商品先物:日本の投資家にとっての効用* Gary Gorton ペンシルベニア大学ウォートン校/全米経済研究所(NBER) 林 文夫 東京大学/全米経済研究所(NBER) K. Geert Rouwenhorst エール大学経営大学院 作成日:2005 年 10 月 23 日 要約 この論文では,米国商品先物均等加重指数の,日本の投資家から見た特性を研 究する。Gorton and Rouwenhorst (2005)で確認されたドルベースのリターン特性 は,円ベースでも基本的には変わらない。すなわち,商品先物指数の円ベース のリターンは,日本株のリターンに匹敵するばかりでなく,そのボラティリテ ィーは日本株より若干低い。また,日本株のリターンとは殆どゼロの相関にあ り,日本債券とは負の相関にある。 *本稿の完成にあたり,Dimitry Gupalo 氏には研究への助力をいただいたことに,AIG Financial Products および Q-Group には財政的支援をいただいたことに感謝を述べた い。Kelley Kirklin 氏にはリターン計算に関する貴重な示唆を提供してくれたことに, 羽森茂之,和田賢治,家森信善の各氏には日本の文献について適切な指導をいただ いたことに対して,それぞれ感謝を述べたい。 1. はじめに 組織的な商品先物取引の起源は,18 世紀の大阪堂島米相場会所の創設にまで遡ると言 われる。商品先物は,このような長い歴史にもかかわらず,最近まで投資の対象とは みなされなかった。しかし Gorton and Rouwenhorst(2005)は,最近の論文で,米国投 資家がそのポートフォリオに商品先物を加えるべき十分な理由があることを示した。 彼らは 1959 年以降のデータから作成した均等加重指数(Gorton-Rouwenhorst(GR)指 数)を利用して,有担保(証拠金付き)の商品先物から成るポートフォリオが,米国 株に匹敵するリターンをあげながら,そのリターンが株式のリターンと負の相関にあ ることを発見した。商品先物は債券についても同様のリスク分散効果を有していると ともに,インフレ率が予想外に上昇した時は株式や債券を上回るリターンをもたらす。 これらの実証結果を,日本の投資家の立場から検討することが本稿の目的である。特 に,商品先物が,東証時価総額加重株価指数(東証株価指数)や日本債券などの国内 ベンチマークに投資するポートフォリオにとって魅力ある補完的商品であるか否かに 注目する。残念ながら,日本国内で取引される商品先物のリターンに関する長期的デ ータの入手が困難なため,円ベース換算後の上記 GR 指数を商品先物のベンチマーク として利用する。 本稿の結論は,アセット・クラスとしての商品先物の特性に関する米国の研究から得 られた以下の主要な結論が,日本の場合にも成立することである。 1. 商品先物は株式に匹敵するリターンをあげながら,そのボラティリティーは株 より若干低い。 2. 商品先物は伝統的アセットとの組み合わせにより顕著な分散効果をもたらす。 すなわち,商品先物と株式の相関はゼロに近く,債券とは負の相関にある。 3. 商品先物は,株式や債券などの伝統的アセット・クラスよりも優れたインフ レ・ヘッジとなる。 本稿の構成は次のようになる。次節,すなわち第 2 節では,商品先物の基本概念を確 認する。第 3 節では,日本の商品先物市場についての現存の研究と,入手できるデー タについて簡単に説明する。続く第 4 節では,本研究で使用したデータと円ベースの 先物リターンの計算方法について説明する。第 5 節では,円ベースの GR 指数のリタ ーンの分布の結果を報告する。第 6 節では,日本株と日本債券との相関を計算するこ とにより,商品先物指数のポートフォリオ特性について検証する。第 7 節では,イン フレ・ヘッジとしての商品先物について論じる。第 8 節では,景気循環の各局面にお ける商品先物のパフォーマンスを株式および債券のパフォーマンスと比較する。以上 では,GR 指数のリターンを円換算する場合,リターンの証拠金部分(担保)に対して 為替ヘッジをつけないと想定しているが,第 9 節では,その部分に為替ヘッジをつけ た場合の実証結果を示す。最終セクションでは,結論を要約する。 2. 商品先物投資の仕組み 商品先物とは,取引所で締結される契約であり,当事者が将来のある期日にある商品 をある一定量,その契約締結時に合意した価格(先物価格)で購入または売却するも のである。先物契約の締結時には現金の授受が発生しないため,取引開始時の先物契 約の価値はゼロである(先物価格は必ずそうなるように設定される)。 先物契約は,商品の生産者にとっては保険契約のように作用する。例えば,コメ農家 は,収穫時前後に満期となるコメ先物を売却することにより,収穫時点におけるコメ の市場価格に関する不確実性を軽減することができる。言うまでもなく,この取引に 魅力があるか否かは先物価格の水準による。では先物価格を決定する要因は何であろ うか。農家は,コメを先物で売ることを考えるにあたり,収穫時の予想スポット価格 と現在の先物価格を比較する。同様に,コメ先物の購入を考えている投資家は,将来 まで待って現物市場でコメを購入するという選択肢も検討する。したがって,先物価 格には買い手と売り手の将来のスポット価格に対する期待が織り込まれる。コメが将 来豊富に供給されると予想される場合には,コメの先物価格は低下する可能性が高い 一方,将来需要が生産を上回ることが予想される場合には,先物価格が上昇する。 将来のスポット価格に対する期待が先物契約に織り込まれるので,先物投資家にとっ てのリターンは,スポット価格の現在から将来への予想トレンドから生じるわけでは ない。先物の買い手は,先物契約の満期時のスポット価格が契約締結時の市場での予 想を上回った場合に利益を得る。先物の売り手は,下回った時に利益を得る。しかし スポット価格の予想外の上昇は,定義により,先物投資家にとっての継続的に得られ るリターンの源泉ではない。なぜなら,投資家が市場で得られないような情報を持っ ていない限り,スポット価格の予想外の上昇は平均すればゼロになるからである。 それでは,投資家にとって先物投資の利益の源泉は何であろうか。先物投資家は,ど のような条件の下で継続して利益を得ることが期待できるのだろうか。その回答は, リスク・プレミアム(将来のスポット価格の予想と現在の先物価格との差額)の存在 にある。先物価格が平均して将来の予想スポット価格を下回っている場合は,先物の 買い手は平均して利益を得ることが期待でき,上回っている場合は,先物の売り手は 利益を得ることが期待できるのである。 これを最も簡単に説明するために,図1の Gorton and Rouwenhorst(2005)からの簡便 な例を使おう。ここで,現時点(図では t )の原油スポット価格が 1 バレルあたり 70 ドルであり,市場参加者はその価格が 3 カ月後に 63 ドルにまで下落すると予想してい 1 るとしよう。