2014年熊本労災病院 抗菌薬使用指針

熊
本
労
災
病
院
抗菌薬使用指針・マニュアル
(2014 年版)
平成 24 年 12 月作成
平成 26 年 11 月改訂
1)抗菌薬の適正使用
① 個人防衛(患者を確実に治癒させる)
② 集団防衛(医療環境の中での耐性菌まん延を防止する)
③ 社会防衛(医療資源の浪費を最小限にする)
個々の症例における抗菌薬選択においては、患者防衛の観点を最重視しながら、
同時に集団防衛、社会防衛的な観点をバランスよく組み合わせた判断が求められ
る。それが、患者の利益を重視した抗菌薬の適正使用と言うことになる。
当院では抗菌薬の使用にあたっては、日本感染症学会、日本化学療法学会編集
の「抗菌薬使用のガイドライン」に準じることとする。
2)抗菌薬選択の基本
適正な抗菌化学療法によって良好な臨床効果を得るためには下記の事項を十分
考慮することを基本とする。
① 疾病が感染症であること(どの臓器の感染症か)
② 原因菌の決定(推定)
③ 原因菌の薬剤感受性
④ PK/PDに基づく投与計画
⑤ 抗菌薬の安全性(副作用・相互作用)
⑥ 患者の状態(重症度・基礎疾患の有無・免疫不全症など)
⑦ 経済性
⑧ 耐性菌出現の防止
3)抗菌薬治療の原則
①原因微生物の検索
可能な限り、抗菌薬使用前に細菌培養検体を採取する。特に、敗血症等の重症例
に関しては、血液培養を行う。
②重症例におけるエンピリックセラピーでは、予想される微生物を網羅できる広域
スペクトルのものが推奨されるが、原因微生物確認後は、狭域スペクトルの抗菌薬
に変更する。
③軽症~中等症例では、原因微生物を同定し、狭域の抗菌薬を選択する
④広域の抗菌薬の多用は患者体内外の環境中の耐性菌の頻度を増加させる
⑤投与期間・投与量
感染症治療における抗菌薬の投与期間は通常 1 週間程度、また抗菌薬の投与量は、
患者状態にあわせて、できるだけ高用量で用いることが望ましい。同一抗菌薬を漫
然と長期間投与しない。
1
⑥PK/PD理論に基づいた投与設計
抗菌薬の投与量と投与回数については薬物動態を考慮して決定する。
薬剤感受性試験の結果が判明している場合、目的とする臓器に移行のよい感受性(S)
の抗菌薬を選択する。ただし、薬剤感受性試験結果が感受性(S)であっても、臨床的
には有効がないとされる(例:緑膿菌)場合もあり、注意を要する。低感受性(I)の
場合、投与量を増して投与する。
投与回数は、効果が時間依存性(time above MIC)のβ-ラクタム系(ペニシリン、セ
フェム、カルバペネム)は投与回数を増やすほうが効果が期待できる。濃度依存性(C
max/MIC、AUC/MIC)のキノロン系、アミノ配糖体系は、一回の投与量を増加させるほ
うが有効である。
PK/PDとは
生体内で薬剤がどれだけ有効に利用され、また作用しているかを考えた概念
PK(pharmacokinetics):生体内における薬物動態(吸収、分布、代謝、排泄など)
PD(pharmacodynamics):生体内における薬物の作用
⑦抗菌薬投与中は、投与した抗菌薬が適正であったかの判定を常に行う。
1)臨床効果の判定
約 3 日間の治療で、有効性の判定を行う。
判定項目は体温、WBC、CRPなど。
2)臨床効果が得られない原因として
①非感染症 ②原因菌の誤認 ③原因菌に感受性のない薬剤の投与
④組織移行性 ⑤コンプライアンスの不良
さらに確認を行いながら適正な抗菌薬への変更などの対応を行う。
⑧抗菌薬の変更
抗菌薬を変更する場合
①原則として同一系統の抗菌薬への変更はしない
②抗菌薬の病巣部への移行が不良と考えられた場合、抗菌薬の増量または移
行が優れた抗菌薬に変更する。
⑨抗菌薬の予防投与
感染予防または発症予防のために抗菌薬を投与する場合は、その予防投与の
目的と意義を確かめる。
抗菌薬予防投与例
1)周術期,術後の併発感染症の予防
2)先天性心疾患、心臓弁膜症における感染性心内膜炎の予防
(抜糸処置、カテーテル検査、内視鏡検査など→ペニシリン系薬投与)
3)リウマチ熱の再発予防(ペニシリン系薬投与)
4)結核の発症予防(イソニアジド投与)
2
5)抗がん剤治療時の好中球減少(<500/μL)(腸管殺菌)
6)免疫不全症(AIDSなど):ニューモシスチス肺炎の予防
(ST 合剤投与)
⑩耐性菌の出現を注意する必要のある抗菌薬
