また、
形成することができます。これに対して「契約」は、当事
コンビニで120円と表示して缶コーヒーを冷蔵ケースに
者双方の合意に基づいて成立します。これが行政処分と
置くことが「申込」で、その缶コーヒーをレジに持って
契約との最も大きな相違点です。
いくことが「承諾」に当たり、契約が成立します。
行政処分
行政庁
住民
法律関係を
行政庁が一方的
に形成できる。
値札で『120円』と表示
契約
地方公共団体
住民
コンビニ
経営者
双方の合意で
のみ法律関係を
形成できる。
申 込
¥1
20
コンビニ
の客
レジに持っていく
承 諾
しかし、各種の許認可や公務員の任用等は当然に当事
契約が申込と承諾のみで成立するとすれば、契約書は
者の合意を前提とするため、契約との違いは明確ではあ
必要ないはずです。それでは契約書の目的は何かという
りません。その違いは、同意に基づく「行政処分」は内容
と、契約書の存在によって、契約成立の証拠となること、
が法律等で定型的に定められているのに対して、
「契約」
あるいは当事者の履行を心理的に強制するという点にあ
は当事者が合意すれば様々な内容が可能であるという点
ります。ただし、例外的に契約書を作成しなければ成立
です。例えば、会館の使用許可は時間区分や料金は条例
しない契約もありますが、この点は次回説明します。
等で定型的に決められており、その範囲内で使用許可が
されます。一方、土地等の普通財産を貸し付ける契約等
申込と申込の誘引
は、法令による制約はあるものの、貸付期間や料金をお
申込と似たものとして「申込の誘引」があります。申
互いの合意により決めることができます。
込はこれに対する承諾があれば契約が成立しますが、申
込の誘引はこれに対する申込があっても、それだけで契
契約と法律の規定
約は成立しません。例えば、コンビニが『店員求む』とい
契約は当事者の合意のみで成立するため、原則として
う広告を出した場合、これに応じて『雇ってください』
法律の根拠は必要ないとされています。ただし、地方自
と応募してきた人を必ず雇用する趣旨とは考えられませ
治法に基づく地方公共団体間の事務委託は、権限が受託
ん。雇用契約の場合、面接等でその人を見てから決める
者に移り委託者は権限を失います。そのように法律で定
ことになるため、求人広告は「申込」ではなく、申込を誘
められた権限配分を変更することになるような契約に
うという意味で「申込の誘引」と解されます。この場合、
は、法律の根拠が必要とされています。
『雇ってください』という意思表示が「申込」に当たると
また、地方公共団体の契約は、契約の成立時期等につ
ともに、店の経営者が採用するという意思表示が「承諾」
いて様々な特例が地方自治法等で規定されています。こ
に当たり、その段階で雇用契約が成立します。
の連載では、民法の原則と地方自治法の特例とを対比し
このように、
「申込」と「申込の誘引」との区別は、契
ながら、契約法の基本を解説していく予定です。
約の成立時期を確定するため重要な意味を持ちます。
コンビニ
経営者
契約の成立
『店員求む』 申込の誘引
『雇ってください』 申 込
契約がどのようにして成立するかというと、
「申込」の
『採用します』 承 諾
意思表示と「承諾」の意思表示が合致することとされて
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「公務員にもゼッタイ必要!契約法の基礎知識 Vol.1」
2010.5.17
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