スペイン アンダルシヤ地方の地下住居 1 - So-net

スペイン
アンダルシャ地方の地下住居-1
その1:バーザとグラナダのクエバス
愛知江南短期大学 稲葉一八
1 はじめに
現在、世界の各地には地下住居(洞窟住居)で日常
住居)、オーストラリアのクーバーペディーではダッ
グアウト(DUG-OUTS)、そしてスペインではクエ
の生活を営んでいる多くの人々がいるが、その一つで
バス(CUEVAS)と呼ばれている。
あるスペインのアンダルシャ地方の地下住居を訪問
(2) バーザ(Baza)のクエバス
調査する機会を得たのでこの住環境の一部について
バーザはグラナダ市の北東方 107Km のバーザ山
報告する。
中標高 870m にあり、南にバーザ山脈、北にセグラ
2 調査内容
山脈にはさまった陥没低地(ベニベティカ地溝)にあ
(1)調査地域の概況
る小さな町である。
アンダルシアはスペイン南部の地方で、地形上、グ
町の中心から少し丘を上った、緩やかな丘の斜面に
アダルキビル河谷平野のある低アンダルシアとスブ
クエバスはある。この丘にはジプシーが生活している
ベティカ山脈とベニベティカ山脈がある高アンダル
比較的昔の姿に近い形をしたクエバスが多い。よそ者
シアの二つの部分に分けられる。
を寄せ付けない、何となく違和感のある緊張した雰囲
低アンダルシアはメセタ(中央高地)南縁の山脈シ
気に包まれいる。丘の中腹から上のほうには、崩れ落
エラ・モレナから 500~
ち、廃墟となったクエバスが多く見られる。 丘の斜
600mも断層で急に下るグアダルキビル川の流域に
面の表面には小さな岩があちこちに出ているが、土質
当たる低地で、漏斗状の形で大西洋に向かって広がっ
は小石まじりの砂岩で、比較的均質で微粒な砂が締め
ている地域である。
固まっているという感じである。道具さえあれば手で
高アンダルシアは、コルディリエラ-ベティカ山系
と呼ばれる山地が続く地域で、並行する三地域、北の
掘れそうであるが、補強や補修を絶えずしないと崩れ
易い土質である。
スブベティカ山脈と、ベニベティカ地溝と呼ばれるア
ンテケラからグラナダ、バ-ザへいたる陥没低地と、
ネバダ山脈が主山脈である海岸沿いのベニベティカ
山脈に分けられる。
今回、調査対象としたのは高アンダルシアのベニベ
ティカ地溝に位置するセテニール、グラナダのサクラ
モンテ、グアディックス、バ-ザ地方の地下住居であ
る。アンダルシアは地中海性気候に属するが、ベニベ
ティカ地溝は北と南を高い山脈群に挟まれており、雨
写真-1 昔の姿に近い型のバーザのクエバス
がほとんど降らない圧倒的な乾燥地帯である。気象デ
ータの入手できるこの地方に最も近いアルメニアで
は年間の降水量 236
mm で、地下住居のある山脈内の盆地では夏季に4、
5日小雨がぱらつく程度という地域もある。冬季は最
低気温-1℃前後とさほど厳しくはないが夏季は日
中最高気温が40℃~45℃の日が続きかなり厳し
い気象状況である。
地下住居はその形式も違うように呼び名も国によっ
て異なっている。中国の黄土高原ではヤオトン(窰洞
写真-2 崩れ落ち廃墟となったバーザのクエバス
写真-3~6に調査測定したクエバスの正面と内
ットのある主寝室である。その寝室の右手に他の部屋
部を示す。このクエバスは比較的昔の原型を止めてい
への入り口があったが入ることはできなかった。居間
ると思われる。
兼談話室の左に暖炉のある食事、家族団欒の部屋があ
南に前庭があり、片開きの板戸(昼は目隠し程度の
り、椅子、棚、食卓机らしきものが置いてある。その
カーテン)を開けて中に入ると、奥行き約 2.7m×幅約
奥の部屋には飲物類のビン、穀物袋らしきもの、かめ
2.7m、天井高は約 2.5m の部屋がある。床は地土の
等が置いてあり、部屋に張ったロープに様々な衣服類
ままであり、壁や天井には石灰が塗ってある。部屋の
