「恩師と私」 人生の各段階に様々な先生に出会うことがあります。一番普遍的なのは「知識の師」で す。このタイプの先生は、授業や出版を通して、自らの学問や知識を切り売りするので、 その先生の著書を読めば、または授業を聴講すれば、勉強の目的を達成することが出来ま す。 次は「学問の師」です。このタイプの先生は、単なる知識だけではなく、学問の方法論 や、学問をする態度まで教えてくれる先生です。最後は、数が一番少なくて、最も貴重な のは「人生の師」です。このタイプの先生は、私たちの生涯に影響をもたらしてくれるの で、真の意味で「恩師」と呼ばれる人たちです。 そのような恩師の一人に、現在は日本上智大学の名誉教授で、83 歳のご高齢の渡部昇一 先生がいらっしゃいます。私にとって、渡部先生は私の「人生の師」にあたります。渡部 先生は、15 万冊ほどの蔵書を所有し、上智大学からご退官なさった時、退職金全額を投じ て、イギリス中世詩人ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』を購入しました。 この物語は、14 世紀に印刷業者の Caxton が印刷した書籍であるため、現在は高額な稀観本 となっています。そのような蔵書を収蔵し、終生知的生活を続けるため、渡部先生は 80 才 になる前に銀行から融資を受け、自分で図書館を建てました。 麗澤大学での恩師である故大塚真三先生も、私が大学を卒業するとき、一枚の短冊を贈っ てくださいました。それには、中国の孔子の言葉「放於利而行多怨」という至言が書かれ ていました。意味は、利益に従って行動すると、人から怨みを買うことが多い。これは、 孔子の処世訓を手短に述べたもので、自己中心的に利益ばかりを追い求めていると、他人 の利害と衝突して争いあったり、怨まれたりすることが多いので、自分の利己心を没却す るよう努力しなさいということであります。 私が学長に就任した時は、渡部先生も一枚の短冊を贈ってくださいました。それには、 江戸時代の儒学者佐藤一斎先生の言葉「壮にして学べば老いて衰えず」と書かれていまし た。意味は、壮にして学べば老いて衰えず、老いて学べば死して朽ちずです。渡部先生が 私にこの短冊をくださったのは、学長になったら、倍ぐらい、勉強してほしい。特に社会 的地位や収入が安定したときに、勉強することがもっと大切になります。いくつになって も、いつも勉強し続けてほしいという思いが込められていると思います。 ある老人ホームの経営者から興味深い話を聞いたことがあります。その時、大塚先生と 渡部先生が私にその2つの短冊を下さった意味がやっと分かりました。老人ホームの中に はプライドが高くて、傲慢で、いつも大声で周りに怒鳴り散らし、スタッフを困らせるお 年寄りもいるそうです。私はとても不思議に「何故いつも怒りっぽくて、大声で人を命令 するのでしょうか?」と尋ねました。老人ホームの経営者は「そのような人々には、もと もと学校の校長や学長など高い地位にあった人が多い」と答えたのです。彼らは昔の高い 地位に安住し、新しく学び続けることを怠ったからかもしれません。 その経営者の話を聞き終わった後、私は教訓として生かそうと思いました。恩師の大塚先 生が孔子の言葉を、渡部先生が佐藤一斎の「壮にして学べば老いて衰えず」を贈って下さ った意味がやっと分かりました。それから、医学の研究によると、読書をし学ぶ習慣を常 に保っている人は、確実に頭の老化を後に伸ばすことができるそうです。今後、人に嫌わ れる年寄りにならないように、やはり若いときから読書の習慣と謙虚に学ぶ態度を身につ けていきたいです。一緒に頑張りましょう。
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