中島 徹 - アサヒグループ芸術文化財団・アサヒグループ学術振興財団

ナカジマ
トオル
中島
徹
略 歴
2005年3月
東京大学大学院修士課程修了
2005年4月
東京大学大学院博士課程
2005年4月∼2006年3月 共同研究者
東京大学大学院 技術補佐員
梶浦 雅子・伊藤 勤
2005年11月∼2007年3月 (東京大学大学院 大学院生)
森林総合研究所 非常勤職員 J.S.Lee
(東京大学大学院 研究員)
柴田 彩子
(日本上流文化圏研究所 研究員)
鹿又 秀聡
(森林総合研究所 研究員)
角張 嘉孝
(静岡大学農学部 教授)
京都議定書・CO2 吸収源としての森林評価
−社会経済的要因を考慮したCO2 吸収量算定モデルの開発−
The estimation of the Managed forest as carbon sink in The Kyoto Protocol.
The objective of this study was to estimate a carbon sink based on the activities described by
Article 3.4 of the Kyoto Protocol (FM lands). Plantation forests which have implemented
silvicultural practices such as planting, weeding, pruning, pre-commercial thinning and thinning
since 1990 were counted as FM lands. We used two methods of counting of carbon sink, one
based on the 3-PG model focusing on the climate data, and one based on the LYCS (Local Yield
Construction System) applied to Sugi, Hinoki and Karamatsu in Japana. In addition, this research
estimated the amount of money gained by selling off CO2 eco right according to the carbon sink.
As a result, we found that the CO2 emission trading system would be an incentive for improving
the carbon sink of forests in the Kyoto Protocol.
はじめに
地球温暖化問題において、森林の炭素固定機能が注目されている。我が国は、京都議定書に基
づき2008年から2012年の間に二酸化炭素の排出を1990年比で6%削減することを課される一方で、
森林による二酸化炭素の吸収を3.9%まで算入することを認められている(UNFCCC,2002)。現実に
は、二酸化炭素の主な排出源である運輸部門、民生部門だけで6%の削減を達成することは困難
であるため、森林による吸収を3.9%の上限まで確保することが求められる。
1
他方、削減目標を達成できない場合の柔軟措置として排出権取引・共同実施・クリーン開発メ
カニズムからなる京都メカニズムが設けられている。特に京都議定書・第一約束期間(2008年∼
2012年)には、森林のCO2吸収量が商品として取引の対象となる可能性があり、国際的なCO2排出
権取引市場も複数成立している。このような環境税や森林環境ビジネスの成立は、森林の木材生
産機能だけでなく、炭素固定をはじめとする公益的機能にも正当な社会的・経済的評価を与えよ
うとするもので、低迷する林業への追い風として注目される。したがって、実社会の枠組みのな
かで森林の炭素固定能力を定量化し、経済的に評価できる手法を開発することは重要である。
そこで、本研究は、京都議定書の規定に沿って森林が獲得し得る排出権を計上し、排出権取引
市場が国レベルの3条4項林のCO2吸収量に与える影響を推定することを目的とする。具体的には
気象要因と人為的要因を同時に考慮した森林資源予測システムを検討し、排出権取引制度等の社
会・経済的要因が国レベルの京都議定書CO2吸収量に与える影響を予測した。
3条4項林によるCO2 吸収量の算定モデルの開発
