第3章 下水道事業の今後の方向性について

第三章
下水道事業の今後の方向性について
本章では,文献調査に基づき,わが国の下水道事業が抱える課題と今後の方向性につい
て整理する.また,海外の下水道事業における近年の動向を概観し,これらの点から,わ
が国の下水道事業の今後の方向性について特に PI に関する視点から考察する.
3-1 日本の下水道事業の課題と今後の方向性
先ず,わが国の下水道事業が抱える課題や今後の方向性について,関連する図書や国土
交通省等によって発行されている計画,ビジョンなどを基に整理する.
3-1-1
下水道事業が抱える課題について
わが国の下水道事業が抱える課題については「下水道年鑑」1) や「下水道経営ハンドブ
ック」2) など多くの下水道に関する書籍の中でまとめられているが,それらの多くが下水
道普及率の地域間格差の問題や下水道経営に関する問題を挙げている.
しかし,各地域にとっての課題となると,人口などの行政規模や地形・気象などの自然
的条件,都市の構造などの地域特性によって異なってくると考えられる.そこで,㈳日本
下水道協会が 2006 年に,大阪市と福島県三春町を事例に,行政規模の違う地方公共団体が
進めている事業の現状と課題についてまとめている(表 3-1 参照)ので 3),それについて
表 3-1
面積・人口
地形
整備状況
事業内容
経営状況
課題
下水道事業の概要と課題の比較(2005 年度)3), 4), 5)
大阪市
面積…222.30 m2
人口…2928811
大部分の土地が平坦で河川の流速が遅く,昔
から汚水・雨水の排除が問題となっていた
三春町
面積…72.76 m2
人口…19194
下水道の整備対象地域は,市街地中央部を東
西に流れる河川沿いの谷間に形成された市街
地およびその周辺地域
下水道普及率…99.9% 水洗化率…99.9%
下水道普及率…19.1% 水洗化率…53.6%
・管渠工事(浸水対策,更新など)
下水道,農業集落排水,浄化槽の 3 つから地
・抽水所工事(雨水ポンプ設備など)
域特性を考えて選択し,公営企業として運営.
・処理場工事(下水処理場の設備の新増設) ・下水道…管渠建設
・浄化槽代行事業※…浄化槽設置
・個別排水処理事業…浄化槽建設
使用料,市税などによる収入(890 億)が支 使用料,市税などによる収入(10755 万)が支
出(867 億)を上回っている.
出(14813 万)を下回っている.
・水質保全対策 ・施設の改築更新
・下水道接続率の低迷
・浸水対策
・人材育成と技術の継承
・使用料回収率の低迷
(汚水処理に要した経費に対する,
・維持管理の効率化と資金確保
下水道使用料による回収程度を示す指標)
※下水道整備の計画区域において当分の間,浄化槽を代行で設置する事業
19
紹介する.
表 3-1 に示すように,大阪市のように規模の大きい都市では,早くから下水道事業が進
められてきたことから,既に下水道整備はほぼ完了しており,非常に高い水洗化率(下水
道接続率)となっている.そのため課題となっているのは主に維持管理体制に関する事項
である.
それに対して,1993 年に下水道事業に着手した三春町では,経済性を考慮し,下水道,
農業集落排水,浄化槽の 3 事業を連携して整備を進めているが,それでも汚水処理人口普
及率は 2007 年度末でも 57.8%という低い状態である.そのため,施設の整備が主な課題と
なっている.また,その他の課題としては,接続率や料金回収率の向上が挙げられている.
接続率の問題は高齢者世帯の増加で経済的に水洗化できない世帯が増えていることから起
こっており,また,料金回収率の問題は,三春町は起伏の大きい地形で,人口密度が低い
など地理的条件が悪いため 1 人当たりの建設費が高額になっていることから下水道使用料
によって事業費を回収できないことが原因である.
以上の事例より,その地域の状況や事業進捗の程度によって抱える課題にも大きな違い
が現れていることが分かる.そこで日本下水道協会はさらに,行政規模別とテーマ別の下
水道事業の課題について表 3-2 と表 3-3 のようにそれぞれまとめている 3).
