症例に学ぶ 医師が処方を決めるまで 1脂質異常症 講師●高橋昭光、 島野 仁 筑波大学大学院人間総合科学研究科内分泌代謝・糖尿病内科 3つの病態を見極め薬剤を選択 新たな指標に「non HDL-C」 脂質異常症の治療薬には、主に LDL コレステロールを低下させるものと、 中性脂肪を低下させるものとがあり、患者の病態や管理目標値などに合わせて選択する。 脂質異常症の基礎と臨床の研究に携わる高橋氏らに、処方の実際について解説してもらった。 脂質異常症は、血液中の脂質が過剰または不足して ②低 HDL-C 血症( HDL-C < 40mg/dL )③高 TG 血症 いる状態を指し、心筋梗塞や狭心症、脳梗塞といった ( TG ≧ 150mg/dL )─の 3 つの病態に分けられる。 動脈硬化性疾患の危険因子である。 治療の原則として、食事や運動といった生活習慣の 脂質には、LDL コレステロール( LDL-C ) 、HDL コ 改善からスタートし、その上で改善が見られない場合 レステロール( HDL-C ) 、中性脂肪( TG )などがあり、 に、薬物療法を開始する。 脂質異常症は①高 LDL-C 血症( LDL-C ≧ 140mg/dL ) 脂質異常症の治療薬は、①主にコレステロール低下 表1 ●脂質異常症治療薬の分類(カッコ内は主な商品名) 作用 主にLDLコレステロールを 低下 種類 作用機序 陰イオン交換樹脂製剤 コレスチミド(コレバイン) コレスチラミン(クエストラン) 胆汁中のステロールを吸着し、糞便へ排泄 腸コレステロール輸送蛋白阻害薬 エゼチミブ(ゼチーア) 腸コレステロール輸送蛋白(NPC-1L1)を阻害し、小腸における コレステロール吸収を阻害 HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン) プラバスタチンナトリウム(メバロチン他) シンバスタチン(リポバス他) フルバスタチンナトリウム(ローコール他) アトルバスタチンカルシウム(リピトール) ピタバスタチンカルシウム(リバロ) ロスバスタチンカルシウム(クレストール) 主として肝臓におけるコレステロール合成を阻害し、肝細胞内 のコレステロール量を減少させ、血中のコレステロール除去を 促進させる プロブコール プロブコール(シンレスタール、ロレルコ他) 主に中性脂肪を低下 コレステロールの胆汁酸への変換を促進 フィブラート製剤 フェノフィブラート(トライコア、リピディル他) ベザフィブラート(ベザトールSR、ベザリップ)など 転写因子 PPARαを活性化させ脂質合成酵素を抑制、排泄を 促進。リポ蛋白リパーゼ(LPL)の増加 ニコチン酸製剤 トコフェロールニコチン酸エステル(ユベラN 他) ニセリトロール(ペリシット) ニコモール(アトミラート、コトモール、コレキサミン) 末梢脂肪組織の脂肪分解抑制。LPLの活性化 EPA製剤 イコサペント酸エチル(エパデール他) 転写因子 SREBP-1 の抑制による脂質合成抑制。抗炎症作 用による動脈硬化進展防止 その他 デキストラン硫酸ナトリウム(MDSコーワ) LPLの活性化 8 日経 DI クイズ 13 医師が処方を決めるまで ■ 脂質異常症 をターゲットとしたもの② TG 低下をターゲットした ていなかったが、ひとまず高 LDL-C 血症に対するエビ もの─に分けられる(表 1 ) 。 デンスが確立しているリピトール(一般名アトルバス 日本動脈硬化学会による『動脈硬化性疾患予防ガイ タチンカルシウム)を少量から投与することにした。 ドライン 2007 』では、脂質管理目標値( 10 ページ表 2 ) 症例1● 糖尿病を合併し高 LDL-C 血症が顕著な 58 歳男性 を示しており、検査値を参照しつつ薬剤を選択する。 本稿では、脂質異常症の治療について、症例を提示 〈初診時の処方箋〉 しながら処方までの流れを解説する。 リピトール 5mg 錠 1錠 1日1回 朝食後 28日分 家族性高コレステロール血症はスタチン主体で管理 *脂質異常症に関する処方のみ掲載。以下同じ 最初に紹介するのは、体質や遺伝子異常に基づいて 発症する家族性高コレステロール血症の症例である。 患者は 5 8 歳の男性。5 年前に会社の健診で糖尿病 ちなみに、高 LDL-C 血症の原因として、甲状腺機能 を指摘され、近所の内科診療所で食事療法を受けて 低下症も考えられる。その場合、スタチンを投与する いたが、ここ 1 年は通院していない。今年の健診で高 と横紋筋融解症が現れやすいが、初診時には否定でき LDL-C 血症を指摘され、紹介受診となった。 ていなかったため、少量から投与した。 