京都議定書における国内吸収源は、それぞれ京都議定書3条3項、3条4項に規定された1990年以
降の新規植林、再植林および森林減少に該当する森林(以下3条3項林)(J.S.Lee et al, 2005)と、
1990年以降に森林経営等の行われた森林(以下3条4項林)(中島ら、2005,Nakajima et al, 2005)で
。わが国では3条3項林はごくわずかである上、森林
ある(UNFCCC, 2002 ; Houghton et al, 1997)
への転入面積よりも、森林減少に相当する森林からの転出面積が上回ることが確実であるため排
出源になると予想される(森林総合研究所、2000)
。これに対し3条4項林による吸収量は、3条3
項林の排出量を相殺する吸収量+13.0(百万t-C/yr)まで認められている。この13.0(百万t-C/yr)
は、削減目標の3.9%に相当することから、我が国では3条4項林が実質的な吸収源となる。
そこで、本研究では3条4項林の対象となる植栽、下刈り、枝打ち、除伐、間伐等の森林施業面
積をもとに、1990年から2000年までのこれら施業によって3条4項林に算入される森林面積を推定
する。
(1)気象条件を考慮した3条4項林CO2吸収量算定モデルの構築
気象条件を考慮して森林資源を予測するためのモデルとして、海外ではProcess-based
model(PBM)が盛んに利用されている。PBMは森林生態系の水・炭素・窒素の循環をシミュレー
トし、森林の水利用や炭素固定量を推定するモデルである。しかし、わが国では既存の林業統計
データなどを参考にProcess-Based Modelの適用を試みた例はあるものの(梶浦ら、印刷中)、気象
データ、固定試験地データの実測値を用いて現実林分に対する適合性を検証した例は少ない。そ
こで、ここではProcess-Based Modelをわが国の人工林に適用し、気象要因を考慮した森林の成長
モデルを構築することを目的とした。具体的には、多様な林分密度の直径・樹高等を推定できる
3-PGモデルを東京大学演習林スギ人工林試験地に適用し、現地林分との適合性を検証した。
本研究で用いる3-PGモデル(N.C.Coops et al, 1998)はProcess-Based Modelのなかでもとくに森林
の成長に関する実測値と比較が容易な胸高直径、樹高等の情報を出力できるという特徴がある。
3-PGは、気象条件、土壌条件、間伐回数等を入力して実行すると、平均直径、樹高、材積等を出
力するプログラムで、対象とする人工林の施業目的に適した間伐計画の指針を提供することがで
2
きる。3-PGによって森林資源予測を行なうためには、対象地域や樹種の生態学的な成長予測パラ
メータを組み込む必要がある。まず、スギ固有のパラメータについては既往研究を参考に設定し、
土壌水分に関するパラメータは、埴壌土の場合の数値を用いた(梶浦ら、印刷中)。さらに、次節
では固定試験地で測定した温度、湿度、降水量等からなる気象データを用い、3-PGによる推定結
果を平均直径、樹高等の実測値によって検証した。
(2)システム収穫表LYCSを活用した森林CO2吸収量算定シミュレーションの検討
林分の成長モデルによって収穫を予測するコンピュータプログラムの総称をシステム収穫表と
いう。システム収穫表は多様な密度管理が行なわれる林分において、任意の間伐計画に応じた成
長予測を可能にした。システム収穫表は数多
く開発されているが、なかでもLocal Yield
Table Construction System (LYCS)は気象要
因を考慮していない反面、Process-Based
Modelにくらべて必要とするパラメータが少
なく、広範囲の森林成長予測を行ううえで現
実的である。LYCSは東大千葉演習林のスギ、
ヒノキで成長モデルが開発され(白石 1986)、
汎用性の高い資源予測ツール、経営戦略ツー
ルとして普及しつつある(松本・中島、2005;
中島・白石、印刷中;中島ら、2006b)。ここで
は、同モデルによる推定値と実測値を比較す
ることによってモデルの検証を行うととも
に、異なるデータソースによって推定された
図-1 3-PGとLYCSによる人工林の樹高推定と実測値との比較
3-PGの出力結果との比較を行った。3-PGと
LYCSの樹高成長に対する適合度を示した例
を図-1に示す。図において、推定値の実測値
に対する適合性をあらわす指標として10%の
