第一東京弁護士会 総合法律研究所 知的所有権法部会 平成27年3月

第一東京弁護士会 総合法律研究所
平成27年3月部会レジュメ
知的所有権法部会
平成27年3月12日
弁護士 乾 裕介
第1 事件
(第1事件)
東京地裁平成23年(ワ)第38799号 不正競争行為差止等請求事件
(不正競争防止法2条1項14号(営業誹謗行為)1の差止め、不正競争および
不法行為に基づく損賠賠償を求める事件)
平成26年1月30日判決言渡し
原告 億光電子工業股份有限公司
(英語名:Everlight Electronics Co. Ltd.)(以下、「エバーライト社」)
被告 日亜化学工業株式会社(以下、「日亜化学」)
(第2事件)
大阪地裁平成26年(ワ)第3119号 損害賠償請求事件
(不正競争防止法2条1項14号および不法行為に基づく損賠賠償を求める事件)
平成27年2月17日判決言渡し
原告 株式会社立花エレテック(以下、「立花エレテック」)
被告 日亜化学
第2 事案の概要
1 日亜化学は、以下の特許(以下、「本件特許」)の特許権者である。
発明の名称
登録番号
発光ダイオード
特許第4530094号2,3
1
不正競争防止法 2 条 1 項 14 号は、「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の
事実を告知し、又は流布する行為」を「不正競争」と定義する。
2
本件特許の特許請求の範囲については、日亜化学は平成 24 年 12 月 17 日、訂正審判を請
求し(訂正 2012-390168)、特許庁は平成 25 年 2 月 28 日、訂正を認める審決をした(同
年 3 月 11 日確定)。訂正後の請求項 1 の記載は、以下のとおりである(下線部は、訂正
により追加された箇所)。
A
B
C
窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDチップと、
該LEDチップを直接覆うコーティング樹脂であって、該LEDチップからの第1
の光の少なくとも一部を吸収し波長変換して前記第1の光とは波長の異なる第2の
光を発光するフォトルミネセンス蛍光体が含有されたコーティング樹脂を有し、
前記フォトルミネセンス蛍光体に吸収されずに通過した前記第1の光の発光スペク
トルと前記第2の光の発光スペクトルとが重なり合って白色系の光を発光する発光
ダイオードであって、
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-2-
出願日
登録日
D
E
F
平成21年 3月18日(特願2009-65948)
(特願2008-269(以下、「原出願」)の分割出願)
平成22年 6月18日
前記コーティング樹脂中のフォトルミネセンス蛍光体の濃度が、前記コーティング
樹脂の表面側から前記LEDチップに向かって高くなっており、
かつ、前記フォトルミネセンス蛍光体は互いに組成の異なる2種以上である
ことを特徴とする発光ダイオード。
(本件特許明細書の図 2)
201: コーティング部
202: 発光素子
204: 筐体
3
本件特許に対しては、以下の 2 件を含む、複数の無効審判が請求されている。
サンクン
燦坤日本電器株式会社(以下、「燦坤」)が請求した無効審判事件(無効 2011-800021)
では、燦坤が分割要件違反等を主張したのに対し、特許庁は平成 23 年 10 月 19 日、請求
不成立の審決をしたが、その審決取消訴訟(知財高裁平成 23 年(行ケ)第 10391 号)に
おいて、知財高裁は平成 24 年 9 月 27 日、請求項 1 に記載された発明は原出願の明細書に
記載されていないとして、審決を取り消す判決をした。日亜化学は上告・上告受理申立て
をしたが、平成 25 年 7 月 25 日、燦坤は審判請求を取下げ、日亜化学は上告・上告受理申
立てを取下げた。
エバーライト社が請求した無効審判事件(無効 2011-800159)では、エバーライト社が分
割要件違反等を主張したのに対し、特許庁は平成 24 年 6 月 12 日、請求不成立の審決をし
た。その審決取消訴訟(知財高裁平成 24 年(行ケ)第 10362 号)において、知財高裁は
平成 25 年 6 月 27 日、特許請求の範囲について訂正がなされたこと(脚注 2 参照)を理由
として、審決を取り消す判決をした。(第 1 事件の判決がなされたのは、その後である。)
その後、特許庁は平成 26 年 5 月 1 日、分割要件違反等を理由として、本件特許を無効と
する審決をした。これに対し、日亜化学は審決取消訴訟を提起し(知財高裁平成 26 年
(行ケ)第 10142 号)、現在も係属中である。
なお、上記知財高裁平成 24 年 9 月 27 日判決は、原出願の明細書には、ある特定の組成を
