滑脳症って何? 項目

滑脳症って何?
項目
はじめに
脳のかたちとはたらき
脳のつくられかた
滑脳症の分類
いろいろな滑脳症とその原因
遺伝性と非遺伝性
むのうかい
こうのうかい
古典型滑脳症(無脳回・厚脳回)/ミラー・ディーカー症候群
ひ し つ か おびじょう い し ょ せ い かいはくしつ
にじゅうひしつ
皮質下 帯 状 異所性 灰 白 質 /二重皮質 症候群
の う し つ し ゅういいしょせいかいはくしつ
脳室周囲異所性灰白質
まるいしよう
丸石様皮質異形成
たしょ うの うかい
れつのうしょう
多小脳回/裂 脳 症
限局性皮質異形成/片側巨脳症
滑脳症に合併しやすい疾患・症状と対処法について
点頭てんかん
胎児期のけいれん
滑脳症でてんかんが生じる理由について
脳梁離断術
摂食障害と経腸栄養剤
逆流防止術と胃瘻について
つっぱり(筋緊張の亢進)に対する治療薬
滑脳症の原因「遺伝子検査」
̶ベンゾジアゼピン薬を中心に̶
はじめに
多くの方は「滑脳症(かつのうしょう)」という病気を聞いたこともなく、初
めて目(耳)にすると思います。医師でも知らないことがありますから、一般
の人にとってはそれもやむをえません。滑脳症は、脳の形成障害、つまり胎児
期に脳がつくられるときに、なんらかの原因でうまく形成されず、脳のかたち
が正常ではなくなった病気です。せまい意味では、滑脳症
のうかい
は脳のしわ(脳回)の数が少なくなって、表面からみると
正常よりも平らになった状態をいいます。(図)つまり、
なめ
滑脳症は、表面が滑らかな脳の病気(症)です。脳がつく
られるときには、神経細胞が増えたあとに、正しい場所に
きちんと動かないといけないのですが、神経細胞が正常に
移動できないと、脳のしわが正常につくられません。脳のしわは脳の表面積が
のうこう
増えることによって、きまったパターンでくぼみ(脳溝)ができます。よって、
滑脳症は脳の表面積が正常に増えなかったためともいえます。
滑脳症は、むかしはとてもまれな病気と考えられていましたが、最近はけい
かくじききょうめいがぞう
れんや発達の遅れがあると、早くからMRI(核磁気共鳴画像)を検査します
ので、それほどまれではないことがわかってきました。一般にはほとんど知ら
れていない滑脳症ですが、脳の作られ方(発生)は、ヒトの進化、つまりどの
ようにしてヒトという生物ができあがったのかに答えを出す学問として、現在
の科学でもっとも研究が進んでいます。進歩が早すぎて、滑脳症の分類がいろ
いろ変わっているために、専門家の間でも混乱がありますが、本書では、せま
い意味での滑脳症にかぎらず、脳の形成障害をきたす疾患を広くとりあげて、
これまで知られていなかったことにも光をあてたいと思います。
脳のかたちとはたらき
だいのう
しょうのう
のうかん
脳は、かたち(形態)とはたらき(機能)のちがいから、大脳、小 脳 、脳幹、
せきずい
だいのう
脊髄の4つに大きくわけられます。大脳はヒトでもっとも発達しており運動や
感覚の情報、思考をまとめています。滑脳症は主に大脳を中心にした異常です。
しょうのう
のうかん
小 脳 は運動の細かい調節をコントロールしています。脳幹は肩から頭の運動や
感覚と心臓や腸管など内蔵のコントロールし、生命維持に最も重要な部分です。
だいのう
だいのう
のうかん
脊随は大脳からの信号を首から下の体に伝え、また体からの情報を大脳や脳幹
だいのう
のうかい
のうこう
へ伝えています。大脳はさらに表面上のしわ(脳回)やくぼみ(脳溝)によっ
て前頭葉・頭頂葉・後頭葉・側頭葉の4つに分けられます。脳の内部は、神経
かいはくしつ
細胞の本体(胞体ほうたい)が集まっている灰白質と、神経細胞から伸びた神
じゅじょうとっき
じくさく
はくしつ
