Ⅱ 研究論文 ネットいじめと親子関係及び道徳規範意識との関連について

Ⅱ
研究論文
ネットいじめと
ネットいじめと親子関係及
いじめと親子関係及び
親子関係及び道徳規範意識との
道徳規範意識との関連
との関連について
関連について
伊丹市立北中学校
キーワード:ネットいじめ
1
親子関係
道徳的規範意識
情緒的絆
教諭
寺戸武志
支配的躾
はじめに
(1) ネットいじめの現状
平成19年度の国公私立の小・中・高等・特別支援学校におけるいじめの認知件数は101,127件
(注1)であり、現在の学校現場において深刻な問題となっている。一方、平成19年12月段階で我
が国の携帯電話契約台数はついに1億台を突破し、平成21年10月現在では109,893,900台となって
いる(注2)。また平成19年のパソコン世帯普及率とインターネットの世帯利用率はそれぞれ85.9
%、91.1%(注3)と言われ、情報社会の進展は目覚ましく、家庭においても携帯電話やパソコン
・インターネットといった電子媒体は急速に身近なものとなってきている。反面、これらの電子
媒体はいじめの手段としても使われている(注4)。
我が国では 、「平成19年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(注1)に
よると「パソコンや携帯電話等で誹謗中傷や嫌なことをされる」と答えたのは、いじめの認知件
数101,127件中の5.8%にあたる5,899件であり、これは前年度より1.9%、件数にして1,016件増
加している。また、兵庫県のインターネット社会におけるいじめ問題研究会(注4)による調査で
「メールやブログなどに悪口を書き込まれたりいやがらせをされた経験」は、中学3年生で8%、
高校3年生では11%であった。
このような中、文部科学省はネットいじめを「携帯電話やパソコンを通じて、インターネット
上のウェブサイトの掲示版などに,特定の子どもの悪口や誹謗中傷を書き込んだり、メールを送
ったりするなどの方法により、いじめを行うもの」と定義、ならびに、小・中・高等・特別支援
学校の教員向けにインターネット上のいじめに対応するためのマニュアルを作成し(注5)、我が
国でも公による対策が行われてきている。
これらの問題は伊丹市においても決して例外ではなく、児童及び生徒間の人間関係の様々な問
題の中に、メールやブログ、プロフなどといったインターネット上の媒体が存在していることが
増えつつあり、大きな問題となってきている。
(2) ネットいじめと親子関係及び道徳的規範意識
Nancy(注6)はネットを利用したいじめ(以下「ネットいじめ」)を「インターネットやその他のデ
ジタル機器を用いて害のある残酷なものや言葉を送ったり公開したりすることであり、ネット上
での社会的な攻撃」と定義しており世界でも多くの研究が行われている。Ybarra&Mitchell(注7)
は、ネットいじめと親子関係についての調査を行い、ネットいじめを行ったことのある者はない
者と比較して、親子関係の情緒的な絆とモニタリング行動が低く、支配的躾が高いことを明らか
にした。
さらに、玉田・松田・遠藤(注8)は道徳的規範意識と情報モラル課題との関連を調査した結果、
「法律に違反する」「他人に迷惑をかける」といった項目には「思いやり・礼儀」「正義・規範」が関係
することを明らかにしている。
(3) 本論文の目的
以上のことより、ネットいじめ加害行動には「親子関係」と「道徳的規範意識」に関連があると考
えられる。ところが、日本ではネットいじめの実態調査はあるものの、その背景要因との関係を
示唆する研究はまだ少なく、その加害者となる子どもの親子関係に注目した研究は見あたらない。
そこで本論文では、筆者が平成20~21年度に兵庫教育大学大学院で行った、ネットいじめ加害行
動と親子関係および道徳的規範意識との関連に関する研究の結果を紹介し、ネットいじめの予防
に向けた課題を明らかにしていきたい。
2
大学院での
大学院での研究概要
での研究概要
(1) 本研究の目的
ネットいじめ加害者と親子関係および道徳的規範意識との関連について調査し、ネットいじめ
加害者の特徴の一部を明らかにする。
(2) 本研究の仮説
① 仮説Ⅰ
携帯電話・パソコン・インターネットを使ってどのようなことをしているかということを、
親に知られていると思う意識が高ければ、それらを用いて反社会的な行動を起こす頻度は小さ