先物価格が 60 ドルの場合,投資家は満期時(図では T )に 3 ドルの利益 を得ると予想される。市場の予想が実現した場合,先物の買い手は,その後 63 ドルの 価値になる原油を 60 ドルの価格で固定したことになるからである。この図では,原油 のスポット価格の下落が市場で予想されているわけだが,それが先物投資家のリター ンに影響を及ぼすことはない。それは,この予想が先物契約にすでに織り込まれてい るためである。重要なのは,先物価格が予想スポット価格を下回っているか否かであ る。 図 1:先物と現物のリターンの比較 現在(t) 70 市場参加者が スポット価格は ($3)下落 すると予想 満期(T) 現在の 満期に 収束した スポット/ 先物価格 ST= FT=27 スポット価格(St) 満期に予想されるスポット 価格 E(ST) 投資家が期待 63 するリスク・プレ ミアム($2) 60 63 現在の先物価格(Ft) またこの例により,先物の買い手がスポット価格の予想外の上昇を受けて,どれほど 利益を得るかが簡単に分かる。すなわち,原油のスポット価格が,当初の予想よりも 1 ドル高く 64 ドルになった場合,先物の買い手は合計 4 ドル,つまりリスク・プレミ アムにスポット価格の予想外の上昇分を加えた額を得ることになる。これを図 1 の記 号で説明すると,先物契約の保有によるリターン( S T − Ft )は,リスク・プレミアム ( E ( S T ) − Ft )とスポット価格の予想外の上昇分( S T − E ( S T ) )の 2 つの部分から構 成される。このリターンが,投資家が期日 t にロング・ポジションを保有している場 合,期日 T に得ることができるリターンである。 2 以降,先物ポジションを取る場合には,同時に TB(米財務省証券)を購入することに より,証拠金を担保として 100%積むと仮定する。これは,株式や債券の投資と異な り,先物の投資は現金授受を伴わないため,レバレッジをかけることができるからで ある。他のアセット・クラスとの比較を可能にするには,元本をどのように投資し, レバレッジがどの程度であるかを仮定することが必要である。先物ポジションの想定 元本額とリスクフリー・アセットへの投資額を等しくすることで,レバレッジの効果 を除去するのはよく行われることである。したがって,期日 t の投資( Ft )によって 期日 t と期日 T との間に投資家が得るトータル・リターンは, rtUSD Ft + [ E ( S T ) − Ft ] + [ S T − E ( S T )] である(ここで rtUSD は TB の金利を表す)。この数 式の第 2 項(リスク・プレミアム)と第 3 項(スポット価格の予想外の上昇分)の合 計が, Ft ドルの投資から得られるリターンのうちリスクフリー・リターンを超える超 過リターンである。このようにトータル・リターンを表すと,予想されたスポット価 格の上昇( E ( S T ) − S t )がトータル・リターンに影響を及ぼさないことが明らかにな る。 図 2:原油のスポット価格と有担保商品先物投資(1983 年~1994 年) 50 40 30 原油先物 20 原油スポット 10 0 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 このことを示す実際の例が図 2 である。この図は,原油価格が予想通りに下落した場 合の原油の現物投資と先物投資との相違を明確に示している。低い水準で低迷してい る線は,原油のスポット価格を表しており,貯蔵,保険等の費用を除外した実物原油 への投資リターンを示している。上昇トレンドを描いている片方の線は,証拠金を 3 100%積む場合の原油先物投資による累積リターンを示している1。1983 年には,原油 スポット価格がピークを打ったとの見方が市場に広がっていた。サウジアラビアが主 導する石油輸出国機構(OPEC)は,加盟国に比較的低い生産割当てを課そうとしてい たが,この OPEC の試みは失敗する確率が高いというのが市場のコンセンサスであり, 市場参加者は原油価格の緩やかな下落を予想した。この予想は当たり,1983~1993 年 にスポット価格は 53%下落した。さて,このようにスポット価格が下落する時期は原 油先物投資に向かなかったのであろうか。必ずしもそうではなかったのである。スポ ット価格が予想通り下落すると,先物価格も下落する。先物価格が将来の予想スポッ ト価格を下回っている限り,先物契約のロング・ポジションによりリスク・プレミア ムが得られる。実際,この通りのことが起きたのである。1983~1993 年に有担保先物 投資家は 87%のリターンを得た。この現物投資と先物投資のリターンの大きな差は, 原油市場でスポット価格の下落が予想されていたことを強く示唆している。 このように先物投資からリターンを得るカギは,リスク・プレミアムの存在であるが, その存在とその大きさは,学者と実務家の間でしばしば論議の対象になってきた。リ スク・プレミアムが先物契約の買い手や売り手に発生するという理論的根拠は存在す るのであろうか。リスク・プレミアムに関する最古の理論は,Keynes(1930)と Hicks (1939)にまでさかのぼる。ケインズはそのノーマル・バックワーデーション理論の 中で,商品生産者が,ちょうど前述のコメ農家のように,価格保険を得る目的で先物 を利用することをイメージしていた。保険の提供者は投機家(すなわち今で言う投資 家)である。彼らは,商品に対する実需を有してはいないが,利益が得られることが 期待できる限り,進んで保険を提供する(先物を買うか「ロングする」)。将来の予 想スポット価格に対して先物価格を低くすることで(すなわち,「バックワーデイテ ィングすること」で),ヘッジ主体である生産者は,価格リスクへの保険を提供して いる投機家に対して報酬を事実上支払っているのである。 このケインズのノーマル・バックワーデーション理論は,予想スポット価格(さらに は,それに伴うリスク・プレミアム)が観察できないという事実のために,その当否 の判定が困難である。しかし,先物価格が予想スポット価格を下回っている場合,ロ ング・ポジションを保有している先物投資家は,長期にわたり先物の購入を繰り返す ことでプラスのリターンを得られるはずである。 Bodie and Rosansky ( 1980), Fama and French(1987),Gorton and Rouwenhorst(2005)は,ケインズの予想通り,商品先 物投資家がこれまでプラスのリスク・プレミアムを獲得してきたことを示す実証結果 を得ている。 1 したがって,図 1 が示しているように,t 月のトータル・レート・オブ・リターンは rtUSD Ft + S t +1 − Ft / Ft である(ここに rtUSD は t − 1 月末の 1 カ月物 TB 金利, Ft は t − 1 月末 の先物価格, S t +1 はt月末のスポット価格を表す)。