誤差範囲を付記した。図-1をみると、LYCS
と3-PGの推定値は誤差率は概ね10%の範囲内
に収まっており、実測値とほぼ一致している。
次に、これらパラメータを用いて直径成長
の予測を行なった結果を図-2に示す。図にお
いて本モデルによる直径成長の推定値と実測
値を比較すると、誤差率はいずれも約10%の
範囲内に収まっており良好な推定結果である
といえる。このように、本研究で採用したパ
ラメータによって林分密度に応じた直径成長
図-2 3-PGとLYCSによる人工林の平均直径推定と実測値との比較
を表現できることが実証的に確認された。以
3
上より、気象条件をはじめとする生態的要因を考慮した多様な密度管理方法に対応した資源予測
が可能となった。また、LYCSには気象条件を考慮するパラメータは組み込まれていないものの、
現実の予測においては、実用面での推定精度は3-PGと大きく異ならないことが明らかになった。
そこで、次節では、このLYCSの適用範囲を拡張した上で、国レベルの森林の成長量を予測する
こととする。
(3)システム収穫表LYCSの適用範囲の拡張
LYCSは、全国各地のスギに適用され、いずれも良好な推定結果が得られている。ただ、ヒノ
キについては東京大学千葉演習林で適用が試みられているものの、国レベルへの拡張には至って
いない。そこで、本研究では東京大学秩父演習林等の固定試験地においてパラメータを推定し、
カラマツ人工林に対しLYCSを拡張した。
LYCSの各種パラメータの関係式は以下のようになる。
樹高成長曲線
[1]
H=M (1−L exp(−kt ))
H :樹高(m)
、t:林齢(年)
、M、L、k:パラメータ 本数減少曲線
[2]
N=exp(a(1+b exp(−ct )))
N:立木本数、a、b、c:パラメータ
本数密度と平均胸高直径の関係
[3]
log N+a log D=K
、a、K:パラメータ
D:平均胸高直径(cm)
平均胸高直径の成長率
[4]
r=m exp(−nt )
r:平均胸高直径の成長率(%)m、n:パラメータ
[2]から[4]式による平均胸高直径成長モデル
[5]
r=m exp(−nt ) +p(K−logN−a log D )
p:パラメータ
まず、収穫表における樹高成長曲線にミッチャーリッヒ曲線をカーブフィットさせ、[1]式のパ
ラメータを推定する。[2]式におけるパラメータは、間伐前のhaあたり立木本数、間伐後のhaあた
り立木本数をプロットした本数減少曲線にGOMPERTZ関数をあてはめることによって推定する。
このとき、GOMPERTZ関数のあてはめは地位別に行なう。[3]式は、間伐前後のhaあたり本数、
平均胸高直径の両対数グラフに直線をあてはめて推定する。[4]式は胸高直径の年間成長率(%/年)
4
を林齢ごとにプロットした成長率曲線にGOMPERTZ関数をあてはめて推定する。なお、[4]式に
ついては成長率の傾向が変化する林齢によって2時期に分割し、関係式を変化させる。すなわち、
成長曲線の傾斜が異なる点を関係式乗り換え林齢とし、この点の以前と以後にわけてそれぞれに
GOMPERTZ関数をあてはめる。[5]式のパラメータpは、林分密度が直径成長率に与える影響を
表す。ここでは間伐試験地で開発された手法(白石、1986)を参考に、非線形の最小二乗調整によ
って推定する。ここでは、非線形性が比較的大きい場合にも適用できるなど、汎用性の高い解法
として知られる準ニュートン法を使用した。なお、このようなデータが整っている地域以外は、
白石が東京大学演習林で求めた値(白石 1986)をpの値として用いる。
以上より、システム収穫表LYCSをわが国の主要な人工林において優先するスギ・ヒノキ・カ
ラマツに対して拡張することができることを確認した。
社会経済的要因を考慮した京都議定書CO2 吸収量の算定モデルの開発
ここでは、 CO2排出権取引の導入に先進的に取り組んでいる自治体を対象に、林分単位ひいて
は地域全体で獲得される排出権を定量化し、対象林齢に応じた森林の炭素固定能力の違いを経済
的に評価する手法を開発した。具体的には、三重県の民有林において実施された「三重県型CO2
排出量取引制度提案事業」を参考に、京都メカニズムにおけるヒノキ人工林のCO2排出権を算定
し、それをもとに排出権取引を想定した国レベルの京都議定書CO2吸収量を試算した。具体的に
は、全国の3条4項林面積(広嶋・中島、2006)において、地域別、樹種別に、全国に拡張したLYCS
