国際税務事例研究会 外国税額控除 第2回 2016 年 9 月 9 日(金) MJS 税経システム研究所 客員研究員 埼玉学園大学大学院教授、税理士 座長 望月 文夫 【目 次】 1 外国税額控除の条文 1 2 外国税額控除の基礎 1 3 外国税額控除の理論 2 4 外国税額控除(平成 26 年度税制改正の概要) 9 5 所得税法上の外国税額控除が適用される場合の確定申告書及び明細書の記載要領 15 6 法人税法上の外国税額控除が適用される場合の確定申告書の記載要領 15 国際税務事例研究会 第2回 資料 外国税額控除 1 外国税額控除の条文 はじめに、外国税額控除の条文を見ておきます。 法人税法 69 条(外国税額の控除)1項 内国法人が各事業年度において外国法人税を納付することとなる場合には、当該事業年 度の所得の金額につき 66 条1項から3項まで(法人税率)の規定を適用して計算した金額 のうち当該事業年度の国外所得金額に対応するものとして政令で定めるところにより計算 した金額( 「控除限度額」 )を限度として、その外国法人税の額(「控除対象外国法人税の額」 ) を当該事業年度の所得に対する法人税の額から控除する。 日本の外国税額控除制度は、国際的二重課税を排斥するものではありますが、それは一 定の限度額の範囲内であることが要求されています。したがって、全世界所得制度の下で 国際的二重課税の排除が当然に 100 パーセント認められるものではない、ということにな ります。 そこで、実務上、外国税額控除を行うためには確定申告書に外国税額控除の明細書を添 付することとされ、3年間だけ控除不足額を繰り越すことができるように制度設計されて います。 2 外国税額控除の基礎 そもそも外国税額控除とはどのようなものを言うのでしょうか。この点について、最高 裁判所は平成 17 年 12 月 19 日の判決で次のように示しています。 法人税法 69 条の定める外国税額控除の制度は、内国法人が外国法人税を納付することと なる場合に、一定の限度で、その外国法人税の額を我が国の法人税の額から控除するとい う制度である。これは、同一の所得に対する国際的二重課税を排斥し、かつ、事業活動に 対する税制の中立性を確保しようとする政策目的に基づく制度である。 最高裁判所は、外国税額控除に関して、 ① 国際的二重課税の排斥、 ② 税制の中立性を確保しようとする政策目的、 の2つの目的を実現するために設けられたものと整理しています。 この点、国際的二重課税をすべて排斥するというものではなく、かと言って国際的二重 課税を放置しておくというわけでもありません。税制の中立性の確保という政策目的を強 調することで、ある意味恩恵的な制度であるとしているように考えられます。 *実務上、外国税額控除は、控除限度額の範囲内において税額控除を認め、3年間控除限 度超過額を繰り越すことができるようになっています。 1 国際税務事例研究会 3 第2回 資料 外国税額控除の理論 (1)外国税額控除転記誤り事件(最高裁平成 21 年 3 月 23 日上告不受理決定、福岡高裁 平成 19 年 5 月 9 日判決、大分地裁平成 18 年 2 月 13 日判決) 【事実の概要】 本件は、原告・控訴人 X が税務署長 Y に対して、法人税の確定申告において、外国税額 控除の適用を受けるに当たり、申告書に記載した税額等の計算が「国税に関する法律の規 定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと」 (国税通則法 23 条 1 項 1 号) により納付すべき法人税額が過大となったと主張して、更正の請求をしたところ、Y から更 正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を受けたため、X がそ の取消しを求めた事案である。 第一審の大分地裁が X の請求を退けたことから、X が控訴した。 【争点】 外国税額控除の適用を受けるに当たり、添付した資料から確定申告書別表に受取配当金 額を転記する際、資料内容の誤認あるいは誤読により誤った金額を記載し、その金額を基 礎として控除税額計算がなされた結果、控除金額が過少になるとともに、納付すべき法人 税額が過大となった場合に、国税通則法23条1項1号に定める『税額等の計算が国税に関 する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと』の要件に該当 し、更正の請求ができると解すべきか。 