先物契約が t 月末に満期にならない場合, この表現で S t +1 を, t − 1 月末に保有していた先物契約の t 月末の価格 Ft +1 によって置き換える。 R t を グ ロ ス ・ ト ー タ ル ・ レ ー ト ・ オ ブ ・ リ タ ー ン ( 1 + 総 収 益 率 ) と す る と , Rt は rtUSD + S t +1 / Ft に等しく,1 月から T 月までの累積リターンは R1 , R2 ,… RT の積になる。 ( ) 4 3. 日本の商品先物 後に提示する実証的研究では,商品先物のベンチマークとして Gorton-Rouwenhorst 指 数の円換算後リターンを利用し,日本の先物取引所で取引されている先物契約の価格 から開発可能な指数は利用しない。これは,1959 年にまでさかのぼる日本の先物価格 のデータが容易には利用できないためである。しかし,確認のため,ここで日本の先 物取引の文献について簡単にレビューする。 1730 年にはすでに,決済制度を標準化した先物取引所が大阪の堂島に存在していた。 宮本(1988)は,その本の中で堂島取引会所の仕組みを詳細に説明している。この著 作はまた,記述統計を豊富に含み,1759~1859 年のデータ(大半は年間データ)の統 計的分析も加えた最初の計量経済史研究である。Schaede(1989)は,堂島取引会所の 詳細な仕組みについての非常に有益な英語文献である。取引会所に関する伊藤 (1993),Hamori et. al.(2001),脇田(1996),Wakita(2001)らによる最近の研究で は,先物価格は将来のスポット価格のバイアスのない期待値であるという仮説(すな わち,上述のリスク・プレミアムがゼロであるという仮説)が検証されている。森 平・小暮・高槻(2005)による最近の研究では,1834~1864 年の日次データ(時に日 中データ)に基づいて先物価格とスポット価格の連動が検証されている。 現在,日本では 7 つの取引所で約 51 の商品先物が取引されている。一部の先物契約で は,その出来高も非常に大きい。例えば,東京工業品取引所(TOCOM)の金先物の金 重量調整後の出来高は,ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)のそれに大 きく見劣りするわけではない2。しかし GR 指数に比較できるような日本の商品先物の インデックスは存在しないか,作成するのは難しい。日本経済新聞は 1988 年 10 月 1 日から日経商品先物指数を発表しているが,この指数は先物契約バスケットの累積リ ターンの計算には利用できない3。日本の 7 つの取引所の大半はデータをダウンロード できるようにウェブサイトを開設しているものの,1990 年代初め以降のデータしか入 手することができない。GR 指数に相当する日本版の商品先物指数を開発するには, 1959 年からの個別の商品先物契約のデータが必要である。このようなデータベースの 構築は将来の課題である。 2 金先物の 2004 年出来高は NYMEX が 1,496 万枚,TOCOM が 1,739 万枚であった。1 枚の金重 量は NYMEX が 3.1035 キログラム,TOCOM が 1 キログラムである。 3 この指数は各種商品の先物価格の幾何平均である。指数に組み入れられる各商品の先物価格は, 期間が最長(限月が最も先)のものである(これは,日本では出来高が最大になるのは期間が 最長の先物であるためである)。より期間の長い新しい先物が市場に登場すると,この新しい 先物契約が(前営業日には期間が最長であった)古い先物に取って代わる。したがって,古い 先物を保有することで生まれる累積損益が,先物契約の入れ替え時に日経指数から除外される ため,指数を構成する先物契約のリターンを指数から計算することができない。日経メディ ア・マーケティング(指数の提供会社)の小野啓氏には,上記の点を確認していただいたこと に感謝を述べたい。同氏にはまた,日経メディア・マーケティングが日経商品指数のマニュア ルを用意していないことも確認してもらった。 5 現代日本の先物に関する実証研究は,一部の商品について存在するが,その大半は効 率的市場仮説について様々な検討を加えたものである4。我々の関心は,これとは異な り,商品先物のトータル・リターンと超過リターンの時系列的に見た特性である。こ の問題に焦点をあてた研究は珍しく,その対象とするサンプル期間も 1990 年代以降に 限られている。羽森・羽森(2000)は,1993 年 1 月から 1996 年 7 月までの期間につい て,シカゴ商品取引所(CBOT)と東京穀物商品取引所(TGE)の大豆およびトウモロ コシ先物の 4 つの先物契約の超過リターンを日次ベースで計算(先物価格の対数差と して計算)している。平均年率超過リターンは, CBOT 大豆で 8.3% , TGE 大豆で 4.3%,CBOT トウモロコシで 14.0%,TGE トウモロコシで 15.5%であった。笹木その 他(2000)は,1995 年 1 月から 1996 年 12 月までの CBOT と TGE の大豆の連動性につ いて検証している。これによると,この 2 つの先物価格と円/ドル為替レートは長期 的に連動しており,この連動は TGE 先物とそれより 2 カ月短い CBOT 先物との間で特 に顕著である。彼らはこの理由を,トウモロコシを米国からメキシコ湾岸経由で日本 に輸送するのに 30 ~ 45 日前後を要するためとしている。飯原その他( 2002 )は, TOCOM で取引されている銀,プラチナ,金,ゴムの各先物と TGE で取引されている トウモロコシ,大豆,砂糖,小豆の各先物の月間超過リターンを 1993 年 1 月から 2001 年 12 月まで調べた。ここでも超過リターンは先物価格の対数差として計算している。 おそらくサンプル期間が短いために,平均値がすべての商品でゼロから有意に乖離し ていない。彼らはまた,国内で生産されている小豆を除き,輸入される商品・金属の 先物超過リターンが円/ドル為替レートに大きく影響を受けると報告している5。 これらの現代日本の先物取引に関する研究から引き出せる暫定的な結論は,以下の通 りである。第 1 に,データ上の各種制約のために,リスク・プレミアムに関して統計 的に有意な結論を導き出した研究はまだ存在しない。第 2 に,輸入される商品・金属 の先物価格に関して,国内取引所と米国取引所間の連動性は非常に強い。これは円建 ての先物価格が為替レートに大きく影響を受けるためである。 4. データ・ソースと分析手法 45 年間( 1959 ~ 2004 年)にわたる米国商品先物のパフォーマンスは, Gorton and Rouwenhorst(2005)の均等加重商品先物指数(GR 指数)から計算する。GR 指数は, 商品先物への分散投資による累積トータル・リターンである。