有する蛍光体(Y、Lu、Sc、La、Gd および Sm から選択された少なくとも 1 つの元素と、
Al、Ga 及び In から選択された少なくとも 1 つの元素とを含み、セリウムで付活されたガ
ーネット系蛍光体)を使用する発明のみが開示されているのに対し、請求項 1 に記載され
た発明には蛍光体の組成の限定が無いとして、分割要件違反があると判断した。上記無効
2011-800159 事件の平成 26 年 5 月 1 日付審決も同様である。
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-3-
2
エバーライト社は、白色 LED 製品(以下、「エバーライト製品」)を製造し
ていた。
3
日亜化学は、平成23年8月31日、株式会社チップワンストップ(以下、
「チップワンストップ」)によるエバーライト製品の輸入・販売等が本件特許
を侵害するとして、同社を被告として差止めを求める訴訟を東京地裁に提起し
た(東京地裁平成23年(ワ)第28766号)。
日亜化学は、同年9月1日、上記訴訟に関する次のプレスリリース(以下、
プレスリリース1)を自社HPに掲載した。
「台湾 Everlight 社製白色LEDに対する特許侵害訴訟について
2011年8月31日、日亜化学工業株式会社(本社:徳島県阿南市、社長:B)は、
株式会社チップワンストップ(本社:神奈川県横浜市、社長:C。以下「チップワン
社」)を 被告として、台 湾最大 のLEDア ッセンブリ メーカーである Everlight
Electronics 社(本社:中華民国新北市<以下略>、董事長:A)が製造し、チップ
ワン社が輸入、販売する白色LED(製品型番:GT3528シリーズ)について、当
社特許権(第4530094号。以下「094特許」)に基づき、侵害差止めを求める
訴訟を東京地方裁判所に提起致しました。
当社は、これまでも当社特許を侵害する企業に対しては、全世界において当社
の権利を主張し、とりわけ、日本市場での日亜特許の侵害行為に対しては、断
固たる措置を取ってまいりました。しかしながら、昨今の中韓台LEDチップ及び
パッケージメーカーによる、特許権を無視した日本市場での行動は目に余るも
のがあります。このような日本市場での日亜特許の侵害行為に対する対抗措置
の一環として、当社は今般、台湾最大のLEDパッケージメーカー製品に対して
訴訟を提起したものであります。なお、この訴訟に続き、同社製品に対して追加
の訴訟を提起する予定です。
注:対象特許の概要:
現在一般に流通している白色LEDは、青色発光のLEDチップに黄色など様々な
色を発光する蛍光体を組み合わせて、白色系の発光を得ております。
今回の対象特許(094特許)は、このような白色LED内の蛍光体の濃度につい
て規定した技術であり、蛍光体の種類に限定はありません。」
その後、チップワンストップが原告製品1の販売を中止し、日亜化学は、同
年9月8日、上記訴訟を取り下げた。
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4
日亜化学は、平成23年10月4日、立花エレテックによるエバーライト製
品の輸入、譲渡および譲渡の申出が本件特許を侵害するとして、同社を被告と
して差止め等を求める訴訟を東京地裁に提起した(東京地裁平成23年(ワ)
第2488号、第32489号)。
日亜化学は、同年10月5日、上記訴訟に関する次のプレスリリース(以下、
「プレスリリース2」)を自社HPに掲載した。
「台湾 Everlight 社製白色LEDに対する新たな特許侵害訴訟の提起について
2011年10月4日、日亜化学工業株式会社(本社:徳島県阿南市、社長:B)は、
株式会社立花エレテック(本社:大阪府大阪市、社長:D。以下「立花社」)を被告
として、台湾最大のLEDアッセンブリメーカーである Everlight Electronics 社(本
社:中華民国新北市<以下略>、董事長:A。以下「Everlight 社」)が製造し、立
花社が輸入、販売等する白色LED(製品型番:GT3528シリーズ、61-238シ
リーズ)について、当社特許権(第4530094号。以下「094特許」)に基づき、
侵害差止め及び損害賠償を求める2件の訴訟を東京地方裁判所に提起致しま
した。
当社は、これまでも当社特許を侵害する企業に対しては、全世界において当社
の権利を主張し、とりわけ、日本市場での当社特許の侵害行為に対しては、断
固たる措置を取ってまいりました。しかしながら、昨今の中韓台LEDチップ及び
パッケージメーカーによる、特許権を無視した日本市場での行動は目に余るも
のがあります。このような日本市場での当社特許の侵害行為に対する対抗措置
