互いに思いやり,信頼し合う友情をはぐくむ[2

実践例
4年
友情
互いに思いやり,
信頼し合う友情をはぐくむ
東京都板橋区立桜川小学校教諭
羽岡佳子
りはっきりととらえられるようにするため、
に信頼し合っていることに気付かせるよう
ぞれ対比的に聞くことにより、二人が互い
場面絵ではなく、登場人物の顔の絵を用い
本校では十八・十九年度文科省の指定を受
け、﹁思いやりや感動する心を育てる﹂を研
にした。
はじめに
究主題に道徳研究に取り組んでいる。副主題
ワークシートを用いて、発表させた。
え り︵ 展 開 後 段 ︶ と 終 末 の 段 階 で そ れ ぞ れ
今までの自分をふりかえり、これからの自
分を考える上で有効な手だてとして、ふりか
○ふりかえりの工夫
た。また、二人の気持ちを場面ごとにそれ
を﹁自己をみつめ、ふりかえる道徳の授業﹂
として、特に展開後段の﹁ふりかえり﹂の過
程を重視して、児童の道徳的価値の自覚が高
められるよう指導の工夫を試みている。
本授業は、昨年度一月の、本校の﹁道徳授
業地区公開講座﹂で行ったものである。
資料の概要
本資料は、自分の夢をあきらめてまで相手
を思い、相手に尽くす深い友情にかかわる実
学級は持ち上がりで、児童同士は互いの個
性を認め合い、男女の分け隔てなく楽しく活
話がもとになっている。絵の勉強をしたいハ
﹁いのりの手﹂
り、流動的である。五年生でのクラス替えを
動できる。女子は固定的に小グループを作ろ
前に、よりよい友達関係をはぐくむためには、
ンスとデューラーだが、後に交代する約束で、
うとする傾向があるが、メンバーの構成によ
互いに理解・信頼し合うことの大切さに気付
先にデューラーが勉強をし、ハンスが働きな
がらデューラーを援助することになった。何
かせたいと考え、授業を展開した。
年か経ったころには、ハンスは長年の力仕事
で、すっかり鉛筆が持てる状態の手ではなく
指導の工夫
○絵の提示と発問の工夫
に感謝の気持ちを込めて絵を描く。
●出典
﹃かがやけ
みらい﹄︵学校図書︶
なってしまった。デューラーはそんなハンス
① 資 料 へ の 興 味 を も た せ る た め に、 作 品
﹃いのる手﹄の絵を展開の初めに示し、展
開の最後には、二人の友情の確認をするた
めに、これを再提示した。
②
展開前段で二人の登場人物の気持ちをよ
2 0 0 7 . 0 8 道徳と特別活動 32
学習指導案
●主 題 名 信頼し合う友達
●資 料 名 「いのりの手」
●本時のねらい 友達と互いに理解し合い,信頼して助け合おうとする気持ちを育てる。
〈2 −⑶友情〉
展開例
学 習 活 動
指導上の留意点
導入
1.友達っていいなと思った経験を発表する。
・事前アンケート(5月実施
○ 友達っていいなと思ったことはありますか。それはどんなときでしたか。 分)の結果を知らせ,それを
・困っていたときに声をかけてくれたとき。
もとに考えさせる。(「友達と
・悩みを聞いてくれたとき。
はどんな人のことですか」)
2.資料「いのりの手」を読んで話し合う。
実践例 道徳
・作品『いのる手』を見せて,
資料への興味をもたせる。
① ハンスとデューラーは,それぞれどんな思いで別れたのでしょう。 ・互いを思い合っている気持ち
・ハンス:デューラー,しっかり勉強してきてくれ。
をとらえさせる。
お金のことは心配しなくてもいいから。
・デューラー:ハンス,すまないな。先に勉強させてくれてありがとう。
一生懸命勉強して,早く交代するからね。
展
開
❷ 3年経ってもデューラーと交代できなかったとき,ハンスはどん
な気持ちだったでしょう。
・ハンス:デューラー,まだ勉強を続けたいのだね。よし,思う存
分がんばってくれ。
どうしてまだ交代してくれないんだ。ぼくのことを忘れ
