「マイクロクレジット」という新たな開発方法

Okamoto Discussion Paper Series (ODP)
HAK-05
「マイクロクレジット」という新たな開発方法
秋山 尚子
1.はじめに
「貧しいことは決して個人の資質ではない」
(坪井 2006,P,8)という言葉を目にした時、私は少し感動し
た。貧しいことは、生まれつきの才能ではなく、自分の意志で変えることができるということである。自分
の意志だけで貧しい事から抜け出すのは、困難かもしれない。しかし、自立のために少ない額でも融資が受
けられるとしたら、希望が見えてくるだろう。
今まで貧しい人々は、
「貧困」というレッテルを貼られ融資を受けることすらできずにいた。貧しさから抜
け出すスタートラインにすら立てていなかったのである。
そこで本稿では、貧困層を融資の対象とした開発方法である「マイクロクレジット」に注目をした。2 節
では、マイクロクレジットとは何か、3 節で、グラミン銀行が評価される理由、4節では、マイクロクレジ
ットの問題点と、今後についてみていく。まとめとして、マイクロクレジットは、バングラディシュの貧困
層だけでなく、中国四川省や貴州省などの西部地域における貧困層の新たな開発モデルとして有効であるこ
とを述べる。
2.マイクロクレジットの誕生
マイクロクレジットとは、貧しい人々を対象に、フォーマルな少額融資を行い、彼らの生活が成り立つよ
うに促す仕組みである。
(坪井 2006,P,25)過去に先進国において採用されたことがなく、現在の途上国にお
いて成功した数少ない開発方法の1つである 。(黒崎 2003,P135)
マイクロクレジットの誕生は、1976 年当時世界で最も貧しい国の1つとして注目されていたバングラディ
シュに「グラミン銀行」という名の NGO を設立したことからはじまる。(黒崎 2003,P,135)グラミン銀行
を設立したのは、チッタゴン大学の経済学部長であったムハンマド・ユヌス博士で、1974 年バングラディシ
ュを襲った大飢饉がきっかけだと自伝の中で回想している。(坪井 2006,P,41)
貧しい人々に信用貸しするフォーマルな機関1が今まで存在しなかった。それによって、生活が苦しく貧困
から抜け出すことができないのなら、自分がフォーマルな機関を作ればいいとユヌス博士は考えた。(坪井
2008,P,42)これがグラミン銀行のはじまりである。この貧しい人々を対象としたマイクロクレジットは、途
上国だけでなく先進国においても注目される開発方法となる。
3.グラミン銀行が評価される理由
グラミン銀行が評価される理由は、黒崎(2003,pp,136-137)によれば大きく分けて4つある。①貧困層に融
資をした点、②担保を融資の要件にしない点、③返済率が高く、その値がほぼ100%に近い点、④経済的
機会を奪われがちな女性が借り手の大半を占めている点である。特に①、②は普通の銀行とは大きく異なっ
た点である。今まで、世界のどの国においても貧困層に融資の手が差し伸べられる機会は少なかったが、グ
ラミン銀行は融資の対象を貧困層にした。また、担保を融資の要件にするのではなく、借り手をグループ化
して、連帯責任を負わせるシステムを取り入れた。
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フォーマルとは、貸し手が政府系の銀行、民間の銀行、開発機関、協同組合、NGOなど、仕組みが確立している組織を指し、
金貸し、質屋など在来金融と呼ばれるインフォーマルなものと分けている。
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③返済率がほぼ 100%というのは、驚くべき数字で、それまでの政府金融機関への返済率は、対象を貧困
層に限定する、しないにかかわらず、70∼80%だった。また 1980 年バングラディシュで実施された貧困層
向けの融資の返済率は 51.6%であった。
④経済的機会を奪われがちな女性にターゲットを絞り込むことで、女性の経済、社会進出の道を開いたの
である。バングラディシュやパキスタンなど南アジアのイスラム社会には、女性の行動を律するパルダとい
う行動規範があり、それが女性の家の外での活動の大きな壁になっていた。その壁をグラミン銀行はマイク
ロクレジットにより徐々に下げ女性に経済的機会を与えたのである。
今まで、貧困層を対象にした融資がなかったのは、途上国の信用市場において、融資をする上で妨げとな
っている壁が存在したからである。債務不履行、逆選択、モラルハザードの3点が大きな壁となっていた。
しかし、黒崎(2003,pp,140-146)によればグラミン方式のマイクロクレジットは、5つのメカニズムによって、
3つの問題を克服することに成功したのである。
5 つのメカニズムとは、① 相互選択(peer
selection)、②相互監視(peer
monitoring)、③履行強制
(enforcement)、④逐次的融資拡大、⑤返済猶予期間なしでの回数の多い分割払いである。
① 相互選択(peer
selection)、②相互監視(peer
monitoring)には、5 人組のグループを作ることに
よって、本来は、貸し手である銀行が行う顧客の審査・監視の機能が、仲間に転嫁される。
③履行強制(enforcement)は、グループ融資を行うことで、グループ内からの圧力により、借り手に契
約通り返済させる機能が備わっている。戦略的債務不履行をさせない機能がある。
④逐次的融資拡大とは、はじめは少額の融資からスタートし、その融資が期限通り返済されると融資額の
上限が引き上げられるというものである。これによって、 逆選択2やモラルハザード3も緩和される。
⑤返済猶予期間なしでの回数の多い分割払いは、借り手の情報を早期に開示して、情報の非対称性を緩和
し、借り手に返済の習慣をつけさせる教育効果もある。
