ローライブラリー ◆ 2014 年 6 月 27 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.28 文献番号 z18817009-00-090281069 日本人と内縁関係にあった外国人女性への退去強制令書発付が取り消された事例 【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 2 月 26 日 【事 件 番 号】 平成 25 年(行コ)第 383 号 【事 件 名】 退去強制令書発付処分等取消請求控訴事件 【裁 判 結 果】 原判決の取消し、控訴人の請求認容 【参 照 法 令】 出入国管理及び難民認定法 49 条・50 条、外国人登録法 3 条、市民的及び政治的 権利に関する国際規約 17 条・23 条 【掲 載 誌】 判例集未登載 LEX/DB 文献番号 25503242 …………………………………… …………………………………… XとPは、2 人の息子の親権者を母であるXとし、 調停離婚した。Xは、息子であるP1及びP2の養 育費等を稼ぐため、埼玉県内の飲食店でホステス として稼働した。 平成 13 年 12 月または平成 14 年初め頃、Xは、 飲食店の顧客だった日本人男性Qと知り合い、交 際を開始した。Xは交際当初からQに対し、Pと の離婚、2 人の息子の養育、日本に不法に滞在し ている状況を打ち明けた。Qは、Xと同居して子 どもたちの面倒をみたいと希望するようになり、 平成 15 年春頃からXとQは同居を開始した。X は在留許可の資格外活動であったホステスをや め、家事育児に従事し、Qの給料が振り込まれる 銀行口座を管理し、家計をやりくりした。 現在、Xの長男P1はQと引き続き同居し、東 京都内で働いている。Xの次男P2は長野県内で 働くため母親のX及びQと別居したが、平成 24 事実の概要 控訴人X(フィリピン国籍を有する女性)は、昭 和 50 年代前半にフィリピン人男性と婚姻するこ となく長女と次女をもうけた。昭和 63 年 6 月、 2 人の娘の養育費を日本で稼ぐべく、プロダク ションの用意した他人名義の旅券で本邦へ不法に 入国し、当該旅券で外国人登録法 3 条 1 項に基 づく新規登録を行った。虚偽の身分事項をもっ て 2 回の在留期間更新許可を得、長野県内のフィ リピンパブでホステスとして稼働し、顧客の日本 人男性Pと交際した。XはPの子を妊娠し、出産 のため昭和 63 年 12 月にフィリピンへ帰国した。 PはXと結婚するためフィリピンに渡航し、平成 元年 6 月にフィリピンの方式でXと婚姻した。同 年 8 月、XはPとの長男P1をフィリピンで出産 した。 XはPと日本で婚姻生活を送ることを決意し、 ブローカーに旅券等の発給を有料で依頼した。X は、ブローカーを通じて、Xと生年月日の異なる 出生証明書を入手し、その生年月日を記載した旅 券を発給された。 Xは、平成元年 9 月に上記の旅券で日本に不法 入国し、同年 10 月に外国人登録法 3 条 1 項に基 づく新規登録の申請をした。平成 3 年、XはPと の次男P2を出産した。Xは上記の旅券で 1 回の 在留資格変更許可及び 5 回の在留期間更新許可 を受け、平成 11 年 1 月までに再入国許可を利用 し、 計 9 回の出入国を繰り返した。平成 13 年 10 月、 vol.15(2014.10) 年に婚姻し、長女をもうけた。Xがフィリピン人 男性との間にもうけた長女は、平成 15 年に日本 人と婚姻し、埼玉県内に居住しており、同女の夫、 長男、次男を連れて、Xの居住する家に頻繁に泊 まりがけで遊びに来ている。Xは、新潟県にある Qの実家を数回訪れ、冠婚葬祭に参加するなど、 Qの親族と交流している。 平成 24 年 1 月、外国人登録の際にXは自ら、 世帯主をQ、続柄を「妻(未届)」と記入し、在 留資格を「在留資格なし」に変更した。翌月、X は東京入管収容場に収容されたが、Qは多数回に わたり同収容場を訪れ、Xと面会している。平成 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.28 25 年 2 月、XとQは埼玉県内の某市で婚姻届を 出した。書類不備のため市役所でいったん受理伺 いとなったが、同年 9 月に受理された。 情状等を適切に比較考量すれば,本件において当 然に在留特別許可をすべきものであったといえ る」 。 よって,裁判所は原判決を取り消し,東京入国 管理局長が,平成 24 年 4 月 3 日に控訴人に対し てした入管法 49 条 1 項に基づく異議の申出には 理由がない旨の裁決を取り消すとともに,東京入 国管理局主任審査官が平成 24 年 4 月 4 日に控訴 人に対してした退去強制令書発付の処分を取り消 す。 