経線維(樹状突起と軸索)が集まっている白質に分けることができます。神経
かいはくしつ
細胞の本体は電話機に、神経線維は電話線に、灰白質はアパートのような集合
だいのう
かいはくしつ
ひしつ
住宅にたとえることができます。大脳の灰白質は、表面の皮質と、中の深部核、
きていかく
ししょう
しょうのう
ひしつ
つまり基底核と視床などに分けられます。小 脳 も表面の皮質と中の深部核にわ
だいのう
しょうのう
ひしつ
けられます。大脳も 小 脳 も皮質は規則正しく凹凸を繰り返し、いわゆる脳のし
のうかい
のうこう
わ、脳回を作っています。脳のしわのくぼみにあたる部分を脳溝といいます。
だいのう ひ し つ
大脳皮質を顕微鏡でみてみると、たくさんの細胞が見えてきます。脳の細胞は
神経細胞、グリア細胞、そして血管の細胞からできています。神経細胞が電話
機とするとグリア細胞は電話機を支えている土台や電話線を巻いているビニー
ずいしょう
だいのう ひ し つ
ル( 髄 鞘 )を作っています。脳のしわを作っている大脳皮質は、三角形をした
すいたいさいぼう
ひ す い た い さい ぼ う
錐体細胞と丸っこい非錐体細胞(顆粒細胞)とよばれる2種類の神経細胞と細
すいたいさいぼう
胞の大きさのちがいで6つの層(I-VI)に分けられます(図)。ちなみに錐体細胞
とうしゃ
(投射ニューロン)は遠くの神経細胞に情報を伝える役目を
ひ す い た い さい ぼ う
かいざい
し、非錐体細胞(介在ニューロン)は近くの神経細胞の興奮
のうかい
を抑える役目をしています。滑脳症は、しわ(脳回)が少な
いだけではなく、内部の層構造にも異常がみられるのが大き
な特徴です。
脳のつくられかた
だいのう ひ し つ
すいたいさいぼう
ひ す い た い さい ぼ う
大脳皮質が正常にはたらくためには、錐体細胞と非錐体細胞でできた6つの
のうかい
層が正しく作られなくてはなりません。脳はすべての中枢ですが、脳回や6つ
の層がはじめからできているわけではありません。精子と卵子が受精により一
ぶんれつ
ぞうしょく
つの細胞になってから、何回も分裂・増 殖 を繰り返し、徐々にできあがります。
だいのう ひ し つ
ちなみにひとの大脳皮質の神経細胞の数は約 140 億個と考
だいのう ひ し つ
えられています。大脳皮質の神経細胞は、在胎 6 週から 20
そくのうしつ
のうしつたい
きていかく げ ん き
週までの間に側脳室のまわりの脳室帯および基底核原基と
だいのう
ぶんれつ
呼ばれる大脳の内側で細胞が分裂して作られます(図)
。増えた細胞は内側から
ひしつ
外側へと順番に移動して皮質の層構造を作ります。滑脳症は、まさにこの神経
細胞の移動が内側から外側へと正常に行われないことが原因で起きる病気です。
だいのう ひ し つ
すいたいさいぼう
ヒトではまだはっきりわかっていませんが、ネズミでは大脳皮質の錐体細胞は
のうしつたい
ひ す い た い さい ぼ う
きていかく げ ん き
脳室帯で作られ、非錐体細胞は基底核原基で作られることが明らかになってい
ます。
滑脳症の分類
滑脳症は「神経細胞の移動が障害されて起きる病気」で,主に大脳皮質のか
たちが正常と異なって,さまざまな形態的特徴を示し,それぞれの特徴により
細かく分類されています。滑脳症の原因はさまざまですが,形態的な特徴と原
因とは一致していることが多いため,以前から脳のみための違いで分類されて
いました。当初は亡くなられた患者さんの脳を調べて分類された病理分類が主
流でしたが、MRI の出現により生前でも脳の形がわかるようになり、画像分類
が中心になっています.最近では、滑脳症の原因となる遺伝子異常がいくつか
明らかにされ、遺伝子の働きに基づいて分類が数年ごとに修正されています。
現在(2007 年)の分類を表に記しました.
