半導体商社の戦略 - 中川功一のホームページ

Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文 (2015) 3, 1-22.
半導体商社の戦略
―流通におけるネットワーク外部性の構築―
大阪大学経済学部経済・経営学科 4 回生
大阪大学法学部国際公共政策学科 4 回生
畑洋平
中村文亮
要旨
本稿は近年の半導体産業の技術発展と構造変化によってバリューチェーン上で重要性を
増している半導体商社に注目し、その競争優位をもたらす戦略を明らかにする。半導体商
社は半導体流通を担う中間業者であり、川上の半導体メーカーと川下の電子機器メーカー
や自動車メーカーなどのユーザー企業の間に介在し、物流、在庫、技術サービスなどの幅
位広いビジネスを行っている。現在、半導体商社は半導体産業で戦略的重要性が増してい
る一方で、学術的な半導体商社に関する研究は多いとはいえない。特になぜ同じ中間機能
を果たす半導体商社同士で収益性に差が生まれるのかという疑問には的確な答えを見いだ
せていない。そこで本研究では、半導体商社業界で高収益をあげている企業を財務データ
分析で判定し、さらに事例分析を通じて同業界で競争優位をもたらす戦略をネットワーク
外部性の概念を用いて明らかにした。
この分析を通じて、高収益半導体商社は川上・川下間をネットワーク外部性でつなぐプ
ラットフォーム企業として機能して競争優位を得ていることが判明した。さらに注目する
べき点は、大規模商社でも、そして中小規模の商社であっても高収益をあげている企業は
同じくネットワーク外部性を利用していることである。先行研究ではネットワーク外部性
を獲得するには市場全体でユーザー層とそのユーザーをターゲットとする企業層の両方で
ある程度のシェアを獲得することが必要であった。つまり、ネットワーク外部性の獲得は
必然的に比較的大きな経営資源を持つ企業を対象にした戦略と言えた。しかし、本稿では
中小商社で全体の市場シェアが決して大きくない企業であっても、ユーザー層と企業層を
あえて限定し、そこに経営資源を集中し、独自のサービスを展開することでネットワーク
外部性を獲得している事例を分析した。
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第1章 はじめに
本稿は、半導体商社業界で高収益をあげている企業を財務データ分析で判定し、さらに
事例分析を通じて同業界において競争優位をもたらす戦略を明らかにするものである。半
導体商社は上流の半導体メーカーと下流の電子機器メーカーや自動車メーカーの間に介在
し、半導体の適切な供給を主なビジネスとする専門商社である。分析の結果から、高収益
を維持している半導体商社は上流と下流をつなぐプラットフォーム企業として機能し、上
流と下流の間で正のスパイラルを与えるネットワーク外部性を獲得していることが分かっ
た。また、今まではネットワーク外部性が働く市場では先に最も大きいシェアを獲得した
企業が勝者総取り(winner-takes-all)となることが多く、いかに早くシェアを拡大するかが
議論の焦点であった。しかし、本研究では全体の市場シェアが決して大きくない企業であ
っても、シェアの取り方を工夫すればネットワーク外部性を獲得し 、長年に渡って高収益
を維持できることがわかった。
従来、半導体商社は取り扱う製品数をいかに増やし、それに伴って顧客数をいかに増や
すかが重要な課題であった。つまり、商社が扱う製品が多ければ多いほど、製品の多さを
魅力とする顧客が集まり、またその多数の顧客をターゲットに半導体メーカーがより多く
の製品をその商社に卸すようになる。こうしたスパイラルの獲得が半導体商社の主な戦略
であった。このため、多くの半導体商社はこのスパイラルが発生する最低限の規模をいか
に早期に獲得するかを念頭に量的拡大路線をとっていた。特に米系商社は積極的な買収を
繰り返して短期間で規模を拡大し、北米市場で寡占状態を作りあげた。
しかし一方で、小規模ながらもプラットフォーム企業として成功している半導体商社も
存在する。この企業の戦略を見ると、あえて製品数や顧客数で規模を求めずに、むしろ商
社の方からターゲットにする製品分野と顧客層を絞り込んでいる。そして、特定の製品分
野と顧客層に経営資源を集中し、限定した範囲で多くのシェアを獲得することによって、
スパイラルが発生する最低限の規模を獲得している。さらに、この企業は特定の製品と顧
客に対する独自の知識やノウハウを蓄積することで、顧客に最適化された製品ラインナッ
プを提供している。この結果、ターゲットの顧客企業にとっては、自社に最適化されてい
る製品ラインナップに魅力を感じて集まり、その集まった顧客向けにより多くの半導体メ
ーカーが製品を卸し、さらに独自の製品ラインナップが強化されていくという好循環を得
ている。つまり、全体で見れば小規模ながらも、特定の製品分野や顧客層に集中してスパ
イラルが発生する最低限のシェアを獲得し、そこで独自の製品ラインナップを提供するこ
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とによって顧客と半導体メーカーが相互に数を増やし合うネットワーク外部性を獲得して
いる。
本稿の構成は以下のようになっている。まず、第 2 章で本研究の背後にある問題意識に
ついて述べる。第 3 章では半導体商社の役割と歴史を説明し、第 4 章では流通論における
商社の理論的説明と半導体商社の先行研究に触れる。続く第 5 章では本研究のプロセスを
述べ、第 6 章の財務データ分析で高収益半導体商社を判定し、第 7 章で事例分析を行う。
そして、第 8 章のディスカッションを通じて、高収益半導体商社によるネットワーク外部
性を用いた戦略を説明する。
第2章 問題意識
