§2.4 仕事とエネルギー

環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
§ 2.4 仕事とエネルギー
1. 仕事 (work)
仕事の概念
仕事 (work) も日常的に使われる言葉である。一般には「力を使った」というニュアンスで使われるが、
物理では、いくら力を加えても対象に変化がなければ、
「仕事」とは見なされない。対象を移動させて、は
じめて「仕事をした」という。
以下、まず最も単純な場合について仕事を定義し、順にその概念を拡張していく。
【Case I】一定の力を加えて物体をその方向に移動させた場合
水平な床の上に物体を置き、物体に一定の力 f を加えながら、その力
f
の方向に一定距離を移動させることを考える (図 2.19 )。このとき、物体
∆ W = f ∆ x
x
∆x
の移動した方向に x 軸をとり、移動した距離を ∆ x としたとき、
図 2.19
(2.61)
を「力 f が物体に対してした仕事」あるいは「物体が力 f によってなされた仕事」という。
CASE I での仕事は、『 仕事 = 力 × 移動距離』で定義される。
仕事の単位は [J] であり、(2.61) 式より 1[J] = 1[N · m] である。
¶例題 2-8
³
(1) 質量 m [kg]、動まさつ係数 0.2 の物体を、水平面上で 10 [m] 引いて
一定速度で移動させた。このとき引くのに必要な力を求めなさい。た
f
だし、重力加速度は g とします。
(2) このとき、力が物体に対してなした仕事 W を求めなさい。
mg
☞ (1) 一定速度で移動する → 等速直線運動 → 物体に働く力は釣り合った状態にある。
→ (ii) 図の上向きに抗力 ~R (iii) 図の右向きに力 ~f (iv) 図
物体に働く力は、(i) 図の下向きに重力 −
mg
の左向きに摩擦力 ~F の 4 つであり、これらのベクトル和がゼロベクトルとなる。すなわち、
→ = |~R| 、および |~f | = |~F|
|−
mg|
ここで、|~F| = 0.2 × |~R| だから、F = 0.2 m g[N]
(2) この場合、仕事 W は 『力 × 移動距離』で表されるので、
W = 0.2 m g [N] × 10[m] = 2 m g [J]
✍ なお、「まさつのない面」の場合は、ごくゆっくりと引けば仕事はいくらでも小さくできるので、
物理学では仕事はゼロとする。
µ
´
【Case II】力の方向と移動方向が一致しない場合
次に図 2.20 で示すように斜め上方に一定の力 f を加えて物体を移動
させた場合を考える。このとき、物体が浮き上がらなければ、力を加え
た方向と物体の移動方向とは一致しない。
物体の移動した方向に x 軸、鉛直上方に z 軸をとり、力のベクトル ~f
を、x 方向の分力 ~fx と z 方向の分力 ~fz とに分解する。
− 39 −
fy
f
fx
∆x
図 2.20
x
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第 2 章 力学的エネルギー
このとき物体は z 方向には移動しないので ~fz は仕事には影響せず、仕事に関係するのは ~fx だけである。
そこで ~fx の大きさを fx と書けば、(2.61) 式の f を、 fx に置き換えることができる。
∆ W = f x ∆ x
(2.62)
CASE II での仕事は、『仕事 = 力の移動方向の分力 × 移動距離』で定義される。
(2.62) 式をベクトルで表すことを考える。いま、x 方向の単位ベクトルを ~ex とし、移動の前後をそれぞ
−
→
−
→
れ始点、終点とする移動ベクトルを ∆ x と置くと、∆ x = ∆ x ~
ex である。一方、 fx = (~f · ~ex ) であるから、
−
→
∆ W = (~f · ~
ex )∆ x = ~f · (∆ x ~ex ) = ~f · ∆ x
(2.63)
と、力ベクトルと移動ベクトルの内積で表すことができる。
CASE II での仕事は、『仕事 = 力ベクトルと移動ベクトルとの内積』で表される
¶例題 2-9
³
(1) 質量 m [kg]、動まさつ係数 0.2 の物体を、斜め 45 度にひもを引い