表 3-2 行政規模別による下水道事業の課題 3)
規模
大都市
(人口 100 万
人以上)
一般都市
(人口 5 万∼
100 万人)
中小都市
(人口 5 万人
未満)
課題
・下水道事業に着手したのが早く,下水道ストックの老朽化が多いため,維持・修繕,改
築・更新のための財源を確保が必要
・都市型水害に対応するための高レベルな浸水対策
・高度処理や合流式下水道の改善
・地震等災害への対策
・このような課題に対し,事業規模によるスケールメリットを活かしながら,いかにサー
ビスを低下させずに効率的に事業を進めていくかが重要な課題
・普及率の平均が全国平均を若干上回っているが,人口 5 万から 10 万人の都市では全国
平均を下回っており,さらに下水道整備を積極的に進めていく必要がある
・高度処理や合流式下水道の改善,地震等災害への対策についても整備と同時に取り組ん
でいく必要があり,財政的に非常に厳しい状況
・市町村合併により下水道処理区域が拡大された場合には,下水道事業計画や経営計画の
見直しが必要で,効率的な事業運営をいかに進めていくか
・事業規模が小さいため建設費,維持管理費が割高になる
・汚水処理原価を大都市と比較すると 2~3 倍と非常に高い状況にあるが下水道の使用料単
価は都市規模を問わずほぼ同程度の設定となっている.そのため都市規模が小さくなれ
ばなるほど,汚水処理原価と使用料単価の乖離が大きくなり,使用料回収率が低くなる
・経営努力には限界があるため国や都道府県の財政支援が必要
・事業を実施する際には,下水道整備計画区域の絞込みと合わせ,集約化や他の事業との
連携を図りながら,効率的に事業を推進する
・市町村合併が行われた中小市町村では,分散されている汚水処理施設を効率的に管理し
ていくために,事業計画や維持管理体制を大幅に見直していくことが必要
・今後の人口減少化による社会経済的影響を一番大きく受けることが予想されていること
から,さらに経営基盤を強化していくことが必要
20
表 3-3 テーマ別による下水道事業の課題 3)
テーマ
下水道財政と経営
水環境の改善
浸水対策
汚泥の処理処分,
資源・資産の
有効活用
下水道施設の維持
管理,改築・更新
課題
・建設時の借入金の返済が一般会計の負担を求め続けている(特に人口規模が小さ
く使用料収入の少ない地域)
・適正な下水道使用料や施設計画規模の設定など,健全な下水道事業経営が必要
・構造的な問題を抱えている中小市町村に対して,大都市との財政格差を是正する
ための対策が必要
・住民に対する説明責任を果たすため,経営者としての自覚を促すことができる企
業会計方式の積極的な導入
・下水道,農業集落排水,浄化槽など多様な施設の連携を促進し,効率的に事業を
進めるため,各施設の事業制度の壁や行政界にとらわれず,合理的に事業をすすめ
るため広域的に連携するしくみが必要
・下水道による水質保全効果を適正に評価し公表していないため,国民が下水道の
役割を正しく理解できていない
・合流式下水道の改善・高度処理を実施していくためには,補助制度の拡充や技術
開発などが不可欠であり,国民へのアピールや適切な費用負担のあり方に関する整
理が必要
・都市浸水対策が必要な区域のうち概ね 5 年に 1 回程度の大雨に対する整備率は
51.9%(2004 年度)
・特定都市河川の指定に係る調査や流域水害計画の策定過程において河川と下水道
の役割分担が明瞭でないことや整備スケジュールが違うことから計画規模の扱い
や河川計画と整合させた下水道施設をどのように事業計画に定めるかが不明確
・普及拡大や高度処理の導入,合流式下水道の改善により,汚泥量が増加している
・市場性の確保や多様なメニュー・低コスト化
・国民のリサイクル意識の向上
・制度の充実・技術開発
・汚泥の運搬等に関し廃掃法の適用を受ける場合が多く,下水汚泥の有効利用を進
める上で障害となっている
・施設や処理水などの資源の有効利用を進めるため,法律による承認基準の緩和と
それに要する手続きの緩和が必要
・改築・更新に伴う財源の確保
・現在,下水処理場の維持管理は 9 割以上が民間に委託されている状況であり,下
水道技術職員の配置が不十分ない市町村が多く存在している
・2007 年問題に伴う技術力の継承
・ISO の国際規格への対応
行政規模別の課題(表 3-2)を見ると,行政規模が小さくなるほど,抱える課題が多く
なっていることが分かる.特に中小都市では,大都市と比較して財政的な課題が多いよう
である.それだけに,事業を円滑に進めていくためには,住民にかかる負担や料金設定の
根拠,整備区域の線引きや優先順序などに関する説明責任を果たし,手続きの正当性を担
保しながら事業を進めていく必要があり,計画の早期段階から PI を導入していくことが重
要であると考えられる.
また,テーマ別の課題として表 3-3 に挙げられているものの中でも,特に適正な使用料
や施設計画規模の設定,各種排水処理施設の連携,国民のリサイクル意識向上,資源の有
効活用・再利用などに対する改善・解決については,行政規模別の課題の場合と同様に,住
民とコミュニケーションを図りながら事業を進めていく必要があり,そのためにも PI が有
効であると考えられる.
21
3-1-2
下水道事業の今後の方向性について
次に,前項で挙げた下水道事業が抱える課題を踏まえて,下水道事業が今後どのように
展開していくべきか,国土交通省のビジョンや下水道に関する各機関がまとめている計画
等から整理する.
□下水道の中長期ビジョン
国土交通省 下水道事業課 下水道政策研究委員会は,2005 年に中期的な視点から見た下
水道の中長期ビジョン「下水道ビジョン 2100」6)を公表した.このビジョンでは,基本コ
ンセプトを「循環のみち」とし,「21 世紀の下水道は,従来の機能に加え,今後の地域に
おける持続可能な循環型社会の構築を支えるため,健全な水循環および資源の循環を創出
する新たな下水道への転換を目指す」としている.また,その実現のための基本方針とし
て,
「水のみち」
「資源のみち」
「施設再生」の 3 つが提示されている.各基本方針の施策体
系について整理したものを表 3-4 に示す.