本研究が半導体商社の戦略を明らかにする背景として、もはや流通分野を無視して半導
体業界を議論することが相応しくなくなってきたことが挙げられる。1990 年代の半導体商
社は比較的小規模な企業が多く、巨大化しつつあった半導体メーカーや電子機器メーカー
などに対する存在感が小さかった。当時の半導体は製品数が少なく、製品ごとの違いも大
きくなかったため、商社として製品ラインナップを充実させることよりも物流や在庫サー
ビスが主な役割であった。半導体メーカーとユーザー顧客が直接的に売買契約を結び、半
導体商社はその間で取引を補助することが大半であった。
しかし、近年の半導体製品の多様化と半導体メーカーの構造変化によって半導体商社の
立ち位置が大きく変わりつつある。半導体製品は個々の製品分野ごとで高度化しつつあり、
また種類も膨大になりつつある。ユーザー顧客にとっても半導体の用途が拡大するにつれ
て、部品として使用する半導体の種類や数が増加してきた。さらに半導体技術は進化のペ
ースが早く、最新の技術動向を常に確認する必要があった。この結果、幅広い製品ライン
ナップを持ち、半導体に関する知識や最新の技術動向に詳しい半導体商社の存在がユーザ
ー顧客にとっては重要な存在になってきたのである。
一方で半導体メーカー側の構造変化も半導体商社の存在に変化をもたらした。近年、半
導体メーカー業界では自社工場を持たずに設計に専念するファブレス企業と製造能力に特
化したファウンダリー企業による設計と製造の分業が図られるようになってきた。この分
業体制によって半導体市場への参入障壁が低くなり、相次いでファブレス企業の参入が行
われた。この際、新規ファブレス企業は自社流通網を持っておらず、既存の半導体商社が
持つ流通網を利用した。ファブレス企業にとっては自社で一から流通網を構築するコスト
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が不要であり、半導体商社にとっては製品ラインナップが拡大するメリットがあった。こ
の結果、ファブレス企業の成長とともに半導体商社も成長するという好循環を得ることが
出来た。
これまで見てきたように、半導体市場の変化に伴い半導体商社が果たす役割 が重要にな
ってきた。しかし、従来の研究で半導体流通を取り上げたものは少ないのが現状である。
未だに多くの議論では半導体メーカーのみに焦点を当てて分析するものが大半を占めてい
る。本稿では半導体流通の全容を俯瞰するとともに、今までスポットライトを当てられて
こなかった半導体商社の戦略を明らかにする。さらに、半導体商社が半導体メーカーやユ
ーザー顧客に与える影響を再考し、バリューチェーンにおける機能と役割を議論する。
第3章 日本における半導体商社業界の概要
第1節 日本半導体商社の役割と特徴
半導体商社の役割としては、単に半導体メーカーとユーザー企業の間で半導体を売買す
るだけでなく、双方の在庫と資金を調節するバッファの機能 がある。また、様々な企業と
関わることによって半導体に関する情報やノウハウが蓄積され、メーカーとユーザー双方
に対して様々なサポートを施すという役割も果たす 。これらの機能は一般の商社機能と同
様のものである。
また、日本におけるメーカーの系列に所属する商社の特徴は、販売は全て商社に任せる
という「特約店制度」と、半導体メーカーがエンドユーザー ごとにその部品を販売できる
商社を指定する「テリトリー制」の 2 つの制度が存在することである。この 2 つの制度に
よって、メーカー系列商社は一定の業績をメーカーから保証されていると言えるが、 他方
でメーカーによって事業拡大を制限されている側面がある。
第2節 日本半導体商社の歴史
半導体商社の前身である電子部品商社は 1940 年代後半、日本電気(現在の NEC)の営
業部隊として設立され始めた企業が多い。当時の日本電気は電電公社が最大の得意先であ
り、一般向けの販売ルートを持っていなかったため、一般向けの販売を特約店としての商
社に任せることにした。また古くから存在していた商社でも 、日本電機や三菱電機などの
大手電子部品メーカーの特約店となり、その系列に所属する企業も現れて きた。これがメ
ーカー系列商社の始まりである。1957 年から 1958 年にかけて、それらの商社がトランジ
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スタの扱いを始めたことで半導体商社としての道を歩み始めた。
1960 年代以降になると、それらのメーカー系列商社とは異なり、どこの系列にも属さな
い独立系商社が数を増やし始める。独立系商社は主に海外の半導体メーカーや中小メーカ
ーの半導体を扱うことによって事業を拡大していった。
商社の機能が見直されたのが 1973 年に発生した石油危機の時代である。それまでは半
導体のユーザーはテレビ、音響、電卓の大企業が中心であったが、石油危機による省エネ
ルギームードや IC 技術の発達による機械製品の電子化の影響を受け、半導体の利用の余
地と需要が大きくなり、半導体市場が大きく拡大した。この当時までは日立製作所が半導
体最大手であったが、数多くの特約店を保有することで広い 販売ルートを持っていた日本
電気が販売において有利になり、日本電気が日立製作所から首位を奪取した。
その後は、世界における日本半導体メーカーの好調の影響を受けて業績は良い状態が続
いていた。しかし、1980 年代後半に日米半導体貿易摩擦が激化し、日米半導体協定(日本
国内における外国メーカー製半導体のシェアを当時の数 %から 20%まで高めることを定め
た)によって外国製半導体のシェアが増大し、外国メーカー製の半導体を取り扱う ことの
できる独立系商社が業績を大きく伸ばした。
以降は、現在に至るまで半導体商社業界内での劇的な変化はなく、買収などもほとんど
