中小企業の競争力 日本工業大学『研究報告 第 44 巻 4 号』掲載論文 「経営を見渡す」(佐々木勉執筆)より一部抜粋 1 とんがった経営資源のない多くの中小企業 中堅・中小企業、とりわけ中小企業についてその競争力がどのように構成されて いるかについて検討してみたい。イノベーションが大きな一つのテーマである技術 経営においては、とんがった技術、他が真似し難い技術を有することで大きな競争 力を持つようにすることを有効な戦略の一つとして提示する。製品製造や部品加工 の技術だけでなく、日本の MOT 教育の大きな目的であるビジネスモデルにおいて もイノベーションが求められ、極めてユニークな、いわばとんがったビジネスモデ ルを構築することが推奨される。 しかし、競争力のある中堅・中小企業であっても、その多くはとんがった技術や ビジネスモデルで競争力を維持しているわけではない。自社製品・自社技術開発を 志向し、いずれはとんがった技術を有するようになりたいと考えている企業は多い が、実際は少しでも QCD を高め、利益の出る受注、利益の出る商品提供を行おう としている。最近、消費財分野ではデザイン力の強化やブランド構築も志向されて いるが、この場合でもとんがったデザイン、とんがったブランド力を構築しようと しているというよりも、自社製品として物真似ではない固有のデザイン製品を持つ ようにするとか、少しでも知名度の向上を図ろうと歴史や文化あるいは地域や風土 といったものを背景にして自社ブランドを構築していくとかといった傾向が強い。 2 小さな差異の構造化 ≪小さな差異の構造化≫ それでは、とんがった技術やビジネスモデルなどを有していないが一定程度の競 争力を維持している中堅・中小企業は、如何にしてその競争力を確立しているので あろうか。結論からいうと、小さな多くの差異を構造化し、総合的に競争力を確立 しているのである。 図に示したように、当初はちょっとしたことでも差異を築き、顧客に認知しても らおうとする。あるいは、顧客には分からない企業内部の仕組みに工夫を施し、少 しでも利益率を高めようと努力する。 「徹底した納期の厳守」 「難しい注文にも可能 な限り対応」 「情報開示の範囲の拡大による信用力の増大」 「トラブルの原因を徹底 1 とんがった技術 とんがった事業 の仕組みの 獲得 小さな差異の構造化 少しでも差 異を築こう と努力 小さいが 様々な差 異を形成 して探り、常に改善を図る企業風土の醸成」 「従業員の能力向上を推進できる人事 制度」 「定年制を廃し、本人が働けないと思うまで働ける環境づくり」 「月次決算の 確立と社員との共有」など、多様な分野で小さな差異を築いていく。この多様な分 野での差異は、一つ一つ必要に応じて築き上げてきたものであるが、中小企業とい う小さな一つの組織で一つの事業の中で築き上げられてくるため、個々に独立した 差異ではなく関連付けられた差異となる。構造化されるのである。そして、構造化 された様々な小さな差異が競争力となっていく。 ≪アナロジーによる差異の構造化の理解≫ 構成部品が多い製品は、一つ一つの部品に要求される誤差の程度(公差)が厳し くなる。個々の部品に許容される誤差を加えていった結果が製品全体の許容される 誤差の範囲内になければならないからである。このアナロジーを小さな差異の構造 化に当てはめてみよう。 「真似し難さの程度」を、 「完全に真似できない」を 0 とし、 「すぐに真似できる」を 1 として考えてみるのである。小さな差異というのは、1 よりちょっと小さい程度ということで、例えば 0.9 としよう。差異が一つなら「真 似し難さの程度」は 0.9 で、競争力としては十分ではない。しかし、このような小 さな差異が 2 つ構造化されていると 0.9×0.9=0.81、 3 つ構造化されていると 0.729、 4 つならば 0.6561 と、どんどん真似し難くなっていく。ここで加法でなく乗法を 用いているのは、差異が構造化されていることを踏まえている。現実には、個々の 小さな差異も同程度に真似し難いというわけではないが、小さな差異も何個かあっ てそれが構造化されていると大きな競争力に化けることが理解できる。しかし、 個々の差異はそれほどとんがっていないため、なかなか当該企業の競争力の源泉と 2 して掴むのが難しくなる。当該企業の経営者であっても掴んでないことが多い。 このような差異が構造化されたものをビジネスモデルと解釈することもできるが、 多様な分野にまたがった差異のため、特徴あるとんがったビジネスモデルとは判断 されないのが普通である。もちろん、このような小さな差異の構造化の先に、明ら かに一つの分野だけでとんがった差異を獲得する中小企業も出てくる。