時系列産業連関表による各種電源のライフサイクル分析

時系列産業連関表による各種電源のライフサイクル分析
Life Cycle Analysis of various electricity Sectors
using a Time-Series Input-output Tables
塚 本 忠 嗣
*
・ 小 出 文 隆 *・ 内 山 洋 司 **
湯 浅 雄 一 郎 ***・ 川 島 啓 ****
Tadashi Tsukamoto
Fumitaka Koide
Yuuichirou Yuasa
Yohji Uchiyama
Kei Kawashima
The amount of CO2 emission from the electricity sector has been increasing during the past three decades in Japan.
Analysis of Input-Output table (I-O table) is one of the most useful methods to estimate energy consumption and environmental
burdens on industrial activities. We have developed 1970-2000 time series input-output tables based on the sector criteria of
1995 I-O table,and then reconstructed the sectional energy and environmental database by using 1970-2000 energy balance
tables. This paper aims to estimate direct and indirect energy consumption and CO2 emission of the Japanese electricity sector
by the TSIO tables in order to understand environmental burdens effected by the past structural change of industry. Energy
analysis ratio and CO2 emissions per unit of yen are estimated on the different power sectors such as hydro,nuclear and fossil
fuels power generation during the period of 1973-2000.
Keywords: Input-Output table, Energy consumption, CO2 emission, Energy analysis ratio, Electricity sector,
1. はじめに
用いることで,財・サービスを生産する際に生じるエネル
ギー消費量や CO2 排出量を原理的にはもれなく評価するこ
1973 年と 1979 年の石油危機以降,我が国では安定供給の
とが可能となる.大型の発電技術は建設期間が長く,また
確保を第一に,石油代替エネルギーの積極的な開発と導入
一旦,社会に導入されると長い期間にわたって電力を供給
を進めエネルギーの多様化を目指してきた.また 1990 年代
するために,発電設備の実態を把握するためには長期にわ
から地球温暖化問題が顕在化し,エネルギー安全保障に加
たる産業連関表を用いて明らかにしなければならない.し
えて脱炭素化を図る電源構成のベストミックスが求められ
かしながら,我が国の産業連関表は 5 年おきに改訂を繰り
るようになってきた.水力や太陽光など再生可能エネルギ
返し,基本的な枠組みに変更はないものの,その都度部門
ーを利用する発電技術と原子力発電は,エネルギー安全保
概念や部門の範囲を変更しているため,異時点間での比較
障と地球温暖化の緩和に貢献する電源として導入が期待さ
が困難となっている.
れている.発電技術のエネルギー消費や環境負荷は,発電
そこで本研究では先行研究
1)
にて用いた整合ある時系列
時に消費する燃料だけでなく,設備の製造,利用,廃棄工
産業連関表(TSIO:Time Series Input-Output table) を
程においても大きいと考えられている.こういった間接影
元に環境負荷データベースや分析手法の再考を行い,TSIO
響を分析する方法はライフサイクル分析と呼ばれており,
本体にも若干の改良を加え,事業用電力部門のエネルギ
これまでは積み上げ法と呼ばれる方法によって影響の大き
ー・環境負荷,及びエネルギー収支の過去の傾向を明らか
さを定量的に分析してきた.積み上げ法はモデルプラント
にした.
を使って分析する方法で,実際に社会に導入されている電
源についての分析でないという欠点がある.
2. 時系列産業連関表(TSIO)の概要
積み上げ法の欠点を補う有効な手法のひとつとして産業
連関表を用いたライフサイクル分析がある.産業連関表を
*
筑波大学システム情報工学研究科リスク工学専攻博士前期課程
〒305-0006 つくば市天王台 1-1-1
e-mail [email protected]
**
筑波大学大学院システム情報工学研究科リスク工学専攻教授
〒305-0006 つくば市天王台 1-1-1
***
(株)東京電力
****
(財)政策科学研究所
〒100-0014 千代田区永田町 2-4-8
TSIO は政府が公表している『産業連関表基本表』(以下基
本表),
『産業連関表接続表』(以下接続表),
『産業連関表延
長表』(以下延長表)を基本として作成されている.1971,
72 年については延長表が作成されていないため,71 年と 72
年を除く 1970-2000 年間の各年について推計した.各部門
は 95 年基準の概念と 1985-90-95 年接続表の統合小分類を
n
基本として作成したが,年によって産業連関表の基本分類
が異なっていたために部門統合により部門数を少なくした.