広域抗菌薬、あるいは特殊な耐性菌に対して切り札的に用いられる薬剤は、その
薬剤に対する耐性菌が出現した場合、次に選択する抗菌薬が限られたものになるこ
とから、その使用を制限することが望ましい。
よって、該当薬剤については当院指定抗菌薬および許可制抗菌薬とする。
・指定抗菌薬
指定抗菌薬(下記)を新規にオーダする場合「指定抗菌薬使用届」を薬剤部に
提出する。
セフェム系(第4世代):ファーストシン注
ニューキノロン系:クラビット注
カルバペネム系:イミペネム/シラスタチン注、メロペネム注、カルベニン注
抗MRSA薬:塩酸バンコマイシン注、ハベカシン注、キュビシン注、バクト
ロバン鼻腔用軟膏
CDAD 用薬:塩酸バンコマイシン散
・許可制抗菌薬:ザイボックス錠・注
*使用の際には、感染制御部へ連絡および専用届出用紙を薬剤部へ提出
・その他:タゴシッド注、ブイフェンド錠・注、ファンガード注、
アムビゾーム注等は限定購入薬品であり、使用の際には、
限定購入用紙を提出する。
表
カルバペネム系薬剤のポテンシャルの違い
IPM/CS PAPM/BP MEPM
グラム陽性菌
◎
◎
○
肺炎球菌(PRSP含)
○
◎
○
グラム陰性菌
○
△
◎
緑膿菌
△
×
◎
インフルエンザ菌(BLNAR含)
×
×
◎
嫌気性菌
◎
◎
◎
小児適応
○
○
○
中枢毒性
×
△
◎(少ない)
髄膜炎適応
○
○
腎毒性
○
○
◎(少ない)
3
4)
周術期における抗菌薬選択と使用の原則
術後感染防止の基本は、院内感染対策の遵守、術前・術中・術後を通じての滅菌
法と無菌操作の徹底にあるが、周術期における抗菌薬投与(予防)も重要な手段と
して位置付けられる。しかしながら、投与期間が長くなったり、あるいは、不必要
に広域スペクトルの薬剤を使用すれば、耐性菌出現や医療経済的な面からも問題と
考えられる。
・周術期における抗菌薬投与の基本的な考え方
予防的抗菌薬の目的は、汚染菌をゼロにするのではなく、宿主の防御機能により
感染を発生させないレベルにまで、汚染菌量を下げる事である。
・ 予防抗菌薬は治療抗菌薬と異なりほぼ全手術患者に対して使用されるため、耐性
菌出現などの影響は大きいことを念頭におく
①手術創分類
術中の創部汚染による菌量予測に基づく手術分類
C l a s s
Ⅰ /
C
1 )
2 )
l 3e )
4 )
炎 症
呼 吸
a一n 期
閉 鎖
の
器
w
的
式
な い 非 汚 染 手 術 創
、 消 化 器 、 生 殖 器 、 尿 路 系 に 対 す る 手 術 は 含 ま れ
o縫u 合n 創
d
ド レ ー ン 挿 入 例 。 非 穿 通 性 の 鈍 的 外 傷
1 ) 呼 吸 器 、 消 化 器 、 生 殖 器 、 尿 路 系 に 対 す る 手 術
C l a s s Ⅱ / C2 l) e異a 常n な -汚 染 を 認 め な い 場 合 が 適 当
c o n t a m i n a t e3 d) 感 w染o がu な
n dく 、 清 潔 操 作 が ほ ぼ 守 ら れ て い る 胆 道 系 、 虫 垂
4 ) 開 放 式 ド レ ー ン 挿 入 例
1 ) 発 症 4 時 間 以 内 の 穿 通 性 外 傷 ( 事 故 に よ る 新 鮮 な 開 放 創
C l a s s Ⅲ / C o 2 n) t清a 潔m 操
i n作a がt e著 dし く 守 ら れ て い な い 場 合 ( 開 胸 心 マ ッ サ ー シ ゙
3 ) 消 化 器 系 か ら 大 量 の 内 容 物 の 漏 れ が 生 じ た 場 合
w o u n d
4 ) 急 性 非 化 膿 性 炎 症 を 伴 う 創
1 ) 壊 死 組 織 の 残 存 す る 外 傷
C l a s s Ⅳ / D i 2r )t 陳
y -旧i 性
n f外e 傷c t e d
3 ) 臨 床 的 に 感 染 を 伴 う 創
w o u n d
4 ) 消 化 管 穿 孔 例
I n f e c t
C o n t r o l
H o s p
E p i d e m i o l
1 9 9 9 ; 2 0 : 2 5
・ 予防抗菌薬の適応は創分類の class Ⅰ、class Ⅱであり、class Ⅳは当初から治
療抗菌薬野投与が必要となる。class Ⅲについては予防抗菌薬の適応か治療抗菌
