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聖杯伝説

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聖杯伝説
∼歴史と神話と〈黒〉の伝説と∼
聖マチルド修道院の目的の一つは、“聖杯”の入手である。
この記事では、聖杯がいかなるものであるかを知らない者たちのために、一般的な知識および現時点(第4回
リアクション)で判明している情報について簡単にまとめてみた。
いずれもさまざまな奇跡を引き起こすと噂され、か
のアドルフ・ヒトラーがこれらをヨーロッパ中からか
き集めたのは知る人ぞ知る事実だが、聖杯だけは他の
キリスト教的解説
二つに対してやや特殊な位置にある。しばしば文学の
主題として取り上げられているのだ。
「聖杯伝説」を扱った数々の文学作品のなかで、筆頭
に挙げられるのは15世紀にトーマス・マロリーが著
した作品『アーサー王の死』だろう。英国の伝説の王、
アーサー王の宮廷物語の中に登場するそれは、以下の
探索行の形式をとって描かれている。
「神によって聖杯探索が命じられ」
「その探索行の中で多くの勇敢な騎士が命を落とし」
「やがて汚れ無き高潔の騎士によって探索は成就し、
王国に真の平和と繁栄が訪れる」
ここで聖杯は具体的な効果をもたらす何かというよ
りも、人間が命と引き替えにしてでも求めるべき至高
の価値、堕落したこの世になお存在する真の奇跡の証
として扱われる。聖杯を手に入れることは、不完全な
この世界を神の力によって完成へと導くことを意味す
るのだ。
「そのことにどんな意味が?」と非キリスト教徒の日
本人はつい考えがちだが、この思想の背景には新約聖
書の『ヨハネの黙示録』がある。一般には世界最終戦
争(ハルマゲドンの戦い)の予言として知られるこの
書物には、「世界の終末の直前に、神の威光が全地を
覆い善き人々のみが集う至福の千年王国が成立する」
と語られている。中世の人々は自らの暮らしの苦しさ
を顧みては、やがて来たる理想の王国に思いを馳せた。
彼らにとって聖杯を手に入れ神の奇跡を地上の国家に
もたらすことは、言わばその夢の千年王国の雛形をこ
の世に現出させることに等しいのだ。
またそこまで観念的ではない他の伝説の中でも、聖
杯は「不具の人々を癒し不毛の大地に実りをもたらす
存在」という風に描かれる場合がほとんどだ。不完全
なもの、病み衰えたものを癒し、神にのみ可能な「完
全」をこの世に現出させる奇跡。それが聖杯を通して
顕される神の力なのである。
キリスト教には「聖遺物」という概念がある。
徳の高い聖者に関連する物品は現実世界で一定の効
果を発揮するというもので、それは聖者自身の骨だっ
たり愛用品だったりするのだが、もちろん最も「御利
益」があるのは神の子たるイエス・キリストその人に
関わる物品だ。彼を磔にした十字架やその時の釘、顔
を拭った布などいろいろあるが、その中で三大聖遺物
の名で呼ばれるものが以下の三つだ。
・聖槍
・聖骸布
・聖杯
「聖槍」は死亡確認のために死せるキリストを刺した
槍(一説にはとどめを刺した槍とも言われる)であり、
後に聖人とされるロンギヌスという名のローマ兵が持
っていたことから「ロンギヌスの槍」とも呼ばれる
(注:刺した者の名はガイウス・カシウスであり、ロ
ンギヌスは単に「長槍」という意味だとの説もある。
この辺、諸説あり)
。
「聖骸布」は死せるキリストの身体を包んだ布であり、
トリノの大聖堂に安置されたそれは現代でもなお真贋
論争の的になっている。
そして「聖杯」。キリストとその弟子たちの「最後
の晩餐」においてキリストが手に取り葡萄酒を注ぎ、
「見よ、これが私の血である」と掲げた杯であるとも、
あるいは槍を刺された死せるキリストの傷口から溢れ
た血を受けた杯であるとも、その両方であるとも伝え
られる。
▲十字架を背負い刑場に
向かうイエスの頭上に載
せられた茨の冠も聖遺物
の一つ。なぜか欧州全体
で数十個見つかっている
らしいが……
1
なお余談になるが、同じ三大聖遺物でも世間の文学
作品に登場する頻度には明快な差がある。
筆頭:聖杯
************************
劉夫人は木蓮をなだめるように肩に手を置いて、そ