の一環として、今年8月に Everlight 社製白色LEDを取り扱っていた会社に対す
る訴訟を提起し、当該事件の被告は当該白色LEDが当社特許の権利範囲であ
ることを認め、その販売等を中止しました。今回提起した訴訟は、この訴訟に続
くものであり、立花社に対してもその販売等の中止等を求めるものです。
注:対象特許の概要:現在一般に流通している白色LEDは、青色発光のLEDチ
ップに黄色など様々な色を発光する蛍光体を組み合わせて、白色系の発光を得
ております。今回の対象特許(094特許)は、このような白色LED内の蛍光体の
濃度について規定した技術であり、蛍光体の種類に限定はありません。」
東京地裁は、平成25年1月31日、立花エレテックによるエバーライト製
品の輸入、譲渡および譲渡の申出があったと認めるに足りる証拠はないとして、
日亜化学の請求を棄却する判決をした。日亜化学は控訴した(知財高裁平成2
5年(ネ)第10014号)が、知財高裁は、同年7月11日、控訴を棄却す
る判決をした。日亜化学は上告・上告受理申立てをし、事件は現在も係属中で
ある。
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第1事件は、エバーライト社が、日亜化学がチップワンストップおよび立花
エレテックに対して上記訴訟を提起し、プレスリリースを掲載した行為が、不
正競争防止法2条1項14号ないし不法行為に当たるとして、不正競争の差止
め、損賠賠償を求めた事件である。
6
第2事件は、立花エレテックが、日亜化学が立花エレテックに対して上記訴
訟を提起し、プレスリリースを掲載した行為が、不正競争防止法2条1項14
号ないし不法行為に当たるとして、損賠賠償を求めた事件である。
第3 判決(第1事件)
1 結論:請求棄却。
2 争点についての判断
(1)本件プレスリリース1の掲載が不正競争防止法2条1項14号の不正競争
に該当するか
ア 本件プレスリリース1により、いかなる事実が告知・流布されたと認めら
れるか
・「本件プレスリリース1は、① 被告がチップワンストップに対して第1
訴訟を提起した旨の事実と共に、② チップワンストップが原告製品1を
輸入販売した旨、及び、③ チップワンストップのように原告製品1を我
が国に輸入し、販売する行為が本件特許権の侵害となり、かかる行為に対
しては被告が特許権侵害訴訟を提起するなどの対抗措置を取ることになる
旨の事実を告知し、流布するものであると認めるのが相当である。」
・(本件プレスリリースに記載されたのは上記①の訴訟提起の事実のみであ
る、との被告の主張に対して)
「本件プレスリリース1の見出しは、『台湾 Everlight 社製白色LEDに
対する特許侵害訴訟について』というものである。一般に、見出しがそれ
に続く文章の要点を掲げるものであり、読み手の関心を引き付ける重要な
部分であることからすると、被告が本件プレスリリース1の告知内容とし
て重点を置く部分は、第1訴訟の対象が原告の製造するLED(原告製品
1)である点にあると解される。…これらのことからすれば、本件プレス
リリース1に接した者は、本件プレスリリース1には、単に上記①の第1
訴訟の提起の事実が記載されているにとどまらず、上記②及び③のチップ
ワンストップによる原告製品1の輸入販売行為が特許権侵害になる旨の事
実が記載されていると認識すると解するのが相当である。」
イ
本件プレスリリース1が告知・流布する事実が虚偽であるか否か
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・
①②の事実は、虚偽の事実でないことは明らかである。
・「本件プレスリリース1により告知流布された上記③の事実が虚偽である
かを検討するに、ア 原告製品1が本件訂正後発明の技術的範囲に属しな
い場合、又は、イ 本件特許が無効と認められる場合には、虚偽の事実に
当たると解すべきことになる。」
・(技術的範囲の属否について)
原告製品1が、本件訂正後発明の技術的範囲に属しないとはいえない。4
・(有効性について)
「被告が『原告製品1の輸入販売が本件特許権の侵害になる』旨の事実を
告知流布する本件プレスリリース1を掲載したことは、特許権者による正
当な権利行使であり、単に本件特許に無効理由が存在するというだけでは、
本件プレスリリース1により告知流布された上記事実が虚偽であるとして
不正競争行為に当たるとすることは相当でないというべきである。一方、
本件特許に無効理由が存在することが明らかであるなど、本件特許権の行
使が権利の濫用に当たるような場合には被告はこれに基づく差止め、損害
賠償等の請求をすることができないから(最高裁平成12年4月11日第
三小法廷判決・民集54巻4号1368頁5、特許法104条の3第1項