薬の適応かは、コンセンサスは得られていない。
4
②抗菌薬選択の基準
領域
病原体
S.aureus 表皮ブドウ球菌
皮膚、軟部組織、甲状腺、胸部
上部消化管
気性菌
Staphylococcus 属, グラム陰性桿菌, 嫌
下部消化管
グラム陰性桿菌, 嫌気性菌
肝・胆道系
グラム陰性桿菌, 嫌気性菌
1. 術後感染予防薬の選択基準
選択の際には、抗菌力ばかりではなく、その薬剤の体内動態や副作用、他剤との
相互作用等も考慮して予防薬を選択する必要性がある。しかし、万一、術後感染
症が発症しても対応できる薬剤を残しておく事も肝要であり、例えば、広範囲な
抗菌力を有するカルバペネム系薬は、不潔/感染手術でない限り第一選択とすべ
きではない。
2. 術後感染予防のための抗菌薬の使い方
A) 投与方法
① 予防薬(class Ⅰ、class Ⅱ)
皮膚切開が加えられた時点より感染に対する抵抗性減弱部位が生じるため、
この時点で既に有効な血中濃度あるいは組織内濃度が保たれている必要性
がある。
抗菌薬の予防投与は、切開の1時間前以内に投与を開始する。
また、手術時間が長い(3 時間以上)症例では、薬剤の半減期を考慮し追加
投与を、例えば 2~4 時間おきに行う。
② class Ⅲ、class Ⅳ
感染症の治療として抗菌薬を投与する。手術中に有効な血中濃度および術野
組織内濃度を保つように、術直前から術中にかけて投与計画をたてる。
抗菌薬
CEZ
SBT/ABPC
PIPC
CMZ
CTM
FMOX
CLDM
VCM
5
半減期
1.9時間
1時間
1.3時間
1.2時間
50分
50分
2.4時間
6時間
・
・
・
・
B) 投与期間
2 日以内と比較し 3 日以上の予防抗菌薬投与は耐性菌発生のリスクになる。
単回投与と複数回投与を比較した場合、臨床試験では、SSI に有意差を認めてお
らず、欧米では一般に 24 時間を越えての投与は推奨されていない。例外的に、
心臓手術では胸部外科医学会等のガイドラインで 48 時間投与が推奨されている。
VCM 投与は最大 2 回までとする(術後 24 時間以内)
CRP などの炎症マーカーは、手術侵襲の影響を受けるため、予防抗菌薬中止時
期の参考にしない。
創分類
術式
Medical device を挿入しない
Class Ⅰ Medical device を挿入する
過大侵襲を伴う手術(CABGなど)
腹腔鏡下胆嚢摘出術
Class Ⅱ 通常の手術
過大侵襲を伴う手術(胸部食道全摘術など)
Class Ⅲ 消化器系から大量の内容物の漏れが生じた手術
投与期間
術前単回投与のみ
術後48時間以内
術後48時間以内(但し鼠径ヘルニアは単回投与)
術前単回投与のみ
術後24時間以内
術後48時間以内
術後48時間以内
C) 推奨される抗菌薬
胸部外科
頭頸部
脳神経
産婦人科
整形外科
泌尿器科
心臓・血管外科
1)肺切除を伴う場合
2)肺切除を伴わない場合
食道・胃・十二指腸
胆管
結腸・直腸
虫垂(穿孔なし)
1)副鼻腔・咽頭開放伴う場合
2)副鼻腔・咽頭開放を伴わない場合
脳神経(脳室腹腔シャントを含む)
経副鼻腔・鼻腔的の場合
1)経膣経腹子宮摘出術
2)帝王切開
1)人工関節を含む人工物挿入術
2)人工物非挿入術
1)尿路開放のない開腹術
2)尿路開放を伴う開放術
3)腸管利用を伴う開放術
4)体外衝撃波破砕術
乳腺科
鼠径ヘルニア
第一選択薬
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g、またはPIPC1回2g
CMZ1回1g、またはFMOX1回1g
CMZ1回1g、またはFMOX1回1g
CEZ1回1g+CLDM1回600mg、またはSBT/ABPC1回3g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g+CLDM1回600mg
CMZ1回1g、またはFMOX1回1g、またはSBT/ABPC1回3g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CEZ1回1g
CMZ1回1g、またはFMOX1回1g
LVFX500mg、またはST合剤 経口2錠
CEZ1回1g
CEZ1回1g
6
第二選択薬
CTM1回1g
SBT/ABPC1回3g