初診時の所見では、総コレステロールは 2 8 8 m g / 1 カ月後、LDL-C は 187mg/dL と改善は認めたが、 dL 、LDL-C(直接測定法)は 231.0mg/dL 、HDL-C は 目標値までは下がらなかった。なお、この時点で甲状 28.7mg/dL 、TG は 170mg/dL だった。 腺機能異常はないことが確認できた。 また、体格指数( BMI )は 22.1(標準値は 22 )で肥満 家族性高コレステロール血症では、アキレス腱部の ではないが、空腹時血糖は 139mg/dL 、HbA1c( JDS 肥厚が認められることが多い。本例も、左右ともに約 値)は 7.8 %で、糖尿病である。 13mm と肥厚しており、腱黄色腫を認めた。 10 ページ表 2 に当てはめると、この患者は糖尿病を 家族歴は不明であったが、総コレステロール≧ 合併しているので、1 次予防のⅢ(高リスク群)に該 260mg/dL で、腱黄色腫を認めたため、診断基準によ 当する。従って脂質管理目標値は、LDL-C < 120mg/ り家族性高コレステロール血症と考え、LDL-C の管理 dL 、HDL-C ≧ 40mg/dL 、TG < 150mg/dL となる。 目標値として 100mg/dL 未満を目指すこととした。 LDL-C は、直接測定法による値では精度が不十分と 1 カ月後にはリピトールを 1 0 m g / 日、2 カ月後に され、最近ではフリードワルドの式( F 式:12 ページ は 2 0 m g / 日まで漸増したが、効果が不十分なため、 用語解説①参照)を使うよう動脈硬化学会で推奨され HDL-C 増加作用を持ち、LDL-C 低下作用が現在最も ている。F 式で計算した LDL-C は、225.3mg/dL だっ 強いと考えられているクレストール(ロスバスタチン) た。 に切り替えた。 また、動脈硬化への影響を包括的に反映するといわ 症例1の続き れている、non HDL-C( 12 ページ用語解説②参照)は 〈 3カ月後の処方箋〉 259.3mg/dL で、参考目標値の 150mg/dL を大きく上 クレストール 5mg 錠 4 錠 回っていた。 1日2回 朝夕食後 28日分 この患者は高 LDL-C 血症、低 HDL-C 血症、高 TG 血症の 3 つを合併しており、うち LDL-C が突出して高 い。HDL-C の低さも問題である。 スタチン増量後にエゼチミブ併用 脂質異常症には、生活習慣による原因がなく発症す 初診時から 4 カ月後には LDL-C は 165mg/dL と改善 る、家族性高コレステロール血症がある。 を認めたものの、さらなる LDL-C 低下が必要と判断 当初、家族性高コレステロール血症の診断は確定し し、ゼチーア(エゼチミブ)を追加した。 9 日経 DI クイズ 13 Q 1 UIZ 百日咳患者の家族に抗菌薬が出された理由 30 歳の女性Aさんと、娘のFちゃん( 4カ月)が、 総合病院の呼吸器科を受診後、薬局を訪れました。病状を確認したところ、 Aさんは2人分の処方箋を差し出しながら、次のように話しました。 2カ月間出張していた主人が昨日戻ってきた のですが、 「1カ月以上もかぜが治らず、咳が 続いている」と言うので、病院を受診するよう 勧めたら、百日咳でした。そこの先生から、私と 子どもも診察を受けるよう言われたので、今、 病院に行ってきました。 「感染のリスクがあるため 薬を処方するので必ず飲むように」と強く 言われました。私たちは何も症状がないのですが、 それでも薬を飲まなければいけないのでしょうか。 あと、この子と私に違う名前の薬が出ていて、 飲む日数も違うのはなぜでしょうか。 A さ ん の 処 方 箋 エリスロシン錠 200mg 8 錠 1日4回 毎食後・就寝前 14日分 F ち ゃ ん の 処 方 箋 クラリスドライシロップ小児用10% 0.9g(製剤量として) 1日2回 朝夕 7日分 ※Fちゃんの体重は6kgである。 Q1 Aさん、Fちゃん、Aさんの夫が、 抗菌薬を服用する目的の組み合わせとして適切なものはどれか。 1 2 Q2 3 Aさん、Fちゃんは「曝露後の発症予防」 、Aさんの夫は「他者への感染防止」 Aさん、Fちゃんは「他者への感染防止」 、夫は「症状の軽減」 Aさん、Fちゃんは「曝露後の発症予防」 、夫は「症状の軽減」 百日咳を発症すると重症化するリスクが高いとされる人は、以下のうちどれか。 