参照)、このような場合に当たるとすれば本件プレスリリース1により告
知流布された上記事実は虚偽であると評価すべきこととなる。」
・「本件特許については分割要件違反を理由とする無効審判請求がされ、特
許庁がこれを不成立とする審決をしたところ、これを取り消す旨の本件審
決取消判決がされたこと、被告はこれを受けて訂正審判を請求し、特許庁
4
具体的には、原告は、原告製品 1 は構成要件 D の「フォトルミネセンス蛍光体の濃度が、
前記コーティング樹脂の表面側から前記 LED チップに向かって高くなって」の要件を充足
しないと主張し、その根拠として、原告が原告製品 1 であると主張する製品についての分
析結果を提出した。しかしながら、判決は、被告が原告製品 1 であると主張する製品につ
いて被告が行った分析によれば、蛍光体の濃度分布は上記要件に整合するところ、被告が
分析した製品は半導体取引の専門業者によって原告の正規品として取り扱われていたもの
であるのに対し、原告は、原告が分析した製品が原告製品 1 であることを裏付ける客観的
証拠を提出していないとして、原告の主張を排斥した。
また、原告は、互いに組成の異なる 2 種類以上のフォトルミネセンス蛍光体(構成要件
E)は同じ「第 2 の光」(構成要件 B)を発しなければならないのに対し、原告製品 1 は
互いに組成の異なるフォトルミネセンス蛍光体が異なる光を発しているから、構成要件
B・E を充足しないと主張した。しかしながら、判決は、「第 2 の光」について原告主張
のように限定して解釈することはできないとして、原告の主張を排斥した。
5
いわゆる「キルビー判決」のことを指す。
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は、本件訂正後特許には分割要件違反その他無効理由が存在しないと判断
して、本件訂正を認める旨の審決をしたことが認められる。6
また、…本件原出願明細書には実施形態又は実施例として組成が限定さ
れた蛍光体のみが記載されているとはいえないと解することが可能であっ
て、この趣旨をいう専門家の意見書も提出されている。
これらの事情を総合すると、分割要件違反の有無については第1次的に
は専門的知識経験を有する特許庁の審判手続により判断されるべきところ
(特許法178条6項参照)、本件訂正後特許についてこれを無効とする
審決がされることが見込まれるということはできない。7そうすると、不
正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為の有無が争われている本
件訴訟において、分割要件違反を理由として本件プレスリリース1により
告知流布された前記事実が虚偽であると解することはできないというべき
である。」
ウ
結論
・「以上によれば、本件プレスリリース1の掲載が原告の営業上の信用を害
する虚偽の事実の告知流布に当たると認めることはできないと判断するの
が相当である。」
(2)プレスリリース2の掲載が不正競争防止法2条1項14号の不正競争に該
当するか
ア プレスリリース2により告知・流布された事実
・「本件プレスリリース2は、前記…で判示したのと同様の理由により、①
被告が立花エレテックに対して第2訴訟を提起した旨の事実、② 立花エ
レテックが原告各製品を輸入販売した旨の事実と、③ 立花エレテックの
ように原告各製品を我が国に輸入し、販売する行為が本件特許権の侵害と
なり、かかる行為に対しては被告が特許権侵害訴訟を提起するなどの対抗
措置を取ることになる旨の事実が記載されていると認めることができる。」
イ
本件プレスリリース2が告知・流布する事実が虚偽であるか否か
6
もっとも、訂正を認めた審決(訂正 2012-390168)は、もっぱら訂正後の発明の「『フォ
トルミネセンス蛍光体』が『互いに組成の異なる 2 種類以上である』」との特定事項に着
目して、分割要件違反は無いと判断しており、ある特定の組成を有する蛍光体を使用する
発明のみが原出願の明細書に開示されているか否かという、知財高裁平成 24 年 9 月 27 日
判決(本件審決取消訴訟判決)(脚注 3 参照)が問題とした点については、特に判断はし
ていない。
7
もっとも、実際には判決後に、無効 2011-800159 事件において、分割要件違反を認めて本
件特許を無効とした審決がなされている(脚注 3 参照)。
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・
①の事実は、虚偽の事実でないことが明らか。
・「上記②の事実は、立花エレテックが原告各製品の輸入、販売等をしてい
ないとすれば…、虚偽の事実に当たることになり得る。しかしながら、立