行われなかった。しかし、次章以降でみていくように多くの企業が業績を落としてきてお
り、業界全体の弱体化がうかがえる様相となっている。
第4章 先行研究のレビュー
本章では、中間業者と半導体商社の先行研究を述べていく。半導体商社は川上の半導体
メーカーと川下の電子機器メーカーの間に立って取引の仲立ちをする中間業者である。中
間業者の存立に関する先駆的研究は M.Hall, (1948)がある。彼は中間業者の存立について
取引総数最小化の原理と不安定平均化の原理の 2 つを提唱した。取引総数最小化の原理は
中間業者が川上と川下の間の多大な取引業務を削減し効率化を図るという考えである。川
上の生産者と川下の消費者が直接取引を行うとその取引数は膨大なものになる。一方で中
間業者が川上と川下間の売買を負うことで、取引数が減少して流通コストが節約されるよ
うになる。不安定平均化の原理は生産や消費の不確実性から個々の小売商に分散して保有
するよりも、中間業者が中継点で集中的に在庫を保有する方が社会全体の在庫の量は減少
するという考えである。また、田村(1980)は中間業者が持つ情報の縮約・斉合効果を指摘
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している。中間業者は川上の生産者と川下の小売の双方から情報が集まってくる。このた
め、生産者や小売は中間業者を通じて多数の情報を一度に手にすることができ、効率的な
情報のやりとりが可能になる。
一方で、半導体商社の戦略に関する先行研究は村山・長田(2006)がある。彼らは多くの
日本の半導体商社がほぼ同様のビジネスモデルを志向しているにもかかわらず、収益性に
違いが生まれている原因を調べた。この研究によると、高収益をあげている半導体商社は
メーカー系列商社よりも独立系商社の方が多く、この要因として独立系商社が有する独自
の技術サービスや製品保証等を挙げている。また、田路・甲斐(2009)は近年の半導体商社
が川上の半導体メーカーや川下の電子機器メーカーの産業構造の変化に呼応して、従来の
中間流通機能だけでなく川上の設計や川下の製造に事業ドメインを拡大することにより、
流通機能における競争優位性を高めてきた事例を紹介している。
このように今までの研究は半導体商社が高度な技術力をどのように蓄積してバリュー
チェーン上で競争優位を獲得するかという点に注目してきた。だが、他方で本来の流通機
能への研究が十分になされてこなかった経緯がある。半導体流通業は個々の半導体への高
度な知識が求められるだけでなく、シリコンサイクルに合わせた柔軟な需要予測や顧客が
求めるジャストインタイム(JIT)への対応など、高度な流通能力が必要となってきている。
後で詳細に述べるが、高収益をあげている半導体商社の事業構成比を見ると、独自に技術
力を蓄えて多角化している企業が存在する一方で、事業のほとんどを流通機能に集約して
高い収益性を維持している企業も存在する。また、流通機能に経営資源を集約している企
業間であってもそれぞれの企業の間で収益性に差が生まれており、流通に介在する各社の
戦略の違いが競争優位の維持に影響を与えていることがわかる。
さらに、先行研究では海外の半導体商社についての議論が乏しい。多くの先行研究は主
に国内商社を対象にしており、海外の商社についてはあまり述べられていない。この理由
としては、歴史的に日本の半導体流通はほぼ国内商社のみがプレイヤーとなって競争して
きた経緯があり、外国商社の参入が困難であったことが挙げられる。永井・田辺(2009)が
述べているように日本の半導体流通は半導体メーカーと国内の電子機器メーカーや自動車
メーカーなどのユーザー企業の間に固定された商社が長年わたって構築してきた。この日
本型流通システムは流通ルートにおけるプレイヤーを固定することで高い効率性を生み出
す一方で、海外の半導体商社や半導体メーカーの日本市場への参入を困難にしてきたと言
われている。しかし、最近ではグローバル化に伴って外国の半導体商社がこのような日本
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の半導体流通に参入をし始めており、国内商社の商圏に変化が起きつつある。外国の有力
半導体商社はメガディストリビュータと呼ばれ、海外の半導体流通を寡占しつつある。メ
ガディストリビュータ各社の売上は日本の大手半導体商社の約数倍に匹敵する規模を有し
ている。このような現在の状況を考えると、分析対象は国内商社だけでなく海外商社を含
めて議論する必要が生じつつある。
したがって、本研究では国内商社のみならず海外有力商社を対象にし、半導体流通にお
けるバリューチェーン上の戦略を考察する。そして、拡大しつつある半導体産業において、
半導体商社が果たす役割を注目していく。
第5章 研究方法
本研究は高収益商社を判定し、その戦略を明らかにすることが目的である。このため、
本章では以下の分析プロセスをとる。まず半導体商社業界の現状を各社の財務諸表から俯
瞰する。そして、最近の半導体商社業界の中で高収益をあげている企業を挙げ、その中で
特に半導体流通事業を主な収益源としている商社を事業構成比から特定する。財務諸表分
析の手法は、先行研究である村山・長田(2006)が 1998 年度から 2004 年度の 7 年間の財務
データで行った分析手法を踏襲し、今回の研究では 2007 年度から 2013 年度の 7 年間の財
務データを用いて分析を行う。対象とする指標は各社の 7 年間の平均営業利益率を用いて
いる。他方で、村山・長田が調査した期間(1998 年度から 2004 年度)と今回の期間(2007
年度から 2013 年度)の結果を比較し、半導体商社全体、独立系商社やメーカー系列商社の
収益性が時どのように変化していったのか、国内商社と外資系商社の間の収益性にどのよ
