ハチ刺傷とアナフィラキシー

ハチ刺傷とアナフィラキシー
【統計】
・わが国で、アナフィラキシーショックによる死亡で最も多い原因はハチ刺傷。
また動
物が原因の死因第一位もハチ刺傷。 ハチ刺傷による死亡者数は年間 20~40 名、そのすべ
てがハチによるアナフィラキシー。 スズメバチとアシナガバチで死者の 70%以上を締め、
次いでジバチ、ミツバチ、その他の順になっている。
・7~10 月が攻撃性が高く、被害が多い。 5 月頃から飛び始め、7 月に入ると巣が出来る。
ハチ刺傷による死者数(全国)
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
【ハチの習性】
・巣からの半径距離内に入ると襲われる確率が高くなる(子どもを守るため)。 大スズメ
バチ 10m、黄色スズメバチ 6m、コガタスズメバチ 5m、アシナガバチ 3m。
・ハチが斜めに空に向かって飛ぶときや上空を大きく旋回しているようなときは、付近に
巣がある可能性高い。
・ミツバチは針を残すことあり。
・ミツバチは養蜂家以外で刺される機会が少ない。
【毒性】
・ハチ毒はアミン類(ヒスタミン、セロトニン、カテコラミンなど)のうち主にセロトニ
ンによる毒作用。
スズメバチやアシナガバチの毒にはセロトニンが多いため痛み強い。
その他、発痛ペプチド(メリチン、キニン類)も含まれる。
・ハチ毒に含まれる酵素(ホスフォリパーゼ、ヒアルロニダーゼ、プロテアーゼ)に対し
て特異的 IgE 抗体が産生され、アナフィラキシーショックの原因となる。
・毒針を持つのは雌(はたらきバチ)のみで、雄は刺さない。
【ハチ刺傷】
・初回は刺傷部に直径 2~3mm の紅斑が出来るのみ。 2 回目以降の刺傷(アナフィラキ
シーを起こさない場合)では、刺傷部の発赤腫脹は徐々に増強拡大し、2~3 日後をピーク
とし、1 週間程度続く→遅延型反応。
【即時型・遅延型の症状】
<即時型>
・刺傷後、数分~10 分で症状出現。 アナフィラキシーショックは 30 分以内に認められ、
この時間内での死亡者が最も多い。
・I 型アレルギー、または IgE を介さないアナフィラキシー様反応(→初回の刺傷、特に多
数匹に刺された場合で全身症状生じることあり)
。
<遅延型>
・翌日~10 日後程度(1~2 日が多い)から、発熱、頭痛、全身倦怠感、刺された部位以外
の蕁麻疹、リンパ節腫脹やリンパ管炎、関節痛などの血清病様症状、ギランバレー症候群、
紫斑病性腎炎、広範囲の皮膚潰瘍など。
・II あるいは III 型アレルギーの関与。
【アナフィラキシー】
・アレルギー原因物質への暴露→肥満細胞からケミカルメディエーター(ヒスタミンなど)
遊離→気管支平滑筋収縮し呼吸困難、血管透過性亢進し血管浮腫。
・IgE が関与するもの(I 型アレルギーによるもので、狭義のアナフィラキシー)と、IgE
が関与しないもの(以前はアナフィラキシー様反応と呼ばれていたが、機序の違いは少し
あるものの症状や治療は同じなので、最近ではこれもまとめて広義のアナフィラキシーと
することが多い)
。
・基本的には初回暴露では起こらないが、複数回の暴露で発症。 IgE 介さない機序の場合
は初回でも重篤な反応を起こすことがあるので注意。
・ほとんどが皮膚所見(発赤)を伴う。
・Large local reaction とは、例えば指先を刺されると肘まで腫脹してしまうことで、刺傷
部位の腫脹が広範囲に数日続くもの。
再刺傷時に全身アナフィラキシーを起こすハイリ
スク群。 再刺傷により 5~10%の確率で全身症状を生じるという報告(一方で、large local
reaction だけではそこまででもないという報告も逆にある)