神経細胞移動障害
原因遺伝子
むのうかい
LIS1(PAFAH1B1), 14-3-3ε (YWHAE), DCX,
こうのうかい
1) 古典型滑脳症(無脳回/厚脳回)
RELN, VLDLR, ARX
い し ょ せ い かいはくしつ
ひ し つ か
DCX, LIS1
2) 皮質下帯状異所性 灰 白 質
のうしつ
い し ょ せ い かいはくしつ
FLNA, ARFGEF2
3) 脳 室 周囲異所性 灰 白 質
まるいしよう ひ し つ
FCMD, POMGNT1, FKRP, POMT1, POMT2
4) 丸石様皮質異形成
たしょ うの うかい
れつのうしょう
GPR56, (EMX2)
5) 多小脳回/裂 脳 症
ひしつ
へ ん そく き ょ の うし ょ う
不明
6) 限局性皮質異形成/片側巨脳症
古典型滑脳症が,滑脳症のことばの意味である「滑らかな脳の表面」をもっと
のうかい
むのうかい
も特徴的に示し,大脳のしわ(脳回)がまったくない部分を無脳回,脳のしわ
こうのうかい
が少なくて,ひとつひとつのしわの幅が厚くなっている部分を厚脳回とよびま
す。狭い意味では,滑脳症は古典型滑脳症をさします。異所性灰白質は英語で
ヘテロトピアとよばれ,灰白質すなわち神経細胞(核と胞体・樹状突起)の集
まりが,本来神経細胞の存在しない白質または脳表・脳室に本来の灰白質と肉
眼的には離れて存在する状態です。
無脳回や厚脳回と皮質下帯状異所性灰白質は併発することがあり,重症度(グ
レード)により1から6まで分けられ,グレード1が最も重度です。
表
グレード分類
グレード1:全体が無脳回で全く脳溝がみられない
グレード2:全体が無脳回だが,脳溝が前もしくは後ろに1−2個認められる
グレード3:一部が無脳回で一部が厚脳回
グレード4:脳全体が厚脳回もしくは一部が厚脳回で他は正常
グレード5:一部が無脳回もしくは厚脳回で一部が皮質下異所性灰白質
グレード6:脳溝は浅くても脳回の幅は正常で,脳全体もしくは一部が皮質下異所性灰白質
古典型滑脳症は,さらに前後方向での重症度のちがい(グレーディエント)
により,前頭葉が無脳回で後頭葉が厚脳回など前の方がより重度なタイプ(前>
または A>P)と,前頭葉が厚脳回で後頭葉が無脳回など後ろの方が重度な
後ろ
タイプ(後ろ>前
または P>A)に分類されます。重症な部分が前か後ろかは
原因遺伝子の推定に役立ちます。
ミラー・ディーカー症候群は滑脳症の代名詞として有名ですが,古典型滑脳
症のほかに特徴的な顔つき(顔貌)や指・心臓・腸管・腎などの奇形をともな
い,滑脳症もグレード1の無脳回ともっとも重度なタイプです。ほかにも,大
脳皮質以外の脳(大脳基底核・視床・小脳・脳幹など)や他臓器の異常をとも
なうかどうかによっても細かく分類され,具体的には「小脳低形成を伴う滑脳
症(厚脳回)」や,「脳梁欠損と外性器異常を伴う滑脳症」などがあります。古
典型滑脳症ではありませんが,丸石用皮質異形成の多くは筋ジストロフィーを
伴いますし,片側巨脳症は皮膚病変を伴うことがあります。
いろいろな滑脳症とその原因
滑脳症には上に述べたように
いろいろな種類があり,原因もさ
まざまですが,遺伝性の有無によ
って大きく二つに分けられます。
(図)
非遺伝性の原因としては,脳の
低酸素や血流障害,感染,化学物質,放射線などがあげられます。古典型滑脳
症,皮質下帯状異所性灰白質,丸石用皮質異形成ではすでに原因遺伝子がみつ
かったものが多く,遺伝性と考えられます。脳室周囲異所性灰白質は,両側の
脳室壁に沿ってインゲン豆のさや状に連なってみえるタイプは遺伝性ですが,
その他はいろいろな原因で生じ,遺伝と非遺伝の中間です。多小脳回は,一部
で遺伝性のタイプがありますが,先天感染症や血流障害などの二次的な原因で
もみられ,家族例は少ないので多くは非遺伝性と考えられます。裂脳症は一時
遺伝子異常が報告されましたが,それ以降ほかの施設では遺伝子異常がみつか
らず,家族例も少ないことから大多数は非遺伝性と考えられます。限局性皮質
異形成,片側巨脳症は特殊なケースを除いて家族例はなく,脳の部分的な異常
であることからも非遺伝性と考えられます。次にそれぞれの疾患の特徴と原因
について説明します。
むのうかい
こうのうかい
古典型滑脳症(無脳回・厚脳回)/ミラー・ディーカー症候群
リスワン
古典型滑脳症の原因遺伝子として,これまでにLIS1, YWHAE(14-3-3
ディーシーエックス
リーリン
イプシロン
ε
),
エーアールエックス
D C X , RELN, VLDLR, A R X の各遺伝子がみつかりました。それぞれの