判決の要旨 控訴人Xは, 「虚偽の生年月日が記載されてい る旅券を所持して本邦に不法入国した者であるか ら,入管法 24 条 1 号(不法入国)に該当し,原 則として本邦から当然に退去されるべき法的地位 にある」 。また,虚偽の生年月日が記された旅券 で外国人登録法の新規登録を行い,在留期間更新 許可を受け,再入国許可を利用し出入国を繰り返 し,ホステスとして不法就労した。「このような 控訴人の入国及び在留の状況は,在留特別許可の 許否の判断に当たり,消極要素として斟酌され得 る事情ではある」。 「もっとも,控訴人の前回の入国時の問題は 20 判例の解説 一 本判決は、控訴人Xが日本人男性Qと内縁 関係にあり、その後婚姻届を提出し、日本に定着 していることを鑑みると、控訴人に対して入管法 50 条に基づく在留特別許可が出されるべきであ り、退去強制令書発付の裁決は、裁量権の範囲を 逸脱し、またはこれを濫用した違法なものとなる ため、本件裁決を前提とする本件退去令書発付処 分も違法なものであるとして、本件裁決及び本件 退去令書発付処分を取り消した。ただし、第一審 (後述)では原告のXが敗訴していた。 退去強制について第一審と控訴審の判断が分 かれた事例には、オーバーステイのタンザニア 人母子に対する在留特別許可(福岡地判平 24・1・ 年以上前のことであり」 , 旅券の生年月日が異なっ ていたのは, 「『年』が真実と 6 年違っていたこと にとどまり,今回の入国後の不法就労も平成 13 年末ころから平成 15 年春ころまでの比較的短期 間にとどまっている」 。 「こうした平穏な在留の長期継続という事実は, 今後,当該外国人が,日本社会において健全な市 民として平穏で安定した生活を送ることができる 蓋然性を示すものであるといえるから,在留特別 許可の許否の判断における積極要素となるという XとQの関係が 「婚 べきである」。平成 15 年以降, 姻の実質を備え,安定かつ成熟した内縁関係が あったと認められ,これは在留特別許可の許否の 判断に当たり,重要な積極要素として評価される べきである」。 控訴人は日本に定着し,Qとの間に「婚姻の実 質を備え,安定かつ成熟した内縁関係(……現在 は,両者は婚姻関係にある。)を築いているもの であるから,その保護の必要性は高」 い。Xをフィ リピンへ退去強制した場合,XとQが「互いの扶 助や協力の下で生活し,内縁関係を維持していく ことが非常に困難となることは容易に推測できる ところである」。 Xの「不法入国等にかかる情状は比較的軽いと いえるから,東京入管局長は,上記の積極要素を 適正に認定,評価するとともに,……消極要素の 2 13LEX/DB 文献番号 25480159(馬場里美・新・判例 、 解 説 Watch( 法 セ 増 刊 )11 号(2012 年 )323 頁 ) 福岡高判平 24・10・29) がある。これは、タンザ ニア国籍を持つ女性が在留期間 90 日の上陸許可 を得て日本に入国したが、期限を超えて本邦に滞 在し、退去強制と退去命令を受け、当初と異なる 氏名及び生年月日が記載された旅券に用い、未婚 のままタンザニア人男性との間に生んだ子どもを 連れて本邦に入国し、日本人男性と交際後に婚姻 し、福岡入国管理局に出頭して退去強制令書を発 付され、その取消しを求めた事件である。一審で は、オーバーステイの理由が 1 度目は過失、2 度 目と 3 度目は病気療養で、斟酌すべき事情であ ること、また、女性自ら入国管理局に出頭し、出 国または退去強制となっており、悪質なものでは なかったとされたが、控訴審では法務大臣の裁量 権の範囲内であるとされた1)。 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.28 二 本来、在留特別許可は、第 2 次世界大戦 後に密航で来日し、日本で長期間安定した生活を 構築してきた在日韓国人に対して実施されてきた 制度であるが、1990 年代以降になると、日本人 と結婚した外国人、日本人との間に生まれた子を 養育する外国人に適用される事例が増加した2)。 これまで、個別の在留特別許可がどのように許 否の判断されたのか、不明な点が多かった。平成 18(2006)年、法務省入国管理局は、在留特別許 可に関する基準として「在留特別許可に係るガイ ドライン」を策定・公表した。平成 21(2009)年、 戦後最大といわれる入管法改正を受け、入管は同 ガイドラインを見直し・公表し3)、在留特別許可 された事例と許可されなかった事例一覧を公表し た4)。 在留特別許可の許否の判断にあたり、積極要素 と消極要素が考慮される。積極要素とは、入管法 50 条 1 項 1 号(永住許可を受けている場合)、2 号 事実上の夫婦として生活してきたが、日本人との 婚姻ないし内縁関係は、「在留特別許可の許否の 判断の際にしんしゃくされる事情の一つにとどま るべきものというべきであり、……当然に特別許 可が付与されるものではない」。 