サルモネラ食中毒のリスク低減のために - 国内外の事例から - 財団法人 東京顕微鏡院 食と環境の科学センター 平井 誠 For Life and Environment of All People はじめに サルモネラ属菌には感染症法の3類感染症の病 原体であるSalmonella paratyphi A(パラチフスA菌) とS.Typhi(チフス菌)も含まれます。 しかしながら、これらの病原体は感染性、重篤性 などから他のサルモネラと大きく異なります。 今日は、パラチフスA菌、チフス菌以外のサルモ ネラ属菌による食中毒について話題にします。 2 今日の内容 1.国内のサルモネラ食中毒事例に ついて 2.ヒトから検出されるサルモネラ について 3.国外のサルモネラ食中毒事例に ついて 4.食中毒事例の情報共有と原因究 明について 3 厚生労働省食中毒統計ほか サルモネラ食中毒の事件数と患者数の推移 サルモネラ食中毒の事件数と患者数の年次推移 900 800 700 18,000 1998年 ・SE、ST などの鶏のサルモネラ症を届出伝染病に指定 ・採卵養鶏場におけるサルモネラ対策指針の制定 ・食鳥卵の規格基準・表示基準等の制定 ・家庭における卵の衛生的な取扱いを公表 事件数 600 500 400 患者数 16,000 14,000 12,000 2004年 飼養管理基準に係る指導指針の策定 2005年 鶏卵のサルモネラ総合対策指針策定 10,000 8,000 300 6,000 200 4,000 100 2,000 0 0 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 '09 '10 '11 年次 2000年以降のサルモネラ食中毒は、鶏肉や鶏卵の施策と事業者 の対策により大きく低減した。 事件数 患者数 4 サルモネラ食中毒は、ほとんどの血清型は、O4, O7, O8,また は O9群であると推察できるが、原因食品は様々である。 5 厚生労働省 食品の食中毒菌汚染実態調 査におけるサルモネラ属菌の陽性率(%) 検体名(厚生労働省指定品目) アルファルファ カイワレ カット野菜 野 菜 キュウリ みつば もやし レタス 漬け物野菜 ミンチ肉(牛) ミンチ肉(豚) ミンチ肉(牛豚混合) ミンチ肉(鶏) 牛レバー(生食用) 食 肉 牛レバー(加熱加工用) カットステーキ肉 牛結着肉 牛たたき 鶏たたき 馬刺 ローストビーフ 加工品 漬物 計 '06 1.6 2.4 3.8 36.5 25.0 2.7 '07 1.4 4.7 0.8 29.5 1.7 2.6 '08 0.9 2.2 4.0 1.7 42.9 0.5 0.7 20.0 1.3 4.5 '09 0.9 3.0 0.9 48.6 1.0 0.5 2.2 4.8 '10 0.7 1.7 0.8 53.5 1.0 1.1 12.5 1.1 5.0 '11 1.7 2.9 1.4 2.9 55.3 0.9 3.0 4.6 計 0.1 0.3 0.2 1.5 2.9 1.8 45.9 0.9 0.2 0.2 10.0 0.2 0.2 4.1 別の市販鶏肉の汚染実態調査( 1999年から2006年、2自治体分)結果では 6 S.Infantis 68%、S.Enteritidis 11%の構成比であった。食品安全委員会2012年1月 サルモネラ属菌による食中毒の 原因食品(2000年~2009年) 原因食品 発生件数 構成比(%) 複合調理食品 193 7.8 卵類及び の加工品 165 6.7 菓子類 61 2.5 肉類及びその加工品 55 2.2 野菜及びその加工品 26 1.0 穀類及びその加工品 20 0.8 魚介類加工品 19 0.8 5 0.2 544 22.0 その他食品特定 38 1.5 その他食事特定 509 20.5 不明 1,387 56.0 合計 2,478 100.0 乳類及びその加工品 小計 サルモネラ食中毒における原因食品の具体的な特定は、過去10年間で22%である。 7 食品安全委員会2012年1月 サルモネラ食中毒事件発生件数と発生場所 (患者数30名以上) 発生年 発生件数 発生場所数 (都道府県) 内 同一場所数 2011年 17 10 4 2010年 23 13 6 2009年 17 11 5 2008年 22 15 6 2007年 27 19 7 2006年 18 14 2 2005年 33 23 8 サルモネラ食中毒の発生場所は、都道府県別に見ると偏りがあるといえ ないだろうか? 厚生労働省食中毒統計より集計 8 サルモネラ属菌による食中毒患者数の 推定値と統計値の比較 年次 食品由来患者数 ( 推定) (単位: 人) 食中毒統計における 患者数 * 2005 253,997 3,700 1.46% 2006 145,512 2,053 1.41% 2007 165,867 3,603 2.17% 2008 176,098 2,551 1.45% 741,474 11,907 1.61% 合計 *:推定食品由来患者数に対する% 食中毒統計におけるサルモネラ食中毒患者数は、食品由来患者数の2%に満 たないと推定されている。 