遺伝子ごとに特徴的な画像や臨床症状を示し,逆に画像や症状から原因遺伝子
の推定ができます。皮質下帯状異所性灰白質を含めた古典型滑脳症の約2/3
は LIS1 もしくは DCX 遺伝子の異常が原因です。LIS1 遺伝子は17番染色体
に存在し,滑脳症の原因遺伝子としてもっとも早くみつけられました。LIS1 遺
けっしつ
伝子は,2本ある染色体の両方にあるはずの遺伝子が片方に存在しない「欠失」
へんい
フィッシュ
変異が2/3です。欠失変異は,染色体のFISH検査でみつけることができます。
残りの1/3は,遺伝子内の小さい変異ですので,こちらはたとえ FISH 検査
を行っても異常はみつかりません。DCX 遺伝子は,X染色体に存在し,はじめ
は女性に多い皮質下帯状異所性灰白質の原因としてみつかりました。ところが
男性で DCX 遺伝子に異常があると,古典型滑脳症になるのです。どうしてかと
いうと,女性ではX染色体が2本あるので,片方が異常でももう片方は正常な
ので細胞の半分が正常で半分が異常になるのに対し,男性では1本しかないた
びしょうかん
め,全ての細胞で異常をきたし,より重度になるためです。
LIS1 も DCX も微小管
という細胞の中のレールやはしごのような存在を介して,微小管を足がかりに
細胞の核を移動させています。ARX 以外の遺伝子は,細胞の移動を調節している
リスワン
パスウエイ
LIS1 経路 と呼ばれる仕組みで情報伝達を行っています。現在わかっている古
典型滑脳症の原因遺伝子の多くは,細胞の外から伝えられた情報に基づいて細
胞の骨組みを支えている微小管と核の動きを制御して細胞の移動を調節してい
リスワン
パスウエイ
るのです。遺伝子変異によって情報伝達のLIS1 経路 のいずれかに異常が生じ
ると細胞の移動速度が遅くなります。神経細胞の移動がスムーズに行われない
と,大脳皮質の層を積み上げることができなくなって正常な6層構造ができな
くなり,脳のしわ(脳回)も減って滑脳症になってしまうのです。
ひ し つ か おびじょう い し ょ せ い かいはくしつ
に じ ゅう ひし つ
皮質下帯状異所性灰白質/二重皮質症候群
皮質下帯状異所性灰白質は,図XXのように大脳皮質(灰白質)の下に薄い白
質をはさんで帯状の灰白質がふたたびあらわれている状態で皮質が2つ重なっ
ているようにみえることから二重皮質 Double cortex(ダブルコルテックス)と
もよばれます。患者さんの多くは女性で DCX 遺伝子の異常によって起きるほか,
一部の患者さんでは男女に関係なく LIS1 遺伝子の異常が報告されています。運
動障害は比較的軽く,てんかんや知的障害が主な症状です。
のうしつしゅういいしょせいかいはくしつ
脳室周囲異所性灰白質
ヘ
テ
ロ
ト
ピ
ア
脳室周囲異所性灰白質は,異所性灰白質が大脳内部の側脳
室の壁に沿って存在し,一部側脳室(図の真ん中の白い部
分)内にぼこぼこと突出しています。部位や程度は様々で
あり,色素失調症や伊藤白斑など神経皮膚症候群や多彩な
先天奇形症候群に併発する他,先天感染などの2次障害で
もみられます。これまでのところ,フィラミン A(FLNA)
と ARFGEF2 の2つの遺伝子が脳室周囲異所性灰白質の原因遺伝子としてわか
っています。
まるいしよう
丸石様皮質異形成 cobblestone complex は,皮質板での移動が停止せずにグリア
境界膜を突き破って脳表に到達した状態であり,多くは先天性筋ジストロフィ
ーにともなってみられます。特に日本では福山型先天性筋ジストロフィーに併
発することが多く,乳児期から運動や呼吸の異常で発症することが多い疾患で
す。福山型先天性筋ジストロフィーの患者さんの多くは座位までで,立位・歩
行可能例は少なく,知的障害を伴い,ことばの遅れもみられます。60-80%の患
者さんでてんかんを併発します。9 番染色体のフクチン FCMD 遺伝子の変異で生
じ,常染色体劣性遺伝で,日本人の約 90 人に 1 人が保因者です。
たしょ うの うか い
れつのうしょう
多小脳回/裂脳症
多小脳回/裂脳症は,ともに先天性サイトメガロウイルス
感染症や血流障害など2次障害によって生じることがあ
り,必ずしも遺伝子異常が原因とは限りません。両側の前
頭と頭頂優位の多小脳回(BFPP)では, GPR56 遺伝子の変
異が報告されています。多小脳回の約 60%はシルビウス
裂を中心として前後に病変が広がっており,両側傍シルビ
ウス裂多小脳回 Bilateral perisylvian polymicrogyria とよば
れます。
(図)一部の男性患者では X 染色体に関係してい
