労働科学 3 8巻 6号(1 9 6 2 ) (3 2 3) 〔総説〕 UDC6 1 3 . 6 8 :6 1 3 . 3 2 船の飲料水の汚染について 西部 徹ー* ONTHECONTAMINATIONOFFRESHWATER STOWEDINVESSELS. By キ T e t s u i c h iNISHIBE Fors e a f a r e r s ,s h i p sa r et h e i r home a sw e l la s working f i e l d . A c c o r d i n g l y , and k i n do f s e r v i c e s and f a c i l i t i e sa b o a r dt h e v巴s s 巴ls h o u l dbes a t i s f a c t o r ya tl e a s tfromv i e w p o i n to fh e a l t h ands a n i t a t i o n . A t t e n t i o ns h o u l dbep a i d ,h o w e v e r , upont h ef a c tt h a to v e r 90 p e r c e n to fJ a p a n e s ev e s s e l s were blamed f o rt h ec o n t a m i n a t i o no fd r i n k i n gandc u l i n a r ywaterbyb a c i l l u sand a l k a l id e r i v e dfromc e m e n t . Thec o n t a m i n a t i o no c c u r sd u r i n gt h ep r o c 巴d u r e so ft a k i n g ,s t o w i n gands u p p l y i n g , due t o i n a d e q u a t el o c a t i o no fh y d r a n t ont h ep i e r ,c o n v e y a n c ebywoodenb u i l tw a t e rb a r g e s ,f i l l i n gby u n c l e a nh o s e and p i p e , and c a r e l e s su s eo f water j u s ta f t e rc e m e n t c o a t i n gw i t h o u ts u 侃c i e h t w a s h i n g . 巴r ,t h eu s eo ff i l t e r i n gl a y e randc h l o r i n a t i o na r er a t h e r Asf o rt h emethodo fp u r i f y i n gwat p o p u l a r , andd i s i n f e c t i o nbyu l t r a v i o l e tr a yi st r i e di n som 巴 v e s s e l s . T e s t sa r eb e i n g made on t h ea p p l i c a t i o no fs p 巴c i a lp a i n tf o rf r e s hwatert a n ki n s t e a do fc e m e n t . P r o v i s i o n sc o n c e r n i n gd r i n k i n gandc u l i n a r yw a t e ra r ei n c l u d 巴di nt h eB r i t i s hR e g u l a t i o n s “CrewAccomodationinMerchantShip." Andin portsofthe United States of America i ti s 巴r i n gp o i n t sapprovedbyt h eSurgeonG e n e r a lp ft h eP u b l i cHealth p r e s c r i b e dt ol o a do n l ya twat S e r v i c e . Wehavenor e g u l a t i o n sc o n c e r n i n gt h e s ep o i n t s . Theimprovementf o rs u p p l y i n gc l e a n water s h o u l d be made by t h ec o l l a b o r a t i o no fs h i p b u i l d e r s ,s a n i t a r ye n g i n e e r s and s h i p p i n g compames. I . ま え カTき 河川や港湾における水の汚染については,大気汚染の 船長宛に訓令日を発して厳重に警告している。 