表 3-4 下水道ビジョン基本方針と施策体系 6)
基本方針
水のみち
資源のみち
施設再生
施策の視点
施 策
・近自然水流の復活・再生
活かす
・水質の保全
水のみち
・水利用の自立性向上
・人に優しい水環境の創出
優しい
・潤いのある水縁空間の創出
水のみち
・水縁コミュニティの創出
・公衆衛生の向上
衛る
・新たな浸水対策の展開
・雨水・再生水・湧水等の防災への活用
水のみち
・地域自然生態系の保全・再生
自立する
・下水道施設の省エネルギー対策
資源のみち ・エネルギーの処理場内の活用
・下水汚泥の有効活用
・希少資源等の回収・活用
活かす
・都市排熱の回収・活用
資源のみち
・処理施設を核とした地域エネルギー供給
システム
・下水道施設における温室効果ガスの削減
優しい
・バイオマスによる温室効果ガス削減
資源のみち
・下水熱利用による温室効果ガス削減 など
・事故の未然防止
安全確保
・地震対策
・地域の防災機能強化
・施設の多目的利用
施設活用
・地域情報化
・機能維持・更新の効率化
機能向上
・下水道マネジメント
22
具
体 施
策
・近自然の水流復活・再生
・広域的かつ効率的な
・高度処理の展開
・親水・福祉空間等の創出
・ヒートアイランド対策
・住民参加・環境教育
・集中豪雨への対応
など
・施設の省エネルギー化促進
・バイオマス・自然エネルギー
の活用
・下水汚泥活用の
多様化・効率化
・リン等希少資源の回収
・都市排熱の回収
・温室効果ガスの削減
など
・事故の未然防止対策の推進
・防災機能の強化
・施設空間の多目的利用
・管渠等による情報網の構築
・機能維持・更新の効率化
・アセットマネジメント導入
など
また,同ビジョンは,今後の施策展開の課題として,あらゆる主体と目標を共有化する
こと,行政と地域住民等の役割分担の実現に向けて協議の場を制度化すること,関係行政
機関の連携や情報の発信・共有を推進することなどを挙げており,そのための PI の活用に
ついても言及している.
□下水道協会誌
つづいて,下水道協会誌の記事から下水道事業の今後の方向性について整理する.
下水道協会誌 7)では,これからの下水道は,汚水を排出・処理するという静脈機能だけ
でなく,健全な水・物質循環系を構築する観点から,「活用・再生」という動脈機能を併せ
持つ,循環型システムへと発展させていくべきである,としている
具体的には,
事業の効率化や施策の総合化,事業の重点化を図っていくべき事項として,
次の取り組みを挙げている.
・下水道ストックの適正な管理,経営基盤の強化
・従来の行政中心の事業ではなく,住民や民間事業者等の積極的な関与を推進.
・多様な主体の参加と協働が不可欠.従来型の行政中心の手法から大きく踏み出す必要
がある
また,下水道事業の今後の経営の姿としては
8)
,いくつかのシナリオを想定した上でも
基本は「自治体所有の公共事業」に「民間が多様な形でかかわり」
,
「住民の協力」の下に,
「サービスレベルを一定に保ち」つつ,
「着実に健全化」され,「サービスが継続」される
というシナリオを中心に据えて具体策を検討していくことになる,としている.
□下水道年鑑
一方,下水道年鑑 2)では,下水道政策の転換の方向性として,安全・環境の重視と管理・
経営の重視を挙げ,これからの下水道は,安全で快適な暮らしの実現や良好な環境の創造,
快適で活力のある暮らしの実現に多様な役割を担う必要性が強調されている.また,これ
らの役割を実現するための施策展開における重要な視点として,多様な主体の参加と協働
や地域性の重視,施策の総合化,事業の重点化,事業体系等の見直しなどを挙げている.
□上下水道担当部局の統合
また,下水道事業の今後の方向性として近年,下水道と上水道の担当部局を統合する動
きが見られる.
「下水道年鑑」に記載されている下水道事業所の名簿から,下水道と上水道の担当部局が
統合されている事業所数について調査した結果,
事業所の総数は 1503 件であり,そのうち,
23
上下水道部や上下水道課など名前の中に「上下水道」が含まれる事業所は 386 件(25.7%)
で,それに水道部,水道課など「上」も「下」も付かない「水道」となっているものを加
えると 543 件(36.1%)であった.なお,単に「水道」となっている部署は通常は上水道
を指すものと思われるが,調査に利用した名簿は「下水道事業所名簿」であったため,
「水
道部」ないし「水道課」という名称であっても下水道に関する業務も行っているものと判
断した.
このように,3 分の 1 を越える事業所で,上下水道の統合がされていることが分かった.
ここで,下水道と上水道の担当部局を統合することの功罪について整理する.
メリットとしては次の 5 点があげられている 9).
・管理業務の集中化による人員・経費の削減
・土木・管工事の技術職員の集中化による業務の効率化
・上下水道サービス窓口の一本化
・上下水道事業の効率化
・技術交流
また,デメリットとしては次の 2 点があげられている.