。 皮膚テスト、特異的 IgE 抗
体で陽性率高い。
・アナフィラキシー症例の 20%程度に 8~12 時間後に遅発正反応(二峰性反応)が生じる
ため半日以上医療機関で管理されることが望ましい
・ハチ刺傷の既往あり、再刺傷経験した場合、ナフィラキシーショックを呈する可能性は
約 3~12%。 ハチアレルギー患者が再刺傷を経験した場合、約 50-60%の患者は前症状よ
り症状悪化する。 しかしその後 10 年以上刺されなければ 25%まで減少する。 逆に短期
間に繰り返し刺されるとアナフィラキシーを発症しやすい。
・ハチ以外にも、ムカデ、ハムスター、マムシ、海洋動物(クラゲやイソギンチャクなど)
による刺傷、咬傷、摂食でも起こる
【アナフィラキシーの症状】
・皮膚症状(ほぼ必発)
: 蕁麻疹、紅斑
・口唇や舌の腫脹による呼吸困難
・喘息などの呼吸器症状
・腹痛、嘔気、下痢などの消化器症状
・血管性浮腫を起こすと強い気道浮腫が生じ窒息する危険性
【アナフィラキシーの重症度分類】
・Müller の分類
症状
I度
皮膚症状(全身の蕁麻疹、掻痒感)
、不安感
II 度
消化器症状(腹痛、嘔気、嘔吐)、全身の浮腫、喘鳴、胸部圧迫感、めまい
III 度
呼吸器症状(呼吸困難、嗄声、言語不明瞭)
、嚥下困難、意識障害、錯乱状態
IV 度
循環器症状(チアノーゼ、血圧低下)、失禁、意識消失
・H. Sampson(Pediatrics 2003; 111: 1601-8)の分類
皮膚
1
消化器
呼吸器
循環器
神経
-
-
鼻閉、くしゃみ
-
活動性変化
上記に加え、繰
鼻汁、明らかな
頻脈(+15/分) 上 記 に 加 え 不
り返す嘔吐
鼻閉、咽頭喉頭
限局性掻痒感、 口腔内掻痒感、 -
発赤、蕁麻疹、 違和感、軽度口
血管性浮腫
2
唇腫脹
全身性掻痒感、 上記に加え、悪
発赤、蕁麻疹、 心、嘔吐
血管性浮腫
3
上記症状
安
の掻痒感絞扼
感
4
上記症状
上記に加え、下
嗄声、犬吠様咳
上記に加え、
痢
嗽、嚥下困難、 不整脈、軽度血
軽度頭痛、死の
恐怖感
呼吸困難、喘
圧低下
鳴、チアノーゼ
5
上記症状
上記に加え、腸
呼吸停止
管機能不全
重度頻脈、血圧
意識消失
低下、心拍停止
【ハチアレルギーの診断】
・刺傷により特異的 IgE 抗体は一時的に消費されるため、検査は刺傷後 2~4 週間後に実施
(アナフィラキシーを生じた後は不応期が発現し特異的 IgE 抗体が陰性となる)
。 またか
なりの年数が経過していると特異的 IgE 抗体が陰性のことがある。 検査前は抗ヒスタミ
ン薬、副腎皮質ホルモン薬の投与は避ける(IgE 産生を抑制するため)。
・皮内テスト: スズメバチ、アシバガバチ、ミツバチの抗原液(輸入品)
。 スクリーニ
ングとしてプリックテスト→陰性なら皮内テストを行う。
・ハチ毒特異的 IgE 抗体(RAST 法): スズメバチ、アシナガバチ、ミツバチの 3 種類。
クラス 2 以上で臨床的意義あり。
・白血球ヒスタミン遊離試験: in vitro で実施可能(血液に抗原添加し白血球から遊離さ
れるヒスタミンを定量)
。 特異的 IgE 抗体価の結果にほぼ一致する。 10%前後で脱顆粒
が誘導されない個体があり、過敏性の有無を知ることが出来ない場合がある。
・非特異的ではあるが総 IgE、好酸球の値も参考にする。
・重症のアナフィラキシーを起こした患者の 30%に皮内テスト、特異的 IgE 抗体陰性例が
存在している。 逆にハチ刺傷歴のない、あるいはハチアレルギーの無い人でも約 20%で
特異的 IgE 抗体や皮膚テストが陽性に出る。 これらのことが、ハイリスクの予測を困難
にしている。
【林野庁での状況】
