4 カイラル対称性とその自発的破れ

59
4
カイラル対称性とその自発的破れ
クォークには6種類のフレーヴァーがあるが、その質量は数 MeV から 200GeV
付近までの5桁にわたっている。この中で、c, b, t は (59) 式で与えられる QCD の
スケール変数 Λ に比べて十分に大きいため、QCD のダイナミクスには直接結合し
ない非常に重いクォークとして取り扱って良い。前章の格子 QCD でのウィルソン
ループの計算では、クォークを静止したカラーのソースと見なしたが、この近似
は c, b, t クォークに該当するとして良い。
一方、u, d, s クォークは質量が小さく、QCD のダイナミクスに重要な役割を
果たす。特に真空中でのクォーク凝縮は軽いクォークに数 100MeV の有効質量を
与え、ハドロンの質量の源となる重要な役割を果たしている。この章では、軽い
クォークのダイナミクスをカイラル対称性の側面から考察して、その役割を学ぶ。
4.1
カイラリティの保存
まず、簡単のため、クォークのフレーヴァーを1種類に限定して考察する。Dirac
方程式に従うクォークの場(波動関数)ψ(x) は4成分の独立な自由度を持つが、
これを次の様に γ5 の固有状態を用いて2つの部分にわける。
ψ(x) = ψR (x) + ψL (x)
(88)
ψR/L (x) ≡ PR/L ψ(x) =
1 ± γ5
ψ(x)
2
γ5 ψR/L (x) = ±ψR/L (x)
1 ± γ5
PR/L ≡
2
2
PR/L = PR/L PR PL = 0 PR + PL = I4
(89)
(90)
ここで、(γ5 )2 = I4 だからその固有値は ±1 をとる。この固有値をカイラリティ
(chirality) と呼び、カイラリティが正の成分を Right、負の成分を Left と呼ぶ。PR/L
はそれぞれの自由度への射影演算子で、最後の行の関係式は、R と L の成分が直
交していることを表している。
カイラリティの固有状態と、運動方程式の解とは必ずしも一致しない。ディラッ
ク方程式の解とカイラリティの固有状態の関係を調べるために、ユニタリ変換に
より γ5 を対角化する基底に変換する。この変換は (4 × 4) 行列を (2 × 2) の小行列
で表す表示で、
Ã
U =
I2
I2
I2
−I2
I2
02
02
−I2
!
(91)
で与えられ、変換後のガンマ行列は
Ã
γ5 =
!
60
Ã
!
02 I2
γ =
I2 02
Ã
!
02 −~σ
~γ =
(92)
~σ 02
√
となる。この表示で23 、エネルギー E = m2 + p
~2 と運動量 p~ を持つ平面波のディ
ラック方程式は
0
Ã
−mI2
EI2 + ~σ · p~
EI2 − ~σ · p~
−mI2
!Ã
ψR (x)
ψL (x)
!
=0
(93)
で与えられる。質量 m を 0 にすると E = |~
p| で、この方程式は
~σ · p~
ψR/L (x) = ±ψR/L (x)
|~p|
(94)
と書ける。左辺の演算子は運動量方向のスピンの成分(の2倍)で、ヘリシティ
(helicity) と呼ばれる物理量である。ディラック方程式の平面波解は質量mが 0 で
ない場合でもヘリシティの固有状態で、自由粒子でのヘリシティ保存を表す。式
(94) は、質量 m = 0 では、カイラリティの固有状態とハミルトニアンの固有状態
が一致し、さらに、カイラリティの固有値が、平面波のヘリシティの2倍と一致す
ることを示す。こうして、質量が 0 の自由ディラック粒子解は一定のカイラリティ
を持つ、すなわちカイラリティを保存することが解った。このカイラリティの保
存は次節でみるように、カイラル変換 (chiral transform) と呼ばれる変換に対する
不変性の結果であり、カイラル不変性 (chiral invariance) と呼ばれる。
クォークの双一次形式24 のカイラリティに関する性質を調べておこう。γ µ と γ 5
の反交換関係を思い出して、
γ µ PR/L = PL/R γ µ
σ µν PR/L = PR/L σ µν
(95)
であることを用いると、ψ̄ はのカイラリティは
†
ψ̄R/L = ψR/L
γ 0 = ψ † PR/L γ 0 = ψ † γ 0 PL/R = ψ̄ PL/R
(96)
23
カイラル表示あるいはワイル表示と呼ばれるこの表示では、ψR/L はそれぞれ下(上)2成分
は 0 であるから、実質2成分のスピノルとなっている。したがって、同じ記号で、ψ の上の2成分
を ψR 、下の2成分を ψL と表して、
µ
¶
ψR (x)
ψ(x) =
ψL (x)
と書くことにする。
24
相対論的共変な双一次形式の一般形は ψ̄1 Γψ2 で、Γ = I4 , γ5 , γ µ , γ µ γ5 , σ µν の16個が独立と
なる。
61
から解る通り、逆の射影演算子がかかる形になっている。したがって、
ψ̄1 ψ2 = (ψ̄1R + ψ̄1L )(ψ2R + ψ2L ) = ψ̄1L ψ2R + ψ̄1R ψ2L
(97)
ψ̄1 γ 5 ψ2 = (ψ̄1R + ψ̄1L )γ 5 (ψ2R + ψ2L ) = ψ̄1L ψ2R − ψ̄1R ψ2L
(98)
を得る。ここで、PR PL = 0 などの直交性と、ψR/L が γ 5 の固有値 ±1 の固有状態
であることを用いた。この様に、スカラーおよび擬スカラーの双一次形式は Right
を Left に、Left を Right に変換する演算子に対応することが解る。
その他の双一次形式は、再び式 (95) を用いて、
Ã
ψ̄1
!