くなると考えられる。よって、ネットいじめ加害行動をする者は、親の把握度が低いと予想さ
れる。
② 仮説Ⅱ
ネットを利用したいじめ加害を行う者は、携帯電話・パソコン・インターネットの利用機会
が多い、あるいはネットいじめ加害行動によってそれらの利用機会が多くなると考えられ、ネ
ットいじめ加害行動をしない者よりも、携帯電話・パソコン・インターネットに対する習熟度
が高いと予想される。
③ 仮説Ⅲ
親との情緒的絆が低い者、親の支配的躾の高い者、親のモニタリング行動の少ない者の割合
は 、「ネットいじめ加害経験なし群」に比べ「ネットいじめ加害経験あり群」の方が有意に高
く、それは父親・母親ともに同様の傾向があると予想される。
④ 仮説Ⅳ
ネットいじめ加害経験者はそうでない者と比べ、学校適応感が低いと思われることから、子
が父親・母親に抱く信頼感が低いと予想される。
⑤ 仮説Ⅴ
ネットいじめ加害経験者は、そうでない者と比べて、他人への迷惑や社会への影響に対する
意識が低いと考えられる。よって道徳的規範意識の「思いやり・礼儀 」「正義・規範」に対す
る意識が低いと予想される。
(3) 本研究の方法
① 調査対象
A県のB市とC市の公立中学9校の中学生1年生・2年生・3年生(12歳~15歳)の5,767名に調査
を依頼。そのうち5,357名(男子2,732名、女子2,536名、不明89名)から回答を得た。
② 調査方法
自記式質問紙による調査。学活時に記入・回収。
③ 調査材料
ア フェイスシート
イ ネット利用といじめに関する基本調査項目
ウ 道徳的規範意識尺度(注8)より「思いやり・礼儀」「正義・規範」の2因子20項目。
エ Ybarra(注7)の親子関係尺度を元に作成した親子関係尺度日本語版 。「情緒的絆 」「モニ
タリング行動」「支配的躾」の3因子9項目。
オ 子が親に抱く信頼感尺度(注9)。1因子8項目。
カ PTSB(いじめによる外傷後ストレス反応尺度 )(注10)を一部加筆したもの。4因子20項
目。ただし協力校へのFB用であるため本研究の分析には用いない。
④ 倫理的配慮
以下のような倫理的配慮を行った。
ア 記入は無記名とし、回答者の意志により回答を拒否しても構わないという配慮を行った。
イ もし記入後にトラウマティックな反応などが表れた場合は本研究室が対応。
ウ 保護者に関する質問は「お父さんは(お母さんは)~」ではなく 、「日常的な関わりの多
い大人の人」を選択肢の中から選び、その人について答えるという手続きで行った。
エ アンケート用紙は専用の封筒に入れた上での回収とした。
オ 実施後にいじめに関するリーフレットを全員に配布した。
⑤
統計的な検定方法
分析対象者の選定
回答を得た調査対象者5,357名(男子2,732名、女子2,536名、不明89名)のうち、フェイス
シート(性別以外)、携帯電話・パソコン・インターネットの所持と習熟度に関するもの、ネ
ットいじめ・従来いじめの被害・加害経験に関するものの質問項目に1つも回答の欠損がな
い者、それ以外の回答の欠損が3つ以下である者(平均値を補填)、養育者選択で父親と母親
の組み合わせで選んでいる者、家で携帯電話またはパソコンが使える環境にある者のみを選
別し分析対象とした。分析対象者は1,652名(男子835名、女子795名、不明22名)となった。
イ ネットいじめの実態について
インターネット機器の所持と習熟度、ネットいじめの被害経験、加害経験の頻度の性差お
よび学年差についてχ2検定を用いて検討を行った。
ウ ネットいじめ加害経験の有無による2群の比較
Ybarraら(注7)をはじめ、ネットいじめに関する研究の多くはネットいじめ加害を経験し
ている者とそうでない者とを比較している。そこでまずは、Ybarraら(注7)における結果と
比較検討を行うために、これらと同様な2群による群分けを行うこととする。
ネットいじめ加害得点が0であるものを「ネットいじめ加害経験なし群(ネットなし群)」、
ネットいじめ加害得点が1以上であるものを「ネットいじめ加害経験あり群(ネットあり群)」
として2群(ネットいじめ2群)に分類した。
ネットいじめ加害2群において、携帯電話・パソコンの利用内容の保護者の把握度、携帯
電話・パソコン・インターネットの習熟度、親子関係尺度、子が親に抱く信頼感尺度、道徳
的規範意識尺度、ネットいじめ及び従来いじめ被害得点の各因子の得点について、独立サン
