財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 無形文化遺産保護事業の事例レポート:ブータン ブータンの無形文化遺産保護について The Royal Academy of Arts (王立芸能アカデミー) はじめに: ブータンは、インドと中国に挟まれた、ヒマラヤ山脈の東部に位置する内陸部 の小さな仏教王国です。ブータンには lam-Sroel という文化を表す用語があり、 これは私たちのすばらしい祖先や宗教・政治上のリーダーが切り開いてきた道 を意味します。ブータンは、面積や人口で見ると小さい国ですが、文化や伝統、 信仰、生活様式などは驚くほど豊かで多彩です。 ブータンの文化は、仏教に深く根ざした、世界でも最も古い文化の一つと言わ れています。ブータンは何世紀ものあいだ鎖国状態にあったため、必然的に独 自の文化が育まれてきました。現在、これらは生きた文化であると考えられて います。ブータンの素晴らしさの一つは、その豊かな文化遺産にあり、社会経 済の特徴も文化遺産に基づいており、国の規律にも影響を及ぼしています。慣 習や宗教習慣、舞踊、衣食の形式なども独自的です。 「文化の推進」は、Gross National Happiness(=国民総幸福量)と呼ばれる ブータン独自の発展哲学における 4 本柱の一つになっています。ブータン王国 政府では、若者たちに向けて、国家にとってかけがえのない宝である文化遺産 を保護・保全する必要性を訴えています。 政府では、2005 年に全国 20 県の地方自治体に文化部門を設置し、それぞれに文 化担当員を配置することで、有形および無形の文化遺産の保全・奨励に取り組 んでいます。 文化の重要性: 1. ブータンの独自的な文化や伝統は、私たちの国の主権や自立の象徴です。 2. 独自の文化や伝統を持つ国は、国民が外国の文化に影響されてしまわないよ うに工夫をしますが、このことが究極的には国の平和や安定の維持に貢献し ます。 3. しっかりとした豊かな文化がある国では、国民の中に愛情や信念、献身、愛 国心といった感情が芽生えます。 4. 私たちの国の文化や伝統は、Gross National Happiness(=国民総幸福量) という国の発展哲学の柱の一つになっています。 ブータンの文化の種類: 文化は、大きく有形と無形の 2 種類に分けることができ、それぞれ密接に関連 -1- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 しています。一般的に有形の文化財は物理的に目で見たり手で触れたりできる 財産や構造物を指し、一方、無形文化財は形がなく明確に知覚できないものを 指します。 無形文化財: 1. 舞踊(民俗舞踊、仮面舞踊) 2. 音楽(民俗舞踊、仮面舞踊) 3. 演劇、芝居 4. スポーツ(伝統、現代) 5. 作法 6. 信仰、信条 7. 歌曲(古典、現代) 8. 歌謡、語り 9. 言語、言語学 10. 文学(書物、口承) 11. 伝説 12. 物語(フィクション、ノンフィクション) 13. ことわざ、格言 14. 習慣、風習 15. 式典(死、昇進、就任等) 16. 国や地域の年中行事 17. 祝賀(誕生日、正月、記念日等) 18. 医療、治療 19. 礼拝、儀式、宗教慣習 20. 占星術等 有形文化財: 1. 建造物 2. 彫刻 3. 仕立て/刺繍 4. 鍛冶/金属細工(鍛冶、金、銀) 5. 絵画 6. 織物 7. 石工/レンガ工 8. 食品/飲料 9. 木工 10. 製紙 11. 石材/石板彫刻 12. 鋳金 13. 陶器製作 ブータンの無形文化財について: -2- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 1. 価値観 「Lay Jumdray Thadamtsig」 (=人間の善行と悪行の因果関係、目的、他人への 神聖なる献身を理解すること) 。Thadamtsig には、3 つの要素があります。 「献身」とは何か:<1. 生命をはじめとして、全てを与えてくれる両親を愛し、 尊敬する。2. 配偶者を大切にする。夫婦は生涯を共にするものであり、相互に 忠誠を誓う。3. 若者は高齢者を尊敬し、高齢者は若者に対して親切かつ寛大に 接する。目下の人は、目上の人に従う。 > ブータン人が理想とするこの調和 の精神は、現代は少しずつ失われつつあります。こうしたブータンの良い習慣 は、大半が仏教の倫理に由来するものであるため、保全・奨励を進めるには、 人々が仏教の原理にしたがって考え、行動することが前提となります。 z z z z z z Drigiam Namzha(調和的な生活が実現される社会のあり方にそった正し い行動) スピリチュアリティ(ブータンでは仏教が人々の生活で重要な役割を担 っている) 慈悲 自由 友情 平和と幸福 2. 社交の場 1. 祭礼 お祭りは年に 1~2 回開催されます。各地域における唯一の社交の場で あり、人々の暮らしに大きな影響を持っています。例えばハ県では LOMBA と呼 ばれるお祭りが行われますが、お祭りの期間中には家族全員が集まります。