γµ
ψ2 = ψ̄1R γ µ ψ2R ± ψ̄1L γ µ ψ2L
γµγ5
ψ̄1 σ µν ψ2 = ψ̄1L σ µν ψ2R + ψ̄1R σ µν ψ2L
(99)
(100)
を得る。
これらの関係式は、クォークの相互作用がカイラリティを保存するかどうかを
判定する上で重要である。すなわち、グルーオンとのゲージ結合は、
(スピノルの
µ
部分だけを書くと)g ψ̄γ ψ Aµ と表されるので、カイラリティを保存する。一方、
クォークの質量は、相互作用の形で表すと(あるいはラグランジアンの質量項は)
−mψ̄ψ と書けるので、m 6= 0 ではカイラリティを保存しないことが解る。これは、
式 (93) で、m 6= 0 では ψR と ψL が結合していて、解が線形結合となることからも
解る。
問 13 式 (100) を確かめよ。
4.2
カイラル変換
前節で導入したカイラリティは、クォークに対するカイラル変換(軸性変換)に
対する不変性に関係する物理量である。カイラル変換は
ψ(x) → eiγ
5 α/2
ψ(x) ∼ (1 + iγ 5
α
+ . . .)ψ(x)
2
(101)
と定義する。25 この変換は、ψ にたいする α で表される角度の位相変換と解釈でき
るが、γ 5 があるために、ψ の ψR と ψL のそれぞれの成分に逆符号の位相変換をす
ることに対応している。すなわち
ψR (x) → eiα/2 ψR (x)
ψL (x) → e−iα/2 ψL (x)
ψ̄R (x) → ψ̄R e−iα/2
ψ̄L (x) → ψ̄L eiα/2
25
(102)
ここでは1フレーヴァーの U(1) カイラル対称性を考えている。次節で QCD の場合の SU(N)
カイラル変換を導入する。
62
と変換されることが解る。すなわち、双一次形式では、ψ̄R . . . ψR あるいは ψ̄L . . . ψL
の組み合わせに対しては位相変換がちょうどキャンセルして、不変になっている
(省略して「カイラル不変」とよぶ)が、ψ̄R . . . ψL の等の組み合わせは、カイラル
不変でないことが解る。その結果、式 (101) 変換の元で、ψ̄(x)γ µ ψ(x) は不変だが、
ψ̄(x)ψ(x) は不変でないことが解った。
ここで、カイラル変換がいわゆる大局的 (global) 変換であることを注意しておこ
う。すなわち、位相回転のパラメータ α は x によらない大局的パラメータで、ゲー
ジ変換の様に時空の各点で異なる変換を行うものではない。したがって、クォー
クの運動エネルギーを表す項
ψ̄(x)iγ µ ∂µ ψ(x)
も、カイラル不変である。すなわち、質量が 0 であれば、クォークの自由粒子は
カイラル不変性を保ち、また γ µ を介するゲージ結合はカイラル不変性を壊さない
が、質量項はカイラル不変でないことが結論される。
問 14 カイラル変換、式 (101) のもとで、ψ̄(x)ψ(x) がどのように変換されるかを位
相角 α で展開して1次までで求めよ。
4.3
ネータの定理とカイラル電荷の保存
ネータ (Noether) の定理: 一般にラグランジアンが連続変換に対して不変であ
れば、この変換に対応する保存4次元流が存在する。
一般の証明は他に譲り、カイラル変換の場合にこの定理が正しいことを示すこ
とにする。ラグランジアンを
L(x) = ψ̄(x)iγ µ ∂µ ψ(x) − mψ̄(x)ψ(x)
(103)
ととる。
(とりあえず質量項も入れておく。)この L に対して、カイラル変換 (101)
を行う。ここでは、保存流を求めるために Gell-Mann および Levi による方法にし
たがうこととし、α = α(x) と x に依存する変換を考える。その場合、変換結果は
1
δL = − ∂µ α ψ̄(x)γ µ γ 5 ψ(x) − imαψ̄(x)γ 5 ψ(x)
2
1
= − ∂µ αJ µ − α∆
2
µ
J = ψ̄(x)γ µ γ 5 ψ(x)
∆ = imψ̄(x)γ 5 ψ(x)
(104)
で与えられる。大局的変換の場合 α は定数であるから、δL = −α∆ となるが、さ
らに m = 0 の場合には ∆ はゼロとなり、ラグランジアンがカイラル変換に対して
不変であることを示している。
63
ψ(x) が運動方程式の解であることを用いると、ψ(x) は変分原理により EulerLagrange 方程式を満たすが、α(x) による ψ(x) の変化は変分の特別な場合に当っ
ている。したがって、α(x) 変換にたいしても、変分の極値を与えなければならな
いので、
Ã
!
