オペラの風景(57) 「魔笛」原作と好色坊主 本文 ザラストラ 「魔笛」には矛盾が多いと言われます。確かに第一幕と第ニ幕も間に「断 層」があります。わけが色々な話の継ぎはぎだからでしょう、確かに原作 といえるものが、二つわかっています。それらを紹介しながら、登場人物 が「魔笛」のそれを連想させる場合は( )内に示します。 第一の原作はリーベスキント=ヴィーランッドの「ルル、あるいは魔笛 (1787 年)」です。 コラサーン王国の都メールからほど遠からぬ森に、ほかに比べるものもな いほど古いお城がたっていました。伝説によるとこの王国をつくった昔々 の王様ジャムシットが、魔法で立てたということでした。その王様が亡く なってからというもの、このお城には住む人がなくなりました。後継者が 一人として城内を徘徊する精霊たちを制圧できなかったからです。 このお城に何年か前から女の妖精が住んでいました。妖精はどんな姿にも なれました。だが一番のお気にいりは、晴れた日のお日様よりも明るく、 輝きに満ちた姿になることでした。みなは彼女のことを光輝く妖精とよび ました。 (夜の女王) 都メールの宮廷の人人は、こうした話をあまり信用していませんでしたが、 臆病な王様がその長い治世の間に一度だけこの森の中に狩にでかけまし たが、このことはだれひとり思いだすことができません。 その王様にルルという名の王子がいました。(タミーナ) ある日王子は狩にでました。トラがガゼルを追い回す場面に遭遇し、その 有様を追っているうちに、家来達と離れてしまいました。気がついてみる と、妖精のお城からほど遠からぬ場所にきていました。ひきかえそうとし たとき、魔法のお城の扉があいて光の姿の妖精が現れました。その衣装は、 晴れた日の雪より白く、まばゆい鏡のようにきらめいていました。ルルは 光が目に入る寸前に手で目をおおいました。「立ちなさい、息子よ!怖が らずに目をあけなさい。お前のような者には私の光は害ではありません。 私のいうことを聞いてくれれば、妖精ペリフィリーメの国に迷いこんだこ とを後悔せずにすむでしょう。 」妖精は母と知人だったなどと話しながら、 二人は魔法のお城に向って歩きました。 「私がお前に望む任務には強さも 賢さも必要ではない。なぜなら私の強大な敵にむかって力で対抗しても無 駄だからだ。 」 「ここから遠くないところにある、小高い岩の上に住む魔法 使い(ザラストロ)が、何年も前に私の大事な宝物をうばっていってしま った。「お前は取り返す条件をみなもっている。相手の魔法使いは賢い術 策は使えるが明敏ではない。あれほど意地悪になり、用心深くなれたのは 無理矢理につかまえた娘(女王と無関係)を愛しているからだ。お前がこ のまま行ったのでは彼は絶対信用しない。だからこの笛をもっていきなさ い。この笛の響きは聞く者に愛情をよび起こす力を持っている。相手をた かぶらせるのも鎮めるのも思いのままだ。 」 この話は、手元の資料では、ここまでです。 第一幕「夜の女王」 「魔笛」との大事な違いがあります。笛の役目に注意して下さい。 「魔笛」 では笛は聞く者を愉快にする、だけでしたが、 「ルル」の笛は愛情をおこ し、興奮させたり、鎮めたり、と音楽的な可能性が多様です。 妖精は若者に笛の他にダイアモンドを与えます。ダイアモンドは「まわす だけで、どんな姿にも、変身でき、万一のときに投げ出すと、空飛ぶ使い となり私に救援がもとめられる」という魔法の品です。 二人の話は空を飛ぶ車の中で行なわれ、秘密が漏れるのを恐れています。 第二の原作はマルティン・ウィーランドが書いた「賢い童子たち」(1789 年)という童話です。好色で横暴なアジアの王ゾフラが家来のザラモアか ら恋人アリーデを奪い、愛を強要します。 ザラモアはアリーデを取り返す知恵者を捜し、3人の聡明な童子がいるの を知り、彼らを訪ねました。3 人の聡明な童子は、ザラモアが暴君に対処 する方法をたずねたところ、 「何がおこっても確固とし」 「ゆうゆうと忍耐 強く」「一言もしゃべらないこと」の三つを教えます。これを守ってゾフ ラを訪ねますと、出会った途端に、ゾフラはザラモアを捉え、瀕死の重傷 を負わせます。そこへ、白く輝く雲にのった 3 人の賢い童子が現れ、ザラ モアと恋人アリーデの上をただよいました。すると痛めつけられたザラモ アの体に元気がもどり、王の首をはねることが出来ました。この事件は王 の理不尽な行為を皆に気づかせ、物事が自然に流れることの大事さを、感 じさせました。ザラモアは王となり、アリーデが妃になり、3 人の童子は 祝福にきて、雲にのって故国に帰りました。 3 人の聡明な王子は「魔笛」の 3 人の少年を連想させます。両者とも同じ (「沈黙」「信念」「忍耐」)の言葉をいいます。前者(賢い童子)は自分が理 念です。しかも「3 人の童子」の忠告「沈黙、信念、忍耐」の実行と、ザ ラストラの「沈黙、火の恐怖、水の恐怖」の克服は似ています。 「魔笛」の台本の重要な項目を更に列挙して、原作の「童話」と照合して みます。 1)出会いが動物に関係しています。王子が山の中で蛇にまけ、3 人の女 性に助けられるのが切掛けで、女王とあいます。「ルル」ではトラがガセ ルを追っているのを見ていて道に迷い、輝く妖精にであいます。開幕が動 物くるみの出来事は話の進行の類似性を暗示します。 2) 「魔笛」では夜の女王の娘が捕まっていますし、第二の原作「ルル」 も恋人アリーデが捕まっています。 3) 「魔笛」では [女性を釈放せよ]という母と当人の要求をザラストラは 色々理由をつけて拒否します。これは第二の原作「ゾフラ」と同じです。 4) 「魔笛」で3童子が出てくるのは「賢い童子」と同じですが、原作「賢 い童子」たちでは彼らの言う教義が成果に結びつきますが、 「魔笛」では 恋人たちの行動を助けるだけです。 5)暴君が暴力で女性を奪うという例は、第一の原作「ルル」でも、第二 の原作「賢い童子」も起こっており、「魔笛」のザラストラも理屈はつい ていても、同じです。 6) 「魔笛」と「賢い童子」の大きな違いは、幽閉中のパミーナに恋人が 出来たことです。幽閉前は恋はなかたのです。 第ニ幕宮 殿 以上比べてみると、「魔笛」の大筋は 2 つの原作からほぼ、取られていま す。 (6)だけ、存外指摘されていない違いです。幽閉中のパミーナに恋 人ができたのです。いわばお互い「未だ見ぬ恋」という今は考えられない 事件で、タミーナと相思相愛になったことです。ザラストラは既に情報を えていました。前回、取り上げた第一幕最終場面の台詞 「お前は他の男を愛している。愛を強いようとは思はない。 」 が生まれたのです。これが大変身のきっかけを作り、ザラストラは好色坊 主で終わらなかったのか、なお疑いが残ります。この台詞は単なる方便だ ったにすぎないかもしれます。 これは次回に取り上げます。
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