て水平面上で 10 [m]、一定速度で移動させた。このとき引くのに必要
f
な力を求めなさい。ただし、重力加速度は g とします。
45
(2) このとき、力が物体に対してなした仕事 W を求めなさい。
☞ (1) 前の例題と同様に、一定速度で移動する → 等速直線運動 → 物
mg
体に働く力は釣り合った状態にある。
→ (ii) 図の上向きに抗力 ~R (iii0 ) 図の右上向
この場合に物体に働く力は、(i) 図の下向きに重力 −
mg
きに力 ~f (iv) 図の左向きに摩擦力 ~F の 4 つである。また、これらのベクトル和がゼロベクトルとな
る条件は、その成分がすべてゼロとなることである。そこで (iii) の力を、水平方向と鉛直方向に分解
し、その成分ごとにゼロとなる条件を求める。すなわち、
f
鉛直方向の釣り合い:R + √ = mg [N]
2
f
水平方向の釣り合い:0.2 R = √ [N]
2
√
2
より連立方程式を解いて、 f =
m g [N]
6
(4) この場合、仕事 W は『仕事 = 力の移動方向の分力 × 移動距離』で計算されるので、
√
2
5
1
W =
mg[N] × √ × 10[m] = m g [J]
6
3
2
あるいは、移動ベクトル~l は、大きさは 10 [m] で向きは図の右方向であり、力 ~f となす角度は 45 度
= π /4 だから、
√
√
π
2
2 5
~
~
~
~
mg[N] × 10[m] ×
= m g [J]
W = ( f・l) = | f ||l| cos =
4
6
2
3
µ
´
ここまでが、高校物理の範囲である。
− 40 −
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第 2 章 力学的エネルギー
【Case III】力の大きさが一定でない場合
次に物体に働く力が一定でなく、座標 x の関数 ~f (x) である場合を考
える。このとき、物体を x から微小距離 x + dx へと動かしたときの仕事
fx(x)
dW は、~f (x) の x 方向の分力 fx (x) と微小距離 dx の積になる。これを
(2.63) 式と同様にベクトル形式で表せば、
x
図 2.21
~
dW = fx (x) dx = ~f (x) · dx
(2.64)
と書くことができる。
これより、物体を力 ~f (x) により x = x1 から x = x2 まで動かしたときの全仕事 W は、(2.64) 式を積分
して、
Z
W =
dW =
Z x2
x1
fx (x) dx =
Z x2
~f (x) · dx
~
(2.65)
x1
と表される。
¶例題 2-10
³
バネ定数 k のバネの一端に質量 m の物体を取り付け、右図のようにまさつの
ない床に置き、他端を壁に固定する。ここで、バネが自然長のときの物体の位
置を原点に取り、バネの方向に x 軸を取る。
(1) バネに図の右向きに力を加え、物体が x = L(> 0) の位置に来るまでゆっく
m
0
k
x
りとバネを縮めた。このとき力が物体に対してなした仕事を計算しなさい。
(2) バネをいったん元の位置に戻し、原点から今度は左向きに力を加え、物体が x = −L0 の位置に来
るまでゆっくりとバネを伸ばした。このとき力が物体に対してなした仕事を計算しなさい。
☞ (1) 物体が座標 x にあるとき、物体がバネから受ける力は、x 軸の負の向きに kx である。すなわ
ち物体をゆっくりと右に動かすためには、少なくとも x 軸の正の向きに kx の力を加えなければなら
ない。すなわち、x 軸の正の方向の単位ベクトルを ex とすると、~f (x) = kx~
ex である。
座標 x から x + dx に移動させるときの移動ベクトルは、dx~
ex だから、そのときの力が物体に対し
て行う仕事 dW は、(2.64) 式から k x dx(~
ex 、~ex ) = k x dx である。
これより x = 0 から x = L までに物体になす仕事は、(2.65) 式により積分して、
Z L
1
k x dx = k L2
0
2
と計算される。
(2) この場合、物体が座標 x にあるときに必要な力は、~f (x) = −kx~ex である。また移動ベクトルは