∂L
∂L
∂µ
=
∂(∂µ α)
∂α
を満たすはずである。これを上の変換結果、式 (104) に適応すると、∂µ J µ = ∆ を
意味するから、
³
´
∂µ ψ̄(x)γ µ γ 5 ψ(x) = 2imψ̄(x)γ 5 ψ(x)
(105)
を得る。この式は m = 0 とすると、軸性ベクトル流 (axialvector current) の保存
則を表わす。26
上の様に、軸性ベクトル流の保存則がカイラル変換不変性から導かれたが、同
様の保存則は、ψ に対する通常の位相変換 (γ 5 のつかないもの)に関しても当然成
り立つ。その場合はベクトル流の保存則を与えることはすぐに解る。すなわち、
³
´
∂µ ψ̄(x)γ µ ψ(x) = 0
(106)
この保存則は質量が m 6= 0 でも成り立つ。
m = 0 として、2つの保存則の意味を考えてみよう。m = 0 の場合には、式
(106) と (105) の和と差をとると、式 (100) から Right と Left の流れが独立に保存
することが明らかになる。すなわち、
³
´
³
´
∂µ ψ̄R (x)γ µ ψR (x) = 0
∂µ ψ̄L (x)γ µ ψL (x) = 0
(107)
が成り立つ。それぞれの4次元流保存則における保存する「電荷」は時間成分の
空間積分で与えられる量で、
Z
QR/L ≡
†
d3~xψR/L
(x)ψR/L (x)
(108)
であるが、これはカイラリティが R または L のクォークの個数であることが容易
に解る。すなわち、2つの保存則からはカイラリティR と L のクォークの個数が
不変であることが結論されるから、これはカイラリティの保存を意味することに
なる。
ベクトル流に対応する「電荷」は QV = QR + QL でクォークの総数を表わし、
軸性ベクトル流の「電荷」は QA = QR − QL で差に対応する。クォークの質量が
0 でない場合は、ベクトル流だけが保存するので、クォークの総数は不変だが、R
とLは相互に変動して、それぞれは保存量にならない。
26
カレントの保存則を証明するには運動方程式(ここでは、Euler-Lagrange 方程式)が必要であ
ることを強調しておく。
64
4.4
QCD のカイラル対称性
カイラル対称性は質量が 0 のディラック場に対して厳密に成り立つが、QCD に
おける現実のクォークは Nf (= 2 または 3) 個が十分に軽いため、これらについて、
近似的にカイラル対称性を考える。軽いクォークの部分 (Nf = 3) に対する QCD
のラグランジアンを
1
L = − Tr [Gµν (x)Gµν (x)] + q̄(x)(iγ µ Dµ − M )q(x)
2


u(x)


q(x) ≡  d(x) 
s(x)
M ≡ diag(mu , md , ms )
(109)
と書ける。M は質量行列 (diag は対角行列を意味する) である。
(すべての)クォー
クの質量が 0 (M = 0) の極限では、それぞれのフレーヴァーのクォークについて
R と L が独立で、これらを混ぜる項がないことが解る。この極限をカイラル極限
とよぶ。
前節で考察したカイラル変換は R と L に対する独立な位相変換だったが、2個
以上のフレーヴァーが対象となると、位相変換の代わりにユニタリ変換を考えるこ
とができる。すなわち、SU(Nf ) 群の要素である Nf × Nf 行列、U を2種類取り、
qR (x) → UR qR (x)
UR ∈ SUR (Nf )
qL (x) → UL qL (x)
UL ∈ SUL (Nf )
(110)
という変換を考えると、この変換は R と L について独立なフレーヴァー空間での回転
変換を与える。QCD のラグランジアン (109) は、M = 0 とすると SUR (Nf )×SUR (Nf )
変換 (110) に関して不変であることが解る。
この対称性に対応する保存流は
aµ
JR/L
= q̄R/L (x)γ µ
λa
qR/L (x)
2
(111)
で与えられる。ここで、λa は Nf = 2 ならば 2 × 2 のパウリ行列 (a = 1, 2, 3) で、
Nf = 3 ならば、3 × 3 の Gell-Mann 行列 (a = 1 . . . 8) を表わす。カイラル極限で
は、これらの流れはいずれも保存し、その1次結合であるベクトル流と軸性ベク
トル流
λa
q(x)
2
λa
= q̄(x)γ µ γ 5 q(x)
2
V aµ = JRaµ + JLaµ = q̄(x)γ µ
Aaµ = JRaµ − JLaµ
もともに保存する。
(112)
65
M 6= 0 の場合は、軸性ベクトル流 Aaµ は保存則を満たさなくなる。一方、ベク
トル流 V aµ はフレーヴァー対称性に対応し、クォークの質量が同じであれば(すな
わち、M が単位行列に比例すれば)保存則を満たす。それぞれの保存電荷を QaR/L ,
QaV , QaA と表わすことにすると、
Z
QaV
Z
Z
QaA
=
λa
q(x)
2
Z
a