SBT/ABPC1回3g
SBT/ABPC1回3g
SBT/ABPC1回3g
SBT/ABPC1回3g
D)(参考)当院における診療科別投与期間(2014/11 月現在)
整形外科
脳外
心臓血管外科
通常手術
術後24時間以内
過大侵襲を伴う手術
術後48時間以内 術後48時間以内
デバイスあり
術後48時間
術中と帰室後1回 術後48時間以内
デバイスなし
術後48時間
術中と帰室後1回
術中のみ
産婦人科
泌尿器科
外科
通常手術
過大侵襲を伴う手術
術後24時間以内 術後24時間以内 術後24時間以内
ー
術後48時間以内 術後48時間以内
術後24時間以内
腹腔鏡下胆のう摘出術
前立腺生検
胸部外科
術中1回+LVFX内服
(当日+翌日)
5)臓器移行性
肝臓移行性(代謝・排泄)の良い薬剤 :セフォペラゾン(CPZ)、セフトリアキソン
(CTRX)、クリンダマイシン(CLDM)、
ミノサイクリン(MINO)、リファンピシン(RFP)
髄液移行の良好な薬剤 :アンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)
セフトリアキソン(CTRX)、セフタジジム(CAZ)、メロペネム
(MEPM)
6)腎障害、肝障害時の抗菌薬の調節
①腎障害
毒性域-治療域、クレアチニン・クリアランスに応じて投与量を決定する
1.腎障害時のLoading dose(初回増量投与)と維持量:腎排泄性の薬剤はloading dose
が必要な場合は通常量と同じ量を投与する。維持量と投与間隔をCcrによって変更す
るか、肝臓排泄性の抗菌薬を選択する。
2.アミノ配糖体系:毒性域と治療域が狭く、かつ腎毒性がある。一日一回投与が腎
毒性を軽減する。ただし、腸球菌による心内膜炎のみは唯一の例外で8時間おきに投
与する。アミノ配糖体による尿細管障害を発見する最もよい方法は尿細管円柱(上
皮円柱)の定量である。
腎障害時に投与量の調整が必要な代表的な薬剤
・グリコペプチド系:バンコマイシン(VCM)、テイコプラニン(TEIC)
・アミノ配糖体系:アルベカシン(ABK)、ゲンタマイシン(GM)、
トブラマイシン(TOB)、アミカシン(AMK)
7
・βラクタム系抗菌薬(高度腎機能障害のある場合:Ccr<30)
・アゾール系抗真菌薬:アムホテリシンB、フルコナゾール、ボリコナゾール静注等
・抗ウイルス薬:アシクロビル、オセルタミビル、ベラパミル、ガンシクロビル
②肝障害
Ccrのような指標がない。軽度から中等度の肝機能障害では肝排泄性の抗菌薬の量の
調整は不要。高度の障害の場合は、肝排泄型の薬剤の投与量を調整するか、腎排泄
型の抗菌薬を選択する
7)抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策について
初回投与時に
1)アレルギー歴、薬物によるアレルギー歴、抗菌薬によるアレルギー歴について問
診を確実に行ない、カルテに記載する。
*
2)患者さんにアナフィラキシーの予兆となる症状 を説明し、異常を自覚した場合
はコールするように説明する。
3)点滴注入後、5分間様子を観察し、アナフィラキシーを予見させる自他覚症状の
ないことを確認する。なんらかの異常を訴えた場合には速やかに注射を中止する。
4)15分後に再度観察を行なう。
* 投与時の観察項目と患者への自覚症状の説明
即時型アレルギー反応を疑わせるものとして、注射局所の反応では、注射部位から
中枢にかけての皮膚発赤、膨疹、疼痛、掻痒感 などがあり、全身反応としては し
びれ感、熱感、頭痛、眩暈、耳鳴り、不安、頻脈、血圧低下、不快感、口内・咽喉
部違常感、口渇、咳嗽、喘鳴、腹部蠕動、発汗、悪寒、発疹、などがある。
8)抗MRSA薬使用の手引き
①感染症の治療に十分な知識と経験を持つ医師またはその指導のもとで行うこと
②原則として抗MRSA薬および他の抗菌薬に対する感受性(耐性)を確認する
こと
③投与期間は、感染部位、重症度、患者の症状等を考慮して適切な時期に
抗MRSA薬の継続投与が必要か判定し、治療上必要最小限の期間にとどめる
こと
④全例において、初期投与量の設定及び TDM を実施する(リネゾリドおよびダプ
トマイシンは除く)
8
A)抗MRSA薬使用の是非
抗 MRSA 薬使用については MRSA による感染、もしくは保菌(単に定着して
