1910∼30年代 国内バイク事情 昭和9年に撮影された サイドバルブ。後年、 軍隊に徴用されてしま ったという。 日本人が初めてハーレーダビッドソンというモーターサイクルに出会ってから、 88年の歳月が流れた。その間のモーターサイクルの進歩には驚くべきものが あり、ハーレーダビッドソンと日本人の関係も、そのペースこそゆっくりながら、 着実に進んできたことは言うまでもない。この項ではその歩みの最初期、日本ハ ーレーの黎明期を、歴史の流れと共にたどってみる。 溜池にあった、三共株式会社・ハーレ ーダビッドソンモーターサイクル販売 所の、サービススタッフ達。写真右端 はアメリカ本社から派遣された機械技 師のJ・ライアン氏(昭和5年) 。 「何とつつましやかな御挨拶中よ」昭 和5年世界一周途中の、ハンガリー の若者が岐阜の村木モーターに立ち 寄った時のスナップ。 日本オリジナルのハーレーダビッドソン大型 三輪運搬車。シャフトドライブを採用し、小 型トラックとして活躍していた。 旭川の濱口代理店前。 1930年10月15日に行 われた旭川T.T.タイ ムレースにて優勝し た山本磯吉氏を囲む (右から2番目) 。 旧赤坂区溜池にあった、ハーレーダビッドソ ン東洋総代理店のスタッフ達。アルフレッド 氏の顔も見える。 「皆様へのサービスは常に整 つて居ります。型録御入用の方へは御申込次 第直ちに郵送申上げます」 警視庁が交通取締り に使っていた1931年 式。真紅のボディに 金のロゴが入り、通 称“赤バイ”と呼ば れていた。 京都第16師団義勇側車隊。戦争の気配迫る中、な んとかバイクに乗ろうとした民間人が作った義勇 隊。 長野県の緑川商会が昭和初期にお客さんとの遠乗り会で、八幡武水別神社にて撮 った記念写真。右から4人目が緑川氏。 大正時代。デモクラシーの波と 入れ替わるかのように日本にハ ーレーが浸透し始めた。 ーターサイクル第1号のNS号(4サイクル・ (1960年以降、H-Dジャパンが設立されるまで ーブ(イギリス) 、LMC(イギリス) 、ワンダ 400㏄)を完成させたのもちょうどこの頃、 の長きに渡り、日本におけるハーレーダビッ ラー(ドイツ) 、インディアン(アメリカ) 、 1909年(明治42年)のことであった。 ドソン総代理店として君臨し続けたバルコム エールカリフォルニア(アメリカ)など、今 1916年(大正5年) 、当時東京の赤坂にあっ の総責任者リチャード・チャイルド氏のお父 ではそのほとんどが現存しない幾多の外国メ た日本自動車株式会社がハーレーダビッドソ さん)が来日し、 「三共株式会社・ハーレーダ 「1913年(大正2年) 、ハーレーダビッドソ ーカー製モーターサイクルが入り乱れ、東京 ンの輸入権を獲得。陸軍に6台納入したのを手 ビッドソンモーターサイクル販売所」を設立 ンは日本に初上陸した。1号車を購入したの や大阪の輸入商社経由で数台、あるいは数十 始めに、年間なんと50台ものハーレーを販売 した当時の目標のひとつが、インディアンを は伊藤四郎という人である」 台ずつ持ち込まれていたようである。車体構 したとの記録がある。1909年に(明治42年) 抜くことであったというから、おして知るべ 成を見ても、ほとんどのモーターサイクルが、 に始まったインディアンの輸入が活発になる しである。 単気筒で押しがけ方式、自転車の面影を色濃 のもこの頃で、母国も同じ、歴史もほぼ一緒 当時の日本モーターサイクル事情──当時 く残すものであった。もちろん所有していた (インディアンは1901年、マサチューセッツ州 の言い方にならえば自動自転車事情──はと のは、庶民ではなく一部の資産家に限られて スプリングフィールドで産声を挙げた)のイ 輸入業者の横綱格「山田輪盛館」や上野の いえば、1903年(明治36年)に石川商会(現 おり、モーターサイクルは彼らの新しい遊び ンディアンとハーレーのライバル関係が、日 「小川屋」が大きな被害に遭ったのは言うまで 在の丸石自転車)の手により、アメリカ製の 道具として徐々に世間で広まっていったので 本ではこの頃から明確になっていく。とはい 2台のミッチェル号がモーターサイクルとし ある。 え、しばらくの間はやはり後発のハーレーは 翌1924年(大正13年) 、前述のアルフレッ これが、日本におけるハーレーダビッドソ ン史の定説になっている。 16 アンフ(イギリス) 、NSU(ドイツ) 、モトリ 1923年(大正12年) 、関東大震災が起った。 東京の神田にあった当時のモーターサイクル もない。 て日本に初上陸してから10年。まだまだ創世 ちなみに、現在世界を席巻する日本製モー 分が悪かった。8年後、ミルウォーキー本社 ド・チャイルド氏来日。氏の任務が、海外の 期に当たり、ざっと挙げるだけでも、トライ ターサイクルの始祖、島津楢蔵氏が、国産モ から派遣されたアルフレッド・チャイルド氏 市場調査と開拓であるのはもちろんのことだ 17
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