ますが,原因遺伝子は未だわかっていません。裂脳症 schizencephaly は,当初イ
タリアから EMX2 遺伝子変異が報告されましたが,その後は国内の我々の解析
を含め異常は見つからず,現在裂脳症での EMX2 の遺伝子異常は例外的と考え
られています。
限局性皮質異形成/片側巨脳症
限局性皮質異形成は,滑脳症のような脳の表面の異常ではなく大脳皮質の層構
造や細胞の異常です。難治性てんかんの患者さんの脳を外科的に切除し,その
標本で顕微鏡的に認められた特異的な病変を表すことばとして使われています。
顕微鏡でのぞいてみると層構造の乱れや,異常に大きな巨細胞や風船のように
ふくらんだバルーン細胞が出現しているのが特徴です。限局性皮質異形成の原
因はまだわかっていませんが,遺伝性はないと考えられています。片側巨脳症
は,左か右の片方の大脳半球が反対側よりも異常に大きくなり,脳のしわや皮
質の層構造の異常もみられる疾患です。これまで家族性の報告はなく特定の遺
伝子は判明していませんが,先天性の部分的な皮膚病変を伴ないやすいことか
ら,脳が発生する以前の胎児早期に,細胞の一部に異常が生じ,正常と混在し
ているモザイクと推定されています。片側巨脳症は,てんかん,片麻痺,精神
遅滞をきたし,てんかん発作の進行により,運動や知能にさらに悪影響をおよ
ぼすので,早めに外科手術(機能的半球切除術)を考える必要があります。
滑脳症に合併しやすい疾患・症状と対処法について
国内には滑脳症のこどもをもつ家族の集まりとして滑脳症親の会 lissangel があ
ります。家族同士の連絡や滑脳症を広く知ってもらうための広報活動を行い,
ふだんはメーリングリストを通じての相談や情報提供が行われています。筆者
も 2005 年 2 月から活動に参加させていただき,主に医療面の相談に応じていま
す。これまでメーリングリストで寄せられた質問に対する返答を整理してまと
めてみました。
「点頭てんかん」
点頭てんかん,もしくはウエスト症候群は 1841 年にイギリスのウエスト医師が
自分の子供の病状を相談するために論文を書いたのが最初の報告です。点頭(け
いれん)発作・特徴的な脳波(ヒプスアリスミア)・発症後の発達停止の3つ
(ときに2つのみ)を示すことが特徴です。頻度は 2000 人から 4000 人に1人
の割合で,多くは乳児期に発症します。滑脳症以外にも脳の働きに支障がでる
さまざまな疾患にともない発症します。約 85%の患者さんは,新生児仮死など
の周産期障害や髄膜炎,代謝異常など,病歴や画像,血液検査で原因が推定さ
しょうこうせい
れるか点頭てんかん発症以前に神経学的な異常を認める 症 候 性 ウエスト症候
群です。DCX や LIS1 遺伝子異常が原因と考えられる古典型滑脳症では,90%
の患者さんで点頭てんかん(または類似の発作)が起こるとも報告されていま
す。上記のように,通常は1歳未満に発症し,幼児期での発症はまれです。点
頭てんかんの発作は,ヒクッという突然の短い筋収縮を10−20秒ごとに繰り
返します。10−20秒ごとに「繰り返す」ことを「シリーズ形成」とよび,他
のてんかん発作ではあまりみられない,点頭てんかんの特徴です。また,脳波
は全体に幅の広い大きな波が多く,本来の脳波活動は失われて,脳全体または
いろいろな場所からてんかん性のとがった波(棘波や鋭波)が出現し,乱れの
強い所見で,ヒプスアリスミアとよばれます。点頭てんかんを発症すると発達
がさらに遅れ,以前できていたこともできなくなるなど,脳機能への影響が大
きいため,急いで治療が必要です。治療は,ビタミンB6,抗てんかん薬(バ
ルプロ酸,ゾニサミド,クロナゼパム,他),ACTH(副腎皮質刺激ホルモ
ン)の筋肉注射が行われます。その他,免疫グロブリン投与(保険適応外)や
ケトン食療法などが試みられることがあります。
「胎児期のけいれん」
通常は,胎児期には,けいれんの一番大きな原因場所の大脳皮質の働きが弱い
ので,おなかの中ではてんかん発作(=脳の神経細胞の異常な興奮による発作)
としてのけいれん発作は少ないです。しかしながら,滑脳症を含む先天性の脳
形成障害では,大脳の異常が強いためか,それとも大脳以外の原因かは定かで
はありませんが,おなかの中にいるときからけいれん発作がときおりみられ,
胎児のけいれん発作の原因の約半数を占めます。一般的に胎児期のけいれんの
診断は,胎動と生まれてからの動きのリズム(一般的には規則的)が一致して
いるか,胎児期の検査(超音波や胎児心音解析)で疑われることが多いです。
しかし胎児のけいれんに関しては,不明な点も多く上2つにあてはまらなくて
も否定は難しいといえます。
「滑脳症でてんかんが生じる理由について」