−dx~ex だから、そのときの力が物体に対して行う仕事 dW は、−k x (−dx)(~ex 、~ex ) = k x dx である。
これより x = 0 から x = −L までに物体になす仕事は、(2.65) 式により積分して、
Z −L
1
k x dx = k L2
0
2
と計算される。
µ
´
− 41 −
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第 2 章 力学的エネルギー
【Case IV】経路が直線でない場合
さらに一般化して、物体が任意の経路 S に沿って移動するときに、
物体になされる仕事を考える。
r2
3 次元座標~r = (x, y, z) で物体に働く力を ~f (~r) とすると、 その経路方
向の分力の大きさは、 経路方向の単位ベクトルを ~
es として ~f (~r) · ~es と
ds
表される。このとき物体を S 上の微小区間 ds 動かしたときの仕事は、
~es ds を ds
~ と書くと (2.64) 式と同様に、
S
r1
~
dW = ~f (~r) · ~
es ds = ~f (~r) · ds
(2.66)
~ = ( dx, dy, dz ) であるから、
である。成分で表せば、~f (~r) = ( fx (~r), fy (~r), fz (~r) )、ds
dW = fx (~r) dx + fy (~r) dy + fz (~r) dz
(2.67)
である。これより、物体を力 ~f (x) により ~
r1 = (x1 , y1 , z1 ) から ~r2 = (x2 , y2 , z2 ) まで動かしたときの全仕事
∆ W は、(2.67) 式を積分して、
Z
∆ W =
dW =
Z x2
x1
fx (~r) dx +
Z y2
y1
fy (~r) dy +
Z z2
z1
fz (~r) dz =
Z r~2
r~1
~f (~r) · ds
~
(2.68)
ただし、経路 S に沿って、変数 x, y, z が単調増加あるいは単調減少でない場合には、 fx (~r) 等は一価関数に
ならないので、(2.68) 式の各変数についての積分は、その中で単調増加あるいは単調減少であるような区
間に分割して実行しなければならない。
¶例題 2-11
³
長さ L のひもの一端を固定し、他端に質量 m の物体をつけて鉛直下向きにつる
す。つぎにこの物体をひもがたるまないようにひもと直角な方向に力を加え、固
定端を中心とする半径 L の円周に沿って、ひもが鉛直線との角度が θ となるまで
θ
ゆっくり持ち上げる。このとき力が物体になした仕事を求めなさい。ただし、重
L
力加速度を g とする。
☞ 持ち上げる途中で、ひもと鉛直線のなす角度が ϕ のとき、円周に沿って ds だ
m
m
け持ち上げたときの仕事 dW を考える。
物体に働く力は、持ち上げる力 f 、ひもの張力 T 、重力 mg の 3 つである。右
→ をひもに平行な方向と、ひもに直角な方向に分解する
図のように重力ベクトル −
mg
→ の分力は mg sin ϕ だから、(2.66) 式より、
と、ひもに直角な方向の −
mg
dW = f ds = m g sin ϕ ds
である。しかしここで図より、ds = L d ϕ であるから、
ϕ
dϕ
L
T
f
dW = m g L sin ϕ d ϕ
である。したがって全仕事は、これを ϕ について 0 から θ まで積分した。
Z θ
¯θ
¯
¯
¯
m g L sin ϕ d ϕ = m g L¯− cos ϕ ¯ = m g L(1 − cos θ )
W =
0
mg
0
である。
µ
´
− 42 −
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第 2 章 力学的エネルギー
仕事の一般的定義
これらをまとめて、仕事を一般的に定義すると次のようになる。
定義 2.2 仕事
力 ~f (~r) を与えて、物体を座標 ~
r1 から座標 ~r2 まで経路 S に沿って移動させる。 経路方向の単位
ベクトルを ~
es としたとき、
∆ W =
Z r~2
r~1
~f (~r) · ds
~