・林野庁職員のハチ刺され率は、毎年総職員の 5~8%。
・1987 年ハチ刺されにより死亡した職員 3 名、刺傷 5 分以内に症状出現、20 分以内に死亡
していると推定されたことが契機となり、1995 年より国有林で働く職員を対象にエピペン
導入(刺傷場所は山奥で医療機関到着まで時間がかかるため、死亡を防止するためにはエ
ピペン導入しかないと判断された)
。
・導入後 8 年間に 39 件発生したハチ毒によるアナフィラキシー重篤症例のうち 15 例(う
ち 9 例にショックの既往あり)にエピペン使用され、14 例救命、1 例死亡(刺傷後 6 分で
注射しているが顔や手など 10 か所以上スズメバチに刺されており、アナフィラキシーの既
往無く、特異的 IgE 抗体陰性で死亡に至った原因が不明)。
【エピペン】
・エピペンの成分はアドレナリン(α、β受容体作動薬)で、心臓の冠血管拡張と末梢血
管収縮、気管支拡張、肥満細胞からのケミカルメディエーター遊離抑制。
・成人用のエピネフリン(アドレナリン)0.3mL。 使用時キャップを外し、大腿外側に筋
肉注射(衣服の上からも可能)
。
・2003 年 8 月にハチのアナフィラキシーに対して薬事承認されたが、保険適応なく全て自
費(薬価 10,950 円+診察料など)だった。 2011 年には保険適用が認められ、自己負担額
が少なくなった。 処方医は登録制(したがって登録してない医師は処方できない)
。
・ハチ特異的 IgE がクラス 2 以上+ハチ毒抗原の皮内皮内テスト陽性の人→ハイリスクと
してエピペン携帯が推奨される。
・有効期限は 15 か月程度(メーカーに登録すれば期限切れを通知してくれるサービスもあ
り)
。
【エピペンの使い方】
・ショックを起こしたから使用するのでは遅い(もちろん自己注射はできなくなる)
。
・使用する目安:
異常な感覚(息苦しい、しびれ感、違和感、口唇の浮腫、気分不快、
吐き気、嘔吐、腹痛、じん麻疹、咳こみなど)があった際にはためらわず使用。
症状が現れたら使用。
呼吸器
以前にアナフィラキシーを起こしたのと同様の原因に暴露された
ら使用。
・発症から 30 分以内に行うことが救命できるかどうかの分岐点(重篤なアナフィラキシー
を生じた 150 例の検討で、30 分以内にエピネフリン投与した群では死亡者が見られなかっ
たという報告あり)
。
・初回投与後、症状改善しない、あるいは悪化した場合は 15~20 分ごとに追加投与する。
通常 1 本処方のことが多いが、追加投与のため 2 本以上持つことが望ましい。
・使用後は必ず医療機関を受診(アナフィラキシーが中等症異常の場合経過観察入院にな
ること多い)
【エピペンの副作用や禁忌】
・主な副作用は心悸亢進、不整脈、悪心、嘔吐、頭痛、振戦、高血圧。
動脈硬化症、心
室性不整脈、甲状腺機能亢進症、糖尿病では原則禁忌なので、使用に当たっては高齢者も
含め注意が必要。
・禁忌:
ハロタンなどのハロゲン含有吸入麻酔薬、ブチロフェノン系・フェノチアジン
系などの抗精神病薬、α遮断薬を使用中の場合。
・原則投与禁忌:
本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者、交感神経作動薬に対し
過敏な反応を示す患者、動脈硬化症の患者、甲状腺機能亢進症の患者、糖尿病の患者、心
室性頻拍などの重症不整脈の患者、精神神経症の患者、コカイン中毒の患者
・慎重投与が必要な症例:
者。
高血圧の患者、肺気腫のある患者、高齢者、心疾患のある患
・βブロッカー内服中は、血圧低下や徐脈が遷延し、アドレナリンの効果が出にくいため
注意→アトロピン筋注あるいはグルカゴン注射
