FO01 ナノ微粒子の魅力 ―10億分の1メートルの世界― ○栗原正人 山形大学理学部物質生命化学科(〒990-8560 山形市小白川町 1-4-12) 10 億分の 1 メートル(1 m) = 1 ナノメートル(1 nm)の長さの単位で表わされる粒 子、ナノ微粒子が次世代の産業を支える基盤材料として、その世界的な開発競争が進 められている。仮に、地球が直径 1 m の球状の物体だとすると、その 10 億分の 1 の 大きさ物体はパチンコ玉ほどの大きさになってしまう。ナノ微粒子とは如何に小さな 粒子であるか?我々は、場合によりウィルスよりも大きさが小さく、光学顕微鏡で拡 大しても見えない、電子顕微鏡で拡大してようやく観察できる世界を扱っている。 モバイル型電子機器の世界的普及とその爆発的な市場拡大に伴い、電子デバイスの 小型化・高性能化と同時に軽量化に向けた技術革新が進んでいる。一方で、我が国の エレクトロニクス技術ではその主力であった半導体産業が、ここ最近では、家電を始 めとする基幹産業が、周辺諸国にその競争力において劣勢を強いられる状況になって いる。こうした劣勢を跳ね返す革新技術として、「プリンテッドエレクトロニクス」 実現への期待がますます高まっている。プリンテッドエレクトロニクスはどんな材 質・形状の基板であっても印刷によって回路・塗布膜形成を可能にする技術の総称で あり、その実現により、電子デバイスなどの製造工程が劇的に簡便・時間短縮化され、 省資源・省エネルギーも同時に達成できることから、グリーン・イノベーションに繋 がる技術である。 そのデバイス電極作製において、銀ナノ微粒子が,その実用化への最優先材料とさ れ注目を集めている(図 1)。我々が目にする大きさ(バルクサイズ)の金属銀の融点 は 962℃である。それがナノ 銀ナノ微粒子表面を覆う保護分子 (c) (a) NH メートルサイズになると「ナ S ノサイズ効果=融点降下」が O 銀ナノ微粒子の走査透過電子 C 顕微鏡像(FE-STEM 像) 起こる。銀ナノ微粒子の表面 O (b) (界面)に露出している銀原 銀ナノ微粒子(40-50 子には自由度があり、内部の 重量%)の独立分散 液(インク)の写真.分 金属結合の束縛が弱く動き 子やイオンのように ナノ微粒子が溶剤に やすい。そのため、室温でも 安定に溶解(分散)し ている.色調は表面 100 nm ナノ微粒子お互いが自発的 プラズモンバンド(吸 収極大波長 400 nm) 融着→粒子サイズが大きく に由来する濃黄色. 図 1 銀ナノ微粒子の電子顕微鏡像と分散液. なる(表面積の減少)に伴い、 2 XXX XX X X X X X XX X X XX XXX XX X X X X X XX X X XX XXX XX X X X X X XX X X XX XXX XX X X X X X XX X X XX XXX XX X X X X X XX X X XX エネルギー(熱)を放出する。銀ナノ微粒子はその表面を安定化する分子(保護分子) で覆うことで、お互いの自発的融着を阻害すれば、あたかも分子やイオンのように多 様な溶剤に高濃度で溶解(分散)させることができる(図 1c)。 この銀ナノ微粒子の分散液を用いてインクジェット印刷すると、インク溶剤揮発後 に残る銀ナノ微粒子は、低温加熱または加熱なしでも相互融着し導電銀微細配線に変 化するため(図 2) 、熱に弱く軽量・安価・透明・フレキシブル樹脂基板・繊維のほか、 紙にも電子デバイスを構成できるようになる。 インクジェット印刷 表面保護分子層 銀ナノ微粒子 フレキシブル樹脂基板 保護分子除去 銀ナノ微粒子微細印刷 図2 低温加熱 (100℃以下) ナノ微粒子同士 の融着 微細導電配線 銀ナノ微粒子の分散液とその低温融着性を利用したインクジェット印刷による導電微細配線. プリンテッドエレクトロニクスによるグリーン・イノベーション推進のため、我々 は、「低炭素化→有機反応溶媒(特に化石燃料由来の不再生溶媒)の排除」=低環境負 荷を積極的に志向したナノ微粒子の高収率・簡便・大量製造技術の開発を進めており、銀 ナノ微粒子1)の他に、プルシアンブルー(PB) 2)においてもこれに成功している。 シュウ酸架橋銀アルキルアミン錯体自己熱分解法の発明により、有機反応溶媒を排除し た経路で、それがアルキルアミン保護銀ナノ微粒子に直接変換できることを見出した(式1)。 本合成法では、銀基準収率でほぼ 100%を達成、銀ナノ微粒子の単離・精製も極めて簡便 で済み、大量合成に適している。 Ag2(C2O4) + アルキルアミン → [(アルキルアミン)AgI(-C2O4)AgI(アルキルアミン)] → (式 1) 自己熱分解→ アルキルアミン保護銀ナノ微粒子 + 2CO2↑ シュウ酸銀は古典的配位化合物であるが、ナノテクノロジー分野にとってはまだ新しい可能 性を秘めていた。架橋シュウ酸イオンの分解脱離で生じる CO2 は反応系外に除去され、必 要成分の銀ナノ微粒子とアルキルアミンのみが残る。熱分解も低温(100℃以下)・短時間 (10 分程度)で完結する。 プルシアンブルー(PB)は、高校の理科の教科書にも掲載される馴染みの深い青色顔料 である。我々は、PB ナノ微粒子がセシウムイオンを高効率且つ選択的に吸着できる材料で あることも見出している。 本講演では、山形大学で特許出願している銀ナノ微粒子の合成法やその技術による産 業化への取り組みを中心に紹介する。また、時間があれば、PB についても簡単に触れる予 定である。 1) M. Itoh, T. Kakuta, M. Nagaoka, Y. Koyama, M. Sakamoto, S. Kawasaki, N. Umeda, and M. Kurrihara, J. Nanosci. Nanotechnol. 9, 6655-6660 (2009). K. Kanaizuka, S. Yagyu, M. Ishizaki, H. Kon, T. Togashi, M. Sakamoto, and M. Kurihara, Appl. Phys. Lett. 101, 063103(4 pages) (2012). K. Fukuda, T. Sekine, Y. Kobayashi, D. Kumaki, M. Itoh, M. Nagaoka, T. Toda, S. Saito, M. Kurihara, M. Sakamoto, and S. Tokito, Organic Electronics 13, 1660-1664 (2012). 2) M. Ishizaki, K. Kanaizuka, M. Abe, Y. Hoshi, M. Sakamoto, T. Kawamoto, H. Tanaka, and M. Kurihara, Green Chem. 14, 1537-1544 (2012).
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