花エレテックが原告各製品を輸入販売等しているかどうかは、それ自体と
しては原告の営業上の信用に影響しない事実であると解される。そうする
と、上記②の事実が虚偽であるとしても、これにより原告の営業上の信用
が害されることはないから、本件プレスリリース2のうちこの部分につい
て14号の不正競争行為を認めることはできない。」
・(技術的範囲の属否について)
原告製品2が、本件訂正後発明の技術的範囲に属しないとはいえない。
ウ
結論
・「以上によれば、本件プレスリリース2の掲載が原告の営業上の信用を害
する虚偽の事実の告知流布に当たると認めることはできないと判断するの
が相当である。」
(3)立花エレテックに対する訴訟の提起が不正競争防止法2条1項14の不正
競争に該当するか
・「訴状は、その性質上、当該事件の原告の法律上及び事実上の見解を記載す
るものであり、これを受領する者はそのような書面として受け取るのである
から、14号にいう『事実』を告知するものとみることは困難である。さら
に、法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めることは法治
国家の根幹に関わる重要な事柄であり、かかる裁判制度の利用及びこれに当
然随伴する行為を差し止めることは不正競争防止法が予定するところではな
いと解される。そうすると、訴状の送達により訴えの内容を相手方に知らせ
ることは、14号所定の告知行為に該当しないというべきである。
したがって、第2訴訟の提起が14号に該当することをいう原告の主張は
失当というほかない。」
(4)プレスリリース2の掲載および立花エレテックに対する訴訟の提起が不法
行為としての違法性を有するか
・(訴訟の提起について)
「訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは、当該訴訟において提
訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、
提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得
たといえるのにあえて訴えを提起したときなど、訴えの提起が裁判制度の趣
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旨に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるのであり(最
高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)、こ
のような場合を除いては、訴えの提起が当該訴えの相手方以外の者に対する
不法行為となることもないと解するのが相当である。」
・「第2訴訟は、被告が、① 立花エレテックが原告各製品の輸入、譲渡の申
出、譲渡等をしており、かつ、② これが本件特許権を侵害すると主張して、
立花エレテックに対し侵害行為の差止め等を求めたものである。」
・「立花エレテックのホームページに、同社が取り扱う半導体製品のメーカー
として原告が掲げられており、原告製の白色LEDを取り扱っている旨記載
され、原告各製品が掲載されている原告のホームページへのリンクが貼られ
ていたこと、被告は、立花エレテックにおいて白色LEDである原告各製品
につき少なくとも譲渡の申出をしていたものと判断し、第2訴訟を提起した
ことが認められる。そうすると、被告の上記①の主張は相応の根拠をもって
されたものということができ、事実的根拠を欠くものと認めるには足りない
というべきである。」
・
②の原告各製品の輸入等が本件特許権の侵害に当たる旨の主張は、事実的、
法律的根拠を欠くものではない。
・(本件プレスリリース2の掲載について)
本件プレスリリース2のうち、第2訴訟を提起した旨の事実を告知流布す
る部分に違法性はなく、その余の部分についても、その掲載は不正競争行為
に当たるものではなく、かえって本件特許権の行使として不当なものではな
いとみることができる。
第4 判決(第2事件)
1 結論:日亜化学に対し、110万円および遅延損害金の支払いを命じる。
2 争点についての判断
(1)プレスリリース2の掲載が不正競争防止法2条1項14号の不正競争に該
当するか
ア 本件プレスリリースの記載内容
・「本件プレスリリースの読み手が、見出し及び第1段落のみに接した場合、
原告が本件製品を輸入、販売等したことを理由に本件特許権を侵害すると
して被告が先行訴訟を提起した旨を公表するものであると理解するとして
も、本件プレスリリースに記載された内容に虚偽の事実があると認めるこ
とはできない。」
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・「見出しの下、第1段落と第2段落を併せ読むと、これらの記載は、原告