プルのt検定を用いて比較検討を行った。
エ いじめ加害の形態・有無による4群の比較
ネットいじめ加害者の特徴を明らかにするために、ネットいじめでのみ加害する者を抽出
して比較検討することを目的とする。
ネットいじめ加害得点が0で、かつ従来いじめ加害得点が0であるものを「加害なし群(な
し群) 」、ネットいじめ加害得点が0で、かつ従来いじめ加害得点が1以上であるものを「従
来いじめ加害のみ群(従来群) 」、ネットいじめ加害得点が1以上で、かつ従来いじめ加害得
点が0であるものを「ネットいじめ加害のみ群(ネット群) 」、ネットいじめ加害得点・従来
いじめ加害得点ともに1以上であるものを「両方いじめ加害群(両方群)」として4群(いじめ
4群)に分類した。
そのいじめ加害4群において、携帯電話・パソコンの利用内容の保護者の把握度、携帯電
話・パソコン・インターネットの習熟度、親子関係尺度、子が親に抱く信頼感尺度、道徳的
規範意識尺度、ネットいじめ及び従来いじめ被害得点の各因子の得点、及び母優位度につい
て、 1要因分散分析を用いて比較検討を行った。
また、親子関係や信頼感の父母間の差によるいじめ加害の影響の検討を行うために、親子
関係尺度の3因子と、子が親に抱く信頼感において、母親得点から父親得点を引いた差(母優
位度)をそれぞれ求め、いじめ4群と母優位度についての1要因の分散分析を行った。
さらに、ネットいじめ・従来いじめの加害頻度を比較することを目的として、ネット群と
両方群、従来群と両方群との間で独立サンプルのt検定を用いて比較検討を行った。
オ 有意水準と分析ソフトについて
統計学的有意水準は5%とした。統計的分析はSPSS11.0Jを用いて行った。
(4) 結果と考察
アンケート調査の結果を統計的に検定し、以下の付録のTable1・Table2・Table3のような結果
を得た。
① 仮説の検討
ア ネットいじめ加害行動とネット機器利用内容の保護者の把握度
仮説Ⅰは、ネットいじめ加害行動を行う者は、自らのネット利用内容について親があまり
把握していないと思っている者が多いのではないだろうかというものであった。
ネットいじめ加害2群による比較において、携帯電話・パソコンでのネット利用内容の保
ア
護者の把握度は、ネット加害あり群の方がネット加害なし群と比較して有意に低い値を示し
た。
これらより、ネットいじめ加害を行う者は、ネットいじめ加害を行わない者と比較して、
携帯電話・パソコンのネット利用内容の保護者の把握度が低いと認知している者が多いとい
うことが明らかとなった。
以上のことから、仮説Ⅰ「いじめにネットを利用する者は親のネット行動把握度が低いと
認知している者が多い」は支持された。
イ ネットいじめ加害行動とネット機器利用の習熟度
仮説Ⅱは、ネットいじめ加害行動を行う者は、携帯電話・パソコン・インターネットなど
の習熟度が高いのではないだろうかというものであった。
ネットいじめ加害2群による比較において、習熟度は携帯電話・パソコン・インターネッ
トのすべてで、ネット加害あり群の方がネット加害なし群と比較して有意に高い値を示した。
以上のことから、仮説Ⅱ「いじめにネットを利用する者は、携帯電話・パソコン・インタ
ーネットの習熟度が高い」は支持された。
ウ 親子関係との比較
仮説Ⅲは、ネットいじめ加害行動を行う者は親子関係において、情緒的絆とモニタリング
行動が低く、支配的躾が高いというYbarraら(注7)のアメリカでの調査結果から、我が国に
おいても、父親・母親ともに同様の結果が得られるのではないだろうかというものであった。
この仮説を明らかにするために、まずはYbarraら(注7)の調査で用いられた親子関係尺度
をback-translationの手続きを経て作成した親子関係尺度日本語版を用いて行った。その結
果、親子関係尺度日本語版は因子的妥当性と内的整合性が確認され、この尺度は妥当性と信
頼性があるものと判断された。
次に親子関係尺度日本語版の下位尺度である情緒的絆・モニタリング行動・支配的躾のそ
れぞれの因子得点とネットいじめ加害2群との比較を父母それぞれにおいて行った。その結
果、父・母ともに情緒的絆とモニタリング行動はどちらもネット加害あり群の方が有意に低
い値、支配的躾はネット加害あり群の方が有意に高い傾向がそれぞれ示された。
Ybarraら(注7)によると、ネットいじめ加害群はそうでない群と比較して、彼らの養育者