3
µ 5λ
= d ~x q̄(x)γ γ
q(x)
2
d3~x JVa0 =
=
d3~x JAa0
d3~x q̄(x)γ µ
(113)
で与えられる。QaV はフレーヴァー電荷で、そのうち、a = i = 1, 2, 3 は QiV = Ii 、
はアイソスピンの3成分となる。
4.5
カイラル対称性の自発的破れ
クォークの質量が 0 のカイラル極限では、QCD のラグランジアンはカイラル変
換 SUR (Nf )×SUR (Nf ) に対して不変であることを前節で見たが、それは対応する
保存電荷の演算子 QaV と QaA とハミルトニアンが交換することを意味する。27 また、
保存電荷はローレンツスカラーなので、角運動量演算子 J とも交換する。したがっ
て、通常であれば、エネルギー固有状態は一定のベクトルおよび軸性ベクトル電
荷と角運動量をもつ状態で指定されることになる。
[QaV , H] = 0
[QaA , H] = 0
[QaV , J] = 0
[QaA , J] = 0
(114)
一方、軸性ベクトル電荷の演算子は空間反転(パリティ)の演算子 P と可換で
はない。すなわち、
P QaV P −1 = QaV
P QaA P −1 = −QaA
(115)
そこで、ハドロン状態で質量 m, 角運動量 j, パリティπ をもつ状態が存在すると
して、|m, j, πi と表すとすると、
QaA |m, j, πi
状態は同じエネルギー、角運動量をもち、パリティが反対のハドロン状態に対応
することが解る。このことから、もしカイラル対称性が成り立っていると、すべ
てのハドロンには同じ質量と角運動量で、反対のパリティをもつパリティパート
ナーが存在しなければならないことが結論される。
27
ハミルトニアンが交換する演算子に対応する物理量が時間的に一定で保存することは量子力学
で学んだが、場の理論でもハミルトニアンは時間推進の微小演算子となっているので、同じことが
成り立つ。
66
実際のハドロンのスペクトルを見ると、そのようなパリティ正負ハドロンの縮
退は近似的にも現れていない。たとえば、メソンの基底状態は 0− の擬スカラー
メソンで最も軽いパイオンの質量は 140 MeV 程度だが、対応する 0+ 状態は少な
くとも 500 MeV 以下には存在しない。バリオンの最低質量状態は核子 (1/2+ ) で
940 MeV だが、これまでに見つかっている最低質量の 1/2− バリオンは N ∗ (1535)
で 600 MeV の励起エネルギーを持つ。したがって、カイラル対称性から予想され
るパリティ正負ハドロンの縮退は現実とは合わないことが解る。
この困難を解決するために提案されたのが「対称性の自発的破れ」の現象で、
QCD のラグランジアンはほぼカイラル不変であるが、QCD の基底状態がカイラ
ル対称性を破るため、スペクトルには対称性が現れないとする概念である。この
現象は真空が 0 でない軸性ベクトル電荷 QaA をもち、カイラル変換不変でないと考
えることにより実現する。このように、ラグランジアンあるいはハミルトニアン
がもつ対称性を基底状態が壊すことによっておこる自発的対称性の破れは他の物
理現象でもしばしば見られることが知られている。よく挙げられる例は、強磁性
体における回転対称性の破れで、強磁性体が自発磁化を持つと基底状態では内部
磁場が一定方向を向くために、3次元の回転不変性(O(3) 対称性)が破れる。磁
場の軸の回りの回転対称性は保存されるので、この場合は、対称性が O(3) からそ
の部分群の O(2) に縮小されたことになる。この場合を対称性が O(3) から O(2) へ
自発的に破れたと称する。
QCD のカイラル対称性はもともと SU(Nf )L ×SU(Nf )R であったものが、ベクト
ル対称性だけが残る SU(Nf )V に破れることになる。この破れが QCD の真空に与
える影響は次の様にして明らかになる。まず、軸性ベクトル電荷と擬スカラーの
演算子の同時刻交換関係を考える。
Z
a
a
0 5λ
QA (t) ≡
q̄(x)γ γ
q(x) d3~x
(116)
2
λb
φb (x) ≡ q̄(x)γ 5 q(x)
(117)
2
[QaA (t), φb (t, ~x)]ET = δ ab q̄(t, ~x)q(t, ~x)
(118)
自発的対称性の破れは、QCD の基底状態である真空におけるこの演算子の期待値
が 0 にならない場合に起こると考えられる。
h0|[QaA , φb (x)]|0i =δ ab hq̄(x)q(x)i 6= 0
(119)
真空が QaA 電荷を持たない(つまり固有値 0)であれば、式 (119) の左辺が 0 にな
ることは明らかである。このように、q̄q = q̄L qR + q̄R qL 演算子の期待値が 0 でな
いことは、真空がカイラリティを保存しないことも解る。式 (119) の右辺はクォー
ク凝縮と呼ばれ、QCD のカイラル対称性の自発的破れのオーダーパラメータとし
て知られている。QCD 和則と呼ばれる方法でクォーク凝縮の値を決定することが
