労働契約の終了に関する留意点

TMI 総合法律事務所北京代表処
労働契約の終了に関する留意点
1.概要
近年、中国においては、経済成長の減速や人件費の増加等の影響で、会社のリストラ
や外資企業の現地法人の解散・清算等により、現地の労働者との労働関係を終了するケ
ースが多く見られる。労働契約の終了には①契約期間の満了、②解雇、③合意解除とい
う方法があるが、実際に会社が労働者との労働契約を終了する際には、合意解除の内容
や解雇の条件、手続等の面で様々な法律問題が発生する。特に、経済的補償金の支給を
伴う場合には、その算出方法が問題となることが多い。
そこで、本稿では、労働契約期間の満了について説明した上で、労働契約の合意解除
及び解雇制度並びに経済的補償金の支給及び算定方法等について注意すべきポイントを
解説する。
2.期間満了
(1) 労働契約の期間満了に際して必要な手続1
ア 使用者
使用者は、労働契約の期間満了により労働契約を終了する場合、労働契約の終了に
関する証明を発行し、かつ、15 日以内に、労働者のために档案2及び社会保険関係の移
転手続を行わなければならない。また、使用者は、終了した労働契約書を、少なくと
も 2 年間は調査に備えて保管する。
なお、使用者が労働契約法の関係規定に従い労働者に対して経済的補償金を支払わ
なければならない場合、業務の引継ぎが完了した時にこれを支払う。
イ 労働者
労働者は、労働契約の期間満了により労働契約を終了する場合、双方の約定に従い、
業務の引継ぎを行わなければならない。
(2) 期間満了による労働契約終了の例外3
法令の定めにより、労働契約の期間が満了しても労働契約が終了しない場合もある。
すなわち、一定の例外的な場合を除き、労働者の療養期間、妊娠期間、出産期間及び
授乳期間内に労働契約期間が満了した場合、使用者は、労働契約を終了させてはなら
ず、労働契約の期間は、療養期間、妊娠期間、出産期間及び授乳期間の満了時まで自
動的に延長されることになる。
1
2
3
労働契約法第 50 条。同条の規定は、労働契約解除の場合にも適用される。
所属する職場、機関又は団体の人事部門が保管する個人の身上調書、行状記録をいう。
労働契約法第 45 条
1
また、労働者が業務上の事由によって後遺障害を負った場合には、その障害の程度
に応じて、労働災害保険に関する規定に従い処理される。
(3) 労働契約の期間満了後も勤務を継続した場合
労働者が労働契約の期間満了後も継続して勤務し、使用者が何ら異議を示さなかっ
た場合、双方が元の条件で労働契約を継続して履行しているものとみなされる4。
3.合意解除と解雇
(1) 合意解除
合意解除とは、労働契約法で規定されている労働契約の解除方法の一つであり5、理
由を問わず、使用者と労働者双方の合意に基づいて実施できる。解除の申し出は使用
者、労働者のいずれから行うことも可能であるが、使用者から申し出た場合には経済
的補償金の支給が必要である(実務上、労働者の合意を得るために、法定の支給基準
に基づいて算定された金額に上乗せした金額を支払うことが多い。後記4.において
詳述する。
)6。
合意解除の特徴としては、①理由を問わず可能であること、②いつでも、直ちに解
除可能なこと、③使用者と労働者の合意に基づくことから解雇に比して後に紛争に発
展する確率が低いこと、が挙げられる。
なお、将来の紛争を防止するという観点から、合意解除に際しては、その内容を明
記した書面を作成し、当事者の署名を残すことが重要である。
(2) 解雇
解雇とは、使用者の一方的な意思表示による労働契約の解除である。解雇事由につ
いては労働契約法及び労働契約法実施条例等で規定されており7、法定事由以外の事由
に基づく解雇は認められない。
例えば、
「態度が横柄」、
「上司の言動に批判的」という事由については、これらを直
接的な解雇事由として規定している法令がないため、これらを理由とする解雇は認め
られないのが原則である。但し、「態度が横柄」
、
「上司の言動に批判的」の程度が著し
く、その結果「使用者の内部規定に著しく違反した場合」8等の法定解雇事由に該当す
る場合には解雇することができる。
なお、
「使用者の内部規定に著しく違反した場合」という要件を含め、法定の解雇事
由は包括的な要件となっており、実際に発生した事象が法定解雇事由に該当するか否
4
「労働紛争事件の審理における法律適用上の若干の問題に関する解釈」
(2001 年 4 月 16 日公布、同日施行)
第 16 条
5
労働契約法第 36 条
6
労働契約法第 46 条第 2 号
7
労働契約法第 39 条ないし第 41 条、労働契約法実施条例第 19 条
8
労働契約法第 39 条第 2 号
2
かの判断基準は必ずしも明確ではない。そのため、実務上は、使用者が制定する就業
規則において、
「内部規則に著しく違反した場合」に該当する具体的なケースを例示列
挙することにより、解雇権の行使に関する法的安定性を確保することが望ましい。
(3) 不当解雇
使用者が法律、法規、労働契約の規定に違反し、正当な理由なく一方的に労働契約
を解除する不当解雇に関して、労働契約法第 87 条では、「使用者は、本法の規定に違
反して労働契約を解除し、又は終了した場合、労働者に対して本法第 47 条に規定する
経済的補償金の基準の 2 倍に相当する賠償金を支払わなければならない。
」とされてい
る。
4.経済的補償金
(1) 経済的補償金の支給が必要となる場合
以下のいずれかに該当する場合、使用者は、労働者に対して経済的補償金を支払わ
なければならない9。

