メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには 政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども 邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、 十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六 の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律儀な一牧人を、近々、花婿として迎える事 になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴の御馳 走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大 路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシク ラスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなか ったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪し く思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、 なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん 不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来 たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、 ︵標準がな ︶ 十三級四十二字 - Book 十五行 太宰 治﹁走れメロス﹂ より抜粋 × 首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問 小B6判 本明朝 小B6判 本明朝 十三級四十二字 - Book小がな 十五行 太宰 治﹁走れメロス﹂より抜粋 × 首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問 たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、 不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来 なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん く思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、 ったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪し ラスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなか 路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシク 走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大 になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴の御馳 の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律儀な一牧人を、近々、花婿として迎える事 十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六 邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、 政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには 走 れ メ ロ ス 走 れ メ ロ ス メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには 政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども 邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、 十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六 の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律儀な一牧人を、近々、花婿として迎える事 になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴の御馳 走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大 路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシク ラスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなか ったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪し く思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、 なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん 不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来 たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、 十三級四十二字 - Book新がな 十五行 太宰 治﹁走れメロス﹂より抜粋 × 首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問 小B6判 本明朝 小B6判 本明朝 十三級四十二字 - Book新小がな 十五行 太宰 治﹁走れメロス﹂より抜粋 × 首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問 たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、 不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来 なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん く思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、 ったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪し ラスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなか 路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシク 走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大 になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴の御馳 の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律儀な一牧人を、近々、花婿として迎える事 十里はなれた此のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六 邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、 政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには 走 れ メ ロ ス 走 れ メ ロ ス 本明朝 -Book 創世記 III 本明朝 -Book 創世記 III リョービイマジクス株式会社の前身としての有限会社晃文堂が リョービイマジクス株式会社の前身としての有限会社晃文堂が 神田鍛冶町に創立されたのは1947年11月18日とされている。 