うな違いや特徴があるのかなどを明らかにしていく。
次に、選んだ高収益商社の事業構成比を調べ、経営資源の中で流通事業の占める割合が
高い企業を選定する。現在の半導体商社の多くは多角化しており、半導体の設計や製造な
どの事業なども行っている。このため、高収益商社であってもその収益の多くを他の分野
から獲得している場合が存在する。したがって、高収益商社の中で半導体流通に事業を集
中している商社に対象を絞ることで、より詳細に半導体流通で優れた戦略をとっている企
業を判定することができる。
最後に判定した高収益商社の事例研究を行う。高収益商社と判定したのは国内商社であ
る富士エレクトロニクス社と米系商社である 2 社(Arrow Electronics 社、Avnet 社:以下
それぞれ、アローエレクトロニクス社、アヴネット社)である。富士エレクトロニクス社に
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は経営企画部の永堀氏に対し電子メールで 2 回インタビューを行った。米系商社に関して
はアローエレクトロニクス社の米国本社副社長であり、同社のグループ企業のチップワン
ストップ社で代表取締役社長を務める高乗氏に直接インタビューを行った。さらに、半導
体商社を活用する大手半導体メーカー2 社(国内系と外資系)に対してインタビューを行い、
サプライヤーがどのような基準のもとで半導体商社を利用しているかを調べた。また、こ
れらのインタビューに加えて文献調査、HP 等による 2 次データの収集から得られた情報
によって補完している。
第6章 半導体商社の財務データ分析と高収益企業の判定
本章では各社の財務諸表を用いて半導体商社業界の現状を俯瞰するとともに、高い収益
性を維持している半導体商社を特定する。
第1節 分析準備
具体的な分析手法は村山・長田(2006)の手法を用いる。彼らは株式を公開している半導
体商社 33 社を対象に 1998 年度から 2004 年度の 7 年間の平均営業利益率と平均使用総資
本事業利益率を計算し、高収益企業を判定した。7年間の平均値を用いたのは単年度的な
要因によって評価が左右されないようにするためである。今回、分析の対象とする企業は
村山・長田で取り上げられた 33 社の中で買収や統合などによって株式上場を取りやめた 5
社を除く国内商社 28 社と、新たに海外の半導体商社の 3 社を加えた計 31 社である。海外
半導体商社は米国系のアローエレクトロニクス社、アヴネット社、台湾系の WPG Holdings
(以下、WPG ホールディングス)の 3 社であり、それぞれ売上規模で 1 兆円から 2 兆円
規模をほこる巨大半導体商社である。また、各社の収益性を示す指標としては 2007 年度
から 2013 年度における 7 年間の平均営業利益率を用いた。使用総資本事業利益率は日本
企業と海外企業の間の会計上の違いからで正確に算出することが出来なかった為に用いて
いない。財務数値は連結を基本としており、入手可能な限りのデータを用いている。
まず、分析の対象とした企業を表 1 にまとめた。村山・長田で対象になっていた企業で
あっても、今回の分析時期の前や間で買収や統合によって株式公開をやめた企業に関して
は空欄にしており、備考欄に買収や統合の経緯を記している。そして、表 2 ではそれぞれ
の期間における国内商社全体、国内独立系、国内メーカー系列商社、米系商社、台湾商社
のそれぞれの営業利益率の平均値を記載した。平均値の算出には企業規模の異なる企業群
の平均値であることから、それぞれの対象企業での加重平均を用いている(営業利益率の加
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重平均は営業利益の企業合計を売上高の企業合計で除している)。表 3 では 1998 年から
2004 年の期間と今回の分析期間である 2007 年度から 2103 年度において、それぞれの商
社を平均営業利益率が高い順に並べている。
表1
分析対象企業一覧
※独立系は国内外問わず灰色に塗りつぶしている
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表2
平均営業利益率のまとめ
出典:村山・長田(2006)および各社の財務諸表より筆者作成
表3
期間別の各社の平均営業利益率
出典:村山・長田(2006)および各社の財務諸表より筆者作成
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第2節 分析結果のディスカッション
本節では財務データ分析によって得られた結果について議論する。まず表 2 を見ると、
現在の国内商社全体の営業利益率は以前の期間と比較すると全体的に下がってきているこ
とがわかる。1998 年から 2004 年の期間の平均営業利益率は 2.63%であったが 2007 年か
ら 2013 年の間では 1.84%に下がっている。そして、この下落の主な要因となっているの
が国内独立系商社の収益性の低下である。国内独立系の平均営業利益率が以前の 5.10%か
ら今回では 2.00%にまで下がっている。一方の国内メーカー系列を見てみると、2.03%か
ら 1.70%に下がったものの独立系と比較すると下落の幅は小さい。では次に、それぞれの
独立系各社の収益性がどのように変化したのかを表 3 から読み取っていく。表 3 では両期
間において平均営業利益率が高い順に企業をランキングしている。なお、灰色に塗りつぶ
している企業が国内・国外問わずに独立系商社であり、それ以外はメーカー系列商社であ
る。表 3 を読み取ると、現在でも独立系がメーカー系列よりも上位に位置していることが
わかる。外国系商社を除くと、上位 4 社はすべて国内独立系である。しかし、個々の企業