【概要図】 A(タイ国子会社) Y 更正の請求 (税務 署長) 通知処分 X 課税部分だけ計算 課税部分 (原告・ 非課税部分転記誤り計算 非課税部分 控訴人) 前年度に両方を益金算入していた 税務署長 Y の主張 原告・控訴人 X の主張 法人税法 69 条 13 項は、 「第1項の規定は、 法人税法 69 条 13 項の規定は、控除限度額 確定申告書に同項の規定による控除を受け 以下の額で法人が確定申告書に記載した金 るべき金額及びその計算に関する明細の記 額を限度として、外国税額控除の適用を認め 載があり、かつ、控除対象外国法人税の額を る規定であることから、原則として、確定申 課されたことを証する書類その他財務省令 告後に、記載した金額の税額を求めて更正の 2 国際税務事例研究会 で定める書類の添付がある場合に限り、適用 第2回 資料 請求を行うことはできない。 する。この場合において、同項の規定による 法人税法 69 条 13 項後段に規定する「転記 控除をされるべき金額は、当該金額として記 誤り」とは、確定申告書別表内における転記 載された金額を限度とする。 」と定めている。 誤りを指すものである。X の誤りは、計算過 これは、外国法人税額控除の適用を受ける 程自体の誤りではなく、X の担当者が添付資 か否かについては、納税者に選択の幅があ 料の意味を正確に理解していなかったため り、その幅の中のどれを選ぶかはその権限が に、計算の基礎とすべき受取配当金額を添付 納税者の任意に任され、適用を受ける場合は 資料から確定申告書に転記する過程で生じ 確定申告書にその金額と明細を記載し、その た誤りに過ぎず、外国税額控除の一部申告漏 裏付け資料を添付する義務が納税者にあり、 れによる法人税額の過大納付の場合に該当 納税者が選択の幅の中から任意にある一定 する。これは、計算過程の誤りとは明らかに のものをいったん選んだ以上、後になって他 異なるものである。特に、本件における添付 の選択肢を選ぶことへ変更する権限を有し 資料は、タイ語で記載され、訳文も付されて ないという趣旨である。 いないのであるから、Y は、転記の誤りであ そうすると、間接外国税額控除の制度が、 ることを知り得ない。仮に、転記の誤りであ あくまで外国法人税額を基準にしてその「配 ることを知り得たとしても、X の転記の誤り 当等の額の割合」反映分を税額控除の対象と は平成 11 年度から 3 年間連続していたもの しているとの立法趣旨に合致するし、また、 であるため、外形上はむしろ任意に一部を選 法人税法 69 条 7 項の文理、すなわち、間接 択したものと解し得るのである。 このように、X の誤りとする部分、つまり、 納付外国法人税額独自の控除金額の条文を おかずに、「その内国法人が納付する控除対 受取配当金額の抽出は、確定申告書に記載す 象外国法人税の額とみなして第1項の規定 る以前の、X 内部の意思決定段階のものであ を適用する」との条文をおいて、直接納付外 ることから、X に受取配当金の全額を控除対 国税額の控除金額にリンクさせる条文とな 象とする意思があったと判断することはで っていることにも合致する。 きず、結果として、それが納税者の選択誤り よって、この「配当等の額の割合」の計算 であったとしても、更正の請求の要件には該 過程で用いる受取配当等の額や外国子会社 当しない。 の所得金額について、記載誤りがあった場合 課税減免規定である外国税額控除制度に には、そもそも選択の余地がなく、納税者に 関しては、税額の計算の安定を確保し、租税 選択の権限もない場合であるから、法人税法 法律関係の明確化を図る趣旨から、その手続 69 条 13 項を根拠にその是正を禁ずることは 要件は厳格でなければならず、確定申告書に できない。そして、その記載誤りが「税額等 法人税法 69 条 1 項の規定による控除を受け の計算が国税に関する法律の規定に従って るべき金額及びその計算に関する明細の記 いなかったこと又は当該計算に誤りがあっ 載があり、かつ、控除対象外国法人税の額を たこと」に該当する以上、更正の請求ができ 課されたことを証する書類その他財務省令 ることは当然である。 