ローライブラリー ◆ 2015 年 2 月 27 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.55 文献番号 z18817009-00-060551186 訴訟費用担保提供命令と最恵国待遇条項 【文 献 種 別】 決定/東京地方裁判所 【裁判年月日】 平成 25 年 10 月 3 日 【事 件 番 号】 平成 24 年(ワ)第 35366 号 【事 件 名】 訴訟費用担保提供命令申立事件 【裁 判 結 果】 一部認容、一部棄却(確定) 【参 照 法 令】 民事訴訟法 75 条 【掲 載 誌】 判時 2210 号 79 頁 LEX/DB 文献番号 25503184 …………………………………… …………………………………… 償請求権を有し、その請求金額は合計約 56 億円 に上るのであるから、Xの訴訟費用の金額を上回 ることが明らかで、仮にXに訴訟費用償還請求権 が存在するとしても、Xは相殺による担保を有す るのと同様の状態にあるから担保提供の必要性は ない、これは民訴法 75 条 2 項が定める「金銭の 支払の請求の一部について争いがない場合におい て、その額が担保として十分であるとき」と同様 の状態であるから、同項を拡張又は類推適用すべ きである、と主張した。 これに対しXは、基本事件や同種の別件事件に おいて請求の全部棄却を求めているのであるか ら、民訴法 75 条 2 項を適用する余地も同項の拡 張ないし類推適用もできないと反論した。 (2) 担保提供の必要性と担保標準額 つぎにYらは、担保提供の必要性があるとして も、Yらは訴え提起の手数料を納付済みであり、 上訴審の申立手数料についても上訴の際に支払い が必要となるものであるし、Xは、これらの支払 いが求められる段階において民訴法 75 条 1 項後 段に基づいて追加担保の申立てをすべきであるか ら、現時点において、Yらに担保提供の必要性が ないと主張した。 これに対してXは、法は申立人による訴訟費用 の現実の支出時期にかかわらず全審級の訴訟費用 を一括で担保提供させることを予定しているとし てこれを争った。 (3) 民訴条約による担保提供義務の免除と最 恵国待遇の関係 さらにYらは、(ⅰ)日米友好通商航海条約に よれば、アメリカの国民及び会社は日本で裁判所 事実の概要 1 背景 本件の基本事件は、いわゆる機関投資家とし て、申立人(以下「X」という) の株式に投資を していたとする相手方ら(以下「Yら」という)が、 Xの平成 13 年 3 月期から平成 24 年 3 月期まで の間の各有価証券報告書等の開示書類に虚偽の記 載があったと主張して、Xに対し、金商法 21 条 の 2、会社法 350 条及び民法 709 条、同 715 条 に基づき、 損害賠償(請求額合計 56 億 4,555 万 1,199 円)を求めた世界的に有名な事件である。 しかし、Yらがアメリカないしイギリスで設立、 組成されており、日本国内に住所、事務所及び営 業所(以下「住所等」という)を有していなかった ことから、Xが民訴法 75 条に基づき訴訟費用の 担保提供を求めたのが本件である。 2 当事者の主張 Xの担保提供命令の申立てに対して、Yらは日 本国内に住所等を有しないことは争わなかった が、概ね以下のような主張を展開した。 (1) 民訴法 75 条 2 項の拡張又は類推適用 まずYらは、 (ⅰ)Xが有価証券報告書等の開 示書類に虚偽の記載があったことを認めているこ と、 (ⅱ)Xの設置した第三者委員会も、調査の 結果、虚偽記載の事実を認定していること、(ⅲ) Xが刑事事件や基本事件と同種の別件事件にお いても虚偽記載の事実を認めていることを指摘 し、Xにとって最も重要な請求原因事実である虚 偽記載の事実を争えず、YらはXに対する損害賠 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.55 の免除を認めないことは、最恵国待遇条項に反す るものではないというべきである。」 の裁判を受ける権利について最恵国待遇を与えら れているので、民訴条約とその実施にかかる「民 事訴訟手続に関する条約等の実施に伴う民事訴訟 (以下「特例法」という) 手続の特例等に関する法律」 が訴訟費用の担保提供を免除しているように、ア メリカの国民及び会社も担保提供は免れるべきで ある、 (ⅱ)日英通商居住航海条約においても最 恵国待遇を与えられるので、イギリスの国民及び 会社にも同様の理由が当てはまると主張した。 