労働契約法第 38 条に定められた事由(労働者による予告を要しない解除権が発
生する事由)10が発生し、労働者が労働契約を解除する場合

使用者が労働者に対して労働契約の解除を申し出て、かつ、労働者と協議により
合意して労働契約を解除する場合

労働契約法第 40 条に定められた事由(使用者による予告を要する解除権が発生
する事由)11が発生し、使用者が労働契約を解除する場合

使用者が労働契約法第 41 条第 1 項の規定12に従い労働契約を解除する場合
9
労働契約法第 46 条
以下の事由を指す。

使用者が労働契約の約定どおりに労働保護又は労働条件を提供しない場合

使用者が労働報酬を遅滞なく全額支払わない場合

使用者が法により労働者のために社会保険料を納付しない場合

使用者の内部規定が法律、法規の規定に違反し、労働者の権益を損なった場合

労働契約法第 26 条第 1 項に規定する事由により労働契約が無効となった場合

法律、行政法規に規定する労働者が労働契約を解除することができるその他の事由

使用者が暴力、脅迫若しくは不法に人身の自由を制限する手段を用いて労働者に労働を強要した場合
又は使用者の規則に違反した指揮若しくは危険な作業の強要により労働者の身体の安全が脅かされた
場合
11
以下の事由を指す。

労働者が罹患し、又は業務外の理由により負傷した場合において、所定の療養期間の満了後に、元の
業務に従事することができず、かつ、使用者が別途手配した業務にも従事することができない場合

労働者が業務に堪えることができず、訓練又は職務の調整後も、業務になお堪えることができない場
合

労働契約の締結時に根拠とした客観的状況に重大な変化が生じたことにより、労働契約を履行するこ
とができなくなり、使用者と労働者が協議を経ても、労働契約の内容の変更について合意に達するこ
とができない場合
12
以下の事由のいずれか一に該当する場合において、削減を要する人員が 20 人以上であるとき又は 20 人に
満たないが企業の労働者総数の 10%以上であるときは、使用者は、30 日前までに工会又は全労働者に対し
10
3

使用者が労働契約に約定する条件を維持し、又は引き上げて労働契約を更新する
場合において労働者が更新に同意しないときを除き、労働契約期間の満了により
期間の定めのある労働契約を終了する場合13