で定める書類の添付があることが必要とさ 3 国際税務事例研究会 第2回 資料 れている。更に、この場合において、同項の 規定による控除をされるべき金額は、当該金 額として記載された金額を限度とするとし て、税額控除の対象となるのは、あくまで同 条 1 項で算出される控除対象外国法人税の 額のうち、控除すべき外国税額控除の額とし て確定申告書に記載された金額である旨規 定されている。 したがって、同条 1 項に規定する「控除対 象外国法人税の額」と同条 13 項に規定する 「控除をされるべき金額」が必ずしも同義・ 同額にはならないことは、文理解釈上、疑う 余地もないことであり、趣旨解釈の余地はな い。 【福岡高裁の判断】 国税通則法23条1項は、「納税申告書を提出した者は、・・・国税の法定申告期限から 1年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等・・・につき更 正をすべき旨の請求をすることができる。」と定めている。 一方、法人税法69条は、間接外国税額控除について、内国法人は、外国子会社から受け る配当等の額がある場合には、その外国子会社の所得に対して課される外国法人税の額の うちその配当等の額に対応するものをその内国法人が納付する控除対象外国法人税の額と みなして法人税法69条1項から3項までの規定を適用するものとされ(同条7項)ることから、 法人税法は、内国法人が外国税額控除制度の適用を受けることを選択する限り、計算され る控除対象法人税の額を当該事業年度の所得に対する法人税の額から当然控除すべきもの としていることは明らかである。 したがって、内国法人が、外国子会社から受け取った配当等の全額について控除対象法 人税の額の計算の基礎とできる場合に、誤ってその一部のみを計算の基礎とし、その結果、 控除税額が過少となり支払うべき法人税の額が過大となったときは、「税額等の計算が国 税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと」に該当 するものというべきである。 本件において、確定申告書を作成したXの経理担当者は、外国税額控除額を計算するに当 たって、課税対象部分である48、356、508.3タイバーツ及び非課税対象部分である74、251、 661.7タイバーツも受取配当額に含めて行うべきであるのに、誤って課税対象部分のみを受 取配当額として行い、Xはその旨の確定申告をした。 このように、Xは、外国税額控除制度の適用を受けることを選択するとともに、外国子会 4 国際税務事例研究会 第2回 資料 社Aからの受取配当金全額について所要の益金算入の措置を採り、他方、外国税額控除額を 計算するに当たっては、上記非課税対象部分については計算上顧慮することができないと の誤解に基づいて計算を行ったと解するほかない。そうだとすれば、本件は、「当該申告 書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなか ったこと又は当該計算に誤りがあったこと」により、当該申告書の提出により納付すべき 税額が過大であるときに該当し、Xは国税通則法23条1項1号により更正の請求をすること ができるものというべきである。 ところで、法人税法69条13項後段において、控除をされるべき金額は、控除限度要件と 規定しているので、この控除限度要件をどのように解するかが問題となる。 Yは、外国税額控除を選択してさえいれば、常に控除対象外国税額の満額までの変更が許 されることになるのであり、明らかに文理に反する上、大量回帰的に発生する国家の租税 債権を速やかに確定、実現することが不可能に帰するなどと主張する。しかし、租税法規 を統一的に矛盾なく理解しようとする立場に立った上記解釈は必ずしも文理に反するもの とはいえないし、上記解釈を前提としたとしても、更正の請求が続出し国家の租税債権の 速やかな確定、実現が不可能に帰すると認めるべき根拠はない上、仮に更正の請求が大量 にされたとしても、更正の要件を具備しているならばそれは当然の権利の行使にほかなら ないのであるから、そのような事態が生じる可能性があるからといって、上記解釈が相当 でないとはいえない。 