からの情緒的絆(Emotional bond)が低く、モニタリング行動(Monitoring)の頻度が低く、支
配的躾(Discipline)の頻度が高い者が有意に多いとしており、本研究でもこれと同様の結果
が得られたといえる。
また、Ybarraら(注7)は調査対象者を“ 養育者”としており、父母の区別は行っていない。
本研究では、父親と母親のそれぞれにおいてYbarraら(注7)と同様の結果が得られた。
以上のことから、仮説Ⅱ「ネットいじめ加害を行う者の親子関係は、情緒的絆とモニタリ
ング行動が低く、支配的躾が高く、父母ともに同様の傾向がある」は支持された。
エ ネットいじめ加害行動と子が親に抱く信頼感
仮説Ⅳは、ネットいじめ加害行動を行う者は、子が父親・母親に抱く信頼感が低いという
ものであった。
ネットいじめ加害2群による比較において、父親及び母親ともに,ネットいじめ加害あり
群の方がネットいじめ加害なし群と比較して有意に低い値を示した。
以上のことから仮説Ⅳ「ネットいじめ加害行動を行う者は、子が父親・母親に抱く信頼感
が低い」は支持された。
オ ネットいじめ加害行動と道徳的規範意識
仮説Ⅴは、ネットいじめ加害行動を行う者は、道徳的規範意識の「思いやり・礼儀」「正
義・規範」が低いのではないだろうかというものであった。
本研究で行われた因子分析の結果に基づいて得られた道徳的規範意識の4つの因子を、ネ
ットいじめ加害2群において比較した。結果、思いやり、正義、規範においてネット加害あ
り群の方が有意に低い値を示す結果となった。
以上のことから仮説Ⅴ「ネットいじめ加害行動を行う者は、道徳的規範意識の『思いやり
・礼儀 』『正義・規範』が低い」は、礼儀因子に関しては棄却されたものの、思いやり・正
義・規範因子については支持されたといえる。
②
ネットいじめ加害行動と関連のあるもの
Ybarraら(注7)の調査との比較
本研究はネットいじめ加害行動と関連のあるものを、親子関係と道徳的規範意識とに焦点
を当てて、その一部を明らかにすることを目的に行われた。
親子関係についてはYbarraら(注7)の研究結果を基に行われ、その研究と同様のネットい
じめ加害2群との比較の結果、本研究においてもYbarraら(注7)のアメリカでの結果と同様の
結果を得られ、親子関係とネットいじめ加害行動とには日米では同様の傾向があることが明
らかになった。それに加えて本研究では、養育者を父親及び母親と細分した上での分析も行
った結果、両者ともにYbarraら(注7)の結果を支持することが明らかとなった。
さらに、同じ「ネットいじめ加害2群」による比較において、保護者による子どものネッ
ト利用内容の把握度、子が母親に抱く信頼感,子が父親に抱く信頼感がネット群の方が低か
った。また、道徳的規範意識においても思いやり、正義、規範はネット群の方が低かった。
これらよりネットいじめ加害経験のある者は、ない者と比較して、携帯電話・パソコン・
インターネットの習熟度が高く、親と一緒に楽しく過ごすといった情緒的絆や、子どもが誰
とどこで過ごしているかなどのモニタリング行動の頻度や、ネット利用内容の把握度が低く、
大声で叱るなどの支配的躾の頻度が高い。さらに、子が親に抱く信頼感が低く、道徳的な規
範である思いやりや正義、規範に対する意識が低いという傾向があることが明らかとなった。
イ いじめ加害4群の比較によるネットいじめの特徴
ネットいじめ加害2群による比較では、従来のいじめ加害の経験の有無による効果は加味
されないため、従来のいじめを行う者と、ネットでのいじめを行う者との特徴の違いを明ら
かにすることはできない。そこで、本研究ではそれを加味したいじめ加害4群でも同様の検
定を行った。
その結果、ネットいじめのみの加害を行うネット群は、なし群と比較して、父親に抱く情
緒的絆と信頼感が低い、情緒的絆の母優位度が高い、支配的躾の母優位度が低い、道徳的な
規範が低い。従来群と比較して、父親に抱く情緒的絆が低い、情緒的絆の母優位度が高い、
支配的躾の母優位度が低い。両方群と比較して、母親からの支配的躾が低い、支配的躾の母
優位度が低い、道徳的な思いやりが高い、という傾向が示唆された。
これらより、ネットいじめのみの加害を行う者は、総じて母親よりも父親との関係に特徴
的な差があることが示された。つまり、父親に対する信頼感や情緒的絆といった受容的な態