また、多く の中小企業はそれを志向している。 3 熱心に事業に取り組む中で蓄積され、築かれる小さな差異の構造化 ≪めっきサービス事業者による小さな差異の構造化事例≫ めっきサービス事業を一品から受託している中小企業がある。電気関連の下請け 企業として、部品のめっき工程を請け負っていたが、価格競争が激化する中でなか なか利益を出すことが難しくなっていた。そこで、企業だけでなく一般の人からも めっき作業を請け負う事業を始めようと考えた。インターネットが普及し、一般の 人でも検索機能を活用して必要なサービスを提供してくれる企業を探すのが容易 な時代になっていたので、地方立地の企業であっても事業化ができると踏んだので ある。Web サイトを充実させ、これまでとは異なる顧客からの受注を目指した。一 品受注もいとわずという考えで始めたのだが、始めてみると、古いものを直して使 いたいと考えている人、記念の品を保存しやすいものに作り変えて永くもち続けた いと考えている人などからの注文が多く、一品受注というのは失敗の許されない厳 しい仕事であった。大量生産品なら不良品は除けばいい。しかし、記念の品であり、 それにめっきを施す以外は許されないのである。材質や希望するめっき内容も量産 で培った方法ですぐに対応できるとは限らなかった。同じ材質の金属などを用意し て、テストを繰り返してからでないと受け取った品物にめっきを施すことができな かった。ただ、受注単価は量産ものに比べれば何十倍も高かった。それでも当初は 試行錯誤が続き利益を出すのが大変であったが、その試行錯誤の蓄積が大きな利益 を生み出す事業へと変身させていった。めっき作業そのものだけでなく関連する加 工を施す外注加工などのシステムの構築、受注から納品までの内部システムの構築、 Web サイトによる情報発信の充実化等々、一般のめっき受注から比べると一つ一 つはちょっとした差異であったが、それが事業の仕組みとして構築されたことで大 きな競争力の源泉となった。 ≪人工物製造で使われる技術の構成要素と小さな差異の構造化≫ 筆者は、人工物製造で使われる技術の開発は、自然が作り出したものを取り込み 3 ながら既存技術を組み合わせることで行われると考えているが、これだけでは競争 力のある技術としては十分ではないことも認識している。コストに見合った人工物 を作ることができるのか、要求される時間内に人工物を量産できるのか、求められ る品質を常に維持できるのか。これらを満たすためには、当該技術に係るデータの 蓄積や工程の設計も関連してくる。これらを総合化したものが実用技術なのである。 それ故、既存技術であっても、データの蓄積により短時間で目的とするものを製造・ 生産する方法を見出していくことで差異を構築することも可能となる。 3D プリンターなどの普及で、オーダーメイド型製品製造が盛んに行われるよう になると、このデータの蓄積とその活用が強い競争力を生み出す源泉になると予想 されている。専門化の進んだ分野特化の中小企業だからこそ当該技術に係る蓄積が 進んでいることが多く、競争力の源泉を生み出す可能性を秘めている。 4 競争力の源泉の認識と構築のための方法 自社あるいは自社事業の競争力の源泉を正確に認識することは、競争力が強い企 業でも脆弱な企業でも必要なことである。正確に認識していないと、競争力の維持 に欠かせない差異をコスト削減や人材不足を理由になくしてしまったり、差異その ものを築こうとしなかったり、あるいは他の新たな差異と組み合わせると競争力を 更に強めることができることに気づかなかったりするからである。あるいは、競争 力の源泉としては賞味期限切れの差異だったことにしがみつき、新たな方針を見出 せないでいることにもなりかねない。 それでは、競争力の源泉をどのように認識し、その上で競争力を構築・強化して いくにはどうすればいいのであろうか。本論文では、前者の競争力の源泉の認識の 仕方について、 「経営を見渡す行為」を検討する中から明らかにしていきたい。経 営を幅広く多様な形で見渡すことで課題が明らかになれば、目標の八合目まで到達 したようなものである。後者については他の様々な研究成果に譲り、前者に焦点を 当てて検討していくことにする。 【参考文献】 ○『事業システム戦略-事業の仕組みと競争優位』 (加護野忠男・井上達彦) (有斐閣アルマ) ○『ビジネスモデル・ジェネレーション』 (アレツクス・オスターワルダー,イヴ・ピニュール) (翔泳社) ○『非価格競争時代の中小企業経営~成功の行動原則~』 (財団法人企業共済協会、未公表、デ ィスカッションペーパー段階、筆者執筆部分) 4
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