古い映画フィルムの高解像度ディジタルスキャン High Resolution Digital

2006年6月26日(月)
ITE Technical Report Vol.30, No.32, PP.1~4
IST2006-16, ME2006-108 (Jun. 2006)
社団法人映像情報メディア学会技術報告
古い映画フィルムの高解像度ディジタルスキャン
阿部
正英†
川又
僚太†
庄子
弘毅†
川又
政征†
太田
直久‡
小野
定康‡
†東北大学大学院工学研究科 〒980-8579 仙台市青葉区荒巻字青葉 6-6-05
‡慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構 〒108-8345 東京都港区三田 2-15-45
E-mail:
†{masahide, ryouta, kouki, kawamata}@mk.ecei.tohoku.ac.jp, ‡{ono, naohisa}@dmc.keio.ac.jp
あらまし 本稿では,35mm の古い映画フィルムを 4096×3112 の解像度でディジタルスキャンを行った結果につ
いて述べる.まず,スキャンに用いるフィルムについて概説する.次に,実際のフィルムスキャン作業について説
明する.最後に,同一ソースの 16mm フィルムのテレシネ映像や 2048×1832 の解像度におけるスキャン結果の映像
と比較する.
キーワード 古いフィルム映像,ディジタルスキャン,映像修復,デジタルシネマ
High Resolution Digital Scan of Old Movie Films
Masahide ABE† Ryouta KAWAMATA†
Naohisa OHTA‡
Kouki SYOJI†
Masayuki KAWAMATA†
and Sadayasu ONO‡
†Graduate School of Engineering , Tohoku University 6-6-05 Aoba, Aramaki, Aoba-ku, Sendai 980-8579 Japan
‡Research Institute for Digital Media and Content (DMC) 2-15-45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108-0073 Japan
E-mail:
†{masahide, ryouta, kouki, kawamata}@mk.ecei.tohoku.ac.jp,
‡{ono, naohisa}@dmc.keio.ac.jp
Abstract In this report, we will explain digital scan result of a 35mm old movie film using a digital scanner which
satisfies the 4096×3112 resolution. First, we will explain the processes prior to the film scanning. After that, we will explain
the practical process of film scanning itself. Finally, we will make comparisons of the scan result with video from telecine
process of a 16mm film which is from the same source, and with the video from the result of 2048×1832 resolution digital
scan.
Keyword Old Film Sequences,Digital Scan,Motion Picture Restoration,Digital Cinema
1. ま え が き
数を持っている.一方,ディジタル化にかかる時間は
現在,映画フィルムのうち初期に作られたものの多
長 く な る .ま た ,ス キ ャ ン で は フ ィ ル ム の 1フ レ ー ム を
くが素材の経年劣化などにより画質の劣化や損失を受
1枚 の 画 像 と し て 取 り 込 む の に 対 し ,テ レ シ ネ で は ビ デ
けている.このような状況において,映画フィルムの
オ信号への変換のためのインタレース化とレート変換
ディジタル的な保存および修復が求められている.著
をなされた画像が得られる.修復や編集を必要とする
者らの研究グループではこれまで,フレームごとの位
映像については,その過程においてインタレース化と
置ずれやフリッカ,ブロッチなどの古いフィルム映像
レート変換が問題となる場合がある.
テレシネやスキャンにより得られるディジタル映像
特 有 の 劣 化 の 修 復 に 取 り 組 ん で き て い る [1-4].
ま た , 2005年 に デ ジ タ ル シ ネ マ の 規 格 が 定 め ら れ た
は,ディジタル化の方法だけでなく元となるフィルム
[5].既 に 一 般 の 映 画 館 に お い て も こ の 規 格 に 従 っ た デ
の状態と種類の影響もうける.通常,テレシネやスキ
ジタルシネマの上映が開始されている.この規格にお
ャンには傷や汚れが少ない若い世代のフィルムを用い
ける解像度や階調数は,フィルム映像をディジタル化
る.しかし,古い映画フィルムの場合は上映用に使わ
する際の指標として用いることができる.