いるだけで全身や局所の感染徴候がみられない)であるかを区別し、原則と
して感染症に対しては抗 MRSA 薬(他の薬剤に感受性がある場合にはその薬剤
を含めて考慮)を投与し、保菌者に対しては通常使用しない。通常無菌の部
位から菌が検出された場合には、診断は容易であるが、喀痰など常在細菌が
存在する部位では臨床症状や検査所見を参考にする。
日常の診療では MRSA 感染が疑われるが、MRSA が原因菌か否かの判断が困
難な場合は感染制御部へのコンサルトもしくは、別紙のチェックリストを参
考にして決定する。使用する際には、有効性ならびに安全性を確認するため
に、バンコマイシン(VCM)、ハベカシン(ABK)では、薬剤部にて初期投与量
の 設 定 を 行 い 、 さ ら に 治 療 薬 物 モ ニ タ リ ン グ Therapeutic Drug
Monitoring :TDM)を実施し、至適用法・用量を確認する。高齢者や腎障害患
者、重篤な感染症患者などでも、薬物動態理論を用いた投与設計を投与開始
時から行うことで、安全かつ効果的な投与が可能である。
また耐性菌発生の抑制の意味から、院内での抗 MRSA 薬の使用状況を把握す
るため、抗 MRSA 薬使用届出制およびザイボックスに関しては許可制を行って
いる。
B)MRSA感染症診断チェックリスト
① MRSA が検出された場合
□ 通常無菌の部位から検出
治療を開始
(血液・胸水・髄液・血管内留置カテ・関節液・
骨組織)
□ 定着か感染か不明
②を参考に治療
を決定
②
検出された MRSA が定着・感染の区別(喀痰、尿、便、分泌物、カテ先)
には下記の項目を参考に判断する。チェック項目が多いほど、可能性は
高くなるが、臨床経過やその他の症状を参考にする。
肺炎
□ 発熱、咳などの臨床症状がある
□ 画像で肺炎の存在を確認
□ 白血球数・CRP など炎症反応が陽性
□ 膿性喀痰、グラム染色で貪食像がある
□ 喀痰中に MRSA が 106-7CFU/mL 以上存在する
尿路感染症
□ 発熱などの臨床症状がある
□ 膿尿の存在
□ 尿中に MRSA が 104CFU/mL 以上存在する
□ 白血球数・CRP など炎症反応が陽性
9
腸炎
□ 発熱、下痢などの臨床症状がある
□ 白血球数・CRP など炎症反応が陽性
皮膚潰瘍、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、皮膚・軟部組織感染症
□ 発熱、発赤・腫脹・熱感・排膿などの臨床症状がある
□ 白血球数・CRP など炎症反応が陽性
③
MRSAが検出されなくても、下記の項目では MRSA 感染症を考慮する。
感染症が疑われる症例で、かつ以下のいずれかに該当する場合には MRSA
の関与も否定出来ないので、細菌検査を再度実施する。なお、前投与抗
菌薬や臨床経過、疾患の重症度を考慮して抗 MRSA 薬の使用を検討する。
●先行抗菌薬が無効の場合
●真菌感染症が否定された場合
●易感染状態の宿主
●長期入院の症例
④術前に MRSA が分離されている患者の手術
術前に MRSA を保菌している患者に手術を行う場合の抗 MRSA 薬の投与に
ついては、エビデンスが確立されていない。
C)各薬剤の特徴
現在 5 薬剤が使用可能である。各薬剤の特徴を述べる。
①塩酸バンコマイシン VCM
グリコペプチド系の薬剤で、抗 MRSA 薬としては最も使用経験が多い。注
射剤と経口剤があり、経口投与では腸管から吸収されない。
有効性を確保し、副作用の発現を避けるため、血中濃度モニタリングを
行う(TDM の実施)。腎機能障害患者への投与は、用法・用量の調整が必
要である。
副作用としては腎障害、第8脳神経障害(眩暈、耳なり、聴力低下等)、
Red neck(red man)症候群などがある。
TDM における有効域:点滴終了後 1~2 時間後(ピーク値)
:25~40μg/mL、
最小血中濃度(トラフ値)15~20μg/mL が望ましい。中毒域:ピーク値:
60~80μg/mL 以上、トラフ値:30μg/mL 以上が継続すると、副作用が発
現する可能性のあると報告されている。
②硫酸アルベカシン ABK
アミノグリコシド系の薬剤で、保険適用上は抗 MRSA 薬となっているが、