最終的に開発された TSIO は 155 部門の内生部門と 8 つの粗
付加価値部門,9 つの最終需要部門と輸入部門で構成されて
いる.
∑a
j =1
ij
X j + Fi d + Ei = X i + M i + Z i i = 1,2, L , n
(1)
X i は i 部門の国内生産額, Fi d は
国内需要額, E i は輸出, M i は輸入, Z i は在庫変動であ
ここで aij は投入係数,
る.なお輸入と在庫変動は国内需要に依存すると定義し,
輸入・在庫消費係数 mi を用いて式(2)のように表される.
3. 環境負荷データの整備
n
Zi + M i = mi (∑ aij X j + Fi d ) 本分析で扱う環境負荷データはエネルギーの消費量と CO2
の排出量とし,CH4 のような他の温室効果ガスの発生につい
ては分析の対象から外している.TSIO の 156 部門がそれぞ
れ直接消費したエネルギー量と CO2 排出量を算出するため,
本分析では長期にわたって部門概念が統一されている総合
したがって mi は在庫・輸入依存度を示し, (1 − mi ) は輸
入や在庫に依存しない自給率を表している.式(2)を式(1)
に代入し整理すると
n
X i − (1 − mi )∑ aij X j = (1 − mi ) Fi d + Ei
まず 156 部門別の直接エネルギー消費量を求めるため,
エネルギーバランス表の各部門の燃料消費量を TSIO の対応
する部門に配分した.エネルギーバランス表の部門数より
も TSIO の部門数の方が多いため,対応する TSIO の部門の
国内生産額の比でエネルギーバランス表の値を配分した.
また運輸部門などは具体的に使用した燃料がある程度わか
っているので,より詳細に値の配分を行った.なお軽油,
揮発油についてはエネルギーバランス表の値が旅客用・貨
物用の二項目にしか分類されておらず,各産業や家計が消
費した分量を上記の方法で決定することができないため,
産業連関表の物量取引表を元に揮発油,軽油の生産部門,
運輸部門,業務部門,家計消費部門の配分割合を決定し,
その 4 部門ごとに該当する TSIO 部門の国内生産額の比で配
分して使用量を推計した.
CO2 排出量については消費した燃料ごとに燃焼時の CO2 排
出原単位 3)を乗じて推計した.また電力や自家発電,熱利用
時の CO2 排出原単位は,発電所や自家発時,熱発生過程での
総 CO2 排出量をそれぞれ電力消費量,自家発電消費量,熱利
用量で除して決定した.この推計方法により,156 部門がそ
れぞれ電力や熱を利用した分に応じた CO2 排出量を求める
ことができる.
4. 分析手法
本研究で用いた産業連関分析のモデルは,我が国のよう
な輸入比率の高い市場経済において波及効果を求める際に
最も適した,輸入を内生化した競争輸入型モデルである.
本研究では在庫の変動も輸入と同じように内生化してモデ
ル式を構築した.
産業連関表における i 部門の需給バランス式は式(1)の
ように書くことができる.
(3)
j =1
2)
エネルギー統計のエネルギーバランス表 を用いた.
(2)
j =1
式(3)を行列記号で表し
X
についてまとめると,式(4)
のようなモデル式が導出される.
X = [ I − ( I − Mˆ ) A] −1 [( I − Mˆ ) FD + E ]
(4)
ただし M̂ は輸入・在庫係数 mi を主対角要素にとった対角
行列であり, I は単位行列である.したがって ( I
− Mˆ ) A
は在庫を除いた国産品のみの投入係数であり,
[ I − ( I − Mˆ ) A] −1 は輸入と在庫を内生化したレオンチェ
フ逆行列である.
エネルギーの分析をする場合は式(4)にスカラーとして
直接エネルギー消費原単位 E ' i
ー 消 費 量 ) を 乗 じ れ ば
X i ( E 'i は直接エネルギ
, i 部 門 が 最 終 需 要
[( I − Mˆ ) FD + E ] に応じて直接・間接的に消費したエネ
ルギー量が求まる.CO2 排出量に関しても直接 CO2 排出原単
位 C 'i
X i ( C 'i は直接 CO2 排出量)を乗じれば同様に求ま
る.