てしまったのか。
○ デューラーはどのような気持ちで交代しなかったのでしょう。
・デューラー:交代できなくてすまない。
もっと勉強して一人前になって,お金を稼げるよう
にしたいから,もう少し勉強させてくれ。
・ハンスの心の 藤をとらえる
とともに,デューラーの気持
ちにもふれ,2人の揺れ動く
気持ちについて共感できるよ
うにする。
・信じ合い,助け合おうとする
二人の友情に気付かせる。
③ 作品『いのる手』を見て,ハンスはどう思ったでしょう。
・ハンス:デューラー,立派な絵をかけるようになってよかった。
ぼくは勉強できなかったけれど,君が一人前の絵描きに
なってくれてうれしいよ。
○ 作品『いのる手』には,デューラーのどのような思いが込められ
ているでしょう。
・デューラー:ハンス,ぼくのために君が勉強できなくなってし
まって本当にすまない。
お金を送り続けてくれてありがとう。これからも立
派な絵を描き続けていくよ。
・ハンスの気持ちを中心に考え,
互いの立場で喜び合える,2
人の深い友情を感じさせる。
・作品『いのる手』は,2人の
信じ合う友情の証であること
を感じ取らせる。
ふり 3.自分の体験を振り返る。
かえ ○ 友達を信じてよかったなと思ったことや,友達を信じて助け合っ
り ・それぞれをワークシートに書
かせ,発表させる。
たことを思い出して書きましょう。
終末
4.“ともだち”に関する詩を紹介する。
5.これからの自分を考える。
○もっとよい友達関係にするには,どうしたらよいでしょう。今日の
授業をもとに,未来の自分へのメッセージを考えましょう。
・ワークシートに書かせる。
・音楽を流して,気持ちを落ち
着かせて書けるようにする。
●評価 ・ハンスの 藤する気持ちをとらえることができたか。
・友達を信頼し,互いに助け合おうとする気持ちが高まったか。
33 道徳と特別活動 2007. 08
授業の記録
︿展開前段﹀
T ハンスとデューラー、別れたときのそれ
ぞれの気持ちはどんな気持ちでしたか。
C ︵ハンス︶がんばれよ。
︵デューラー︶あ
りがとう。
C ︵ デ ュ ー ラ ー︶ ハ ン ス も 一 日 も 早 く 画 家
になりたいはずなのに、自分で働いて、画
家の勉強をさせてくれて悪いな。早く勉強
を終えなきゃ。
C
︵ ハ ン ス ︶ 僕 は 一 生 懸 命 稼 ぐ か ら、 う ま
い絵を描いてくれよ。
T 三年経っても、デューラーと交代できな
かったときのハンスの気持ちはどうでしょ
うか。
C
まだ勉強が終わっていないんだ。
C デューラーの絵がうまくなるなら、何年
経ってもいい。
T
デ ュ ー ラ ー は 交 代 し な き ゃ、 悪 い な と
思っていても交代しなかったのはどうして。
C 自分は筆を握れなく
なったけれど、デュー
C
うまい絵を描いてく
れてありがとう。
T
友達を信じてよかったなと思ったことや
友達を信じて助け合ったことを書きましょ
C 僕がハンスの分までがんばろう。
︿ふりかえり︵展開後段︶
﹀
C 今まで、絵がうまくなれるまで待ってい
てくれてありがとう。
C 三年も僕だけ習って、
こんな手になっちゃって⋮⋮。
考えてみてください。
T この絵を描いた
デューラーの気持ちも
C
これからも、僕の分
もがんばって。
いたかいがある。
絵を描いてくれて、働
ラーがこんなにうまい
C
自分がもっと絵の勉強がしたいから。
C もっと絵の勉強をしてうまくなれば、お
金 も 稼 げ る し、 ハ ン ス が 働 く 必 要 も な く
なって両方幸せになれるから。
T デューラーは二つの気持ちで揺れていま
した。ハンスはどうかな。
C 大丈夫かなという気持ちと、待っている
よという気持ちがあった。
T どうしてハンスはデューラーを待ってい
たのだと思う?