出来るが、その結果、
X
h
c
ūc (x)uc (x)i ' −(225MeV)3 ∼ −Λ3
(120)
67
であることが知られている。c はクォークのカラーを表し、d および s クォークに
ついても同様の凝縮値を与える。28
問 15 式 (118) を証明せよ。
4.6
南部・ゴールドストンの定理
場の理論で連続的な対称性が自発的に破れると、破れた自由度に対応する数の
質量 0 の励起モード(粒子)が現れることが南部とゴールドストンによって示さ
れた。
南部・ゴールドストン定理 :生成子 {Qa ; a = 1 . . . n} を持つリー群 G が与えられ
ていて、そのすべての生成子がハミルトニアン H と交換する
[Qa , H] = 0
(121)
ものとする。H の基底状態 |0i が1つだけ存在して、そのエネルギーを 0 とする。
(1) Qi |0i = 0 を満たす生成子の個数を n0 (< n) とすると、生成子の集合 {Qi ; i =
1 . . . n0 } は G の部分群 G0 の生成子となる。
(2) Qµ |0i 6= 0 である (n − n0 ) 個の生成子が真空に作用して作られる状態を |µi と
すると、|µi(µ = 1, . . . n − n0 ) は1次独立で、
H|µi = 0
(122)
を満たす。すなわち、エネルギーが 0 の励起(ゼロモード)が (n − n0 ) 個存在す
る。29
(3) (n − n0 ) 個のゼロモードの全体は G0 の閉じた表現基底を与える。
この定理の証明は若干技術的なので場の理論の教科書などに譲ることにして、こ
の定理の意味を考える。この定理は、ハミルトニアンが群 G の変換の元で不変で
あると、もしその基底状態が G の部分群 G0 による不変性しか持たない (G0 6= G)
ため、G から G0 へ自発的対称性の破れが起こっていることを想定している。この
時、G と G0 の生成子の個数の差 (n − n0 ) と同数の独立な質量 0 の励起モード(粒
子)が存在することを主張する。この質量 0 の粒子は南部・ゴールドストン粒子
(NG 粒子、あるいは NG ボソン、NG モード)と呼ばれる。
これをカイラル対称性 G=SU(Nf )L ×SU(Nf )R に適用すると、G が G0 =SU(Nf )V
に自発的に破れた結果、n − n0 = (Nf2 − 1) × 2 − (Nf2 − 1) = (Nf2 − 1) 個の NG 粒
¯ ' hūui であることが解るが、ストレ
アイソスピン対称性の破れが極めて小さいことから hddi
ンジクォークは質量が重いため u, d とは異なってきて、hs̄si ' 0.8 × hūui 程度であることが知ら
れている。
29
定理の (2) は厳密には若干の修正を要する。状態 |µi は式 (119) の左辺の2つの演算子の間に
状態の完全系を挟んだ時に生き残る中間状態で定義され、ゼロモードは運動量が 0 の場合にエネル
ギーが 0 である、すなわち質量が 0 の状態を意味する。
28
68
子が存在することを意味する。真空を 0 にしない生成子は QaA で軸性ベクトル電
荷だから、NG 粒子は擬スカラー粒子 (J π = 0− ) となる。Nf = 2 の場合は NG 粒
子は3個で、SU(2) の3次元表現、すなわち I = 1 の擬スカラー粒子でなければ
ならない。QCD の場合、Nf = 2 は u と d クォークのカイラル対称性に対応する
が、これらのクォークは小さいながらも質量が 0 でないため、カイラル対称性は
厳密な対称性ではない。対応して、NG 粒子も質量が 0 にはならず、有限の質量を
持つ。しかし、クォークの質量は 10 MeV 以下であるのに対し、カイラル対称性
の破れは前節でみた通り、Λ ∼ 200 MeV のオーダーであることから、カイラル対
称性の自発的な破れの効果が大きく、NG 粒子も軽い粒子として現れると期待でき
る。実際に擬スカラーメソンのスペクトルを見てみると、最も軽いハドロンであ
る (π + , π 0 , π − ) 中間子が I = 1 の3重項を作っており、他のハドロンと比較しても
格段に小さい質量を持つ。したがって、π が QCD の近似的カイラル対称性の破れ
の結果として生じた NG 粒子であると考えられる。
Nf = 3 の場合は 8 個の NG ボソンが SU(3) の8重項を作ると予想される。s
クォークは質量が 100 MeV 程度あるため、カイラル対称性そのものがあまり良い
対称性とは言えない。したがって、NG ボソンも質量が重くなる。π を含む擬スカ
ラーメソンの8重項 (π.η8 , K, K̄) がそれに当ると考えるのが自然だが、前に見た
通り、SU(3) の破れのために η8 と1重項 η1 との混合も起こっていて、スペクトル
はそれほど簡単ではない。
4.7
O(N) 線形シグマ模型
QCD のカイラル対称性と似た構造をもっているが、比較的単純で内容が分かり