以上によれば、本件については、国税通則法23条1項1号により更正請求が認められる こととなるから、本件通知処分は違法であって、取り消されるべきである。 よって、原判決を取り消し、Xの請求を認容することとして、主文のとおり判決する。 【解説】 本件は、納税者 X がタイに子会社 A を有し、A がタイ国に納付した外国法人税の額につ いて、間接税額控除の適用を受けるべく明細書に必要事項を記載し、タイ語で書かれた資 料を添付していた。ところが、X の経理担当者は、間接税額控除の計算上含むことのできる 金額(タイでの非課税対象部分)を除外して明細書に記載をしたが、確定申告後にその誤 りに気付いたため、Y に対して更正の請求を求めた。 しかし、Y は、通則法 23 条 1 項 1 号に規定する更正の請求を行うことができる「転記の 誤り」は、別表上の転記誤りだけを指すのであって、X のような非課税対象部分の計算ミス は含めるべきではないと主張し、第一審の大分地裁もこれを支持した。 これに対して、福岡高裁は、Xの請求を認めたうえで、本件が「当該申告書に記載した課 税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当 該計算に誤りがあったこと」により、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であ るときに該当するとし、Xが行った更正の請求ができると判断した。 Y が法人税法 69 条 13 条後段にある「・・・同項の規定による控除をされるべき金額は、 5 国際税務事例研究会 第2回 資料 当該金額として記載された金額を限度とする。」は、文理解釈上、X の場合はこれに該当し ないと主張したが、裁判所は Y の主張を認めなかった 周知のように、平成21年度税制改正において、外国子会社配当益金不算入制度が導入さ れたことから、間接税額控除制度は経過措置を講じた上で廃止された。その意味で、本件 の先例として意義が問われるかもしれないが、複雑な外国税額控除の明細書記載について、 転記誤りがあった場合にどのように考えるべきか、という意味では大きな意義を有すると 考えられる。国側は、福岡高裁の判断を不服として最高裁に上告したが、最高裁は上告不 受理を決定し、納税者勝訴が確定した。 (2)外国税額控除転記誤り事件(東京地裁平成25年11月19日) ① 事実の概要 X は、平成 19 年分の所得税について、所得税法 95 条1項の所得税の額から控除する外 国税額控除の金額を1億円余りと記載した確定申告書(「平成 19 年分確定申告書」)を提出 「外国税額控除に関する明細書」が添 して確定申告をした。平成19年分確定申告書には、 付されていた。 X は、平成 20 年分の所得税について、外国税額控除の欄に金額の記載をしない確定申告 書( 「平成 20 年分確定申告書」 )を提出して確定申告をした。平成 20 年分確定申告書には、 「外国税額控除に関する明細書」や同控除の計算の基礎となる書類等の添付がされていな かった。 X は、平成 21 年分の所得税について、外国税額控除の金額を 4540 万円余りと記載した 確定申告書( 「平成 21 年分確定申告書」 )を提出して確定申告をした。平成 21 年分確定申 告書には「外国税額控除に関する明細書」が添付されていた。 所轄税務署長は、平成 20 年分確定申告書に所得税法 95 条5項に規定する金額の記載や 書類の添付がなかったことから、平成 21 年分確定申告書における外国税額控除の計算を否 認した。 ② 争点 イ 所得税法95条6項に規定する同条2項の外国税額控除に係る手続要件の充足の有無 ロ 所得税法 95 条7項に規定する「やむを得ない事由」の有無 ③ 当事者の主張 原告 X の主張 被告税務署長 Y の主張 外国税額控除制度は、所得課税の基本的構 外国税額控除制度は、外国所得税額につい 造の性格を有するものと解すべきであり、政 てその控除を無制限に認めるものではなく、 策的課税減免規定や一方的な恩恵的措置で 各年において納付の確定した外国所得税額 あるなどとする被告の主張は誤りである。 