林廣茂の経済・経営コラム 41 デジタル家電の完敗、その再生を提案する 西安交通大学管理大学院客員教授 林廣茂 020612 完敗した日本のデジタル家電メーカー 日本のデジタル家電主要 3 社(パナソニック、ソニー、シャープ)の 2011 年度の業 績は、目を覆うばかりの惨状で、「さながら、巨大な氷山が大きな音をたてて崩れ落ち ている」と表現するしかない。3 社共倒れである。サムスン電子に世界市場で完敗した のだ。私自身は、内心では、 「だから言わんこっちゃない」と思った。5 年も前から、 「遠 からずこうなる」ことを、本紙をはじめ、単著や講演会などで警告し続けてきたからだ。 しかし、内心とは裏腹に、デジタル家電産業の再生を期待していて、その方向を提示す るのが研究者としての使命だとも思っている。事実を受け入れて立ち直ればよい。その 思いで本稿をしたためている。 日本勢 3 社の 11 年度の業績予想( 『日本経済新聞』2月4日)を、サムスン電子のそ れと比較してみる。敗者・日本 3 社と勝者・サムスンの違いが際立っている。日本勢は ガタイ(売上高)が大きくてサムスンの 1.45 倍(16 兆 9500 億円)だが、中身(営業 利益)はサムスンの 10 分の 1 しかない(1500 億円) 。実際の決算では、中身がさらに 減る見通しだと言う。純利益では、日本勢は 3 社とも大赤字だ。合計(-)1 兆 2900 円の巨額で、サムスンの黒字 9600 億円とでは天と地の差がついた。日本勢の完敗だ。 サムスン電子の盤石なビジネス・モデル 日本勢は「薄型テレビを売れば売るほど赤字」をたれ流し続け、サムスン電子は薄型 テレビだけでなくスマート・フォンや半導体も含めて全社で黒字をしっかり生むビジネ ス・モデルを持っている。 サムスンの部門別の業績をみる。液晶パネルだけは大幅な価格下落で赤字だ。薄型テ レビでの世界一のシェアを高めるために広告・販促などのマーケティング投資や価格競 争対応を積極的に展開したので、デジタル家電部門の売上高は約 4 兆 1200 億円だが、 営業利益はわずか 1000 億円にとどまった。アップルを越えて販売台数世界一のスマー ト・フォンを擁する通信機部門も巨額のマーケティング投資をしたが、全社の五割強の 営業利益をたたき出した(約 5780 億円)。そしてシェア世界一の半導体部門が 4・5 割 の営業利益を稼いだ。薄型テレビとスマート・フォンで、世界中でサムスン・ブランド の資産が更に一段と強くなったのは間違いない。 日本勢はパネルも、半導体も、テレビも全て赤字である。日本勢の敗退は、巷間言わ れるような、超円高・ウォン安や東日本大震災による SCN(部材や完成品の供給網)の 寸断の外的要因よりも、テレビが駄目なら全社がたちまち大赤字になる自前主義・垂直 1 統合の、そして高コスト体質のビジネス・モデルの剛直性にある。しかも、テレビを中 心にした将来のネットワーク時代の成長戦略も不在である。 デジタル家電の将来展望 サムスン電子のビジネス・モデルの中に、将来も勝者であり続けようとするデジタル 家電の長期戦略が透けて見える。今後は、周知のように、スマート・テレビに代表され るように、テレビを中心にしたネットワーク化したホーム・エンターテイメントの時代 に向かっている。テレビ・PC、スマート・フォンといった個々の機械の性能・機能価値 競争から、それらをネットワーク化して利用する・楽しむソフト価値競争の時代になる と言い換えてもよい。価値が転換しても、「信頼・スマート・クール」のブランド資産 が確立していれば世界中の消費者の愛顧を維持することができるのだ。サムスンは、薄 型テレビの世界トップの地位を固めさらに一段と高いレベルに突き進んでいる(10 年 →11 年で、シェアは 19%→は 23%へ) 。しかも、次の有機 EL テレビへ巨額投資を実行 中だ。スマート・フォンもさらに上に向かって研究開発や設備投資を強化している。世 界中の消費者やその家庭の中に、サムスン・ブランドの楔を打ち込み彼らを囲い込んで いる。将来のネットワーク時代の顧客ベースを拡大しているのだ。日本勢が、薄型テレ ビで世界中のプレゼンスを弱めるほど、デジタル家電の次の時代へのアクセスが遠のい ていく。 日本勢の再生を提案する 日本勢 3 社は、薄型テレビの販売台数目標を下げ、主ディバイスであるパネルの生産 を半減するとか、2~3 か月間の生産中止を決めた。赤字の拡大を防ぐためだ。今後の 成長軸を転換して環境対応分野(太陽光発電を中心にした家庭用スマート・エネルギー、 車搭載用のリチウムイオン電池など)に注力すると言う。いわば各社の逃げの戦略だが、 この分野もまた、遠からずサムスンに追い越され引き離されるに違いない。有機 EL や スマート・フォン、そしてスマート・フテレビの開発に本気でとり組む意図はないのか、 それとも、今の赤字体質ではその資金を回すことができないのか。 日本のデジタル家電の再生を実現してほしい。業界のためだけでなく、日本の先端技 術の産業ピラミッドとその技術連鎖を守るためにも、国家事業として取り組んでほしい。 業界再編・事業再編を是非にも実行すべき秋(とき)だ。電気 8 社のデジタル家電関連 事業を、肉を切り血を流して、たとえば、強いデジタル家電 2 社に組みかえる。業界の 自主的なコミットメントと政府の強い支援が必要だ。その 2 社が、東アジアにまたがる 低コストの SCN と世界中で現地対応の VC(顧客価値連鎖)を差別優位に構築しつつ、 次世代のホーム・エンターテイメントの世界の主導権をサムスン電子や LG 電子と争っ てもらいたい。強者同士の競争こそが新しい革新の時代を拓く。 2
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