やすい模型として、O(N) シグマ模型がある。ここではそれを紹介して、対称性
の自発的破れの機構と意味を理解する助けとしよう。N 個の中性スカラー場の組
~ ≡ (φ0 , φ1 , . . . φN −1 ) を基本的な場とし、O(N) 変換をこのスカラー場の組を基底
φ
~ は O(N) 変換の元で
とする N 次元空間での回転を表わすものとする。すなわち、φ
N 次元ベクトルとして変換する。ラグランジアンを具体的に
L =
1 ~ µ ~ λ ~2
∂µ φ · ∂ φ − (φ − v 2 )2
2
4
(123)
と取ると、このラグランジアンが O(N) 対称であることは明らかである。ここで、
v は定数である。
v 2 が負ならば、ポテンシャルエネルギー
V ({φα }) ≡
λ ~2
(φ − v 2 )2
4
はすべての φα = 0 で最低値 ((λ/4)(−v 2 )2 ) をとる。この場合は、O(N) 対称性は破
れない。
69
一方、v 2 > 0 ならば、ポテンシャルの最低値は
X
(φα )2 = v 2
(124)
α
を満たす φ の値で実現する。量子的揺らぎを無視した古典的極限では、φ の値が式
(124) を満足する、無限に多くの基底状態が存在することになる。場の理論の真空
としては、そのうちの1点を選ばなくてはならないが、一般性を失わずに
φ0 = v
φi = 0 (i = 1, . . . N − 1)
ととることができる。量子論では、揺らぎがあるため、場の期待値が
h0|φ0 |0i = v
h0|φi |0i = 0
(i = 1, . . . N − 1)
(125)
となるような真空 |0i を取ったことに対応する。
この真空は O(N) 不変ではない。すなわち、O(N) 変換によって、この真空を (124)
を満たす他の「真空」へ回転することができる。しかし、軸 0 の周りの (N-1) 次
元空間での回転に対しては不変であるから、O(N-1) 対称性を持続していることが
解る。したがって、この場合はラグランジアンの持つ O(N) 対称性の一部を真空が
破って O(N-1) 対称性に帰することになる。
O(N) の生成子の個数は N (N − 1)/2 個であるから、南部・ゴールドストンの定
理によれば、この対称性の破れによって
nG − nG0 =
N (N − 1) (N − 1)(N − 2)
−
=N −1
2
2
個のゼロモード、NG ボソンが生じる。これらのモードは変数を
φ0 (x) = v + φ̃0 (x)
と置き換えて、ポテンシャルを書き下すことによって明らかになる。すなわち、
V =
λ 2 2
(4v φ̃0 + O(φ3 ))
4
(126)
√
となるので、新しい φ̃0 粒子は 2λv 2 の質量を持つが、それ以外の φi (i = 1, . . . N −
1) 粒子は2次の項がポテンシャルに現れないため、質量が 0 であることが解る。す
なわち、定理から予想された通り (N-1) 個の NG ボソンが与えられる。これは、式
(124) を満たす (N-1) 次元の空間の1点を選ぶことで O(N) 対称性が破れるが、こ
の (N-1) 次元空間内ではポテンシャルは常に 0 で、その方向への振動に対しては復
元力が働かないことからも直感的に理解出来る。
70
4.8
線型シグマ模型
前節の O(N) シグマ模型は、N = 4 の場合に、QCD の SU(2)R ×SU(2)L と同じ
変換構造をもっている。これは、O(4) と SU(2)×SU(2) が同じ群構造をもってい
ることから来ている30 。この事を用いて、QCD の低エネルギーでの有効理論とし
て、もっとも簡単な線型シグマ模型を考えてみよう。この模型は前節の O(4) 模型
にクォークを結合させて作られるが、ボソンの場はスカラーメソン場 φ0 = q̄q や
~ = q̄γ 5~τ q に対応すると考える。ここで、~τ はクォークのアイソスピン
パイオン場 φ
~ の→はアイソスピン 1 のパイオンの成分を表わす。この
を表わすパウリ行列、φ
模型は、QCD におけるカイラル対称性の破れとその帰結をよく表現している。
クォークに対する SU(2)R ×SU(2)L カイラル変換とボソン場に対する O(4) 変換
の生成子の間には次の関係がある。
SU(2)R ×SU(2)L カイラル変換
[QaL , QbL ] = i²abc QcL
QaL は SU(2)L の生成子
[QaR , QbR ] = i²abc QcR
QaL は SU(2)R の生成子
(127)
QaV および QaA は O(4) の生成子
(128)
O(4) 変換
[QaV , QbV ] = i²abc QcV
[QaV , QbA ] = i²abc QcA
[QaA , QbA ] = i²abc QcV
特に、カイラル変換は
Ã
q(x) → exp iγ
Ã
φ0
~
φ
!
Ã
→
!
τ
5~
2
Ã
·α
~ q(x) ∼ 1 + iγ
cos α
α̂ sin α
−α̂ sin α cos α
!Ã
φ0
~
φ
!