本研究では上記の方法により電源別にみたエネルギー消
費量と CO2 排出量を求めた.最終需要により発生する直接・
間接エネルギー消費量,CO2 排出量と,中間投入によるエネ
ルギー消費量,CO2 排出量の和をそれぞれ総エネルギー消費
量,総 CO2 排出量と定義する.エネルギーの消費量について
は全て一次エネルギーに換算した値で計算を行っており,
総 CO2 排出量についてはプラントでの LNG 等の燃焼分と電力
の最終需要による CO2 排出誘発量の和を各種電源の総排出
量としている.
5. 電力部門の時系列ライフサイクル分析
5.1 エネルギー消費量
電源別の総エネルギー消費量として原子力発電を図 1 に,
火力発電を図 2 に,水力発電を図 3 に示す.図にはそれぞ
れの発電方法による発電端での発電電力量の推移も併せて
掲載している.図における直接エネルギー消費量は各種発
図 3 の水力発電の投入エネルギーには揚水発電に使用し
産業連関分析における電力の最終需要による他部門へのエ
た電力消費も含まれる.水力発電は自然エネルギーを利用
ネルギー消費の波及効果である.この二つを合わせて運用
した発電の特性上年ごとの出力の変動が大きいため,それ
エネルギーと呼ぶ.また施設建設エネルギー消費量は TSIO
に応じて投入エネルギーも変動している.また 1970~80 年
における「電力施設建設」部門の直接・間接エネルギー消
代前半ではダム建設等による設備建設が続いたため,この
費量を電源別の拡充工事費(送配変電施設建設費を含めた
時代は設備エネルギー消費量の割合が電子力発電と同じよ
四項目)の値の比で配分したものであり,送配変電施設建
うに大きいことも特徴である.
配変電施設建設費を 3 電源のその年の設備容量の比で分配
したものである.同様にこの二つの消費エネルギーを合わ
せて設備エネルギーと呼ぶ.また,運用エネルギーと設備
エネルギーを合わせてプラントへの投入エネルギーと呼ぶ.
図 1 を見ると,原子力発電の発電電力量の増加に伴う運
エネルギー消費量(1015J)
設費は「電力施設建設部門」の拡充工事費の比で求めた送
140
100000
120
80000
100
80
60000
60
40000
40
20000
20
0
0
19
70
19
72
19
74
19
76
19
78
19
80
19
82
19
84
19
86
19
88
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
用,設備の両方のエネルギー消費量の増加の様子がわかる.
特に施設建設エネルギー消費は近年よりも 1980 年前後の方
直接エネルギー消費
施設建設エネルギー消費
発電電力量
350
350000
300
300000
250
250000
200
200000
150
150000
100
100000
50
50000
図1
水力発電エネルギー消費量
電源別の CO2 排出量をそれぞれ図 4 に示す.火力発電の
CO2 排出量はそのほとんどが化石燃料の燃焼によるため,CO2
排出原単位は非常に大きい.一方水力,原子力発電では所
0
直接エネルギー消費
施設建設エネルギー消費
発電電力量
エネルギー消費波及効果
送配変電施設建設エネルギー消費
5.2 CO2 排出量
内電力を消費しても発電時に CO2 を排出していないので,火
19
70
19
72
19
74
19
76
19
78
19
80
19
82
19
84
19
86
19
88
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
0
図3
発電電力量(百万kWh)
エネルギー消費量(1015J)
が大きい.
力と比べて非常に値が小さい.
エネルギー消費波及効果
送配変電施設建設エネルギー消費
350000
原子力発電エネルギー消費量
300000
250000
千トンCO2
火力発電におけるエネルギー消費の推移を示した図 2 を
見ると,ほぼ一定の所内電力消費に対して発電電力量が増
加しており,この点から発電効率の向上が推測できる.ま
150000
100000
た 1973 年と 79 年の石油危機後の数年間,エネルギー消費
50000
の他部門への波及効果が若干減少していることも注目すべ
0
19
70
19
72
19
74
19
76
19
78
19
80
19
82
19
84
19
86
19
88
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
き結果である.