家 族はこの機会を楽しみにしており、開催中は完全に仕事を休んで集合します。 これによって家族の絆は強くなり、親戚の付き合いも深まります。 地域のお祭りとツェチュ祭 彫刻(写真あり) 民俗舞踊(写真あり) ブータンには豊かな伝統工芸が数多くありますが、一部はすでに消滅していた り、存続の危機に立たされたりしています。しかしながら、 「13 のブータン伝統 工芸協会」の設立(ブータンでは私たちの先祖が伝統工芸を 13 種類に分類しま した)により、私たちの暮らしの工芸は、ある程度維持されています。 ブータン東部のルンツェ県にある Gangzur 村では、現在では陶磁器工場が 2 箇 所のみ残っています。この村はかつて、伝統的な陶器鍋が大変有名な場所であ -3- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 り、アルミ製のポットや炊飯器が登場する前は、広くブータンで使われていま した。しかしこうした美しい土鍋やその製作技術は、現在はブータンの村々か ら消えつつあります。 竹工芸(写真あり) 2. 口承伝統 a. さまざまな地域に伝わる民謡 b. 教訓のつまった民話。物語/お話しといった形式で新しい世代に伝えられて いる c. 民俗舞踊 d. 民俗の暮らし (写真あり) e. さまざまな社会グループによる言語と方言: ブータンは方言が多彩で、これまでに 40 種類以上が確認されています。この数 は、わずか 60 万人の人口としては相当な数です。しかしながら現在、別の方言 や外国語を交えることなく、純粋に地域の方言だけを話すことのできる人は少 数です。これは、文化を超えた現代の教育プログラムによるものです。こうし た教育プログラムでは、地元の方言を無視してブータンの国語が教えられてい るだけでなく、外国語教育も行われているからです。 f. ゲームとスポーツ: 弓矢や投げ矢、ショートパット、デゴ(石投げ)といった伝統的なゲームは、 ほかに何も娯楽がなかった時代に、唯一の娯楽として親しまれてきました。人々 は、特別な行事や祝い事、また社交や集合の機会としてゲームを楽しんでいま した。 ブータンの無形文化遺産保存政策: 1. ブータンの発展政策は、すべて GNH(国民総幸福量)の原則にもとづい て行われています。文化遺産の保全は、GNH の重要な柱の一つです。 2. ブータン王国新憲法の第 4 条 1 項では、「国は、社会と国民の文化的生 活を豊かにするため、遺跡、芸術的または歴史的な場所および対象物、 Dzong(要塞)、Lhakhang(寺院)、Goendey(僧侶コミュニティ)、Ten-sum (像、経典、仏舎利塔から成る三種の神器)、Nye(巡礼地)、言語、文 学、音楽、視覚芸術、宗教を含む国の文化遺産の保全、保護、奨励に努 める」と定められています。第 4 条は 4 つの項目から成り、すべてブー タンの文化の保護に関する内容になっています。保護や奨励の活動なく しては消滅が危惧される工芸技術や知識、美術工芸に関する思想などを 対象としています。 3. ブータン UNESCO 国内委員会が、UNESCO の規範に従い、無形文化遺産の -4- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター 第 3 回無形文化遺産保護のための集団研修 奨励、保全に取り組んでいます。 ブータンの無形文化遺産保存政策: 1. ブータンの文化的習慣の促進をはかる独立機関として、内務文化省の管 轄化に文化局(DoC)が設置されています。 2. GNH の方針には国内のその他の開発政策も含まれており、GNH の原則と 相反する方針はいずれも開発政策としては捉えられません。ブータンの 各地域を対象とした開発計画を行うときは、その計画やプログラムが地 域の文化生活に影響を及ぼさないかが最初に検証されます。 3. 家屋やビルを建造する際には、DCAH(建築遺産保全局)の承認が必要で す。当該建造物のデザインが、ブータンの建築様式を損なうものでない かが検証されます。 4. ブータン王国政府やブータン人は実利的かつ観察力が鋭く、外界から入 って来るものに関しては、自国の文化や伝統だけでなく、経済効果も考 慮します。とくに欧米の文化はブータンの若い世代に大きな影響力を持 っており、ブータン特有のものは失われ、欧米的なものばかりが入って きています。急速な発展により、伝統や文化(とくに無形文化遺産)は、 この 1 世代で、あるいは早ければあと数年で失われてしまうおそれもあ ります。 5. 地方の民俗文化がツーリズムからの恩恵を受けられるよう、各村落での エコツアーを企画する方針も打ち立てられています。エコツアーから大 きい利益を得ることができれば、それによって村人たちは、独自の芸術 や工芸に関する知識を推進するための新しい企画を開発できるように なります。 *レポートは英語で提出され、ACCU が英訳しました。 -5-
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