日本においては,船の飲料水については従来何の取り 締り規定もなく,全く関心が払われていなかったのであ 問題と共に,近頃大きな問題となってきた。大都会近く 9 5 7年第 1回の船員労働安全衛生月間が持たれた るが, 1 の河川では何回も腸間汚染を受けていると云われ,恐る 機会に,始めて問題として取り上げられた。この月間中 べき状態にある。 日本中の各港において,水質検査を行ったところ,汚染 イギリス運輸航空省では 1 9 5 7年 7月,船の飲料水お が甚しいことが明かにされ,関係者をおどろかせたので よび炊事用水が,河川や港湾の汚染の影響を受けて,衛 あった。以来汚染経路の探求と汚染防止対策が研究され 生上京子ましからぬ状態にある事実に基づいて,各船主, たが,本質的には問題は貯水タンクの構造上の不完全と キ労働科学研究所海上労働研究室 L a b .o fSeamen’ SL abo 岨r ,I n s t i t u t ef o rS c i e n問。fL a b o u r . (324) 衛生法規の不備にあるようである。 最低基準量としている。アメリカ船では日本船に比ベて, 調理関係用水が少くて,浴用,洗濯用等の衛生用水が多 I I . 船員と水 い。これは食様式の差によるもので,日本食の調理には 船員にとって清水が重要であることは,今も昔も変り 多くの水を要することを物語っている。 がない。船型が大きくなって大きな容量のタンクを持つ I I I . 清水の汚染 ようになったが,貨物の積載量を増すためには,使用清 水量は常に制約を受ける。したがって従来清水の問題と 船の飲料水の衛生学的検査に始めて手をつけられたの 云えば量について論議され,質については関心が払われ は,東京検疫所の佐藤,会田,親里等であり,時期は 1 9 5 5∼5 6年であった。その報告別によれば,東京港へ入 ることがなかった。 船員 1人当り 1日の清水使用量は,船型により航路に 港した外航船 478隻について飲料水の検査を実施したと よってさまざまであるが, 1958年の調査幻によると最高 ころ, 95%に及ぶ 453隻が不合格で,わずかに 5 %に当 323l ,最低 57lでいちじるしい差がある。当時におけ る 25隻が合格したに過ぎなかった o 項目別に不合格率 る東京都の給水量を人口 1人当りでみると 1日 300∼ をみると表 2の通りで, pH8.0以上のものが 88.5% 4001ということであったから,外航船で 1 8 0l ,内航船 でもっとも多く, C l,細菌汚染がこれに次いでいる。 5 3lという量は,ほぼその半分に当るとみられる。 で 1 Table2 .D i s q u a l i f i c a t i o nR a t e so f Dom巴s t i c WateronV e s s e l s( S a t o ) 使用清水の多少は船内の衛生状態に影響するところが 大きい。船型が小さいほど清水使用量の制約が強いが, このことは船員の皮膚病との関連が深いように思われ Item る。小規模経営に属する小型船では,大規模経営におけ Buei l l u s C o l i t i sgerms NH, NO, NO, る大型船に比べて,皮膚病による下船者率が 4倍余に達 する。また船内診療についてみると,水と関連あると,思 われる疾病の発生率が,全体の 25%に達するという例剖 もある o Cl Fe 船内で使用する清水の積込基準量は,船員法の規定で は 1人1日 20l以上となっている。とれは飲用水のみ K i ¥ ι o . を考えた最低基準で,衛生用水を考慮に入れていない点 に問題がある。アメリカの規定"をみると,表 pH 1の通り 0ガロン(1 1 3 . 4l )を積込 で用途別に細かく分け全体で 3 Table1 . ApproximateMinimumR a t e so fConsumptiono fDomesticWateronV e s s e l s (U.S.A.) T o t a l l 尚 帥e ro fs h i p s ! 90 20 % 18.8 4.2 1.2 6 2 7 5 1 1 7 2 3 24 423 5.7 1 0 . 7 36.0 0.6 5.0 8 8 . 5 816 1 7 0 . 