・部署組み替えにコストがかかる
・技術的,コスト的なアプローチ手法に違いがある
上記からは,上下水道の統合は,事業の効率化とサービスの向上に寄与するものとして
捉えられているが,同時に初期コストや事業経営手法の違いに不安が持たれていることが
分かる.しかし,上下水道統合のもうひとつの背景として,下水道事業への企業会計導入
の動きがある.上水道事業は従来から企業会計が原則なので,上水道の経験豊かな職員を
活用するために,下水道の会計手法を変更する作業にあわせて上下水道の担当部局の統合
をすることには合理性があるという考え方である.
以上見てきたように,今後の下水道には,従来の「汚水の排除・処理」といった役割に
加え,
「資源の有効活用」や「豊かな水環境の創出」といった,新しい役割が求められてい
る.これらは住民の利用の有無に強く依存する施策であるといえる.また,本節 1 項でも
述べたように,下水道事業は,財政的,経営的な多くの問題を抱えており,それらの解決
も今後の大きな課題である.今後の事業展開の方向性としては,多くの文献に共通して,
他機関との連携や住民の参加などが挙げられている.その意味で,困難な財政状況の中,
下水道事業がこれらの新たな役割を果たしていくためには,PI などの民主的な手続きを通
して住民のニーズに合った施策を展開していくことが必要であり,それが住民の事業に対
する理解や協力にもつながっていくものと考えられる.
24
3-2 海外における近年の動向
わが国の今後の下水道事業を考えるにあたって,海外の事例は有用な情報となる.そこ
で本節では,文献調査によって,海外における下水道事業の動向を住民参加の動向を中心
に整理する.
「下水道年鑑」によると,現在,世界中で 60 億人を超える人口のうち,24 億人が安全な
衛生設備にアクセスできていないといわれている.また,急速な人口増加などに伴い,洪
水等の被害拡大や水資源不足,都市の水環境悪化など水に関する多くの深刻な問題が将来
的に生じることが予測されている.これらの問題の解決に向け,2000 年のミレニアム開発
目標(MDGs)のひとつとして定められたのが「2015 年までに,安全な飲料水と基礎的な
衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減すること」である.
そこで,本節では先ず上下水道事業に関する国際的な動きである ISO の規格について触
れた後,1990 年代に顕著であった上下水道事業の民営化について整理し,その後に起こっ
た潮流である住民参加型の公営上下水道事業について述べる.
3-2-1
国際規格
ISO 中央事務所から 2007 年に「飲料水および下水サービスに関する活動」の国際規格で
ある ISO24500s 規格が文書として発行された 10).同規格は,次の 3 つの規格から成ってい
る.
ISO24510―飲料水及び下水サービスに関する活動
―ユーザ・サービスの評価と改善のためのガイドライン
ISO24511―飲料水及び下水サービスに関する活動
―下水事業のマネジメント及び下水サービスの評価のためのガイドライン
ISO24512―飲料水及び下水サービスに関する活動
―飲料水のマネジメント及び飲料水サービスの評価のためのガイドライン
これらの規格のうち,特に ISO24510 と ISO24511 は下水道事業との関わりが深く,今後
の下水道事業に影響を及ぼすことが予想される.それらの概要を表 3-5 に示す.
両規格は,評価に至る以前の水事業としての要件を分析するところに特徴があり,世界
標準として,これから下水事業を展開する事業者にとっても,既に成熟した事業を展開し
ている事業者にとっても有益な規格となっている 10) .
25
表 3-5
下水道の国際規格 10), 11)
ISO24510
ユーザ・サービスの評価と改善のための
ガイドライン
規格の
目的
と内容
概要
ISO24511
下水事業のマネジメント及び下水サービスの評価
のためのガイドライン
ISO24500s 規格はユーザに対するサービスのあり方を評価・改善するためのガイドラインと水事業
をマネジメントするための指針の両方を利害関係者に提供するものであり,これにより利害関係
者間の対話を促進し相互理解が深まることを目的としている
・水事業がユーザ・サービスのために何をな
すべきか
・各々の構成要素に対するユーザの要求と期
待は何か
・それに対し,水事業は何を考慮し,どう対
応すればよいか
・成果を評価する際の基準と手法は何か
規格から除外する事項として次を示している
・設計・建設手法
・維持管理における上下水サービス活動の管
適用範囲
理構造や方法
・契約を含む管理活動や手法
・建物内の上下水システムに関する事項
・水事業に関する物理的,施設的,経営的事業的要
素
・グローバルな視点で見た水事業の目的
・水事業の管理運営に関するガイドライン
・これらに関係する評価基準,業務指標と評価のガ
イドライン
本規格に含まれるものとして以下を挙げている
・様々な利害関係者に共通する用語の定義
・下水事業の目的
・下水事業の管理運営に関するガイドライン
・サービスの評価基準及び関連する PI の例
(なお,除外する事項は左に同じ)
「水サービスへのアクセス」,
「サービスの提
供」
「契約管理と料金請求」「ユーザとの良好
下水システムを集中型/分散型,オンサイトシステ
な関係の促進」「環境保護」「安全及び緊急時
構成要素
ムに区分し,それぞれシステムについて下水を収
の対応」の 6 つの事項を挙げ,これらの把握
集,運搬,処理する施設を説明している
が継続的なサービスの改善のために必要と述
べている
目的
[ユーザの要求と期待に関するサービスの目
的]
上の 6 つの構成要素について,更に分析しそ
の各々について「ユーザはどのような要求を
持ち,どのようなサービスを要求するのか」
を具体的にユーザの視点で目的をまとめてい
る
[下水事業の目的]
下水事業の主たる目的は「公衆衛生の保護」
であり,
これを達成するために下水の収集・処理・再利用な
どを確実に行い,これらの活動を通じて「ユーザの
要求と期待に対応」することとしている.また,
「通
常時及び緊急事態下でのサービスの提供」
「下水事
業の持続」
「地域社会の持続可能な発展の促進」
「環
境保護」も事業の目的であるとしている
規格の各章の中に「ユーザとの良好な関係の
住民参加 促進」という項目があり,その中に,ユーザ 規格の中に「ユーザのニーズと期待への対応」とい
の視点 の訪問,コミュニティ活動,ユーザの参加な う項目がる
どの項目がある
表中の下線部で示すように,
両規格では,住民参加に関する視点が取り入れられている.
