財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 無形文化遺産保護事業の事例レポート:日本 無形文化遺産における有形文化の保護 ―京都祇園祭の山鉾行事を例にー 京都市文化財保護課 普及調査係長 村上忠喜 はじめに 今日、カントリーレポートとして研修生、及び市民の方々にお話いたしたいの は、無形文化遺産を維持するために必要な有形文化の保護に関する日本の行政 の取り組みについてです。 無形文化遺産は、人が生活するなかで体現するものですから、その保護という と、直接的にはその人や社会が伝承してきた技術や慣習に対して働きかけると いうことになります。しかしながら、無形文化遺産というものは、無形のもの だけで形作られるものではありません。たとえば音楽にしても、工芸技術にし ても、音を出す道具である楽器や、削る、切る、はさむといった様々な道具が 必要であるわけで、そうしたモノ、すなわち有形文化を保護ことが無形文化遺 産を維持することに繋がるわけです。 祇園祭山鉾行事に関わる有形文化の保護 祇園祭の山鉾を例に、無形文化遺産の維持に繋がる有形文化の保護について報 告したいと思います。 現在、山鉾は32基ありますが、そのうちの29基が、重要有形民俗文化財と して国の指定を受けています。それ以外の3基のうち蟷螂山と綾傘鉾の2基、 そして現在は巡行参加していない大船鉾と鷹山、あわせて4基のうち、江戸期 の巡行遺品に限定して、有形民俗文化財として京都市が指定しています。この ように無形文化遺産であると共に、有形も文化財としてもダブル指定されてい るわけです。 祇園祭の山鉾に代表されるような、日本の祭りに曳き出される山鉾・屋台は、 染織品、金工品、木彫、漆工芸、絵画、木工それぞれの時代の民衆の技術や芸 術の粋を集めたものであることから、民衆の総合芸術であるといえます。なか でも江戸時代までの京都が日本を代表する工業都市であったことから、祇園祭 の山鉾は、織物や金属加工、木材加工といった、現在いうところの伝統産業、 その当時の最先端技術の広告塔のような役割をも果たしていたともいわれます。 一般に祇園祭の山鉾が「動く美術館」といわれるゆえんです。 祇園祭の保護事業 さて、有形の保護措置は、大きく3つに分れます。正式名称はやたらに長いの で略式名称で申し上げますが、山鉾修理事業(国庫補助事業)、新調事業、小口 -1- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 修理事業の3つです。 1.山鉾修理事業は、国の補助金が得られる、最も基幹的な補助制度でありま す。これは、山鉾本体及び装飾品の内制作年代が江戸期以前のものを中心に修 理や、場合によっては復元品を作り、オリジナルを保全するというものですい。 この事業では、たとえば布類ならば、原本の調査を綿密に行い、素材は無論、 技術的にも絶えた技術をなるだけ復活させていくという意図があります。事業 総額は毎年4500万円、そのうち国が2分の1、残り半分のうち京都府、京 都市、そして地元保存会がそれぞれ3分の1ずつ負担するというもの、毎年3 から5件の事業を同時平行に行っています。 2.次に新調事業ですが、これは布類の装飾品に限定して、新たなデザインに よる新作に対して資金的に援助する制度です。布類に限定というのは、高級絹 織物の産地である西陣を控え、かつ山鉾を保有する町内である山鉾町は、日本 有数の繊維問屋街であったことから、布類をはじめとする調度品を目利きでき る人たちが祇園祭の担い手であったこと。それと、山鉾は祭礼風流(ふりゅう) として、常に人の目を驚かす出し物という側面もあったが、16世紀以降徐々 に風流が固定化し、装飾のための染織品の入れ替えによる見立ての妙を競うよ うになったという、山鉾の歴史的な推移があります。染織品の見立ての妙、す なわち山鉾に染織品を着せ替えることによって、風流の精神を生かしてきたと いうこの行事の歴史性を汲み取った助成事業が新調事業といえます。たとえば、 この保晶山の胴掛けは、18世紀後半の著名な絵師、円山応挙の下絵になるも のです。これは現在の日本で最も有名な画家の一人である平山郁夫氏の原画に よる胴掛で、現在製作中のものです。 文化財の保護という観点からすれば、この助成制度はかなり踏み込んだもので す。というのも、文化財そのものであるモノの修理に対する助成というのが通 常なのですが、そうではなく、祭りの歴史性そのものを維持するために、新た に有形文化を作り出すことに対する助成であるからです。 この事業費は年間3750万円で、その内京都府と京都市が5分の2ずつ、地 元保存会が5分の1を負担するというもので、1982年より続けています。 毎年5,6件の事業を同時並行で行っています。 3.小口修理事業は、緊急修理的なことに対する助成です。山鉾は、鉾で10 トン前後の重量になるものですから、それが巡行で何キロメートルも動き回る わけで、1回の巡行で傷む場合もあります。そうした時にすぐに対応しないと、 翌年の巡行に支障をきたすわけで、まだ傷が深くならないうちに緊急に修理し た方が、結果的に経済的であることから行ってきた助成です。 事業総額は決まっていませんが、だいたい1200万円程度で、その内京都府 と京都市の外郭団体、そして地元保存会が3分の1ずつ負担することになって います。事業の件数は、毎年8から12,3件ぐらいあります。 -2- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 以上が、無形文化遺産である祇園祭の山鉾行事を維持するためにおこなわれる 有形文化の保護です。先述のように、祇園祭の山鉾のほとんどが有形の文化財 指定をしておりますので、こうしたことも可能なわけなのですが、よりよい修 理を行うために、有識者を集めた審議会を設けたり、修理の際には専門家によ る修理監理を行ったりなど、業者任せの修理や復元にならぬよう努めています。 以上が、祇園祭の有形文化に対する助成ですが、こうした助成については、祇 園祭に対しては、まだ文化財保護法のできるはるか前、アジア太平洋戦争前の 大正12年(1923)に、京都市単体で助成制度を設けて助成をはじめまし た。ちょうどこの時に、各山鉾を出す町内が寄り集まって、祇園祭山鉾連合会 が成立したわけです。 一方、最近のことでありますが、こうした祭りに使用される装飾品などの修理・ 復元の専門技術をうまく伝承していくために、国のほうで、文化財を守るため の技術である選定保存技術の認定を受けたのが、「祭屋台等製作修理技術者会」 です。冒頭に述べましたように、民衆の総合芸術ともいえる山鉾や屋台は、多 様な工芸技術の複合ですので、修理技術者会も、様々な技術者の団体であり、 国はそうした技術の伝承に対する助成をおこなっています。 -3-
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