アミカシンと類似の抗菌活性を示す。胸水、腹水、心嚢液、滑膜液への
移行良好であるが髄液、疣贅、骨へは移行不良である。副作用として腎
障害、第 8 脳神経障害などがある。
TDM における有効域:最高血中濃度(1 時間点滴終了時)9μg/mL 以上必
要との報告があり、原則 1 日 1 回投与である。中毒域:最小血中濃度(ト
10
ラフ値)2μg/mL を越えると腎機能障害の発生頻度が上昇するとの報告
がある。
③ダプトマイシン DAP
環状リポペプチド系抗生物質で、日本では 2011 年 9 月に発売された新薬
である。適応菌種は、DAP に感性の MRSA、適応症は敗血症、感染性心内
膜炎、深在性皮膚感染症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、びらん・
潰瘍の二次感染であるが、2012 年 4 月現在、左心系感染性心内膜炎に対
する有効性は認められていないため、右心系感染性心内膜炎にのみ使用
すること、また、肺サーファクタントに結合し、不活性化されるため肺
炎には使用できないという注意点がある。
用法・用量は敗血症、感染性心内膜炎の場合 1 日 1 回 6mg/kg、深在性皮
膚感染症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、びらん・潰瘍の二次感
染の場合 1 日 1 回 4mg/kg を 24 時間ごとに 30 分かけて点滴静注する。
基本的には、TDM 不要の薬剤であるが、重度腎機能障害(Ccr<30)がある
場合は、用量調節が必要である。
主な副作用として、横紋筋融解症があらわれることがあるので、定期的
に(週 1 程度)CPK のモニタリングが必要である。
④リネゾリド LZD
抗 VRE、抗 MRSA 薬として承認されたオキサゾリジノン系の薬剤である。
注射剤と経口剤がある。
数少ない VRE 用薬剤でもあるため慎重な使用が望まれる。他の抗 MRSA
薬が無効な場合あるいは不耐容の場合に使用する。重症感染症(敗血症、
院内肺炎、皮膚・軟部組織感染症、腹腔内膿瘍、膿胸など)や、腎機能
障害患者に対して選択される場合がある。また、骨への移行が良好との
報告もある。
副作用として骨髄抑制が報告されている(腎機能障害で引き起こし易い)
ので、投与期間に配慮する必要がある。血小板減少などの骨髄抑制が見
られることもあるので、週 1 回を目処に血液検査をすることが推奨され
ている。投与期間は 14 日以内が望ましい。経口剤の bioavailability
は 100%であり、早期の注射剤から経口剤へのスイッチが可能である。
⑤テイコプラニン TEIC(限定購入薬剤)
VCM と同様グリコペプチド系の薬剤である。初日の投与量を多くして早
期に定常状態となるよう投与設定されている。腎機能低下時には用法・
用量の調整が必要である。副作用として肝障害、腎障害、耳(第8脳神
経)障害などがあるが、腎障害は VCM より少ないとの報告もある。有効
性確保のため、投与開始後 3~5 日目(定常状態)のトラフ値(最小血
中濃度)を測定する。
TDM における有効域:最小血中濃度(トラフ値)10~20μg/mL を目安に
する。
中毒域:トラフ値 60μg/mL を超えると Scr 値の変動が報告されている。
11
抗菌薬一覧
薬効分類
ペニシリン系
内服
セフェム系
第一世代
第二世代
第三世代
第四世代
βーラクタマーゼ阻害剤配合
カルバペネム系
アミノグリコシド系
マクロライド系
ストレプトマイシン系
テトラサイクリン系
リンコマイシン系
ホスホマイシン系
グリコペプチド系
平成 26 年 4 月
商品名
注射用ビクシリン
サワシリンカプセル
ワイドシリン細粒200
(後)ピペラシリン注射用
オーグメンチン配合錠250RS
(後)セフジニルカプセル
(後)セフジニル細粒10%小児用
メイアクトMS小児用細粒
メイアクトMS錠
バナン錠
フロモックス小児用細粒
規格
1g
250mg
200mg/g
2g
250mg
100mg
100mg/g
100mg/g
100mg
100mg
100mg
(後)セフカペンピボキシル塩酸塩錠
100mg
ケフラール細粒小児用
100mg/g
セファメジンα注射用
1g
(後)セフォチアム塩酸塩静注用
1g
(後)セフメタゾールNa静注用