特に ISO24510 では,3 章から 6 章までの各章に「コミュニティ活動」や「ユーザの参加」
という項を含む「ユーザとの良好な関係の促進」の節が設けられており,ユーザつまり住
民との関係の改善がいかに重視されているかが分かる.
3-2-2
民営化
次に,上下水道事業の民営化の動向について述べる.
わが国においても郵政三事業が民営化されたことは記憶に新しいが,海外においては上
下水道事業についても民営化が進んでいる.
26
国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation)の調査 12)によると,上下
水道事業の民営化は,1980 年代の公共部門の財源不足や非効率的な運営などを背景に,
1989 年にイングランドとウェールズの水道事業が完全民営化されたのを契機に,90 年代に
入ってヨーロッパ諸国や開発途上国の都市で広範に導入されるようになった.JBIC による
調査が行われた 1999 年の時点で 162 件の民営化事業が進行していた.
民営化といっても,民間との関わりが最も少ないもの(サービス契約)から最も大きい
もの(売却,完全民営化)まで様々な形態がある.一般に受けいれられている民営化の形
態について表 3-6 に,またそれらの形態の特徴について表 3-7 に示す.
表 3-6
契約形態
(契約期間)
サービス契約
(3∼5 年)
マネジメント
契約
(5∼10 年)
リース契約
(5∼15 年)
コンセッション
契約
(25∼35 年)
売却
完全民営化
建設・所有
運営・譲渡
(BOOT)
もしくは
建設・運営
譲渡(BOT)
合弁契約
民営化の契約形態とその概要 12)
概要
特徴
現行の上下水道公社の一部の機能につ
資本計画管理,漏水率の削減,料金の請求・徴収.
いて一定期間に限り民間の経営管理に
情報技術などの運営委託に適している
任せるもの
・契約の目的は,①より本格的な民営化策の準備
民間事業者またはコンサルタントに対 のためのパフォーマンスの改善とコスト削減,②
して,設備の一部または全部の運営管 経営陣や制度の運営経験の蓄積による公共事業
理権を与えるもの(資本投資は行われ 者のパフォーマンスの改善
ない)
・民間事業者に対しては実績に基づく報酬を支払
う
公共部門所有の事業設備を民間事業者
にリースして,民間事業者が上下水道
システム運営のあらゆる側面(オペレ ・達成すべき履行基準が定められる
ーションに限られ,一般に資本投資は
除外)に責任を持つもの
事業経営責任(資本投資も含む)を, ・設備全体の効率的な運営管理を担保するため,
一定期間民間事業者に譲渡するもの インセンティブや罰則規定および独立の規制委
(一般に,公益事業オペレーターが率 員会が設けられる
いるコンソーシアムとの間で契約締 ・長期にわたって設備を良好な状態で運営できる
結)
か否かが,運営成果と収益性を左右する
・効率が高まり,インセンティブに基づく改善が
公共部門がその資産も含め民間に永久
行われ,将来計画や設備投資のための借入れも自
に譲渡され,新しい民間所有者がライ
由に行うことができる
センスに基づき規制機関の管理下で施
・法律上,公共部門の売却を禁止している国も多
設の運営を行うもの
く,適用される例は少ない
プロジェクト・スポンサーが,合意し
た期間中に建設・所有・運営する新規
・大規模な自治体の大型拡張事業に適している
の施設から追加のバルク水を地方自治
・BOOT 契約企業は既存の資産やその運営には責
体の水道局に販売することを提案し,
任がない
契約期間終了後に当該施設を自治体当
局に移管するもの
・各当事者は合弁運営会社の株式を所有する
・パートナーシップのもと,上記の契約形態のい
自治体と民間の事業者が合弁会社を設
ずれかに基づきサービスを提供することも可能
立するなど,本格的なパートナーシッ
・民営化に不信感を持つ者にも許容されやすいが,
プを組むもの
公共当局側が 2 つの役割(規制者と事業者)を担
うため,利害の衝突を引き起こす可能性がある
27
表 3-7
契約形態
サービス
契約
マネジメン
ト契約
リース
契約
コンセッシ
ョン
契約
売却
完全
民営化
建設・運営
譲渡
(BOT)
投資
運転
資本金
公共
公共
公共
民営化の契約形態の特徴 13)
顧客との契 民間の責任 民間の財務
マネジメ
所有権
約上の関係 と自立権
リスク
ント
主に
公共
低い
低い
公共
公共
料金
設定
料金
徴収
公共
公共
公共
民間が代行
低い
低い
公共
民間
公共
公共
公共
民間
民間
低い
低い∼
中程高い
公共
民間
規制
民間
管理者
民間
民間
民間
高い
高い
公共
または
民間
民間
規制
民間
管理者
民間
民間
民間
高い
高い
民間
民間
規制
民間
管理者
民間
民間
民間
中程度
∼高い
高い
民間
のちに
公共
民間
公共
公共
民営化の
主目的
事業運転効率
の改善
運転,技術的
な効率の改善
運転,技術的
な効率の改善
民間資本の出
資帯びかけ,
専門技術導入
民間資本の出
資帯びかけ,
専門技術導入
民間資本の出
資帯びかけ,
専門技術導入
表に示したように,民営化には多くの形態がある.JBIC による調査が行われた 1990 年
代に最も一般的な形態はコンセッション契約であったが,2000 年以降はリース契約やマネ
ジメント契約など,よりリスクの低い方式が選ばれる傾向にある 14).