を上記別会社と同列に扱った記載となっており、先行訴訟が上記の対抗措
置の一環に含まれるものであり、原告が、エバーライト社製の本件製品を
輸入、販売等することにより本件特許権を侵害しており、少なくともその
点において、中韓台LEDチップ及びパッケージメーカーによる特許権を
無視した侵害行為に関わりを有しているということを意味していると認め
られる。特に、第2段落では、上記別会社が、被告の提訴直後、被告の特
許権侵害を認めて販売等を中止したと記載されているため、読む者をして、
原告も上記別会社と同様の侵害行為を行っているものと強く思わせる記載
内容となっている。
このような記載は、被告が、原告を相手に訴訟(先行訴訟)を提起した
のに伴って、訴訟提起の事実を公表し、先行訴訟における自らの主張内容
や見解を単に説明するという限度を超えており、原告の営業上の信用を害
するものである。」
イ
本件プレスリリースに記載された事実が虚偽であるか否か
・「本件プレスリリースに記載された、原告が具体的な製品として特定され
た本件製品を輸入、販売し、又は、本件製品の譲渡を申し出ることによっ
て本件特許権を侵害していることを窺わせる事情は見当たらず、本件プレ
スリリースに記載された事実は虚偽であると認められる。」8
(2)故意・過失の有無
・「特許権侵害を理由に提訴した際、提訴の事実を公表するにとどまらず、…
他者の行為が、自己の有する特許権を侵害しているとの内容をウェブサイト
上に掲載してプレスリリースを行った場合、不特定多数の者が当該プレスリ
リースを読むため、他者の営業に重大な損害を与えることが容易に予想され
8
この事実認定の基礎として、判決は、(1) 原告のウェブサイトにおいて、エバーライト社
は 15 社の半導体製品の仕入先メーカーの一つとして紹介されているに過ぎず、本件製品
を含めエバーライト社製の特定の商品が具体的には記載されていないこと、(2) 原告のウ
ェブサイトにはエバーライト社のウェブサイトのトップページへのリンクが貼られている
が、エバーライト社のトップページには具体的な LED 製品の記載は無く、更に複数回のリ
ンクをたどらなければ具体的な製品が掲載されたページは表示されないこと、(3) 従って、
原告を通じてエバーライト社の LED 製品を購入しようとする顧客は、原告に直接、エバー
ライト社の LED 製品のうちのどの製品を取り扱っているか問い合わせるか、エバーライト
社のウェブサイト内で個別具体的な LED 製品を探し当てた上で原告に問い合わせる必要が
あること、(4) 原告にはエバーライト社の LED 製品を販売した実績があるものの、原告が
エバーライト社の白色 LED 製品を取り扱っていたかは明らかでないこと、(5) 原告、エバ
ーライト社およびエバーライト社製品の輸入業者の関係者はいずれも、原告が本件製品を
取り扱った実績はない旨述べていること、等を挙げている。
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る。したがって、そのようなプレスリリースを行うに当たっては、あらかじ
め、他者の実施行為等について、事実の調査を尽くし、特許権侵害の有無を
法的な観点から検討し、侵害しているとの確証を得た上で、プレスリリース
を行うべき注意義務がある。」
・「被告は、先行訴訟を提起するに当たって、原告のウェブサイトの記載や取
引関係を根拠として原告が本件製品の輸入、譲渡又は譲渡の申出をしている
と判断したと考えられる。しかしながら、…それだけでは、そのような判断
をするための根拠としては不十分というべきである。被告が、原告に問い合
わせる、原告に警告書を送付して回答内容を確認する、原告の取引関係者等
の第三者に問い合わせるなどして、原告が取り扱う具体的な製品を特定する
ための調査を尽くしたような形跡は窺われない。」
・「上記の事情に鑑みると、被告には、原告の営業に多大な影響を及ぼすおそ
れのある本件プレスリリースをウェブサイト上に掲載するに当たり、原告の
権利、利益を侵害することがないように尽くすべき注意義務を怠った過失が
あったものと認められる。」
・「また、上記の事情に鑑みると、仮に、被告が指摘する違法性阻却の抗弁を
採用し得るとしても、被告の行為が正当な権利行使の範囲内にとどまるとは
いえず、違法性は阻却されない。」
(3)立花エレテックに対する訴訟の提起等が不法行為を構成するか
・「先行訴訟の提起が、相手方に対する違法な行為といえるためには、『当該
訴訟において、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を
欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容
易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提
起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに
限られるものと解するのが相当である』(最高裁第三小法廷昭和63年1月
26日判決・民集42巻1号1頁参照)。」
・「原告が本件製品の輸入、譲渡又は譲渡の申出をしたと判断して、その旨の
主張をして先行訴訟を提起したことについても、本件プレスリリースの掲載
の適否という観点からではなく、先行訴訟の提起が権利行使の範囲内か否か
という観点からみれば、相応の根拠をもってされたものということができ、
事実的、法律的根拠を欠くものと認めるには足りない。
したがって、被告の先行訴訟の提起は、裁判制度の趣旨目的に照らして著
しく相当性を欠くとは認められないから、原告に対する違法な行為とはなら
ず、不法行為を構成しない。」
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(4)損害額
・「原告が本件製品を販売等していた事情は窺えず、本件プレスリリースの掲
載によって、本件製品の販売等に影響が生じるというような状況にはないも
のの、原告が被告の有する特許権を侵害する製品の販売等を行っているとい
う印象を不特定多数の者に与え、営業活動に関する評価を損なわれるなど、
原告の営業上の信用が害されたことは否定し得ない。
本件プレスリリースによる告知の相手方、内容、態様、掲載に至る経緯、
掲載期間、原告が取り扱う製品の市場規模等、本件記録から窺われる諸事情
を総合考慮すると、原告の被った無形損害は100万円と認めるのが相当で
ある。」
・
弁護士費用は、10万円が相当。
・
損害額は合計110万円。
第5 検討
1 競業者の取引先等に対して特許権侵害を告知・流布する行為が、不正競争防
止法2条1項14号(営業誹謗行為)に該当するか
この点に関しては、従来の裁判例は、(1) 結果的に虚偽であれば、営業誹謗行
為に該当するという見解を採るもの9と、(2) 結果的に虚偽であっても、正当な権
利行使の一環として行われたものであれば違法性が阻却されるという見解を採
るものとがある。10
9
(1)の見解によった場合、結果的に虚偽であれば差止請求は認められる。他方、損害賠償請
求が認められるためには、更に故意または過失が必要であることから、過失の有無の判断
において、特許権者が侵害や有効性について調査を尽くしたか否かを検討する裁判例が多
い。
10
従来の裁判例は、結果的に虚偽であれば不正競争防止法 2 条 1 項 14 号該当性を認めるも
のが多く、それらの裁判例は(1)の見解を前提としていると考えられる。(1)の見解を明示的
に採るものとして、大阪地裁平成 19 年 2 月 15 日判決(平成 17 年(ワ)第 2535 号)があ
る。
他方、(2)の見解を採り、かつ違法性阻却を肯定した裁判例としては、東京高裁平成 14 年
8 月 29 日判決(平成 13 年(ネ)第 5555 号)、東京地裁平成 16 年 8 月 31 日判決(平成
15 年(ワ)第 18830 号他)、東京地裁平成 18 年 8 月 8 日判決(平成 17 年(ワ)第 3056
号)、東京地裁平成 18 年 10 月 11 日判決(平成 17 年(ワ)第 22834 号)等がある。
逆に、(2)の見解を採りつつも違法性阻却を否定した裁判例としては、東京地裁平成 14 年
12 月 12 日判決(平成 9 年(ワ)第 24064 号他)、東京地裁平成 15 年 10 月 16 日判決
(平成 14 年(ワ)第 1943 号)、東京地裁平成 17 年 12 月 13 日判決(平成 16 年(ワ)
第 13248 号)、東京地裁平成 22 年 9 月 17 日判決(平成 20 年(ワ)第 18769 号他)等が
ある。
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第1事件では、「他人の営業上の信用を害する」または「虚偽の」事実の告
知・流布が無いと判断されたため、違法性阻却はそもそも問題とならなかった。
第2事件では、日亜化学は違法性阻却を主張したが、判決は、過失の認定に
引き続いて「仮に、被告が指摘する違法性阻却の抗弁を採用し得るとしても、
被告の行為が正当な権利行使の範囲内にとどまるとはいえず、違法性は阻却さ
れない。」と判示している。
違法性阻却を肯定した過去の裁判例は、いずれも、競業者の取引先に対する
警告状の送付が問題となった事案であるのに対し、本件では、日亜化学は公に
向けたプレスリリースを行っている。このことからすると、仮に上記(2)の見解