同指数に関する詳細は, 彼らの論文を参照してほしいが,ここにその要点をいくつかまとめる。毎月末に,本 指数ではすべての商品先物に均等に投資を行う。新たな先物は導入され次第,指数に 例えば,小山(2004)を参照。 超過リターンを円/ドル為替レートの対数変化率で回帰分析すると,為替レートの回帰係数は 銀で 0.85,プラチナで 0.91,金で 0.83,ゴムで 0.84,トウモロコシで 0.68,大豆で 0.71,砂糖 で 1.02 であった。これらの係数はすべて極めて有意である。対照的に小豆の係数は–0.02 であ る。 4 5 6 加えられる。指数は証拠金 100%を TB(米国財務省証券)に投資することにより完全 に担保されるため,指数が 25 の商品先物に各 1 ドルずつ投資すると,指数は 25 ドル 分の TB からの利息を得ることになる。したがって,GR 指数のトータル・リターンは TB からのリターンと,先物の均等加重ポートフォリオからのリターンにより構成され る。後者のリターンは GR 指数からの超過リターンである。 次に商品先物 GR 指数の円換算後リターンを日本の株式・債券バスケットと比較する。 株式に関しては,日本証券経済研究所が提供する,東京証券取引所(TSE)第 1 部の 時価総額加重月間リターンを利用する。債券のトータル・リターンに関しては,野村 証券経済研究所が作成する債券パフォーマンス・インデックス(Nomura Bond Performance Index) を利用する。同インデックスは,日本国債と社債から成るポートフ ォリオの保有期間リターン(クーポン+キャピタル・ゲイン)の累積値である。同イ ンデックスのデータは 1965 年以降に限られるため(その時点まで日本に債券市場は事 実上存在していなかった),債券リターンを検討する際の分析対象期間は,1959 年以 降ではなく,1965 年以降になる。データ・ソースに関する詳細は,付録 A を参照のこ と。 GR 指数の円換算後リターンは,同指数のドル建てリターンから円の対ドル下落率を差 し引いたものにほぼ等しい。したがって,投資家は GR 指数のトータル・リターンの うちの証拠金である TB 部分と超過リターン部分の両方に対して為替リスクを負って いる。本稿では後で,TB 部分を為替ヘッジしたヘッジ済みリターンと呼ぶべき円換算 後リターンについても検討を加える。これらの未ヘッジおよびヘッジ済みリターンの 計算方法に関する詳細は,付録 B を参照のこと。 5. 商品先物指数の円換算後リターンとリスク われわれの実証分析の初めとして,まず米国および日本の投資家の立場からみた,未 ヘッジ GR 商品指数のリターンの分布を表 1 に掲げてある。両投資家にとっての結果 を比較することで,為替レートが日本の投資家による指数投資のリターン分布にどの ように影響を及ぼしているかが明らかになる。 7 表 1:商品先物のリターン(ドル・円) 年率換算後リターンの分布(1959 年 7 月~2005 年 5 月) 商品先物 (ドルベース) 商品先物 (円ベース) 為替レート (円/ドル) 平均リターン 10.67% 8.44% -2.16% 標準偏差 12.02% 15.13% 9.60% 歪度(Skewness) 0.70 0.52 -0.31 表 1 から,以下の点が明確になる。 1. 有担保商品先物の円換算後平均リターンは,ドル建てリターンに比べて約 2% 低い。これは過去 45 年間にドルが対円で下落しているためである。 2. 円/ドルの為替レートのボラティリティーが大きいにもかかわらず,商品先物 の円換算後リターンのボラティリティーは,ドル建てリターンのそれより若干 高いにすぎない。ドル建て商品先物リターンと円/ドル為替レートはほとんど 相関していないため(相関係数は-0.04),為替リスクが商品先物のボラティリ ティーを大幅に高めることはない。 3. ドル建て商品先物リターンの特徴になっているプラスの歪度(Skewness)は, 円換算後の指数投資にも受け継がれている。 指数の円換算後平均リターンの低さは,必ずしも商品先物が日本の投資家にとって魅 力がないことを意味するものではない。これにはいくつかの理由がある。第 1 に,リ ターンはインフレ調整前のものである。第 2 に,平均リターンは日本の株および債券 の平均リターンに匹敵しているかもしれない。第 3 に,円換算後リターンが株式およ び債券と負の相関にある場合,商品先物は優れたリスク分散効果を持つ。これらの問 題を以下で検討しよう。 図 3 は,過去 40 年間(1965 年 1 月~2005 年 5 月)にわたって,GR 先物指数の円換算 後累積リターンを,日本株の累積リターン(東京証券取引所(TSE)第 1 部の時価総 額加重リターン)および日本の債券の累積リターン(日本国債・社債の所有期間利回 り)と比較したものである。データはすべて,日本の消費者物価指数(CPI)によって 調整しているので,この図は 3 つのアセット・クラスのインフレ調整後パフォーマン スを示している。図からわかるように,日本株が 1980 年代後半から急騰する一方,商 品先物は,米国の場合と同様,株・債券という伝統的な 2 つのアセット・クラスに対 8 して健闘している点が意外に思われるであろう。過去 40 年間,商品先物投資の累積リ ターンは日本株投資に匹敵し,債券投資を上回っている。 図 3:株式,債券,商品先物 インフレ調整後パフォーマンス(1965 年 1 月~2005 年 5 月) 1,800 1,600 1,400 1,200 1,000 日本株 800 600 400 200 商品先物 日本債券 0 Jan-65 Jan-70 Jan-75 Jan-80 Jan-85 Jan-90 Jan-95 Jan-00 表 2:商品先物,株式,債券の月間リターン 年率換算後リターンの分布(1965 年 1 月~2005 年 5 月) 商品先物 株式 債券 1 カ月物 金利 平均リターン 9.06% 9.63% 6.77% 4.80% 標準偏差 15.80% 17.34% 3.45% 0.97% 歪度 (Skewness) 0.49 -0.11 -0.18 0.08 尖度 (Kurtosis) 3.47 1.14 4.20 -0.56 9 Jan-05 表 2 は,図 3 でグラフ化した累積リターンの元である月間リターンの単純統計量と, 日本における 1 カ月物短期金利を合わせて示す。表 3 は,1965 年以降の株式,債券, 商品先物の超過リターン(1 カ月物リスク・フリー・レートを上回るリターン)の分 布をまとめたものである。両表のリターンは,インフレ調整を施していない名目リタ ーンである。これらから以下の 3 点が明らかになる。 1. 前述の通り,また表 2 で明らかなように,短期のパフォーマンスには大差があ るものの,商品先物と株式は過去 40 年間,ほぼ同水準の平均リターンをあげ ている。ただし株式のリターンのほうが,標準偏差が大きい。 2. 