によって材積を集計し、これにバイオマス拡大係数、容積密度、炭素含有率(樹種によらず0.5)
を乗じることによって炭素蓄積量を推定した(中島ら、印刷中)。また、収穫表から5年後の材積を
算出し、5年間で増加する炭素蓄積量を推定した。この炭素蓄積の増加分に、44/12(=CO2/C)
を乗じることによって3条4項林の炭素吸収量をCO2吸収量に換算する。なお、5年間の蓄積の差を
計算する際には、主伐による排出は考えないこととした。
また、EUにおけるEuropean Climate Exchange (ECX), futures の排出権単価を国際基準として
参考にし、CO2 1トンあたりの排出権を20ユーロ(約2,800円)と設定した。この排出権価格を上記の
CO2吸収量に乗じた価格が、3条4項林によって獲得される排出権となる。さらに、三重県で実施
された排出権取引制度提案事業で検討された排出権単価を国内基準として参考にし、CO21トンあ
たり 6,000円と設定した場合の排出権も併せて算出する。そのうえで1990年以降施業に投入され
た補助金額と、施業によって計上された3条4項林が獲得する排出権とを比較した。
表-1は、補助金額と、3条4項林が獲得する排出権の比を示したものである。表において“ECX”
、
“排出権取引提案事業”は三重
は、EUの排出権取引市場のCO2価格(CO21トンあたり2,800円)
県型CO2排出量取引制度提案事業のCO2価格(CO21トンあたり6,000円)によった場合をそれぞれ
あらわしている。国際基準で計算した場合に
ついてみると排出権は、1990年以降投入され
た補助金額の3.6倍、国内基準で計算した場
合についてみると、排出権は補助金額の7.9
倍となっている。このことから、施業に対す
表-1 人工林で推定された5カ年で獲得する排出権と
投入した補助金の比
る補助金によって3条4項林面積を拡大し、そ
5
の3条4項林から補助金以上の排出権を獲得できる可能性が示唆された。すなわち、3条4項林が獲
得した排出権を、下刈や間伐等の森林施業の費用に投入し、3条4項林面積の拡大を繰り返すこと
を仮定するならば、森林管理水準を向上し得る。
以上から、森林CO2吸収量が排出権取引の対象となることで、3条4項林面積の拡大、ひいては
森林施業の促進につながる可能性がある。そこで、このように獲得された排出権を森林施業に再
度投入した場合、国レベルの京都議定書・3条4項林面積がどの程度を増加するかを試算した。具
体的には、既存の森林整備に対する補助金投入額を基礎に推定した森林CO2吸収量推定モデル(広
嶋・中島、2006)において、入力する補助金額に排出権によって獲得された金額を上乗せし、国レ
ベルの炭素固定量を算出した。その結果、政府による森林整備に対する補助金額が現状のまま推
移されることを前提とすれば、排出権取引制度の創設によって国レベルの年間の3条4項林の拡大
面積は約40万ha, 吸収量は約1,400万炭素トンと推定され、それぞれ既往研究による推定結果の約
1.6倍、1.1倍となった。このように、排出権取引制度の創設は森林管理水準の向上や、京都議定
書・森林CO2吸収量に対してプラスに作用する可能性が示唆された。
ただし、本研究は京都議定書第一約束期間に相当する5年という短期間について検討を行った
ものにすぎない。また、前述のように、排出権の推定において主伐を考慮していない。主伐によ
って森林の炭素蓄積が減少した場合、その分排出権は返還しなければならないことから、推定さ
れた排出権は実際の値よりも過大である。さらに、京都議定書第一約束期間以降、10年後、20年
後に主伐の対象となる3条4項林が増加すれば、結局獲得された排出権の大半は返還されることに
なる。したがって、2013年以降、長期的には排出権獲得から主伐にかけての、排出権の運用利率
が3条4項林によって獲得できる実質的な収益であると考えられる。そこで、今後は、伐期齢や再
植林の有無に応じた排出権の変動について、経済的な評価を試みる予定である。
謝 辞
本研究を実施するにあたり、(財)アサヒビール学術振興財団から研究助成金を賜りました。
また、東京大学教授の白石則彦先生をはじめ、多くの方々に有益な御助言、御協力をいただきま
した。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
文 献
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