7 1958∼5 9年,東京医科歯科大学の柳沢,近藤等が,全 日本海員組合川崎支部の宮城と協力して, 80隻の船舶に ついて飲料水の汚染状況を調査した結果川土不合格率 90 Perp e r s o np e rday Item I Wash I Combic o o k i n g w a t e r ned 肋凶時 Drinkingwater Cookingwater : : f C o o k i n g , f r u i tw t : b l eand 昆 Dishw a s h . i n g Washing Bath L a v a t o r y Laundry C l e a n i n gi nG a l l e y ,p a n t r y anddinmgroom 2.6 3.0 3.0 1 8 . 9 1 8 . 9 8.0以上のもの 66.3%となっていて, pH値の高いこと と細菌による汚染のいちじるしいことが再確認された。 この結果において細菌による汚染が特に甚しいのは,東 京検疫所による検査対象が外航船であったのに,ここで は内航船の小型船が含まれていたためと考えられる。 pH値が高いのは貯水タンクのセメトン塗装によるもの 60.6 1 8 . 9 3.8 6 0 . 9 1 8 . 9 3.8 であり,細菌汚染は給水経路ならびに貯水設備の不備に よるものと考えられる。 5.6 I V . 飲料水の汚染経路 5.6 唱 d生 唱え 。δi Qd o o q a i 可 q t u h u T Q t a l 2 . 6 %であった。内訳は図 1の通りで,大腸菌群による汚染 25.0%,一般細菌数 2 0 0 / m l以上のもの 6 1 . 1%, pH 船の飲料水は岸壁にある水道栓から直接給水される場 合 ι給水船を利用する場合とがある。水道水そのもの (325) 一 •9 0 ともあり得る。米英の規定では直接海水に接するタンク に飲料水を積むととを厳禁している。二重底のタンクは 船の吃水を調節するために海水を注排水する機会が多い 加 ので,ここに清水を入れた場合,海水の混入は避けられ ない。 7 0 一 ャ ー ー ー 6 0 船のタンクは強力の関係でいくつもの小区画に分れて いるので,完全に排水し清掃することが極めて困難な状 態にある。したがってその底部には常に汚泥が沈澱し, 荒天時には動揺のため清水が濁るということがしばしば 5 0 である。 また船では毎日清水の量を測定するため,サウンデイ 4 0 3 0 ング,ロッドを使用している。このロープも汚染に一役 買っていることを見逃すことはできない。 一 2 D 船のパントリーにはフィルターが備えてあるのが普通 である。このフイ 1レターは塵芥をこす程度のもので殺菌 作用のあるものではない。しかも長期にわたって炉材を 取りかえないまま使用しているため,フィルターが細菌 1 0 の培養基のようになって,フィルターを通したために細 % 菌数がいちじるしく増加したという例が多く見出されて C o l t i sb u c i l l u s pH Combined . 0∼ germs 2 0 0 / m l∼ 8 F i g .1 .D i s q u l i f i c a t i o nR a t e so fP o t a b l eWater onV e s s e l s(Kondo) は日本における主要港では,水質 l こ問題はないと云って いる。 こうみてくると船の飲料水が汚染する条件は完全にそ ろっているわけである d これには造船に当って衛生工学 が軽視されているこ左と,衛生行政の不備とが指摘され る。欧米においては既に述べたように,飲料水と’雑用水ー よいであろう。しかし内航船が出入する小さい港では, とを厳重に区別し,タンクの構造と配置についてきびし 水道施設が不完全なため水質不良のものを給水すること い規格を設けている。更に消毒について規定しているほ がある。外国については文明国では汚染については問題 どである。 i がないが,水の良さという点では日本の水の方がよいと 一方船員の側からみると,良い水に恵まれて生活して されている。東南アジアの国々では水質がわるく,しば きた日本人は,一般に水に対する安心感がつよく,汚染 しば集団下痢が発生するという報告n があるが,まだ正 に対する警戒がうすいのではなかろうか。 確な調査資料がない。 差し当つては,現存の船のタンクの構造を変えること 水道水の汚染は岸壁における水道栓から始まる。この は困難なので,完全な消毒装置をつけることである o 消 水道栓が地面より低い位置にあって,塵芥や汚水がたま 毒の目的で塩素による消毒装置や各種のフィルターが多 るようになっているものが多い。アメリカの規定引では くの船にとりつけられ実験的に使用されている。 N社で 取入口は地函より 45.7cm以上高くするように定めて は殺菌灯による消毒装置を完成して所有船の全部に装備 して実効を上げている。しかし,根本対策としては,飲 いるが,日本では何の規定もない。次にホースが常に清 潔に保たれているかが問題である。給水船を使用する場 合はそのタンクの構造ーと取り扱いに問題がある。