使用者が法により破産を宣告され、又は営業許可証を取り消され、閉鎖を命じら
れ、取り消され、若しくは使用者が早期解散を決定したことにより労働契約が終
了する場合

法律、行政法規に規定するその他の事由
(2) 経済的補償金の算出方法
ア 労働契約法に基づく算出方法
経済的補償金の算出方法に関しては、労働契約法第 47 条により、以下のルールが定
められている。なお、労働契約法施行前から存続する労働契約を労働契約法の施行後
に解除し、又は終了する場合の特則は後述イのとおりである。

労働者の当該単位における勤務年数に基づき、満 1 年ごとに賃金の 1 か月分を基
準として、労働者に対して支払う。

当該単位における勤務期間が 6 か月以上 1 年未満の場合は、
1 年として計算する。

当該単位における勤務期間が 6 か月に満たない場合は、労働者に対して賃金の半
月分に相当する経済的補償金を支払う。

労働者の月間賃金14が、使用者が所在する直轄市、区を設ける市レベルの人民政
府が公表した当該地区における前年度の労働者月間平均賃金の 3 倍を上回る場合、
労働者に対する経済的補償金の支払基準は、労働者月間平均賃金の 3 倍に相当す
る額とする。労働者に対する経済的補償金の支払対象年数は、最高で 12 年を超
えない。
以上のとおり、勤務期間が 1 年未満の場合、上記の基準に従って半月分又は 1 か月
分の賃金に相当する経済的補償金を支給すればよい。他方、勤務期間が 1 年を超え、
かつ 1 年に満たない端数がある場合、この端数は別途計算される点に留意する必要が
ある。例えば以下のように計算することとなる(2008 年以降に勤務を開始した場合)。

勤務期間が 1 年 3 か月の場合
て状況を説明し、工会又は全労働者の意見を聴取した後に、人員削減案を労働行政部門に報告して、人員を
削減することができる。

企業破産法の規定に従い会社再生を行う場合

生産経営に重大な困難が発生した場合

企業の生産転換、重大な技術革新又は経営方法の調整により、労働契約を変更した後に、なお人員削
減が必要な場合

その他労働契約の締結時に根拠とした客観的経済状況に重大な変化が生じたことにより、労働契約を
履行することができなくなった場合
13
なお、労働契約法施行前は、期間満了による契約終了の際には経済的補償金を支給する必要はないとされ
ていた。
14
労働者の労働契約解除又は終了前 12 か月の平均賃金を指す。
4
勤務期間 1 年+3 か月=賃金 1 か月分+半月分=賃金 1.5 か月分