を見ると、以前の期間では上位に位置していた PALTEK、マクニカ、トーメンエレクトロ
ニクスが今回ではそれぞれ大幅に順位を落としている。特に PALTEK は過去に 21.95%あ
った営業利益率が今回では 0.46%と急激に下落しており、マクニカも 6.27%から 0.31%
に低下している。一方で両期間ともに高い収益性を維持している企業がある。富士エレク
トロニクスは前期間では 7.05%で業界 2 位であり、今回では 4.77%に落としたものの海外
商社を含めた半導体商社業界で最も高い。また、黒田電気と伯東に関しても以前と比べて
営業利益率は下がったものの、現在でも業界上位を維持している。他方で前の期間から大
幅に収益を伸ばした企業もある。イノテックは 1.89%から今回では 4.72%と業界 2 位の営
業利益率を示しており、業界トップクラスになっている。一方で、外国系商社の業績を見
ると、米国系商社であるアローは 3.84%で業界 3 位、アヴネットは 3.47%で 4 位になっ
て お り 両 社 と も 高 い 収 益 性 を 示 し て い る 。 だ が 台 湾 商 社 の WPG ホ ー ル デ ィ ン グ ス は
1.91%であり、業界全体の平均的な値にとどまっている。
では、今までの分析結果とまとめてみたい。国内半導体商社の全体の収益性については
以前と比べて低下している傾向にあり、この主な原因は独立系商社の利益率の低迷にある。
しかし、それぞれの企業の順位を見ると依然として業界上位には独立系商社が位置してお
り、独立系商社間で儲けている企業とそうでない企業の二極化が起きつつあることを示唆
している。そして、今回の分析の主要な目的である高収益を維持している企業の候補とし
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て富士エレクトロニクス、イノテック、アロー、アヴネット、黒田電気、そして伯東が挙
げられる。では、次項において今回の分析で候補となった高収益企業の事業構成を調べ、
半導体流通事業を主な収益源としている企業を特定していきたい。
第3節 事業構成比の分析
本節では前節で候補として挙げた高収益企業の中から、半導体流通事業を主な収益源と
している企業にしぼり、次章での事例分析につなげていきたい。上述したように、多くの
半導体商社は多角化しており、半導体流通のみを行っているところは少ない。候補として
挙げた高収益商社であっても他の分野から主要な収益を獲得している可能性がある。した
がって、各社の事業構成比を調べ、全体の事業の中での半導体流通事業が占める割合を算
出することにより、半導体流通に経営資源を集約して事業を行っている高収益商社を特定
する。表 4 では各社の全事業の内で半導体流通事業が占める割合を示したものである。
表4
各社の事業における流通事業比率
出典:各社の事業報告書より筆者作成
事業構成比の計算は半導体流通事業の売上高を全体の売上高で除して行っている。表 4 を
見ると、半導体流通事業の割合が高い企業は富士エレクトロニクスの 90%、アローの 63%、
アヴネットの 62%である。他方でイノテック、黒田電気、伯東はいずれも半導体流通事業
が全体の半分未満しか占めておらず、多角化している商社だと言える。したがって、半導
体流通事業を主な収益源としている商社は富士エレクトロニクス、アロー、アヴネットの
3 社であることが判明した。次章でこれらの企業の事例を分析することで半導体流通にお
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ける戦略を抽出していく。
第7章 事例分析
本章では近年、高収益をあげている富士エレクトロニクス、アロー、アヴネットの事例
を取り上げる。それぞれの企業の概要は表 5 に記載する。
表5
各社の概要
出典:各社の HP より筆者作成
第1節 米系商社(アロー、アヴネット)
まずは 2 社の売上高の推移をみる。図 2 にあるように売上高は 2 社ともほぼ一貫して上
昇し続けており、現在では両社とも 2 兆円以上と、日本の多くの半導体商社の 10 倍以上
の規模となっている。
図1
米系 2 社売上高推移
30000
25000
20000
15000
10000
5000
Avnet(売上)
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
0
Arrow Electronics(売上)
出典:各社の財務諸表より筆者作成
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現在では、この 2 社で合わせて北米半導体流通の 6 割を占めるほどの寡占市場を築き上
げているが、1990 年代前半までは、アメリカでも中小の半導体商社が乱立する状態であっ
た。しかし、1990 年代中盤になると買収・合併が活発化し、業界再編が行われ始めた。図
2 にあるようにアローは 1982 年から 2010 年までの間に 74 社、アヴネットは 1991 年か
ら 2010 年までの間に 69 社もの企業を買収することによって巨大化し、メガディストリビ
ュータと呼ばれるまでに至った。
米系 2 社買収企業数推移(単年度および累計)
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
80
70
60
50
40
30
20
10
企業買収数(累積)
買収企業数
図3
0
Arrow Electronics
Avnet
Arrow Electronics(累積)
Avnet(累積)
出典:高乗正行『グローバル時代の半導体産業論』より
2 社の取った戦略は、大規模な買収・合併による徹底的な規模拡大である。これにより、