1g
フルマリン注射用
1g
(後)セフトリアキソンNa静注用
1g
クラフォラン注射用
1g
(後)セフタジジム静注用
1g
ファーストシン静注用( 指 定 )
1g
(後)スルバシリン静注用
1.5g
(後)ワイスタール配合静注用バック1g
ゾシン静注用( 指 定 )
4.5g
(後)イミペネム・シラスタチン点滴用( 指 定 )0.5g
(後)メロペネム点滴用( 指 定 )
0.5g
硫酸アミカシン注射液
100mg
ゲンタシン注射液
60mg
カナマイシンカプセル
250mg
ハベカシン注射液( 指 定 )
200mg
トブラシン注射液
60mg
エリスロシン錠
200mg
エリスロシンW顆粒
200mg/g
クラリシッドドライシロップ小児用 100mg/g
クラリス錠
200mg
ジスロマック細粒小児用
100mg/g
ジスロマックSR
2g
ジスロマック点滴静注用
500mg
硫酸ストレプトマイシン明治
1g
注射用ミノサイクリン塩酸塩
100mg
ミノマイシンカプセル
50mg
(後)クリンダマイシン酸エステル注射液 600mg
ダラシンカプセル
150mg
ホスミシンドライシロップ
400mg/g
ホスミシン錠
500mg
ホスミシンS静注用
1g
塩酸バンコマイシン散( 指 定 )
0.5g
塩酸バンコマイシン点滴静注用( 指 定 ) 0.5g
バクトロバン鼻腔用軟膏( 指 定 )
20mg/g
12
アンピシリン
一般名
略語
ABPC
アモキシシリン
AMPC
ピペラシリンナトリウム
PIPC
アモキシシリン・クラブラン酸配合 AMPC/CVA
セフジニル
CFDN
セフジトレンピボキシル
CDTR-PI
セフポドキシムプロキセチル
CPDX-PR
塩酸セフカペンピボキシル
CFPN-PI
セファクロル
セファゾリンナトリウム
塩酸セフォチアム
セフメタゾールナトリウム
フロモキセフナトリウム
セフトリアキソンナトリウム
セフォタキシムナトリウム
セフタジジム
塩酸セフォゾプラン
スルバクタム/アンピシリン
スルバクタム/セフォペラゾン
タゾバクタム/ピペラシリン
イミペネム/シラスタチン
メロペネム 三水和物
硫酸アミカシン
ゲンタマイシン
硫酸カナマイシン
硫酸アルベカシン
トブラマイシン
ステアリン酸エリスロマイシン
エチルコハク酸エリスロマイシン
CCL
CEZ
CTM
CMZ
FMOX
CTRX
CTX
CAZ
CZOP
SBT/ABPC
SBT/CPZ
TAZ/PIPC
IPM/CS
MEPM
AMK
GM
KM
ABK
TOB
クラリスロマイシン
CAM
EM
アジスロマイシン水和物
AZM
硫酸ストレプトマイシン
SM
塩酸ミノサイクリン
MINO
リン酸クリンダマイシン
塩酸クリンダマイシン
CLDM
ホスホマイシンカルシウム
FOM
ホスホマイシンナトリウム
塩酸バンコマイシン
ムピロシンカルシウム水和物
VCM
―
リポペプチド系
オキサゾリジノン系
抗真菌薬
抗トリコモナス薬
抗結核薬
ニューキノロン系
抗ウイルス薬
抗インフルエンザ
ウイルス薬
サルファ剤
キュビシン静注用( 指 定 )
ザイボックス注射液( 許 可 制 )
ザイボックス錠( 許 可 制 )
アムビゾーム点滴静注用(限定)
ファンギゾンシロップ
ファンガード点滴用(限定)
ブイフェンド静注用(限定)
ブイフェンド錠(限定)
アンコチル錠(限定)
(後)イトラコナゾール錠
イトリゾール内容液1%
フロリードゲル経口用
ラミシール錠
(後)ミコシストカプセル
プロジフ静注液
フラジール内服錠
イスコチン錠
エタンブトール錠
リファジンカプセル
オゼックス錠
オゼックス細粒小児用
クラビット錠
クラビット細粒
クラビット点滴バッグ( 指 定 )
グレースビット錠
小児用バクシダール錠
アラセナ-A軟膏
(後)ビクロックス点滴静注用
バルトレックス錠
バルトレックス細粒
シナジス
点滴静注用デノシン(限定)
タミフルカプセル
タミフルドライシロップ3%
リレンザ
イナビル
ラピアクタ点滴用バイアル
バクタ錠
350mg
600mg
600mg
50mg
100mg/mL
50mg
200mg
50mg
500mg
100mg
140ml
5g
125mg
100mg
200mg
250mg
100mg
250mg
150mg
150mg
150mg/g