株式・債券のリターン分布では歪度(Skewness)がマイナスになっているが, 商品先物ではプラスである。リターン分布の歪度が逆になっていることから明 らかなように,商品先物は株式や債券に比べて下振れリスクが小さい。 3. 商品先物と株式の尖度(Kurtosis)は両方ともプラスになっており,そのリター ンは正規分布に比べて「ファットテール」(分布の裾が厚い)である。 超過リターンの点では,表 3 で明らかなように,商品先物は株式に匹敵するリターン をあげており,そのボラティリティーは若干株式よりも低い。この結果,商品先物と 株式のシャープ・レシオは近似している。債券のシャープ・レシオは,ボラティリテ ィーが低いために株式を上回っている。 表 3:商品先物,株式,債券の超過リターンの分布 年率換算後月間リターン(1965 年 1 月~2005 年 5 月) 6. 商品先物 株式 債券 平均リターン 4.2% 4.8% 2.0% 標準偏差 15.8% 17.3% 3.4% t値 1.70 1.77 3.68 シャープ・レシオ 0.27 0.28 0.58 %リターン > 0 52 52 62 商品先物のポートフォリオ特性 Gorton and Rouwenhorst(2005)は,商品先物のアセット・クラスとしての魅力の多く が,そのポートフォリオ特性に由来していると指摘している。特に,商品先物が株式 と負かほぼゼロ相関にあり,債券とは負の相関にあること,そして(保有期間が長期 の場合)米国のインフレと正の相関にあることを示している。このインフレとの関係 10 が投資家にとって特に魅力的であるのは,株式と債券にとってインフレは下げ要因に なることが多いためである。 日本でも同じ特性がみられる。表 4 は,GR 商品指数の円ベースのリターンと日本の株 式,債券,インフレとの相関を示している。月間リターンに加えて,保有期間を四半 期,1 年,5 年とした場合の各重複リターンを計算している6。気づく点は以下の通り である。 表 4:商品先物と株式,債券,インフレとの相関 重複リターン・データ(1959 年 7 月~2005 年 5 月) 株式 債券 インフレ 月間 0.03 (0.04) -0.20*** (0.06) 0.11* (0.06) 四半期 0.01 (0.06) -0.31*** (0.08) 0.16 (0.10) 1年 0.02 (0.10) -0.48*** (0.14) 0.38 (0.25) 5年 0.10 (0.26) -0.01 (0.18) 0.73* (0.40) 注:カッコ内は標準誤差。「*」は相関が 10%で有意,「**」は 5%で有意, 「***」は 1%で有意になることを示す。標準誤差はリターンの重複を考慮して計 算している(詳細は脚注 6 を参照)。債券のサンプル期間は 1965 年 1 月~2005 年 5 月。株式とインフレとの相関係数は,サンプル期間を 1959 年 7 月からではなく 1965 年 1 月からにしても同様であるが,有意性は若干低下する。 1. 商品先物はいかなる保有期間についても株式と相関していない。米国の場合と 異なり,保有期間を延長しても負の相関にはならない。 2. インフレとの相関は正であり,保有期間が長くなるにつれて着実に高まる。こ れは意外ではない。商品先物のリターンは,商品のスポット価格に直結してお り,商品のドル建て価格が上昇すれば,円建て輸入価格が影響を受け,最終的 に日本の CPI が上昇するとみられるからである。 6 したがって,例えば,GR 指数の 1965 年 1 月~1966 年 1 月の 1 年間のリターンは同期間の株式 のリターンと比較し,同指数の 1965 年 2 月~1966 年 2 月の 1 年間のリターンは同期間の株式の リターンと比較するなどである。この結果,保有期間が 1 カ月超の各アセットのリターンは, 月間リターンの場合とは異なり,時系列相関がある。表に記載する標準誤差は,いわゆる Newey-West 法によりこの点を考慮したものである。詳細は,例えば Hayashi(2000, Chapter 6) を参照。 11 3. 債券との相関は負であり,5 年間の保有期間を除き,統計的に非常に有意であ る。商品スポット価格の上昇がインフレ率の上昇懸念を引き起こすと,債券は 名目資産であるため,そのリターンは低下する。 商品先物と日本株とのゼロに近い相関は,分散効果がとりわけ貴重になる株式のリタ ーンが非常に低い時も変わらない。1959 年から 2005 年のサンプル期間のうち,株式が 最悪 5%のパフォーマンスを示した月(たとえば 1971 年 8 月とか 90 年 9 月)は,平均 月次リターンは -10.6%だったが,同じストレス時の商品先物の平均月次リターンは- 0.3%であった。株式最悪1%のストレス時では,株が -14.5%,商品先物が 0.9%であっ た。 7. インフレ・ヘッジとしての商品先物 投資家にとっては,最終的にはリターンの実質購買力が問題となるため,インフレ・ リスクは投資家の懸念材料である。表 4 からは,商品先物がインフレに対してかなり のヘッジになることが判明した。これは結局のところ,商品先物とは,実物商品の価 格に投資することであり,その価格は,長期的には,物価水準全体と連動する。この 点に関して,株式・債券は商品先物と比べてどうであろうか。すでに説明したように, 債券とインフレとが負の相関にあると予想されるのは,債券が名目資産であるためで ある。これに対し,株式とは,工場,設備,棚卸資産など,実物資産に対する請求権 であり,その実物資産の価値は物価水準と連動していると予想できるため,インフレ と正の相関をすることはあり得る。しかし,企業は名目ベースで決められる原材料, 労働,資本の提供者とも契約を交わしているため,その価値は債券とほとんど同じよ うに変化し得る。したがって,株式とインフレの相関は保有期間が長くなるに従って 高くなるものの,債券と同じように当初は負であると予想される。 表 5 は,日本株,日本の債券,商品先物と日本の消費者物価上昇率との相関を示して いるが,この予想の正しさを証明している。各保有期間の相関係数は,これまでと同 じように計算している。 1. 日本の株および債券のインフレとの相関は,長い保有期間については,米国の 場合ほど低くはない。 2. しかし,商品先物のインフレとの相関は,伝統的なアセット・クラスの相関に 比べて高い。 12 表 5:株式,債券,商品先物とインフレとの相関 重複リターン・データ(1959 年 7 月~2005 年 5 月) 株式 債券 商品先物 月間 -0.01 (0.041) -0.02 (0.057) 0.11* (0.061) 四半期 -0.04 (0.056) -0.02 (0.079) 0.16 (0.098) 1年 -0.05 (0.12) 0.08 (0.17) 0.38 (0.25) 5年 0.24 (0.22) 0.50** (0.24) 0.73* (0.40) 注:カッコ内は標準誤差。