・禁忌及び慎重投与に該当する人は、予め医師と相談しておくことが必要。
【病院前処置】
・ポイズンリムーバーで毒を吸い出す。
口で毒を吸い出すのは危険なので行わない(ハ
チの毒は水溶性なので、口の唾液に溶けて吸収され、刺されたのと同じ状況になりうる)。
指で絞り出しながら水で流すとよい。
・毒針が残っている場合は、爪などで取り除く(押し込んだり、つまんだりしない)
。
・俗に言われているアンモニアは実は無効。
【予防】
・いずれにしても一度ハチ刺傷によって全身症状を生じた人で、刺されやすい環境にいる
人が要注意。
・ハチの巣に近づかない、巣のそばで振動や音を立てない、見張り役のハチを見かけたら
巣が近いので注意する。
巣の付近に立ち入ってハチを刺激した場合(カチカチと威嚇音
を鳴らすなど)は、目を閉じ、顔を下向き加減にして(頭部や顔面が狙われやすい)
、地面
に伏せて体勢を低くし大きな動きをしない。
手でふり払わない(ハチが攻撃されている
と認識して、さらに攻撃してくる)
。 しかし一旦攻撃が始まったら攻撃に加わるハチが増
えるため急いでその場から逃げる(殺虫スプレーしながらでもよい)
。
・白っぽい服や帽子、ぴったりした服を着る(黒い服や毛皮、ひらひらした服を避ける)。
長袖、長ズボン。
防網・防蜂手袋を使用する。
香水、ヘアトニックなどを匂いの出る
ものを付けない。 戸外で甘味食を飲食しない(ジュースの缶に入り込むことある)
。
・ハチ用の殺虫スプレー。
ハチ用でなくても数分で下に落ちで死ぬ。
・軒下などの巣を作らせないために、隙間をふさぐ(巣を見つけたら、保健所などに相談
して除去する)
。
・自動車の窓を開けっ放しにしない。
車内にハチが入ったら、停車し、明るい方の窓を
全開にして待つ。
・洗濯物や布団を取り込むとき、ハチが紛れ込まないように注意する。
・死んだハチを直接触らない(死後 1 日くらいはさすことがある)
。
【参考文献】
・アナフィラキシー対策フォーラム www.anaphylaxis.jp
・石井正和ほか:アナフィラキシーショック時のアドレナリン自己注射と環境整備の必要
性.日本医事新報 4380,75-77,2008
・岩本和真ほか:救急を要する蕁麻疹-アナフィラキシーショックと血管性浮腫による起
動閉塞-.Progress in Medicine 31(12),2817-2822,2011
・海老澤元宏ほか:アナフィラキシーショックとエピペン®.呼吸 25(8),780-784,2006
・エピペン注射液(マイラン製薬)www.epipen.jp
・厚生労働省人口動態統計
・斎藤洋三:ハチ刺されによるアナフィラキシーの緊急第一選択薬エピネフリンの自己注
射製剤エピペン®の紹介.日本花粉学会会誌 50(2),118, 2004
・貞方里奈子ほか:アナフィラキシー.薬事 50(13),2087-2091,2008
・原田晋:アナフィラキシーへの対応.J Environ Dermatol Cutan Allergol 1(2),90-95,
2007
・田中拓:虫などによる刺傷~生き物万歳!ハチ、
ムカデ、
ウニ~.
レジデントノート 11(12),
1796-1799,2010
・谷口裕子ほか:ハチとアナフィラキシー.皮膚アレルギーフロンティア 5(3),139-144,
2007
・中村猛彦:アナフィラキシー.治療 92(9),2210-2213,2010
・林ゆめ子ほか:ハチによるアナフィラキシーの現状と対応.日本医事新報 4355,89,2007
・平田博国ほか:ハチ・アレルギーの実態と対策.アレルギー53(2),283,2004
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