っと微笑みかけた。
次点:聖槍
……:聖骸布
「本当に、私たちの手許に『聖杯』があればねえ。愛
する〈赤〉を失うかもしれないと怯えることも、大切
これは実のところ、それぞれの物品の象徴性の強さ
の差でもある。聖杯いや「杯」は女性的なもの、円の
形を持つ完成されたもの、水を注ぐもの、大地を象徴
なあの子たちの命を危険にさらすこともなく、永遠に
一緒に生きられるのに……」
劉夫人が呟いた『聖杯』という言葉に、マダムは興
しそのイメージを喚起するする物である。
それに対して「槍」はあくまでも男性的なもの、破
味深そうに首を傾げる。
「劉夫人、その聖杯というのはどこかの宗教の?」
壊的なもの、打ち砕くもの、炎を宿すもの、天空を象
徴する物となる。(布は無視)
「いいえ、おとぎ話よ。私を〈黒〉に染めた先祖が教
えてくれた伝説、この世の何処かにこの世で最も力あ
「騎士が命と誇りをかけて探索し見いだす対象」とし
て、男性と女性のいずれの象徴がふさわしいかについ
ては論を待たない。キリスト教的騎士道というのは、
る血と記憶を封じ込めた聖杯があって、それに正しき
者の血を注げば、すべての〈黒〉が〈赤〉を失うこと
なく〈黒〉に染めて、永遠に一緒に生きることができ
そういうものなのだ。
るようになるという古い伝説……」
(第1回D011500『七月の夜会』より抜粋)
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一般宗教学的解説
ここで述べられている「全ての〈黒〉が〈赤〉を安
全に〈黒〉にできる」という効果は、少なくとも前述
の癒しの概念からはかなり遠い。
さらに幾つかの問題点がある。
(1)この世で最も力ある血と記憶を封じ込めた聖杯
(2)それに正しき者の血を注ぐ
(3)
「全ての黒が」という表現
(1)については、噂になっている〈始祖〉と考え
るのが妥当だろう。日本からの情報によれば、〈始祖〉
は〈黒〉を破壊する方法と共に封じられたらしく、そ
れならばその逆とも言える「〈黒〉を安全につくる方
法」について知っていても不思議ではない。
むしろ問題は(2)の「正しき者の血」という点だ。
ジャン・クラン及びロメ家の周りに聖杯を求める英国
側勢力が出現し、具体的にその名を出して対立してい
る現在では、
「正しき者の血=ロメ家の異能の血、ないし〈銀〉の
血筋」
という解釈が成り立つ。「血を必要とする」という表
現は、しばしば生け贄(命)を捧げる場合の婉曲的な
表現に利用されるため、今後とも事実関係を確かめて
いく必要がある。
(3)は表現的な問題だ。仮に〈始祖〉の血と〈銀〉
の血を混ぜ合わせることでそのような現象が全ての黒
に対して起きるのだとすれば、そのメカニズムは現在
知られているいかなる〈黒〉と〈赤〉の関係とも異な
る。〈銀〉の正体の確認と合わせて調査を進めるべき
だろう。
(終)
前述のようにキリスト教的色彩の強い聖杯物語だが、
実のところその起源自体はキリスト教ではなくケルト
系の神話・伝説が元になっているという説がかなり有
力だ。
英国にしろ欧州の他の国にしろ、キリスト教という
のは布教により後から入ってきたものであり、地元の
昔々の英雄譚を語ろうとすれば、どうしても元からあ
る物語とキリスト教的要素を強引に折衷する形になる。
英国には――ここに布教に来た聖パトリックの英断に
より――先住民族であるケルト人の神話・伝説がかな
り原型をとどめたままで残されており、その中には「ダ
グザの大釜」「ブランの魔釜」なる神の道具が存在す
る。それぞれの効果は「無限に食料が出てくる」「死
んだ者を放り込んで煮ると復活する」というとんでも
ないものだが、この「大地の神の秘宝がもたらす豊饒
と癒しの効果」と聖杯の存在が結びついて「癒しを行
う完全なるもの」としての聖杯伝説が生まれたとされ
ている。
〈黒〉の伝説の解説
〈黒〉と〈赤〉の伝説の中に現れる聖杯の姿は、上
に挙げたものとはかなり大きく異なる。
まずは〈黒〉の夜会で囁かれている伝説を、以下に
原文のまま紹介する。
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