神田鍛冶町に創立されたのは1947年11月18日とされている。 しかしすでにその1年ほど前(1946 年 9 月 15日)から敗戦の焦土 しかしすでにその1 年 ほど前 (1946 年 9 月 15日)から敗戦の焦土 をかきわけて北区王子神谷町の山口木材工業所の一角に建てた をかきわけて北区王子神谷町の山口木材工業所の一角に建てた 5 坪ほどのバラックをちいさな工場にあてて、戦災による焼損 5 坪 ほどのバラックをちいさな工場にあてて、戦災による焼損 機ではあったがトムソン型活字鋳造機 Thompson Type-caster 機ではあったがトムソン型活字鋳造機 Thompson Type-caster (林栄社製)と、手回し式のブルース活字鋳造機 Bruce s pivotal (林栄社製)と、手回し式のブルース活字鋳造機 Bruce s pivotal typecaster を修理しながら、ほそぼそと活字鋳造がはじめられ typecasterを修理しながら、ほそぼそと活字鋳造がはじめられ たことは意外に知られていないようだ。 たことは意外に知られていないようだ。 たまたま『こうぶん』と題する晃文堂時代のふるい社内報の たまたま『こうぶん』と題する晃文堂時代のふるい社内報の つづりを見る機会を得た。そこに「晃文堂 20年の歩み」と題し つづりを見る機会を得た。そこに「晃文堂20年の歩み」と題し て、晃文堂すなわち現在のリョービイマジクスの創業者・吉田 て、晃文堂すなわち現在のリョービイマジクスの創業者・吉田 市郎(Ichiro Yoshida 1921.1.28- )が1969.11( vol.18 )−1970.1( vol.19 ) 市郎(Ichiro Yoshida 1921.1.28-)が1969.11(vol.18)−1970.1(vol.19) と 2 回 にわたって同社の創業時代を回顧する記事を寄稿してい と2 回にわたって同社の創業時代を回顧する記事を寄稿してい る。その記録をしばらくおってみよう。 る。その記録をしばらくおってみよう。 吉田市郎は戦時中の1942年9月に名古屋高等商業学校( 現名 吉田市郎は戦時中の1942 年 9 月 に名古屋高等商業学校(現名 古屋大学経済学部) を繰り上げ卒業して三井物産に就職したもの 古屋大学経済学部) を繰り上げ卒業して三井物産に就職したもの のまもなく戦地に駆り出された。軍隊とはいってもおもには経 のまもなく戦地に駆り出された。軍隊とはいってもおもには経 理畑を担当して、1945年 8 月15日の敗戦時には東京の第一航空 理畑を担当して、1945 年 8 月 15日の敗戦時には東京の第一航空 軍司令部経理部に勤務する主計少尉として終戦を迎えた。 軍司令部経理部に勤務する主計少尉として終戦を迎えた。 東京で召集解除となった吉田は三井物産に復職したものの、 東京で召集解除となった吉田は三井物産に復職したものの、 GHQ ( 連合軍総司令部 ) によって同社が財閥解体を命じられた GHQ ( 連合軍総司令部 ) によって同社が財閥解体を命じられた ために2ヶ月あまりで退社を余儀なくされた。そこでやむなく ために 2ヶ月あまりで退社を余儀なくされた。そこでやむなく 軍隊時代の縁をたどって神田神保町の明和印刷株式会社の営業 軍隊時代の縁をたどって神田神保町の明和印刷株式会社の営業 B6 判 本明朝 -Book (標準がな) Bodoni-Book, Bodoni-Book SC 13 級 28 字 ×24 行 「本明朝 -Book 創世記 III」 より抜粋 B6 判 本明朝 -Book 小がな Baskerville-Book, Baskerville-Book SC 13 級 28 字 ×24 行 「本明朝 - Book 創世記 III」 より抜粋 本明朝 -Book 創世記 III 本明朝 -Book 創世記 III リョービイマジクス株式会社の前身としての有限会社晃文堂が リョービイマジクス株式会社の前身としての有限会社晃文堂が 神田鍛冶町に創立されたのは1947年11月18日とされている。 神田鍛冶町に創立されたのは1947年11月18日とされている。 しかしすでにその1年ほど前 (1946 年 9 月 15日)から敗戦の焦土 しかしすでにその1年ほど前(1946 年 9 月 15日)から敗戦の焦土 をかきわけて北区王子神谷町の山口木材工業所の一角に建てた をかきわけて北区王子神谷町の山口木材工業所の一角に建てた 5 坪 ほどのバラックをちいさな工場にあてて、戦災による焼損 5 坪 ほどのバラックをちいさな工場にあてて、戦災による焼損 機ではあったがトムソン型活字鋳造機 Thompson Type-caster 機ではあったがトムソン型活字鋳造機 Thompson Type-caster (林栄社製)と、手回し式のブルース活字鋳造機 Bruce s pivotal (林栄社製)と、手回し式のブルース活字鋳造機 Bruce s pivotal typecasterを修理しながら、ほそぼそと活字鋳造がはじめられ typecasterを修理しながら、ほそぼそと活字鋳造がはじめられ たことは意外に知られていないようだ。 たことは意外に知られていないようだ。 たまたま『こうぶん』と題する晃文堂時代のふるい社内報の たまたま『こうぶん』と題する晃文堂時代のふるい社内報の つづりを見る機会を得た。そこに「晃文堂20年の歩み」と題し つづりを見る機会を得た。そこに「晃文堂20年の歩み」と題し て、晃文堂すなわち現在のリョービイマジクスの創業者・吉田 て、晃文堂すなわち現在のリョービイマジクスの創業者・吉田 市郎(Ichiro Yoshida 1921.1.28-)が 1969.11(vol.18)−1970.1(vol.19) 市郎(Ichiro Yoshida 1921.1.28-)が 1969.11( vol.18)−1970.1( vol.19) と2回にわたって同社の創業時代を回顧する記事を寄稿してい と2回にわたって同社の創業時代を回顧する記事を寄稿してい る。その記録をしばらくおってみよう。 る。その記録をしばらくおってみよう。 吉田市郎は戦時中の1942 年 9 月 に名古屋高等商業学校(現名 吉田市郎は戦時中の1942 年 9 月 に名古屋高等商業学校( 現名 古屋大学経済学部)を繰り上げ卒業して三井物産に就職したもの 古屋大学経済学部 ) を繰り上げ卒業して三井物産に就職したもの のまもなく戦地に駆り出された。軍隊とはいってもおもには経 のまもなく戦地に駆り出された。軍隊とはいってもおもには経 理畑を担当して、1945年8月15日の敗戦時には東京の第一航空 理畑を担当して、1945 年 8 月 15日の敗戦時には東京の第一航空 軍司令部経理部に勤務する主計少尉として終戦を迎えた。 軍司令部経理部に勤務する主計少尉として終戦を迎えた。 東京で召集解除となった吉田は三井物産に復職したものの、 東京で召集解除となった吉田は三井物産に復職したものの、 GHQ ( 連合軍総司令部 ) によって同社が財閥解体を命じられた G H Q (連合軍総司令部) によって同社が財閥解体を命じられた ために 2ヶ月あまりで退社を余儀なくされた。そこでやむなく ために2ヶ月あまりで退社を余儀なくされた。そこでやむなく 軍隊時代の縁をたどって神田神保町の明和印刷株式会社の営業 軍隊時代の縁をたどって神田神保町の明和印刷株式会社の営業 B6 判 本明朝 -Book 新がな Garamond-Book, Garamond-Book SC 13 級 28 字 ×24 行 「本明朝 - Book 創世記 III」 より抜粋 B6 判 本明朝 - Book 新小がな Venetian-Book, Venetian-Book SC 13 級 28 字 ×24 行 「本明朝 -Book 創世記 III」 より抜粋
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