ラジオクリアランス

● 教育講演
State-of-the art 1
創薬と脳循環代謝
久下
要
裕司
旨
脳血管障害の臨床診断では,ポジトロン CT(PET)
,シングルフォトン CT(SPECT)を中心とす
る非侵襲的イメージング技術による脳循環代謝測定が頻繁に行われ,臨床診断に生かされている.最近,
これらの非侵襲的イメージング装置の感度,分解能が向上し,小動物への応用が可能となってきた.こ
れらの観点から,非侵襲的イメージング技術の創薬への応用が注目されている.高分解能 PET,SPECT
を用いれば,ラットにおいても,左右皮質,基底核における脳循環代謝諸量の分別測定が可能であり,
中・大動物では臨床診断に匹敵するレベルでの評価が可能である.非侵襲的イメージング技術は,小動
物から,中・大動物,さらにはヒトにいたるまで,同一測定系での脳循環代謝評価を可能とし,基礎か
ら臨床へのスケールアップ,臨床から基礎へのフィードバックをより有効に行うための橋渡し手段(ブ
リッジ)になり得ると期待される.
(脳循環代謝
16:173∼179,2004)
キーワード:創薬・脳循環代謝・ポジトロン CT・シングルフォトン CT
で,同一測定系での脳循環代謝評価を可能とし,
1.はじめに
基礎から臨床へのスケールアップ,臨床から基礎
へのフィードバックをより有効に行うための橋渡
最近,非侵襲的イメージング技術の進歩により,
PET,SPECT を中心とするイメージング装置の
し手段(ブリッジ)になり得ると期待されるから
である.
感度,分解能が向上し,小動物においても脳循環
本稿では,PET,SPECT を中心とする非侵襲
代謝測定が可能になってきた.他方,小動物にお
的イメージング技術による脳循環代謝測定につい
いて有効性が認められた薬剤が,臨床では期待さ
て,小動物から,大動物における脳循環代謝測定
れたような効果を示さないといった事例が多く報
の実際,およびこれら測定法の創薬への応用に関
1)
告され ,脳循環代謝改善薬,脳保護薬の有効性
する利点と欠点について概説するとともに,最近
評価法が問題となっている.これらの観点から,
の進歩を紹介する.
非侵襲的イメージング技術の創薬への応用が注目
2.創薬と脳循環代謝測定
されつつある.非侵襲的イメージング技術は,小
動物から,中・大動物,さらにはヒトにいたるま
脳循環代謝は脳血管障害の病態と密接につなが
京都大学大学院薬学研究科病態機能分析学分野
〒606―8501 京都市左京区吉田下阿達町 46―29
っており,脳循環代謝の測定は,基礎から臨床に
わたる脳血管障害の病態把握に欠くことのできな
― 173 ―
脳循環代謝
第 16 巻
第3号
図 1.正常及び中大脳動脈閉塞モデルラットにおける SPECT―脳冠状断血流イメー
ジ
[Tc-99 m]HMPAO を用いて SPECT により測定.
中大脳動脈閉塞による血流量の低下と,再灌流による血流の回復が同一ラットにお
いて明瞭に描出された.
いものとなっている.他方,薬剤の有効性を評価
不可欠なものとなっている.一方,医薬品開発に
するには,対象疾患の病態を正確に評価しうるこ
おいては,現在でもラット,マウスのような小動
とが重要であり,脳循環代謝の把握は創薬におい
物においてオートラジオグラフィー法やレーザー
ても重要なファクターである.また,脳血流は薬
ドップラー法などにより脳循環代謝を測定するの
剤の標的部位への移行,さらには有効性にも大き
が一般的である.
く関与することからも,創薬において脳循環を把
握することは必要不可欠である.
これらの観点から,脳循環代謝の測定は古くか
3.PET,SPECT による脳循環代謝測定と
創薬への応用
ら試みられてきた.その結果,脳血流測定法とし
て N2O 法,水素クリアランス法,オートラジオ
グラフィー法,マイクロスフィアー法,レーザー
3―1.小動物における脳循環代謝測定と創薬へ
の応用
ドップラー法などが,脳糖代謝測定法としてデオ
図 1 は,中大脳動脈閉塞モデルラットにおける
キシグルコースを用いるオートラジオグラフィー
閉塞中及び再灌流後の脳血流 量 を[Tc-99 m]
法が開発され,脳血管障害の病態解明,さらには,
HMPAO を用いて SPECT により測定した結果を
脳循環代謝改善薬をはじめとする医薬品の開発に
示している.中大脳動脈閉塞による血流量の低下
大きな役割を果たしてきた.