れていたフィルムのみが残っている場合がほとんどで
フィルム映像のディジタル化の主な方法としてテレ
ある.上映用のフィルムは数回の複製を経て作成され
シネとスキャンがある.これらは得られるディジタル
るため,複製による劣化を避けられない.さらに,フ
映像の解像度や階調数,ディジタル化にかけられる時
ィルムに付着した埃や上映時についた傷はブロッチや
間に応じて使い分ける必要がある.一般に,スキャン
スクラッチといった劣化を生じる.また,フィルムに
によって得られる映像の方が高い解像度と大きな階調
はサイズやネガ,ポジといった違いにより様々な種類
が存在する.同じ映像でも記録されているフィルムの
-1-
種類により,得られるディジタル映像は異なったもの
ィ ル ム か ら 作 成 さ れ た 2本 の フ ィ ル ム を ス キ ャ ン 対 象
となる.
とする.
本 稿 で は ま ず ,ス キ ャ ン に 用 い る 16mmポ ジ フ ィ ル ム
「観光仙台」は撮影当時の仙台の風景などを記録し
と 35mmネ ガ フ ィ ル ム に つ い て 概 説 す る .次 に ,上 記 フ
た も の で あ る .フ ィ ル ム は 1941年 製 の 可 燃 性 35mmプ リ
ィルムの実際のスキャン作業について説明する.最後
ン ト フ ィ ル ム で あ り ,そ の 全 フ レ ー ム 数 は 13224フ レ ー
に ,そ れ ぞ れ の ス キ ャ ン 映 像 ど う し や ,16mmポ ジ フ ィ
ムである.このフィルムのオリジナルネガにあたるフ
ルムのテレシネ映像とを比較する.
ィルムは現在のところ所在不明であるため,このフィ
2. フ ィ ル ム に つ い て
ルムが最も若い世代のフィルムであると考えられる.
2.1. フィルムの品 質 による分 類
また,このフィルムにはフレームごとの位置ずれやフ
一般に上映用のフィルムは編集等の目的によって
撮影機で撮影されたネガフィルムを複数回フィルム複
リッカ,ブロッチ,スクラッチといった古いフィルム
映像特有の劣化が生じている.
製することによって作成される.撮影機で撮影された
本 稿 で ス キ ャ ン 対 象 と す る フ ィ ル ム は 35mmプ リ ン
ネガフィルムはオリジナルネガと呼ばれ,後段の加工
ト フ ィ ル ム か ら 作 成 さ れ た 以 下 の 16mmプ リ ン ト フ ィ
素材のもとになる.また,上映用のフィルムはプリン
ル ム お よ び 35mmデ ュ ー プ ネ ガ の 2本 で あ る .
ま ず , 16mmプ リ ン ト フ ィ ル ム は 35mmプ リ ン ト フ ィ
トフィルムと呼ばれる.
オリジナルネガからプリントフィルムを作成する
ルムから作成された不燃性のポジフィルムである.そ
には,デュープポジおよびデュープネガと呼ばれる中
の た め 35mmプ リ ン ト フ ィ ル ム に 比 べ て 少 な く と も 2世
間フィルムを介する.この際,アナログ素材の複製に
代 進 ん で い る .ま た ,16mmプ リ ン ト フ ィ ル ム に は 35mm
伴う劣化が生じ,その劣化は複製回数ごとに累積され
プリントフィルムについた傷がフィルム複製時に写り
る.フィルム複製によって生じる劣化は複製回数に応
こ ん だ こ と に よ る 劣 化 と 16mmプ リ ン ト フ ィ ル ム の 上
じて世代という用語によって分類される.オリジナル
映時についた傷による劣化が生じている.そのため,
ネ ガ を 第 1世 代 と し て 複 製 を 重 ね る ご と に 世 代 数 は 順
16mmプ リ ン ト フ ィ ル ム は 35mmプ リ ン ト フ ィ ル ム に 比
次 増 加 す る [6] .
べて傷による劣化の度合いが高い.
2.2. フィルムの構 造 について
フィルムは像を記録するための感光膜とその感光
膜 を 支 持 す る た め の フ ィ ル ム ベ ー ス の 2層 構 造 と な っ
ている.感光膜にはハロゲン化銀の微細な結晶粒子を
分散させたゼラチン液が用いられている.また,可燃
性フィルムのフィルムベースには三酢酸セルロースな
どが用いられ,不燃性フィルムのフィルムベースには
ポ リ エ ス テ ル な ど が 用 い ら れ て い る [6] .