これに対し、Xは、担保提供義務は日本国内に 住所等を有しないがゆえに課される義務であっ て、国籍に基づくものではないから、最恵国待遇 によって免除される性質のものではないと反論し た。 判例の解説 一 本件の特徴 訴訟費用の担保提供命令については民訴法 75 条が規定しているが、この条文に関する先例は少 ない。しかし、近時、外国人が原告となるような 国際取引紛争は増加しており、東京地裁でも同様 の事件が複数係属していることに鑑みると、本決 定は今後の運用の指針ともなりうるものであり、 これを検討しておく意義は少なくない1)。 本件では、「原告が日本国内に住所、事務所及 び営業所を有しない」こと(民訴 75 条 1 項)につ いては当事者に争いはなかったので、検討すべ き点は概ね以下の 3 点に収斂される。すなわち、 (ⅰ)「金銭の支払の請求の一部について争いがな (ⅱ)担保標準額、 (ⅲ) い場合」(同 2 項)の意義、 民訴条約における担保提供義務の免除と最恵国待 遇の関係である。 3 決定 以上のような当事者の主張に対し、裁判所は、 次のように述べてYらに対して合計 1,978 万円の 担保提供を命じた。 決定の要旨 1 「相手方らがいずれも日本国内に住所等を 有しないことは当事者間に争いがなく、これによ れば、相手方らは、民事訴訟法 75 条 1 項に基づ く担保提供義務を負うというべきである。」 二 「金銭の支払の請求の一部について争いが ない場合」の意義 民訴法 75 条 2 項は、請求の一部について争い がない場合、被告は訴訟費用の償還請求権を自働 債権として原告の債権と相殺することができるこ とから定められたものであるが2)、本件のように Xが請求原因事実の一部を認めたに過ぎず、基本 事件において全部棄却を求めて全面的に争ってい る場合もこれに含まれるかが問題である。 この点について言及した先例は見当たらないが 学説には若干の争いがあり、被告が請求原因事実 の一部について請求を理由あらしめる自白をし、 抗弁を提出しない場合も本条に該当するという見 解が主張されており3)、これに対しては「このよ うな場合は未だ争いがない債権として担保的機能 4) との批判もなされている。 が備わるに至らない」 もっとも、本件の基本事件において、Xは平成 13 年 3 月期から平成 24 年 3 月期第 1 四半期ま での有価証券報告書等に虚偽記載があったことを 認めているものの、これは請求原因事実の一部に 過ぎず、そもそもXは、あくまでYらの請求の全 部棄却を求めている。そうだとすると、争いのな い請求の一部である原告の債権と相殺することを 「虚偽記載の事実は請求原因事実の一部に 2 過ぎず、申立人は、基本事件において、相手方ら を含む原告らの請求の全部棄却を求めているので あるから、上記虚偽記載の事実をもって、直ちに 相手方らが申立人に対する損害賠償請求権を有す るものと認められるということはできない。」 「訴訟費用の担保は、原告が日本国内に住 3 所等を有しない場合に、被告が全審級において支 出することが予想される訴訟費用の総額を標準と して定められるものであって……、相手方らが主 張する上記各事情は、いずれも相手方らの担保提 供義務を否定すべき理由となるものではない。」 「民訴条約の定める訴訟費用の担保提供義 4 務の免除は、訴訟費用の負担を定める裁判の執行 と一体のものと解すべきであるから、民訴条約の 非締約国の国民について訴訟費用の担保提供義務 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.55 直ちに想定することはできないため、本決定もこ れを認めることはできないとしている。 四 民訴条約における担保提供義務の免除と 最恵国待遇の関係 1 担保提供義務の免除 ところで、民訴条約 17 条 1 項によれば、「締 約国の裁判所において原告……がいずれかの締約 国に住所を有するいずれかの締約国の国民である 場合には、その者に対し、外国人であること又は その国に住所若しくは居所を有しないことを理由 としては、いかなる保証又は供託……をも命ずる ことができない」とされ、「前項の規定は、訴訟 費用の支払を確保するため原告……に要求する費 用の前納についても適用する」(同 2 項)とあり、 特例法でも「民訴条約の締約国に住所、事務所又 は営業所を有する締約国の国民である原告は、本 邦に住所、事務所及び営業所を有しないときでも、 (特 ……訴訟費用の担保を供することを要しない」 例法 10 条本文)とある。 