度が不足しており、支配的躾などの統制的な態度が母親よりも強いという傾向がある者が、
ネットいじめのみの加害を行う者に多いと考えられるということである。しかし、従来群と
ネット群との違いはすべて、なし群とネット群との違いにも含まれているため、これだけで
は、いじめ加害行動をする際に従来いじめではなく、ネットいじめのみの加害行動を選択す
る者の特徴とは言い難い。
(ア) ネット群と従来群との比較
そこで、なし群と従来群、なし群とネット群との傾向の違いに注目してみると、有意差
の有無による違いはあるものの、その殆どに同様の傾向が見られている。しかし以下の2
点においては顕著な違いが見られた。
まず1点目は、情緒的絆の母優位度にネット群と従来群で有意な差があり、なし群-従
来群と比べて、なし群-ネット群の方が顕著に大きいということ。父親の情緒的絆得点に
おいて従来群・ネット群ともになし群と比較して有意に低いが、母親の情緒的絆得点にお
いて従来群・ネット群ともになし群と比較して有意な差は見られない。そうであるにも関
わらず、情緒的絆の母優位度はネット群のみがなし群と比較して有意にかなり低い値を示
している。どちらの群も母親よりも父親の方が低いという傾向は変わらないが、父親から
の受容的な態度が従来群よりもネット群はかなり低いということである。
2点目は、支配的躾の母優位度が従来群の方は正の値であり、なし群よりも高い値を示
しているが、ネット群の方は負の値であり、なし群よりも低い値を示しているということ
である。これは、なし群と比較して、従来群は母親からの支配的躾行動が父親よりも頻回
であり、ネット群は母親からよりも父親からの方が頻回であるということである。
つまり、ネットいじめ加害のみをする者は従来いじめ加害のみをする者よりも、母親と
ア
比較した時、父親の方が情緒的絆が貧しく、支配的躾行動が頻繁に行われているというこ
とになる。このことより母親よりも父親からの受容的な養育態度が乏しく、統制的な養育
態度が高いということが、ネットいじめ加害群に特徴的な親子関係であることが示唆され
る。これは先述したネット群と他の群との比較から考察した特徴と同様の結果であり、先
述の考察は、従来いじめ加害行動ではなくネットいじめ加害行動を選択する者の特徴とし
ての知見としても適切であると思われる。
(イ) 従来群と両方群との比較
では、従来のいじめ加害行動のみを行う者と、ネットいじめ加害行動と従来いじめ加害
行動の両方をする者とはどのような特徴の違いがあるのだろうか。両方群は従来群と比較
すると、父親の情緒的絆とモニタリング行動、子が父親に抱く信頼感、それに母親の情緒
的絆のそれぞれの得点が低い値を示し、道徳的規範意識では、思いやり・正義・規範がと
もに低い値となっている。また、これらはすべて、なし群よりも従来群、従来群よりも両
方群の順で有意に低い値を示している。ということは、その順でこれらの項目がネガティ
ブな方向へシフトしていくということではないだろうか。つまりいじめ加害をしない者よ
りも従来いじめのみの加害をする者、従来いじめのみの加害をする者よりもネットと両方
でのいじめ加害をする者の順に、父母の情緒的絆や父のモニタリング行動、父親に抱く信
頼感は低く、道徳的規範意識も低くなるということであり、従来いじめのみをする者が、
よりネガティブな方向へシフトした結果が両方群になるという仮説が成り立つとも考えら
れる。
つまり、従来群と両方群では質的に逆方向となるような違いはなく、従来群の両親の情
緒的絆や本人の道徳的規範意識がより低くなることによって、よりいじめ行動の幅を広げ、
ネットを利用してもいじめるようになり、その結果両方群へと推移していくと考えること
はできる。しかし、そもそも従来いじめのみの加害であった者から、両方いじめ加害へ移
行するという時間的な流れについては、本研究結果では言及することはできず、あくまで
これは推測の域を脱せない。
(ウ) ネット群と両方群との比較
次にネット群と両方群の比較を考察する。なし群とネット群との違いに含まれていない
もので、両方群とネット群との違いが見られるのは以下の2点である。
まず1点目は、ネット群は両方群と比較して母親からの支配的躾が有意に低いというこ
とである。母親の支配的躾行動の頻度が増加することは、母親の統制的養育態度が顕著に
なるということである。森下(注11)は「統制的な養育態度が母は高く父は低い幼稚園児は、