「*」は相関が 10%で有意,「**」は 5%で有意,「***」 は 1%で有意になることを示す。債券のサンプル期間は 1965 年 1 月~2005 年 5 月で ある。商品先物の株式とインフレとの相関係数は,サンプル期間を 1959 年 7 月から ではなく 1965 年 1 月からにしても,同様である。 8. 商品先物のリターンと景気循環 ここまで述べてきたように,日本の債券のリターンと商品先物のリターンが負の相関 にある理由は,両者のインフレとの関係でかなりの部分を説明できる。このセクショ ンでは,日本株と商品先物が景気循環に対して異なる反応を示すことを示す。これが, 株式と商品先物の間に強い相関が存在しないもう一つの理由である。 図 4:景気循環の各局面 1.5 山 1 0.5 景気拡大後期 0 1 5 9 景気後退初期 13 17 21 25 29 33 37 41 45 49 53 57 61 65 69 73 77 81 85 89 93 97 101 105 109 113 117 121 125 129 133 137 141 145 149 153 157 161 165 169 173 177 181 185 189 193 197 201 205 209 213 217 221 225 229 233 237 241 245 249 253 257 261 265 269 273 277 281 285 289 293 297 301 305 309 313 317 321 325 329 333 337 341 345 349 353 357 361 365 369 373 377 381 385 389 393 397 401 405 409 413 417 421 425 429 433 437 441 445 449 453 457 461 465 469 473 477 481 485 489 493 497 501 505 509 513 517 521 525 529 533 537 541 545 549 553 557 561 565 569 573 577 581 585 589 593 597 601 605 609 613 617 621 625 景気拡大初期 -0.5 景気後退後期 -1 谷 -1.5 13 図 4 は景気循環の諸局面を示している。ここでは,内閣府発表の景気基準日付を利用 して景気の山と谷を特定している7。景気循環の 4 局面は,天井から底(底から天井) までの月数を 2 等分して特定し,景気後退初期と景気後退後期(景気拡大初期と景気 拡大後期)に分けている。言うまでもなく,景気拡大初期の局面と景気拡大後期の局 面は,景気拡大期に相当し,景気後退初期の局面と景気後退後期の局面は景気後退期 に相当する。 表 6 は,景気循環局面ごとの株式,債券,商品先物のリターンを示している。ここか ら明らかなのは以下の諸点である。 表 6:景気循環各局面別の平均年率換算月間リターン (1965 年 1 月~2005 年 5 月) 株式 債券 商品先物 景気拡大期 12.9% 5.3% 15.8% 初期 19.3% 6.7% 9.4% 後期 6.5% 3.9% 22.2% 景気後退期 3.5% 9.5% -3.3% 初期 -2.5% 9.5% 1.4% 後期 9.4% 9.4% -8.0% 1. 株式は景気後退初期に最もパフォーマンスが低下するが,景気後退後期になる と,景気拡大の到来を先取りしてリターンがプラスに転じる8。株式が景気循環 に先行するこのパターンは,米国でも観察される( Gorton and Rouwenhorst (2005)を参照)。 2. 対照的に,商品先物は景気循環と歩調を合わせて変動する。景気後退期の平均 リターンは,景気拡大期に比較して大きく落ち込む。景気循環に伴うこのリタ 7 内閣府発表の山・谷の基準日については,http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/041112hiduke.html を参照。 8 景気循環の 4 局面全体における株式の平均リターンの差は,5%でほぼ有意である。定数と景 気循環の 4 局面のうちの 3 局面に相当するダミー変数を独立変数として月間株式リターンの回 帰分析すると,3 つのダミー変数全体の限界有意性は 5.1%である。サンプル期間を 1965 年 1 月 ではなく 1959 年 7 月以降にすると,限界有意性は 2.3%になる。 14 ーンの格差は,統計的にも有意であり9,株式と商品先物の無相関の原因となっ ている。 3. 米国の場合とは異なり,日本の債券のリターンは景気循環にそれほど敏感に反 応しない。これは,日本の債券には社債ばかりではなく国債も含まれているこ とにもよろう。ただし,景気後退期に平均リターンが上昇するのは,米国と同 様である。 これらの結果は,純粋に結果の説明であり,超過利潤をもたらす投資戦略を意味する ものでない。というのは,景気循環の時期は「事後に」特定されるためである。ただ, 事後のリターンに関するこの事実は,商品先物が株式と債券の伝統的ポートフォリオ にどのように分散効果をもたらすかの例示となっている。 9. 商品先物の為替リスクのヘッジ ここまでは,GR 商品指数の円換算後リターンを未ヘッジ・ベースで検証してきた。こ のリターンは,日本の投資家がドル建て商品先物価格の有担保指数への投資に伴う為 替リスクを負担するという前提で計算したリターンである。このセクションでは,ヘ ッジ・ベースでの投資リターンを検証する。ヘッジ済みリターンの計算に関する詳細 は,付録 B を参照されたい。通貨ヘッジの本質は,ドル建て商品先物指数への投資を ドルのショート・ポジションと組み合わせることである。 通貨ヘッジが投資家のリターンの改善になるか,リスク(分散)の軽減になるかを先 験的に予想することはできない。これは,ドル建て商品価格と円/ドル為替レートの 共分散に依存する。例えば,原油の国際市場が安定しており,エネルギー価格が円を 含む全通貨で当初,一定であると仮定しよう。ドルが他の通貨に対して予想外に上昇 した場合,エネルギー価格はドルで下落する。未ヘッジ投資家が保有するポジション の価値は(円建てエネルギー価格は一定なので)変わらないが,予想外に上昇したド ルをショートしているヘッジ済み投資家の場合,ヘッジしている分だけリターンが低 下し,ボラティリティーは上昇する。 したがって,国外のポートフォリオの為替リスクをヘッジするメリットがあるかどう かは,実際のデータを見ないとわからない。表7は,未ヘッジおよびヘッジ済みの両 方の観点から商品先物のリターンの分布を比較したものである。表 8 は,2 つの指数 (未ヘッジ・ヘッジ済み)と株式,債券,インフレとの相関を比較したものである。 リターン計算の開始点に 1981 年を選択した理由は,改正外為法の施行に伴う資本取引 の自由化が 80 年 12 月にあったからである。 