最近,滑脳症でてんかんを併発しやすい理由が,部分的に明らかにされました。
滑脳症の原因遺伝子はいろいろあるのですが,LIS1(リスワン)遺伝子の欠失
を伴うミラーディーカー症候群で,大脳皮質の興奮を抑える細胞(インターニ
ューロン)に異常が生じることが明らかになりました。Acta Neuropathol. 2005
Mar1;
Interneuron
deficits
in
patients
with
the
Miller-Dieker
syndrome.Pancoast M, Dobyns W, Golden JA.短絡的なことは慎まないといけな
いのですが,インターニューロンはγアミノ酪酸(GABA)を伝達物質とし
ており,GABAの活動を高める薬が,ミラーディーカー症候群の患者さんで
より選択的に有効な可能性があります。筆者は,インターニューロンの発生に
関与し,滑脳症や点頭てんかん,精神遅滞の原因となる「ARX」遺伝子の研
究を現在行っており,今後,研究を進めて,病気や原因遺伝子毎の治療薬の選
択を可能にし,より早く,より合った薬を選んで,早く発作を止め,余計な副
作用を減らしたいと考えています。
「脳梁離断術」
最近は薬で治らないてんかんに対して,外科手術が行われるようになりました。
脳梁離断術もてんかんに対する手術法のひとつです。脳梁は,神経線維が束に
なって左と右の大脳半球を連絡している橋のような存在です。神経細胞の中核
である胞体は存在せず,細胞(胞体)が集まっている皮質や灰白質と異なり,
大脳白質に分類されます。脳梁離断術は,この脳梁にメスを入れて切ることで,
左と右の大脳間の連絡(情報のやりとり)を減らそうとするものです。脳梁全
部を切るのか,一部を切るのかなど,患者さんによって考慮されます。てんか
んは,神経細胞の過剰な興奮によって生じ,それが脳の一部に限局しているか,
脳全体に広がっているかで発作の型や治療法が異なります。脳梁離断がてんか
ん発作に有効な理由は,片方から始まった興奮が反対側の脳に広がるのを防ぐ
ためと考えられており,実際に,突然バタンと倒れる発作(失立発作もしくは
転倒発作)に対して有効です。他の発作に関しては,有効性は低いです。乳児
早期に脳梁離断が行われた場合は,それによる後遺症はほとんどないと考えて
よいでしょう。成人に行った場合は,高次機能障害が出現することがあります。
一例として,目を隠して左手に物を持ったときに,そのものが何かわかって使
うこともできるのに,その物の名前を言うことができないなどです。これは,
ことばを理解して作り出す脳が,多くの人で左側にあることから,生じてきま
す。脳梁離断によって運動障害がでることは,普通ありません。
「摂食障害と経腸栄養剤」
噛んだり飲み込む力が弱い場合は,生まれてすぐに鼻や口から胃まで細い管を
入れ,ミルクを注入することが必要かもしれません。はじめは口から飲めてい
ても,気管に誤嚥してむせることが多くなったり食べたり飲んだりできる量が
少なくて十分な栄養を口からとれなくなった場合も,鼻から胃まで管を挿入し
て液体の栄養剤を食事として使うこともあります。そうした管を使った栄養方
法を「経管栄養」といいます。1歳頃まではミルクで十分栄養が摂れますが,
年齢が上がるとミルクのみでは栄養が不足し,特別な栄養剤を使うことになり
ますので,(経管)経腸栄養剤について説明します。栄養剤にもさまざまな種
類が用意されており,エンシュアやラコールなどは,「半消化態栄養剤」とい
い,「成分栄養剤」と「天然濃厚流動食」の中間に位置します。「成分栄養剤」
の代表はエレンタールで,タンパク質が完全にアミノ酸として供給されます。
「天然濃厚流動食」の使用経験はないですが,濃度が濃すぎて,経管栄養では
使えないそうです。さて,「半消化態栄養剤」には,医薬品として処方され保
険適応で購入するものと,食品として完全に自費で購入するものの2種類があ
り,それぞれ各メーカーが特徴を競っていろんな種類があります。エンシュア
もラコールも医薬品です。このような栄養剤の副作用として,一番認められる
症状は下痢です。下痢対策として薄めたり,時間をかけて入れたりすることが
一般的です。薬(止痢剤)は最後の手段です。もっとも吸収されやすいのは「成
分栄養剤」であるエレンタールですが,経管ならともかく,とても口で飲めた
ものではありません。注入時間は1時間が一般的だと思いますが,事情が許せ
ば2時間もしくはそれ以上の時間をかけてゆっくり入れるのがもっとも効果的
です。24時間持続で入れるポンプも売られています。薄めるのは,浸透圧を
下げるためなので,スポーツ飲料等のジュースで薄めても意味がありません。