τ
5~
2
Ã
∼
!
·α
~ q(x)
1 α
~
−~
α 1
!Ã
φ0
~
φ
!
(129)
P
で表わされる。これらの変換の元では、 α (φα )2 や q̄γ µ q が不変であることは前
~
節までの考察と同様ですぐに分かる。(ここからは、ボソンの場は φα = (φ0 , φ)
(α = 0, 1, 2, 3) と表わす。)そこで、これらを組み合わせたラグランジアンとして、
h
i
~ 5 q
L = q̄i/
∂ q + g q̄ φ0 + i~τ · φγ
1
λ
+ (∂µ φα )2 − (φ2α − v 2 )2
2
4
(130)
を考えてみよう。第2項を除いては、カイラル対称性を保つことはすぐ確認でき
る。第2項も上の変換式 (129) のもとで、α の1次まででの不変性を確かめること
は容易である。したがって、ラグランジアン (130) がカイラル不変であることが分
かる。
30
SU(3) の時にはこのような簡単な対応関係はない。
71
ネータの定理による保存流は、I = 1 のベクトル流のアイソスピン3成分と同じ
く I = 1 の軸性ベクトル流の3成分があるが、そのうち、保存する軸性ベクトル
流は
~
~
~ µ (x) = q̄(x)γ µ γ 5 ~τ q(x) + φ0 (x)∂ µ φ(x)
A
− ∂ µ φ0 (x)∂ µ φ(x)
2
(131)
問 16 軸性流 (131) が保存することを証明せよ。
4.9
対称性の破れとGT関係式
O(N) シグマ模型にならって、v 2 > 0 の場合は真空が φ0 の期待値 hφ0 i = −v を
持つ31 。したがって、変数を φ̃0 = φ0 + v とおくと、
h
i
~ 5 q
L = q̄i/
∂ q − gv q̄q + g q̄ φ̃0 + i~τ · φγ
λ
1
~ 2 )2
+ (∂µ φ̃α )2 − (φ̃20 − 2v φ̃0 + φ
2
4
(132)
と表わされる。
このラグランジアンから次のことが分かる。
• クォークは質量 M = gv を持つ。
~ の質量が 0 となり、シグマ中間子 φ0 は質量
• パイオン φ
√
2λv を持つ。
• 結合定数 g は、パイオンあるいはシグマ中間子とクォークの結合定数を表
わす。
~ という新しい項が付け加わるが、この項はパ
• 軸性ベクトル流 (131) は −v∂ µ φ
イオンを1個消す演算子を含む。同じ軸性ベクトル流が弱い相互作用の W
ボソンとの結合にも出てくると仮定すると32 、パイオンの弱い相互作用によ
る崩壊、π + → µ+ + ν におけるパイオン側の遷移行列要素を与えることにな
る。この行列要素は一般に
h0|Aµa (0)|π b (pµ )i = ifπ pµ δab
(133)
と表わされ、fπ はパイオンの崩壊定数と呼ばれる。一方、これは軸性ベクト
ル流 (131) を用いると
h0|Aµa (0)|π b (pµ )i = −vh0|∂ µ φa (0)|π b (pµ )iδab = ivpµ δab
(134)
で与えられるので、v = fπ であることが分かる。こうして、真空中での φ0 の
凝縮値は、パイオンの弱崩壊の定数と一致していることが明らかになった。
31
32
後の都合で、v > 0 に取るために、期待値の符号を前節と逆にとる。また量子補正を無視する
これは PCAC (Partially Conserved Axialvector Current) の仮定と呼ばれる。
72
• 上のクォークの質量を与える式と合わせて、
M = gfπ
(135)
が得られたが、この式の右辺はパイオンとクォークの結合とパイオンの崩壊
定数で表わされるパイオンの性質から決まる量で、それらでクォークの質量が
表わされるという画期的な関係式である。これを GT (Goldberger-Treiman)
関係式と呼ぶ。
もともとの GT 関係式は核子の軸性ベクトル流においてパイオンの寄与が主要
部分を占めるとする仮定から証明される関係式である。核子の軸性ベクトル流の
一般形は
´
³
~ µ |N (p)i = ū(p0 ) gA γ µ γ 5 + gP q µ γ 5 ~τ u(p)
hN (p0 )|A
2
(136)
と表わされる。ここで、u(p) は核子の平面波スピノル、q = p0 − p を表わす。gA は
核子の軸性電荷と呼ばれる定数で、gA ∼ 1.2 である。gP の項は誘起擬スカラー項
(induced pseudoscalar) と呼ばれる。
~ µ |N (p)i = 0 を満たさ
軸性ベクトル流の保存則から、この行列要素は qµ hN (p0 )|A
なければならないことがわかり、核子の運動方程式を用いると
gP = −
2MN
gA
q2
(137)
が得られる。この様に、核子の軸性ベクトル流の誘起擬スカラー項が q 2 = 0 で発
散する極を持つことは、同じ量子数を持つ質量 m2 = q 2 = 0 の粒子が存在するた