(2.69)
を「力 ~f (~r) が物体に対してした仕事」あるいは「物体が力 ~f (~r) によってなされた仕事」という。
仕事率
単位時間 ∆ t あたりになされた仕事 ∆ W のことを 仕事率 P という。すなわち、
P=
∆W
∆t
(2.70)
仕事率の単位は [W] (watt) であり、(2.70) 式より 1[W] = 1[J · s−1 ] である。
さらに一般的には、仕事率は次の式のように、仕事の時間微分で定義される。
P=
dW
dt
(2.71)
− 43 −
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第 2 章 力学的エネルギー
2. 位置エネルギー
保存力
物体を座標 ~
r1 から、力 ~f (~r) を加えて座標 ~r2 に移動させることを
r2
ds
A
考える。このとき、一般には移動経路によって、力が物体に与える仕
A
事 ∆ W は異なる。すなわち図 ?? で経路 A, B を経由した全仕事をそれ
ds
B
ぞれ、
B
∆ WA =
Z r~2
r~1
~f (~r) · ds
~ A 、 ∆ WB =
Z r~2
r~1
~f (~r) · ds
~B
r1
(2.72)
とすると、一般には ∆ WA 6= ∆ WB である。
しかし、力によっては全仕事 ∆ W が、座標 ~
r1 と座標 ~r2 だけで決まり、移動経路によらず一定であるも
のがある。重力や静電気力はこの条件を満たし、このような力を保存力 という。これに対して、摩擦力な
どは経路によって仕事量が変化するので、保存力ではない。
保存力が満たすべき条件
力 ~f (~r) が保存力であるための条件を考察する。一般に、スカラー関数 ϕ (~r) の経路に沿った積分が、そ
の経路によらないならば、 ϕ (~r) は一価関数であり、
dϕ =
∂ϕ
∂ϕ
∂ϕ
dx +
dy +
dz
∂x
∂y
∂z
(2.73)
が成り立つ。これを経路に沿って積分すれば、
Z r~2
Z r~2 ¡
Z x2
Z y2
Z z2
∂ϕ
∂ϕ
∂ϕ ¢
∂ϕ
∂ϕ
∂ϕ
ϕ (~r) =
dϕ =
dx +
dy +
dz =
dx +
dy +
dz
r~1
r~1
∂x
∂y
∂z
x1
∂x
y1
∂y
z1
∂z
(2.74)
と書くことができる。ここでもし、次の関係をみたすスカラー関数 U(~r) が存在すれば、
fx = −
∂U
∂U
∂U
、 fy = −
、 fz = −
∂x
∂y
∂z
(2.75)
(2.73) 式の右辺は U の全微分形 −d U となり、~f (~r) は保存力であることがわかる。
あるいは、次のように定義される 勾配関数 を導入すれば、
定義 2.3 関数の勾配 (gradient)
スカラー関数の各点の x, y, z 方向の勾配をそれぞれ x, y, z 成分とするようなベクトル関数を、元
の関数の勾配という。
grad ϕ =
¡∂ϕ ∂ϕ ∂ϕ ´
、 、
∂x ∂y ∂z
(2.76)
(2.75) 式の条件は、次のように書くことができる。
定義 2.4 保存力の条件
~f (~r) が保存力であるための条件は、
~f (~r) = −grad U(~r)
(2.77)
であるような関数 U(~r) が存在することである。
− 44 −
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第 2 章 力学的エネルギー
位置エネルギー (potential energy)
保存力場の中で、物体を ~
r1 から ~r2 まで動かすのに必要な仕事 ∆ W を考える。
~f (~x) が保存力であるとすれば、(2.75) 式、あるいは(2.77) 式を満たすスカラー関数 U(~r) が存在する。
この式を (2.69) 式に代入すれば、
∆ W =
Z x2
x1
fx dx +
Z y2
y1
fy dy +
Z z2
z1
fz dz =
Z x2
x1
∂U
−
dx +
∂x
Z y2
y1
∂U
−
dy +
∂y
Z z2
−
z1
∂U
dz = −∆ U
∂z
(2.78)
と書くことができる。
ここで、適当座標原点をとり、そこでの U の関数値を U0 と置けば、右辺は、∗6