木造の 結水船を使用している港があるが,汚濁水の浸入は避け られない。給水船には乗組員が住んでいて,これが汚染 の原因になることも考えられる。 料水と雑用水とを区別して貯蔵し,タンクの構造配置を 適正にすべきで,消毒は第 2段の対策である。 V . セメント塗装と pH値 船の飲料水の pH値はすでに述べたように非常に高 い。その分布をみると図 2の通りである。これはタンク 船l こ積み込まれた清水は,船首尾にある飲料水タンク の内壁をセメントで塗装しているためである。入渠し に貯蔵されることが多い。時には二重底のタンクに積み てセメント塗装をした場合,数回にわたって完全に“あ こまれることもある。これらのタンクは外板を通じて直 く”抜きを実施すれば pH値はそれほど高くはならな いのであるが,時間を急いだり,水を節約するという経 接海水に接しているので,接ぎ目から海水が浸入するーこ (326) V I . 5 0 むすび 船の飲料水はいちじるしく汚染されているが,河川港 4 0 湾の汚染の甚しい今日では,給水経路,貯蔵タンク,消 毒等について適切な規制をする必要がある。諸外国に比 べてこの方面への衛生工学の導入のおくれを痛感せざる 3 0 を得ない現状である。 殊に不可解なことは,船への給水料金が特に高く差別 20 n u − 待遇を受げていることである。宮城の調査w によれば, 全国 45地区平均で lm'当り基本水道料金は, i 家庭用 16.74円,営業用 19.72円,工業用 15.59円であるのに ん う 船舶給水では地区平均で,埠頭給水の場合 44.93円で, r a 9 ∼1 0 1 0 - F i g .2 .D i s t r i b u t i o no fpHo fP o t a b l e Water onV e s s e l s(Kondo) 済的な事情の他に,ブラケットの多い小区画にさまたげ られて,完全な洗浄が困難であるということも手伝って こラいう状態になるものと思われる。 したがって出渠直後の pH値がもっとも高〈,時日 の経過につれてだんだん低下して行く。久我船医引は出 渠直後に胃カタル,下痢等の患者が多発するが,時日の 経過にしたがって減少し,ほぼ 3.5カ月で安定する事実 を調べ,飲料水の pH値と関係、が深いと報告している。 pH値を下げるには,セメントに代る塗料を塗ればよ いのであるが,まだ適当なものがなく,最近に至ってや っと研究に着手されたばかりである。労研,生化学第二 研究室においては,生産技術協会の協力を得て各種塗料 の生物学的実験研究を行い, K重工では塗料の技術的研 究を実施しているので,飲料水タンクからセメント塗装 を駆逐する日も遠くはないこと左思われる。 一般家庭用の約 2 . 7倍,給水船を使用する場合 94.25円 で家庭用の 5.6倍という高率になっている。このことが セメント塗装後の“あく”抜きを不完全にしたり,船内 における使用量を規制する原因となったりしては,まこ とに残念である。設備改善,衛生法規の整備と共に,こ の方面の改善も早急に実現されるよう望む。 参考文献 1 )M i n i s t r yo fC i v i lA v i a t i o n and Transport: N o t i c et oShipownersandMastersNo. M. 4 1 0 . 2 )全日本海員組合:海員, 7 ,4 2 ,1 9 5 8 . 3)西部:労働科学, 35( 8 ) ,5 9 6 ,1 9 5 9 . 4 ) U. S .D e p t .o fH e a l t h , Education and Weif a r e : HandbookonS a n i t a t i o no fVess 巴I Cons t r u c t i o n .2 ,1 9 5 4 . 5)佐藤他:日本公衆衛生雑誌, 5( 1 0 ) ,5 0 9 ,1 9 5 8 . 4 ( 1 0 ) ,5 4 7 ,1 9 5 9 . 6)近藤,柳沢:会衆衛生, 2 7)久我:労働科学, 3 5 ( 5 ) ,2 3 9 ,1 9 6 1 . 8 ) Handbook on S a n i t a t i o no fV e s s e l si n Oper a t i o n . U. S . Dep. o fH e a l t h , Educ 泡t i o nand W e l f a r e ,1 9 5 1 . 5( 5 ),2 3 9 ,1 9 6 1 . 9)久我:労働科学, 3 )宮城:全日本海員組合,教育パ νフレツト, No. 10 3 3 ,6 1 ,1 9 6 1 . (受付: 1 962年 3月 1 2日 )
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