めであることを南部が示した。したがって、これは質量が 0 の NG ボソンの効果
で、軸性ベクトル流と核子との結合を NG ボソンが媒介するところから生じる。こ
の事を用いると、gP は NG ボソンであるパイオンと核子との結合定数 gπN N とパ
イオンと軸性ベクトル流との結合を表わす fπ により、
gP = −2gπN N fπ
1
q2
(138)
と表わされることが分かり、上の式と比べて、GT 関係式
MN gA = gπN N fπ
(139)
が得られる。この関係式は、核子の質量 MN ∼ 940MeV、結合定数 gπN N ∼ 13、崩
壊定数 fπ ∼ 93 MeV を用いると、非常によく成り立っていて、ハドロンのダイナ
ミクスの背後にカイラル対称な理論があり、対称性が自発的に破れてその結果と
して、質量の小さいパイオンが現れるという描像が正しい事の証拠とされている。
式 (139) で gA = 1 とし、核子の代わりにクォークが直接結合する場合を考える
と、線型シグマ模型の GT 関係式に帰着する。gA = 1 となるのは線型シグマ模型
に特徴的な振舞いである。
73
4.10
対称性のあらわな破れ
線型シグマ模型では、質量が厳密に 0 のクォークから出発して、カイラル対称性
が破れることによって、クォークが有効質量 M = gfπ をもつことが明らかになっ
た。この様にフェルミオンに質量が生じる現象は、一般にカイラル対称性の破れ
に伴う特徴的な現象である。
実際には QCD のラグランジアンではクォークは質量を持つため、カイラル対称
性は厳密な対称性ではない。しかし、u, d クォークの質量は 10 MeV 以下である
が、カイラル対称性の破れによって生じる有効質量は 300 MeV 程度であるから、
圧倒的にカイラル対称性の破れの効果が大きい事が分かる。したがって、カイラル
対称性のラグランジアンにおけるあらわな破れは比較的小さい効果と考えて、近
似的なカイラル対称性に基づいて考える事が出来る。
カイラル対称性のあらわな破れは、NG ボソンであるパイオンにも、他のハドロ
ンと比べて小さいながらも、質量を与える。線型シグマ模型にこの破れを取り入
れて、パイオンに質量を持たせるには、ラグランジアンのメソン部分に対称性を
破る項を付け加えることによって実現する。
LSB = −aφ0 (x)
(140)
この項がカイラル対称性(あるいは O(4))を破る事は明らかであるが、その結果、
軸性ベクトル流の保存則が修正を受け、
~
~ µ (x) = aφ(x)
∂µ A
(141)
この項があると、(量子補正を無視した近似で)ボソン部分のポテンシャルの
~
φ = 0 の部分は
~ = 0) =
V (φ
λ 2
(φ − v 2 )2 + aφ0
4 0
(142)
の極値は
(hφ0 i2 − v 2 )hφ0 i = −
a
λ
(143)
~ 2 項の係数は
を満たす。その時に、ポテンシャルの φ
λ
a
(hφ0 i2 − v 2 ) = −
2
2hφ0 i
(144)
で与えられるため、パイオンの質量は
m2π = −
a
a
=
hφ0 i
fπ
(145)
となる。ここで、LSB は微分を含まないので、軸性ベクトル流は変更を受けず
fπ = −hφ0 i
74
の関係は保たれることを用いた。したがって、a 6= 0 であれば、パイオンが質量を
持つ事が分かる。逆に a を mπ を用いて表わすことにより、
~
~ µ (x) = −m2π fπ2 φ(x)
∂µ A
(146)
を得る。この関係は軸性ベクトル流とパイオン場の間に密接な関係があることを
示していて、PCAC 関係式とも呼ばれている。
4.11
GOR 関係式
パイオンの質量とカイラル対称性のあらわな破れの関係は、QCD ではクォーク
の質量項との関係としてよりはっきり示す事ができる。ここでは証明は省略する
が、Gell-Mann-Oaks-Renner による次の関係式がよく知られている。
fπ2 m2π = −2mq hq̄qi
(147)
¯ とする。
ここで、mq ≡ (mu + md )/2、hq̄qi = hūui = hddi
この関係では、左辺のパイオンの質量と崩壊定数という実験で測定される物理
量と、右辺のラグランジアンの中に現れるクォークの質量とカイラル対称性の自
発的破れに伴うクォーク凝縮という QCD の基本量の関係を与えるものである。カ
イラル対称性のあらわな破れがないカイラル極限の場合でも自発的な対称性の破
れにより 0 でない値をとる、fπ や hq̄qi が、クォーク質量 mq をゼロに近づけた極限
で特異な振舞いをしないと仮定すると、mq と m2π が比例することを表わしている。
この関係式から、観測値 fπ ∼ 93 MeV, mπ ∼ 140 MeV を用いると、クォーク
の質量を mq ∼ 5 MeV と仮定して、
hq̄qi ∼ −(250MeV)3
で与えられる。この値は、格子 QCD や QCD 和則などによるクォーク凝縮の計算
値と良く一致している。