− ∆ U = U(~
r1 ) −U(~r2 )
(2.79)
と、2 つの座標での U(~r) の差として表すことができる。これらをまとめて、
定義 2.5 位置エネルギー (potential energy)
保存力 ~f (~r) のもとで、物体を ~
r1 から ~r2 まで移動させるときの仕事 ∆ Wr~ →r~ は、経路によらず、
1
2
r1 ) −U(~r2 )
∆ Wr~ →r~ = U(~
1
(2.80)
2
と、あるスカラー関数 U(~r) の差により一意的に表される。この U(~r) を位置エネルギーという。
位置エネルギーの任意性
~ 0 に変えれば、U(~r) の
いま、座標原点 ~O は適当にとって、 U(~r) を定義したが、座標原点を他の座標 O
値はそれぞれ ∆ W~O→O
~ 0 だけ変化する。ただし、(2.80) 式は両者の関数値の差をとっているため、影響を受
けない。
すなわち、U(~r) は定数だけの不確定さを残している。この定数まで含めて U(~r) の関数値を決めるため
には、基準となる座標原点を指定して、その点を基準とした位置エネルギーであることを明示しなければ
ならない。
保存力場とポテンシャル
この章の初めの部分で、単位質量 (電荷、磁荷) に働く重力 (静電気力、静磁気力) として、力場の概念
を導入した。これらの力は保存力であるから、その力場を保存力場というが、保存力場中の物体について
は、(2.77) 式の関係が成り立つ。
~ (~r) と書くと、質量 (電荷、磁荷) は定数であるから、(2.77) 式の両辺をこれらの定
いま、保存力場を F
数で割ることにより、次の形の式が成り立つ。
~ (~r) = −grad φ (~r)
F
(2.81)
この φ (~r) を ポテンシャル という。∗7
位置エネルギーと同様に、ポテンシャルも定数だけの不確定を持つ。
∗6
∗7
+U(~r) とおいてもよいのであるが、物理学では慣用的にマイナスをつける。
位置エネルギーのことを「ポテンシャル」という本もあるので、混同しないように注意が必要である。ポテンシャルはエネル
ギーの次元を持っていない。
− 45 −
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
3. 保存力場におけるいくつかの例
一様な重力場
重力加速度 g の、一様な重力場中にある質量 m の物体について考察する。この物体にかかる力は z 軸
を上向き (重力とは逆の向き) にとって、
~f ( x, y, z ) = ( 0、0、− mg )
(2.82)
である。これは位置エネルギー U( x, y, z ) を、
U( x, y, z ) = m g z +U0 ( ただし U0 は任意の定数 )
(2.83)
ととれば (2.82) 式の条件を満たす。このときの重力ポテンシャルは、次の式で表される。
φ ( x, y, z ) = g z + φ0 ( ただしφ0 は任意の定数 )
(2.84)
3 次元の重力場
物体 1 の万有引力により、物体 2 が受ける力による位置エネルギーについて考察する。まず、物体 1 の
座標を原点にとり、物体 2 の相対位置ベクトルを ~r = ( x, y, z ) とする。それぞれの物体の質量を m1 、m2
とすると、物体 2 の受ける力は、万有引力の法則により、
m1 m2 ³~r ´
m1 m2
= −G
( x, y, z )
2
r
r
r3
p
と書ける。ただし r = |~r | = x2 + y2 + z2 である。ここで、
~f (~r) = −G
1
−2 x p
³
´
h
³ 1 ´i
2
x
x
∂
1
2 x + y2 + z2
p
=
=
=− p
=− 3
grad
2 + y2 + z2
2
2
2
2
2
2
3
r x ∂x
x
r
x +y +z
( x +y +z )
(2.85)
(2.86)
であり、他の成分も同様であるから、
U(r) = −G
m1 m2
+U0 ( ただし U0 は任意の定数 )
r
(2.87)
ととれば (2.82) 式の条件を満たす。このときの重力ポテンシャルは、次の式で表される。
φ ( x, y, z ) = −G
m1
+ φ0 ( ただしφ0 は任意の定数 )