C デューラーにがんばってほしいという気
持ちがあったのと、大切な人だから。
C 信じているから。
T デューラーを信じているから、ハンスは
三年経ってもデューラーと交代できなかっ
た け れ ど、 待 て た の か な。 作 品﹃ い の る
手﹄を描いてもらったときのハンスの気持
ちはどうだったかな。
C 友達の物がなくなったときに探してあげ
て、友達も僕の物がなくなったときに探し
う。
て く れ た。 友 達 は 助 け て く れ る 存 在 だ と
C 勉強は終わってないけど、三年前に約束
を し て、 デ ュ ー ラ ー を 信 じ て い る か ら、
かったけど、戻ってき
C デューラーが絵の
勉強をしている間つら
て自分の手の絵を一生
思った。
待っている。
T そのときデューラーは、どう思いながら
勉強を続けていたと思いますか。
懸命描いてくれたから。
C
グループで仲間はずれにされたときに、
一人だけ一緒に遊んでくれた。その友達を
今まで待っていてよ
かったな。
C 三年も帰らないで、一人でハンスに働か
せてごめんね。
C ハンスは大丈夫かな。
2 0 0 7 . 0 8 道徳と特別活動 34
■展開後段の役割
道徳授業の目標の一つは「道徳的価値の自
覚を深める」ことである。そのために押さえ
ておきたいことは,一つには道徳的価値につ
いての理解であり,二つには自分とのかかわ
りでねらいとする道徳的価値をとらえること
である。三つには道徳的価値を自分なりに発
展させていくことである。
こうしたことから道徳授業の特質を考えた
とき,
「自分とのかかわりで道徳的価値がとら
えられることであり,自己理解を深めること
でもある」ということが大切にされなければ
ならない。しばしば「子どもが資料を読んで
感動しているから,そこで終わってもいい」
とか「楽しくゲームに取り組み盛り上がった
から,今日の道徳授業はよかった」といった
ことを聞くことがある。
これらは全教育活動における道徳教育とつ
ながらないことはないが,道徳授業として考
えたときには,目的を達成したことにはなら
ない。本実践例のように「ふりかえり」
(展
開の後段)を大切にした授業を展開すること
35 道徳と特別活動 2007. 08
が必要である。
■資料による道徳的価値の追求を大切に
「ふりかえり」をより有効に,より確実に果
たしていくためには,展開前段における「資
料から道徳的価値を学ぶ」という段階を充実
させることが大切である。この段階での道徳
的価値についての理解が不十分であればある
ほど,後段における「ふりかえり」が不十分
なものとなってしまうのである。
本実践例で言えば「信頼友情」についての
理解を深めるために,登場人物の顔の絵を用
いながら2人の気持ちを場面ごとに対比的に
問うといった手だても効果的であろう。授業
記録にもあるように,子どもたちも信頼に気
づきながら2人の行為を通して友情を学び
取っている。欲を言えば,今少し発問を整理
して少ない発問で考えさせたほうが効果的で
はなかっただろうか。
学校を挙げて道徳授業を充実させようとす
る意欲が感じられる実践例である。今後を大
いに期待したい。
(本誌編集委員会)
信じてよかった。
C 一緒にピアノを習っている友達と、練習
が好きではないが、やめずにがんばろうと
約束して、励まし合って続けている。
T みんな、自分のことを思い出して書き、
さらに友達の大切さを考えられましたね。
まとめ
展開前段では、各場面での登場人物二人の
気持ちを対比的に考えさせることによって、
互いに相手を思いやり、信頼し、感謝してい
る二人の心情をとらえることができたと思う。
また、﹁どうして﹂と切り返し発問を行っ
たことは主人公の心情をより深く考えること
ができ、有効であったと思うが、発問が盛り
だくさんで、精選しきれなかったため、主人
公の心の 藤を十分とらえるまでは深められ
なかった。
﹁ふりかえり﹂の段階と終末でワークシート
を用いたが、児童の生活場面をより多く想起
できるような発問を準備しておく必要があっ
たと感じる。
資料がかなり感動的なものであるだけに、
児童の日常的な体験に少し結びつきにくかっ
たかもしれない。しかし、中学年後半のこの
時期に、高い価値に触れて、今後の友情をは
ぐくむきっかけになったように思う。
実践例 道徳
大切にしたい展開後段の扱い,そのためには