半導体メーカーの大部分を自社の仕入先とし、ユーザーの大部分を自社の顧客としたので
ある。その結果、メーカーとユーザーとの間における売買取引はその大部分が 2 社を通し
て行われるようになり、他企業の参入が困難な寡占市場が形成された。
第2節 富士エレクトロニクス
1970 年に東京都文京区春日に独立系商社として創業し、翌年 71 年にはモトローラ社や
テキサスインスツルメンツ社、アナログ・デバイス社の製品の販売を開始した。当初は他
の商社と同じく量的拡大路線を進めていたが、1985 年の半導体不況で当期損失を計上し、
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これを機に経営体質、営業戦略の質的転換を図った。具体的には全社をあげて営業利益を
重視する方針に変更し、従来の製品選択、顧客層、さらには社内人事を改革していった。
まず、製品選択では数多くある半導体の分野の中からより付加価値が高く、値崩れが起
きにくいアナログ分野を中心とした製品ラインナップを目指した。当時、日本の半導体メ
ーカーが DRAM を中心としたメモリー分野で世界の半導体市場を席巻していた時代であ
り、半導体商社においても市場規模が大きいメモリー製品が主力であった。しかし、メモ
リー製品、特に DRAM は規格の世代交代やシリコンサイクルよって値崩れが起きやすく、
利益変動が大きいという特徴があった。
顧客層については、当社はメーカーだけでなく他の商社へ販売するルートも持っていた
が、商社向け販売比率を抑えるようになった。これは商社よりも電子機器メーカーや自動
車メーカーなどを顧客にする方がより利益が出やすいからである。さらに、メーカーでは
中小顧客の獲得を重視していった。現在の富士エレクトロニクスの主な顧客層は産業機器
市場向けに少量多品種生産をしている中堅メーカーとなっている 。大口顧客は大量購入に
対するコストダウンを要求し、その分商社利益率は低下する傾向にある。一方、中小取引
は大口取引よりも規模は小さいが利益率は高くなりやすい。さらに、大口顧客は一つの商
社につき一つの半導体メーカーを割り当て、川上の半導体メーカーとの関係強化を図る傾
向がある。この結果、商社は様々な製品を顧客に提供するという商社本来の機能が低下し、
単なる物流や特定製品の売り込みに限定されてしまう。一方で、中小顧客の場合は購入規
模が小さいので、半導体メーカーよりは商社との関係強化を図るほうがメリットを享受し
やすく、一つの商社に対して多くの半導体メーカーを割り当てて業務の効率化を図る傾向
がある。この場合、商社は取引先のニーズをできるだけ多く取り込み、多種多様な製品を
提案する本来の機能を発揮しやすくなる。
社内人事に関しては業績評価を売上ではなく利益面を重視するように変えていった。ま
た、従業員には粗利益を上げることと同時にコスト意識を徹底して持たせるようにしてい
った。
第8章 ディスカッション
本章では、今までの事例分析を通じて半導体商社の有効な戦略を議論するとともに、ハ
イテク部品を扱う中間流通業者が取るべき戦略を明らかにする。特に本稿では中間流通に
おいてネットワーク外部性の概念を導入することで、既存研究では指摘されて来なかった
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ハイテク部品流通の側面を指摘したい。
第1節 ネットワーク外部性の説明
まず、ネットワーク外部性とは、「(予想される)ネットワークのサイズ(ユーザー数や
マーケットシェア)の増大につれて、財から得られる便益が増大するという性質」(浅羽,
1998, p.45)と定義される。また、浅羽(1998)はネットワーク外部性の種類として、直接
効果と間接効果があると述べている。直接効果はネットワークの大きさが直接的にネット
ワークの参加者の便益を増大させる効果であり、間接効果はネットワークの大きさが補完
財の多様化や価格低下をもたらすことで間接的に参加者の便益を増大させる効果である。
直接効果の典型的な事例は初期の米国における電話通信サービスに見られる。通信サービ
スが登場した時には異なる電話会社間でしか通話が出来なかったため、契約者の多い電話
会社ほど通話が出来る相手が多くなった。この結果、ネットワークが大きい電話会社ほど、
顧客や新規顧客の便益が増大するようになった。一方で間接効果の典型事例としてはゲー
ムのハードとソフトである。あるハードの出荷台数が増えれば増えるほど、そのハードに
対応するソフトが充実する。この結果、よりソフトが充実しているハードをユーザーが選
択し、ソフト開発会社はよりユーザーが多いハードに向けてソフトを提供するようになる。
こうして生まれるハードとソフトの好循環が間接効果の典型例である。
一方で、ネットワーク外部性が働く財の場合、消費者は他の消費者の行動を観察してか
ら決定する。他の大勢の消費者と異なる製品を選択するとネットワーク外部性が享受でき
ないからである。小さいネットワークに参加しても、電話通信サービスにおける通信相手
の数やゲームにおけるソフトの充実といった点が限定されてしまう 。それゆえ、消費者は
規模の小さいネットワークには参加しようとせず、多くのプレイヤーが参加しないために、
そのネットワークが小さいままになってしまうという「チキン・エッグ・パラドックス」
が起きてしまう。このため、企業は消費者がネットワーク外部性を享受できる最低限のネ
ットワークサイズを何とかして獲得しようとする。一般的にこのネットワークサイズのこ
とをクリティカル・マスと呼ぶ。このクリティカル・マスを超えると新規の消費者や企業
がより高いネットワーク外部性を享受するためにこのネットワークに参加し、正のスパイ
ラルが発生する。
また、一度あるネットワーク外部性が働く財を選択すると、その財が他の財よりも機能・