と,再灌流による血流の回復が同一ラットにおい
1980 年代に入ると,コンピュータ技術の著し
て明瞭に描出されている.このように,非侵襲的
い進歩により,生体の活動を生きた状態で視覚化
イメージング技術は,同一動物における繰り返し
できる各種の非侵襲的イメージング技術が開発さ
測定を可能とする.この特徴は,
個体差によるデー
れ,臨床での脳循環代謝測定が可能となった.ポ
タのバラツキを改善し,さらには,動物数の低減
ジ ト ロ ン CT(PET)
,シ ン グ ル フ ォ ト ン CT
に寄与するものと期待される.
(SPECT)
,磁気共鳴画像(MRI)などを用いる
また,我々は正常及び中大脳動脈閉塞モデルラ
脳循環代謝測定は,脳血管障害の臨床診断に必要
ットを用い,同一個体における脳糖代謝率を PET
― 174 ―
創薬と脳循環代謝
図 2.正常及び中大脳動脈閉塞モデルラットにおける PET―脳糖代謝イメージ
[F-18]FDG を用いて PET により測定.
[F-18]FDG 由来の放射能は眼窩内分泌線であるハーダー腺に高く集積した.
この影響により,前脳部冠状断スライスでの PET による糖代謝率の算出は困難であ
ったが,線条体レベルより後方の冠状断スライスでは脳糖代謝率を算出することが可
能であった.
及び従来の組織摘出法により測定し,これらの結
2,3)
び acetazolamide 負荷ラットを対象に[O-15]
H2O
果を比較した .この実験において,[F-18]
FDG
による PET―脳血流量測定を実施した.その結
由来の放射能は眼窩内分泌線であるハーダー腺に
果,acetazolamide 負荷による有意な脳血流量増
高く集積した(図 2)
.この影響により,前脳部
加が PET により検出された.また,彼らは,全
冠状断スライスでの PET による糖代謝率の算出
脳虚血ラットの脳糖代謝率に及ぼす薬用人参の作
は困難であった.一方,線条体レベルより後方の
用を PET を用いて検討し,薬用人参がヘキソキ
冠状断スライスでは,部分容積効果の補正により
ナーゼによるリン酸化反応を促進し,脳糖代謝率
糖代謝率を定量的に算出することが可能であり,
を改善することを示した5).
中大脳動脈閉塞モデルラットの閉塞側の脳糖代謝
率低下を有意に検出できた.このように,小動物
3―2.中・大動物における脳循環代謝測定と創
薬への応用
における測定では,測定装置の分解能を考慮し,
我々は,自家血血餅による中大脳動脈モデルサ
周辺組織に集積した放射能の影響に注意しなけれ
ルを作成し6),脳虚血の病態把握における PET―
ばならない.
脳循環代謝測定の有用性について検討した7).図
4)
Magata ら は,ラットにおける薬効評価の妥
3 は,本モデルサルにおける脳血流量の変化を
当性を検証するためのモデル実験として,正常及
[O-15]
H2O と PET により経時的に測定した結果
― 175 ―
脳循環代謝
第 16 巻
第3号
図 3.実験的塞栓性脳梗塞モデルサルにおける脳血流量の経時的変化
[O-15]
H2O を用いて PET により測定.
虚血の中心部である側頭葉皮質や基底核では経時的に脳血流量が減少した.
虚血の周辺部である頭頂葉皮質ではいったん低下した脳血流量が回復する傾向が認め
られた.
を示している.虚血の中心部である側頭葉皮質や
謝率を測定した結果,虚血の中心部である側頭葉
基底核では経時的に脳血流量が減少した.他方,
皮質や基底核では脳血流量,糖代謝率ともに顕著
虚血の周辺部である頭頂葉皮質ではいったん低下
に低下しており,この領域では梗塞巣が認められ
した脳血流量が虚血 4∼6 時間以後には回復する
た(図 4)
.一方,血流の回復が認められた頭頂
傾向が認められた.さらに,同モデルサルを用い
葉皮質では[F-18]
FDG 集積の増加がみられた(図
て,[F-18]
FDG により虚血 24 時間後の脳糖代
4)
.これらの結果は,虚血周辺部の頭頂葉皮質で
― 176 ―
創薬と脳循環代謝
図 4.実験的塞栓性脳梗塞モデルサルにおける脳血流量と脳糖代謝率
[O-15]
H2O,[F-18]FDG を用いて PET により測定.