と所得税の控除限度額とのいずれか低い金 このような国際的二重課税の排除という 額を限度として、当年分の所得税の額から控 趣旨に照らせば、同条5項及び6項に規定す 除するものである。 6 国際税務事例研究会 る確定申告書の記載に係る要件は、納税者の 第2回 資料 外国税額控除制度は、その年において納付 意思確認のために手続的に必要なものにと することとなった外国所得税額を控除限度 どまり、確認的なものにすぎないのであっ 額の範囲内で控除するものであるが、外国所 て、その欠けつの不備は治癒できる程度のも 得の発生時期とこれに課される外国所得税 のと解すべきである。 の納付時期は、必ずしも一致するとは限らな また、我が国の外国税額控除制度において いことから、これによる不都合を調整するた 控除限度額が設けられているのは、我が国の め、控除限度超過額又は控除余裕額の翌年以 税率を超えて控除を認めることにより源泉 降の繰越使用が認められているのである。 地国を不当に有利にすることを回避するた 所得税法 95 条5項及び6項は、確定申告 めであって、政策的考慮により設けられた外 書に所定の金額等の記載があり、かつ、財務 国税額控除制度の趣旨、目的を反映したもの 省令で定める書類を添付した場合に限って、 であるとの被告の主張は誤りである。 外国税額控除を認めることとしたものであ 被告は、所得税法 95 条5項及び6項の手 る。 続要件につき、税額の計算の安定を確保し、 当該手続要件は、この恩恵的措置の適用を もって租税法律関係の明確化を図る趣旨で 受けようとする者において、所得税の確定申 あると主張するが、同条6項については、繰 告を行うに当たり、申告書に外国税額控除を 越控除限度額が発生しない年の確定申告書 受けるべき金額及びその計算に関する明細 に当該年の控除限度額及び外国所得税の額 を記載し、かつ、外国所得税を課されたこと を記載させることは、税額の計算の安定や租 を証する書類等を添付することにより、自ら 税法律関係の明確化に何ら資するものでは その意思内容を明確に示すことを要するも ない。 のとしているのである。 【やむを得ない事情について】 【やむを得ない事情について】 仮に原告の確定申告が所得税法 95 条6項 原告が平成 20 年分確定申告書において外 所定の要件を満たさないとしても、国税庁様 国税額控除に関する記載をしていなかった 式の確定申告書等の不備や被告による案内 こと及び外国税額控除に関する書類の添付 不足等の天災その他本人の責めに帰すこと 等もなく所得税法 95 条6項所定の手続を履 のできない客観的事情があり、外国税額控除 践していなかったことは、原告の法の不知や の制度趣旨に照らせば、原告に対してその適 事実の誤認等の主観的事情に該当するとい 用を受けさせないことは不当又は酷である うべきであり、天災、交通途絶その他本人の というべきである。 責めに帰すことのできない客観的事情には 到底当たらない。 したがって、本件につき同条7項に規定す る「やむを得ない事情」が認められないこと は明らかである。 7 国際税務事例研究会 ④ 第2回 資料 東京地裁の判断 所得税法は、我が国の国際的競争力の維持発展を図るという政策的要請の下に、国際的 二重課税を防止し、海外取引に対する課税の公平と税制の中立性を維持することを目的と して、外国所得税の額を一定の限度で我が国の所得税の額から直接控除することを認める 外国税額控除の制度(同法 95 条)を採用したものと解される。 国外所得の発生時期と外国所得税の納付時期とのずれを一定の範囲で調整するため、各 年の外国所得税の額が控除限度額に満たない場合の控除余裕額又は各年の外国所得税の額 が控除限度額を超える場合の控除限度超過額につき、翌年以降の繰越使用を3年以内に限 り認めている。 所得税法 95 条6項は、控除余裕額又は控除限度超過額の繰越使用による外国税額控除を 定める同条2項及び3項の規定につき、所定の事項を記載した確定申告書の提出等がされ た場合に限り適用するものと定めているところ、当該繰越使用に係る手続要件について、 税額の計算の安定を確保し、もって租税法律関係の明確化を図る趣旨のものと解するのが 相当である。 