価格面が劣っていたとしても、今までの同じ財を選択し続ける。これをロックインという。
ロックインにはネットワーク外部性がもたらす正のフィードバック効果がもたらすものだ
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けでなく、スイッチングコストによる要因も存在する。スイッチングコストとは互換性の
ない他の製品に乗り換える際に発生する費用のことであり、操作方法の学習コストや設置
費用等がある。これらのスイッチングコストが大きい時、ユーザーは今の財が他の財より
も機能面や価格面が多少劣っていても、同じ財を使い続けるのである。
第2節 半導体商社におけるネットワーク外部性の利用
先行研究で見てきたように中間業で重要になる論理は、川上と川下間の取引を削減する
取引総数最小化の原理、社会における在庫量を削減しリスクを減らす不安定平均化の原理、
そして川上・川下間でスムーズな情報のやりとりをサポートする情報の縮約・斉合効果で
ある。一般に、これらの効果は規模が大きい商社ほどより働きやすい。特に川上や川下の
企業にとって取引効率といった面では規模が大きい商社ほど高くなる。この基本原則にし
たがって規模を追求したのがアローエレクトロニクスやアヴネットの米系商社である。こ
の二社は急速に他の半導体商社の買収を繰り返し、その商圏を拡大することで川上の半導
体メーカーや川下の電子機器メーカーにとっての取引効率を高めていった。そして、より
多くの半導体メーカーの製品ラインナップを増やすことで、製品の豊富さに魅力を感じる
電子機器メーカーなどのユーザー企業は多数の製品を保有する商社を選択することになる。
そして、より多くのユーザーと取引したい半導体メーカーがこの商社を選択するようにな
る。この結果、ユーザー企業数の増加と扱う製品数が相互に増えていくというスパイラル
が発生する。これが半導体商社によるネットワーク外部性の獲得である。この二社の戦略
は急速かつ膨大な買収戦略によって、半導体市場における川上・川下それぞれのプレイヤ
ーのクリティカル・マスを早期に突破し、ネットワーク外部性を獲得したことがわかる。
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図3
米系 2 社のネットワーク外部性の獲得の概念図
出典:筆者作成
では、一方でこれらの米系二社と比べて圧倒的に規模が小さい富士エレクトロニクスは
どのようにネットワーク外部性を獲得しているのであろうか 。当社が取り扱っている製品
数や顧客数はそれぞれの全体の中のわずかしか占めておらず、ネットワーク外部性を得る
ためのクリティカル・マスを超えているとは言えない。しかし、実際には当社は川上・川
下間で有望なプレイヤーを獲得し続けており、他のどの商社よりも高い利益率を維持して
いる。この背景には、富士エレクトロニクスが 1985 年に行った製品分野選択と顧客選択
によるものが大きい。当社は国内の他の商社よりも早期に自社である程度専有可能な市場
規模の製品群を選択し、一方で顧客層も自社が得意とする中小メーカーにターゲットを絞
った。具体的にはメモリーやロジックなどの市場規模が大きい製品分野ではなく、比較的
市場規模が小さいアナログ分野を選択し、顧客層は産業機器市場向けに少量多品種生産を
している中堅メーカーを対象とした。当社の戦略は、川上にあるすべての製品や川下にい
るすべての顧客層においてクリティカル・マスの獲得を目指すことはせず、あえて川上の
一部の製品分野と川下の一部の顧客層に自社の経営資源を集中した。つまり、他社よりも
早期に川上・川下のそれぞれの限られた部分のシェアを多く獲得することを目指したので
ある。これにより全体では少ないシェアでも、保有するシェアを特定分野に集中すること
で、その分野では高いシェアを占めるようになった。さらに、富士エレクトロニクスはタ
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ーゲットとした製品分野と顧客層に対して独自の知識やノウハウを蓄積し、顧客に最適化
された製品ラインナップを展開した。例えば、当社がある顧客のニーズを捉え、それ元に
新しい製品を作ってもらうように半導体メーカーに働きかける時では、あえてその顧客だ
けが用いることができるカスタム品ではなく、どの顧客でも用いることが可能な汎用製品
を作ってもらうようにしている。そうすることで、ニーズ元の顧客はカスタム品を作る時
に半導体メーカーに負担しなければならない費用を払わなくて済み、他の顧客はいち早く
新製品を手にすることができるようになる。こうした取り組みを通じて、富士エレクトロ
ニクスは限定分野に特化した製品ラインナップを充実させていった。この結果、ターゲッ
トの顧客企業は自社の事業分野に最適化されている製品ラインナップに魅力を感じて集ま
り、そして集まった顧客に製品を卸したい多くの半導体メーカーが当社を選択するように
なる。こうして、ユーザー企業数と取り扱い製品数が相互に増加する正のスパイラルが発
生するようになる。
この結果、全体における製品数、顧客数のシェアは小さいが、限定された分野では富士
エレクトロニクスが大きなシェアを獲得するようになったのである。こうして、川上・川
下の特定分野においてクリティカル・マスを獲得し、独自の製品ラインナップを展開する
ことにより、川上・川下間において正のスパイラルが発生する。これが富士エレクトロニ
クス社によるネットワーク外部性の獲得につながっている。
図4
富士エレクトロニクス社のネットワーク外部性の獲得の概念図
出典:筆者作成
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また、半導体流通において早期にクリティカル・マスを到達した商社は強いロックイン
