江府町における高血圧管理現況調査と家庭血圧記録運用上の問題点

テ ー マ 名 :
健全な心身を持続できる福祉社会を目指して
個 別 事 業 名 : 江府町における高血圧管理現況調査と家庭血圧記録運用上の問題点
鳥取大学医学部地域医療学講座
特任准教授
浜田紀宏
日野郡江府町では平成 10 年より脳卒中対策を町の重点施策と位置づけ、いち早く高血圧患者約 500
名に対して “自分の血圧を自分で測る”取り組みに積極的に取り組んできた。本年は家庭血圧記録
の導入後 10 年にあたり、診察室血圧ならびに家庭血圧による降圧目標達成率を算出し、降圧薬物療
法との関連についても検討を行った。
患者背景と方法
江尾診療所に通院中、高血圧ガイドラインに準拠して高血圧と診断された患者に対して、上腕カ
フ・オシロメトリック法による家庭血圧測定を指導した(図1)。殆どの患者の測定血圧は同診療所
で配布するグラフに記入いただき(図2)、希望者のみ表に実測値を表に記入いただいた。
平成 23 年 4 月から 5 月までの間、江尾診療所に家庭血圧記録帳を持参して受診された高血圧患者
369 名(平均年齢 74 歳、34~99 歳、男性 147 名、女性 222 名)に対して、4 月の患者診療録から各
患者の診察室血圧(連続 2 回の平均)を算出した。一方、本人所持の家庭血圧記録を複写し、4 月 1
日以降30日までの間欠測日を除く14回分の朝、晩の家庭血圧の平均値を算出し、朝晩の平均値を
各患者の家庭血圧と定義した。以上より診察室血圧並びに家庭血圧からみた降圧目標(表)達成の有
無に関して検討した。また、収縮期血圧において診察室と家庭との差(白衣現象)を算出し、到達目
標達成との関係に関して検討した。
更に受診時の処方箋から、降圧薬のカテゴリー数ならびに配合降圧薬使用の有無に関しても検討し
た。
データは平均値±標準誤差で示し、群間比較は分散分析を行い P<0.05 を統計学的に有意とした。
結果
診察室血圧は 125±12/63±10mmHg であり、降圧目標達成患者は全体の 87%であった。降圧レベル
は男女に差は認められず、全年齢層においても同等であった(65 歳未満 122±12/62±11mmHg、65~
74 歳 125±12/64±11mmHg、75~84 歳 126±12/62±9mmHg、85 歳以上
125±14/62±10mmHg)。
一方、家庭血圧は 127±9/73±8mmHg(朝 131±10/75±9mmHg 、晩 124±10/73±8mmHg )であり、
降圧目標達成率は 80%であった。降圧レベルは男女に差は認められなかったが、各年齢層において
若干の差異が見受けられた(65 歳未満 128±11/78±9mmHg、65~74 歳 125±8/72±7mmHg、75~84 歳
127±8/72±8mmHg、85 歳以上 133±10/71±9mmHg)。
診察室ならびに家庭血圧の両者とも目標達成した患者は全体の 71%であり、いずれも目標達成さ
れない高血圧患者はわずか 4%であった(図3)。両者とも目標達成した患者群での診察室と家庭と
の収縮期血圧差は-3±10mmHg で、診察室のみ目標達成群では-17±10 mmHg、家庭血圧のみ目標達
成群では 20±10mmHg とそれぞれ有意に低値ならびに高値であった。
高血圧患者は平均 2.3 種類の降圧薬を内服しており、その中で 2 種類を内服している患者は全体の
31%、3種類以上は 44%であった(最大6種類)。2 種類以上の降圧薬を内服している患者群におけ
る配合降圧薬使用率は 47%であり、特に3種類以上内服している患者の 57%に配合降圧薬が使用さ
れていた。
考察
江府町の高血圧患者は、年齢を問わず高率に診察室血圧ならびに家庭血圧双方が厳格にコントロー
ルされていたことが示された。家庭血圧測定をはじめとする自己測定(セルフ・モニタリング)は患
者の健康意識向上と治療アドヒアランス向上に寄与することが知られており、長期にわたる家庭血圧
記録が各患者の降圧目標達成率向上に寄与している可能性がある。ただし、家庭血圧が診察室よりも
収縮期にして 20mmHg 前後低いないしは高い(白衣現象ないしは逆白衣現象)患者が全体の 1/3 程度
存在し、2つの血圧値をいかに安全に治療するかが課題として示された。
今回投与された平均降圧薬数は 2.3 種類であり、高リスク患者に対する大規模臨床試験では降圧目
標達成には平均 3 種類の降圧薬を要したことから、厳格な降圧が比較的少数の降圧薬で達成されてい
ることが示唆された。現在降圧薬の詳細に関しては検討中であるが、診察室ならびに家庭血圧記録を
基にして利尿薬、α遮断薬などが積極的に選択されたことが寄与している可能性がある。また、配合
降圧薬が上梓されてから間もないが、特に 3 種類の降圧薬を使用する患者の過半数に配合降圧薬が処
方されているのも特筆すべきと考えられた。配合降圧薬の使用は、高血圧患者の服薬順守率向上、長
期治療参加、医療費軽減に寄与することが確立されつつある。今後は、各患者における使用降圧薬の
詳細、背景疾患、臓器障害と降圧度との関連について更に検討をすすめる必要がある。更に本研究を
反復して行い、予後追跡、血圧の季節変動に関する検討なども必要である。
今回の研究を通じ、長年にわたり江府町の各住民に継続的に行われた総合保健活動、家庭血圧測定
の長期継続と家庭血圧・薬価を考慮した適正な降圧薬の選択などが、末永く健常な生活を維持し続け
ることに大いに寄与していくものと期待される。
図1.家庭血圧測定説明用資料
図2.家庭血圧記録の実際
収縮期血圧
収縮期
拡張期血圧
拡張期
診察室血圧
140
90
家庭血圧
135
85
24時間
130
80
昼間
135
85
夜間
120
70
自由行動下血圧
家庭血圧は朝1回目と晩1回目の血圧
のある期間にわたる平均値を用いて
評価。 (家庭血圧治療指針(第2版))
評価
表 異なる測定法における高血圧基準(mmHg) (高血圧治療ガイドライン2009を
改変して引用)
図3 診察室ならびに家庭血圧における降圧目標達成率
診察室血圧
目標達成
家庭血圧
87%
16%
4%
71%
71
%
9%
家庭血圧
135/85mmHg
診察室血圧
診察室血圧
140/90mmHg
家庭血圧
目標達成
80%