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神戸港・「日本丸」が船出
ご・き・げ・ん・よ・う
伊賀上 ミヱ子(シ 17)
11 月 22 日、神戸港第一突堤へ出かける。今日はかねてより停泊
中の練習帆船「日本丸」
(独立行政法人航海訓練所所属)の出港日、
かの登檣礼(とうしょうれい*)があるという。
快晴、海は凪ぎ、きらきら眩い光が目を刺してくる。午前 10 時の
セレモニーを前に既に老若男女多くのファンが港に集う。
1984(昭和 59)年 2 月進水した日本丸(2 代目)は 4 檣バーク型、
2,570 総トン。全長 110.09m、幅 13.80m。今、青空をバックに晴
れやかに純白の姿を横たえている。
「太平洋の白鳥」
とは言い得て妙。
雄々しく美しい。
セレモニーに臨むのは、船長以下乗組員 54 名と各地(富山・鳥羽・
大島・広島・弓削)の高等専門学校 5 年生 115 名(内女子 16 名)
。
ここ神戸は 10 月 1 日からの国内沿岸航海最後の訓練地、
日本の海を
支える人材を育成するプログラムも、11 日間のこの滞在が最終仕上
げの段階だったとか。出港後は東京経由で横浜に帰り、12 月 13 日
ホノルルに向け 28 日間の遠洋航海に出発する。
実習生の不安が思い
やられるが、2 月には帰国。春には満を持してそれぞれが進路先へ
向かうとのことだ。
私は以上のことを船長の挨拶で知ったのだが、船長は海洋国日本と高らかに謳い、気概と使命感に溢れ意気軒昂。
しかも実習生への温かい思いがひしひしと伝わってくる。制服姿もりりしく誇らしげな面持ちで聞き入る実習生。何
やら私まで血が騒ぐ。そうか日本は海洋国なんだ。四面を海に囲まれた島国とよく聞かされて育ったものだが、いつ
の間にか忘れていたし、神戸に 40 年近く住みながら港に来たのは数えるほど。大きな船に乗ったのは、はて青函連絡
船が最後か、遠い昔だ。今は結構クルーズばやりだというのに。
さて白い作業服上下・黄色のヘルメットの実習生が甲板に勢ぞろいした。裾をめくりあげ膝から下は裸足。いよい
よメインイベント・登檣礼だ。船上にわかに慌ただしく、実習生の「セーノ」
、
「セーノ」の声も勇ましい。11 時離岸
開始。船を追う陸の観衆も動きが激しくなる。訳分からんまま私も連動。
彼らは号令一下、縄梯子からマスト(帆柱)に登り、4 本のヤード(帆桁)に渡り、その前に整列した。足は太い
綱の上。怖くはないのか!腰には命綱があるとはいえ、50mはある!全員陸
を向いた。舳先の女子実習生が甲高い声で先導する。やはりここは女声だと
妙に感心する。
「脱帽・ごきげんよう」と。
(この言葉、奇しくも本年度流行
語大賞トップ 10 にノミネートされた)
元華族のお嬢様言葉と理解していたが、
何とこういう場で使われていたとは!!実習生は片手でヤードにつかまり体
を支え、手にした帽子を振りながら一斉に「ごきげんよう」
。三回繰り返す。
そして着帽。115 名がヤード・舳先に並び、声を張り上げ、帽子を振る様は
まさに壮観。胸奥からこみあげてくるこの熱い感情は何なんだ。その間タグ
ボートに引かれた船はみるみる離岸して方向転換、ボートから離れ湾内をす
べるように去っていく。存外に早い。汽笛が三度。手を振り続ける実習生。
観衆は突堤の先へ先へと急ぐ。海に落ちるところでまで走り、大きく手を振
る。一緒に思わず走り出している私。船に知り合いなぞ一人もいないという
のに。やがて船は小さくなり、逆光を受け銀色に光る海を神々しく港外へと
出ていった。
船出とは何とまあ人を感傷的にロマンチックにさせるものと思い知らされ
た小春のひととき。
数日後、このことを知人に話したところ、
「あらぁ。主人は日本丸に乗って
いたの、今も大学に講座があるから、よかったら今度入港したら、案内させ
ましょうか」と。思わずキャッホーと叫んだ私だ。
(*登檣礼…離岸時、実習生全員がマストやヤードに登り脱帽。
『ごきげんよ
う』と三声、港や歓送者に感謝の意を表す。帆船最高の儀礼)
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