を採用した場合であっても、違法性阻却を肯定するのは困難であったように思
われる。
2
特許に無効理由がある場合に、特許権侵害を告知・流布する行為が不正競争
防止法2条1項14号に該当するか
この点に関しては、従来の裁判例は、特許の無効理由の有無について独自に
判断した上で、無効理由がある場合には「虚偽の事実」に該当するとしつつ、
故意・過失の有無(または、上記(2)の見解を採る場合には、違法性阻却事由の
有無)の問題として判断する傾向にある。
これに対し、本件特許に無効理由があるか否かが問題となった第1事件にお
いて、判決は、日亜化学が「本件プレスリリース1を掲載したことは、特許権
者による正当な権利行使であり、単に本件特許に無効理由が存在するというだ
けでは、本件プレスリリース1により告知流布された上記事実が虚偽であると
して不法行為に当たるとすることは相当でない」としつつ、「本件特許に無効
理由が存在することが明らかであるなど、本件特許権の行使が権利の濫用に当
たるような場合には…上記事実は虚偽であると評価すべきこととなる。」との
規範を示した。
その上で、判決は、無効審判の状況、専門家の意見書の存在等を考慮した上
で、「分割要件違反の有無については第1次的には専門的知識経験を有する特
許庁の審判手続により判断されるべきところ(特許法178条6項参照)、本
件訂正後特許についてこれを無効とする審決がされることが見込まれるという
ことはできない。」として、本件プレスリリース1により告知流布された事実
を虚偽であると認定しなかった。
第1事件の判決は、特許に無効理由が存在するだけでは「虚偽の事実」に該
当するとはいえないとした点、および、独自に無効理由の有無について判断し
ていない点で、従来の裁判例の傾向とは異なる判断を示しており、特徴的であ
る。11
11
もっとも、第 1 事件の判決がなされた当時の状況を考慮すると、知財高裁平成 24 年 9 月
27 日判決が、訂正前の請求項 1 に記載の発明は原出願の明細書には開示されていないと判
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3
特許侵害訴訟の提起が不法行為に該当するか
この点に関しては、従来の裁判例は、最高裁昭和63年1月26日第三小法
廷判決の枠組みに沿って判断することが一般的であり12、第1事件・第2事件の
判決もこれを踏襲した上で、不法行為を否定している。
なお、第2事件の判決は、「プレスリリースを行うに当たっては、あらかじ
め、他社の実施行為等について、事実の調査を尽くし、特許権侵害の有無を法
的な観点から検討し、侵害しているとの確証を得た上で、プレスリリースを行
うべき注意義務がある。」とし、プレスリリースを行う特許権者に対しては高
度の注意義務を課しつつ、先行訴訟の提起との関係では、「本件プレスリリー
スの掲載の適否という観点からではなく、先行訴訟の提起が権利行使の範囲内
か否かという観点からみれば、相応の根拠をもってされたものということがで
き、事実的、法律的根拠を欠くものと認めるには足りない。」として、プレス
リリースと訴訟提起の場面とで異なる基準が適用されることを明示している。
4
その他
・
第1事件の判決が述べるように、裁判所をして訴状を送達させることは、
(その当不当について論じるまでも無く)そもそも不正競争防止法2条1項1
4号の「告知」に該当しない?13
・
日亜化学とエバーライト社はLEDの製造業者として競争関係にあることは
間違いないが、日亜化学と立花エレテックは「競争関係」にあるか?14
以
上
断しており、かかる判断に至った請求項 1 の文言の問題点はその後の訂正でも解決されて
いなかったのであるから(脚注 3, 6 参照)、客観的に見れば、本件特許を無効とする審決
がなされる蓋然性は相当に高かったのではないかと考えられる(実際、第 1 事件の判決の
後になされた無効 2011-800159 事件の審決は、そのとおり判断している)。
12
もっとも、従来の裁判例では、仮処分の申立てが不法行為に該当するか否かが争われたケ
ースの方が多く、本案訴訟の提起が不法行為であるか否かが争われたケースは少数である。
13
なお、仮処分の申立てが不正競争防止法 2 条 1 項 14 号に該当すると判断した裁判例とし
ては、東京地裁平成 18 年 3 月 24 日判決(平成 17 年(ワ)第 3089 号)がある。
14
第 2 事件において、競争関係の有無が争われた形跡はなく、そもそも判決書に「競争関
係」という文言が一度も登場しない。
TOKLIB01/TOKYI/378889.1
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