原告は、平成 20 年分確定申告書には、その添付書類を含めて、同年の控除限度額及び同 年において納付することとなった外国所得税の額を記載していないのであるから、同条6 項所定の同条2項の適用要件を満たしたものということはできない。 所得税法 95 条7項の「やむを得ない事情」とは、天災、交通途絶その他の納税者の責め に帰することのできない客観的な事情をいい、納税者の法の不知や事実の誤認等の主観的 な事情はこれに当たらないものと解するのが相当である。 被告において、納税者に対し、原告の平成 20 年分の所得税のように外国税額控除の規定の 適用を受けないものとして確定申告書を提出する場合について、その年は同条6項に規定する 「各年」に当たらずその年の控除限度額及びその年において納付することとなった外国所得税 の額を確定申告書に記載することを要しないとか、 「外国税額控除に関する明細書」を利用する ことはできないといった誤解を招くような案内をしていたとは認められない。 よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却する。 ⑤ 解説 本事件は、比較的新しい事件であり、所得税法上の外国税額控除の手続について参考に なると思います。 前の事件は、まさに転記誤りでしたが、本事件では平成 20 年分確定申告書に外国税額控 除の記載がなく、明細書の添付もしなかったことで、翌年の確定申告書の外国税額控除の 控除繰越額が変わってしまったというものです。 8 国際税務事例研究会 4 第2回 資料 外国税額控除(平成26年度税制改正の概要) まずは、 「平成 26 年度税制改正の大綱」の該当箇所を以下に掲げます。 1 国際課税原則の見直し(総合主義から帰属主義への変更) (国 税) (1) 外国法人の国際課税原則の見直し 外国法人に対する課税原則について、いわゆる「総合主義」に基づく従来の国内法を、2010 年改訂後のOECDモデル租税条約に沿った「帰属主義」に見直す。 (2) 恒久的施設に帰せられる所得の位置づけ (以下「PE」という。 ) 外国法人がわが国に有する恒久的施設(Permanent Establishment) に帰せられる所得(以下「PE帰属所得」という。 )を、従来の国内事業所得に代えて国内 源泉所得の一つとして位置づける。 (3) PE帰属所得の算定 ① PE帰属所得 PE帰属所得は、外国法人のPEが本店等から分離・独立した企業であると擬制した場合 に当該PEに帰せられるべき所得とする。 ② 内部取引 PE帰属所得の算定においては、外国法人のPEと本店等との間の内部取引について、移 転価格税制と同様に、独立企業間価格に基づく損益を認識する。 ③ PEへの資本の配賦及びPEの支払利子控除制限 外国法人のPEが本店等から分離・独立した企業であると擬制した場合に帰せられるべき 資本(以下「PE帰属資本」という。 )をPEに配賦する。また、外国法人のPEの自己資 本相当額がPE帰属資本の額に満たない場合には、外国法人のPEにおける支払利子総額 (外国法人のPEから本店等への内部支払利子及び本店等から外国法人のPEに費用配賦 された利子を含む。 )のうち、その満たない部分に対応する金額について、PE帰属所得の 計算上、損金の額に算入しない。 (4) 外国法人に係る外国税額控除制度の創設 外国法人のPEのための外国税額控除制度を創設する。 (5) 内国法人の外国税額控除 内国法人が国外に有するPEに帰せられる所得(以下「国外PE帰属所得」という。 )を 国外源泉所得の一つとして定義し、内国法人の外国税額控除に関して国外PE帰属所得を 算定する際には、上記(3)に準じて内部取引等を勘案する。 (6) その他 ① 文書化 PEと本店等との間の内部取引の存否及び内容を明確にするための文書を作成し、税務当 局からの求めがあった場合には遅滞なく提示し、又は提出しなければならないこととする。 ② 個人課税 9 国際税務事例研究会 第2回 資料 非居住者(個人)課税については、原則として、帰属主義に変更する外国法人に準じた取 扱いとする。また、居住者(個人)課税についても、原則として、帰属主義に変更する内 国法人に準じた取扱いとする。 (7) その他所要の措置を講ずる。 (注)上記の改正は、平成 28 年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税及び平成 29 年分以後の所得税について適用する。 