第 4 に、XとQの内縁関係は不法入国という 違法状態の上に築かれたもので、「保護すべき必 要性が高いものであるとまでは認め難い」。 第 5 に、原告が 20 年以上日本において生活し ていることは、「同時に不法入国による不法在留 という違法行為が長期間に及んでいることを意味 するものにほかならず、不法在留という違法状態 の上に、生活基盤が築かれ、日本への定着性が生 じたとしても、そのことは、在留特別許可の許否 の判断に当たり、積極要素として考慮されるもの ではない」。 このように、東京地裁は、不法入国、偽造旅券 の使用、在留資格外の就労という消極要素をもと に、違法状態の上に築かれたXとQの内縁関係は 保護の必要性が高くないと結論づけた。 一方、東京高裁は、地裁が消極要素とした点を 積極要素として判断した。主な理由は、Xの不法 入国がかなりの以前のものであり、かつ比較的軽 微なものであったことにくわえ、Xの子どもや孫 とQが良好な関係を築き、XもQの親族たちと同 様に良好な関係を築いていたことが挙げられよ う。XとQの間に養育中の子どもがいない事実を 考え合わせると、控訴審の判決はいっそう注目に 値する。 (かつて日本国民として日本に本籍を有したことがあ る場合)、3 号(人身取引等により、他人の支配下に 置かれて、日本国内に在留する場合)である。この他、 「とくに考慮する積極要素」として、当該外国人 が日本人の子または特別永住者の子であること等 が挙げられる。一方、消極要素は、重大犯罪等で 刑に処せられたこと、密航・不正入国・退去強制 歴を有することなどである。 三 本件の第一審では、控訴審とほぼ同じ事実 関係が認定されたが、在留特別許可を付与しな かった東京入管局長の判断が裁量権の範囲を逸脱 せず、または濫用したものとは認められないとし て、原告Xの請求が棄却された。その理由は次の 通りである。 第 1 に、原告が虚偽の生年月日が記載された旅 券を所持して本邦に不法入国した者であり、入管 「原則として 法 24 条 1 号(不法入国)に該当し、 本邦から当然に退去されるべき法的地位にある」 。 第 2 に、Xが他人名義の旅券を所持して入国 したこと、虚偽の生年月日が記載された旅券で入 国し、出入国を繰り返し、ホステスとして不法就 労したことは、在留特別許可の許否の判断におい て「消極要素としてしんしゃくされても不合理と いうことはできない」 。 第 3 に、Xは日本人男性Qとの間に 9 年間以上、 vol.15(2014.10) 四 他方、本判決は、外国人の受入と在留に関 するマクリーン事件判決(最大判昭 53・10・4 民 集 32 巻 7 号 1223 頁、判時 903 号 3 頁、判タ 368 号 196 頁)の枠組みに注意深く留まっている。本件 第一審判決が述べた通り、「国際慣習法上、国家 は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、 特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入 れるかどうか、また、これを受け入れる場合にい かなる条件を付すか、自由に決定することがで き」、「在留特別許可をすべきか否かの判断は、法 務大臣の広範な裁量に委ねられ」ており、「法務 大臣の判断が違法となるのは……裁量権の範囲を 逸脱し、又はこれを濫用した場合に限られる」と いう考え方は、退去強制に関する事件の審理にお 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.28 いて日本の裁判所が立つ大前提である。本判決で も、外国人の在留に関する判断が、 法務大臣によっ て権限委任された入国管理局の裁量に委ねられる ことを何ら否定していない。 しかし、日本が 1979 年に批准した市民的及び 政治的権利に関する国際規約(以下、自由権規約 と略す) は 17 条 1 項で、 「何人も、その私生活、 家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しく は不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃 されない。」と規定し、 同条 2 項で「すべての者は、 1 の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権 利を有する」と規定する。また、23 条 1 項では「家 族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会 及び国による保護を受ける権利を有する」と規定 する。