2.3. フィルム複 製 の方 法 について
一般にフィルム複製の方法にはドライプリンティ
つ ぎ に , 35mmデ ュ ー プ ネ ガ は 35mmプ リ ン ト フ ィ ル
ム か ら 作 成 さ れ た 不 燃 性 の ネ ガ フ ィ ル ム で あ る .35mm
プリントフィルムは可燃性のフィルムであるため,ス
キャン作業の都合上,不燃性のフィルムを作成した.
こ の デ ュ ー プ ネ ガ は 35mmプ リ ン ト フ ィ ル ム に 比 べ て 1
世 代 進 ん で い る .な お , 35mmデ ュ ー プ ネ ガ 作 成 の 際 に
はフィルムベースについた傷を化学的に修復するため
にウェットプリンティングによってフィルム複製した.
3. フ ィ ル ム ス キ ャ ン 作 業 に つ い て
3.1. 16mm プリントフィルムのスキャン
「 観 光 仙 台 」16mmプ リ ン ト フ ィ ル ム の ス キ ャ ン に は
ングによる方法とウェットプリンティングによる方法
がある.
Eastman Kodakと Philipsの Spirit Data/Cineを 使 用 し た .
ス キ ャ ン デ ー タ は 256階 調 で 720×486の 解 像 度 と
ドライプリンティングは密着させた複製対象とな
るフィルムと焼付け対象となるフィルムとに光を照射
1024階 調 で 2048×1832の 解 像 度 の 2つ で あ り ,両 者 と も
して複製する方法である.
フ ォ ー マ ッ ト は Cineon形 式 で あ る .ま た ,35mmプ リ ン
一方,ウェットプリンティングはその密着させたフ
トフィルムには明るさ調整のためのリファレンスチャ
ィルムをフィルム素材と同じ透過率を持った液体で満
ートが用意されていないため,シーンごとの明るさを
たして複製する方法である.そのため,ウェット液を
階調値の分布が階調値のダイナミックレンジに均等に
付着させることによって焼付けの際に複製対象のフィ
収まるように主観的に調整した.なお,スキャン後の
ルムベースについた傷が原因で生じる照射光の拡散を
処 理 と し て 256階 調 (8bit)の Cineon形 式 の 画 像 は 256階
軽減することができる.なお,ウェット液には四塩化
調 (8bit)の TIFF形 式 の 画 像 に 変 換 し た .ま た ,1024階 調
エ チ レ ン な ど が 用 い ら れ る [6] .
(10bit)の Cineon形 式 の 画 像 は 65536階 調 (16bit)の う ち
2.4. 使 用 フィルムについて
上 位 10bitに 階 調 値 が 格 納 さ れ ,下 位 6bitに 0が 格 納 さ れ
本 稿 で は 仙 台 市 博 物 館 所 蔵 の 35mmプ リ ン ト フ ィ ル
て い る TIFF形 式 の 画 像 に 変 換 し た .
ム「観光仙台」をマスターポジとみなし,このポジフ
-2-
文
3.2. 35mm デュープネガのスキャン
献
[1] Mizuki HAGIWARA, Masahide ABE, and Masayuki
KAWAMATA :“ Estimation Method of Frame
Displacement for Old Films Using Phase-Only
Correlation” , Journal of Signal Processing, 8, 5,
pp .421-429, (Sep. 2004)
[2] Mizuki HAGIWARA, Masahide ABE, and Masayuki
KAWAMATA : “ Shot Change Detection and
Camerawork Estimation for Old Film Restoration”,
電 子 情 報 通 信 学 会 技 術 研 究 報 告 , SIP2004-80,
ICD2004-112, IE2004-56, pp.25-30(Oct.2004)
[3] 浜 口 洋 司 , 阿 部 正 英 , 川 又 政 征 :“ 古 い フ ィ ル ム
映像における動きに対してロバストなフリッカ
パ ラ メ ー タ 推 定 ”, 電 子 情 報 通 信 学 会 技 術 研 究 報
告 , 104, SIP2004-81, pp31-36(Oct.2004)
[4] 阿 部 正 英 , 目 黒 洋 一 , 川 又 政 征 :“ 移 動 物 体 検 出
と時間領域メジアンフィルタを用いた古いフィ
ル ム 映 像 の ブ ロ ッ チ 除 去 ”, 電 子 情 報 通 信 学 会 誌 ,
J88A, 1, pp11-22(Jan.2005)
[5] Digital Cinema Initiatives, LLC:“ Digital Cinema
System
Specification
V1.0”
,
http://www.dcimovies.com/DCI_Digital_Cinema_Sy
stem_Spec_v1.pdf (July,2005)
[6] P. Read and M.-P. Meyer,:“ Restoration of Motion
Picture Film” , Butterworth Heinemann(2000)
「 観 光 仙 台 」 35mmデ ュ ー プ ネ ガ の ス キ ャ ン に は
IMAGICAの IMAGER XEを 使 用 し た .
