グラム染色入門② 2014 年度研修医 恵寿通信第 40 号(2015.9.30.発行)掲載 中村祥子 【はじめに】 グラム染色を繰り返すことで,迅速な診断,治療効果の確認が可能となり,良好な経過を得られた症例を 2 症例経験したので報告します。 【症例 1】71 歳 男性 既往歴:甲状腺腫瘤,胃潰瘍,逆流性食道炎 内服歴:センノシド 12mg×2T/2X,ナフトピジル 75mg1T/1X,酸化マグネシウム 500mg×1T/1X 家族歴:特に尿路系疾患の家族歴なし 嗜好品:たばこ 15 本/日×50 年 アルコールなし 生活歴:一人暮らし,無職,社会包括支援センターにて宅配サービスなどされていた方 現病歴: 2014 年 12 月より排尿障害で当院泌尿器科通院中。2015 年 6 月に Citrobactor Koseri の尿路感染症にて 10 日間の入院・抗菌薬投与にて軽快している。 今回は 2015 年 8 月 3 日正午ごろ,日課としているお寺のボランティアに参加するため外出。30 分ほど外を 歩いたところでしんどくなり,道端に座り込んでしまったと。15 時 30 分ごろ通行人に発見され,当院救急搬 送となる。なお,意識消失のエピソードはなく,脱力,眼前暗黒感,胸部症状などの自覚はない。 入院時現症:体温 37.4℃,血圧 91/68mmHg,脈拍 89/回,呼吸数 28/回,SpO298(RA) 意識清明 心音 Ⅰ.Ⅱ音聴取,心雑音なし 呼吸音 清 腹部 グル音良好,平坦かつ軟,圧痛なし 背部 右 CVA 叩打痛陽性 検査所見: ○血液検査 BUN 40.7 mg/dl, Cr 1.52 mg/dl, eGFR 36, CRP 18.61 mg/dl, WBC 133.4 x10^2/μ, RBC 369 x10^4/μ, Hb 12.1 g/dl, Ht 35.6 %, MCV 96.5 fl, St(STAB) 2.0 %, Seg 77.0 %, LYM 16.0 %, ○尿検査 尿潜血反応 (2+), RBC 5-9/H, WBC >100/H, 細菌 (2+) ○画像所見 腹部-骨盤部 CT 右腎盂拡張,膀胱尿管移行部に結石あり ○尿グラム染色 ⇒多数の多核球とグラム陰性桿菌を認める 右急性腎盂腎炎と診断。グラム染色所見より,原因菌は腸内細菌科と考えら れ,CTRX2g/24 時間にて治療開始。 【経過】 抗菌薬を開始した 24 時間後も 38℃台の発熱持続。 抗菌薬を変更すべきなのか。治療効果判定のため 再度グラム染色を行う方針としました。 ○尿グラム染色(治療 2 日目) ⇒グラム陰性菌は治療 2 日目で消失しており,多核球すらみえない 感受性ありと判断し,CTRX 続行したところ 48 時間で解熱。 ちなみに後日でた尿培結果は,前回細菌と同様 C.Koseri であり,感受性良 好(MIC≦1)であった。 グラム染色にて抗菌薬の正確な治療効果を確認しつつ,診療をすすめること ができた症例であった。 【症例 2】79 歳 女性 現病歴:2015 年 5 月上旬より労作時息切れ・動悸を自覚し,当院循環器にて ASR,MR に伴う慢性心不全と診 断。6 月 8 日に弁置換術施行目的にて心臓血管外科入院。翌 9 日,大動脈弁置換術+僧帽弁形成術施行。術後 1 日微熱あるも,その後は良好に経過し,7 月 1 日に退院。 7 月 10 日 全身倦怠・食欲不振あり。 22 日 白血球増多を伴う炎症反応高値で精査入院。 23 日 血培陽性(Staphylococcus capitis)。VCM 750mg/18 時間で治療開始。 25 日 IE と診断(血倍 4 セット陽性,心エコー所見より) 疣贅除去+再人工弁置換術施行。20 時間に及ぶ大手術であった。 術後人工呼吸器管理下で ICU へ。 ○胸部レントゲン画像 ⇒術後 1 日目で,右下肺野・左下肺野に浸 潤影出現。ただ,その後陰影の増悪はなく, 肺虚脱と考えた。 