だいたい「半消化態栄養剤」を3−4種類試してダメならエレンタールに変えて,
それでもダメなら止痢剤を飲むことになります。薬では,塩酸ロペラマイド(ロ
ペミン)が有効です。どうしても下痢がひどくて,脱水や栄養失調になってし
まう場合に,最終手段として中心静脈栄養になります。もう一つの注意点とし
ては,「下痢」の程度です。便が多少水様でも尿量が確保されて体重が増えて
いれば,大きな問題はありません。ただし,回数が多いと,おむつかぶれやか
び(真菌症)の原因になりますから,上の方法でなんとか直す努力をします。
また,逆に注入で便秘になる人がいます。実際はこちらの方が多いです。下痢
をしていなければ,やはり経腸栄養剤は,人間が考えた産物で,完全なもので
はありません。筆者は,少しでも自然の摂理を取り入れるべく,チューブを通
るものは,できるだけいろんなものを食べさせてもらうようにしています。特
にココアときなこは不足しがちな銅や亜鉛をおぎなうので,薦められています。
そのほか,野菜ジュースやヤクルト,ヨーグルトなど,最近では黒酢ジュース
を飲ませているお母さんがいましたが,効果の程はわかりません。
いろう
「逆流防止術と胃瘻について」
けいびいかん
口から食べられない場合は,鼻から胃まで細い管(経鼻胃管。英語で nasogastric
tube なので,業界用語では,NGT と略します)を入れてミルクなり液体の食事
を注入するのですが,1週間に1回くらい交換が必要です。胃カメラを飲んだ
人ならわかると思いますが,いくら細いといっても手探りで入れるわけですか
ら,あちこちの鼻やのどの粘膜にぶつかりながら進むため,とても苦しい思い
ほほ
をします。また,頬や鼻など顔にその管を固定しますので,見た目もイマイチ
ですし,絆創膏で皮膚が荒れることがよくあります。また,鼻の皮膚や粘膜が
赤くなったり,出血することもままあります。背骨が曲がっていたり,口の中
が狭かったりすると,なかなか入らず,口からチューブの先が出たり,右の鼻
から入れたのに左の鼻から出てくるという医者泣かせのこともよくあります。
そのようなことから,ここ数年,手術で,おなかの皮膚の上から胃に直接穴を
あけて皮膚と胃をくっつけ,その穴に短い管を入れて食事を取る方法が日本で
も急速に広がってきました。そういう私も,外科の先生にお願いして広めてい
る一人です。問題点として,手術が必要でありそれに伴う危険が生じること,
にくげ
術後に肉芽ができて再手術が必要になる場合があること,適切な太さと長さの
管を用いないと胃から皮膚に栄養物が漏れ出すこと,胃瘻チューブを固定する
部分の皮膚が炎症をおこして赤くなったりただれることがあることなどがあり
ます。しかしそれらは適切に管理すれば,ほとんど予防できます。胃瘻チュー
ブには大きく4つのタイプがあり,在宅でみているこどもの場合は,ボタン型
かつバルーン型が多いと思います。ボタン型とは皮膚の表面に出ている部分は,
大きめのボタンくらいで,食事の際に長いチューブをボタンをはめるような感
覚で取り付けて,栄養を入れます。また,バルーン型とは,チューブが抜けな
いように止めておく方法の一つで,チューブの先端についた風船を,水を入れ
てお腹の中で膨らましておくタイプです。
逆流防止術は,胃から食道への病的な慢性の胃酸や食事内容の逆流(胃食道
ジーイーアール
逆流。英語の gastroesophageal reflux を略して G E R )があって,胃酸を抑
えるような内服薬では,ゼロゼロなどの呼吸障害や栄養障害が改善しないとき
に行われます。方法はいろいろ各施設,手術者で異なりますが,胃で食道を被
ニ ッ セ ン
うNissen法か,それを少し変えた方法が多く行われています。内視鏡か,開腹
するかは,お腹の中をいじるためのアプローチ方法の違いで,防止術自体には
大きな違いはありません。一般的には内視鏡の方が侵襲は少ないのですが,状
態によっては,逆に時間がかかって侵襲が大きくなることもあるので,ケース
バイケースで行われます。経鼻胃管 NGT が入っていると,逆流を誘発するので,
通常は,逆流防止術と胃瘻造設をいっしょに行います。だいたい80%位の患
者さんは逆流防止術がうまくいって呼吸が良くなり体重も増え始め,喜ばれま
す。20%の方では逆流が再発することもあります。
つっぱり(筋緊張の亢進)に対する治療薬 ̶ベンゾジアゼピン薬を中心に̶
筋肉のつっぱりには短期的には座薬のダイアップがよく効きます。ちなみに
ざやく
ダイアップ(座薬)は商品名で,薬としての一般名はジアゼパムです。薬屋さ
ん(製薬会社)によってはホリゾンやセルシンといった名前の飲み薬で売られ
