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◆ 2015 年 7 月 3 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.79
文献番号 z18817009-00-040791241
面会交流の拒否と親権者変更
【文 献 種 別】 審判/福岡家庭裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 12 月 4 日
【事 件 番 号】 ①平成 24 年(家)第 1139 号、②平成 24 年(家)第 1140 号、
③平成 24 年(家)第 1392 号
【事 件 名】 ①親権者変更申立事件(第 1 事件)
、②子の引き渡し申立事件(第 2 事件)
、
③面会交流申立事件(第 3 事件)
【裁 判 結 果】 一部認容、一部却下、一部変更
【参 照 法 令】 民法 766 条・819 条 6 項、家事事件手続法 39 条・244 条・別表第二の 8 項
【掲 載 誌】 判例集未登載
LEX/DB 文献番号 25506085
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事実の概要
についても、Cの拒否により引渡しが失敗した。
A男(申立人)とB女(相手方)は、平成 19 年
裁判所に、第 1 事件(「Cの親権者をBからAに変
更する」
)および第 2 事件(
「Bは、Aに対し、Cを
そこで、Aは、平成 24 年 9 月 7 日、福岡家庭
に婚姻し、同年に長男C(事件本人)をもうけた。
平成 22 年 3 月 12 日、離婚等を求める調停(「前
引き渡せ」
) を申し立てた(Bによって、面会交流
件離婚調停事件」という)がAにより東京家庭裁判
に関する前件調停の調停条項の一部の取消または変
所に申し立てられ、同年 6 月に、BはCを連れ
更が求められた第 3 事件については省略する)
。同
年 11 月 12 日、第 1 事件、第 2 事件は、いずれ
て東京都内のマンションに転居しAとの別居を開
始した。A・Bは、同年 7 月 8 日の前件離婚調
も調停(「本件調停事件」という)に付された。平
成 25 年 3 月 25 日には 1 回目の、5 月 20 日には
停事件の期日において、Cの監護を原則として 1
週間毎に交替して行うとの話になり、同月 11 日
2 回目の「試行的面会交流」が同家裁で実施され
た。しかし、2 回目の「試行的面会交流」において、
より交替監護を開始した。その後、平成 23 年 1
月 20 日の前件離婚調停事件の期日において、A・
CはAを一貫して拒絶して、円滑な交流は最後ま
で実現しなかった。平成 25 年 12 月 9 日、本件
Bは、①Cの監護者を当分の間Bと定めること、
②面会交流を毎月 3 回実施すること等を内容と
調停事件はいずれも不成立になり、本件審判手続
する暫定的な合意(「前件暫定合意」という)に至っ
た。そして、平成 23 年 7 月 12 日に、①Cの親
に移行した。
権者をBと定める、②面会交流の回数を 1 か月
に 1 回とし、2 泊を限度とする宿泊を伴う面会交
審判の要旨
流を行う等、多くの条項を含む調停条項の内容で
本審判は、以下のような理由を述べて、「Cの
合意し、前件調停が成立した。なお、Bは、平成
23 年 4 月、Aに相談することなく、Cを連れて
親権者をBからAに変更する」とともに、「Cの
福岡県に転居している。
の引き渡しを求めるAの申立てを却下」した。
前件調停成立後の平成 23 年 12 月 15 日、Aは
Bが前件調停の調停条項 7 項(「BはAがCと面会
1 CがAを強く拒絶している原因について
することを認め、その実施に向けて積極的に協力す
(交替監護終了後のCの拒絶の原因について)
「B
る」) に違反していることを理由に履行勧告を申
は、Cの前でも、A自身への否定的感情や面会交
し立てた。しかし、その後に予定された面会交流
流を快く思っていないとの気持ちを隠すことがで
vol.17(2015.10)
監護者をBと指定すべきである」とした上、「C
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新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.79
きず、CがAとの面会を楽しむことに罪悪感を覚
ないことも否めない。このように、Cの監護をB
えさせるような言動を取り続けていたと推認する
からAに移すことを躊躇すべき事情が認められ
のが合理的である」。
る」。
(2 回目の試行的面会交流が失敗した原因について)