以上が、グラミン銀行が評価される理由である。グラミン方式のマイクロクレジットは、今までにない開
発方法として注目され、評価もされているが問題点も指摘されている。次の 4 節では、マイクロクレジット
の問題点をまとめ、今後をみていく。
4.マイクロクレジットの問題点と今後
グラミン方式のマイクロクレジットが指摘されている問題点は,黒崎(2003,pp147-148)によると大きく
分けて 3 つある。 ①外部からの資金供給に多くを依存していて、グループの融資を維持するための費用(人
件費・訓練費)が多額であるという点、②必ずしも、生産効果や雇用創出効果の高い分野への投資に使われ
ていないという点、③マイクロクレジットであっても、極貧層が融資を受けにくいという 3 点である。以上
の 3 点が問題点として指摘されているが、グラミン銀行は、これらの問題点を改善するために、貧困の緩和
を目指して日々進化を続けている。
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逆選択もモラルハザードも、貸し手が借り手を選ぶことである。 逆選択とは、貸し手が資金を貸し付ける前に、利子率を
低く保つことで、リスクの大きい借り手をはじくこと。リスクの大きい借り手とは、事業に成功すれば膨大な利益が上がる可
能性はあるが失敗すれば債務不履行が生じて、貸し手の負担が大きくなる。
3 貸し手は資金を貸し付けたあと、借り手がその資金を何に使うのか分からない。利子率を上げると、高い利子を払えるよう
な大きい事業に手を出す現象が現れる。モラルハザードとは、高い利子を払うために借り手がリスクの大きな事業に走る現象
のことをいう。
逆選択もモラルハザードも、利子率を低く保つことで、成功の利益は借り手に、失敗の負担は貸し手にという構造を貸し手
側が防ごうとしている。
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グラミン銀行は 2002 年より、
「グラミン総合的システム」と名付けた新しいシステムを取り入れて活動し
ている。このシステムの中に、マイクロクレジットの問題点として指摘されている③極貧層が融資を受けに
くいという点を改善する「物乞自立支援プログラム(2003)」が導入されている。
物乞自立支援プログラムの目的は、離婚、一家の稼ぎ手の死亡などさまざまな理由から物乞いをする人々
に、経済的に力をつけるだけでなく、やる気と尊厳を高めることである。
融資内容は、無担保、無利子で上限額は 2000 タカ4、平均的な融資額は 50 タカで一回の返済額などは、
物乞自立支援プログラムのメンバーが決めることができる。この他にもグラミン銀行は、毛布、ショール、
蚊帳、傘などを購入するための融資を無利子で提供する。また掛け金なしの生命保険や、家族の埋葬費用と
して 500 タカも提供する。
2004 年 8 月、1 万 7600 人に 910 万タカが融資され、260 万タカが返済された。すでに 87 人が物乞いを
やめて、正規のメンバーになった。2004 年 11 月には、メンバー数と融資額が 2004 年 8 月の 1,5 倍となっ
ている。(坪井 2006,P,142,pp,150-152)
1976 年から始まったグラミン方式のマイクロクレジットは、貧困を少しでも緩和できるように、今現在も
進化をし続けているのである。問題点も指摘されてはいるが、今後も新たなプログラムを導入したり、改善
を続け、多くの人々を貧困から抜け出す一歩へと連れ出してくれるだろう。
5.おわりに
本稿では、マイクロクレジットの誕生の過程と、グラミン銀行が評価される理由と問題点、そしてマイク
ロクレジットの今後についてまとめた。
なぜ私が「マイクロクレジット」という開発方法に目をつけたかというと、少額だが融資を受けることで、
貧困から抜け出すスタートラインに立つことができると考えたからである。今まで、貧しい人々はフォーマ
ルな機関からお金を借りることができず、金貸しなどにお金を借りて、終わらない借金に苦しんでいた。は
じめにでも述べたように、フォーマルな機関から融資を受けることができないことが原因で、貧しい人々は
豊かになるスタートラインにすら立てていなかったのである。それをマイクロクレジットが変えたのである。
マイクロクレジットという開発方法は、バングラディシュだけでなく、世界中の貧困層に有効であると考
える。なぜかというと、①融資をする際、担保がいらない点、②センターが行う集会で、情報が得られる点、
③グループを組むことで、人と人との交流が生まれる点、④お金を返すという目標を遂げ、貧困から抜け出
せた達成感がある、という4つの理由があげられるからである。
深刻な格差問題を抱えている中国でも、マイクロクレジットを実践することにより、開発が遅れている西
部地域と沿海地域の格差や農村と都市間の格差が縮小するのではないだろうか。すでに、西部地域の貴州省
ではマイクロクレジットが実践されていて成功している事例もある(松井 2008)。
マイクロクレジットという開発方法は、中国内陸部の貧困層たちの希望の光となり成功すれば、中国全体
がさらに大きく成長すると私は考える。
<参考文献リスト>
・坪井ひろみ(2006)『グラミン銀行を知っていますか』東洋経済新報社
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3
5 タカ→16 セント
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・ 黒崎卓・山形辰史(2003)『開発経済学
HAK-05
貧困削減へのアプローチ』出版社日本評論社
・ 松井範惇(2008)「農村貧困とマイクロクレジット」岡本信広編『中国西南地域の開発戦略』日本貿易振
興機構アジア経済研究所
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