ています。さて,ダイアップは短期的にはよく効くのですが,ダイアップの連
用(個人差もありますが毎日2週間以上使うような場合)により体が慣れてし
まって効き目が少なくなることがあります。その場合は2週間ほど使用を止め
ると再び効果が出てきますが,また毎日使っていると同じく効かなくなってき
ます。これを専門用語で「耐性」といいます。ジアゼパムやクロナゼパム(商
品名リボトリール,ランドセンなど),ニトラゼパム(商品名ネルボン,ベン
ザリンなど)など,ベンゾジアゼピン系薬剤の特徴です。ベンゾジアゼピン系
薬剤は,もともとは抗うつ薬として不安症状の治療に用いられたのですが,ほ
かにも抗けいれん作用や鎮静睡眠作用があり,幅広く用いられています。ちな
みにネルボンという商品名は,こども(ボン)が寝る(ネル)から名付けられ
たといううわさがあります。
つっぱりで機嫌が悪いのであれば,ダントリウムが筋弛緩薬としては比較的
効果が期待できます。これは耐性がないので,長期に使うこともできます。寝
かせるだけならエスクレ座薬もありますし,メラトニン(国内では未発売なの
サ
プ
リ
メ
ン
ト
で輸入が必要ですが,米国などでは健康補助食品としてスーパーでも売られて
おり,インターネットで購入可能です)も睡眠剤として有効ですので,主治医
の先生に尋ねてみてください。
滑脳症の原因
「遺伝子検査」
遺伝子検査は,皆さん悩まれるとは思いますが,正確な診断という点に関して
は,多くの滑脳症で重要な検査です。しかし検査したくてもできない場合がい
くつかあります。1.まだ遺伝子がわかっていない,2.遺伝子がわかってい
ても,遺伝子が大きくて調べられない(大きさに比例して時間とお金がかかる
ため),3.研究目的が終わって,調べてくれる研究者がいなくなった,4.
お金を出せば,外国(アメリカ)で調べられるが,費用が高すぎる,などです。
どうして2から4のようなことが起きるのか,実状を説明します。アメリカは,
ビジネスライクなので,まさに金(研究費)の切れ目が検査の切れ目になって
おり,研究(費)が終わるとその検査をやめるか,検査費用を負担してもらっ
てビジネスとして別部門で続けるかのどちらかです。研究費がなくなれば,研
究者自身が路頭に迷う国ですので,仕方ないのですが,逆にビジネスとして成
り立つときはお金さえ出せば,永続的に検査が可能です。健康保険に加入し保
険会社が認めれば,検査費用も保険で支払われます。一方,日本は,研究者の
博愛精神で,他の研究費を流用して細々と続けることもありますが,研究費(多
くは税金)は研究計画書を出して,審査して認められたことをやるのが原則で
すから,流用がばれた場合は契約違反(税金の目的外使用)として罰を受ける
ことも覚悟しなくてはいけません。10年前は LIS1 遺伝子の検査を複数で行っ
ていたのが,今は日本では誰も調べず,アメリカでお金を取ってやっているの
ジ
ー
バ
ン
ド
フ ィ ッ シ ュ
は,そのような事情です。G−bandやFISHといった染色体検査に関して
は,日本でも保険が利きますので,調べられます。しかし遺伝子レベルの検査
は,保険が利きません。まれに高度先進医療扱いで国内でも検査できる場合が
ありますが,数万円から十数万円かかります。アメリカでも自分の加入してい
る保険でカバーされないと十数万から数十万円払うことになります。一番理想
的なのは診断に有用な遺伝子検査も普通に保険でカバーされることです。遺伝
子検査を希望する場合で,お薦めなのは,まず臨床診断として,その診断が確
定なのか,どこまで絞り込めるのかをはっきりさせておくことです。滑脳症に
関しては,主に脳MRIで遺伝子を絞り込めます。また,それによって遺伝相
談の上で,染色体検査のみで遺伝子検査をしなくてもよいことがあります。滑
脳症は一つの病気ではなく,たくさんの原因で細かく分かれますので,上に述
べた「滑脳症の分類」を知って欲しいと思います。滑脳症の分類は複雑で日進
月歩ですので,専門家に相談することをお勧めします。現時点で遺伝子がわか
らなくても血液を専門の研究機関に送ってもらって,保存しておいてもらうと,
それらは研究費を用いて優先して無料で解析されますし,新たな原因がわかる
大きな手がかりにもなりますので,個人的には一番のお薦めだと考えています。
アメリカでは,患者さんと医師と基礎研究者がスクラムを組んで,次々と滑脳
症の原因を明らかにし,患者さん達に情報が還元されています。日本でも,今
年ようやくそのきざしが芽生えました。いつか画期的な治療法が開発されるよ
うに力を合わせたいと思います。
2007(H19)年9月11日
山形大学医学部小児科
加藤光広