次に、財務省ウェブサイトから、帰属主義を示す図を掲げます。 (注1) 本店が支店(PE)を介さずに行う直接投資等は申告課税対象外に (注2) 支店(PE)が行う国外投融資で第三国において課税されているもの (注3) 原則として源泉徴収で課税関係終了 (出典:財務省資料) ここでご理解いただきたいことは、平成 26 年度税制改正における外国法人(非居住者) 課税と外国法人課税が真逆であるということです。 つまり、外国法人(非居住者)課税を行うのは国内源泉所得ですが、外国税額控除を認 めるのは国外源泉所得であるということです。財務省の税制改正資料においても、この点 が強調されており、以下に掲げる2つの表のように、外国法人(非居住者)課税(表1) と外国税額控除(表2)が対照的になっています。 10 国際税務事例研究会 【表 1】 第2回 外国法人に対する法人税課税 国内源泉所得の範囲 所得種類 PEあり PE PE帰属 PE非帰属 なし (事業所得) ② 国内にあ る資産の運 用・保有所得 (7)から(14)を 除く 国債、地方債、内国法人発行の債券、約 束手形 居住者に対する貸付金債権で、当該居 住者の行う業務に係るもの以外のもの 国内にある営業所を通じて契約した保険 契約に基づく保険金を受ける権利 国内不動産の譲渡 国内にある不動産の上に存する権利 国内にある山林の伐採又は譲渡による ③ 国内にあ 所得 る資産の譲渡 買集めした内国法人株式の譲渡、事業 所得(右のも 譲渡類似株式の譲渡 のに限る) 不動産関連法人株式の譲渡 国内のゴルフ場の所有・経営に係る法人 の株式の譲渡 国 内 源 泉 所 得 国内にあるゴルフ場等の利用権の譲渡 ① P E に ④ 国内において行う人的役務提供事業の対価 帰 ⑤ 国内にある不動産等の貸付けによる対価 せ 国内業務・国内資産に関し受ける保険金 等 ら 国内にある資産の贈与 れ ⑥ その他の 国内で発見された埋蔵物等 国内源泉所得 国内で行う懸賞に係る懸賞金等 国内業務・国内資産に関し受ける保険金 等国内資産に関し供与を受ける経済的 利益 る べ き 所 (7) 内国法人の発行する債券の利子等 得 (8) 内国法人から受ける配当等 源 源 泉 泉 徴 徴 (12) 国内にある営業所を通じて締結した年金契約に基 づいて受ける年金 収 収 (13) 国内営業所が受け入れた定期積金に係る給付補 填金等 の の み み (9) 国内業務に係る貸付金利子 (10) 国内業務に係る使用料 (11) 国内事業の広告宣伝のための賞金 (14) 国内において事業を行う者に対する出資につき、 匿名組合契約に基づいて受ける利益の分配 *法人税は①と②から⑥までを区分する。(7)から(14)は(PEに帰属しない場合)源泉徴収のみ で課税が完結する。 11 資料 国際税務事例研究会 第2回 【表 2】 内国法人における外国税額控除における国外源泉所得の範囲 国外PEを有する 内国法人 所得種類 国外PE 帰属所得 国外PEを 有しない 国外PEに帰属 内国法人 しない所得 (事業所得) 外国法人発行の債券等 ②国外にある資 非居住者に対する貸付金債権で、当該非居住 産の運用・保有 者の行う業務に係るもの以外のもの 所得 国外にある営業所を通じて契約した保険契約 に基づく保険金を受ける権利 国外不動産の譲渡 国外にある不動産の上に存する権利 国外にある山林の伐採又は譲渡による所得 ③国外にある資 産の譲渡所得 事業譲渡類似株式に相当する株式の譲渡 (右のものに限 不動産関連法人株式に相当する株式の譲渡 る) 国 外 源 泉 所 得 国外のゴルフ場の所有・経営に係る法人の株 式の譲渡 ① 国 国 外 事 外 業 P 所 E 等 に に 帰 ⑦外国法人から受ける配当等 帰 属 ⑧国外業務に係る貸付金利子 せ し ら な れ い る 国 べ 外 き 源 所 泉 得 所 国外にあるゴルフ場等の利用権の譲渡 ④国外において行う人的役務提供事業の対価 ⑤国外にある不動産等の貸付けによる対価 ⑥外国法人の発行する債券の利子等 ⑨国外業務に係る使用料 ⑩国外事業の広告宣伝のための賞金 ⑪国外にある営業所を通じて締結した年金契約に基づいて受け る年金 ⑫国外営業所が受け入れた定期積金に係る給付補填金等 ⑬国外において事業を行う者に対する出資につき、匿名組合契 約に基づいて受ける利益の分配 ⑮租税条約の規定によりその租税条約の相手黒糖において租 税を課することができることとされる所得のうち、その相手国等に おいて外国法人税を課されるもの 国外業務・国外資産に関し受ける保険金等 得 国外にある資産の贈与 ⑯その他の国外 国外で発見された埋蔵物等 源泉所得 国外で行う懸賞に係る懸賞金等 国外業務・国外資産に関し供与を受ける経済 的利益 ⑭国際運輸業に係る所得のうち国外業務につき生ずべき所得 (注) (注)国外PE帰属所得からは、⑭の国際運輸業所得は除かれています。 12 資料 国際税務事例研究会 第2回 資料 今回の改正で特徴的なことは、「国外源泉所得」という概念を新たに定義したことです。 そして、外国法人課税で説明した帰属主義の考え方を採用しました。これらにより、内国 法人の外国税額控除について、A 国に所在する PE が獲得した A 国での事業所得だけでな く、A 国以外(図1では日本)での事業所得についても国外源泉所得となり、外国税額控除 の対象となることになります。 「日本で生じた所得なのに、なぜ、国外源泉所得なのか?」 と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、A 国に所在する PE が獲得した所得を国外 源泉所得とした結果です。 以下に、これまでの総合主義に基づく外国税額控除の対象(図1)と、今回導入された 帰属主義に基づく外国税額控除の対象となる国外源泉所得(図2)をお示しします。 【総合主義に基づく外国税額控除の対象(図1) 】 国内源泉所得 (外国税額控除の対象外) (日本) 日本での 内国法人(本店) 事業所得 認識せず 国外支店(国外 PE) 国外源泉所得と認識せず A 国での 事業所得 国外源泉所得 (外国税額控除の対象) 13 国外支店が獲得 した所得 ( 国 A) 内部取引を 国際税務事例研究会 第2回 資料 【帰属主義に基づく外国税額控除の対象となる国外源泉所得(図2) 】 (日本) 日本での 内国法人(本店) 事業所得 認識する 国外支店(国外 PE) 国外支店が獲得 した所得 ( 国 A) 内部取引を 国外源泉所得と認識する A 国での 事業所得 国外源泉所得 (外国税額控除の対象) 図2にあるように、内国法人の国外支店などの PE が獲得する(帰属する)所得を(たと え日本で得た所得であっても)国外源泉所得とすることで、その国外源泉所得について外 国税額控除の対象とすることになります。外国税額控除制度においては、この国外 PE のこ とを「国外事業所等」と定義し、それが獲得する所得のことを「国外事業所等帰属所得」 と呼ぶことになりました。 さて、国外事業所等帰属所得以外の国外源泉所得も外国税額控除の対象となります。そ こで、国外源泉所得を「国外事業所等帰属所得」と「国外 PE に帰属しない国外源泉所得」 に区分した上でそれぞれに所得金額を計算し、最終的にはこれを合算して国外所得金額を 算定することになります。別添をご参照下さい。 なお、別添の表ですが、別表6(2)にその他の国外源泉所得に係る所得の計算が、別 表6(2)付表1に国外事業所等帰属所得に係る所得の計算が、それぞれ記載できるよう になっています。 14 国際税務事例研究会 第2回 資料 5 所得税法上の外国税額控除が適用される場合の確定申告書及び明細書の記載要領 平成 26 年度税制改正は、所得税においては平成 29 年分より適用されることから、国税 庁のウェブサイトには古い明細書が掲載されています。 そこで、帰属主義導入前の書式に基づいて、外国税額控除に係る確定申告書および明細 書の書き方について、設例に基づいて説明しました。 6 法人税法上の外国税額控除が適用される場合の確定申告書の記載要領 平成 26 年度税制改正は、法人税法においては平成 28 年4月1日開始事業年度以降適用 されています。そこで、帰属主義導入税後の事業年度について、設例に基づいて関係する 別表の記載要領について説明しました。 (以上) 15
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