男女ともに攻撃性が高いことを明らかにしていることから、母親の支配的躾行動が頻回に
なると、攻撃性が高まり、いじめ加害行動に対する頻度も高まることが予想される」とし
ていることから、いじめ加害の行動の頻度がより多いと考えられる両方加害をする者の方
が、母親の支配的躾行動が高いとなるのではないだろうか。
2点目は、ネット群は両方群と比較して思いやりが高いということである。これも先述
と同様に、道徳的規範意識がネガティブになるほど、いじめ加害の幅が広がり、両方いじ
めに移行するということに繋がるのではないだろうか。
つまり、ネット群と両方群においても、ネット群よりも母親からの支配的躾行動や、自
らの持つ思いやりといった道徳的規範意識が、よりネガティブになると、従来いじめとの
併用を行う両方いじめへと移行するということが考えられる。
ウ ネットいじめ加害を行う者の特徴
これらの考察より、ネットいじめ加害行動のみをする者は従来のいじめ加害行動のみをす
る者よりも、父親の受容的養育態度が母親と比べて低く、統制的養育態度が高いという特徴
があることが示唆された。また、従来いじめ加害行動のみを行う者よりも、加えてネットい
じめ加害も行う両方加害を行う者の方が、父親の情緒的絆及びモニタリング行動、子が父親
に抱く信頼感でネガティブな値が高くなるということも示唆された。これらに示すように、
ネットいじめ加害を行う者の特徴の1つとして、母親よりも父親との関連による要素が多い
ことが示唆されるといえる。岡安ら(注12)は関係性攻撃の加害経験を多くしている"無視・
悪口加害群"は「抑うつ・不安」が高いとし、また、峯・古賀(注13)は、抑うつは「父親の
養育の暖かさ」との関連を示唆しており、父親の情緒的絆が低い者は抑うつ・不安が高まり、
その結果、関係性攻撃であるネットいじめ加害(注14)が行われるのではないだろうかと推
察された。また、添田・平野(注15)は父親及び母親の養育態度と子どもの攻撃性との関連
を調査し、子どもの攻撃性に関連が見られたのは、父親の情緒不安定、及び情緒的支持・受
容であり、母親の養育態度との関連は見られなかったと報告している。また,森下(注11)は、
とくに女子では父親の受容的態度が低く統制的態度が強い群は攻撃性が高いことを明らかに
している。さらに学校適応との関連について、酒井ら(注9)は、子が父親に抱く信頼感に
「反抗的な気分 」「不安な気分 」「孤立傾向」との負の相関を、谷井ら(注16)は、父親から
の受容との正の相関を明らかにし、その因果関係にも言及している。これらの先行研究の結
果からも、いじめ加害行動及びネットいじめ加害行動に、父親と子どもとの親子関係や信頼
感が関連するという本研究の結果の妥当性は決して低くはないと考えられる。
ネット・従来の両方のいじめをする群との比較では、両方の群の方が親子関係だけでなく、
道徳的規範意識もネガティブであることが示唆されている。つまり、いじめ加害行動の頻度
が高い者ほど、思いやり・正義及び規範の意識が低いということであり、これも因果関係に
は言及できないものの、情報モラルだけではない一般的な道徳的規範意識がいじめ加害行動
の頻度に関連するということは示唆された。とするならば、従来いじめ・ネットいじめのど
ちらかによるいじめ行動よりも、両方のいじめ行動を行う者の方が、臨床的にはより深刻な
状況であるということもいえるのではないだろうか。
また、いじめ加害をしていない者はいじめ被害に遭っている頻度が最も低く、ネットいじ
めでのみ加害を行っている者はネットいじめ被害を多く、従来いじめ加害のみを行っている
者は従来いじめ被害を多く、両方のいじめ加害を行っている者は両方のいじめ被害を多く受
けていることも明らかとなった。
(5) 本研究で明らかになったこと
以上のことから、ネットいじめ加害者の特徴における傾向について以下の点が示唆された。
1点目として、ネットいじめ加害を行う者は、そうでない者と比較して、携帯電話・パソコン
のネット利用内容の保護者の把握度が低いと認知している者が多い傾向にあるということ、子ど
もが親にどれだけネットにおける行動を知られていると思っているかが、ネットいじめ加害の有
無とに関連があるということが明らかとなった。また携帯電話・パソコン・インターネットに対
する習熟度が、ネットいじめ加害を行う者は高く、特にパソコンよりも携帯電話の習熟度の差が