実際に上下水道事業が民営化された事例の一部を表 3-8 に示す.
表 3-8
海外における上下水道事業の民営化事例 12)
ヨーロッパ
マネジメン
ト契約
リース
契約
アジア・太平洋
アデレート(オーストラリア)
15 年契約,1995 年開始
運営費削減等の目標達成
南北アメリカ
コナクリー(ギニア)
15 年契約,1989 年開始
接続率,メーター設置率
等改善した
コンセッション契約
グダンスク(ポーランド)
30 年契約,1993 年開始
水質改善等の目標を達成
コンセッ
ション
契約
アフリカ・中近東
マニラ(フィリピン)
25 年契約,1997 年開始
ジャカルタ(インドネシア)
25 年契約,1998 年開始
フランスモデル
混在型の契
全人口の 78%に配水,
約
74%の下水を処理
英 国 モ デ ル (イ ン グ ラ ン
売却
ド・ウェールズ)
完全
1989 年開始
民営化
飲料水・下水処理水の水
質改善達成
ブエノスアイレス
(アルゼンチン)
30 年契約,1993 年開始
給水能力向上,水質・無
収率完全達成
チリ(サンティアゴ)
2 段階方式,1990 年開始
第 1 段階ではサービス
水準等改善された
イズミット(トルコ)
15 年契約,1995 年開始
BOT 契約
28
表 3-9
多国籍企業
Aguas de
Barcelona
中南米において上下水道事業を継続している多国籍企業 15)
本国
スペイン
/フランス
契約継続国
(2007 年)
チリ
Santiago
コロンビア
Cartagena
キューバ
Habana
Varadero
Saltillo
Monteria
Tunja
都市名
メキシコ
Proactiva/Veolia
/FCC
ACS/Urbaser
Iberdrola
Sacyr
Vallehermoso
/Valoriza/AGS
スペイン
/フランス
スペイン
Canal Isabel II
Acea
Edison /Bechtel
Marubeni
Ontario Teachers
pension
plan(OTTR)
イタリア
イタリア
/米国
日本
カナダ
コロンビア
San Andres
メキシコ
ブラジル
アルゼンチン
チリ
Aguascalientes
Sanepar
SAMSA(Misiones)
Essal
ブラジル
Sanear,Aguas De
Mandaguahy
コロンビア
エクアドル
ホンジュラス
AAA
Amagua
San Pedro Sulas
エクアドル
Guyaquil
チリ
Aguas Decima
チリ
Essbio,Essel,Esval
契約終了また
都市名
は売却(2007)
ブラジル
Campo Grande
Aguas
アルゼンチン
Argentinas
Santa Fe
Aguas de la
ウルグアイ
Costa
Tucuman
アルゼンチン
Catamarca
Aguas de
ベネズエラ
Monagas
アルゼンチン
ウルグアイ
AGBA
Uragua
ボリビア
Cochabamba
また,表 3-9 に上下水道民営化事例の多い中南米において上下水道事業を継続している
多国籍企業について示す.JWRC 水道ホットニュース 15)によると,近年,多国籍水企業は
主に,地域住民の反対と十分な利益確保に失敗したことを理由に,中南米から撤退しつつ
あるという.表 3-9 に示すように,いったん契約したものの契約が終了した(更新されな
かった)
,もしくは国内の企業または公共事業体に売却している企業が多く存在している.
3-2-3
住民参加型下水道事業
前述したように 1990 年代は世界的な水道民営化の 10 年であった.しかし,コーポレー
ト・ヨーロッパ・オブザーバトリートランスナショナル研究所 14)によると,これら民営化
事例の多くの事例が失敗に終わっている.同研究所は,1980 年代の公共セクターの失敗(と
それによる民営化)は民主的プロセスの欠如が原因であり,今後は民主主義に基づく新た
な手法と説明責任が担保されるような十分な住民参加が求められることを指摘している.