r
(2.88)
3 次元の静電場
物体 1 のもつ電荷により、物体 2 のもつ電荷が受ける力による位置エネルギーについて考察する。これ
は万有引力の場合と、式の形式が定数を除いて一致するので、万有引力の法則の式の替わりに、クーロン
の法則の式を使うことによって同様に導かれる。それぞれの物体のもつ電荷を q1 、q2 とすると、物体 2
の位置エネルギーは、
U(r) =
q1 q2
+U0 ( ただし U0 は任意の定数 )
4 π ε0 r
(2.89)
である。静電気のポテンシャルのことを特に 電位 といい、
φ ( x, y, z ) =
q1
+ φ0 ( ただしφ0 は任意の定数 )
4 π ε0 r
と表される。∗8
∗8
一般に「電圧」というのは、この電位のことである。
− 46 −
(2.90)
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
4. 運動エネルギー
一次元の運動エネルギー
今、質量 m の物体が、x 方向の力 f (t) をうけて x 軸上を正の方向に
運動している場合を考える。 このときの質点の x 座標を時間の関数とし
て、x(t) とおく。 このときの質点の速度及び加速度は、
v(t) =
d 2 x(t)
d x(t)
d v(t)
、 α (t) =
=
dt
dt
d t2
v(t1 )
¶³
-f
µ´
(2.91)
v(t2 )
¶³
µ´
図 2.22
とある。 これより質点の運動方程式は、次の式で表される。
m
d v(t)
= f (t)
dt
(2.92)
ここで、 (2.92) 式の両辺に v(t) を掛けて、期間 t1 から t2 まで積分する。
Z t2
m
t1
d v(t)
v(t) dt =
dt
Z t2
f (t) v(t) dt
(2.93)
t1
まず、 (2.93) 式の左辺は、合成関数の積分公式より、
µ
Z t2
t1
d v(t)
v(t) dt =
m
dt
Z t2 d
t1
1
m v(t)2
2
dt
¶
·
dt =
1
m v(t)2
2
¸t2
=
t1
1
1
m v(t2 )2 − m v(t1 )2
2
2
(2.94)
となる。
次に、(2.93) 式の右辺を計算する。 f (t1 ) = x1 、 f (t2 ) = x2 とすれば x = x(t) は t の単調増加関数であ
り、逆関数 t = t −1 (x) が存在する。 そこで積分変数を t から x に変える。積分変数変換の公式より、
dt =
dt
1
1
dx = ¡ ¢ dx =
dx
d
x
dx
v(t)
dt
(2.95)
であるから、これを (2.93) 式に代入すれば、右辺は
Z x2
f (t −1 (x)) d x
(2.96)
x1
と書くことができる。 これは、力 f が x1 から x2 までに物体に対して行った仕事 ∆ W に他ならない。
これらをまとめれば、次の式になる。
1
2
m v(t2 )2 −
1
m v(t1 )2 = ∆ W
2
(2.97)
ここで運動エネルギー という量を次のように定義する。
定義 2.6 運動エネルギー (kinetic energy)
質量 m の質点が、速度 v で運動しているとき、
K(t) =
1
m v(t)2
2
(2.98)
を「質点の運動エネルギー」という。 単位は [J] である。
− 47 −
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
(2.93) 式の積分を、運動方程式の第一積分 (エネルギー積分) という。
この運動エネルギーを使えば、(2.97) 式は、
∆ K = K(t2 ) − K(t1 ) = ∆ W
(2.99)
とまとめることができる。
三次元の運動エネルギー
次にこの関係を三次元の運動に拡張することを考える。
一般に、質量 m の物体が三次元空間内を運動するときの運動方程式は、速度をベクトル ~v(t) で表し、
m
d~v(t) ~
= f (t)
dt
(2.100)
で表される。 ここで (2.93) 式と同様に、両辺に ~v(t) を内積して、t = t1 から t = t2 まで積分すると、
µ
1 ~
m | v(t) |2
2
dt