勤務期間が 2 年 10 か月の場合
勤務期間 2 年+10 か月=賃金 2 か月分+1 か月分=賃金 3 か月分
イ 労働契約法施行前からの労働契約が同法施行後に終了する場合の特則
労働契約法の施行前15から存続する労働契約を労働契約法の施行後に解除し、又は終
了する場合において、労働契約法第 46 条の規定に従い経済的補償金を支払わなければ
ならないときは、経済的補償金の支払対象年数は、労働契約法の施行日から起算する。
労働契約法の施行前については、当時の関係規定(労働法第 28 条及び労働契約の違反
及び解除に関する補償弁法)に従い使用者が労働者に対して経済的補償金を支払わな
ければならない場合、当該規定に従い実施する16。すなわち、2007 年 12 月 31 日までの
労働期間については、2008 年 1 月 1 日以降の労働期間とは区別して経済的補償金を算
出することとなる。
具体的には、以下の基準に従って経済的補償金が支給される。
表 1 労働契約法施行前の労働期間に係る経済的補償金の算出方法
契約の終了原因
支給基準
上限
労働契約当事者の合意により使
1 年を満たすごとに賃金 1 か月分
12 か月分
用者が契約を解除する場合
1 年未満の場合は賃金 1 か月分
労働者が仕事に耐えることがで
1 年を満たすごとに賃金 1 か月分
12 か月分
1 年を満たすごとに賃金 1 か月分
―
1 年を満たすごとに賃金 1 か月分
―
きない等の理由により使用者が
契約を解除する場合
客観的状況の変化により労働契
約の履行が不可能となり、使用
者が労働契約を解除する場合
使用者が破産に瀕して人員削減
を行う場合等
なお、労働契約法施行前は、違法解雇の場合には経済的補償金を支給することと
されていたが、労働契約法施行後は、経済的補償金の 2 倍に相当する賠償金を支給
する必要があるとされている17。
ウ 算出基準のまとめ
上記の経済的補償金算出基準に従い、経済的補償金の算出基準をまとめると、表 2
15
労働契約法の施行日は 2008 年 1 月 1 日である。
労働契約法第 97 条第 3 項
17
違法解雇の場合、労働者は、労働契約の履行の継続又は経済的補償金の 2 倍に相当する賠償金の支払いを
選択的に請求することができる(労働契約法第 48 条)
。
16
5
のとおりになる18。
表 2 経済的補償金算出基準のまとめ
契約期間
2008 年 1 月 1 日以降
2007 年 12 月 31 日以前19
勤続年数
支払基準
1 年を満たすごとに
賃金 1 か月分
6 か月以上 1 年未満
賃金 1 か月分
6 か月未満
賃金半月分
1 年を満たすごとに
賃金 1 か月分
賃金 1 か月分
1 年未満
(但し、労働者との合意により使
用者が契約解除する場合に限る。
)
(3) 経済的補償金に関する実務上の留意点
経済的補償金を支給する場面は、すなわち使用者との労働契約関係が解消される場
面であり、労働者が少しでも多くの経済的補償金を獲得すべく、交渉に際して強硬な
態度を示すことが少なくない。その際、労働者が使用者に対し、法定の基準に基づい
て算定された金額以上の経済的補償金を請求することも多い(解雇等の違法性を主張
する場合や、理論的な裏付けを欠く主張も多く見られる。
)
。
労働者がこのような主張を展開した場合、使用者としては、①法定の基準に基づい
て算定された経済的補償金のみを支給する、又は②法定の基準に基づいて算定された
経済的補償金に一定の金額を上乗せして支払う、という対応が考えられる。
これらの方法のメリット、デメリットは以下のとおりである。
表 3 使用者の対応とメリット・デメリット
支給する金額
メリット
デメリット
法定どおりの
支給する金額を抑えることが
労働者から労働仲裁に持ち
経済的補償金
できる。
込まれるおそれがある。
法定の経済的補償金
終局的な解決を図ることがで
支給する金額が相対的に高
+α
きる。
くなる。
実務上は、労働仲裁に発展するリスクを回避することに重点を置き、法定の基準に
基づいて算定された経済的補償金に、1~2 か月分の賃金相当額を上乗せした金額を支
18
ここでいう「賃金」とは、当該労働者の賃金をいう。この 1 か月分の賃金は、基本給・各種手当・賞与・
残業手当・その他給与性のある収入等が含まれ、その労働者の契約解除前 12 か月間の平均月間給与額に従
って計算される。但し、勤務期間が 6 か月未満の場合、半月分の賃金を支払い、6 か月以上 1 年未満の場合、
1 か月分の賃金を支払う。
19
労働契約の違反及び解除に関する経済補償弁法第 5 条及び第 7 条ないし第 9 条
6
払うことが多い。
また、複数の労働者との間で経済的補償金に関する交渉を行う場合、交渉の結果と
して、労働者ごとに上乗せ金額その他の条件が異なるという事態が生じうる。このよ
うな場合に労働者間で情報が共有されると、相対的に不利な条件で合意した労働者が
合意内容を蒸し返し、収拾がつかなくなるおそれがある。そのため、複数の労働者と
の間で経済的補償金に関する交渉を行って合意に至った場合、合意文書の中に秘密保
持条項を設けるとともに、違反した場合のペナルティを設定することが望ましい。
以上
7