ス キ ャ ン デ ー タ は 1024階 調 で 4096×3112の 解 像 度 で
あ り , フ ォ ー マ ッ ト は Cineon形 式 で あ る . ま た , 明 る
さ 調 整 は 全 シ ー ン に 対 し て IMAGER XEの 初 期 設 定 を
用 い た .な お ,ス キ ャ ン 後 の 処 理 と し て 1024階 調 (10bit)
の Cineon形 式 の 画 像 は 65536階 調 (16bit)の う ち 上 位
10bitに 階 調 値 が 格 納 さ れ ,下 位 6bitに 0が 格 納 さ れ て い
る TIFF形 式 の 画 像 に 変 換 し た .
4. ス キ ャ ン 結 果 の 比 較
「 観 光 仙 台 」 の デ ィ ジ タ ル 映 像 は , 16mmプ リ ン ト
フ ィ ル ム を 元 に し た 720×486の 解 像 度 ,256階 調 の ス キ
ャ ン デ ー タ お よ び テ レ シ ネ デ ー タ と , 2048×1832の 解
像 度 , 1024階 調 の ス キ ャ ン デ ー タ , 35mmデ ュ ー プ ネ
ガ を 元 に し た 4096×3112の 解 像 度 , 1024階 調 の ス キ ャ
ンデータがある.本章ではこれらの映像の比較から,
デ ィ ジ タ ル 化 の 方 法 や 解 像 度 ,フ ィ ル ム の 種 類 の 違 い
がディジタル映像に与える影響について考察する.
まず,ディジタル化の方法の違いについて述べる.
ス キ ャ ン で は フ ィ ル ム の 1フ レ ー ム を 1枚 の 画 像 と し て
取り込むのに対し,テレシネではビデオ信号への変換
のためのインタレース化とレート変換をなされた画像
が得られる.修復や編集において,インタレース化さ
れた画像を処理することは困難である場合が多い.そ
のため,テレシネ映像については修復や編集のために
インタレース化とレート変換の逆変換を行う必要があ
る.逆変換による劣化と手間を避けるため,修復や編
集を必要とする場合には,スキャンによって得られる
ディジタル映像を用いることが望ましい.
次 に ,同 一 の フ レ ー ム に つ い て ,16mmプ リ ン ト フ ィ
ル ム を 元 に し た 720×486お よ び 2048×1832の 解 像 度 の
ス キ ャ ン デ ー タ と , 35mmデ ュ ー プ ネ ガ を 元 に し た
4096×3112の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ を 比 較 す る . 図 1
は 720×486の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ か ら 一 部 を 切 り
出 し た も の で あ る . 図 2と 図 3は , そ れ ぞ れ 2048×1832
と 4096×3112の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ か ら , 図 1の 左
上 部 分 に 該 当 す る 一 部 分 を 図 1と 同 じ 画 素 数 で 切 り 出
したものである.
図 2と 図 3で は 画 像 中 に 道 が あ る こ と が は っ き り と 分
か る が , 図 1で は 確 認 が 困 難 で あ る . ま た , 図 2の 左 側
に あ る 橋 を , 図 3で は よ り 鮮 明 に 見 る こ と が で き る .
ま た ,図 3は 図 1と 図 2に 比 べ ,フ ィ ル ム の 傷 に よ る 劣
化 が 少 な い こ と が 分 か る . こ れ は ,ス キ ャ ン に 用 い た
フィルムの世代が若いこと,変換過程でウェットプリ
ンティングにより化学的な修復がなされているためで
ある.
-3-
図 1. 720×486 の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ の 一 部
図 2. 2048×1832 の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ の 一 部
図 3. 4096×3112 の 解 像 度 の ス キ ャ ン デ ー タ の 一 部
-4-