しかし,重症患者であり虚脱部に肺炎を発症したときのリスクを考え,吸引痰のグラム染色を日々行った。 ○気管内挿管チューブから吸引した分泌物のグラム染色 ⇒多数の多核球,太いグラム陰性桿菌(E.Coli),酵母様真菌(Candida sp.) を認めた。 【VAP(ventilator-associated pneumonia);人工呼吸器関連肺炎】 ・院内肺炎の 1 つであり,48 時間以上人工呼吸器を使用した患者の 10-25%で発症する。 ・臨床症状は非特異的であり,他の肺炎と同様。発熱,膿性痰,白血球↑,呼吸数↑,酸素化↓など。 ・診断は以下の通り。 *少なくとも 48 時間以上の人工呼吸器使用者 *新たな or 増悪する肺浸潤影 *喀痰培養陽性 ・VAP 発症患者の死亡率は 25-50%である 【VAT(ventilator-associated tracheobronchitis);人工呼吸器関連気管支炎】 ・人工呼吸器関連肺炎と気道のコロニー形成の中間の病態である。 ・48 時間以上人工呼吸器を使用した患者の 11%が VAT を発症する。 ・いまだ一貫した定義はないが,以下の基準が一般的。 *発熱(>38.0℃) *他の熱源を除外 *新たな喀痰の出現 or 喀痰の増加 *吸引痰での培養陽性 *画像で浸潤影がない or 肺炎の所見がない ・VAT 治療により臨床的アウトカムが向上する。前述の VAT の診断基準+吸引痰培養で 1,000,000 以上のコ ロニー形成があった VAT に対し,抗菌薬投与を行ったところ,VAP への移行が減り(13 対 47%) ,ICU での 死亡率が減少した(18 対 47%)。また,早期人工呼吸器離脱が可能であった。 ・VAT と VAP の治療は同様である。抗菌薬をエアロゾル化すると臨床症状の改善が促進されるとの報告もあ る。 【経過】 VAT の診断基準を全て満たさなかったが,グラム染色所見より気道内にコロニー形成を疑う所見があり,臨 床的には人工呼吸器関連感染と考えられた。VAP への進行はこの患者では致命的であり,TAZ/PIPC 4.5g/8 時 間,FCZ400mg/日で治療開始。 ○治療 7 日目 気管内挿管チューブからの分泌物グラム染色 ⇒菌体は陰性桿菌ごく少数(培養で は増殖せず),酵母様真菌ごく少数 術後 11 日目に酸素化良好(FiO20.35 PR12 PEEP5 で PO2130Torr)にて抜管。 VAT 治療は 8 日間。 ちなみに IE に対しては VCM&リファンピシン 6 週,アミノグリコシド 2 週。 9 月 27 日現在,経過良好で退院間近である。 【考察】 *グラム染色をもとに迅速な診断・empiric therapy が開始でき,グラムで治療反応を臓器に聞くことがで き,良好な経過を得られた。 *VAT に準じた治療によって VAP 発症,重篤化を阻止できた可能性がある。 *医療関連感染症は,罹患率の増加,死亡率の増加,過剰な医療費の増加を引き起こしており,早期診断・ 早期介入が重要である。 【まとめ】 グラム染色は簡便な手技であり,研修医や限られた医療器具しかもたない診療所などでも施行できます。し かし,実際には,良質な検体採取からはじまり,そのグラム染色が良性であるか,菌形態,原因菌はどれか など,その判断には熟練した経験が必要であります。今回の症例のように診断・治療の幅広い場面で有用で あることを実感し,その重要性を改めて認識させられました。 【参考文献】 ハリソン内科学 第 4 版 Up-to-date;Clinical presentation and diagnosis of ventilator-associated pneumona Trancheobronchitis 日本語版サンフォード感染症治療ガイド(アップデート版) ワシントンマニュアル 第 13 版
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