9 定数と景気循環の 4 局面のうちの 3 局面に相当する 3 つのダミー変数により商品先物と株式の 差を回帰分析すると,3 つのダミー変数全体は 1%で有意である。 15 表 7:商品先物の月間リターン 年率換算後リターンの分布(1981 年 1 月~2005 年 5 月) 未ヘッジ ヘッジ済み 平均リターン 5.58% 4.23% 標準偏差 14.32% 9.68% 歪度(Skewness) -0.07 -0.15 尖度(Kurtosis) 0.63 0.48 表 8: 商品先物リターンと株式,債券,インフレとの相関 重複リターン・データ(1981 年 1 月~2005 年 5 月) パネル a:未ヘッジのリターン 株式 債券 インフレ 月間 0.03 -0.20*** -0.06 四半期 0.03 -0.27*** -0.09 1年 -0.01 -0.38*** -0.05 5年 -0.41 -0.61*** -0.31* パネル b:ヘッジ済みのリターン 株式 債券 インフレ 月間 0.15** -0.06 -0.01 四半期 0.18** -0.12 -0.06 1年 0.34** -0.25* -0.19 5年 0.27* -0.05 0.32 注:カッコ内は標準誤差。「*」は相関が 10%で有意,「**」は 5%で有 意,「***」は 1%で有意になることを示す。 16 1981 年以降,インフレ率が非常に低く安定しているため,インフレ率との相関を正確 に推定することが困難になっている。このことが,インフレと商品先物の間に相関が ない理由となっている可能性がある。表 7 と 8 から観察できるのは以下の 2 点である。 1. この短い期間では,為替ヘッジ済み商品先物指数は,未ヘッジ指数をアンダー パフォームするとともに,低いボラティリティーを示している。 2. ヘッジ済みのリターンと株式,債券との相関は未ヘッジのリターンに比較して 高い。為替ヘッジを行うことにより,日本の投資家が享受できる商品先物の分 散効果は低下している。 10. 要約 本稿では,日本の投資家から見た有担保商品先物投資の長期的な特性について実証結 果を報告した。現在,日本で取引されている先物契約に基づく商品先物指数が存在し ないため,Gorton-Rouwenhorst 均等加重指数(GR 指数)を円換算することでこの特性 を検証した。ドルの場合に明確である商品先物の魅力的な特性は,円換算した場合で も維持されている,これが我々の基本的な結論である。特に,GR 指数の円ベースのリ ターンは,日本株に匹敵するリターンを示している。さらに,商品先物のリターンは, 日本株のリターンとほとんど相関しておらず,債券のリターンとは負の相関にある。 すなわち,過去の数十年にわたるデータによれば,商品先物投資からの円ベースのリ ターンは,日本株に匹敵すると同時に,株よりもリスクは若干低い。さらに,株式と 債券のポートフォリオに商品先物を組み込むと,ポートフォリオの平均リターンを犠 牲にすることなくリスクの軽減ができる。そして,商品先物のリターン分布の歪度 (Skewness)が株式のリターンとは異なり正になっているため,商品先物の下振れリ スクは株式よりも低い。 17 参考文献 英語の文献 Bodie, Zvi and Victor Rosansky. 1980. “Risk and Return in Commodity Futures.” Financial Analysts Journal, vol. 36, no. 3 (May/June): 27-39. Fama, Eugene F. and Kenneth R. French. 1987. “Commodity Futures Prices: Some Evidence on Forecast Power, Premiums, and the Theory of Storage.” Journal of Business, vol. 60, no. 1 (January): 55-73. Gorton, Gary B., and K. Geert Rouwenhorst, 2005. “Facts and Fantasies About Commodity Futures,” Financial Analysts Journal, forthcoming. Hamori, S., N. Hamori, and D. Anderson, 2001. “An Empirical Analysis of the Efficiency of the Osaka Rice Market During Japan’s Tokugawa Era”, Journal of Futures Markets, vol. 21, no. 9 (September), pp. 861-874. Hayashi, Fumio, 2005, Econometrics, Princeton University Press. Hoshi, Takeo, and A. Kashyap, 2001, Corporate Financing and Governance in Japan, MIT Press. Hicks, John R. 1939. Value and Capital. Cambridge, England: Oxford University Press. Keynes, John M. 1930. A Treatise on Money, vol. 2. London: Macmillan. Shaede, Ulrike, 1989. “Forwards and Futures in Tokugawa-Period Japan: A New Perspective on the Dojima Rice Market”, Journal of Banking and Finance, vol. 13, pp. 487-513. Wakita, Shigeru, 2001. “Efficiency of the Dojima Rice Futures Market in Tokugawa-Period Japan”, Journal of Banking and Finance. vol. 25, No. 3 (March), pp. 535-544. 日本語の文献 羽森茂之・羽森直子, 2000.「商品先物市場における収益率の時系列特性:ボラティリ ティの日米比較」,『商品先物研究』,第 4 巻,第 2 号(3 月)。 飯原慶雄・加藤英明・徳永俊史, 2002.「商品先物価格の連動性について」,『商品先 物研究』,第 7 巻,第 1 号(12 月)。 伊藤隆敏, 1993.「18 世紀,堂島米先物市場の効率性について」,『経済研究』,第 44 巻,第 4 号。 小山良, 2004. 『先物価格分析入門』,近代分析社。 宮本又郎, 1988.『近世日本の市場経済: 大阪米市場分析』,有斐閣。 18 森平爽一郎・小暮厚之・高槻泰郎, 2005.