「本件においては、親権と監護権とを分属させ、
「Cが、1 回目の試行的面会交流において、Aと
当事者双方がCの養育のために協力すべき枠組み
円滑な交流をしたことに強い罪悪感を抱き、Bに
を設定することにより、Bの態度変化を促すとと
対する忠誠心を示すためにAに対する拒否感を一
もに、子を葛藤状態から解放する必要があるこ
層強めたためと推認するのが合理的である」。
と、Aには、親権者としてCの監護養育の一端を
「CがAを強く拒絶するに至った主な原因はB
担う十分な実績と能力があること、Cの監護をB
の言動にあると認められる」。
からAに移すことを躊躇すべき事情が認められる
ことからすると、親権と監護権とを分属させるこ
2 親権者を変更する必要性について
とが子の福祉にかなうといえる特段の事情が認め
この点について、本審判は、①「面会交流を確
られ、親権と監護権とを分属させる積極的な意義
保する意義」を強調した上、②「Bが親権者と指
があると評価できる」。
定された前提が損なわれていること」、③「親権
者変更以外に(面会交流が実現しない) 現状を改
判例の解説
善する手段が見当たらないこと」、④「親権と監
護権とを分属させる積極的な意義が認められるこ
一 本審判の意義
と」を考慮してその結論を導いている(①②④の
本審判は、子が父との面会交流を拒否する主な
各々については、以下のように述べる)。
原因を親権者である母の言動にあるとした上、父
①「双方の親と愛着を形成することが子の健全
との面会交流を実現させるために、親権者変更、
な発達にとって重要であり、非監護親との面会交
とりわけ親権と監護権とを分属させる形での親権
流は、非監護親との別離を余儀なくされた子が非
者変更を認めるところにその意義を有する。この
監護親との関係を形成する重要な機会であるか
ような審判例は(少なくとも公表裁判例としては)
ら、監護親はできるだけ子と非監護親との面会交
これまでみられなかったという意味では、注目に
流に応じなければなら」ない。
「AとCとの関係
値するものである。以下では、親権者変更の判断
が良好であったことに照らせば、Bの態度変化を
基準としての面会交流の許容性(二)、親権と監
促し、CのAに対する拒否的な感情を取り除き、
護権の分属およびそれによる面会交流の実現可能
円滑な面会交流の再開にこぎ着けることが子の福
性(三)に分けて、本審判の検討を行うことにする。
祉にかなう」。
②「前件暫定合意及び前件調停の内容及びそれ
二 親権者変更の判断基準としての面会交流の
に至る経緯に照らせば、AがBを監護者ないし親
許容性
権者と指定することに同意したのは、Bが面会交
1 婚姻中の父母はその未成年の子の親権を共
流の確保を約束したことが主たる理由であった」。
同して行使するのが原則であるが(民 818 条 3 項)、
「しかるに、Bの言動によりCが面会交流に応じ
父母が離婚する場合には、父母の協議・調停、あ
ない事態となっており、Bを親権者として指定し
るいは審判・判決によって、その一方を親権者に
た前提が損なわれていると評価せざるを得ない」。
指定しなければならない(民 819 条 1~3 項・5 項、
④「2 回目の試行的面会交流の際のCの反応な
家事手続 39 条・244 条・別表第二の 8 項、人訴 32
どによれば、Cの引き渡しが実現しない可能性が
高いと考えざるを得ない」、
「Cは平成 23 年 4 月
条 3 項)。もっとも、このように指定された親権
から福岡県内で生活し、平成 26 年 4 月からは福
は、他の親に変更することができる(民 819 条 6
岡県××市内の小学校に入学したことを考慮する
項)
。この親権者の変更は、親権者の指定とは異
と、Bによる監護を継続させた方がCの負担が少
なり、父母の協議によることは許されず、必ず家
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者も、「子の利益のため必要があると認めるとき」
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新・判例解説 Watch
新・判例解説 Watch ◆ 民法(家族法)No.79
ないことではない。
庭裁判所の審判(あるいは調停) によらなければ
ならない(家事手続 39 条・244 条・別表第二の 8 項)。
親権者変更の審判を行うに際しては、父母側の
3 しかし、本件では、父の親権者変更の申立
事情(監護能力、経済・就労状況、居住環境、監護
ては全面的には認容されなかった。本審判は、
「監
状況など)や子の側の事情(子の意思、年齢など)
、
護の継続性(現状尊重)」にも配慮し6)、それと「面