1 3 1歳未満の乳児 成人 2 三種混合(ジフテリア・百日咳・破傷風)ワクチン既接種の小児 41 日経 DI クイズ 13 Quiz 1 の答 A1 A2 出題と解答 ● 鈴木 光(株式会社南山堂) カタル期( 1 ∼ 2 週間)、発作性の咳 き込みや吸気性笛音を認める痙咳期 Aさん、Fちゃんは「曝露後の発症予防」 、 Aさんの夫は「他者への感染防止」 1 ( 3 ∼ 6 週間)と回復期( 6 週以後)に 分けられる。百日咳の特有な咳が出 る前のカタル期に抗菌薬を投与すれ 1 ば、咳症状の軽症化は可能とされる 1歳未満の乳児 が、痙咳期以降では抗菌薬を投与し ても症状の軽減は期待できない。し 百日咳は、かつては小児のコモン しているが、これは保険上の制約の かし、排菌は続いているので、この ディジーズだったが、三種混合(ジ ため、医師が成人の百日咳に適応の 時期の抗菌薬の投与は菌を駆逐し周 フテリア・百日咳・破傷風)ワクチ あるエリスロマイシンを選択したた 囲への感染を防ぐため重要である。 ンが普及し、報告数は激減した。 めである。クラリスロマイシンは 7 A さんの夫は 1 カ月以上も咳が続い 三種混合ワクチンは、生後 90 カ 日間、エリスロマイシンは 14 日間 た後に受診しているため、痙咳期以 月までに複数回接種するが、ワクチ 投与であるため、服用期間が母と娘 降の受診だったと考えられる。 ンの効果は最後の接種から 5 ∼ 10 年 で異なっている。 で減弱するため、近年、相対的に成 典型的な百日咳の経過は、鼻汁、 人での感染報告例が増加している。 咳、発熱などの上気道症状を呈する 参考文献 1 )Recommended Antimicrobial Agents for Treatment and Postexposure Prophylaxis of Pertussis:2005 CDC Guidelines 成人が百日咳に罹患すると、軽度 な咳が長期間持続するが、小児ほど 激しい症状ではない。そのため、受 診や診断に至らない場合も多く、ワ クチン未接種の乳幼児への感染源に なることが問題視されている。 特に百日咳に免疫のない家族内接 触者への感染率は、8 割以上にのぼ る。そのため、A さんや F ちゃんの ような濃厚接触者には、発症した場 合のリスクと内服によるリスク(副 表 1 ●百日咳患者および濃厚接触者の発症予防に対する抗菌薬療法(文献 1 を一部改変) 年齢 薬剤 推奨薬 10mg/kg/日 1日1回、5日間 1ヵ月 未満 1∼ 5ヵ月 6ヵ月 以上 成人 アジスロマイシン* 10mg/kg/日 1日1回、5日間 1日目:10mg/kg/日、1日1回 2∼ 5日目:5mg/kg/日 (最大 500mg ) 、1日1回 1日目:500mg/日、1日1回 2∼5日目:250mg/日、1日1回 エリスロマイシン 幽門狭窄症との関連があるた め、アジスロマイシンが使用不 可のときのみ。40 ∼ 50mg/ kg/日、1日4回、14日間 40 ∼ 50mg/kg/日 1日4回、14日間 クラリスロマイシン** 安全 性が 証明されて いないため推奨できず 15mg/kg/日 1日2回、7日間 15mg/kg/日 40 ∼ 50mg/kg/日(最大 2g ) (最大1g ) 1日4回、14日間 1日2回、7日間 2g/日 1g/日 1日4回、14日間 1日2回、7日間 *アジスロマイシンは日本では百日咳菌への適応がない。**クラリスロマイシンは日本では小児用製剤のみ適応あり。 作用など)を勘案し、曝露後予防を 検討する。曝露後予防の内容と、百 日咳の発症患者への治療内容は同じ であり、ともにマクロライド系抗菌 薬が第 1 選択として投与される。 米疾病対策センター( CDC )は、 表 1 の投与法を推奨しており、日本 で薬剤を選択する際の参考になる。 CDC では、1 歳未満の乳児が百日咳 こんな 服薬指導を 百日咳は感染力が強い病気で、ご家族にうつるリスク が非常に高く、特に F ちゃんのような 1 歳未満の子ども では症状が重くなりやすいと言われています。そのため、先生は仮に 百日咳菌がうつっても、症状が出る前に治すため、菌を殺すお薬を飲 むように指示されたのでしょう。F ちゃんに 出されたクラリスは、7 日間飲むお薬ですが、 保険の都合上、大人の百日咳には投与しない 場合があります。そのため A さんには 14 日間 に感染すると重症化のリスクが高い 飲むエリスロシンが代わりに処方されていま ため、予防内服を強く推奨している。 す。お二人の服用するお薬と日数が違うのは A さんは、処方された薬剤や服用 このためですので、安心してお飲みください。 期間が F ちゃんと異なることを心配 42 日経 DI クイズ 13
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