もっとも、民訴条約は「前条〔17 条〕第 1 項 及び第 2 項の規定又は訴えが提起された国の法 律によって保証、供託又は前納を免除された原告 ……に対し締約国においてされた訴訟費用の負担 を定める裁判は、外交上の経路を通じて行われる 請求に応じ、他の締約国において、権限のある当 局により無償で執行を認許され」(民訴条約 18 条 1 項)、 「訴訟費用に関する裁判は、当事者の審尋 (民訴条約 19 条)と定め、 なしに執行を認許される」 担保提供義務を免除する代わりに、原告が敗訴し て訴訟費用の負担を定める裁判がなされた場合に は、被告がその執行を容易にできるように配慮し ている。 三 担保標準額 民訴法 75 条 6 項は、裁判所は、決定に際し、 被告が全審級において支出すべき訴訟費用の総額 を標準額として担保の額を定めるとし、これは裁 判所の自由裁量によるとされる。もっとも、その 意味するところは「訴訟費用の発生の可能性とそ の予想額によって判定せざるを得ないというにす 「担保の額の算定に当たっては、訴 ぎ〔ず〕 」5)、 訟の種類、事件の性質・内容、難易等の事情を総 合的に考慮して定められる」6)との指摘がなされ ている。そうだとすると、担保額の決定は完全な 自由裁量ではあり得ず、その目安となる数額は申 立人において申述するべきである7)。 本件でも、Xは「全審級において支出すべき訴 訟費用としては、少なくとも、訴え提起、控訴提 起及び上告提起又は上告受理申立ての手数料が考 えられるから、その担保の額は……各相手方ごと の訴額に係る全審級の申立手数料とみるべきであ る」として一定の基準を示している。 この点、訴訟費用には送達費用や鑑定費用をは じめ、費用法が定める様々なものが含まれうるも のの、これを被告の応訴前に予測することは困難 であることに鑑みると、Xが示した基準は明確で、 今後の実務運用の参考となる。 ところで、Yらは訴え提起の手数料を納付済み であることや、上訴審の申立手数料の支払いは上 訴の際に必要となるものであること、民訴法 75 条 1 項後段に追加担保の申立ての規定があるこ とを理由として、現時点においてYらが担保提供 をする必要性は全く存在しないと主張する。 たしかに既に納付した訴え提起の手数料額や将 来の控訴・上告の手数料額が担保標準額に含まれ ることに対する違和感もないではないが、法が 「被告が全審級において支出すべき訴訟費用の総 額」を標準とする旨明確に定め、また追加担保に (1 項後段)として、 ついても「不足を生じたとき」 あくまで後の進行によって訴訟費用の見込額が増 加した場合を念頭に置いていることからするとY らの主張は条文の文言と乖離しているきらいがあ り、裁判所もYらの主張を容れなかった。 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 2 最恵国待遇条項との関係 しかし、Yらは民訴条約の非締約国のアメリカ 又はイギリスで設立・組成されたので民訴条約の 適用はなく、上記の例外は及ばない。 そこで、本件では日米友好通商航海条約又は日 英通商居住航海条約の最恵国待遇条項により、民 訴条約の締約国の国民に認められる担保提供義務 の免除がYらにも認められるのではないかが問題 となった。 日米友好通商航海条約 4 条 1 項は「いずれの 一方の締約国の国民及び会社も、その権利の行使 及び擁護については、他方の締約国の領域内です べての審級の裁判所の裁判を受け……る権利に関 して、内国民待遇及び最恵国待遇を与えられる」 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 民事訴訟法 No.55 と規定し、同 22 条 2 項が「最恵国待遇」を定義 している。これによれば、「一締約国の領域内で 与えられる待遇で、第三国のそれぞれ国民、会社、 産品、船舶又はその他の対象が同様の場合にその 領域内で与えられる待遇よりも不利でないものを いう」とされる。 また、同様に日英通商居住航海条約 7 条 4 項 第 1 文は、「一方の締約国の国民及び会社は、自 己の権利の確認、行使又は擁護のため、他方の締 約国の領域内において、当該他方の締約国の国民 及び会社又は他の外国の国民及び会社が従う条件 よりも不利でない条件で、裁判所……に審査を求 め申立てを行う権利を有する」と規定している。 