ネットいじめ加害に関連が大きいことが示唆された。
2点目は、ネットいじめ加害を行う者は、養育者との情緒的絆・モニタリング行動が低く、支
配的躾が高いというアメリカでの研究結果と一致し、なおかつ、それは父親及び母親それぞれに
おいても同様の傾向があるということが示唆された。
3点目は、ネットいじめや従来いじめのみを行う者よりも、両方のいじめを行う者、つまり、
いじめ加害行動の頻度が高い者ほど、父親の情緒的絆及びモニタリング行動、子が父親に抱く信
頼感、思いやり・正義・規範意識が、よりネガティブであるということが示唆された。
4点目は、従来いじめ・ネットいじめ・両方いじめの加害を行っている者は、それぞれ、従来
いじめ・ネットいじめ・両方いじめの被害に多く遭っており、自らが被害を受けているいじめの
形態と、加害を行っている形態は一致する傾向にあることが示唆された。
5点目は、父親の統制が高く、受容が低い者は、父親の叱責に対する恐怖心が強いために、い
じめ加害行動を行う際、より匿名性が高いネットいじめ加害を選択するのかもしれないというこ
とが推察された。
以上のように、本研究では、道徳的規範意識や親子関係、とりわけ父親との情緒的な絆や支配
的な躾といった養育態度に対して、ネットいじめ加害行動を行っている者の特徴が窺えた。特に
父親の情緒的な絆は、従来いじめのみの加害者と比較しても統計的な差が現れた。父親との望ま
しくない親子関係が、従来いじめ加害ではなく、ネットいじめ加害行動を発生・維持させる何ら
かの要因となっているのかもしれない。
(6) 今後の課題
本研究は、該当者が少ないと予想されるネットいじめ加害のみを行う群を調査対象に含めるた
めに、n数(サンプル数)を多く確保しなければならなかった。その結果2市、9校の協力を得て
n=5,357の回答を得ることができ、その中からネット群はn=87を確保できたものの、倫理的な配
慮から質問の一部を選択制にしたことや、欠損値の多さなどで最終的に分析対象のネット群はn=
24となってしまった。そのため、いじめ加害4群の比較では群間のn数の偏りが大きく、タイプⅠ
エラーは保証されていない。今後は、今回の結果を裏付けるためにも更にn数を増やし、調査項
目を精選した上で追調査を実施していく必要があると思われる。
さらに今回の研究では、親子関係や道徳的規範意識の乏しさがネットいじめ加害行動を起こす
のか、それとも,ネットいじめ加害行動をするために、親子関係や道徳的規範意識が貧しくなる
のかという、いわゆる因果関係までを言及することはできない。
また、親子関係との関連が示唆はされたものの、親子関係とネットいじめ加害行動を媒介する
要因については先行研究を元にした推察に過ぎない。特に従来いじめとの違いは、家庭でのネッ
ト環境(PCは誰のものか、どこに置いてあるのか、両親のネットに対する知識や利用状況はどう
であるか、セキュリティに対する意識やソフトの導入状況はどうかなど)によっても左右される
可能性は十分に考えられる。よって今後は、親子関係とネットいじめ加害行動とを媒介する要因
を明らかにするために、更に焦点を絞った調査を行っていく必要があるとも思われる。
3
ネットいじめを
ネットいじめを防止
いじめを 防止するために
防止するために
本研究において、ネットでのいじめ加害を行う者は、親子関係・子が親に抱く信頼感・道徳的規
範意識のすべてにおいて、ネットでのいじめ加害を行わない者よりもネガティブであることが明ら
かになった。これは、学校生活や友人関係によるトラブルだけがネットいじめ加害行動を引き起こ
す原因なのではなく、家庭における養育態度のあり方や、生育過程で身につけている道徳的規範意
識とも関連しているということである。逆から論じるならば、父親との情緒的絆や、父に抱く信頼
感を強め、父母の養育態度の不一致を解消し、家庭・学校の両面から道徳的規範意識を高める教育
を施していくことによって、未然に防止できるネット加害行動もあるのではないかという示唆に他
ならない。これらは教育論的にも臨床論的にも何も特別なことではなく、大人が子どもへ提供する
べきごく自然な生育環境の一つに過ぎない。だとするならば、ネットいじめという問題は、ネット
社会が歪めて作り上げた特殊な環境による現象なのではなく、これらのごく自然に提供される環境
に入れてもらえなかった子どもたちが、たまたま出現したネットという社会に順応したときに見せ