一般的に、特別法である条約は、国際慣習 法の優位に立つ。したがって、マクリーン事件の 法理には疑問が残る。2010 年 11 月 17 日、日本 弁護士連合会は「在留特別許可のあり方への提 言」5)を発表し、その中で「非正規滞在者に対す る退去強制令書の発付は、差別の禁止、非人道的 な取扱いの禁止、家族生活の尊重または私生活に 対する恣意的干渉の禁止の見地から、当該非正規 滞在者が受ける不利益の程度と、退去強制によっ て達成される利益を比較衡量して、合理性を欠く 場合は、許されないこと」と指摘した。 昨今、未婚・非婚の親、連れ子のいる同棲・再 婚、異父または異母兄弟姉妹の同居、同性のパー トナーは、日本国内でも珍しくない。くわえて、 少子高齢化と生産人口の激減が進行する日本にお いて、外国人労働者を多数導入したいという声が 産業界を中心に再び大きくなっている。日本に長 期滞在する外国人労働者が増加すれば、彼らが日 本人と同棲、婚姻、離婚、再婚、再々婚等を経験 することになろう。それに伴い、子ども(実子・ 連れ子・養子等)の養育と扶養、子どもの教育(と くに言語)、病気や障がいのある家族の介護、老 親の介護、養子縁組など、多種多様な家族の事情 が生じることは想像に難くない。 入管や裁判所が在留特別許可を判断する際、ガ イドラインの積極要素と消極要素をどう評価する かによって、家族の利益や幸福は大きく左右され る。今後も、類似事件における裁判所の判断が注 目される。 4 ●――注 1)詳細は、軽部恵子「日本人配偶者を持つタンザニア国 籍の女性と娘への退去強制処分が取消された事例――福 岡地裁平成 24 年 1 月 13 日判決(退去強制令書発付処分 等取消請求事件) 」神奈川ロー 5 号(神奈川大学大学院 法務研究所、2012 年 9 月)111~115 頁、 松井仁「オーバー ステイのタンザニア人母子と在留許可の是非」国際人権 24 号(2013 年)95~98 頁、中村義幸「オーバーステイ のタンザニア人母子と在留許可の是非・コメント」国際 人権 24 号(2013 年)100~109 頁を参照。 2)山本薫子「在留特別許可制度における結婚の手段的側 面とロマンチック・ラブの矛盾」近藤敦=塩原良和=鈴 木江理子編著『非正規滞在者と在留特別許可:移住者た ちの過去・現在・未来』 (日本評論社、2010 年)93 頁。 3)法務省入国管理局「在留特別許可に係るガイドライン」 (http://www. ( 平 成 18 年 10 月、 平 成 21 年 7 月 改 訂 ) moj.go.jp/content/000007321.pdf(2014 年 5 月 31 日 閲 覧) ) 。 4)最新版は、同「在留特別許可された事例及び在留特 」 (平成 別許可されなかった事例について(平成 23 年) 24 年 4 月 ) (http://www.moj.go.jp/content/000097401.pdf (2014 年 5 月 31 日閲覧) ) 。 5)日本弁護士連合会「在留特別許可のあり方への提言」 (http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/ ) 。 data/101117_4.pdf(2014 年 5 月 31 日閲覧) ●――参考文献 川崎まな「退去強制事例における家族と子ども:ヨーロッ パ人権裁判所の判例を素材として」北大法政ジャーナル 18 号(2011 年)91 ~ 145 頁、近藤敦「判例紹介 在留 特別許可のガイドラインと積極・消極要素をめぐる裁量 審査――日本人の配偶者の退去強制取消事件(東京地方 裁判所 2007(平成 19)年 8 月 28 日判決・判時 1984 号 18 頁) 」国際人権 20 号(2009 年)107 ~ 108 頁、近藤 敦=塩原良和=鈴木江理子編著『非正規滞在者と在留特 別許可:移住者たちの過去・現在・未来』 (日本評論社、 2010 年)、丹野清人「在留特別許可の法社会学:日本で (2007 年 5 月) 、 暮らす外国人の法的基礎」 大原社研 582 号 徳川信治「外国人の出入国と慣習国際法 マクリーン事 2011 年)93 頁、 (有斐閣、 件」国際法判例百選〔第 2 版〕 福王守「日本における長期不法滞在者の人権保障:在留 特別許可ガイドラインをめぐる国内法および国際法的考 察」駒澤女子大学研究紀要 16 号(2009 年)141~165 頁、 (有 山田利行ほか『新しい入管法 2009 年改正の解説』 、山田鐐一=黒木忠正『よくわかる入管 斐閣、2010 年) 』 (有斐閣、2010 年) 法〔第 2 版〕 桃山学院大学教授 軽部恵子 4 新・判例解説 Watch
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