虚血の中心部である側頭葉皮質や基底核では梗塞巣が認められ,この領域では脳血流
量,糖代謝率ともに顕著に低下していた.
虚血の周辺部である頭頂葉皮質では[F-18]
FDG 集積の増加が認められた.
は虚血 24 時間後においても未だ神経活動が保た
や[O-15]ガスを用いる脳血流量・酸素代謝量の
れている可能性を示している.今後,このような
測定が脳血管障害の臨床診断に用いられている
領域が治療可能か否かを検証するとともに,創薬,
が,これらの方法は中・大動物における病態把握
薬効評価研究に生かすことが重要な課題である.
においてもその有用性が示されている8∼10).さら
に,ごく最近,PET を用いる新しいラット脳酸
4.終わりに
素摂取率測定法11)が開発され,その有用性が示唆
されている.
本稿では,PET,SPECT を中心とする非侵襲
非侵襲的イメージング技術は,小動物から,
中・
的イメージング技術による脳循環代謝測定につい
大動物,さらにはヒトにいたるまで,同一測定系
て,小動物から,大動物における脳循環代謝測定
での脳循環代謝評価を可能とし,基礎から臨床へ
の実際,およびこれら測定法の創薬への応用に関
のスケールアップ,臨床から基礎へのフィードバ
する利点と欠点について紹介した.
ックをより有効に行うための橋渡し手段(ブリッ
脳血管障害の臨床診断では,
[I-123]
IMP,
[Tc-
ジ)になり得ると期待される.
99 m ]ECD , あるいは [ Tc-99 m ]HMPAO と
SPECT による脳血流測定や薬剤負荷による血管
反応性の評価が頻繁に行われている.高分解能
SPECT を用いれば,ラットにおいても,左右皮
質,基底核血流量の分別測定が可能であり,中・
大動物では臨床 SPECT に匹敵するレベルでの評
価が 可 能 で あ る.ま た,PET で は,
[O-15]
H2O
― 177 ―
文
献
1)Stroke Therapy Academic Industry Roundtable
(STAIR):Recommendations for standards regarding preclinical neuroprotective and restorative drug development. Stroke 30 : 2752 ― 2758,
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2)Kuge Y, Minematsu K, Hasegawa Y, Yamaguchi
脳循環代謝
第 16 巻
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3)久下裕司,峰松一夫,長谷川泰弘,三宅可浩:
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1996
4)Magata Y, Saji H, Choi SR, Tajima K, Takagaki T,
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創薬と脳循環代謝
Abstract
Measurement of cerebral blood flow and metabolism for drug development
Yuji Kuge
Department of Patho-functional Bioanalysis,
Graduate School of Pharmaceutical Scienes, Kyoto University.
Noninvasive imaging techniques, positron CT(PET)and single photon CT(SPECT)
, are widely applied to the measurements of cerebral blood flow and metabolism, which provides useful information on
the clinical diagnosis of stroke. Recent advances in the sensitivity and spatial resolution of these modalities are making it feasible to apply these techniques to studies in small animals. Thus, it is of great interest to apply these techniques to drug development. High resolution PET and SPECT have enabled us to
determine cerebral blood flow and metabolism in regions as small as the hemispheric cortices and basal
ganglia in rats. In larger animals, such as cats and monkeys, high resolution PET and SPECT provide
more detailed information on cerebral blood flow and metabolism, which is comparable to that obtained in
clinical setting. Thus, noninvasive imaging techniques have facilitated evaluation of cerebral blood flow
and metabolism in rats and cats as well as nonhuman primates and humans by using the same imaging
modalities. These noninvasive imaging techniques provide a useful means to effectively bridge a gap between basic and clinical studies, which will contribute to the extrapolation of information obtained in animal studies to human studies as well as allowing information obtained in human studies to be fed back to
animal studies.
Key words : Drug development, Cerebral blood flow and metabolism, Positron Emission CT, Single Photon Emission CT
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