離婚時における親権者指定の経緯やその後の事情
会交流の実現性」の両立を企図して、親権者を父
の変化などが総合的に考慮され、
「子の利益」の
に変更しながらも監護権を母に残すという結論を
ためにそれが必要かどうかが判断されることにな
導いているのである。
る。
三 親権と監護権の分属およびそれによる面会
2 上のような事情・要素を総合的に考慮して
交流の実現可能性
もその判断が困難であることも多いと思われる
1 父母が離婚する場合にはその一方が親権者
が、従来の裁判例からは、①「監護の継続性(現
となるが、親権者とは別に監護者を定めることが
状尊重)」
、②「(乳幼児について)母優先」、③「(一
できる(民 766 条・771 条)。したがって、父母の
定の年齢に達している) 子の意思尊重」などの原
一方を親権者とし、他方を監護者とすること(親
則を看取することができる1)。中でも重視されて
権と監護権の分属) も可能である。親権と監護権
きたのが「監護の継続性」であり、多くの裁判例
が分属する場合に、それぞれがどのような権利義
(札幌高決昭 61・11・18 判タ 631 号 191 頁、仙台高
務を有するのかについては必ずしも明確ではない
決平 7・11・17 家月 48 巻 9 号 48 頁など)がこの点
が、通説に従えば、監護者が子の身上に関する権
を中心に結論を導いている。しかし、この原則の
利義務(民 820 条~ 823 条) を有し、親権者には
強調に対しては、実力や違法な手段による子の奪
子の財産に関する権利義務(民法 824 条)のみが
い合いの結果である現状を安易に追認することに
残るにすぎない7)。
なるという問題点も指摘される2)。
旧法では、原則として「家」にある父が親権を
ところで、近年、これらの原則に加えて、
「面
有した(旧 877 条)ので、離婚して家を去った母
会交流の許容性(寛容性)」、換言すれば、「他方
は子が乳幼児であっても子を引き取ることができ
の親と子の面会交流を認めることができるか、他
なかったため、母に監護者として子の監護を行う
方の親を信頼して寛容になれるか、元夫婦として
ことを可能にする必要があった。これに対し現行
の感情と切り離して、子に相手の存在を肯定的に
法では、母を親権者にすることも可能であるから、
伝えることができるかという点」も、親権者の
適格性の判断基準の 1 つとなりつつある3)。この
監護者制度の存在根拠が問われることになる。学
意味で注目されるのは、
「父が子と母との面会交
に主張された。しかし、近年、それに親権紛争の
流の実施に対して非協力的な態度に終始してい
妥協的・調整的解決策としての役割を期待する、
ること等を考慮して」、子の母への引渡しを命じ
さらには、離婚後の共同親権・共同監護の実現を
た原審判に対する即時抗告を棄却した東京高決
平 15・1・20(家月 56 巻 4 号 127 頁)であり、こ
目指すものとしてこの制度を積極的に活用すべき
説では、この制度に対する消極的見解8) が有力
であるとする見解もみられるに至っている9)。
4)
の判断を積極的に評価する見解もみられる 。こ
のような面会交流を重視する観点からは、離婚後
2 裁判例には、親権と監護権の分属を認める
親権者と定められた父母の一方が他方と子との面
会交流に非協力的である場合に、(例えば一方が他
ものが散見される。
その比較的新しい例を挙げると、
10)
横浜家審平 21・1・6(家月 62 巻 1 号 105 頁) が、
方による DV により寛容になれない場合などはともか
母からの親権者変更の申立てにつき、「申立人の
く) そのことを理由に親権者を(面会交流に協力
金銭管理に大きな不安」があるとして、親権者を
的な)他方に変更し、面会交流の実現を目指すこ
相手方(父)としたまま、監護者のみを申立人に
とは、(他の要素の考慮も必要であるが5)) ありえ
変更する。また、仙台高決平 15・2・27(家月 55
vol.17(2015.10)
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巻 10 号 78 頁)は、父を親権者とする協議離婚を
現状を尊重して親権者変更を認める裁判例(大阪高決平
12・4・19 家月 53 巻 1 号 82 頁)がある(若林昌子「判批」
したものの母が子を監護してきた事案において、
民商 125 巻 1 号 142 頁(2001 年)、椎名規子「判批」民
原審が母からの親権者変更の申立てを却下した
商 142 巻 6 号 99 頁(2010 年)は疑問を提起する)。一
上、父からの子の引渡申立てを認容したのに対し、
方、別居中の夫婦の子について、母から父に対して母を