る、至極自然な行動様式なのかもしれない。もちろんインターネットという環境がなければネット
いじめは存在しなかったし、子どもたちにネット環境を与えなければネットいじめで人を傷つける
子どもも、それによって苦しむ子どももいなくなるだろう。しかし、この自然な生育環境がすべて
の子どもたちに保持されなければ、ネットとはまた違った方法で同様の悲劇は繰り返されるに違い
ない。
本研究の考察に基づき、ネットいじめ加害者を減らし、ネットいじめ加害の未然防止に役立つ方
法として、第1に、家庭において、特に父親の情緒的な絆を強め、支配的な躾行動を見直すなどの、
家庭環境を見直すこと、第2に、子どものインターネットの利用内容について親がしっかりと把握
しておくこと、第3に、学校と家庭において、ネットモラルだけではなく道徳全般の規範意識を高
める教育を更に充実させていくことを提案したい。
(注1)
(注2)
(注3)
(注4)
文部科学省『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』,2008
社団法人電気通信事業者協会 http://www.tca.or.jp/database/2009/10/,2009
社会実情データ図録 http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/6200.html,2009
インターネット社会におけるいじめ問題研究会『ネットいじめ・誹謗中傷の解消に向けて-
早期発見・迅速な対応・未然防止-』,2008
(注5) 文部科学省『「 ネット上のいじめ」に関する対応マニュアル・事例集(学校・教員向け )』,
2008
(注6) Nancy Willard,M.S.,J.D.『 Cyberbullying and Cyberthreats Effectively Managing
Internet Use Risks in schools』Center for Safe and Responsible Use of the Internet
2007,2007
(注7) Michele L. Ybarra and Kimberly J. Mitchell 『Youth engaging in online harassment:
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(注8) 玉田和恵・松田稔樹・遠藤信一『道徳的規範知識・情報技術の知識・合理的判断の知識によ
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2003
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(注10) 永浦拡・寺戸武志・冨永良喜『中学生におけるいじめの経験とストレス反応との関連―いじ
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(注11) 森下正康『幼児期の自己制御機能の発達(3)-父親と母親の態度パターンが幼児にどのような
影響を与えるか- 』和歌山大学教育学部教育実践総合センター紀要 No11,87-100,2001
(注12) 岡安孝弘・高山 巌『中学校におけるいじめ被害者および加害者の心理的ストレス』教育心
理学研究 48,410-421,2000
(注13) 峯恵美子・古賀靖之『親の心理特性に対する子どもの認知とその影響に関する一考察-完全
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(注14) 安藤美華代『中学生における「ネット上のいじめ」に関連する心理社会的要因の検討』学校
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(注15) 添田みさお・平野眞『攻撃性形成の家庭の影響についての研究-父親関与の分析を中心に
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(注16) 谷井淳一・上地安昭『高校生の学校適応感と彼らの親の自己評定に基づく新役割行動の関
係』教育心理学研究 42(2),185-192,2004
4
付録
※調査結果データ(Table1・Table2・Table3)