500gmg
250mg
500mg
50mg
50mg
30mg/g
250mg
500mg
500mg/g
ダプトマイシン
DAP
リネゾリド
LZD
アムホテリシンB
AMPH
ミカファンギンナトリウム
MCFG
ボリコナゾール
VRCZ
フルシトシン
5-FC
イトラコナゾール
ITCZ
ミコナゾール
塩酸テルビナフィン
フルコナゾール
ホスフルコナゾール
メトロニダゾール
イソニアジド
塩酸エタンブトール
リファンピシン
MCZ
トシル酸トスフロキサシン
TFLX
レボフロキサシン
LVFX
シタフロキサシン
ノルフロキサシン
ビダラビン
アシクロビル
STFX
NFLX
Ara-A
ACV
塩酸バラシクロビル
VACV
―
FLCZ
F-FLCZ
―
INH
EB
RFP
50mg・100mg パリビズマブ
500mg
75mg
30mg/g
5mg/B
20mg/個
150mg
―
13
ガンシクロビル
リン酸オセルタミビル
ザナミビル水和物
ラニナミビルオクタン酸エステル水和物
ベラミビル水和物
スルファメトキサゾール トリメトプリム
―
GCV
―
―
―
―
SMX/TMP
ID
氏名
指定抗菌薬使用届 ver.8
@PATIENTID
@PATIENTNAME
(担当医 → 薬剤部 → 院内感染対策委員会)
科外来
院内感染対策委員会 殿
病棟
申請医師 @USERSECTION @USERNAME
①培養検体提出の確認
□ 指定抗菌薬使用の前に培養検体の提出を試みた もしくは 提出済みである
②指定抗菌薬
広域ペニシリン系
ゾジン静注用(PIPC/TAZ)
現在使用中の抗菌薬が効果を示していない。
セフェム系 (第4世代)
ファーストシン注(CZOP)
他に感受性のある抗菌薬がない。
現状での第一選択薬と考えられている。
カルバペネム系
患者がCompromized host である。
イミペネム・シラスタチン注(IPM/CS)
メロペネム注(MEPM)
その他:
カルベニン注(PAPM/BP):小児科限定使用
ニューキノロン系
クラビット注(LVFX)
MRSA用薬
塩酸バンコマイシン注(VCM)
*
ハベカシン注(ABK)
*
MRSA感染症である。
MRSA感染疑い。
バクトロバン鼻腔用軟膏(MUP)
限定購入(一部保険適応外)
MRSA除菌の必要性あり。
* :血中濃度測定をして下さい.。
CDAD用薬
Clostridium difficile関連下痢症である。
塩酸バンコマイシン散(VCM)
Clostridium difficile関連下痢症疑い。
MRSA腸炎である。
※ 上記以外の患者限定購入抗菌薬については限定購入願いの記載をお願いします。
③感染症名
菌血症
肺炎・気管支炎
尿路感染
腸炎
腹膜炎
創感染
髄膜炎
副鼻腔炎
膿瘍
その他: (
胆嚢・胆管炎
中耳炎
)
薬剤部記入欄
受付印(薬剤部)
受付日 平成 年 月 日
処方開始日 平成 年 月 日
14
ID
氏名
®
ザイボックス 使用許可申請書
@PATIENTID
@PATIENTNAME
(担当医 → 薬剤部 → 院内感染対策委員会)
科外来
病棟
申請医師 @USERSECTION @USERNAME
院内感染対策委員会 殿
①培養検体提出の確認
□ ザイボックス使用の前に培養検体の提出を試みた もしくは 提出済みである
②感染制御部への連絡
□ LZD使用に際しては、感染制御部(安道Dr)への連絡をお願いします。
(時間外の場合は、翌時間内に連絡してください)
③許可抗菌薬
VCMもしくはABKが臨床的無効であり、MRSA感染症である。
VRE及びMRSA用薬
MRSAに対するVCMのMICが2µg/ml以上である。
ザイボックス錠・注600mg(LZD)
高度腎機能障害があり、MRSA感染症である。
その他:
④適応症
1)LZDに感性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の場合
敗血症
深在性皮膚感染症
外傷・熱傷および手術創等の二次感染
その他:
慢性膿皮症
肺炎
( )
2)LZDに感性のバンコマイシン耐性エンテロコッカス・フェシウムの場合
各種感染症
薬剤部記入欄
受付日 平成 年 月 日
確認印(薬剤部)
処方開始日 平成 年 月 日
感染制御部確認 平成 年 月 日
15
16