親権者変更申立ては却下しつつ、子の情緒の安定
監護者に指定することと子の引渡しを求めたところ却下
という観点から、母を監護者として親権と監護権
されたことから提起された即時抗告審において、父が子
を分属させている。
を無断で連れ出し、家庭裁判所の保全処分の決定等に従
しかし、分属を否定するものもみられる。東京
高決平 5・9・6(家月 46 巻 12 号 45 頁)は、調停
たとして、原審判を取り消した裁判例(東京高決平 11・
わない間に子が父との生活に安定を見いだすことになっ
9・20 家月 52 巻 2 号 163 頁)もみられる。
離婚に際し親権者指定については別に審判によっ
3)二宮周平『家族法〔第 4 版〕』
(新世社、2013 年)112 頁。
て定める旨の調停が成立した事案において、原審
4)山口亮子「判批」民商 132 巻 4 = 5 号(2005 年)192 頁。
が親権者を父に、監護者を母に指定したのに対し、
5)梶村太市ほか『家族法実務講義』(有斐閣、2013 年)
174 頁[榊原富士子]は、
「面会交流の許容性(寛容性)」
「双方の適切な協力が期待され得る状況にあると
を「日本の実務では後順位の基準であり、他の条件・事
は思われず」、
「監護者として適当な母から親権の
情が拮抗している場合において用いられる程度である」
み切り離して父に帰属させるのが適当であるとは
と述べる(本件は、他の条件に余り差がない場合であろ
認められ難い」として、分属を否定し、母を親権
う)。
者とした。
6)その他、「子の引渡しが実現しない可能性が高い(強制
執行を試みて失敗した場合の子の精神的負担も軽視でき
ない)」こともこの結論を導いた大きな理由であると考
3 本審判は、父母双方が子の養育のために協
えられる。
力すべき枠組みを設定し、母の態度変化を促すた
7)もっとも、法定代理人としての権限(民 791 条 3 項・
めに、それが子の利益にかなうとして親権と監護
797 条 1 項――監護者が父母の一方である場合には代諾
権の分属という解決を選択したが、このような方
縁組の同意権が監護者にあることについては 797 条 3 項
途以外に現状を改善する手段が見当たらないこと
参照)は親権者に属すると考えられる。
(有
8)川田曻「親の権利と子の利益」
『現代家族法大系 3』
からは、筆者もその結論を理解できないわけでは
斐閣、1979 年)233 頁。
ない。しかしながら、実際にそれが事態を改善さ
9)若林昌子「親権者・監護者の判断基準と子の意見表明権」
せ、円滑な面会交流の実現を可能にするかどうか
『新家族法実務大系 2』(新日本法規、2008 年)386 頁以
については問題がないとはいえないであろう。本
下、椎名・前掲注2)102 頁。
10)椎名・前掲注2)は、横浜家審平 21・1・6 について
件では、父母の協力関係が十分に築けないことも
の評釈である。なお、この審判例のように、親権者の指定・
予想され、その場合には却って紛争を激化させか
変更の申立てがあった場合に、その審判において監護者
ねない。本審判が円滑な面会交流の実現を可能に
の指定をなしうるのかの問題がある。学説にはそれを否
するかどうかも(今後、監護権をも含めた全面的な
定する見解もあるが、通説・判例は肯定する。詳しくは、
親権者変更がなされることを恐れて、母が子の父と
清水・前掲注1)165 頁以下参照。
の面会交流に協力する可能性はないではないが)
、必
ずしも期待はできないといわざるをえない
11)さらにいえば、本件のような高葛藤事案において、面
会交流がそもそも子の発達にとって有効であるのかの疑
11)
。
問がある。渡辺義弘「面会交流至上主義への懸念――福
岡家裁平成 26 年 12 月 4 日審判の意味するもの」戸時
●――注
1)親権者指定・変更審判の判断基準について詳しくは、
724 号(2015 年)13 頁以下は、このような根本的疑問
清水節『判例先例親族法Ⅲ』
(日本加除出版、2000 年)
を踏まえて、本審判につき、「(面会交流の)原則的実施
96 頁以下参照。
方針の踏まえている心理学的知見とその論理を、特異な
親権、監護権の分属という手法で先取りしているもの」
2)監護の継続性と監護開始の違法性の問題をめぐって
で、「面会交流至上主義への懸念を感ずる」と述べる。
は、離婚の裁判において親権者を母と定めたにもかかわ
らず、その後も父が子を監護している状況のもとで子の
親権者を父に変更する審判に対し母が即時抗告した事案
関西学院大学教授 田中通裕
につき、父の監護が違法であったとしても、子の意思と
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