600000
800
500000
700
600
400000
500
300000
400
300
200000
200
100000
100
0
19
70
19
72
19
74
19
76
19
78
19
80
19
82
19
84
19
86
19
88
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
0
直接エネルギー消費
施設建設エネルギー消費
発電電力量
図2
エネルギー消費波及効果
送配変電施設建設エネルギー消費
火力発電エネルギー消費量
火力
発電電力量(百万kWh)
900
エネルギー消費量(1015J)
200000
図4
原子力
水力
電源別 CO2 排出量
発電電力量あたりの CO2 排出量を図 5 に示す.発電電力量
あたりの CO2 排出量は初期の原子力発電は生産額が小さい
ためにやや値が大きいが,その後は水力とほぼ同等程度の
推移を示している.水力発電は 30 年間ほぼ同程度にとても
小さな値である.火力発電の値の推移を見ると年々値が小
さくなっているが,これは発電に用いる燃料が LNG などの
CO2 排出原単位が小さい燃料に移行していることや発電技術
の向上が主因と考えられる.
発電電力量(百万kWh)
電所の所内電力消費量であり,エネルギー消費波及効果は
0.900
6. まとめと考察
0.800
千トンCO2/百万kWh
0.700
本研究では事業用 3 電源に関するライフサイクルでの評
0.600
0.500
価を時系列で行った.発電におけるエネルギー収支は図 6
0.400
に示された通り年ごとの変動はあるものの,全体としては
0.300
緩やかな改善傾向にあることが見て取れる.年ごとの変動
0.200
の原因はその年の電力需要によってベース・ミドル・トッ
0.100
プを担う 3 電源の稼働率が変化するためだと考えられる.
0.000
1970
1975
1980
1985
原子力
図5
1990
火力
1995
環境性の観点では図 5 の発電電力量あたりの CO2 排出量の
2000
水力
推移から,火力は若干の改善傾向にあるとはいえ,水力,
発電電力量あたりの CO2 排出量
原子力発電には到底及ばないことがわかる.本研究から
2000 年の火力発電による CO2 排出量は間接影響も含めて 3
5.3 エネルギー収支分析
億トン強と推定されたが,これは 2000 年の総 CO2 排出量の
投入エネルギーにおける四つのエネルギー消費のうち所
約 12 億トンの約 1/4 である.電力需要が今後一層高まるこ
内動力である直接エネルギー消費量を除いたもので生産エ
とが予想されることと京都議定書による削減目標を考慮す
ネルギーを除したものをエネルギー収支と定義する.各種
ると,発電部門からの温暖化対策は急務であり,本研究か
電源のエネルギー収支の計算の結果を図 6 に示す.事業用
ら得られた電力部門における過去からの 30 年にわたる傾向
発電における総合エネルギー収支の計算結果も太線で示し
から考えて,今後は電源構成における原子力,水力の割合
てある.
を徐々に高めていくことが肝要であるといえる.
原子力発電の収支は 1970 年の約 5 から 2000 年で約 40 と
大きく改善している.水力は水力発電が主流であった 1970
年代は最も収支の良い発電方法であったが,1985 年頃から
原子力に抜かれている.火力は他の発電と同様に年ごとの
値の変動はあるものの,30 年間通してそれほどエネルギー
収支は変動していない.これらを総合した収支の値では,
参考文献
最低で約 15,最高で約 30 という結果となった.
1)
40
塚本忠嗣,ほか 4 名;時系列産業連関表を用いた
電力部門のエネルギー・環境負荷分析,第 25 回エ
ネルギー・資源学会研究発表会講演論文集,
35
(2006)
30
2)
25
137-140.
資源エネルギー庁;総合エネルギー統計,
(株)通
商産業研究社,(2005) .
20
15
3)
国立環境研究所;燃料報告書,(2005),12-15.
4)
湯浅雄一郎,内山洋司,川島啓; 時系列産業連関
表によるエネルギー・環境負荷分析,第 21 回エネ
10
ルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演
論文集 ,(2005) .
5
5)
0
1970
1975
1980
1985
原子力
図6
火力
1990
水力
1995
総合
電力のエネルギー収支
井出眞弘;Excel による産業連関分析入門,(2003),
82-83,産能大学出版部.
2000
6)
内山洋司;発電システムのライフサイクル分析,
研究報告:Y94009,
(財)電力中央研究所,(1991).