食品安全委員会2012年1月 9 米国における細菌性食中毒患者数と死者数(推定) 病因物質 サルモネラ属菌 カンピロバクター EHECO157 EHEC Non157 赤痢菌 ブドウ球菌 その他 16菌種など 計 総国内 感染者数 食中毒 患者数 死者数 1,229,007 1,322,137 96,534 168,698 494,908 241,994 1,027,561 845,024 63,153 112,752 131,254 241,148 378 76 20 1,330,290 1,2244881 371 4,883,568 3,645,773 861 10 6 Scallan,E. et al: Emerg.Infec.Dis:17(1),2011 10 ヒト由来のサルモネラ血清型 11 ヒト由来のサルモネラ検出数の年次推移 サルモネラ検出数の年次推移 1200 1000 その他 S.Braenderup S.Thompson S.Typhimurium S.Saintpaul S.Infantis S.Enteritidis 800 件数 600 400 200 0 2008 2009 2010 2011 年次 ヒト由来のサルモネラ検出数は、2009年以降も同様の傾向で概ね800 件である。 病原微生物検出情報 各都道府県市の地方衛生研究所からの分離情報12 血清型割合 1997年~ 2008年 1997年~2002年 S.Enteritidis S.Oranienburg S.Infantis ヒト由来のサルモネラの 血清型別の年次構成比 •SEの構成比は2004年以降 で50%以下となった。 •SI,STは毎年同様の傾向で あった。 病原微生物検出情報 各都道府県市の地方衛生研究所 からの分離情報 2003年~2008年 S.Typhimurium 13 サルモネラ血清型の割合 2008~2012年 (5/11現在)病原微生物検出情報 S.Enteritidis S.infantis S.Saintpaul 2012年 2011年 2010年 S.Typhimurium •SEの構成比は過去4年間で大き な変化はない。 •本年5ヶ月経過でSTが大きな割 合を占めている。 2009年 2008年 14 病原微生物検出情報 食品事業者の腸内細菌検査における サルモネラ血清型別の構成比年度推移 S.Enteritidis 構成比 100% 90% 80% 70% 60% 他 O9 O8 O7 O4 50% 40% 30% 20% 10% 0% ’96 ’97 ’98 ’99 ’00 ’01 ’02 ’03 ’04 ’05 ’06 ’07 ’08 ’09 ’10 ’11 S.Oranienburg 年度 サルモネラ血清型別の構成比は健康保菌者でも同様の傾向にある。 15 財団法人 東京顕微鏡院 分離株集計より 食品事業者の腸内細菌検査における サルモネラ血清型検出数の比較 (10月~3月の合計) 血清型 2010年 2011年 O4 77 45 O7 109 99 O8 58 44 O9 33 21 その他 13 28 290 237 計 生食用肉(牛肉)の規格基準の施行前後でサルモネラの検出数が低下か? 今後の動向を観察したい。 財団法人 東京顕微鏡院 分離株集計より 16 海外のサルモネラ食中毒事件例 (SEを除く) 発生年月 発生国 2011年4月 アメリカ 推定原因食品 鶏レバー 血清型 S. Heidelberg 患者数 190人 2011年11月 フランス ドライポークソーセー Salmonella enterica ジ 4,[5],12:i:- 2011年10月 アメリカ 牛ひき肉 S .Typhimurium 2011年12月 イギリス スイカ? S .Newport 発酵豆料理の原料 S .Paratyphi B 58人 S .Sandiego 50人 2012年2月 アメリカ 2012年3月 アメリカ 小型のカメ S .Pomona S .Poona 2012年3月 アメリカ キハダマグロ中落ち S .Bareilly 1,721人 20人 30人以上 9人 13人 190人以上 食品の世界的流通、グローバル化により海外の食品が国内により一層流通する ことになる。 国立医薬品食品衛生研究所 食品安全情報(微生物)、他 17 牛ひき肉に関連して複数州で発生したサルモネラ (Salmonella Typhimurium)感染アウトブレイク Hannaford スーパーマーケットチェーンの店舗で販売された牛ひき肉 発生月日:2011年10月12日~12月10日 患者数:70名(2月1日最終更新日) 当該スーパーマーケット関係者もUS CDCとUSDA FSISの調査に協力した。 食品安全情報(微生物)No.3 / 2012(2012.02.08) 18 CDC HP: Salmonella Reporting Timeline 19 20 小型のカメに関連して複数州にわたって発生した3件 のサルモネラ感染アウトブレイク 初発情報 •米国疾病予防管理センター(US CDC)は、 複数州の公衆衛生当局と協力し、サルモ ネラ感染アウトブレイクを調査。 •1件目はS. Sandiego、2件目はS. Pomona、 3件目はS. Poona感染で、いずれもまれな 血清型である。 •初めの2件では患者発生の地理的分布は、 米国の北東部および南西部で発生。 •3件目は、中西部および南西部で発生。 •公衆衛生調査では、PulseNet(食品由来 疾患サーベイランスのための分子生物学 的サブタイピングネットワーク)を使用 し、PFGE法による診断検査を通じて得ら れたサルモネラのDNAフィンガープリント により関連患者を特定した。 •食品安全情報(微生物)No.8 / 2012 (2012.04.18) 21 Human Salmonella Infections Linked to Small Turtles Image of a Small Turtle Five Multistate Outbreaks of Human Salmonella Infections Linked to Small Turtles 22 Currently Under Investigation by CDC, as of May 8, 2012 Multistate Outbreak of Salmonella Bareilly and Salmonella Nchanga Infections Associated with a Raw Scraped Ground Tuna Product *n=258 for whom information was reported as of May 1, 2012 23 Centers for Disease Control and Prevention 米国におけるS.Saintpaul食中毒 発生月日: 2008年4月16~8月11日 患者数: 1,442名 原因食品: Jalapeno peppers, serrano pepper, tomatoe??? 24 ピーナツバターを含む製品によるS.Typhimurium食中毒(米国) 発生月日:2008年9月~2009年1月 患者数:575名(2月5日現在) 回収: ピーナツバターやピーナツペーストを原料とした菓子 クッキー、クラッカー、シリアル、チョコレートなど 25 欧米におけるサルモネラ集団発生事例、2006~2008年 血清型(O4抗原) I 4,5,12:i:Paratyphi B var Java 1,4,[5],12 Saintpaul 1,4,[5],12 Stanley 発生年月 豚肉? 112 2007年 アメリカ 冷凍ポットパイ 401 2007年 EU11カ国 2008年 アメリカ 2009年 アメリカ アルファルファスプラウト スイス チーズ 82 アルファルファスプラウト 51 ソーセージ 10 2007年 スウェーデン デンマーク、ノル ウェー アメリカ 生乳 29 2008~2009年 アメリカ ピーナッツバター 2008年 デンマーク、ノル ウェー、スウェーデン 豚肉 2008年 デンマーク 豚肉? 2008年 5月 スイス ? 72 2008年 6月 フランス ? 112 2008年 8月 オランダ 豚肉? 152 2006~2007年 アメリカ 乾燥ドッグフード 70 2006~2008年 アメリカ 乾燥ペットフード 79 2008年 2~8月 イギリス、フィンラン ド、アイルランド 肉製品 2007年 7~8月 Schwarzengrund 1,4,12,27 Agona 1,4,12 患者数 ルクセンブルグ 2006年 9月~ 1,4,[5],12,27 2007年2月 1,4,[5],12 推定原因食品 2006年 2006年 Typhimurium 発生国 ベビーホウレン草、サラ ダ? 生食品(ハラペーニョ唐辛 子) 354 1,442 228 529 51 1,054 119 26 病原微生物検出情報(Vol. 30 p. 205: 2009年8月号より編集) 欧州連合(EU)域内の人獣共通感染症、その病 原体および食品由来アウトブレイクの傾向と感 染源に関する年次要約報告書(2010年) • サルモネラ症は、2010年は2009年と比較して患者数が8.8% 減少 • EU域内では6年連続して統計学的に有意な減少傾向 • 2010年に報告された確定患者数は全部で99,020人 • サルモネラ症患者数の減少は、家禽群におけるサルモネラ 管理プログラムの成功 • ほとんどの加盟国で家禽のサルモネラ低減目標値が達成家 禽群のサルモネラ汚染は減少傾向 • 食品では、ブロイラーおよび七面鳥の生鮮肉で最も頻繁に サルモネラが検出 • EUのサルモネラ基準を満たしていない食品は、生きた二枚 貝の他にひき肉および加工肉(meat preparations)に多 かった 27 食品安全情報(微生物)No.6 / 2012(2012.03.21) Nationwide outbreak of Salmonella enterica serotype 4,[5],12:i:- infection associated with consumption of dried pork sausage, France, November to December 2011 図:国立サルモネラリファレンスセンターの報告による一次検査機関での菌株分離の週ごとのサ ルモネラ(Salmonella enterica 4,[5],12:i:-)確定患者数(フランス、2011年、n=1,721) 国立医薬品食品衛生研究所 安全情報部 食品安全情報(微生物)No.4 / 2012(2012.02.22) 28 フランスでのドライポークソーセージによるサルモネラ (Salmonella enterica 4,[5],12:i:-)食中毒 << Eurosurveillance >> • アウトブレイクの概要(抜粋、編集) – このS.Typhimurium単相性変異株は豚肉や牛肉を含む多くの動物お よび食品検体から検出されている。 – この血清型は1990年代中頃より前はほとんど確認されていなかっ たが、現在では欧州連合(EU)で最も多く報告されるサルモネラ 血清型の1つである。 – フランスでは、この血清型は、豚肉関連製品(ブタとたい、豚肉、 豚肉加工品)から分離される血清型として2011年には第3位を占め ている。 • 結論(抜粋、編集) – S. entericaの単相性変異株はEUで検出される主要なサルモネラ株 になりつつある。 – ヒト、動物、および食品検体からの分離の報告が増えてきている。 – 本アウトブレイクは本株によるドライポークソーセージを原因食 品としたフランスで二度目のアウトブレイク。 – ドライポークソーセージが本株の主要な感染源である可能性を示 しており、今後もさらなるアウトブレイクの発生が予想される。 29 農林水産省における食品の安全性に関す る有害微生物のサーベイランス・モニタ リング年次計画 平成24年度 サーベイランス・モニタリン グ中期計画(調査対象) – 優先度A:期間内にサーベイランス*を実施 (*:問題の程度、又は実態を知るための調査) – 調査対象 サルモネラ 鶏卵・鶏肉 •生産段階、加工・流通段階の汚染実態調査を継続 的に実施。 •低減対策効果を検証するための調査を実施。 農林水産省 HPより 30 食品事業者の保菌者検索 •平成24年度 東京都食品衛生監視指導計画保 菌者検索事業の実施 – 腸管出血性大腸菌及びサルモネラによる食中毒を未然に防止し、 また、これらによる散発型集団発生食中毒の早期発見や発生原 因の究明のため、保菌者のサーベイランスを実施し、その結果 に応じて必要な措置を講ずる。 •食品等事業者の自主検査 従業員の就業制限 •感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 (感染症法) •大量調理施設の衛生管理マニュアル •学校給食法 31 食品産業の就業者数(平成17年) •就業者数 775万人(全産業の約13%) – 食品製造業 132万人 – 外食産業 269万人 – 小計 401万人 – 食品流通業 374万人 世界で類を見ないサーベイランス システムとなる可能性は? 「食品産業の将来方向 検討参考資料集」 農林水産省:平成22年6月より 32 腸内細菌検査の目的 ・従業員に起因する食中毒事故を未然 に防止する(陽性者の就業制限) ・健康管理などの生活習慣、手洗いの 大切さを啓発する ・疫学的データを解析し、感染症予防 に活用する 33 腸内細菌検査 今後の課題 •行政 サルモネラ保菌者情報の収集、感染動向情報の提供、 食品事業者への指導・助言 •事業者 保菌者情報の集約と提供、適正な検査への協力、迅 速な就業制限/復帰指示 •検査機関 適正な検査と精度管理の実施、情報・菌株の提供 •試薬メーカー 迅速な検査方法の開発と標準化、公定化 検査機関の精度管理は極めて重要であり、そのための客観的評価が 求められることになる。 34 食品企業の自主衛生管理の重要性 1. 消費者に安全な食品を提供することは 食品企業の社会的責任である 2. 食品安全基本法、食品衛生法などの法 令遵守 3. 一般的衛生管理の確実な実施 4. 安全管理体制を確実なものとするため に、HACCP、ISOなどのシステムの導入 5. 安全性を高めるための技術開発 35 細菌性食中毒リスクへの対応 日常より危機管理体制を構築するた めには流行の状況をリアルタイムに 把握する 国立感染症研究所や地方自治体 の食中毒や感染症情報の解析 新聞報道による感染症や食中毒 情報の解析 流行状況の把握 (日時、地域別) 地域の保健所等からの情報収集 36 サルモネラ食中毒のリスク低減のために •サルモネラによるリスク低減のための食品安 全プログラムの普及と遵守(GAP、GMP、 HACCP) •広域散発食中毒(散発型集団発生食中毒)の 情報集約と解析(PulseNetなど) •食品事業者の保菌者検索結果の活用(医師、 保健所、衛生研究所、事業者、民間検査機関 の連携) •流通食品の汚染モニタリング検査の拡充 •食中毒事件原因調査結果の共有化、迅速化 37 サルモネラ食中毒のリスク低減のために 行政・研究機関 外国・国際機関 PulseNet 食品保健総合情報処理システム 都道府県等・衛研・保健所 医療機関・医師 食品事業者 食品取り扱い従事者 民間検査機関 38 ご清聴を感謝いたします。 ありがとうございました。 39
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