「AJIMed」|肝疾患情報|症例からみる 肝疾患診療update Surgery

症例は72歳、女性のC型肝細胞癌である。
患者
72歳、女性
現病歴
10年前から近医にてC型慢性肝炎による肝機能異常に対して保存的治療を受
けていた。
AFPの上昇、およびCTで肝内に2つの腫瘤性病変(35mm、16mm)を認めた
ことから、当科紹介。
血液・生化学検査所見
WBC
3200 /μL
AFP
295 ng/mL
Hb
11.0 g/dL
AFP-L3
14.2 %
Plt
5.1×10 4 /μL
PIVKA-II
333 mAU/mL
Alb
3.2 g/dL
CEA
11.5 ng/mL
T-Bil
1.1 mg/dL
CA19-9
115 IU/mL
LDH
244 IU/L
DUPAN-2
240 U/mL
AST
90 IU/L
Span-1
53 U/mL
ALT
70 IU/L
HBs-Ag
(-)
γ-GTP
47 IU/L
HBs-Ab
(-)
ALP
324 IU/L
HBe-Ag
(-)
PT
61 %
HBe-Ab
(-)
AT-III
53 %
HBc-Ab
(+)
ICG R 15
43.1 %
HCV-Ab
(+)
肝障害度B/Child-Pughスコア 8点(Grade B)
本症例は肝障害度B、Child-Pugh 分類でGrade Bであり、かなり肝機能の低下したC型肝硬変に合
併した肝細胞癌(HCC)である。
『肝癌診療ガイドライン2010年版』の肝細胞癌治療アルゴリズムから判断すると、肝切除
かTACE、あるいはTACE+局所療法が選択されることになる。肝切除適応の幕内基準から判断す
ると、部分切除または核出術という選択枝は残るが、肝機能が極めて不良であることから、実際
には外科的治療の対象と考えられないことが多い。
本症例では、術前のCTによりドーム直下S8に径35mmの腫瘍を、少し離れた背側S7に径16mmの
腫瘍を認めた(図1)。
図1 術前のCT所見
経皮的治療を選択する施設もあると考えられるが、ドーム直下の腫瘍であることから体外エコー
では確認しづらく、腫瘍径が比較的大きいために経皮的治療単独では局所再発が起こりやすいと
考えられた。血小板も低値であり、経皮的治療はリスクが大きい。そこで当科では、本症例には
マイクロ波凝固壊死療法(microwave coagulo-necrotic therapy; MCN)を適用した。MCN術後の2カ
所の焼灼範囲は十分であり(図2)、その後も局所再発は認めていない。S8の腫瘍は中分化
型HCC、S7の腫瘍は高分化型HCCであった。
図2 術後のMRI所見
本症例はその後、5年8カ月経ってからS3などで他部位再発を認めたが、再発時のMCN術前検査で
はアルブミン3.6g/dL、T-Bil 0.3mg/dL、PT 98%、ICG15分値27.4%と、肝機能はかなり改善して
いた。
本症例には、第1回目のMCN施行後よりBCAA顆粒製剤リーバクト® 配合顆粒(以下、リーバク
ト® )を投与していた。リーバクト® は低アルブミン血症を改善するほかに、酸化ストレス軽減作
用によって肝線維化の進展を抑制するなど、肝機能全体の改善に寄与する可能性が考えられる。
マイクロ波凝固壊死療法(MCN)は、肝切除の際の止血装置として開発されたマイクロターゼを
使用して、直接に腫瘍を凝固壊死させる治療法として1988年に当院の才津(秀樹)が始めた。マ
イクロ波を使用する治療法を一般的にはマイクロ波凝固療法(microwave coagulation therapy;
MCT)と呼称するが、当院では治療開始当時からMCNとネーミングしている。
一般的な経皮的マイクロ波凝固療法(percutaneous microwave coagulation therapy; PMCT)やラジ
オ波焼灼術(radiofrequency ablation; RFA)が経皮的に腫瘍の中央から熱凝固・焼灼を開始するの
と違い、MCNは開発当時より腫瘍の辺縁から焼灼することを心がけている(図3)。腫瘍内圧の
上昇によって癌細胞が周囲脈管内へ散布するのを予防するためである。
図3 MCN(腫瘍辺縁から中央に向けたアプローチ)
1つの腫瘍に対して数回の穿刺を必要とするので、開腹あるいは開胸といった侵襲手技を要する
が、腫瘍に対しての局所制御能は肝切除に匹敵することが、われわれの経験から証明されてい
る。今回の症例のように肝切除を適用しづらい場合でも、肝切除に匹敵する局所治療を提供でき
ることがMCNの強みである。
MCNの利点は、①肝癌の個数が多くても治療ができること、②腫瘍の位置によっては小さな切開
で済み、手術侵襲が小さくて済むこと、③肝機能が悪くても治療できることが挙げられる
(図4)。
図4 MCNの利点
MCNを実施した症例を図5、6に示す。図5のように開腹すると、一度に多発する腫瘍に対して
のMCN治療が可能である。図6は今回紹介した症例と同様にドーム直下に腫瘍が存在したが、小
開胸を行い経横隔膜的にMCN治療が可能であった。
図5 MCN実施例(1)
図6 MCN実施例(2)
当科で肝切除を実施した症例の21%が肝障害度B、11%がChild-Pugh分類でBであり、MCNを実施
した症例の51%が肝障害度B、30%がChild-Pugh分類Grade Bであった。肝機能が極めて不良な症
例にも局所療法としてMCN治療が提供できていることを示す(図7)。
図7 肝切除とMCNの肝障害度とChild-Pugh分類
当科では2010年末までにHCC 2,297例(初発症例938例)に外科治療を行った。そのうち157例に
は肝切除、719例にはMCNを実施している。腫瘍背景や宿主背景に若干の違いはあるが、肝切除
群とMCN群の術後累積生存率には有意差はない(図8A)。腫瘍径3 cm以下/3個以下の症例におい
ても同様に、肝切除群とMCN群の術後累積生存率に有意差はない(図8B)。
図8A 肝切除とMCNの術後累積生存率:全症例
図8B 肝切除とMCNの術後累積生存率:腫瘍径3cm以下/3個以下の症例
腫瘍径3cm以下/3個以下の症例に対する肝切除群とMCN群の術後無再発生存率をみても両群に有
意差はなく(図9)、局所再発率にも有意差はない(図10)。すなわち、MCNは局所制御能が肝
切除と同等な治療法と言える。
図9 肝切除とMCNの術後無再発生存率(腫瘍径3cm以下/3個以下)
図10 肝切除とMCNの術後局所再発率(腫瘍径3cm以下/3個以下)
一方、MCNの肝障害度別の術後累積生存率(図11)、およびChild-Pughスコア別の術後累積生存
率(図12)を比べると、肝障害度A群と比較してB群・C群は有意に予後不良であり、Child-Pugh
A群と比較してB群は有意に予後不良という結果となったが、TACEの生存曲線などと比較すると
圧倒的に治療成績は良好である。
なお、このような肝機能不良症例の術後管理においては、低アルブミン血症が腹水や胸水の原因
となることから、リーバクト® の投与は必須と言える。
図11 MCNの肝障害度別術後累積生存率
図12 MCNのChild-Pugh分類別術後累積生存率