現実的な熱輸送過程を取り入れた多重格子輻射磁気流体

現実的な熱輸送過程を取り入れた多重格子輻射磁気流体シミュレーションコードの開発
物理科学研究科 天文科学専攻 5 年一貫制博士課程 2 年 富田賢吾
星は天文学における宇宙の最も基本的な構成要素です。そのため、その形成・進化については昔から観測・
理論の両面から精力的な研究が行われてきました。星形成過程は磁場・重力・輻射・化学反応等の素過程が絡
み合う複雑な現象であり、その理解には数値シミュレーションが大きな役割を果たしてきました。これまでの
半世紀以上に渡る研究により星形成過程の描像は明らかになりつつありますが、まだまだ解かれていない謎が
多数残されています。また、星形成過程は現在日本・アメリカ・ヨーロッパが共同で建設しているアタカマ大
型ミリ波サブミリ波干渉計 (Atacama Large Millimeter/submillimeter Array; ALMA) の主要なターゲット
の一つで、近い将来観測的に大きな進展が期待されている分野でもあります。そのため、これに合わせたより
精密で現実的な理論モデルを構築することが強く求められています。
星形成は宇宙空間に漂う星間ガスの密度の濃い領域が自己重力によって収縮することで起こります。星の母
体となる「分子雲コア」と呼ばれる主に水素分子からなるガス塊は典型的には 0.1pc(∼ 3 × 1015 m) 程度の大
きさを持ちますが、自己重力による収縮で最終的には太陽半径 (∼ 7 × 108 m) 程度の非常に小さな構造を作り
ます。星形成過程のシミュレーションでは、この半径で 6 桁以上にも及ぶ非常に大きなスケールの変化を取り
扱うことのできる計算手法が不可欠です。更に、重力収縮過程ではガスは輻射によってエネルギーを捨てなが
ら収縮していきます。この時の進化は重力と熱(と回転と磁場)のバランスによって決まるため、輻射による
エネルギー輸送を正しく取り扱うことが系の進化を考える上で非常に重要になります。また、典型的な分子雲
コアは磁場や回転速度場を持っているため、多次元の磁気流体力学の計算が必要になります。星形成過程の研
究にはこれらの効果を全て取り入れた高度なシミュレーションが必要になります。
多次元のシミュレーションにおいて大きなスケールの変化を扱うには多重格子法というテクニックを用い
ます。これは計算領域の中の高解像度が必要になると予測される場所に入れ子状に高解像度の格子を配置
することで比較的少ない計算量で高い解像度と広い計算領域を両立する解適合細分化格子( Adaptive Mesh
Refinement; AMR)と呼ばれる手法の一種です。我々のグループではこれまで 3 次元・多重格子・磁場・自
己重力を取り入れたシミュレーションコードを用いて星形成過程の研究を行ってきましたが、輻射の効果につ
いてはガスの温度や圧力を単に密度の関数として決めることで疑似的に輻射輸送の効果を取り入れるバロトロ
ピック近似と呼ばれる手法を採用していました。この手法は計算量は少なくてすみますが、最近の研究により
妥当でない場合があることが既に指摘されており、また輻射そのものが重要となる大質量星形成のような問題
には適用できませんでした。
そこで今回総研大中間レポートの課題として、輻射輸送を計算するコードを開発しこれまで用いていた多重
格子磁気流体コードに実装しました。星形成過程では流体の速度はせいぜい 10km/s 程度ですが輻射は光速で
伝わるため、4 桁以上も時間スケールが違うことが特徴です。通常のシミュレーションで用いる陽解法では系
の最も短い時間スケールで時間刻みを切って計算を進めなければなりませんが、このような系では輻射によっ
て時間刻みが制限され、流体だけならば 1 ステップで計算できる時間を 10000 回以上も計算しなければなら
なくなります。これは到底現実的でないため、陰解法という時間刻みに制限のない手法を用います。また、輻
射輸送をそのまま扱うと 5 次元(振動数を考慮すると 6 次元)の非常に計算量の多い問題になるため、これを
簡単にするために流束制限拡散近似を用います。これは輻射輸送方程式を空間方向について積分したモーメン
ト方程式を解くことで、3 次元の問題に落とす手法です。解くべき方程式を離散化すると非線形の連立方程式
になり、Newton-Raphson 法という手法で解を求めることができます。これはかなり計算コストが高いので
すが、近年の計算機の進歩により現実的な時間で取り扱うことができるようになりました。
このようなコードには幾つか先例がありますが、pc から AU 以下までの非常に大きなダイナミックレンジ
を破綻なく取り扱うことができる、星形成のような輻射と流体の時間スケールが大幅に異なる現象でも安定に
計算できるという点が本研究の特徴です。このコードを用いて回転分子雲の重力収縮過程の計算を現在進めて
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いますが、既にこれまでの計算とは違う新しい結果が得られています。特にガスの温度分布は輻射輸送によっ
て従来のバロトロピック近似の場合とは大きく変わります。例えば回転するガス円盤が重力不安定性によって
分裂する条件は温度に強く依存するため、この計算によってこれまで知られていた連星系形成の条件や確率な
どが変わってくるでしょう。また、温度分布が大きく変わることでこれまで予想されていた観測的性質にも影
響するため、ALMA に向けた観測予測などにもこれまでより精密なデータを提供できるでしょう。このよう
なコードの応用対象は広く、また現在の所実装例も多くはないため、星形成過程に限らず幅広い分野で先進的
な研究ができるのではないかと期待しています。
図 1 中心密度 ρc ∼ 8.8 × 10−8 g/cc、中心温度 Tc ∼ 1800K に達した時のガスの質量密度の等値面。重
力収縮によって中心部の密度が上昇すると、ガスはいずれダストの熱放射に対して光学的に厚くなる。す
ると断熱的な「(ファースト)コア」が形成されて収縮は止まり、コアの表面には衝撃波が立つ。初期に角
運動量を持っていた場合はコアは回転によって円盤状になり、重力不安定性によって渦状腕が形成される。
図2
輻射流体力学計算とバロトロピック近似で求めたガス温度の比の分布の断面図(10 倍以上は表示し
ていない)。円盤の上下は円盤表面の衝撃波からの輻射で加熱されている。一方円盤内はバロトロピック近
似の場合よりも低温になっている(白)。これは回転のため衝撃波が弱くエントロピー生成が小さいことと
輻射により効率よくガスが冷却されていることが原因と考えられる。
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