を受けることになり、参入障壁を構築することができる。稲水他(2007)が指摘しているよ
うに、半導体やハイテク部品を取り扱う電子機器メーカーや自動車メーカーは「サプライ
ヤーはできるだけ増やしたくない」という傾向が強く、固定された半導体商社に複数の半
導体メーカーを集約する傾向がある。日本の半導体流通は半導体メーカーと半導体流通、
電子機器メーカーや自動車メーカー間で密接に形成されている流通システムであり、ジャ
ストインタイム(JIT)により日々の必要数をその都度納入する方法が普及している(永井・
田辺, 2009)。その結果、電子機器メーカーや自動車メーカーは高い納期遵守率や安定した
入手性を重視し、既存の半導体商社とのつながりをより強化することで日本型流通システ
ムを構築している。こうして、いったん半導体商社が日本型流通システムに取り組まれ、
システムが高度に洗練されていくほど、別の半導体商社に変えるためのスイッチングコス
トが高くなっていく。これが強いロックインを受けるメカニズムである。
第9章 おわりに
以上に見てきたように、高収益を維持している半導体商社は上流と下流をつなぐプラッ
トフォーム企業として機能し、上流と下流の間で正のスパイ ラルを与えるネットワーク外
部性を獲得していることが分かった。一方、全体の市場シェアが決して大きくない企業で
あっても、シェアの取り方を工夫すればネットワーク外部性を獲得し、長年 に渡って高収
益を維持できることが分かった。特に後者の事実は、海外と比較して規模の小さい日本半
導体商社の今後を明るくするものである。
しかし、本稿ではネットワーク外部性の定量的分析が不十分である ことも事実である。
また、メーカー視点、ユーザー視点およびメーカー系列商社視点の情報が不十分であり、
多角的な視点からの分析ができていないため、半導体産業全体の包括的な議論まで踏み込
めていないのが実状である。以上のことは今後の課題とし、今後さらに考察を深めていく
こととする。
最後に、本稿を執筆するにあたり情報提供・助言などのご協力をしてくださった企業の
方々、教員の方々に感謝の意を示したい。今回、快くインタビュー調査を受けてくださっ
たチップワンストップ社の高乗様、富士エレクトロニクス社の永堀様、ルネサスエレクト
ロニクス社の川嶋様、そしてテキサスインスツルメント日本法人の上関様と半田様、また
大阪大学の中川功一先生、中屋雅夫先生そして半導体研究会の皆様には心より感謝申し上
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げます。
本稿が半導体商社、ひいては半導体産業全体の発展に寄与できることを切に願う。
第10章
参考文献
田島義博・原田英生(1997)『ゼミナール流通入門』日本経済新聞社
渡辺達郎・原頼利・遠藤明子・田村晃二(2008『流通論をつかむ』有斐閣
田村正紀(1986)『日本型流通システム』千倉書房
矢作敏行(1996)『現代流通』有斐閣アルマ
加藤義忠・齋藤雅通・佐々木保幸(2007)『現代流通入門』有斐閣ブックス
高乗正行(2011)『グローバル時代の半導体産業論』日経 BP 社
大竹修(1990)『半導体商社』日本経済新聞社
村山・長田(2006)『収益格差をもたらすビジネスシステムに 関する実証研究-半導体商
社業界における 事例分析-』「研究
技術
計画」Vol.21, No.2
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社)
田路・甲斐(2009)『半導体商社の事業ドメイン拡大のメカニズム』
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ビュー」8 巻 5 号
永井明彦・田辺孝二(2009)『市場と技術を繋ぐ半導体商社のイネーブラー機能』
「産学連携
学」Vol.6,No.1
永井明彦・中川裕揮・伊藤孝行・田辺孝二(2012)『日本ファブレス半導体ベンチャーの特
定市場向け LSI による市場参入における半導体商社との協調の有効性―デジタルパチンコ
用画像処理 LSI の事例―』「研究
技術
計画」Vol.27,No1/2
浅 羽 茂 (1998)『 競 争 と 協 力 ― ネ ッ ト ワ ー ク 外 部 性 が 働 く 市 場 で の 戦 略 ― 』「 組 織 科 学 」
Vol.31,No.4
網倉久永・新宅純二郎(2011)『経営戦略入門』日本経済新聞出版社
アローエレクトロニクス社 HP: http://www.arrowuec.co.jp/ab006.html
2015 年 1 月
6 日閲覧
アヴネット社 HP:http://www.avnet.com/en-us/Pages/default.aspx
2015 年 1 月 6 日閲
覧
富士エレクトロニクス社 HP:http://www.fujiele.co.jp/
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2015 年 1 月 6 日閲覧
Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文 (2015) 3, 1-22.
稲水伸行・若林隆久・高橋伸夫(2007)『日本産業集積論と発注側の商慣行』「東京大学 21
世紀 COE ものづくり経営研究センター、MMRC
DISCUSSION
PAPER
SERIES」
p.180
田中辰雄・矢崎敬人・村上礼子・下津秀幸(2005)『ネットワーク外部性とスイッチングコ
ストの経済分析』(競争制作研究センター共同研究)
中屋雅夫(2013)『世界半導体企業とその収益性―設立形態、製品群集中度、応用分野集中
度―』IIR
Working PaperWP#13-18 一橋イノベーション研究センター
22