¶
Z t2 d
d~v(t)
m~v(t)
dt =
dt
dt
t1
t1
Z ~x(t2 )
Z t2
Z t2
d~x(t)
~f (~x) d~x = ∆ W
~
~
~
dt =
(右辺)=
f (t) v(t) d t =
f (t)
~x(t )
dt
t1
t1
1
(左辺) = Z t2
(2.101)
(2.102)
である。 ここで3次元の運動エネルギー K(t) を、
K(t) =
1 ~
1
m | v(t) |2 = m (v2x + v2y + v2z )
2
2
(2.103)
と定義すれば、 一次元の場合と同様に (2.99) 式が成り立つ。
運動エネルギーと仕事
(2.99) 式を言葉で述べれば以下の法則が導かれる。
法則 2.9 運動エネルギーと仕事
運動する物体に、ある期間に物体に行われた仕事は、その物体の期間の前後の運動エネルギーの
差に等しい.。
☞ 運動エネルギーは、位置エネルギーと違い必ずその値は正である。 従って、x 軸の正方向 (あるいは
負方向) の運動を続けるうちは (2.99) 式が成り立つが、運動方向とは逆の力を与えた場合、いったん止
まって逆方向に運動を始めるような場合は、(2.99) 式は成り立たない。
− 48 −
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
5. 保存力場での力学的エネルギー保存則
重力場による力学的エネルギー保存則
次に、(2.100) 式の ~f (~x) が保存力である場合を考える。このとき力が物体に与える仕事は経路にかかわ
らず一定値 ∆ W をとり、これは (2.80) 式より位置エネルギーの差 −∆ U に等しい。一方 (2.99) 式より、
∆ W = ∆ K だから、
∆ U + ∆ K = 0
(2.104)
と、運動エネルギーと位置エネルギーの変化の和はゼロになる。あるいは (2.104) 式を積分して、
U + K = 定数
(2.105)
すなわち運動エネルギーと位置エネルギーの和は一定である。これを 力学的エネルギー保存則 という。
遊園地にあるジェットコースターは、運動エネルギーと位置エ
bb
6
ネルギーの変化を行っている典型的な例である。最初に車両は高
い場所まで引き上げられ (これは保存力ではない) ほぼ静止する。
この時点では運動エネルギーは 0 と見なしてよい。それから斜面
−∆ U
∆ K = −∆ U
をレールに沿って降下するが、このとき保存力である重力によっ
て仕事が行われ、運動エネルギーが増加する。位置エネルギーの
bb
図 2.23
差が最大になる最下点で、運動エネルギー、速度は最大になる。その後斜面を上昇すると、位置エネル
ギーが増加し、その分運動エネルギーが減少する。最後にはスタート地点と同高度で運動エネルギーが 0
になり、車両は静止する。ただし、実際のジェットコースターではレールとのまさつや空気抵抗のため、
もとの高さまでは上がらない。
¶例題 2-12
³
例題 2-10 の設定を使って、弾性力が保存力であることを示しなさい。
☞ 例題より、バネを自然の長さから、x だけ縮めるまたは引き延ばすために与
えなければならない仕事は、x の関数として、
W (x) =
m
0
k
x
1 2
kx
2
である。この勾配を取ると、
³ ∂W ∂W ∂W ´ ³ ∂ 1
´
−grad W (x) = −
、
、
= − ( k x2 ), 0, 0 = (−k x , 0 , 0 )
∂x ∂y ∂z
∂x 2
となるが、これは弾性力の式そのものである。すなわち弾性力は保存力である。
✌ なお、この場合位置エネルギーは W (x) と一致するので、力学的エネルギー保存の法則より次の式
が成り立つ。
1
2
m v(t)2 +
1
k x(t)2 = 一定
2
µ
´
− 49 −
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
2 章 の 練 習 問 題 A
【 問題 2-19 】 (滑車)
右図のような定滑車と
動滑車の組合せで、質量
M の物体をつりあげる。
(a)
(b)
º·
º·
¹¸
¹¸
滑車やひもの重さは無視
できるものとする。
º·
(1) 物 体 を ゆ っ く り と
?