がかかっており、納戸として使っているようである。
隅には椅子や小さな箱(机として使用か)が置いてあ
寝室も食事、家族団欒の部屋も納戸もほぼ同じ大き
り、居間兼談話室であろう。奥の部屋は少し床が高く
さ、形で奥行き約 2.7m×幅約 2.7m の正方形に近い
なっており、入り口のカーテンをめくると大きなベ
部屋である。外の窓の位置から想像すると、入り口の
部屋(居間兼談話室)の右にも奥の寝室から出入りで
きる部屋があると考えられるので、部屋は全部で6部
屋(4 畳半が 6 部屋)となる。
そして、クエバスの屋根に相当する部分は一般の道
になっており、その道脇にクエバス特有の形をした煙
突の上部が突き出ている。特に、内部の換気に工夫は
ないようであったが、暖炉にある大きな煙突と入り口
と窓が常に開放されていることと、この地方の空気が
写真-3 調査測定したバーザのクエバス(正面外観)
乾燥していることを考えると、中の空気状態はよいと
思われる。
(3)グラナダ サクロモンテ(Sacromonte)のク
エバス
アルハンブラ宮殿とダロ川を隔てた北側になだら
かな斜面のアルバイシンの丘があり、その東にサクロ
モンテの丘がある。このサクロモンテのクエバスの起
源については、ムーア人がスペインにいた時代に、イ
ンドから移住してきたと言われるギタノス人が、鷹使
い達によって丘に住居が掘られていたアルバイシン
写真-4 (居間・談話室)
やサクロモンテのような場所に居住し、丘の斜面に穴
を掘ったという説がある。
写真-7 サクラモンテの
丘のクエバス
写真-5 (暖炉のある
食事・家族団欒室)
写真-6 (衣服類の
かかった納戸)
写真9~12は調査した長沢さんのクエバスである。
夏は直射日光の下では温度計が55℃以上を示す
ときもあるが、クエバスの中は約25℃であり空気が
乾燥しているので、換気さえよければ快適である。
冬季は外気温が-4℃位でも内部は12℃位を保っ
ている、しかし生活するには寒いので、冬はどうして
も暖房が必要である。
一般的に、地下住居は水分(雨)に弱い。ここサク
ラモンテの土質は砂岩の一種と思われるが、小石まじ
写真-8 廃墟となった古いクエバスが点在するサクラモンテ丘
りで脆く、強度は大きくなく崩れ易い。少し雨が降り
続けば、大変な事になると思われるが、どうしてこの
ような土質の丘に穴を掘って住居したのか疑問が残
る。 クエバス内を快適に保つため、壁や天井に石灰
を1年に1、2度(4月または10、11月頃)塗る
が、よく剥離する。原因は換気不足、土表面の含水分、
石灰の材質等が考えられる。このことは、壁にぴった
りつけてものを置いた箇所の石灰が落ちることでも
いえる。手で触った時も、石灰は湿っぽく、べとべと
写真-9 調査測定したサクラモンテの丘のクエバス(正面外観)
した箇所もあった、また鍾乳石の小さなつらら状のよ
うな箇所もあった。特に、居間の奥の物置き部屋はひ
どいと感じた。対策としては、石灰の代わりに白セメ
ントを塗ることもいいが、トイレ、浴室など水分発生
の元となるようなものは、外部に別棟として設置する
などして内部を乾燥させる事が基本ではないかと思
う。
3
まとめ
スペイン南部のアンダルシア地方のバーザとグラ
ナダ市サクラモンテのクエバスには生活が豊かでな
写真-10 (居間・食事室)
写真-11 (台所)
い多くのジプシーが住み、一つの生活空間を作り出し
ている。丘の頂上付近のクエバスはその土質も影響し
て、多くが崩壊し、見捨てられている。ふもと近くの
クエバスでは人々が生活している。クエバスは夏涼し
く冬暖かい地中住居ではあるが、この二つの地方のク
エバスを快適な住空間として改良して行くにはかな
りの困難さがあると思われる
(*これは 1992 年発表の研究報告を再構成したものです)
写真-12 (石灰が剥げ落ちた物置とトイレ)