「堂島米会所の市場構造:展望」,慶應義塾 大学,政策 COE ワーキングペーパー。 笹木潤・中谷朋昭・出島克彦, 2000.「農産物先物価格の市場間リンケージの実証的研 究 --- CBOT の大豆先物価格を対象にして ---」,『商品先物研究』,第 5 巻, 第 1 号(9 月)。 脇田成, 1996.「近世大阪堂島米先物市場における合理的期待の成立」,『経済研究』, 第 47 巻,第 3 号。 19 付録 A:データ・ソース 日本株のリターン 日本株のリターンとしては,東京証券取引所(TSE)第 1 部の時価総額加重月間トータ ル・リターンを使用している。データ・ソースは日本証券経済研究所(JSRI)である。リ ターンには資本変動(株式分割,株式配当等)の効果も含む。 日本債券のリターン 日本債券市場が十分な発展を遂げたのは,大蔵省(現財務省)がやむなく流通市場を開放 した 1970 年代中期になってからである。社債市場の発展は国債市場よりさらに遅れ,無担 保普通社債が最初に発行されたのは 1985 年のことであった10。したがって,1970 年代中期 以前に日本の投資家が購入できる長期債は極めて限定されており,主として,日本電信電 話公社が発行する公社債と,長期信用銀行および信託銀行が発行する金融債であった。 日本債券のトータル・リターンは,野村證券経済研究所が開発した債券パフォーマンス・ インデックス(BPI)によって計算している。野村 BPI は,残存期間が 1 年以上で額面発 行残額が 10 億円以上のすべての固定利付公募債から構成されるポートフォリオのトータ ル・リターンに基づいており,同ポートフォリオには日本債券,金融債,社債が含まれて いる。野村 BPI に関する詳細は,http://qr.nomura.co.jp/QR/index/BPI/nribpi_info.html を参照 されたい。月間リターンは,前月の最終営業日から当月の最終営業日までのインデックス の変化率として計算している。 日本の消費者物価上昇率 月間インフレ率は,http://www.stat.go.jp/data/cpi/longtime/index.htm からダウンロード可能な 日本の消費者物価指数(CPI)から計算している。同指数は帰属家賃を除外しており,季 節調整は施していない。 円/ドル為替レート 月初の円/ドル為替レートは,東京外国為替市場の前月最終営業日における銀行間売り・ 買い呼び値の中値とする。データ・ソースは日本銀行が発行する「経済統計月報」である。 円/ドル直先スプレッド 1 カ月直先スプレッドは,1 カ月フォワード為替レートとスポット・レートとの差と定義す る。使用するレートは,東京外国為替市場の銀行間レートとする。データ・ソースは日本 銀行である。 日本の 1 カ月物金利 日本には,米国の 1 カ月物 TB 金利と比較可能な 1 カ月物リスク・フリー・レートの一貫 した時系列データが存在しない。これは,ごく最近まで短期日本債券の公開市場が十分に 10 詳細は,例えば Hoshi and Kashyap(2001)の第 7 章を参照。 20 発達していなかったためである。しかし,日本には TB 金利の代用となる買い戻し条件付 きのレートがある。このレートはレポレートまたは現先レートと呼ばれている。1 カ月物 現先レートについては,1977 年 1 月以降のデータを日本銀行から入手可能である。1977 年 2 月からサンプル期間終了時までの期間については,前月最終営業日の現先レートを当該 月の 1 カ月物リスク・フリー・レートとして使用している。このレートは証券会社が顧客 に提示するレートであり,データ・ソースは日本証券業協会である。1977 年 1 月以前にお ける短期資金のオープン市場としては,米国のフェデラル・ファンド市場に相当する銀行 間市場である,コール市場が存在するのみであった。1960 年 1 月から 1977 年 1 月までの 期間については,担保付コール翌日物レートを短期金利として使用している。1959 年 7 月 から 1960 年 1 月までの期間については,1960 年 1 月 31 日のコール・レート(年 8.4%)を 使用している。コール・レートのデータは日本銀行から入手可能である。 GR(Gorton-Rouwenhorst)トータル・リターン指数 月間 GR トータル・リターン指数は Gorton and Rouwenhorst(2005)によるものであり, http://www.nber.org/data/からダウンロード可能である。 Z t が t 月末の GR 指数であるとする と,1+指数のリターンは Z t / Z t −1 で得られる。 21 付録 B:円ベース商品先物リターンの定義 円ベース商品先物リターンには 2 種類ある。第 1 は未ヘッジ投資のリターンである。未ヘ ッジリターンは,以下のような投資行動から得られるリターンである。 • 毎月初に,日本の投資家は円をドルに交換し,1 カ月物 TB(米国財務省証券)を 購入する。 • それと同時に,投資家は 1 カ月物 TB を担保として差し入れ,GR 指数を構成する ドル建て商品先物ポートフォリオに 1 カ月間投資する。 • 月末に,投資家はポジションを手仕舞い,ドルでリターンを回収する。このトータ ル・リターンは,TB のリターンと無担保商品先物のリターンから構成される。 • その後,ドル建てトータル・リターンを月末のスポット為替レートで円に交換する。 したがって,各月の 1+未ヘッジ円ベース商品先物リターンは次式により得られる。 t 月の 1 + 未ヘッジ円ベース商品先物リターン = Zt X × t Z t −1 X t −1 ここで, X t は t 月の最終営業日の為替レート(円/ドル)であり, Z t は t 月最終日の GR トータル・リターン指数である。したがって,ドル建てリターン全体が為替リスクにさら されている。 第 2 の円ベースリターンが第 1 のものと異なっているのは,ドル・フォワードを月初に売 却することでトータル・リターンの TB 部分をヘッジしている点である。GR 超過リターン は,GR トータル・リターンから担保によるリターン(TB の利息)を差し引いたものと定 義される。 t 月の GR 超過リターン = USD ここで, rt ( Zt − 1 + rtUSD Z t −1 ) は t 月の 1 カ月物リスク・フリー・レートのドル建てリターン(ドル建て 1 カ月物 TB の金利)である。ヘッジ付き投資の円換算後リターンは,次式により定義され る。 t 月の 1 + ヘッジ付き円建て商品先物のリターン = (1 + r )× ⎛⎜⎜1 + XP USD t ⎝ + (GR 超過リターン) × Xt X t −1 ここで, Pt −1 は t-1 月の最終営業日の円/ドル 1 カ月直先スプレッドである。 22 ⎞ ⎟⎟ t −1 ⎠ t −1
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