一般的に最恵国待遇とは、締約国が自国の領域 で現在及び将来に第三国の国民に対して与えるよ りも不利でない待遇を相手国の国民にも与えるこ と(均霑)をいい8)、これにより「その国の領域 に在留する外国人の待遇は、最も有利な待遇を受 けている不特定の第三国(最恵国)の国民の待遇 に自動的に均霑され、外国人相互間で差別がなく なる」ことになる9)。 しかし、民訴条約において担保提供義務が免除 されているのは、訴訟費用の負担を定める裁判の 執行について外交上の経路を通じて行われる請求 に応じる無償執行の認許(民訴条約 18 条 1 項)と 当事者の無審尋執行の認許(民訴条約 19 条)が併 せて規定されているからであり、だからこそ本決 定は民訴条約の非締約国であり無償執行の認許や 無審尋執行の認許が認められる制度的な担保がな いアメリカやイギリスで設立、組成されたYらに 担保提供義務の免除をすることは「第三国の国民 に与えられる待遇よりも不利でないもの」にとど まらないとしたのである。このようなYらに担保 提供義務の免除を認めるのであれば、それは最恵 国待遇を超えた特権を与えることに他ならないと いえよう。 なお、この点については先例として東京地決昭 58・2・1(判タ 498 号 131 頁)があり 10)、本決定 と同様の結論をとっている。もっとも、その理由 付けは本決定がより詳細で、今後の実務運用に与 える影響は大きいものと思われる。 看過しがちであるが、外国の依頼者を代理して日本で訴 訟を提起する場合には、被告から担保提供の申立てがさ れる可能性がある旨を、予め依頼者に説明しておくこと が必要」という。 2)賀集唱ほか編『基本法コンメンタール 民事訴訟法 1 〔第三版追補版〕』(日本評論社、2012 年)195 頁[三輪 和雄=山門優] 。 3)賀集ほか・前掲注2)195 頁、兼子一ほか『条解 民 事訴訟法〔第 2 版〕』(弘文堂、2011 年)338 頁[新堂 幸司=高橋宏志=高田裕成] 、菊井雄大=村松俊夫『全 訂 民事訴訟法Ⅰ〔補訂版〕』(日本評論社、1993 年) 668 頁、谷口安平=井上治典『新・判例コンメンタール 民事訴訟法 2』 (三省堂、1993 年)63 頁[和田日出光] 、 斎藤秀夫ほか『注解民事訴訟法 (3)〔第 2 版〕』(第一法 規出版、1991 年)128 頁[斎藤秀夫=宮本聖司=小室 直人]、上田徹一郎=井上治典編『注釈民事訴訟法 (2)』 (有 斐閣、1992 年)520 頁[橘勝治]、笠井正俊=越山和広 『新・コンメンタール民事訴訟法〔第 2 版〕』 (日本評論社、 2013 年)288 頁[堀野出]。秋山幹男ほか『コンメンター 2006 年)75 頁。 ル民事訴訟法Ⅱ〔第 2 版〕』 (日本評論社、 2000 年) 4)三宅省三ほか編『注解民事訴訟法Ⅱ』 (青林書院、 106 頁[門口正人] 。 5)三宅ほか・前掲注4)111 頁。 6)三宅ほか・前掲注4)111 頁。 7)斎藤ほか・前掲注3)137 頁[林屋礼二=宮本聖司= 小室直人]は「被告は、担保を供すべき事由について挙 証責任を負う」旨指摘している。なお、被告が数額を示 した場合、 「被告の意思が訴訟費用の上限を画すもので あることが認められれば、その額を上限とするのが相当」 であるとされる(三宅ほか・前掲注4)111 頁)。 8)波多野里望=小川芳彦編『国際法講義〔新版〕 』 (有斐閣、 1993 年)242 頁。 9)波多野=小川・前掲注8)242 頁。 10)この事件では送達条約との関係についても争われた。 原告は、送達条約は民訴条約第 1 章を一層詳細に規定 したものであるから特例法 10 条の「民訴条約」には送 達条約も含まれるとした上で、アメリカは送達条約を批 准しているので、アメリカの国民であり、かつ、同国内 に住所のある原告には特例法 10 条本文が適用され、訴 訟費用担保提供義務が免除されると主張したが、裁判所 は特例法の法文の構造及び同法 10 条の規定形式に照ら すとかかる主張を容れることは到底困難として、これを 排斥した。 弁護士 川中啓由 ●――注 1)古田啓昌「国際取引紛争処理をめぐる動きと弁護実務 の課題」ジュリ 1474 号(2014 年)64 頁は「実務上も 4 4 新・判例解説 Watch
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