以下,民営化という方法をとらず,住民参加を取り入れた公営で上下水道事業を進めて
いる各国の事例について紹介する.
29
□官官パートナーシップ(Public-Public Partnership:PUPs)
民営の上下水道事業が民営化による失敗の後,再度公営化された事例では,しばしば,
労働者や労働組合が事業の正式なオーナーとなっている.たとえば,ペルーのワンカヨと
アルゼンチンのブエノスアイレスの事例では,労働組合の主導の下に上下水道事業が運営
されている.
ペルー・ワンカヨの事例 16)
中部アンデス山脈の都市であるワンカヨでは,民営化に代わる手法として,革新的な官
官パートナーシップが発展してきた.社会的運動組織 FREDEAJUN(Frente de Defensa del
Agua de la Region Junín)は,民営化に抵抗し,参加型のボトムアッププロセスを用いて,
公共事業 SEDAM Huancayo S. A. FREDEAJUN とそのメンバーの意識を改革し,また,地元
の労働組合 SUTAPAH(Sindicato Único de Trabajadores de Agua Potable de Huancayo)も,
SEDAM とブエノスアイレス水道(ABSA:Aguas Bonaerenses S.A,ブエノスアイレス州の
組合が所有・運営する公共水事業者)の間に官官パートナーシップを確立させるという代
替案を成功させた.
アルゼンチン・ブエノスアイレスの事例 14)
アルゼンチンのブエノスアイレス州では,1993 年以降,民間企業が州とコンセッション
契約を結んでいたが,2002 年に,企業の親会社が倒産したことにより,当初の目的を果た
すことなく同企業が撤退することとなった.しかしそのとき,州政府にはサービスを引き
継ぐための技術者も管理者もいなかった.
ブエノスアイレス州上下水道労働組合はこの事態を受けて,コンセッション契約のもと
でサービスを受けてきた 300 万近い人々に水質と水量を保証するため,緊急に交渉を開始
し,規制当局の承認を得て職員が株主として公営企業に参加するプロジェクト案を提案し
た.同プロジェクトでは,様々な人々が代表団を通じて,規制当局と事業主体であるブエ
ノスアイレス水道(ABSA)の両方に参加した.
たとえば,サービス提供地域内の 12 ほどの利用者団体は,運営と管理に参加しているだ
けでなく,オンブズマンや利用者と消費者を代表する地域組織にも関わりを持ち,上下水
道事業のあらゆる側面に継続的に影響を与えている.
この結果,投資の不足により操業が停止されていた下水処理場が再開され,また,投資
の不足と人口増加によって低下していた上下水道の普及率が改善された.
□参加型予算
ブラジル・ポルトアレグレ 17), 18), 19)
ブラジル南部リオ・グランデ・ド・スル州の州都ポルトアレグレの上下水道事業は参加
型予算という民主的意思決定プロセスを取り入れた方法で運営されている.
30
地域総会(第 1 期)
テーマ別総会(第 1 期)
中間総会(地区別)
中間総会(サブテーマ別)
16 地域予算評議会
5 テーマ別予算評議会
地域総会(第 2 期)
評議員選出
市諮機関
市予算
図 3-1
テーマ別総会(第 2 期)
市予算評議会
市当局
市総会
評議員選出
市諮機関
投資計画
参加型予算プロセスの概略図 17)
住民参加型予算とは,次年度の予算を決定する際に,住民がそれに対する要求などを持
ち寄り,討議し,投票し,その決定が技術的に実現可能かどうか評価を行った後,その予
算が翌年の予算に組み入れられるという制度である.図 3-1 に制度プロセスの概略図を示
す.
住民参加型予算では,先ず市全体を区分けした 16 の各地区の集会により,住民から代表
者を選出し,それぞれの地区の代表者会議により,提案されているさまざまなプロジェク
トの優先順位について議論する.これらの代表者は個人としてまた市民社会の多様なグル
ープ(地域組合,文化団体,特定の利益集団)の代表として代表者会議に参加する.また
これと並行して,交通,教育,文化,健康福祉,経済発展と税,都市開発という 5 つのテ
ーマ別の代表者会議も開かれる.また,44 人の評議員と投票権のない行政スタッフで「市
予算評議会」が構成され,同評議会で,各地区の代表者会議とテーマ会議から提案された
プロジェクトの優先順位などについての議論がおこなわれる.
ポルトアレグレでは,この参加型予算の制度を導入することによって,人口が 8.5%増加
する中,汚水回収サービスを受ける世帯の数が 1994 年の 342,178 世帯から 2004 年には
48,114 世帯と 40.31%増加している.また,市の周辺部やスラム地域にまで,上下水道を敷
設するための投資が行われるようになった.その結果,ポルトアレグレでは水を媒介とする
疾病が著しく減少したという.
□住民(よりローカルな組織)への権限委譲
パレスチナの事例 20)
イスラエルによる過去 50 年にわたる占領のため,西岸地区とガザでの水管理は,いくつ
31
かの政治的,技術的,経済的要因によって拘束されてきた.
現在の西岸地区の水資源管理は「委任公営モデル」と「直接公営モデル」の 2 つに分類
できる.