fa
H だけ持ち上げるため
?
f
¹¸ b
に、引く必要のあるひも
|
|
の長さをそれぞれ求めな
Mg
Mg
(c)
¶³
k
µ´
?
fc
º·
²¯
±°
¹¸
|
Mg
さい。
(2) それぞれの場合について、物体を支えるために必要な力 fa 、 fb 、 fc を計算しなさい。
(注)物理で「ゆっくりと」という場合は、物体に働く力がほぼ釣り合いの状態にあるとみなしてよい。
【 問題 2-20 】
右図のように、長さ l の糸の上端を固定し、下端に質量 m の錘をつけて、糸がた
るまないように鉛直と θ の角度をなすように傾けて保つ。 そこで静かに錘を放す
と、錘は円を描いて下方に落ち、固定した点の真下を通過した。 このとき以下の
問に答えなさい。 ただし、重力加速度を g とし、糸の重さは考えなくてもよいと
する。
(1) おもりの最初の位置と最下点との高さの差を、θ を使って表しなさい。
s
@
@
θ @l
@
@
@l
mg
?
(2) 最下点を通過したときの錘の速度を求めなさい。
【 問題 2-21 】
ロケットを地表から鉛直上方に、初速 V (m s−1 ) で発射すると、V が ある速度 V2 未満ならまた地上に落
ちてくるが、それ以上ならば地球の重力圏を脱出して宇宙の彼方に飛び去る。この V2 を第 2 宇宙速度あ
るいは脱出速度という。
(1) 地球での V2 の値を求めなさい。ただし、ロケットの質量を m、地球半径を R、質量を E 、万有引力定
数を G とする。
(ヒント) 地球からの距離を r とすると、r での地球の引力は G
mE
と表せる。これを r について R から
r2
∞ まで積分したものが、r = ∞ での位置エネルギーとなる。これに相当する運動エネルギーを最初に与え
ればよい。
(2) 最高到達高度が、地球半径の 3 倍 (= 3R) であったときの V を求めなさい。
− 50 −
環境基礎物理学演習 2009
第 2 章 力学的エネルギー
2 章 の 練 習 問 題 B
【 問題 2-22 】 (仕事と位置エネルギー)
正電荷 Q と負電荷 −Q が、最初 R だけ離れて置かれていたが、静電気力により正電荷 Q がひきつけら
れ、R/2 の距離まで近づいた。このとき静電気力が正電荷にした仕事を求めなさい。ただし、重力は考え
なくてよい。
【 問題 2-23 】
右図のように、水平面と角度 θ をなす斜面がある。 この斜面の下
x
>
の点 O を原点として、斜面に沿って x 軸をとる。
このとき O 点にある質量 m の物体を、斜面に沿って速度 v0 で打ち
出すと、打ち出された物体は斜面を登り、最高点 A に達したのちに、
斜面を滑り落ちてくる。重力加速度を g として以下の問に答えなさ
い。なお、物体の大きさは考えなくてよい。
(1) 仮に斜面と物体の間にまさつがないとするとき、点 A での x の値
v0 >
S
m θ
S
O
を求めなさい。
(2) 実際には斜面と物体の間にはまさつがある。動摩擦係数を µ とするとき、点 A での x の値を求めな
さい。
【 問題 2-24 】
質量 m の錘を、長さ l のひもで、右図の (a) のように垂直につるし、
(a)
s
最下端で水平に速度 v0 で打ち出す。このとき、以下の質問に答えな
さい。 ただし、重力加速度を g とする。
(1) 糸がたるまずに、垂直となす角度が θ となったときの(図 (b))、錘
l
の速度 v を求めなさい。
(2) 錘が各点で、その速度で等速円運動を行っていると見なして、図
(b)
s
@
@
θ @
@
@ l
¡v
µ
¡
lv0-
(b) での糸の張力 T を求めなさい。
(3) 糸がたるまずに、支点の上を通って一回転できるための、v0 の条件を求めなさい。
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