「委任公営モデル」では,水公益サービスがシステムを構築し,永久の特許権所有者とし
て基盤施設を管理する.このモデルにおいて,水公益サービスは株主である自治体のグル
ープによって所有されるため,公共団体の所有でありながら,商業ベースで運営される可
能性がある.同モデルは,1967 年より以前のヨルダンによる統治の間に西岸地区で開発さ
れ,現在までに 2 つの主要な水公益サービスがこのモデルによって確立されてきた.同モ
デルによって The Jerusalem Water Undertaking(JWU)は現在ラマッラとエルサレムの一部
で水セクターを,The Water Supply and Sewage Authority(WSSA)はベツレヘムで上下水道
セクターを運営している.
一方の「直接公営モデル」は,自治体または村議会が水サービスを管理するモデルであ
る.自治体は,現在の投資と資本への資金の供給に対して責任を持つが,設備投資は外部
の財政援助(国内もしくは国際的開発機関)によって,ほぼ完全に資金を供給された形で,
自治体は設備の所有者および管理者となる.直接公営モデルは,パレスチナで現在最も優
位な管理モデルである.
インド・ケーララ州の事例 14), 18), 21)
インド南西に位置するケーララ州はその高い社会開発の達成で,ケーララ・モデルとし
て知られている.ケーララ州は,パンチャヤート(長老会)と呼ばれる村落自治会を通じ
て,人々に事業権限を委譲することで,人々が自発的に参加して開発計画を準備し実行す
る参加型地域開発計画プロセス(ピープルズ・プラン・キャンペーン)を実施している.
この制度によって,政府支出予算の 35∼40%が地域のパンチャヤートに委譲され,人々
は,それぞれの地域で開発プロジェクトの計画,実施,監視に積極的に参加するようにな
った.この制度は,1997 年から導入され,政権交代により制度変更や名称変更はあったも
のの,現在でも引き続き実施されている.パンチャヤートに分与された資金は,地域住民
のニーズと提案に応じて地域の発展のために使われており,多くの自治体で住民による下
水道への取り組みも始まっている.
3-3 まとめ
最後に,以上見てきた内容を踏まえて,今後のわが国の下水道事業の方向性について,
PI の視点からまとめる.
32
わが国における下水道事業は,水環境の改善や浸水対策など「汚水の排除・処理」を目
的として発展してきたが,現在では事業経営に関する多くの課題を抱えている.それらを
解決するためには,下水道や浄化槽などの処理施設の連携や施策の重点化,接続率の改善,
料金の適正化などを図っていく必要がある.その際,PI などの民主的手続きを通して,住
民の意見を事業に反映させることで,地域の実情に即した施策展開を行い,その上で住民
の理解・協力を求めていくことが重要になると考えられる.
また,今後の下水道には,従来の「汚水の排除・処理」といった役割に加え,
「資源の有
効活用」や「豊かな水環境の創出」といった,新しい役割が求められることになる.これ
らは住民の利用に強く依存するものであり,住民の理解や協力が特に重要となってくる.
困難な財政状況の中,下水道事業がこれらの役割を果たしていくためには,PI などの民主
的な手続きを通して住民のニーズに合った施策を展開していくことが必要であり,それが
住民の事業に対する理解や協力にもつながっていくものと考えられる.
実際に,下水道事業の今後の方向性として,国土交通省のビジョンや下水道協会誌等の
多くの下水道の専門図書では共通して,上述したような財政的,経営的な多くの課題を解
決していくための施策の考え方に,
他機関との連携などとともに住民の参加を挙げている.
海外においても,2007 年に発行された上下水道に関する国際規格 ISO24500s の中に住民
参加の視点が取り入れられていることからも分かるように,下水道事業へ住民参加の考え
を取り入れ,住民との良好な関係の促進や地域の要望等を把握することに対する認識は世
界的に見ても高まってきているといえる.
また,1990 年代には,上下水道事業を民営化しようとする動きが見られたが,近年,そ
れを疑問視する動きが見られる.実際に中南米などでは,住民の反対や利益確保の失敗に
よって,企業が事業から撤退する事態が相次いでいる.わが国の下水道事業においても民
間委託による経営改善を図るという動きは見られるが,現在経営的に困難な状態にある地
方などでは,民間にとって十分な利益を確保できないという状況に陥ることは十分に考え
られることであり,中南米の事例と同様の結果となることが危惧される.
近年の海外の動向としては,特に下水道普及率が低い途上国を中心として,住民参加の
プロセスを取り入れた公営企業という形態で上下水道事業を進めている事例が見られはじ
めている.これら途上国での事例は,財政難の中での今後のわが国の下水道事業のあり方
を考える上で示唆に富んでいると考えられる.
以上をまとめると,今後のわが国の下水道事業に求められているものは,より民主的な
事業運営だといえるのではないだろうか.そのために PI の必要性が高まっているのであろ
う.わが国においても下水道事業へ PI を積極的に導入し,住民との良好な関係を構築し,
地域の要望等を把握することで,行政の説明責任を果たし,住民のニーズに合った施策の
展開を目指していくことが必要になると考えられる.
33
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及び下水サービスの評価のためのガイドラインの概要―,下水道協会誌,45(545),58-63
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民主主義の視点から―,立命館国際研究,16(3),47-68(2004)
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